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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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特別番外「終わりと始まりの物語」

 このような曇天の中を走って、走って、走って、走って、走っていると、まるで幼い頃に戻ったようだ。


 私は自分をぶつ母親を好きではなかったけど、引き離されたら本能なのか帰りたくて新しい居場所から逃げた。

 あれが、全ての元凶だ。

 頭が悪いので、そこが自分を一応保護した場所だとか、大金持ちになれる確率が高い遊楽女になったとか、養子優遇制度で売り出し前に店から出られたかもしれないことなど、説明されたはずなのに理解出来ず。


 ただ、私が辿った経緯でないと、ウィオラという稀な女性と知り合うことはなかったので、彼女との出会いに私の運は全振りされたのかもしれない。

 彼女は私に何を与えてくれたのか、多分一生理解することはないだろう。

 ウィオラに付随してきた人間関係や、新しい居場所の雅屋の同僚達も。


 息を吸って笑っているだけで憎たらしかった者達が今は逆に癒しだ。

 まだ数刻前にコトリに掴まれた腕が熱い。


 走っているうちにポツリ、ポツリと雨が降り始めたけど、濡れたって構わない。

 私の人生はほとんど雨で、おまけに大体びしょ濡れだ。


「待って、待って下さい!」


 なんで追いかけてくるのよ! と心の中で叫びながら足を止めずに走り続ける。

 私は知っている。昔話で「幸せになりました」というのは、心が綺麗で優しい、全く罪のない者だ。


 白兎は恋敵と戦わなかった。

 戦っても無駄だから。

 少しばかりあの白兎に自分を重ねた時点で、クルスからの質問への答えは出ている。


「おいこら! 逃げる若い女性を追いかけるなんてどういう了見だ!」


 振り返ったら、私と彼の間に見回り火消しがいた。

 つい足を止めると、火消しが一人こちらへ来て私に「大丈夫ですか?」と尋ねて、もう二人の火消しは彼に詰め寄っている。


「とりあえず兵官に引き渡そうぜ」

「そうだな」


 私は自分に声を掛けてくれた火消しに、彼は友人の友人で、心配してくれただけだと説明。


「送ってくれると言ってくれたんですが、急いでいて。危ないから待って下さって声を掛けてくれただけです」

「そうなんですか」

「なので……」


 火消しさんが代わりに送って下さいと言おうとしたら、雨が激しくなりそうだし、こんなに暗いから、大通りでも美人の一人歩きは危ない。

 遠慮なんてしちゃいけねぇ、危機感が足りないと怒られて、送ってもらいなさいと言われてしまった。

 ジミーと並んで立つことになり、火消し達は去ってしまった。


「……」

「すーぐ逃げる。自分は大した人間ではないし、君はそこまで卑下する程の女性ではないですよ」

 

 思わず腕を振り上げて、二度と人を殴らないと誓ったと、拳を握りしめる。


「ふざけるんじゃないわよ! 私のことを何も知らないくせに!」


 うるさい、みたいに彼は指で片耳を塞いだ。


「そりゃあ知りません。でも働きぶりや同僚の評価や君に知人の評判くらいは存じ上げています。ウィオラさんやネビーさんは口を割りませんけど、他の方はそこそこ」

「猫被りしているんだから、悪女みたに言われないことぐらい分かっているわよ。本質はろくでもない女だからどっかへ行きな!」


 歩き出したら彼はついてきたけど、またさっきみたいに彼が職質されると困るので、仕方が無いからそのまま。


「既に寒いし、もっと降ったら辛いから、傘を買いましょう」

「あっそ。私は平気だから」


 ほらほらおいでと手招きされて、そういう顔で笑うなと胸の中で叫びながら睨みつける。

 ニコニコ、ニコニコ笑って、本当にウィオラみたい。

 あっちに気をつかい、こっちに気をつかい、それは全然なんてことないことで、当たり前で、皆が心地良いと嬉しいという、底無しの善人の目や笑み。

 光が強ければ影は濃くなるし、太陽に近寄り過ぎた者は全身燃えて墜落だ。


 しかし、炎に身を焼かれて死ぬというのに、灯虫は飛び込んでいく。

 そんなのバカ過ぎるけど、なぜ飛び込むのか私には理解出来てしまう。

 私はウィオラという眩しくて激しい太陽の手を取って、全身を炎に燃やされながら、その火が熱くて苦しくて痛くて辛いだけではなくて、うんと温かいと知ったから。

 

