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デート編「リルとロイ その2— ①」



 義父が同僚から変なものを貰ったと、私に招待券を二枚くれた。

 その招待券は封筒に入っていて、髪が長く乱れた恐ろしい顔つきの女性の浮絵に『恐怖の館の謎』と書いてある。

 そこに説明書きのような文が添えられている。

 同僚の親戚の友人が海辺街で始めた事業で、一人二銀貨もするらしい。

 この封筒が二銀貨……と慄く。  正式に事業を始める前に、何も知らない人に遊んでもらって感想を聞きたいと言われたそうだ。

「息子さんは新婚で、まだ子供がいなかったですよね?」と渡されたという。


「感想文のお礼は西風茶会の店だ。どうだい?」


 西風茶会の店とは何かと尋ねたら、煌国より西側にある国々のお金持ちは、私たちが家事の合間にホッと一息お茶を楽しむ時間帯に、紅茶とお菓子を堪能しながら社交をするそうだ。

 紅茶とお菓子!  お菓子はきっと西風のお菓子!  義父に「その顔を期待していた」と笑われた。


「西風のお菓子なんてロイは食べないだろうから、店には母さんを連れて行ってくれないか? 最近、引きこもりが治ってきたから、もう少し遠出だ」


「二人で新しいお菓子を研究します!」


「そうかそうか。ありがとう。疲れた時に困るから、ネビー君を手配する。赤鹿はダメだけど馬はあっという間に覚えているらしい」


 職場に呼びたい用事があるから、日程や乗馬の手配はこちらでする。

 人気のフロラというお店の予約日はもう決まっているから、その日は空けておいてほしい。

 事前に義母にそれとなく聞いたし、カレンダーを見た限り平気そう。

『恐怖の館の謎』に行く日ももう決まっている。

 ロイに言ったら勝手に決めるなと怒るから私にしたと義父は微笑んだ。


「同僚との付き合いの手助けも家守りだから、嫌でも行ってもらうけど、楽しそうな顔をしてくれて助かる」


「家守り、頑張ります」


 台所仕事中に話しかけられたので、仕事に戻ろうとしたが、会話の訓練をするべきだと思い出す。

 町内会に参加を始めたのに全然喋らないと義母にチクッと言われ、その後に母からお叱りの手紙がきた。  義母が人見知りの私がどうしたら話しやすいかと母に聞いてくれたようで、そうしたら前から注意していることでテルルさんを困らせないの! と怒られた。  なので、去ろうとした義父に、心の中で止めようとした質問をすることに。


「あの」


「ん? なんや」


 去ろうとしていた義父が振り返る。


「なぜそんなに豪華なんですか?」


「豪華?」


「豪華です。四銀貨に最先端のお店ですから」


「職場でリルさん自慢をしていたら、流行りを広めてくれると思われたんだ。つい、女官吏と文通していると言ってしまって」


 皇居へ噂を流してもらえるなら四銀貨なんて安いものだと笑いながら、義父は台所からいなくなった。   そう言われたら安い宣伝費なのかも。

 でも、私が必ず宣伝してくれるとは限らないのにな。

 この夜、ロイに事情を説明して、『恐怖の館の謎』へは二人で行くことになった。

 夜までに封筒の中に入っていた浮絵——予約証に書いてある文字を読もうとしたが、漢字をすらすら読むのは無理だったので、ロイに読み上げてもらった。    新しい家を探していたあなたは、不動産屋と歩いている時に通り雨に遭った。

