日常編「リル、イムベル家にお泊まりする2」
百点満点のキャラメルが出来て鼻高々。
夕食はマーバフを作る。それからベイリーがウィルに自慢しまくっているらしい茶碗蒸し。
今夜のマーバフは豆腐とネギだけにする。
食材の工夫は各家庭ですれば良いと思うので。
茶碗蒸しは色々具材を提案した結果、季節のキノコと銀杏、人参とちびホタテになったみたい。
ここにお口サッパリ用に青菜のお浸し、もずく、お吸い物だそうだ。
料理をするのは嫁になる予定のリアと、花嫁修行をするべきであるサラで、ウィルの母親と私は見学。
私はマーバフと茶碗蒸しについては指導する。
「我が家は今のところ、家事を私とリアさんで交代しているんです」
最近は掃除と炊事を二週間ごとに交代して、洗濯は大変なので二人でしているという。
学業優先だけど、花嫁修行もするべきなので、サラはどれかになるべく参加しているそうだ。
「ルーベルさんのところはリルさんが全任されていると聞いています」
ウィルの母親は誰から聞いたか言わなかったけど、義母から聞いただろう。きっと二人は手紙でそういうやり取りをした。
「はい。お義母さんは少し体が悪いので」
「テルルさん、うんと助かっているって。私もリアさんが来て、色々助かっています」
我が家に嫁姑戦争は勃発していないけど、イムベル家も同じ予定みたい。
花嫁修行は大切ということで、なるべくサラに料理をしてもらうことになった。
持って来た料理本を使ってまず片栗粉の使用方法を説明。
片栗粉はお湯には溶かせない。必ず水に溶かして使用すること。
マーバフは水切りをしてから食べたい大きさに切って、ネギも同じく食べたい大きさに。
あとは炒めて、味付けをして、最後に片栗粉でとろみをつけるだけ。
「簡単そうですね」
「簡単です。味付けも自在です」
私が持っている料理本に載っているのは、煌国の家庭で作れるようなものばかり。
旅行中に食べたものとは味付けが違うけど、馴染みがある味付けで美味しい。
にんにくは普通の家庭にはないけど、異国料理に挑戦しようとするくらいの庶民なら予算を確保出来る。
「にんにく、しょうが、出汁、しょうゆ、これだけなのですね」
「微調整に塩や胡椒、辛くて良いなら唐辛子。香り付に乾燥ゆずを少しもありです」
具材を切って、たれを作っておいて、片栗粉液を用意しておけば、あとは夕食直前に混ぜるだけ。
次は茶碗蒸しを説明。こちらもたまご液を作ってしまえば、そんなに難しくない。
コツは強火で蒸さないことと、具材を綺麗に飾りたい時は二度蒸しすること。
まずはちびホタテを少し茹でて出汁を作り、しょうゆとみりんで味を調整。
たまごと混ぜて、こしたらたまご液が完成。
そばちょこや、大きくない蓋付きの陶器のお椀が丁度良いとあらかじめ伝えてあったので、家にあるものを出してもらっていて、そこにたまご液を投入。
釜に濡らした手拭いを入れて底を平らにして、その上にたまご液入りのそばちょこを並べる。
かまどに火のついている炭をいれ、やかんで沸かしたお湯を入れる。
あとは蒸すだけなので、茶碗蒸しも手間暇はあまりで難しくない。
「マーバフも茶碗蒸しも難しくないのにおもてなし料理になるって助かりますね」
「たまご代がかかりますが、手土産にたまごを頼むと丁度ええです」
たまごは安くなってきたとはいえ、庶民中の庶民——実家みたいな凡民——には高級品なので、母にルル達にはまだ食べさせるなと言われた。
貧乏食に慣れておけば、少し良い物を食べられた時に喜びが普通の倍になるからと。
確かに私は結婚してから、あれこれ食べては大感激する日々である。
マーバフを炒めたり、茶碗蒸しを蒸すのはウィル達が帰宅してからにする。
そういう訳で、先にお風呂をどうぞと案内された。
他のことをサラとリアで続けて、私は一番お風呂に入り、次はウィルの母親の予定。
我が家は木製のお風呂だけど、イムベル家は石造りだった。
旅館みたいだという感想を口にしたら、お上手ですねと褒められた。
上手ってなんのことなのか聞きそびれた。
肌着は自分のものだけど、着替えは置いておくと言われ、お風呂から出たらなぜか着物があった。
浴衣? と広げてみたけど生地がしっかりしていた着物に見える。長襦袢もある。
とりあえず着て、居間を覗いて誰もいなかったので台所へ向かう。
三人で楽しそうに喋っていたので、いつ話しかけようと思案していたら挨拶をされた。
「お先にお湯をありがとうございました」
「いえいえ。それでは次は私が失礼します」
リアに近寄って、コソッと着物を借りてしまったと耳打ちしたら、不思議そうな顔が返ってきた。
「お貸ししますと伝えてありましたよね?」
「ええ、寝巻きはお貸ししますと言うてくれていました」
これが寝巻き? 絶対に安くないから落ち着かない。
この家で一番安いか最も古い浴衣を貸してと言いたいのだが、お客様にそんなことをしないのは明らかなので口に出来ず。
夕食の準備はわりと終わりということで、三人で居間へ移動。
私が教えたら編み物が、家に帰ってみたら分からなくて困っているという編み物教室開始。
事前に手紙で頼まれていたので、サラと友人用の編み棒を三本用意してある。
「ウィルお兄さんが、リアさんに毛糸を買うついでって、私にも買ってきてくれたんです」
じゃーん、こんなに沢山とサラは部屋の隅に置いてあった、布を被せてあるカゴを持ってきた。
確かに毛糸がいくつも入っている!
