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未来編「リル、付き添い人になる4」

 本日の演目は「イノハの白兎」なのたが、この陽舞妓(よぶき)一座の今回のイノハの白兎は、子供に人気の道徳話ではなくて、恋愛物だという話をウィオラに教わった。


 お客様から観劇券を三枚いただいたので、ロカさんと付き添い人さんと観劇したいですと、クルスと彼の父が母にお申し込みした結果、今日はロカの人生初デートだったのだが——……。


 なぜか私とクルスが二人席にいて、ロカは女性三人で楽しそうにしている。


「あの、リルさん」

「はい」

「ロ、ロカさんは今日乗り気では無かったですか? 思ったよりも流行りの劇だから……来てくれたようですけど……」


 正座して、拳を握って膝に乗せて、背筋を伸ばして凛と前を向いているクルスの横顔は強張っている。

 やっぱり誤解されている!


「いえ。朝から着物はこっちだ、あっちだ、お姉さん髪を結ってと大騒ぎしていました」

「……」


 あっ、クルスは多分照れた。初々しくてかわゆい。

 イオは「普通」と言うけれど、彼の妻ミユによればイオはクルスを他の男の子達と共に可愛がってきたらしいので、彼の情報はこちらにダダ漏れ。

 昔は気が弱かったけど励んで良くなったとか、昔から絵を描くのが好きで努力して家業にもう参加しているとか、ロカが初恋などなど。

 

「……あの。ジミーさんとお知り合いなんですね」

「夫の昔からの友人で、いわゆる大親友です。クルスさんは彼とどういう仲ですか?」

「最近ひょんなことで知り合って、今は顧客です。絵を頼まれたりしています」

「そうですか。この間の浜焼き会で知り合ったんですか?」

「浜焼き会? 彼もいらっしゃったんですか?」

「はい」


 クルスは瞬きを繰り返して私の方を向き、何か言いかけたけど、劇の始まりの合図が鳴った。


 イノハの白兎。

 とあるところに落ち葉色の野兎がいて、なぜ美しい銀色ではないと虐められているから一人ぼっち。

 除け者にされて美味しい草を食べられないので、ついつい人間の食べ物を盗んだり、仲間外れにする兎達を殴ったり。


 ある日、野兎は海の向こうにある小さな島には、色とりどりの動物がいて、兎もそうだと知り、そこでなら仲間が出来ると考えた。

 しかし、海を渡る方法がない。

 人の船に乗ろうとしては食べられそうになり、野兎は考えに考える。


 知っている設定と少々異なるけど、サメを騙して背中を歩いて島に行こうとするのは同じ。

 島に到着するのが嬉しくて、家族が出来るのが嬉しくて、彼はつい口を滑らしてしまい、サメは騙したなと大激怒。


 人を騙すと天罰が下るというように、野兎は皮を剥がれ、そこを通りかかった一見親切風の人間達——実は副神様——に騙されて、治ると信じて海水を浴びて風にあたり、もっと酷いことになる。


 ちょっと騙しただけなのに、仲間が欲しかっただけなのにと、野兎はおいおい泣く。

 一人ぼっちで寂しくて悲しい場面が多かったから、確かにこれはやり過ぎだと泣けてくる。

 しかし、私は知っている。この物語で兎は幸せになれると。


 ここに末の副神様が来て……来ないで、乙女が来た!


「可哀想に。おいで」


 すぐに野兎を助けた乙女は、引っ掻かれても、殴られても野兎を抱きしめて家に連れて帰った。

 それを、二人の男性が眺めている。


「父上、僕はあんなに美しい人間を見たことがありません」

「それは世界を知らな過ぎだ。我が鱗、我が息子よ。まだ何者でもない君への役目が決まる前に、恋に溺れようなんて許さん。まずは一人前になれるように励みなさい」


 ふむふむ、我が鱗だから一人は龍神王様の化身で、一人は副神様だ。末の副神様はここで登場ってこと。


 村の外れのボロ家で暮らす、どちらかというと不細工な乙女の名前はイノハといい……。


(イノハの白兎ってイノハという乙女の白兎ってことなの? イノハって普通は街の名前だけど)