「……」

「ほらほら、店先だけではなくて、傘売りが張り切っていますよ」

「一番高い傘を買わせるから」


 なぜこの男はめげずに近寄ってくる。

 ウィオラは私が泣きながら追いすがったから振り返って両手を取ってくれたけど、彼にそんなことをしたことはないし、ひたすら拒絶を投げつけているのに。


「すみません、傘売りさん。一番高い傘を下さい」

「何、素直に買おうとしているのよ! バッカじゃないの!」

「銀華模様ですか。ええですねぇ。こちらを一本いただきます」


 無視された挙句に、傘を買われて、傘を傾けられて、行きましょうと促された。


「もう一本買いなさいよ」

「見ての通り、相合傘という策略です」


 傘から滴る雫が彼の肩を濡らしていくけど、私の体はちっとも濡れない。


「私は濡れて帰るから、自分の傘は自分で使って」


 顔を見ないようにして、彼の手を避けて傘の柄を押したけど、ぴくりとも動かなかった。


「意外に力があるぞ、ですか? 卿家は臨時に兵官となるので大なり小なり鍛えているものです」

「……」

「気がきく女将さんで、乾かすだけではなくて香も焚いてくれました。あのままじゃ貸せなかったのでありがたいです」


 そんなことは鼻腔をくすぐる香の匂いで察していたけど、さらっと肩にかけられた羽織りで更に感じる。

 振り払って地面に落としたら、高そうな羽織りが泥だらけになるので拳を握り、唇を噛み締める。

 無理矢理返しても、羽織りはきっと地面に落下だ。


「寒くないですか?」

「……」


 近寄りたくないので離れると、傘が大きく傾けられて、彼が濡れるばかり。

 呆れろと念じながらしばらくそのままでいたけど、耐えられなくなってやめた。


 また走って逃げると、似たようなことが起きるから一緒に歩くしかない。

 なぜ昔は、私を保護するような者がいなかったのだろう。

 この世界は悪意と同じだけ優しさが溢れているのに、ひたすら悪いことばかり起こった。

 話しかけられても無言でいたら、そのうち話しかけられなくなり、雨が激しくなっていった。


「うおわっ!」


 突風で真新しい傘が壊れて、おまけに彼の手から離れて吹き飛んでいった。


「運の悪さを発揮するのは今じゃないだろう」


 肩に掛けられた羽織りが即座に頭に乗せられて、すみませんという台詞と共に押された。


「とりあえず軒下へ行きましょう」


 傘があるのでなんとか歩いていた者達も、傘がなくて走っていた者達も、どんどん近くの建物の軒下へ逃れていく。


「なるべく拭いて下さい」


 差し出された手拭いを見つめていたら、ピシャッと天が光り、遅れて雷の音が轟いた。

 それが何度も、何度も繰り返される。


「運の上下が激しいので、雷に打たれて死ぬかもしれません。巻き添えにする訳にはいかないので少し離れておこう」


 こんな時でもニコニコ笑えるなんて、本当にウィオラみたい。

 私はあの時なぜ去っていくウィオラに向かって「行かないで」と叫んだんだっけ。

 多分今と同じで、耐えられなくなって、本能や自分の感情に従ったからだ。

 無意識に手を動かして、あっと気がついた時には彼の袖を軽くつまんでいた。


「……共倒れしたいってことですか? まさか、忘れじのなんて言いませんよね?」

「バーカ。雷が苦手なだけ」

「でしょうね。こんなにゴロゴロ鳴っていると自分もかなり怖いです。鳴る神の少し響みてなんて願ったからかなぁ。これはやり過ぎです」


 口を開けば口説き文句って、彼に羞恥心はないのだろうか。


「こんな押せ押せ人間なのになんで独身なのよ」

「この押せ押せ人間に感化された男性が気合いを入れて突撃して、横に並ばれて、負けてばっかりです」

「確かにお申し込みが増えたわ」


