未来編「リル、付き添い人になる6」
ロカの初デートは陽舞妓観劇と散策などの予定だったけど、予想外の人物と会ったり、大雨や雷に襲われて、全然デートっぽくならず。
なので本日は初デートのやり直し日。
ロカがかわゆいことに緊張して厠にも行けなくなったり、喋れなかったと言うので、本日は学校帰りに茶屋で付き添い人と共にお喋りのみの予定。
家のことは義母とウィオラに頼んできたので、区立女学校前で趣味会終わりのロカを待ち、学校が終わったクルスが来たので彼と合流して更に待つ。
クルスは大緊張という様子で「本当は嫌がられていますか?」と私に問いかけて、とても不安そうな表情で私を見据えた。
「妹は緊張しているだけですよ」
「俺、俺がもっと上手く話せたり、こう……なのに難しいです……」
私の隣で背を丸めて俯いて、髪を掻いて悲しげに唇を尖らせたクルスをとてもかわゆく感じる。
彼はロカは優しい人だと見つけてくれて、君は笑顔を作る桜の君なんて素敵な手紙を送ってくれた男の子。
イオが昔から知っている男の子だと発覚して、彼や妻のミユからどんどんクルスの情報が流れてくるけど、彼は努力家の好青年だ。
引っ込み思案や大人しめなのは玉にきずだけど、昔々よりは克服しているそうだし、病弱めな友人を熱心に見舞ったり、友人がお世話になった病院へイオと慰問に行く優しい人物。
ひくらしの若旦那の一人とクルスの父親が専門高等校の同級生で友人だったので、そちら方面からもクルスについて知ることが出来る。
友人達と共に下校して、門までやってきたロカが私を見つけて笑顔になり、クルスを発見して顔をこわばらせた。
ロカの友人達がヒソヒソ耳打ちしていて、それを見たクルスは背筋を伸ばしたけど顔を青くした。
「皆さん、学校お疲れ様でした。ロカの姉のリルです。今日は父の仕事関係で彼の家が営む小物屋へご挨拶へ行きますので失礼します」
「皆さん、また明日。お姉さん、クルスさん、お待たせしました……」
クルスというところからロカの声はどんどん小さくなっていった。
友人達に手を振られたロカが、品の良い会釈をしながら私の隣に来て、クルスに「お待たせしてすみません」と小さな声を出す。
「いえ、あの。ほら。今日の秋空が気持ち良いので眺められて良いです。その、あの。うん……まぁ……春風はまだかなぁなんて、待ちわびてもいましたけれど……」
好青年が照れ照れ緊張しながら妹を褒める図は姉として嬉しい。
「春風……ですよね。私の友人は皆、かわゆいです」
雷雨の日は私がうっかり雅屋の奉公人兄妹を家に招いたから、ロカとクルスは全然会話しなかったけど、今日の二人は話しそう。
「そうですね、女学生さんは皆かわゆいです。特にその髪型も、この間の髪型も……とてもええと思います。お似合いです」
クルスはわりと積極的みたい。
褒められたロカはぶんぶんと首を横に振り、頬を赤らめてうつむいて、私の後ろに隠れた。
「……」
「……」
他のこの反応をどう思ったのか、クルスは私達に背中向けて無言。
「……茶屋って言いましたけど、俺、緊張で無理そうなので……雅屋で買い物をして、イオさんの家でもええですか?」
ロカに袖をツンツン引っ張られて、それでええと言ってと頼まれたのでクルスに伝言。
こうして私達は三人で歩き出した。
二人を並べても無駄そうというか二人ではろくに会話を出来なそうなので、間に入って雅屋で何を買いましょうか? と質問。
これぞ付き添い人の仕事。
ルルとティエンのお出掛け時には付き添い人なんて全く必要が無くて、痒い二人を見るばかり。
歩いていたらそのルルに遭遇してしまった。
買い物カゴを持っているので買い出しだろう。
レイスとユリアがお姉さん、お兄さんと泣くので、同居をやめたネビー夫婦にたまに泊まりにきてもらうことになり、今日はその日だからルルは今日実家だ。
母はそこそこ元気になってきたけど、ルルが帰ればルルが家守りだから買い物ってこと。
「あれっ、リルお姉さんにロカさんではないですか。それにクルスさん。こんにちは。三人でどうされました?」
お嬢様風ルルがにこやかに問いかけたけど、ロカは何も言わずに私の背中をツンツンした。