色は紺色と白と桃色と水色と黄色。
「どこで売っているんですか⁈」
私はセレヌから買って以来、まだ見つけられていない。
「上司が知っていて、代理購入してもらったそうです。ウィルお兄さんにしては大変優秀です」
桃色、水色、黄色を一玉ずつは、いつもお世話になっているお礼。
毛糸を入れる、異国刺繍が施された布製のかわゆい手提げ袋も同じく。
「……こんなにいただけません!」
「大丈夫、大丈夫。ウィルお兄さんってお金を使う趣味がなくて貯金お金持ちなんです」
それに、とサラは私にこう耳打ちした。
堂々と、そしてさらぁっと渡すと格好良いのに、こういう口実がないとリアに貢げない。
リアさんに買うついでなのに、リルさんへのお礼のついでみたいに渡したそうだ。
「そういうことなら……」
「なので講師代は払いません。友人に教えられるくらいまで教えて下さい」
「はい」
またサラに耳打ちされて、ヘタレなウィルお兄さんはリアさんに何か編んで欲しいのに言えなくて、自分がその役を担ったと告げられた。
今から提案してみるから、私に後押しを頼むと。
「リアさん。こんなに沢山あるから、色々編めて楽しそうですね」
「そうですね。こんなに白色があるのでサラさんにマフラーはどうでしょうか。でも私、こういう肩掛けもハイカラではないかと」
リアは懐から紙を出して、三角形の形の編み物の絵を私に見せて、出来ると思いますか? と質問。
「リルさんのお父上が次から次へと新しい模様や形を出来るようになったと教わり、どうかしらと」
「これ、お父さんがお義母さんに編んでみた肩掛けに似ているから出来そうです」
毛糸が手に入るようになったら嫁仲間達に贈りたいなと考えて、編み方を教わってある。
父は手先が器用で凝り性だから模様まで作り出したけど、ほぼ模様無しなら私でも。
リアは不器用ではないから私と同じことは出来そう。
「女学校の制服にハイカラ肩掛けは愛くるしいことこの上ないです。私、サラさんを飾るのが楽しくって」
ほぼ笑えないリアが柔らかく微笑んだ。
彼女のこの表情や、教えて下さいという勢いで、サラも私もウィルに何か編んだらどうかと提案出来ず。
サラにかぎ針編みの基礎を教えながら、毛糸を入手出来ると、父は仕事の合間にハイカラ品を作れるので、高く売れるのでは? と思いついた。
ロイに相談したらウィルを介して仕入れを手配してくれるかもしれない。
儲けに儲けたら、またかめ屋でした親戚会を行って、皆で楽しく宴会……。
義母が今回のお泊まりのことを、あなたは遊ぶのも仕事で、華族と繋がりを持てるからリアと仲良くなるのも仕事と言っていたけどこういうこと?
