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未来編「リルと朝食」

 昨夜、実家で浜焼き宴会があったのでそのまま泊まった。

 ユリアとレイスは、禁止されている悪戯遊び、罠を作って猫を捕まえようとか、火打ち石で本当に火がつくのか大人がいないところでしたので折檻中。

 折檻内容は、両親に置いて行かれて、楽しい長屋へ行けなくて、従兄弟のジオとも遊べないという内容。


 良い子には良い事があり、悪さをすると悪い事があるのはルーベル家の教育で大切にしていること。

 それは私の実家でも同じだったので抵抗感はない。

 レイスとユリアは、今頃龍神王説法を言わされているだろう。


 昨夜、母が「なんだか怠い。旅疲れとバカ息子がようやく一人前になったからかしら……」と珍しく弱音を吐いて休みがちだったので、今日の朝食は私が作る。


 姉妹達から、たまには懐かしのリルご飯とせがまれて、じゃんけんで勝ったルカと一緒に作ることに。

 父に似て、朝に弱い寝坊助ルカが起きてこないので、私だけで朝食作りを開始。

 場所は、まだロカが寝ているけど、ルカを中途半端に起こすと機嫌の悪さが怖いので子供部屋のかまどを使う。


 浜焼きにしなかった(はまぐり)でお味噌汁、誰かが差し入れしてくれた青菜でおひたし、ご飯、我が家からの差し入れのたまごでたまご焼き、それに香物という、かつての貧乏一家からすると何倍も贅沢な朝ご飯にする予定。


 水は昨夜のうちに、怪力兄が鍋に汲んでおいてくれたので、蓋を開けて水が腐っていないか確認。

 大丈夫そうなので、まずは火を起こして一度お湯を沸騰させる。


 部屋の中にかまどが二つもあるって素晴らしい!

 かつて、私が切り盛りしていた時は、かまど無しの部屋でぎゅうぎゅうで暮らしていて、共同かまどを取り合っていた。


 ぎゃあああああ、と男性の声がしたけど、いつものように兄かロイだろう。

 ロイは私と二人で寝ると言っていたのに朝起きたら居なかったので、すっかり大好きな兄と朝まで飲もうとして寝落ちして、二人で寝て、また寝ぼけてなにやらだろう。


 今日、寝ぼけたのはどっちかな。


 次は、きゃあああああ、という女性の叫び声が二回。

 その前後に何か台詞があったけど、壁が薄くないから叫びしか聞こえず。

 ちょこちょこ実家に帰るルルによれば、照れ屋過ぎるウィオラが良く叫ぶらしいので、多分彼女だろう。

 早朝からおじじが半裸で歩いていたとか、兄がウィオラ目線で色っぽ過ぎたとか。

 兄に色気なんて微塵もないのに、ウィオラはとても変な女性だ。ありがたい。


「もうっ。あの二人は……あら、リルさん。おはようございます。お客様ですので、休んでいて下さい」


 しかめっ面で部屋に入ってきたウィオラが私を見つけて、にっこり笑ってくれた。


「おはようございます。昨夜、姉妹で決めて、私とルカが朝食係になりました。ルカは案の定寝坊助です」

「……姉妹で、ですか」


 困り笑いでウィオラが呟いて、ハッとする。

 今年の四月からウィオラは私達の姉妹なのに、じゃんけんに誘うのを忘れていた!


