日常編「リル、イムベル家にお泊まりする3」
楽しい夕食時間を過ごした後、リアがお風呂に入る時にサラに話があると誘われた。
彼女の部屋に招かれて、リアの部屋にかなり似ていてかわゆいとつい観察。
私がキョロキョロしたので、サラがリアの部屋を真似したことや、友人に褒められて友人も真似したと教えてくれた。
彼女の最初の話は、
「兄がリルさんに相談があるそうなので、ここへ呼んでも良いですか?」
といことだった。
婚約者のいる男性と、既婚者の私を二人きりにしないという意味だろう。
二つ返事で了承したら、サラがウィルを呼びに行き、そんなに待たずに戻ってきた。
「こほん、その。相談というのはこちらです」
こちらと告げたウィルに差し出されたのは、中身不明の小さな箱で、かわゆい組紐が結んであるもの。それなら、サラがウィル貰った小さな缶。
「あー、やっぱりリアさんにも買っていたんですね。なんであの時渡さなかったんですか? あれだとリアさんにだけないってなりますよ。なりますっていうかなっていました」
そのサラの指摘にウィルは、
「こう、特別な感じで渡したかったので」と苦笑い。
「お兄さん、こちらの箱はなんですか?」
「そちらは今、かなり人気の貝紅です」
その貝紅は私とロイが喧嘩をした原因になったものと同じものだろう。
ウィルは続けた。
自分の趣味は広く浅くで、どれもこれも大してお金は掛からない。
なのでいつか縁談時に使えるように、予算を多めにして貯めてきて、それがまだ全然減っていない。
リアと二人で出掛けた時に、さり気なく買うということが出来ず。
友人達はそういうことが上手いようだけど、自分は下手で。
「それならさり気なくはやめて、あらかじめ用意して、喜んで欲しくて買いましたと素直に言おうと考えました」
「なーんだ、お兄さん。やれば出来るんじゃないですか! かなり人気の貝紅が何か分かりませんが、私にもありますか?」
サラが両手を差し出したら、ウィルは兄にたかってばかりですねと愉快そうに笑った。
「たかる分、役に立っていると思いますよ」
「ええ。サラさんとかなり親しい二人の三人分、予約してあります。卒業祝いに間に合うでしょう。紅は結納時に贈られるとええから、美容用の色無し紅にしました」
「……お兄さん、なんて気が利くんですか! どうしたんですか⁈」
「こちらのリルさんの夫、自慢の友人ロイさんのおかげです」
「ああ、やっぱりそうですか。ご友人の誰かからの助言だと思いました」
人気で生産が追いついていないので、一人一商品しか予約出来ないけど、急ぎで購入予定のない同僚が協力してくれたので、サラと友人達の分は年内に手に入る予定。
それとは別に、ウィルがリアの為に予約したのは夏頃。
ロイがどこからか情報を仕入れて教えてくれて、私がエリーとリアとどんどん親しくなっているから、三人でお揃いはどうかと提案してくれたという。
「旦那様に聞いています。私としてはお揃いは嬉しいです。ありがとうございます」
「いえ、ロイさんの提案です」
割と最近、誰にこの紅を贈るのかと腹を立てた私はロイ喧嘩をしたけど、私の勘違いで、それは兄の友人——多分親友——のイオへの贈り物だった。
イオは口説きに使うハイカラ品が欲しくて、中流層にツテコネがある兄を頼った。
兄はハイカラ品といえばロイ達中流層男性や、ロイの友人の姉妹などが分かるだろうと相談。
ロイはイオに恩を売ることで、憧れの火消し達と交流したかったので、兄が「俺の友人の火消しが」と口にした瞬間、何も知らない私は遅くなっても怒らないし、知っていても怒らないので、予約していた貝紅を譲ると決意。
この辺りの話はウィルにしなくて良いと思うのでしない。
ウィルの相談というのは、この手に入った貝紅と、ついでに増やした異国薬草茶をどう渡すと喜ばれるかということ。
「友人達はそのあたりは恥ずかしいと教えてくれないので、された側に聞くのが一番かなぁと」
「……照れる内容ではないのですが、話すと照れそうです」
「どうせお兄さんはそういう方面ではダメ人間なので、さっさと部屋に行って、予約していた贈り物が手に入りました、どうぞでええですよ」
「サラさんはいつもそのように。自分だって励めばマシになります」
サラは私と目を合わせて呆れ顔を浮かべ、ウィルを手のひらで示してから、その手を顔の前で横に振った。
「なんですかそのように」
「……私のことではありません。これは姉の話です」
正確には姉が幼馴染に惚気て、その幼馴染が私に話したこと。
ちなみに私が聞いたその時期に兄も小耳に挟み、ジンがルカの知らないところで川に投げ飛ばされたと、最近本人から聞いた。
そのあたりも話すと遠回りになるか、そのまま横道に逸れるので話さないでおく。
「それはどのような話でしょうか」
「両手を取って、かわゆい君に似合うと思うものを用意したと言うて、贈り物をくれたそうです」
ルカとジンは兄とルカみたいな雰囲気なのだが、裏ではそういう感じできちんと夫婦らしい。
「……すとてときです。採用! ウィルお兄さん、それです!」
「……いやぁ。それは……」
ちょっと無理そうだとウィルは片手で口元を隠した。
「臆病者ー。根性無しー」
サラのこの発言は、私達妹が兄に足臭とかおバカみたいに言うのと似ている。
良い家に生まれて言葉遣いが悪くなくても、内容は似ているって面白い。