 喋らなくなったので、それなら私も喋らないと無言。

 あの彼と仲が深まったのは、初めて出掛けた時にこんな風に雨宿りをして、手を出されたから。

 でもジミーは言葉ではあれこれ言うのに手は出さないみたい。

 これが世に言う「良い男」で誠実な男性ってこと。

 過去の私は「こんな風に優美に口説いてくれるなんて素敵」とのぼせたけど、単に世間知らずだった。


「誰にそんなに傷つけられたんですか? 刺されかけたことがありますか?」


 私を見ないで、荒れ狂う空の様子をうかがうような素振りをしているのに、踏み込んできた。


「あんた。私を口説いてどうするつもりなの? 経験豊富な美人とヤリたいなら花街でしょう。共通の知人がいるんだから、私に下手なことは出来ないわよ」

「けっ、けほっ! けほけほっ! 女性がそのような単語を口にするのはやめましょう。特にここは外ですよ」

「外ってこんな豪雨で近くに人もいないんだから建物の中みたいなものよ。あんたくらいしか聞こえないんだから」

「神社でもお店でも上品めだったのに、蓋を開けたらこれ。口説いてどうするって、口説く、気が合うか確かめる、結納、祝言ですよ」

「生粋のお坊ちゃんと元遊女の気が合う訳ないでしょう」

「少なくとも会話は成立していて、こちらとしては愉快ですよ。傘が飛ばされたのは不運ではなくて幸運だったようです」


 ニコッと笑いかけられたので睨みつけたけど、効果はなさそう。


「こっちは不愉快よ」

「そうか。それは困りました。とある方が教えてくれて、百回、千回口説いたら、相手の脳みそが錯覚することがあるそうです」

「迷惑極まりない教えね。付きまといの発想じゃない」

「付きまといは怖がらせたり脅したりするじゃないですか。そんなことはしません。雅屋に貢いで味方を増やすします」


 その通りで、今日の観劇券は女将が私とコトリに「新しいお得意様からいただきました。顧客増やしをしてくれた、頑張っている新人さんへ」とくれたもの。

 まさかジミーが買って女将へ根回ししたとは夢にも思わず。


「天下の卿家様が元遊女と祝言なんてする訳ないでしょう。ふざけないで」

「跡取り息子はしないというかさせてもらえないけど、三男、四男が身請けしてくるとかはたまにありますよ。そもそも雅屋の菓子職人とか、元芸妓さんって言います。嘘は嫌いですか?」


 そうなの? と尋ねたら乗り気みたいだから突っ込まないことにする。

 前にネビー・ルーベルが卿家だって縁結び対象になり得ると言ったけど、一人からの情報なので、あまり信じていなかった。


「私の人生は嘘しかないわよ。言っておくけど、私は子どもの頃に保護されて遊楽女じゃなくて、単に金が欲しくて自らだから」

「へぇ。それなのにそれをあっさり捨てたんですね。服装はいつも質素で装飾品はいつも同じですし」

「金は基礎教養代にほぼ消えた。残りは外街資金」

「生きていくために選んだ仕事ということですね。今は外街で奉公人ですから、借金か何かはもうないということです」


 手を袖の中に入れて腕を組んで空を見上げる冷静な凛々しい横顔を稲光が照らす。

 この顔を草鞋顔なんて失礼で、どちらかというと好みの顔立ちなのが腹立たしい。

 不細工で性格もちょっとみたいなら、こんな複雑な気持ちを抱かなくて済んだ。


 天下のお嬢様達は、こういう男性達を並べて、あれを持っている、これを持っている、こっちだあっちだと選べるから贅沢だ。

 彼も彼で、そういう希少なお嬢様達から妻を選ぼうとしていたから、上手くいかなくて三十路過ぎ。

 それでも、彼は選び放題側の人間で、わざわざこんな面倒な何も持っていない女を選ぶ必要なんてない。


 雨が激しさを増して、視界が白んで遮られていく。

 

