日常編「我が家の嫁」
あめちゃんふれふれカエルさん〜。
お空がはれててひからびる〜。
いきだおれたらへーびに丸のみ、ああこわい〜。
おとうさんが忘れものをしたとおかあさんがおこっていたのでリルがとどける。
長屋の外にはオニがいて、さらわれたり食べられるのでこわいから、オニたいじの兄ちゃんのちゃんばらぼうを持ってきた。
オニは大声で逃げるらしいのでうたっている。
リルはうたが好きだ。
ルカ姉ちゃんが作ったうたは雨がふるとうれしいリルのためのもの。
それから、リルがぜんぜんじゃんけんをおぼえないのと、兄ちゃんがバカでことわざをおぼえないから。
兄ちゃんが雨はいつか石に穴をあけると教えてくれたので、リルは毎日雨になってもらい、それを見たい。
おとうさんがポタポタ雨をたらす竹細工を作ってくれたから、どんどん雨がふるとええ。
あめちゃんふれふれカエルさん〜。
お空がはれててひからびる〜。
いきだおれたらへーびに丸のみ、ああこわい〜。
せっかくルカ姉ちゃんが作ってくれたのに、二番は忘れてしまった。
鬼からかくれるために草むらを歩いているけど、お父さんのしごとばへの道とちがうがする。
ん?
「おいリル! リルどこだ!」
兄ちゃんと会って、かってにどこかへ行くなとおこられた——……。
☆
馬の骨嫁なんてと激怒し、彼女の家族と共に嫁の人柄を知って反省して、息子夫婦は結婚二年目を迎えた。
なので新しい娘リルはルーベル家の嫁、二年目。
今日も今日とて朝から早起きして、朝食とお弁当を作り、洗濯をしてくれているのですこぶる楽。
私は起きた時から地味に頭が痛いので、居間の定位置で読書のふりをして、わりとぼんやりとしている。
嫁がせっかく洗濯を終えて、さぁ干すぞという時に、珍しく天気が一気に変わった。
慌てる嫁が洗濯物を縁側に放り投げていく。
一気に沢山持ったし、こういう時はわりと豪快めだなぁと眺めつつ、そのくらいは出来るので、部屋干しする準備を手伝う。
今日は顔色が悪いので休んでいて下さいと言われたので、遠慮なくそうする。
私は自分も含む家族が楽になるならと、仕方なく息子の暴走を許した。
許さなくても家出して、ほらほら大変でしょう? ほらほら孫を抱きたいですよね? と脅迫されて折れただろうけど。
「あめちゃんふれふれカエルちゃん〜」
部屋干しを始めたリルが歌い出した。
「お空が晴れててひからびる〜」
このような歌は知らない。なぜ雨が止んで欲しい時に、こんな歌詞の歌なのだろうか。
「いきだおれたらー、へーびに丸のみ、ああ怖い〜」
部屋干ししながら若干手振り付き。
二年目になった嫁は、最近長屋らしさというか、素の深いところが出てくるようになった。
この歌や小さめの踊りも多分それである。
「なめくじ出てきてびっくりどん〜。へびは怖くて動けない〜」
本当になんの歌だ、これは。
「カエルは逃げて井戸の中〜。空が青くて外に出る〜。あめちゃんふれふれカエルちゃん〜」
最初に戻った。
「リルさん。その歌はなんですか?」
「雨が降ったら歌う歌の一つです」
「実家でそういう伝承があるんですね」
「はい」
外でこの調子だと我が家の格に関わるが、リルはよく分からない運持ちっぽいので、余計なことは言わないことにする。
☆
数日後、シイノギ家のアミが学友達と来訪。
リルに教わった異国料理を作ろうとなったのだが、上手く出来るか心配なので教えて欲しいと頼みに来たようだ。
ふーんと眺めて、リルが二つ返事で了承するのを確認しつつ、刺繍を続行。
今日は手がよく動くので気分が良い。
「お母さん、今度の金曜は女学校が午前で終わりだそうです。皆で西風料理を作ってもええですか?」
「もちろんです。せっかくだから何人か試食会に招いたらどうかしら」
長男で華族と縁結びは失敗したが、棚からぼたもちみたいに次男を手に入れて、その次男はわりとモテそうなので私は彼を我が家の格上げに使う予定。
本人が「お嫁さんはお嬢さん」と張り切っているので持ちつ持たれつだ。
その為にはリルに国立女学生や卒業生を何人もくっつけておく必要がある。
息子ロイの友人関係で、リルの嫁仲間になりそうなエリーやリアは申し分ない家柄や経歴。
リルが親しくしているご近所の娘達も国立女学校卒で同様。
このアミと二人の友人も現役国立女学生で来年には卒業生だ。
「試食会……ですか」
「食べてくれる人がいるとより張り切りません? 趣味会のご友人なんてどうでしょう。アミさん、どうですか?」
「ありがとうございます。でも趣味会仲間だと自分達も作りたいとなって、テルルさんやリルさんにお世話をかけてしまいます」
「それならリルさん、親しくしているご近所さんに声を掛けてみてちょうだい。日頃のお礼にご馳走しますと言うんですよ」
「はい。……雨です!」
急な雨、それもかなり激しい雨がいきなり始まったので、リルが慌てて洗濯物を取り込み開始。
もちろん私も手伝い、気が利く女学生三人も同じく。
慌ててといっても、リルはいつも大人しくて静かで相変わらずそうだけど、手際は良い。
微妙に濡れてしまったので、とリルは部屋干しを開始。
「あめちゃんふれふれカエルちゃん〜」
部屋干しを始めたリルが歌い出した。
「お空が晴れててひからびる〜」
お客様がいるのに歌うなんて予想外。
しかもこの歌!
