未来編「リル、付き添い人になる3」
今日は現在住み込みのウィオラに家と子どものことを頼み、ロカのデートの付き添い人を務める。
ロカは昨年の夏頃に学校帰りに文通お申し込みをされて、母やルカ達の許可を得て、文通をしている。
お相手はひくらしと取引のある小物屋の次男で、偶然にもイオの昔からの知り合いで、誰に聞いても好青年という区立高等校生。
昨年夏に文通を始めて、たまに私かルカかウィオラを付き添い人にして、お互いの学友達を交えて茶屋で小一時間談笑や、ちょっと街を散策をしてきた。
しかし、デートはこれが初になる。
ルルが「女学生と男子学生なんて王道! 青春で羨ましい〜」と言っている。
なのでロカの初デートの付き添い人は自分だと言っていたけど、ロカがルルは絶対に嫌だと拒否して、ルルを涙目にした。
実の姉妹よりも恥ずかしくないからという理由で、ロカは初デートの付き添い人に義姉ウィオラを希望。
しかし、妹命のような兄は現在妻命でもあるので、ロカとウィオラが一緒となると、全力で仕事を調整してついてくるだろう。
そう考察したロカは、ウィオラに付き添い人になってもらうことを諦めた。
そしてルカに兄避けを頼み、私に付き添い人を依頼した。
クルスは事前に父親と共に母と我が家、それぞれに挨拶済み。
私達の父は娘の相手は誰でも嫌を発動しそうなので、本縁談前の今のことは内緒にしている。
朝の用事を終わらせて、ウィオラに後は任せて実家へ行くと、ロカはまだ支度中だった。
子ども部屋でルルと喧嘩をしている疑惑。
「張り切っているみたいなのは恥ずかしいから嫌だって言うてるでしょう」
「何を言うているの。一生懸命お申し込みしてくれた人が、こいつ、張り切ってるなんて言ったり思う訳ないじゃん」
「学校の誰かに見られるかもしれないでしょう!」
「見られたってええじゃん。付き添いをつけて、学生同士で少し出掛けてみるなんて、普通のことなんだから」
「全部自分でするから、ルルは出て行って!」
ロカが背中を押されたルルが部屋から追い出されて、開いている扉近くにいた私は、二人と目が合った。
「リルお姉さん。ちょうど良かった。普通に見える髪と、軽い化粧を教えて。ウィオラさんがいないから困っていたの」
頼られて嬉しいけど、ルルが「同じ内容でもリル姉ちゃんならええって言いそう。なんなのもう」とブツブツ言いながら、軽く私を睨んだので、後が面倒そうだと唾を飲む。
ロカは私の手を引いて室内に入ると、扉を閉めて、つっかえ棒もした。
それでルルがうるさくて面倒だと文句を言いながら、私に髪を結って欲しいと要求。
「ロカ。まだお母さんに会えてない。元気?」
「竹を編んでいると落ち着くらしくて、お父さん達の作業場に行った」
「落ち着くの?」
「吐くことを忘れるって。リルお姉さん宛の手紙を預かってる。あと私達が帰る頃には帰ってくるって」
こんなにつわりが酷かったのは、長男以来だから、多分男の子だろうけど、親の勘ではまた女の子な気がするそうだ。
「この髪型がね、流行っていて皆しているから目立たなくて変じゃないと思うの。結える?」
「うん。任せて」
絵を渡されて確認したら、昨夜「ロカさんなら多分この髪型にするでしょう」とウィオラに教わった髪型。
彼女が講師として参加した趣味会の帰りに、ロカ達が話題にしていたから、練習しておくと喜ばれる気がしますと教えてもらった。
ロカの髪を結い、化粧は必要なさそうだけどして欲しいらしいので、うんと薄く紅をつけて、目尻にも軽く。
私達は顔の作りが似ているので、どうしたらのっぺり平凡顔がマシになるのか分かる。
着物はどれが良いと思う?