 これは私が知っている「イノハの白兎」とは異なる予感。

 イノハは体の悪い母親と暮らしていて、父親は他界している。

 彼女は生きる為に、母親に薬を買う為に良く働いた。

 貧しい村人達に少ない食べ物や暖をとるものを分け与えてもいる。

 丸ハゲになり、皮膚が赤くただれて、誰も彼もが「気持ちの悪い生き物」と嫌悪する野兎にうんと優しくして、せっせと薬を買ってくる。


 自分のことは二の次、三の次というイノハを見ていられなかった末の副神様は、神通力で彼女を助けたようとするが、龍神王様はそのような贔屓(ひいき)を許さない。

 確かに徳の高い人間は愛でるべきたが、君が与えようとしている幸運と彼女の徳では釣り合わない。

 それに神に愛でられる人間は、求められる、奪い合いになり、不幸になるものだ。

 この未熟者、と龍神王様は末の副神様を叱責する。


 力を使うなと言われた末の副神様は、人の姿に化けて、人間のフリをして、イノハの暮らす村で暮らし始めた。

 知識を使い、薬を作り、余所者嫌いの村人達とうちとけて、ついにイノハに「薬師さんにお母さんの薬をお願いしても良いですか?」と話しかけられるに至る。


 その頃——……。

 こんなに優しいイノハにこのままでは何も返せない。

 彼女だけは他の人間とも、兎とも、どんな生物とも違うから、この世で一番幸せになって欲しいのに、イノハはなんでも他者に分け与えてしまう。

 彼女を幸せにしたいのに何も出来ないと、夜な夜な嘆く野兎に、龍神王様はこう告げた。


『真夜中過ぎから朝日が昇るまで、人になれるようにしてやろう。夜のうちに畑をたがやし、薪を割り、魚を釣り、笠を編み、布を織る。そうすれば君が望むようにイノハは楽になる』


 もう君は十分過ぎる罰を受けたので、その傷も治してやろう。

 ただし、罪は決して消えないので、イノハは人の姿になった白兎を見ることは永劫無い。


 こうして、野兎はふわふわの白い毛の白兎となり、夜だけ人になれるようになった。

 そして白兎は毎晩、毎晩、イノハの為に働いた。

 夜のうちに畑をたがやし、稲を刈り、野菜を採り、薪を割り、魚を釣り、笠を編み、布を織る。


 寝ている間に生活に必要なことが進むので、イノハはたいそう不思議がったが、母親や村人達に、副神様が憑いて助けてくれているのだろうと言われて、彼女もそう思い込んだ。

 

 イノハは浮いたお金で兎の形をしたお地蔵様を作り、毎日、毎日、家族や村人達、子ども達が幸せになりますようにと祈る。


 とある日に、龍神王様は白兎にこう告げた。


『人兎、君に太陽の花を与えよう。あの木の隣に芽生えた新たな命は、君の徳のある行いでいつか太陽の花を咲かせる』

『太陽の花とはなんですか?』

『美しい太陽色の花が咲いたら摘みなさい。その花を食べた者は、ほとんど大半の願いを一つだけ叶えられる』

『それなら、俺は本物の人間になれますか?』

『人兎、それは太陽の花で叶う願いだ。そうすれば、君はあの純白乙女イノハと夫婦にもなれようぞ。太陽の花を咲かせられる程励めばだ』

『徳のある行いとは何をすれば良いのですか?』

『そうだな。君の場合はイノハの為に働くと良いだろう』


 太陽の花の芽が大きくなり、ついに蕾となったので、白兎は喜びで舞い踊った。


 その次の場面は、キノコ採りの際に地面に落ちた雛鳥を巣に帰そうとして木から落ちそうになり、末の副神様に助けられて恋に落ちたイノハが舞い踊るところ。


 舞台の半々でイノハと白兎が歓喜の舞を踊り、ここで前幕が終了。


「……」


 私が知っているイノハの白兎と内容がかなり変わってきた。

 イノハ役と人兎役は人気役者のようで、合いの手、拍手が凄い。


(……太陽の花?)


 ん? と首を傾げる。

 イノハの白兎と関係する黄色い花は、良縁結びの花というのが常識。

 