「ロカさんの姉君。お久しぶりです。昔からお世話になっているイオさん宅へ手土産を持ってお邪魔しようと考えていたら、雅屋へ行くお二人とお会いしました。行き先が同じなので少々お話ししていたところです」
先程までの緊張クルスはどこへやら、スラスラと喋っているし表情も凛々しい。
「まぁ、そうですか。三人で雅屋さんへですか。私も商品を見たいのでご一緒します」
ロカに「ルルは嫌だから追い払って」と耳打ちされたけど、ルルのにんまり顔に「絶対ついて行く」と書いてある。
仕方がないので雅屋まで四人で歩くことにしたら、ルルがクルスと並んで私とロカの前を歩き、彼を褒めたり、今年で学校を卒業するからお見合いが始まりますか? などと余計な話題を振る。
ロカの顔がかなり怒っているけど、ルルは知らんぷりするみたい。
「い、今、心に決めている方の時期まで待ちます。その前に気に入ってもらわないといけませんけど……。素敵な女性は大勢の中から選ぶので、今の俺は自分磨きです!」
「あはは。噂通り真面目君。かわゆいですね〜。うんと年下みたいです」
「子供っぽい自覚はあります……」
「これも風の噂で聞いたんですが、イズミ作のイノハの白兎の写本をお待ちだそうですね。今度借りてもええですか?」
二人はそのままイノハの白兎話で盛り上がった。
これではルルとクルスのお見合いみたいだけど、ロカは不満ではないのか、私に今日の学校話をしている。
雅屋に到着して店内に入ると、今日は平日なのでユラは不在。コトリが働いていて、先日のお礼を言ってくれた。
商品を購入して、レイが忙しくなさそうなら挨拶をしたいとコトリに頼み、少ししたらレイが来てくれたので少し雑談。
「リルお姉さんは今日イオさん家で夕食ってこと?」
「ううん。ロカと帰るよ。お母さんの顔も見たいから」
「それならまた後で。ユラさんの新しい修行が全然で遅くなりそうだから、ルル、夕食作りはよろしく〜」
最近ウィオラがいてもいなくても、レイがユラを連れてくるそうで、レイのこの感じだと今日もおそらくユラは私の実家でご飯だろう。
「最近、仕事帰りのジミーさんがしょっ中閉店間際のお店に顔を出すんだよ。だからジミーさんの分の夕食もよろしく」
「誘ったの?」
「うん。寮ご飯よりも大家族ご飯の方が美味しそう、食費ははずみますって言うたから誘った。丁度兄ちゃんとウィオラさんが居ないというか、居たり居なかったりで、しばらくご飯は別ってなったからさ」
レイになぜ兄やウィオラが居たり居なかったりなのか確認したら、兄が職場に缶詰になったり、ウィオラが職場に緊急呼び出しされたりするらしい。
「って言いながら、きっとデートだよってお母さんが嬉しそうに言うてた。私の体調が良くなってきたからだろうって。お母さんは孫が増えて欲しいから夫婦の邪魔をしないように」
レイはロカとルルを指差してニコニコ笑って仕事に戻った。
「リル姉ちゃん。知っていると思うけど、妹、妹、妹、妹、妹って兄ちゃんはすっかりお嫁さんばっかりなんだよ。前はイライラしたけど最近は、あんなに幸せそうな顔だから良かったなぁって。ウィオラさんに、逃げられませんように!」
お店を出た時にルルはそう言って笑い、去っていった。
イオ家への手土産を持ってロカとクルスと三人で歩き出したら、ごくごく自然に二人が並んでいて、話題はジミーとユラのことっぽいので、後ろを歩いて耳を傾ける。
クルスはユラに頼まれて絵を描き、そうしたらそれが最近知り合ったジミーへのもので……みたいな内容。
「他に想い人がいる相手へ良縁を願う絵として描いたのに、想い人はユラさんっぽいから、頓珍漢めな絵になってしまいました」
「あのイノハの白兎を元にしたってなると、ユラさんこそジミーさんを慕っていますか? 彼女はなにか言うてました?」
「いえ、ちょっと知り合いくらいの自分には特に何も」
「ウィオラさんが、ユラさんは少し悪いことをしたことがあるけど、うんと傷つけられたのに優しく出来る人だから、あのイノハの白兎と似ていますねって。私もこの間の劇を見てちょっと似ているなぁって」
話し始めたら緊張は消えたのか、ロカとクルスはそのままユラ話を継続。
ロカはこんな風に語った。
姉のレイに聞いた話だけど、ユラはとても真面目でいつもお菓子の勉強や練習をしているし、苦手な裁縫もうんと励んでいるという。