いつも学校帰りで袴だから、袴は無しにしようと思う。
ルーベル家に住み込みになる前に、ウィオラがこれは皆さんに貸しますと言ってくれた着物と、ルカの着物と、自分の着物のうち、気になる三枚を選んである。
そんな風に頼られたので、ロカに一番似合うと感じた着物を勧めると、それに決定となった。
家を出るにはまだ早いけど、落ち着かないというので出発。
話題は雅屋で同室になったレイとユラが昨夜我が家で仲良し痴話喧嘩をしたということで私は主に聞き役。
「ユラさんはきっともう、友人はいないって言わないよ。この間もね、コトリさんの家に呼ばれて一緒に夕飯を食べたんだって」
「コトリさんはもうすぐ元服の、今雅屋で一番若い売り子さんだよね」
「うん。そうだよ」
「ロカとユラさんって仲良しな気がするけど、ユラさんに恋人候補が出来たとか聞いたことはある? 人気の看板娘さんなんでしょう?」
ロイがうんうん悩んでも分からない、イノハの白兎らしき絵の意匠は、素直に読めば「あなたに良縁がありますように」となる。
ジミーもそう受け取ったようで、辛辣な袖振り文句にそれだし、他の人達からの手紙は受け取るようになったのに、自分からの手紙は断固拒否だから落ち込んでいる。
でままだ撤退したくないそうで、元気が出そうな絵を押し付けているらしい。
私やロイとしては、縁が無くても簡易お見合いくらい、少し条件の擦り合わせくらいと思っているけど、ウィオラ経由でも「とにかくジミーは嫌」という返事をもらっている。
「モテモテですねって言うたら、男は嫌いだからうざったいって。イオさんみたいな色男を、外からきゃあきゃあ言うのは好きだけど、生物はちょっとって。色男役者贔屓になろうかなって言うてたよ」
「そうなんだ」
「断ってばかりだと、なぜなぜって同僚に言われて面倒だから、最近は受け取って読んでるんだって。でも、つまらない、くだらない、バカみたいな内容ばかりって言うてた」
ロカはこのセリフを聞いて、一生懸命勇気を出した人に対して、それは酷いと感じたのでそう言ったけど、その場にいたルルも「分かる、分かる」とユラに賛同したそうだ。
それで、十人同時に手紙を渡してきて、それが全員単に顔に釣られただけで、自分のことを全然理解していなくて、返事返事返事というように迫られたら苦痛みたいな話で、ユラとルルは大盛り上がり。
「美人って大変なんだね」
「ルルはまぁ、さらわれそうになったり、付きまといされたり、大変だよ」
ユラもあれだけ美人なので、苦労したことがあるかもしれない。
借金のせいで売られて、花街で遊女生活だったからルル以上か。
私のようにのっぺり凡々顔だと遊楽女にはならずに、下働きとして買われるか、買ってもらえないから保護所預かりだ。
遊女という職業は、想像の中でさえすごく嫌なのに、それを強制的になんて絶望しそう。
代わりに得られた贅沢は、今のユラの感じだと彼女を満たさなかった気がする。
なにせ彼女はいつもとても質素な服装で、髪型も毎回同じで、竹製の簪でまとめているだけだから。
「ユラさんはもっとだよ……」
いきなりロカが涙声を出して俯いたので、どうしたのか尋ねたら、前にユラから「嘘だと良いのに」と思うくらい悲しい話を教わったという。
「信用してないから言いふらせばええって言われたけど、言いふらさないなら信用するって意味な気がしたからリルお姉さんでも言わない」
「そっか」
「話して無いって言うたウィオラさんにも言うてない」
「そうなの?」
「特にあんたの兄に言い振らせって言うたから、お兄さんには教えた。そうだった。あのね、リルお姉さん、ユラさんはウィオラさんと対等がええの。それが友達だから。だからお兄さんに助けて欲しいって伝えてって遠回しに頼まれた」
だからリルお姉さんもユラさんが困っていたら助けてあげてね、とロカに手を繋がれた。
ギュッと掴まれたその手は、とても力強いので、ロカが心の底からユラを心配していると伝わってくる。