「へぇ。イズミ作のイノハの白兎の劇だったんですね。最近読んだので、この偶然は嬉しいです」

「イズミ? イズミってどのイズミさんですか?」


 クルスに問いかけたら、三代目皇帝陛下の時代の六仙歌イズミだと教えてくれた。


「あの」

「はい」


 戸惑いがちな様子で話しかけられたので待ったけど、彼はそのままの表情で何も言わず。

 もう少し待っってみることにする。


「その。ユラさんとジミーさんって何かありますか?」

「ありません」


 少しは何かあれば良いのに、お見合いすらしてもらえないので悲しい。


「そう……ですか」

「はい」

「いやあの。出入り口での会話で、なんとなく何かあるのかなぁと。ええっと、あの……ジミーさんってユラさんを気にかけていないんですか? あれは冗談やふざけですか?」

「あれは本気です」


 驚き顔をされたので、なぜ驚いたのかと尋ねたら、さっき「何もない」と私が口にしたからだそうだ。


「二人には何もありません。ユラさんはジミーさんからの手紙を受け取らないので、とっかかりのお見合いも出来ていません」

「ああ。そういう意味ですか。俺、たまにロカさんへの手紙をユラさんに仲介してもらっているじゃないですか。それで彼女に絵を頼まれました」

「絵ですか? クルスさんは絵がすこぶる上手ですからね」

「そのようにありがとうございます。それでその、その絵は彼女が相手を振る手紙に添える為の絵で、良い人だから良縁がありますようにって頼まれたんです」


 その意匠はイノハの白兎だったけど、彼女に少々突っ込んだ話をしたら、本音は「イズミ作のイノハの白兎」を読めば分かると本を渡されたそうだ。

 クルスは読書をして、そういうことかと解釈して、絵を描いてユラに納品。


 クルスはチラリ、チラリとユラを見ながら、ひそひそ声で私にこういう話をして、ジミーが彼女を気にかけているなら話が違うと告げた。

 ここで後半が開始となったので会話中断。


 後半は主に白兎と末の副神様の話で、末の副神様は白兎の恋心をすぐに見抜いて、彼にどんどん協力する。

 太陽の花の芽を見て、父親である龍神王様に白兎にそれを与えたのかと質問し、その通りだと聞き、白兎の願いを叶えてあげたいと考えたからだ。


 しかし、イノハが恋慕うのは薬師——末の副神様——だ。


 イノハは毎晩のように泣いた。

 自分は妹の一人のように扱われていて、他の娘の方が薬師さんと親しい。

 もっと美しく生まれたかった。あの人の瞳にうつるくらいには……と毎晩のように涙を流す。

 白兎は辛く、悲しかった。

 彼はイノハも薬師も大好きだから、二人が上手くいかないことが苦しいし、二人が縁結びとなれば自分は失恋するから胸が痛くて、痛くてならない。


「それでもね、こんな私を見初めてくれた方がいるそうなのよ。副神様が憑いたのではなくて、新しく村に住むようになった方が、寝る時間を削って畑仕事をしてくれているんですって」


 笠や機織りは副神様かもしれないけれど、畑仕事はそうではない。

 薬師さんが教えてくれて、他の村人も彼を見たことがあるという。

 そして薬師さんによれば、照れ屋な彼は夜な夜なイノハの為に働くことくらいしか恋慕を表現出来ないという。


「こんな醜い私でも、そんなに大切にして想ってくれるなら、きっととてもお慕いするし、お母さんも安心するわ」


 白兎はそれを聞いて、それは自分だと伝えたかった。

 しかし、兎では喋ることは出来ない。

 早く花を咲かせろと、イノハは太陽の花に祈る。

 そして、もっともっとイノハを助ければ良いと考えて、更に励んでいく。


 昼間は明るく元気なイノハは、夜になると毎晩泣く。

 兎の自分では慰めることも、抱きしめることも出来ない。

 だから早く、早く、早く、人になりたい。


 母親が亡くなってしまい、イノハが更に泣くようになったとある日。


 頑張り過ぎた白兎は体調を崩して、イノハは薬師を頼った。

 