それでこの間、レイがユラとゴミ捨てをしていたら、腹減り子どもがゴミ漁りをしていたところに遭遇。
正確にはゴミ漁りをして隠れたか、隠れて様子をうかがっていた子供を発見。
レイはこの地域にこんな子がいるなんてと驚いて固まったけど、ユラは彼をひっ捕まえて、暴れるのを無視して見回り兵官に突き出したそうだ。
「こんな幼子が死ぬわよ。ちゃんと見回りしなさいよって兵官さんに怒ったそうです。それで友人の旦那は一閃兵官だから、ちゃんと働いたか後で確認しますからねって」
「この辺りにゴミを漁らないといけない子がいるなんて気がつかなかったです。俺はそんなにすぐ行動出来なそう」
「ユラさんも多分昔、ゴミ漁りをしたんだと思います。前に誰も助けてくれなかったって言うていたんで……」
「えっ? あのユラさんがですか?」
「その、母親が早くに亡くなって、苦労したって言うてました」
「そうなんですか」
レイとユラと兵官がやり取りしていたところにジミーが現れて、彼は「自分の職場の業務範囲なので」と厄介事を引き受けたという。
「ジミーさんは昔から私達に優しいです。それにお兄さんが、イオさんと遊んでくれている子がお金がかかる病気って知って、ロイさんに相談して、ロイさんがジミーさんを頼って、寄付とか色々教えてくれたんです。後から聞いたら、ジミーさんは出世したばかりで仕事でヘロヘロだったって」
「……イオさんと遊んでくれている子ってもしかして。あの、その子の名前は知っていますか?」
「知らないです。ジミーさんはぽかぽか太陽みたいだから、世界がちょっと怖いユラさんのことをあたたかくしてくれるだろうけど、ユラさんは彼の見た目が嫌みたい。なので見た目で選んだら損しますよって言うつもりです」
イオの知り合いの子で死にかけた……というと、私の記憶にあるのはインゲ君。
確か今は元気になって、イオの職場で事務官の半見習いをしている。
私が考え事をしている間に、ロカが兄の顔はイマイチだけど、中身は逆にうんと良いから、お嫁さんになってくれたウィオラは得をするはずなんて兄バカ話をしていく。
「世界がちょっと怖い……んですか。ユラさんは。いつもニコニコして楽しそうなのに、そうなんですね」
「ああっ、また口滑り……。他人の言いたくない事を勝手に言わないように気をつけているんですけど、私はたまに口が軽いです……」
「君の発言では彼女の過去はサッパリ分かりませんので、口滑りではないと思いますよ」
そこからクルスは友人話を開始。
彼は内臓の腎というところが悪い疑惑なので、食事を質素にして、あまり体力を使わないようにしないと具合が悪くなり、酷いと死にかける。
枷みたいな体持ちなのに明るく元気で前向きで、とても優しい彼がいたから今の自分がいるとクルスはその友人をとても褒めた。
インゲ君の話だなぁと思っていたら、彼の名前はインゲと言いますとクルスが告げた。
「イオさんは色々な子達と遊んでくれるけど、かなり世話焼きしているのはそのインゲです。俺ともう一人と三人組みたいにお世話になっているけど、インゲはイオさんとミユさんを縁結びしたから特別」
「もしかして、ロイさんやジミーさんが間接的にお世話したのって、そのインゲさんですか?」
「多分そうです。そうなるとジミーさんは親友の恩人なので、俺、お礼とか何かしたいです」
二人はこの話をイオにしてみようと言いながら歩いてそのイオ宅に到着。
突然の訪問だけど、ミユがにこやかに応対してくれた。家にお邪魔して、彼女のご両親にご挨拶。
クルスは素直に「ロカさんと茶屋で会う約束を出来たけど、緊張で上手く話せないので、共通の知人の力を借りにきました」と説明した。
私は心の中で、わりと普通に会話していていたけどと独り言。
余計な指摘はしないな限るので傍観。
「イオさんは今日は夜勤だから寝ているんですけど、この状況で起こさないと怒りそうだから少々失礼します」
「自分達は上の夫婦の部屋でのんびりします」
ミユと彼女の両親が去り、しばらくしてミユとイオが戻ってきた。
「ふわぁ。んー、ミユ。良いことがありますよって、何? 楽しみ過ぎて待てない」