「……お人好し過ぎるお嬢様は優しいから、沢山稼いで私らの借金を減らした。それで予定より早く新しい人生を選ぶことにしたら、ネビー・ルーベルさんが紹介出来るお店を色々提案してくれて……選べるなら菓子職人がええなって」

「なぜですか?」

「ウィオラは菊屋でいつも子ども達に甘いものをご褒美にしてて、場所が変わってもきっと新しい場所でそうするから。というかもうしてる。私は子守りなんて出来ないけど……」

「協力したいってことですね」

「彼女と似た目をした優しいあなたに似合うのは、そういう女性です。あのイノハみたいな。根っこが性悪な兎じゃなくて……」


 私が大嫌いなネビー・ルーベルは目が良いからウィオラと出会ってすぐに彼女に狙いを定めた。

 引っ越したらお隣さんとか、隣に引っ越してきたというのは、縁結びの副神様の采配なのだろう。

 まだ雷は激しいので、怖いという理由はつけられるけど、そっと彼の袖から手を離した。


 求めれば壊れ、欲すれば失う。それが欲張り者に訪れる世の常だから。


「今日のあの劇はあそこで終わりましたし、原作を存じ上げませんが、白兎は根っこが性悪だったから選ばれなかったのではなくて、出会った順と種族の違いです」

「……」

「むしろ龍神王様は、相手の心を無視して別の者をすすめるなと仰せでしたよ」

「……」

「お見舞いに行ったり、今日みたいに親しい誰かに寄り添ったり、誰かの幸せを祈れる人は、性悪とは異なります」

「……今日の私は悪態をついていただけでしょう」

「そうですか? 自分は君がコトリさんやロカさんの世話をしているのを、ちょこちょこ見ましたよ」

「……そんなことしてない」

「自分の肩がなるべく濡れないように気にしてくれて、ありがとうございます」


 こうして同じ軒下にいるのは、伸ばし続けて欲しいから。

 また彼が職質されるかもしれないからなんて、単なる言い訳だ。


「……育ちは悪いし、口も態度も悪いし、見た目はあっという間に朽ちるのに変な人」

「そりゃあ最初は見た目で釣られましたけど、今は自分の周りにはいない中身こそ気になっています」

「その中身が酷いの」


 この後はお互いに特に何も言わず。

 激しい雷雨は徐々に穏やかになっていき、小雨になり、遠くの空に浮かぶ雲はまだらになった。


「これなら歩けますね。行きましょうか」

「言っておくけど、一人で帰るから」

「まさか。送りますよ」

「帰れ」

「寮の方が遠いので風邪をひきます。雅屋で女将さんか旦那さんに軽く世話されたいです」

「ずるい男……。大事な友人関係者だから、風邪をひかれたら困るから送られます」

「自分はこんな、ズルい男ですよ」


 行きましょうと手招きされて、にこにこ笑顔に呆れつつ、若干視界をぼやけさせながら足を踏み出す。

 

「うわぁ! 見て下さい! 向こうの晴天になったところに虹ですよ! 家の中で大雨や雷に耐えていたら見られなかったですね!」


 空を指さして満面の笑みの彼は、背中に虹と雨上がりの空に浮かぶ太陽に照らされて、きらきら、きらきら光っている。

 こんなのもう、ちょっと気になるどころではない。


「……」

「ちょっ! なんでいきなり逃げるんですか!」

「私に惚れる男にろくな男はいないのよ! あんたはろくでなしの仲間には見えないから、絶対にしれっと他の女と縁結びよ! 縁結びの副神様が絶対そうする! これ以上私に近寄るな!」