 軒下に避難した者たちに、家主がよければ中へどうぞと親切にしてくれたのだが、そこは、謎に満ちた恐怖の館だった——……。

 続けて箇条書きで、体験型謎解きであること、動きやすくて汚れても構わない服装を推奨すること、途中離脱はできないなどの説明が続く。


「へぇ。何をするんですかね」とロイは興味深そうに浮絵を眺めている。


「お金持ちはこういう遊びをするんですか?」


「お化け屋敷は知っていますが、体験型謎解きは聞いたことがないです」


「お化け屋敷は地元の小祭りにも来ます。入ったことはないですけど」


「リルさんの家の昔の生活だと、お化け屋敷にお金を払うことはしないですね」


「旦那様はお化け屋敷に入ったことはありますか?」


「高等校の時に、ジミーさんに誘われて。偽物に対してベイリーさんが本気で怒って愉快でした」


 誘っておいて、怖がりジミーは真ん中でかくれんぼ。  苦手そうに見えるウィルは全然平気。  ロイとヨハネとアレクは多分、普通くらいだったそうだ。


   ☆★


『恐怖の館の謎』に参加する日曜日がやってきた。   私もロイも推奨された短めの袴を履いて、着物もお気に入りではないものを選んだ。

 予約は13時になっていて、それよりも前に指定された茶屋へ集合なので、ロイと二人で家のことをしてから出発。

 義父が、自分の社交のために働いてくれるからと、夕飯はみんなで外食と言ってくれた。

 秋も終わりかけで冷えてきたところに、お肉を出してくれるお鍋屋らしいので楽しみ。

 嫁いできてから贅沢ばかりしているけど、まだまだ慣れないので「外食」と小躍りしたら、義母に子供みたいだと笑われた。


 ロイと共に待ち合わせ場所の茶屋へ到着したら、『恐怖の館の謎』の参加者はこちらという長椅子が用意されていた。

 店員さんに声をかけたら、「お掛け下さい」と促されたので着席。

 お金を払っていないのに、お茶と干菓子を出してもらえた。

 そこへ、夫婦らしき男女が増えて、さらに若い男性三人組も来た。

 夫婦の男性が優しげな笑顔でロイに「奥様とですか?」と話しかけてくれたので、自然と四人で会話して、さらに三人組とも話すようになった。

 夫婦はアジロさん、三人組は高等校の一年生でクラスメートだそうだ。


 風は冷たいけど太陽はポカポカで日差しは暖かい。  まったりしていたら、母くらいの年齢の女性が、「内覧希望の皆様、お待たせいたしました」と話しかけてきた。

 不動産屋「清風」従業員という紙を両手で持って、私たちに見えるように掲げている。

 彼女は、従業員の「カエデ」と名乗った。


「新興住宅地にあるお屋敷を見学される方は、本日、七名様になります。ご予約の証と身分証明書を拝見させて下さい」


 予約証と身分証明書を見せたら、「では参りましょう。こちらでございます」と案内された。


 「ご夫婦様は新居をお探しでございましたよね」


 私とロイの前を歩くアジロ夫婦が、カエデにそんな質問をされて受け答えしていく。

 しばらく歩いていたら、天気は良いのにカエデが「あら、雨でございます」と言い、こちらです、こちらに大きな軒下がありますと私たちを導いた。

 これが予約証に書いてあった、『茶屋から屋敷までは案内人が誘導します』ということだろう。

 ロイがこっそり、「体験はもう始まっているってことですね」と私に耳打ちした。

 このような遊びはしたことがないので、とてもワクワクする。


 立派だけど壊れたところのある、軒下と呼べるような屋根のある屏のところまで来ると、カエデは手拭いを出して濡れた服を拭うような仕草をした。


「こんなに降られるとは思いませんで……」


 カエデが言葉を詰まらせたその時、私も驚いて固まった。

 髪が長くて顔が半分くらい隠れている黒い着物に黒い羽織り姿の男性が現れたからだ。

 不気味な雰囲気の彼は濡れていて、背中を丸めてうつむいている。


「急な雷雨で慌てて帰ってきたら仲間がいらっしゃるとは。この雷雨ではどこへも行けず、お互い風邪をひいてしまいます。私の屋敷へどうぞ」


 彼はそう言いながら、自分はこの屋敷の主でトオカと名乗り、髪の毛をあげて、爽やかな笑顔を浮かべた。

 怖い人ではなさそうなのでホッと胸を撫で下ろす。


「妻に皆さんの世話を頼みます」