「ユラさんは困ってそう?」
「うーん、そうは見えないかな。レイの寝相は大変だけど、布団を離したらなんとかって」
そこからはまたレイとユラの痴話喧嘩話になり、次はユラがレイをこっそり褒めた話。
家族にはわりと甘えたで、自分中心にしてというようなレイは、雅屋ではユラやコトリなどの同年代の同僚のお姉さんで世話焼きだそうだ。
経験が足りない家事を練習したいから住み込みをしているユラが、美人で人気なのでやっかまれて住み込み人の当番を奪われたり押し付けられたりしていたことをサラッと是正したし、怖い感じの客がいると聞いたら、男性従業員よりも先に前に出て追い払い。
厨房でユラの世話係になったレイは、教え方も注意の方法も丁寧だという。
「ユラさんがね、レイって古い言葉で確か光とか太陽だし、太陽みたいな家族に育てられたからって言うてくれた」
「レイは迷惑をかけてばかりじゃないんだね」
「なんかさぁ。コトリさんや、かめ屋のレイの友達も色々褒めてくれて、知らないレイの一面を知ったら、お姉さんって呼んでもええ気がしてきた。こうなるとルルが末っ子だよ」
ルルやレイとまた毎日一緒に暮らしたいという気持ちはあったけど、やっぱりルルはたまにで良いそうだ。
酔っ払い絡みがうざったいし、酔ってなくても構ってちゃんでうざったい。
ロカのルルに対する愚痴が始まり、終わらないまま目的地に到着。
「……」
劇場前の待ち合わせが多いところにクルスを発見したのだが、彼は同年代の女性と談笑している。
くるっと体の向きを変えたロカが、速足で遠ざかり始めた。
「ロカ」
彼女を追いかけていたら、今日ここで会うと考えていなかった人物が現れて、ロカに話しかけた。
「あら、リス女。今日も今日とてリスね。このお洒落、どこかにお出掛け?」
雅屋奉公人ユラが、愉快そうな表情でロカに笑いかけた。
「……おはようございます」
「なーんて。レイに聞いたわよ。あんた、一丁前にデートするんだってね」
「……しません」
駆け出したロカを追いかけようとしたら、ロカが人にぶつかって、運の悪いことにガラの悪い中年男性で「いきなりなんだ、ゴラァ!」という怒鳴り声が響く。
「す、すみません」
「あーん? お嬢さん、腕が痛いから折れた……」
慌ててロカの隣へ移動すると、ロカと中年男性の間にユラが入った。
「ごめんなさい、おじ様。そんなに怒ると色男が台無しよ」
「……っ」
何か言いかけた中年男性の唇に、ユラのすらりとした白い人差し指が当てられた。
彼女は自分の唇をとても色っぽく触れてからそうしたので、中年男性は驚き顔に照れも滲ませている。
「この子、兵官さんの妹さんだから、そんなに怖いお顔をしていると、怖ーいお兄さんが来ますけど……もう平気そうですね。笑うともっと色男よ」
ユラはニコッと笑ってロカの背中に手を回して、私に目配せして優雅な足取りで中年男性と離れた。
「あんたねぇ。前を向いて歩きなさいよ。このバカ」
「……ありがとうございました」
「あら、しおらしい。怖かったの? さすが深窓のお嬢ちゃま」
「……。そうかもしれませ……」
あっと思ったら目の前にクルスがいて、息を切らしていて、とても心配そうな眼差しをしていた。
「だ、大丈夫ですか⁈ 姿が見えたと思ったら来た道を戻って行ったので追いかけたら、さっきの怖い男で!」
怪我は? 怪我は? とクルスは凄い勢いでロカの様子を確認して、ユラにお礼を言って、深々と頭を下げてくれた。
「あら、コトリさん。もう来ていたんですか」
「ユラさん、格好良かったですぅ」
雅屋に行くと、必ず暗い色の無地の着物に雅屋の前掛け、そして二つ結びの三つ編みという店員さんが、今日はかわゆい着物姿で髪型も凝っている。
すっぴんしか見たことが無かったけど、ロカくらいの軽い化粧もしていて、元々かわゆい顔が更にかわゆい。
「あらコトリさん。その格好、地味子はやめたんですか?」
「ユラさんと陽舞妓と西風料理店なのにいつものは嫌ってゴネました。心配症の兄がくっついてきたんですけど、あれは多分ユラさん目当てでですぅ。逃げて下さい」