イオが階段を降りながらミユを後ろから抱きしめて手すりに追いやって顔を近づけた瞬間、ミユの悲鳴が轟いて、お客様が来ていますと突き飛ばされたイオが宙返りして無事に床に着地。
思わず拍手。
「誰だ夜勤前、それもやかましい息子達がいなくて夫婦の時間なのに邪魔……おお、なぜその三人。リルちゃん、ロカちゃん、クルス、ようこそ我が家へ」
かなり不機嫌そうな顔になっていたイオが私達を見てパッと表情を明るくした。
「良いことがあるってそういうことか! ミユが特製の夕食を作ってくれて、あーんとかしてくれると思ったら、弟分が結納したのか!!!」
瞬間、クルスはゲホゲホむせて、むせまくった。ロカがぶんぶんと音が鳴りそうなくらい勢い良く首を横に振る。
「あはは、冗談だ。楽しい反応をどうも。で、三人で何?」
「イオさんがいると緊張が少しは和らいで楽しく話せそうということで、親しくなりたい二人が遊びに来てくれました」
ミユのこの説明はわりと照れることなので、クルスとロカは俯いて視線を泳がせている。
「ほーん。っていうかリルちゃんがいるんだから、リルちゃん先生で料理教室は? 料理って共同作業だから喋るだろう。それは次回ってことで、来てくれて嬉しいから……何する? ミユ、どう思う?」
「イオさんがクルスさんやロカさんの昔話をペラペラ喋りながらトランプはどうですか? 花札でも良いですけど」
「俺、花札がええ。ちび達がトランプ、トランプで飽きてるから」
結果、花札対決の前にロカが花札の絵を気にかけて、それがクルス作だったのでその話で盛り上がった。
イオが「甥っ子の元服祝いに火消し風花札を作って欲しい」と二人に依頼して、たとえばどんなだと思う? みたいに二人を促して、意匠を考える会が始まった。
私はコソッとミユにお礼を耳打ち。
「いえいえ。クルス君はロカさんのお姉さんに気を遣われると情けないとますます萎縮するので、イオさんに助けを求めに来ますって言うていたんです」
「そうですか。付き添い人になるのは慣れていますが、今回はあまり役に立たずで。ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます。イオさん、妹みたいなリルさんやロカさん、弟分のクルス君に頼られて、うんと嬉しそう」
人によって話しやすい相手は異なるので、付き添い人の名手でも全ての縁を結べる訳ではない。
私は付き添い人の名手ではないし、昔から会話が得意ではないので、居ない風になって会話を邪魔しないで、たまに橋渡しすることが得意。
ロカとクルスの今の関係だと、私の特技は効果が薄かったのでありがたい。
元々文通では和気藹々、話題豊富で親しくなっているロカとクルスは、こうして実際にも少し距離を縮めた。
次の約束の時も私が付き添い人を務めたけど、花札作りという共同作業があるので、私が少し促すだけでも会話が弾む。
クルスは今年元服だけど進学するし、ロカはまだまだ女学生。
気が合うようだし、ルルとレイへの縁談が無理ならロカさんへと兄目当ての縁談が舞い込んでいるので、打算がなくてロカ自身を気にかけてくれているクルスは貴重だから、二人がこのままゆっくり、ゆっくり親しくなって、小さな蕾がどんどん大きくなって大輪の花が咲くようになりますように。
☆
クルスとロカの距離が近づいたと察した兄とジンが、付き添い人になるなんて何を考えていると私を責めてきたので、怖いからつい「イオさん……」と口にしてしまった。
結果、兄二人はイオに喧嘩をふっかけて、イオが謝らないで「弟分の恋路を邪魔するのは許さねぇ!」と喧嘩を買って、本日はハ組で遊び喧嘩。
「あの、ネビーさん。なんで自分なんですか?」
「イオが俺は卑怯とか言うんで、それならそっちだって運動神経が悪いジン相手は卑怯だって言い返して、間を取りました」
「そうですよ。俺がイオに勝てる訳がないです。三兄弟は一蓮托生、支え合いの助け合いですからよろしく」
「なぜ今日いきなり連れてこられて、今から水汲みと綱登りと剣術対決なんですか?」
「俺が事前に言うのを忘れていたからです!」
「俺はネビーが言うたって思ってました」
兄のド忘れで突然遊び喧嘩見学になったけど、レイスもユリアも楽しそうなので私としてはこれは良し。
ロイも多分、内心嬉しいだろう。