「どうか、どうか助けて下さい。こんなに苦しそうで可哀想です。それに母を亡くした今、この子まで失ったら、私は一人ぼっちになってしまいます」


 そこに薬師の父親と名乗る人物が現れて、家の前の木の横に咲いている黄色い花は薬草だから摘んできなさいとイノハに教える。

 イノハは急いで黄色い花を摘みに行き、その間に龍神王様は本来の姿に戻り、白兎にこう告げた。


『人兎、太陽の花を食べれば君は生きながらえる。しかし、代わりにイノハは死ぬぞ。彼女は死病に目をつけられたので、明日発症して、三日後には亡くなる』

『そんな! それなら太陽の花を彼女に食べてもらいます!』

『そうか。しかし彼女は一人になるぞ。また夜な夜な涙を流すだろう』

『生きていれば、涙は必ず止まります。俺がそうだったように』

『そうか。その深い愛情に対して褒美を与えよう。黄泉へ行く前に、イノハと会話出来るように、人の声を授けてやる』


 こうして、白兎は人の言葉を喋れるようになり、イノハが戻ってくるまでに薬師へ大切なことを伝えることにした。

 人の目から彼女は決して美しい女性ではないようだけど、イノハ程心の美しい者はいない。だから——……。


「兎君、君の目は腐っているのか! あのような絶世の美女に対して美しい女性ではないなんて! あっ、兎だから美醜の感覚が異なるのか。それはすまない」


 怒鳴りかけた薬師が白兎に謝った時に、イノハは戻ってきており、彼女は驚きのあまり手から太陽の花を落とした。


「イノハ……。間も無く死ぬ憐れな白兎に、龍神王様が声をくれた。ようやく言える。薬師さんは、いつも君を遠くから眺めていて、口説けない代わりに、畑仕事……」


 驚き、戸惑いつつ、白兎に近寄ったイノハは、彼のあしを握りしめて、薬草を持ってきたからもう大丈夫よと笑いかけた。


「お話し出来るようになったなら、私はこれからもっと幸せになるわ。シロもきっと楽しいわよ。お喋りは楽しいもの」

「兎にしては長生きしたから、もうヨボヨボのおばあさんなんだ。だからこの花は君がお食べ。色々な病が治る薬草だから。君はきっと、お母さんに似て病弱だ……」


 白兎はそう口にすると、太陽の花をイノハではなくて薬師へ差し出した。


「薬師さん。イノハは断りそうだから、食べさせて下さい……」


 白兎は本当は分かっていた。

 なにせ、大きな耳で何度か薬師の独り言をこっそり聞いたし、自分が彼の近くにいない時のイノハへの態度でバレバレだから。


 二人は想い合っているのに、ほんの少し薬師の背中を押せばイノハの涙は止まるのに、自分は己の恋心を優先して何もしなかった。

 時に彼らの仲を邪魔した。

 薬師はずっと恋敵なのに、自分を応援してくれていたというのに——……。


「イノハ、君がこの薬草をお食べ。シロは私が助けるから」


 太陽の花を咲かせられた徳の高い兎なら、我が眷属となれるだろう。

 まだ役割のない、眷属も作ったことのない末の副神様は、不安を押し殺して白兎に力を注ぐ。

 白兎が元気になったことを確認すると、末の副神様はイノハに太陽の花を差し出して、食べるように命じた。

 イノハも白兎も、薬師の正体に驚愕する。


「イノハ、私はこの健気な白兎を手助けする為に、この村で人のフリをしていた龍神王の鱗だ」

「龍神王様の鱗……副神様……」


 光り輝く薬師に対して、イノハは視線と頭を下げた。

 白兎は、てっきり薬師はイノハを太陽の花で救い、愛を告白すると考えていたので、この流れに唖然とする。


「シロはこれから五十年の年月を人として過ごして、更に徳を積み、我が眷属となる。それまで仲良く暮らしなさい。だからその太陽の花は、君が口にするように」

「……太陽の花……ですか」

「大半の願いが叶う花だ。私が君達が夫婦になる証人となろう。君のために夜な夜な働き、己の命よりも君の命を望んだ、とても愛情深い彼となら、きっと幸せになれる」


 イノハは理解した。

 副神様憑きは自分ではなくてシロだったと。

 神様に恋をしても叶わないのは当たり前。


 白兎は末の副神様に「そうではない」と話しかけたが、大丈夫、大丈夫、幸せにおなりと頭を撫でられてしまう。


 イノハは太陽の花を受け取り、口にしようとしたが、太陽の花はみるみる枯れてしまった。


「息子の遣いとなった人兎よ、これが答えだ。罪は決して消えない。己の罪の全てを悔いるがよい!」


 めでたし、めでたしかと思ったら、龍神王様はそう高らかに笑った。

 幸福談、大団円にならないの⁈


「父上! これはどういうことですか!」

「邪さが一粒もないこの純白乙女と、罪深き白兎がつがいになるなど我は許さん。息子よ、これはお前への罰でもある。お前はイノハの気持ちよりも白兎を優先した」


 太陽の花で病を治せなかったイノハは発症して倒れてしまう。