「背が低い男性に興味無いって伝えて下さい。あら、そちらに居ましたね。そういうことで」
クルスと一緒にいたのは雅屋の店員コトリで、彼女の後ろから男性が話しかけてきたので彼が兄だと理解。
そして、女性と談笑していたクルスの近くにいたなと思い出したので、ロカに「三人でいたみたいだね」と耳打ち。
「……」
「ユラさん、なんかこちらの方々、一閃兵官さんに似ていませんか?」
「妹さん達ですよ。新しい職人レイさんのお姉さんと妹さん。こちらのリル・ルーベル様は雅屋のお得意様ですよ」
「ルーベルさん! この間も注文していただきました」
「コトリさんってお客さんの名前は覚えるけど顔は忘れますよね」
皆で歩く感じになり、自然とユラ達が前を歩き、私達三人は後ろで、クルスはロカと並んでいる。
「あの、その。今日はありがとうございます……」
「こちらこそ……」
俯いて困り笑いの二人の会話はこれで終了。
ここは付き添い人の出番! と意気込んだら、コトリの声で「シシド様」と聞こえたので確認したら、ジミーがいた。
「こんにちは、コトリさん、ユラさん。同じ陽舞妓観劇のようですが、奇遇ですね」
「……あんた、謀ったわね」
ユラがキッとジミーを睨んだけど、ジミーは何も気にしませんというように、ニコニコ笑って頷いた。
「会いに行くと店の奥に引っ込む隠れお嬢さんにお会いする方法を考えました」
「帰ります。コトリさんのお兄さん。待ちぼうけは嫌でしょうからどうぞ。妹さんと楽しんで下さい」
ユラは懐から帛紗を取り出して、愛想の良い笑顔でコトリの兄に観劇券らしき紙を差し出した。
「もうっ、ユラさんったら照れ屋さんなんですからぁ。シシド様にいただいたお菓子をうっかり食べたレイさんに大激怒したんですよね? 照れて逃げたり、悪い態度をとると、幸運を逃しますよ」
コトリがガシっとユラの腕を掴んで静止。
「ふざけたことを言わないで! 触る……」
コトリをぶつ勢いで腕を振り上げたユラが、悲しそうな顔で止まって、ゆっくりと手を下ろして、拳を握って、顔を歪ませた。
「あっ、リルさん。それにロカさんと……クルスさん? そちらとそちらはお知り合いなんですね」
何も無かったというように、ジミーが私達に話しかけてきた。
「えっと、クルスさんはイオさんが昔から可愛がっている男の子の一人です」
ユラとコトリが険悪というか、二人ともバツが悪そうな表情をしている。
「そうなんですか。へぇ。世間は狭いですね。この間、彼にとても親切にされたんですよ。それでお礼に陽舞妓……ああ、偶然同じ日を買っていたのか。では、皆で楽しく観劇しましょう」
コトリの兄に挨拶をしたジミーは、着飾ったコトリが奉公先の看板娘と少し遠くにお出掛けは心配なので護衛としてついてきたことを兄から聞き出して、当日券はあるかなと笑い、自ら並んで観劇券を獲得。
その間、めちゃくちゃ不機嫌そうなユラは、唇を噛んで俯いていた。
ジミーがコトリと彼女の兄に多少ふざけた話をするので、コトリの雰囲気はもう良い。
「ユラさん、照れ屋さん過ぎですよぉ」
「うっさい! この勘違い女! 私は食べ物に執着しているいじきたない女なだけで、あいつが押し付けたお菓子だからとか関係無いから!」
「ユラさんって、素はこれですか? 姉御って呼びたくなる格好良さですぅ」
「あんたの目は節穴なの? その欠点が見えない目を直さないと痛い目見るわよ」
「コトリさん、さっきの話ってなんですか? レイお姉さんがお菓子を食べた話」
「シシド様が、甥っ子姪っ子さんとお菓子作り体験をして下さって、作ったものをユラさんに贈ったんですぅ」
「レイお姉さんが、それを食べちゃったんですか?」
気がついたら私達の三人席にロカとユラとコトリが座っていて、二人席には私とクルスで、その近くの多分ジミーの席にはクルスの兄で、当日券の立ち見席にはジミー。
……ロカのデートは?