 軽い追いかけっこみたいになり、疲れて走れなくなったら追いつかれて、結果として雅屋まで送ってもらうことに。

 店の前でウロウロしているあまり身なりの良くない若い男性がいて、怪しい奴と足を止め、ん? と首を傾げる。


「あれっ。ユミトさんじゃないですか」


 私が思い出すよりも前にジミーが彼の名前を口にした。


「こんにちは! えっと、ネビーさんやロイさんの友達の偉い人さん!」

「あはは。偉くはないです。あんなに人がいたら覚えられませんよね。改めまして、ジミーです」


 年齢も異なるけど、動きの落差が激しい二人。

 二人が挨拶を交わして雑談を始めたので無視して家にあがろうとしたら、レイさんという単語が聞こえてきたので足を止める。


「……は雷がうんと嫌いだから大丈夫かなって気になって、気がついたら様子を見に来ていたんですけど、よく考えたら俺はもうレイさんと友達でもないというか……」

「友達でもない? ユミトさんってレイさんとご友人で、喧嘩でもしたんですか?」

「いやあの。同僚になったから世話焼きのレイさんが世話してくれて友達で……他の人と同じくらいの世話され具合で! そうなんです! 同じくらいです!」


 ふーん、あのレイには男がいたのかとユミトを観察してみる。

 ぼろめで袖丈の短い藍色着物にボサボサ気味の短髪に、年季の入った草鞋姿は、平家お嬢さんレイと不釣り合いにも程がある。


「あの、レイさんは平家だけどお嬢さんだから……。俺を世話焼きして誤解されたから困るから、俺の世話は他の人がしてくれて……。俺もレイさんへのお礼は家族に頼まないと非常識で……常識を勉強中です!」

「よく分からないけど、君はレイさんが心配になったけど、世間体があるからお店に乗り込んで心配で来ましたとは言えず、ここでウロウロしていたんですね」


 よく分からないけどって、予想して口にしているではないか。それでこの予想は正解だろう。


「はい、そうです!」

「もう雨も雷も去ったから大丈夫でしょう。そんなにびしょ濡れですから、雷雨中からここにいました?」

「途中からです! 夜勤明けでネビーさんのところにお邪魔していて、気がついたら寝てて、お使いを頼まれて出掛けたら大雨に大雷です!」


 緊張なのかなんなのか、声がやたら大きい。

 うるさい、と指を耳の穴に突っ込みたくなる。なのにジミーは微笑みながら頷いている。


「……えっ。ええっ!」


 ユミトが私を見て目を見開いて、ジミーを見て、また私を見て「うわぁ!」と叫んだ。

 何?


「看板娘さんは奪い合いどころか既婚者だったんですね。浜焼き会の時のは、天女みたいで凄かったです! そうかぁ。なんでロイさんの雅な友人が下街飲み会にいるんだろうって思ったら、お嫁さんがウィオラさんの親友だからだったんですね」

「……はぁ? 私は独身でこの人も独身よ。あと私なんかはウィオラの親友じゃない」


 私と彼は雰囲気が違うのに、なんでそんな誤解をするのよ。

 バカなの?

 バカそうではある。

 浜焼き会の時、初対面の「嫌な感じがして、まるで自分と対面したような印象」は消えていて、なんかバカそうとしか感じない。


「あっ。お見合い中か結納中ですか? うんとお似合いです。ユウには高嶺の花って言っていたけど、本当にそうだなぁ」


 ふざけるんじゃないわよ! と叫びたくなったけど、ジミーが「何度も振られ中です」と苦笑いしたので声を出しそびれた。


「えっ。なんでですか?」

「さぁ。彼女に聞いて下さい」

「私には不相応な方だからです」

「……不相応?」


 ジミーは肩をすくめただけで、ユミトは不思議そうにしている。


「この人は卿家のお坊ちゃま。私は身寄り無しの菓子職人見習いで元悪ガキ」

「……。元悪ガキ……。腹減りで盗んだとかですか? 俺もそんな育ちです。……。俺と卿家のお嬢様……。振るのか? そもそも反対されるよな。その前に惚れられないよな? ネビーさんに教わろう」