楽しい、儲かる、嬉しいとは素晴らしいことである。これがきっと、噂の縁ありだ。
編み物に夢中になっていたら、ウィルの兄アルバが帰宅。
初めましてなので丁寧を心掛けて挨拶をした。
「あのロイ君の噂のハイカラ嫁さんとお会い出来て嬉しいです」
「最近、たまたまハイカラです」
「最先端の編み物を買うのではなく作れるとは凄いです。リアさん、こんなに毛糸があるから自分にも何かハイカラ品を作っていただけますか?」
「お兄さんには私が編み物茶托を作りまーす。もうウィルお兄さんと本結納したリアさんを狙わない!」
「あはは。でもほら、別に兄でも弟でもよくないか? ねぇ、リアさん」
「あの、またそのように……」
「ウィルがええと思う人」
はい! とアルバが右腕を伸ばして、サラも袖を持って上品にそうして、二人が私を見つめたので、よく分からないけど、リアはウィルが良いので参加。
「賛成多数! リアさんは手を上げないんですか? 弟では不満ですか?」
「そうですよ。私のお兄さんは嫌なんですか? 婚約破棄ですかー?」
「……。あの、またそのように……」
照れ照れし始めたリアを、アルバとサラは愉快そうに眺めている。
「自分にはリアさん製の茶托。両親とサラにもお願いします。それでウィルだけ特別にもう少し凝ったもの。あの照れ屋はどうせ、何か作ってなんて言えないからお願いします」
そのうち兄だから兄からのお願いですとアルバは両手を合わせた。
顔立ちは全く違うけど、雰囲気が少しジミーみたい。だからウィルとジミーは友人なのかも。
「私からもお願いします。こーんなに買ったのは絶対に、何かを期待してですよ」
「……。茶托くらいなら職場か自室で使うかなぁと……思いつつ……です」
「食卓用の茶托をリアさんの分も合わせて全員分。未来の夫婦はお揃いで、他は別々の柄がええと思いまーす! リルさんが色々教えてくれるはずでーす!」
「おっと、ついうっかり制服でくつろいでしまいました。リルさん、着替えるので失礼します。妹達と親しくしてくださりありがとうございます」
ウィルの兄話を全く聞いたことがなかったけど、ウィルの兄だから良い人そう。サラもかわゆいし、仲良し三兄妹の気配。
ここにウィルの父親が帰宅したので挨拶をしたら、あんバタどら焼きというものをいただいてしまった。
「あんバタというハイカラ風菓子って宣伝していて前から気になっていたので、ハイカラ嫁さんが来るから思い切って買いました」
「あんバタ……あんことバターですか?」
「そう、それです。そう言うていました。バターってなんですか?」
「少ししょっぱい謎の固形油です。西風はたまごらぶゆだから卵から出来ているのではないかと疑っていますが、本物料理人さんは違う気配だと言うています」
「ほぉ。本物料理人さんとはどなたですか?」
「かめ屋の料理長さん達です」
「かめ屋ってあのかめ屋ですか? 息子が何度かそちらのご両親に連れて行っていただいた」
「はい」
「おっと、着替えずについついすみません。一度失礼します」
二人が帰ってきたので、少し遅れてウィルだから、編み物講座は一旦中断して夕食準備の続き。
ウィルの母親がお風呂から出てきて、男性二人と同じく玄関で挨拶の声掛けなしにウィルが帰宅して、制服姿で台所に顔を出して私に挨拶をしてくれた。
「父上が一緒に食べる土産は自分がと言うたので、それなら手土産かなぁと。リルさん、良かったらどうぞ」
異国薬草茶のうち、人気で飲みやすいというものにしたという。
とてつもなくかわゆい、白地に花といちびこが描かれている缶だ。
ロイに我が家はちょこちょこおもてなししているので、何か渡されたら、お礼と感謝を告げて貰うように言われているから遠慮せずに素直に受け取る。
ウィルやイムベル家なら釣り合いについて理解しているから過度な物は与えられないと。
でも、この缶は過剰だと思う。
「うるさそうなサラにも少しあります」
「うるさいは余計です。うわぁ! お客様用と違って小さいけどかわゆい! かわゆい!」
「中身は一回分だから、飴入れや紅入れなどにするのが流行りらしいですよ」
「お兄さん、誰に教わったんですか?」
「まぁ、上司や同僚に友人と、知識豊かな方々がいるんですよ」
「やっかまれるからまずは家で使います! 他の子達も手に入れ始めたら私も買ってもらったって言います! かわゆい、かわゆい!」
踊りそうな勢いの、にこにこ笑うサラこそかわゆい。ウィルも満足げ。この流れだと……。
「着替えてきますので失礼します」
リアにはないのかと転びそうになった。今の流れはそうだと思ったのに。
その彼女は無表情気味なのでどう感じているのか不明。
「マーバフと茶碗蒸しを仕上げましょう。リルさん、ご指導よろしくお願いします」
「はい」
夜はらぶゆ話をしたいというかするので、その時の質問事項にこれを増やそう。
実は事前にこっそり、雅に渡されているかもしれない。




