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30話

 翌週土曜日の午後、仕事終わりのオーウェンとエイラが遊びに来ることになった。

 私とロイの作戦がことごとく失敗したからだ。金平糖は「甘いものは好かん」と五角たとうを開ける前に一刀両断。

 疲れている、とうらら屋へは行けず。水引き花と桔梗をそれとなく、意味があるそうですと飾ったけど返事なし。


 4人で(うち)で遅めの昼食。義父母はリハビリも兼ねて、またお弁当を持って散策へ行く。

 昨夜の夕食の後にロイは「日頃の感謝を込めていきつけの店を予約しましたのでゆっくりどうぞ」と伝えていた。親孝行だ。私はまだ実家へ行っていない。

 川釣り後に鮭といくらのお裾分けをするか悩み中。沢山釣れたら義父母に相談予定。


 オーウェンはベイリーよりも熊みたいだった。

 ベイリーが山でチラッと見たことのある熊なら、オーウェンは小さい頃に紙芝居で見た大きい大きい大きい熊。

 四角い顔にもみあげと髭が混じっている。今日のお昼は夕食と逆転。夕食は質素にお茶漬けで、お昼は豪華。

 何を作るか悩んでいたら、義母にもロイにも、別々にそう言われた。

 オーウェンは義父の席。エイラは義母の席。上座はお客様を案内する。昨日義母に確認済み。


「わかめご飯、里芋の煮物、ナスと大根の香物、塩鯖、ほうれん草のお味噌汁、焼いた銀杏です。苦手なものはございますか?」


 かめ屋での真似。


「何にもありません。こんなに沢山、ありがとうございます。しかしまあ料亭のようですね」


 オーウェンは声も少し大きめ。ピシッとしていて、日焼けしていないけど、ロイよりは長屋の男性達に雰囲気が似てる気がする。


「誰も知り合いの居ない嫁にオーウェンさんのお嫁さんが親切にして仲良くしてくれたお礼ですから。嫁は母と同じく凝り性で」

「はい。お口に合うとええです」

「先日、松茸をいただきましたのに」


 食事中はやはり無言。卿家はどこもこうなのかもしれない。もしもお呼ばれしても食事に集中出来るということ。とても気楽だ。

 昼食後は、義母と作った大福と道具を渡してくれて点て方を教えてくれた抹茶。

 秋柄の茶道具のお茶碗2つをお客様へどうぞ、と預かって今日使った。


「すみません。甘いものは苦手でして。どうぞそちらでお召し上がり下さい」

「はい。後でご相伴させていただきます」


 そそくさと大福を乗せたお皿をお盆の上に下げる。

 義母が「あそこの息子はロイと同じでお菓子を食べん。どうぞ言われたら挨拶をして後で食べなさい」と言ってくれたので、また大福が食べられる! と心の中で小躍り。


「自分も甘いものは苦手です。験担ぎに嫁と金平糖を食べましたけど1粒で限界です。残りは全部甘い物好きの嫁に贈りました。お菓子は貴重だから1年かけて食べると言うたけど、縁起物だからお裾分けに使っているみたいです。長屋生活から今の生活にまだ慣れんようで」