「ふふふ、あははははは! この乙女はあと三日で亡くなるぞ。いつまでも未熟な己を責め、大きく成長するがよい」

「父上! それは自分の罪で彼女は関係ありません!」

「本当にお前は未熟だ。罰は理不尽な程効果があると教えただろう?」

「これでは彼女への罰になってしまいます! それはどうお考えですか!」

「太陽の花は私が白兎に与えた。白兎の願いを叶える為に。故に、乙女の願いを拒否して枯れたのだ。息子よ、私がこの心優しきイノハに太陽の花を授けないと思うか?」


 この台詞を聞いた瞬間、白兎は薬師の家を飛び出して、太陽の花が咲いたはずのところへ向かった。

 しかし、そこには何もない。

 副神様の遣いとなった白兎は、風の声を聞けるようになっていたので風に教わり、兎のお地蔵様のところへ。

 すると、そこには太陽の花が咲き乱れていて、風が言うには摘むことは誰にでも出来るというので、一つ摘んだ白兎は薬師の家へ帰った。


 この花に願って食べれば願い事が叶う。

 これはイノハが作った太陽の花だから、君の願いだけを叶えると、白兎はイノハに太陽の花を差し出した。


「さあ、生きよう。生きてくれ。彼は私と君が夫婦になんて言ったけど、未熟者だから分からなかったみたいだ。私はメスだから、君とは姉妹にしかなれない。これからも仲の良い姉妹でいよう」


 白兎は、心の中で龍神王様へ懇願した。

 これが自分への罰だ。イノハが一番大切と言いながら、一番大切だったのは自分の恋心だった。

 今度こそイノハ自体を一番大切にする。永遠に嫉妬の炎に身を焦がしても構わない。

 それを罰として、両想いの二人を夫婦にして、自分を二人を守護する者にして欲しい。


 龍神王様は、それは君の罪に相応しい罰であるので、受け入れようと微笑んだ。

 そして、改心して励んだ分、幸せにおなりと白兎の頭を優しく撫でた。


「そうしたいけど、願いが叶うなら……三日で亡くなるような恐ろしい病をこの世から消せるわ……」

「イノハ?」

「人はいつか亡くなるから、延命よりもその願いを叶えないと……。シロ、副神様の眷属だなんて素晴らしいわ。優しい薬師さんとずっと幸せに暮らしてね……」


 この発言は、龍神王様にも予想外。

 龍神王様は慌ててイノハを眠らせて、こう叫んだ。


「このような娘をみすみす殺す訳にはいかない。全く、お前がぐずぐずして情けないからこうなる。白兎、お前の真の願いを聞き入れよう。イノハと姉妹で良いのだな?」

「もちろんです」

「お前が元気になったのは気のせいだ。息子は未熟でお前はまだ普通の兎のまま。どれ、私が息子夫婦の眷属にしてやろう。姉妹になると、恋心は泡と消え、炎に焼かれることもない」

「それでは俺に罰がなくなってしまいます」

「先程の絶望こそがその罰だ。罪は消えないから、時々我ら神に見放されるが、ずっと業を背負う程の罪はお前にはない」


 幸せになるのだから、道を踏み外さないようにと、龍神王様は白兎の頭をとても優しく撫でた。


 こうして、龍神王様はイノハを副神様にして、末の副神様の妻へ。

 白兎シロもまた副神様となり、息子とイノハの縁を結んだという理由で縁結びの力を授けられて、出来損ないの末の副神様を補助する大役を与えられた。


 イノハは自らが咲かせた太陽の花で、この世から病を消したいと願い、太陽の花の数だけ、それぞれの病気に効果のある薬草が生まれるという形で叶った。


 薬師の副神様の名前は、イノハがこの世の全ての者に太陽の花を譲ったので、ユズリハというという語りに、ふむふむと頷く。


 縁結びの副神様は時に意地悪なのではなくて、出来損ない気味で修行の身で、白兎の力が必要だけど、その白兎がたまに休暇を取るから、縁結びは時に上手くいかないという語りには笑ってしまった。


 現世と天の原と黄泉の国で末の副神様とイノハの祝言が行われて、イノハの隣で、同じように美しい白銀乙女が幸せそうに笑う。

 美しくて楽しい祝言場面の中、姉妹という永遠の縁を手に入れた白兎が歓喜の舞を踊り、そこにイノハが加わり、幕は降りた。


「……」


 知っているイノハの白兎と全然違う! と、私はしばらく茫然。

 それでチラッとユラを見て、クルスを見て、またユラを見て戸惑う。


 白兎はイノハが大好きで仕方がなくて、全ての願いが叶う太陽の花を、イノハや薬師へ差し出した。


 大好きな人に差し出して——……。


 そうなの?

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分が好きな人から「飼ってるうさぎがお前のことを好きだから夫婦になれ」って言われたらと考えると、確かに、乙女の気持ちを無視し過ぎですね。昔話的にはそこでめでたしめでたしなので何とも思わなか…
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