 腕を組んで首を捻るユミトを眺めて、彼もそんな育ちという言葉で、なぜ浜焼き会の時に彼の目に悪印象を抱いたのか察した。

 鏡の中にある、複雑な自分の感情を閉じ込めた目が、目の前に現れたからだ。


「今を真面目に生きている方は反対されませんし、反対する見る目無しは無視したり、騙したり、説得します。自分はほんの少し君の話をロイさんに聞いたんで、成長ぶりによっては、知人の娘さんを紹介しますよ」


 ジミーはわざとらしく、途中で私をチラッと見た。


「……えっ? そうなんですか⁈」

「ネビーさんがかなり世話焼きをする兵官さんで福祉班ならすすめやすいです。彼みたいな兵官さんになりたいそうですね。頑張って下さい」

「頑張ります! そうだった。エルさんに頼まれたおつかい! あのっ! レイさんによろしく伝えて下さい! こんなに晴れたらきっと元気でしょう!」


 へにゃっとした会釈をして駆け出したユミトは途中で振り返って足を止めた。


「あっ! なんか良く分からないけど、振られても頑張って下さい! ネビーさんが惚れっぽい俺に振られて諦めるのは偽物の恋って言うてて、めげないのは本物らしいです!」


 ぶんぶん手を振って遠ざかっていくユミトを見つめながら、レイは恋のお相手ではないようだと心の中で呟く。

 ネビー・ルーベルが兄貴分で、レイは妹分なのだろうか。


「……めげないのは本物らしいですよ。そしてお似合いらしいです」

「うっさい。バーカ!」


 我ながら、語彙力が無さすぎる。


「とりあえず着替えを借りよう。ひっくち!」

「ちょっと、寒いなら早く言いなさいよ。何も持ってないけど。女将さんか旦那さんはいるかしら」

 

 この日を境に、ユミトがちょこちょこ雅屋に顔を出すようになった。

 ネビー・ルーベルがユミトに「俺が世話している家族無し同士だから姉弟みたいに仲良くしろ」と言ったせい。

 ユミトは「バカ」というよりも「ネビー・ルーベルバカ」で、彼に言われると頭の中がそれでいっぱいになるっぽい。


 それに加えて、クルスが来店しては私に恋の相談をして、そこにルルのお見合い相手のティエンが増加。

 ユミトとクルスとティエンは同じ剣術道場通いの同期らしく、バラバラだった彼らが、いつのまにか三人組になって私のところに来るようになった。

 

「仕事後に疲れさせるな。売り子の日は商売の邪魔よ! ネビーさん対策ならウィオラに直接聞きなさい!」

「ウィオラさんと親しげにすると、ネビーさんが怖くなるからユラさんを仲介しないといけません」


 そのうち三人組の友人がコトリに惚れて相談してきて、気がつけば芋づる式に相談者が増えて、私が助言すると縁が結ばれるとか、雅屋のちび饅頭には縁結びの効果があるとか、変な噂が完成。

 

 結良花にちなんで、雅屋のイノハの白兎なんてあだ名がつくとは。

 借金がもうない元同僚達まで来るなんて、どういうことだ。

 彼女達はめざといから私が必死に蓋をしている気持ちを察して、彼を使って私で遊ぶので、やめてもらいたい。

 特に太夫はふざけすきだ。


 ☆★


 どんな作品のイノハの白兎も決して恋を実らせることはないけれど、それは創作話のこと。


 最終的に、リル・ルーベルが「あの二人は相愛になった」と思い込んで、二人の仲は外堀から埋まっていく。

 リル本人は自分の知らないところで、妹や兄の弟分が活躍したと思い込み。


 何か一つでも欠けると結ばれない糸がある。


 それぞれの運命の赤い糸が結ばれた瞬間はいつなのか、それは龍神王様と副神様だけが知っている。

 命や生活はどこまでも繋がっていて始まりも終わりも存在しないのだから——……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全部良いです いつも更新を楽しみにしてます 337話 のリルのやらかし を早く知りたくてたまりません 惹きつけられます 小説の副神様が味方してくれているということですね [一言] ララちゃ…
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