「そうなんですか。大事なものをうちの嫁にお裾分けしていただきありがとうございます」

「はい、ありがとうございます」


 エイラと目が合うと、彼女は困り笑いで肩をすくめた。

 験担ぎを無視でしょう? と言うように。


「験担ぎとはええですね。長寿に招福に鬼祓い。1年かけて食べるのならお嫁さんにご利益が続きます」

「はい。夫婦で一緒に食べると末永く共にある、なんて同僚に聞いたので無理して食べました」


 ロイの発言に、オーウェンは少し目を丸くした後にチラリとエイラを見た。


「リルさん、将棋盤をお願いします」

「はい」

「エイラさん、また嫁と遊んでやって下さい。教わりたいことも色々あるそうで」

「いえ、こちらこそ」

「オーウェンさん、旦那様、失礼します。エイラさん、こちらへどうぞ」

「はい。ロイさん、旦那様失礼します」


 新しい作戦はこの後2階へ行くフリをしてエイラを襖の向こう、義父母の寝室へ招く。

 飲み食いせずに座っているだけ。義父母に了解を取ってある。

 エイラと共に居間を出て階段を登るフリ。不思議そうなエイラを連れて義父母の寝室へ行く。

 それで将棋盤を運んでエイラの隣に座る。小さな声で「楽にして下さい」と声を掛けて、エイラの後に足を崩す。


「オーウェンさん。お休みの日に付き合って下さってありがとうございます」

「いやいや。将棋は遊び、息抜きですし、若衆の会合のことなんて小さな相談事なのにこのようにおもてなししていただいてありがとうございます」

「相談もありますけど、手紙にも書いたように嫁を自由に遊ばせると母の機嫌が悪くなりそうなので口実です。のびのびしてもらいたいので色々考えてみています。今日は日頃の感謝です、言うてお店を予約して、コースを頼んで先に支払うことで追い出しました」


 私は首を少し捻った。エイラのための作戦ついでに親孝行と言っていたけど。

 ああ、嘘も方便というやつだ。ことわざ辞典に載っていた。


「そうですか。うちも嫁に構うと機嫌を悪くするし、言わんでええ小言を言うので疲れます。仲がいまいちだった祖母と結託してまで。何なんでしょうかねあれは。稀に嫁が出掛けるのも気に食わんようなので渡りに船でした」


 嫁姑問題だ。ブラウン家には祖父母もいて、オーウェンの弟もいる。エイラは大変そう。

 パチ、パチと将棋の駒を並べる音が続く。


「母を立て過ぎると嫁の機嫌を損ねて最悪出ていかれるかと思って。こう、何か上手くあります? 嫁に何か買う時は母にもとか、母に分からんように花言葉とか、今日のように親孝行風になるように工夫しているんですけど」

「十分だと思います。むしろ見習います。早う出世しろという圧が強くて中々。そうそう花言葉。知らないので調べたんですが華族を中心に流行っているんですね。(うち)の嫁に感謝や誠実とはありがとうございます」


 オーウェンは花言葉を調べていた。でも勘違いしている。

 エイラからオーウェンへ、とならなかったみたい。


「桔梗? 桔梗は贈っていません。何でも皇族の方が

どなたかに、君により思ひならひぬ世の中の人はこれをや恋といふらむ、と桔梗に結んだそうで。桔梗にはそういう意味もあるそうです。男女で贈り合った方がええですと教わりました」


 龍歌全然分からない。後でロイに聞こう。桔梗に別の意味があったのか。


「そうなんですか?」

「浅みどり深くもあらぬ桔梗は色はかはらじといかがたのまむ、と青柳の歌をもじって、青柳に結んで返事をされたそうです。いくら花言葉や龍歌を用意しても日頃の行いが大事みたいです。疲れて帰宅したらホッと癒されたい。なのに笑顔で迎えてもらえる、ではなくて、家出してこんな龍歌を残されたら寝込む自信があります」


 はあああ、というため息が聞こえた。ロイだろう。この龍歌も不明。

 ロイは私に癒される?

 嘘も方便かもしれないけど誤解しておこう。嬉しい。


「エイラさん。全く分かりません。分かります?」


 エイラの耳元でこそこそ話。


「あなたのおかげで恋を知りました、みたいな歌です。桔梗に結んで誠実な想いだと乗せたけど、それに対して信用できんと返されたみたいです。皇族の方はお妃様が何人かいます」


 信用できんと書き置きして家出。そんなことしない。ロイは私が家出したら嫌だと思ってくれているのは知っている。とても嬉しい話だ。

 あなたのおかげで恋を知りました。初めての恋。初恋。ロイはこの話を知っていて桔梗を使ってくれた?