「ご親切にありがとうございます。皆様、こちらの若旦那様のご親切に甘えさせていただきましょう。あまりにも酷い雨ですもの」


 そうして、私たちは古びてはいるが綺麗に見えるお屋敷に招かれた。

 掘り椅子のある居間へ通されて、全員が座ると、トオカが「妻を呼んできます」と去った。

 すると、カエデが「では、皆様はこれから大変な事件に巻き込まれてしまいます」と言いながら、説明用紙を配布。


「このように皆様は謎と恐怖に満ちたお屋敷へ足を踏み入れてしまいました」


 遊び方と注意事項を説明されて、誓約書というものに記名をすることになった。

 遊び方は「恐ろしいものとは戦えないので隠れてやり過ごす」「無事に脱出できたら攻略成功」「怪我をしないために走らないこと」など。

 ロイは誓約書に関しては、「こちらに記名しても免責できないものもありますが」と質問。


「代表に伝えて改良致します」


「法的意見は裁判所に相談へ行かれると良いかと。相談窓口がありますので。大きな事業にする予定でしたら中央へどうぞ」


「ご指摘ありがとうございます」


 淡々と会話するロイの横顔が格好良い。誓約書に何やら色々書き込んでいく姿も。

 ロイは私の誓約書にも何かをすらすら書いた。

 それから、「正式営業前と伺っていたのもあり、水を差しました」と謝り、続きを促した。

 カエデは誓約書を回収して、軽く三回拍手をすると「こちらを合図にまた物語に戻ります」と宣言。


「ご親切な方のおかげで酷い雨や雷から逃れられ……「きゃああああああ!!」


 突然、女性の叫び声がしたので怖くなった。おまけに居間にある明かりが次々と消えて真っ暗。

 奥様はなるべく旦那様の衣服を掴むと良いと言われていたので、慌ててロイの方へ手を伸ばす。

 すると、ロイの手が私の手を取ってくれた。


「今の叫び声はなんでしょうか。お客様を守るのも私の仕事でございます」


 ポウッと部屋に青白い明かりが灯り、カエデの顔が暗闇に浮かび上がる。彼女は小さな光苔の灯りを持っていたようだ。


「様子を見て参りますので、この間に皆様はお屋敷を出て兵官を呼んでいただければ」


「うーん。いくらこれが創作物だとしても、女性一人に任せるわけにはいきません」


 ロイがそう告げると、アジロ夫も賛同して、学生たちも「そうです」と口にした。


「優しいお客様たちで感涙致しまし……」


 バァン! という大きな音がして恐ろしさで全身硬直。


「俺の家にまた侵入者か! 許さねぇ!」


 瞬間、部屋がまた明るくなった。光苔の灯がまた沢山光っている。どういう仕掛け⁈

 小太りで派手な着物の男性が、小さめの斧を私たちに向けて、「太らせて食ってやるからついてこい。今、死にたくなければこい!」と怒鳴った。

 この遊びには『恐怖』とついていたけど、めちゃくちゃ怖い……。


「皆様、安全のために従いましょう」とカエデが言ったので、これもお芝居、遊びだと伝わってくる。

 

「俺の前を歩け!」


 こうして、私たちは怖い人に指示された通りお屋敷の中を進み、床下へ続く階段を降りて、そこに閉じ込められた。

 石造りのそこは、まるで町内会の氷蔵のようだ。

 寒くはないけど、野菜などが沢山あり、米俵も積んであって、棚には布をかけた何かや木箱や徳利が並んでいる。

「お前は俺のために料理を作れ」とカエデだけ連れて行かれてしまった。


「本格的ですね」


「驚きました。あまりにも怖いので夫に寄り添わせてください。すみません」


 アジロ妻は夫と腕を組んでいるけど、私も同じ状態だ。


「私もです」


 怖かった、怖かったと感想を述べていたら、部屋に変な声が響いた。


「監禁されたままでは死んでしまう。この屋敷から脱出せよ」


 こうして、私たちの謎解き脱出遊びは本格的に始まった。

いつものように気まぐれ更新ですが続きます

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― 新着の感想 ―
いつも楽しく拝読させていただいています。 デート編その2が『恐怖の館の謎』とは想像もしていなかった! のんびり更新お待ちしています!
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