ただ、正直者のリルは自分が女学校へ通っていないとアミに話してしまったらしく、シイノギ家の奥さんから家守り特化で育てられた豪家の娘さんをお嫁さんにしたんだそうですねと言われた。
娘と大して違わない年齢で、家事が完璧なんて云々と褒められたけど冷や汗もの。
「いきだおれたらー、へーびに丸のみ、ああ怖い〜」
本当になんなんだ、この歌は。
「リルさん。そちらの歌はなんでしょうか」とアミが問いかけた。
「雨が降ったら歌う歌の一つです」
「そうなんですか。私は初めて聞きました」
「カエルが井戸の中に逃げて井の中のかわずです。カエルと書いてかわずと読みます」
「どういうことですか?」
「姉が作った、バ……昔は頭が良くなかった兄がことわざを覚えるための歌で、これを歌うと雨が降らないで干からびて死ぬカエルも生き残るご利益の歌と言うていました」
実家方面で伝わっている歌ではなかったようだ。
姉作なんて聞いてない!
この娘はこのように突っ込まないと話さないから頭が痛くなってくる。
☆
今日は日曜で、嫁は家事前倒しと息子に任せて実家へ帰っている。
夫と共に川釣りをしてくれるそうだし、リルの妹達にはそのうちお世話になるかもしれないから、家に慣れてもらう為にルルを連れてくるので、帰ってきたら騒がしいだろう。
息子はなぜか書斎で勉強せずに居間にいる。
私はのんびり刺繍をしながら、一昨年は家の中が荒れ気味で、自分の体が思い通りにならないので苛々していたのにすっかり平穏だと自然と口角をあげた。
「やっぱり雨です!」
息子が叫んだので手を止める。
やっぱり? と首を傾げつつ、息子と二人で洗濯物を取り込む。
「居間で見張っていて良かったです。リルさんがああいう雲がある晴れの日は、急に雨が降ることが多いと教えてくれたんですよ」
「へぇ、そうなんですか。どんな雲ですか?」
「カエルみたいな雲です」
息子はリルが描いた絵を私に見せてくれたのだけど、全然カエルに見えない。
「リルさんは絵も上手です」
どう見ても下手くそ。私の息子の目は腐っているようだ。
「独特で愉快です」
それが分かるのなら、そこまで腐ってはいないかもしれない。
「あめちゃんふれふれカエルさん〜」
一応部屋干しを開始したら、滅多に歌わないというか、もう何年も聴いたことのない息子の歌が登場して驚く。
でもこの歌……。
「お空が晴れててひからびる〜」
「いきだおれたらへーびに丸のみ、ああこわい〜。でしたっけ」
「よくご存知ですね、母上。昔、道場で流行った歌なんですよ。この間、ネビーさんが歌ってて懐かしいなぁと」
「道場で流行ったんですか?」
「ええ。かなり暑い夏の年に、やたら道場周りでカエルが干からびていたからです。家でも歌っていたから母上も覚えているんでしょうか」
息子のことはあれこれ忘れないし、こんな変な歌は記憶にないけどそれは言わないでおく。
きっと息子は道場で歌っただけだろう。
リルが歌うからで、その歌はリルの姉がネビーの為に作ったことわざを覚える為のものだと聞いたと教える。
「ことわざですか?」
「リルさんが井の中の蛙って言うていましたよ」
数日後、リルと共に彼女の姉の子供に会いに行った。
教育費の為と、我が家の跡取り予備候補にする為に、夫の養子になってもらうので元気に育って欲しいし単純に可愛らしいので。
そうしたらまた雨が降り、リルが赤子をあやしながら歌い始めたので、思い出してルカに「ルカさんが作ったそうですね」と話しかけた。
「リルが全然じゃんけんを覚えないんで作ったんですけど、まさかこんなにずっと歌われるなんて思ってなかったです」
「じゃんけん? そうだっけ」
「リルが紙じゃ石には勝てないと毎日しつこいし、ネビーがへびとカエルとなめくじは三竦みって教わったとか、井の中の蛙はとんぼじゃ飛んでいくからカエルとか、なんかわーわー言うから変な歌になったんだよ」
「そうなんだ」
あの頃のリルは歌わせておけば楽だったので、雑に歌を作ったら歌いまくったとルカが笑う。
ここに夜勤明けのネビーが帰ってきて、私達に挨拶をして、甥っ子を抱っこしながら「何の話で楽しそうに笑っていたんですか?」と質問。
ルカが説明すると、ネビーが「そういえば井の中の蛙や三竦みってロイさんが教えてくれたんですよ」と語った。
「思い出してみればロイさんが入門したころは勉強を教わったりしていました。他にも根性のあるお坊ちゃんが増えて気がついたら全然話さなくなったんですよね」
「ああ、べそべそ坊ちゃんは頭はええから色々教えてくれる。俺は掛かり稽古をしてるって、あれ、ロイさんだったの?」
「べそべそ坊ちゃん……言うてたな。言うてた。言われたらなんか色々思い出してきた」
そこからはしばらくネビーが息子との思い出話をしてくれて、それは私が全く知らない事ばかり。
息子はいつも後ろや端の方にいて、かくれんぼは得意で、無口めだけど誰かの為にはしっかり怒れるなど、幼馴染と遊ぶ時の息子の様子のような話題もあった。
きっと、夫が息子をデオン剣術道場へ入門させた瞬間、私とこの家族達との縁が結ばれたのだろう。
それが良い事なのか、悪い事なのかは、死ぬその時に判明する。
昔、占い師が私の人生は後半になる程良いと言っていたので、信じながら長生きしたいものだ。