「これ、リルさん宛ではないです?」


 私に初恋。つまり好かれている。嬉しいが多過ぎて思考停止。


「そんで私から旦那様にこの歌を贈った、というような話になっています」


 エイラの顔が赤くなっている。


「おおお、それは辛辣ですね。龍歌か。ロイさんは龍歌が得意だったかと。自分は苦手です」

「そうでもないです。先日父のお客様に新婚なんやから嫁に詠めと言われましたけど、緊張するし照れるので捻って不評でした。まあ、少々流行りの意味を乗せたので調べ物好きな嫁ならそのうち知ってくれるかと。返事がなければ分かるように、こう、どうにかします」


 緊張して照れたのか。そうなのか。そりゃあそうか。5人もお客様がいて義父もいた。

 私もルリ達に教わったような熱烈な龍歌を披露とか無理。龍歌は大袈裟でないと、とルリ達に言われたけど。


「それはまあ大変でしたね。苦手、古典龍歌もあまり覚えてないと言い続けているから、そういう揶揄いをされたことがないです。得をしました」

「まあ、返事を待つ時間は楽しいです。オーウェンさんならお嫁さんに何て詠みます? 苦手なら選びます、ですかね。捻らない龍歌も花に結んで贈ろうかと考えていまして。雅や、と自慢してくれたようなので調子に乗っています」


 ロイは調子に乗っているの?

 これも嘘も方便か。隠れているエイラへオーウェンからの龍歌が伝わるように、ということだろう。

 上手く話せるか分かりませんと言っていたけど凄い。


「んー。むしろ知恵を拝借したいです。友人にも聞いていまして。構うと祖母と母がうるさそうなので、出掛けたい言うても我慢させています。その分年明けに旅行でもと思っているんです。試験結果が良かったらですけど。そん時に、まあ、それなりに感謝などを伝えないとならんと考えています」


 私の隣でエイラが口元に手を添えて嬉しそうに微笑んだ。可愛い。

 これ、作戦必要なかったやつ。


「旅行に行けんでもまあ龍歌くらい思うてましたが、何か花も探してみます。不恰好でも自分で考えたいですがまあこういうことは苦手苦手苦手で。龍歌は大袈裟に派手にと言いますけど痒くてなりません」

「勉強や職場の歌会では何とも思いませんでしたけど、実際に贈るいうのは痒いです」

「しかしロイさんの言う通り、家出されたら肝が冷えるどころではないです」

「辛い中、母に嫁を庇わん息子に育てた覚えはないとか半人前が休むとはサボりか! と雷を喰らい、父には嫁に逃げられるとはお前がしっかりせんからだと説教されます。それなら息子の嫁を常に甘やかして欲しいです」

「本当にその通りです」

「冷えますし熱い茶を淹れます」

「おお。ありがとうございます」


 少しして、ロイがこそっと私達のところへ来た。それから2階を指差す。無言で頷いてエイラと2階のロイの寝室へ向かった。


「エイラさん。良かったですね。旅行に龍歌に花も増えました」


 寝室に入ったエイラは泣き出してしまった。


「本当にありがとうございます。旦那様が大お義母さんやお義母さんから守ってくれてるなんて考えてもいませんでした」

「私も気になるというか、嬉しい話を知った気がします」


 この後エイラとトランプをして遊び、エイラが持ってきてくれた花札で花合わせを教わって楽しんだ。


 ☆


 オーウェンとエイラは夕食に間に合うように帰宅。ロイは昼食の後片付けを手伝ってくれた。


「今日はぐったりです。上司を接待した気分です」

「ロイさん、沢山ありがとうございました」

「まあ、リルさんに桔梗が何なのか伝えられたのでええです。あの歌は自分が作りました。皇族の方の話は嘘です」


 そうなの?


「お返事は要りません。この間の分だけでええです」

「あの、ロイさん」

「とてもくたびれたので、リルさんはそうですね……また小さな頼み事を聞いてもらいましょうか。いくつにしようかな。とりあえず冷えるので今日も風呂を沸かしてきます」


 悪戯っこい笑顔を残してロイは台所からそそくさと去っていった。

 つまり……また洗いっこさせられる!

 いくつにしようかなって何個⁈


 5つだった。


 1つ、お風呂。2つ、お風呂中。3つ、布団の中。4つ、再来週の土曜日にお芝居を観に行き外食する。5つ、来月私の冬の着物を買いに行く。

 4つ目と5つ目はロイの頼み事でも、小さい頼み事でもない気がする。

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