「ウィルさんはいっそ、イオさんくらい突き抜けてもええ気がします」
「えっ? まさか」
「リルさん、イオさんってどなたですか?」
「兄の幼馴染の火消しさんです」
「火消しさん? リルさんのお兄さんと火消しさんは幼馴染なんですか? つまりリルさんは火消しさんと顔見知りですか?」
「私も一応、幼馴染です」
「うわぁ! あの、会ってみたいです。学校に講義に来てくれた時くらいしか近寄れなくて。それも近くなかったので、憧れの握手求めをしてみたいです!」
「憧れの握手求めってなんですか?」
火消しに握手して下さいと頼むのが憧れってなんだろう。
火消しはそこらを歩いているので、普通に頼めば良いだけだ。
「サラさん。握手求めなんて、火遊びされるからやめなさい」
「ええー。嫌です。リルさんの幼馴染さんなら大丈夫ですよね?」
「んー、まぁ、イオさんなら……。あの様子なら火遊びされることはないでしょう。リルさん、彼に頼めますか?」
「兄に頼んでおきます。……あっ」
いつかお嬢さんと縁結びしたい兄の為にこれはきっと好機だ。
「兵官さんには憧れの握手求めはないですか?」
「兵官さん? 浮絵兵官さんなら……大きくて強そうで怖いのでええです」
兄の縁談は早く始めないとダメそう。
なのに兄は今は仕事や妹だと、お嬢さんからの文通を横流ししたらしいので、先が思いやられる。
「お兄さん、話が逸れてしまいましたがイオさんという方のように突き抜けて下さい。リルさん、分からないから実演してくれませんか?」
「えっ? いやぁ……」
「サラさん、あれは無理なのでしません」
「あれってなんですか? 気になります!」
上品なお嬢さんなのに、嫌々言いながら、お願いします、お願いしますとルル達みたいに頼むサラに根負け。
サラがリア役で私がイオ役をすることに。
「初めましてウィルさん。えっと……あっ。ハ組のイオとは俺のことです」
演劇なんてしたことはないのでこれで良いのか分からないけど、とりあえず実行。
「えっ? あっ、そういう感じなんですか。はい。初めまして、ウィルと申します」
「こちらは俺の唯一星のミユさんです」
私はサラと肩を組んでみた。私の方が背が低いので様にならないだろうけど、まあ、サラにイオの台詞や雰囲気が伝われば良い。
「一番って言うたら二番がいるのかって怒る、かわゆいかわゆい婚約者です」
「……うわぁ! 火消しさんっぽいです! 唯一星ですって! お兄さん、採用! 今からしてきて下さい!」
サラはこう告げた。
私の話をまとめると、両手を取って、目を見つめて、君は自分の唯一の一等星で、これまでの地味地味地味人生が鮮やかですと伝えて、君があまりにかわゆいのでついつい買っていましたと贈り物を渡す。これに決定。
盛られたけど、ウィルの場合はこれで良いと思う。
そのウィル本人は無理です……と呟いて首を横に振った。
「もうええ、楽しかったから終わりです。渡せないと最悪だから、とりあえず渡しましょう」
サラは行きましょうとウィルをわりと無理矢理立たせて、私も来るようにと声をかけて移動。
リアに別々に寝ると案内されたけど、お喋りをしたいから一緒にと誘ったら、実はそうしたかったと賛成されたので、風呂上がりのリアは自室へ行くはず。
リアの部屋へ行き、襖をほんの少し開いて確認したら、彼女は鏡台の前で髪を拭いていた。
「お兄さん、何をしているんですか?」
サラがこう尋ねたので振り返ったら、ウィルは後ろを向いてあぐらで腕を組んで目を閉じていた。
「夜に女性の部屋を覗き見なんて出来ません」
「同居結納している婚約者さんはお嫁さん同然です。据え膳を食べなさい。このいくじなしさん」
「んなっ、君はなんていう破廉恥妹なんですか!」
なんか、小声の兄妹喧嘩が始まった。
「覗き見が非常識なら堂々と乗り込みなさい」
「もう寝ます」
「いくじなしの甲斐性無し」
「い、いくじなしはその通りでも、甲斐性はあります。なんですか、そのように」
「……」
リアはきっとウィルが訪ねてきて贈り物をくれたらすこぶる喜ぶ。
そうすると私と彼女の夜はお喋り大会になり楽しい。
つまり……。
「サラさん。我が家流、平家風をしてもええですか?」
「えっ? ええ、もちろんです」
これは未来のいくじなしの兄で、こうしないと兄は婚約者に振られて倒れると想像して、むんずとウィルの帯を持ち、襖を開いて軽く放り投げ。
ちんまりめだけど、私は母似でわりと力持ち。
「リアさん! 虫がそっちに行って怖いからウィルさんが退治するまで入れません! サラさん、一回逃げましょう!」
と、言いつつ階段を降りる音を出してから、そろそろこっそり戻ってサラと覗き見。
「リルさん、最高」
「姉の真似です」
これはルカが昔、したようなこと。
何年か前に兄はアイラと二人になり……あれっ。もしやアイラの言う冷たい人って兄?
思い出してみれば——……。
「——で、もう大丈夫です。後で庭に放しておきます」
「ありがとうございます……」
せっかく部屋に入って虫からリアを助けたことになっているのにウィルは何も喋らず、だからなのかリアも無言。
これだと全然らぶゆな婚約者同士に見えない……。
「お兄さん、いきなさい。頑張れ……」
私の隣でサラが祈るように手を合わせて小さな声を出した。とても真剣な眼差しをしている。
彼女はもう一度、とても小さい声で頑張れお兄さんと呟いた。