「今日の朝食、我が家は別ということですね。人数が多過ぎて大変ですもの」

「そ、そうです。そうです。新婚さんとその友人は別です。私、言うのをド忘れしました?」

「ふふっ、お顔もだけど、言い方がネビーさんと良く似ています」


 去ろうとしたウィオラを呼び止めて、一緒に作りませんかと誘った。

 姉妹の中で、多分私が一番彼女と接点が少ないのでもっと親しくなりたい。


「お誘いありがとうございます」


 ふわっと優しく微笑んだ彼女に対して、兄の好みがこれだったなら、幼馴染達などが眼中に無かったことも頷けると、何度も感じている事をまた感じた。

 献立を問われたので説明したら、お浸しなら乾燥干しちび海老がそろそろしけってきていて、そろそろ梅雨になるからカビそうですと、隣の部屋から壺を持ってきてくれた。


 鍋二つにお湯が沸いたので、片方で青菜を茹でて、片方のお湯は一旦冷ます。

 七輪に火を移動して、たまご焼き作り。ウィオラはたまご液を一種類私に任せて、もう一種類は少なめで自ら作り始めた。


「もしかして豪華に二種類ではなくて、人で分けるんですか?」

「ええ。ネビーさんは出汁巻きたまごを好んでいます。他の皆さんは、甘いたまご焼きが好みです」


 作ってもらう立場で家事は全然出来ないからと、基本的に食事内容に対して何も言わない兄が、彼女には頼むってこと。

 なんでも良く食べる兄に、食の好みなんてあったのか。あった気もするけど、思い出せない。

 味ではなくて、ちまちまは嫌みたいな事しか出てこない。

 兄用のたまご焼き液には、しらすとどこからか出てきた刻んである枝豆が投入された。


「……兄は豪華ですね」

「ネビーさんは多忙でお疲れですもの」


 それなら私担当の他の家族も同じようにと思ったけど、何があるのか分からず。


「皆さんにはあおさにしましょう。この間、好評でした」


 兄以外のたまご焼きにはあおさが入れられた。

 

「あおさもいただきものですか?」

「ええ。皆さんの勘違いで相変わらず豊漁姫です。食費が浮いて助かりますね」


 漁師達の勘違いで神職任官はあり得ないとロイは言うけど、ウィオラは自分の肩書きをこんな風に語る。


 ここに、着物に着替え済みの兄がひょこっと顔を出して、ウィオラに近寄った。

 そこまでは良かったけど、後ろから抱きつくようにくっついて、デレデレ顔で「今日の朝食はなんですか?」である。


「ネ、ネ、ネビーさん。リルさんがいらっしゃいますので……」


 ウィオラの両腕で押された兄と目が合う。


「……居たのか。ちんまりで気がつかなかった」

「……居たよ」

「ネビーさん。青菜はお浸しと胡麻和え、どちらが良いですか?」

「胡麻和えです!」


 兄は胡麻が嫌いというか、金がかかるのに食感が悪くなるから要らねぇ、ごまには存在価値が無いって言う人間だったのに、胡麻和えが良いの?


「ではまた、ゴマ擦りに挑戦して下さいますか?」

「もちろんです」


 兄が料理に関与するって言った! と衝撃を受ける。

 板間に上がった兄は正座して、ウィオラに渡された木の棒がささった口の広いつる付き壺を片手で持って、棒を動かし始めた。


「ウィオラさん、あれはなんですか?」

「胡麻をばら撒かないように、ネビーさん用の胡麻擦り壺です。つる付きですので倒して割ることもありません」

「特別に買ったんですか」

「特注致しました。一緒に料理をしたいと申して下さいましたので」


 不器用過ぎる兄の為に特注って過保護!


「ネビーさん、青菜が茹で上がりましたので、切って下さいますか?」

「もちろんです」

「香物もお願い致します」

「たくあんが良いです!」

「かしこまりました」


 兄は他にも料理をするの?

 まな板、包丁——……じゃなくて、小刀が出てきた!


「ウィオラさん、それは包丁ではありません」

「こちらはネビーさんの包丁です」


 ウィオラの手で、兄の前にまな板と小刀が置かれた。

 ここにルカが来たので、兄が料理に関与するようになるなんて驚いたと耳打ち。


「ああ、あれ。ようやく子どもの手伝いくらいはなんとか。これまでは絶対嫌だ。頑張ったって無理。やりたくない、やりたくないだったのに、ウィオラさんの掌の上でコロコロ転がされてる」

「そうなんだ。あれ、小刀だけど包丁なの?」

「あのバカ、包丁はろくに扱えないのに、小刀だと器用なの。野宿の時があって知ったウィオラさんが料理用ですって買ってきた。あれだと魚も捌けるよ」

「嘘」

「本当」


 あの不器用の極みが面白いように物を切るから見学したら? と言われてそうすることに。

 兄の隣に正座して、


「寝坊した分、ここからは私が頑張りまーす。ウィオラさん、お客様もいることだし、焼き魚もつけましょう。二人で半身くらい」

「任されました」


 ウィオラが部屋から出て行くと、兄の背中が丸まった。しかし、青菜は均等な長さで切られていく。


「凄い。兄ちゃんが野菜を切ってる」

「小刀だと出来るって知った。というか、仕事で前から似たことをしていた。これだと手に馴染む」

「たくあんも切ってみて」

「おうよ」


 ここに「ルカさん、おはよう」とジンが入室してきた。

 それで、兄がしたように、ルカに近寄って後ろから抱きしめそうな勢いで「今日は何? 手伝う?」と顔を寄せた。


「おいこらジン。俺の妹の仕事を邪魔するんじゃねぇ」

「ひっ!」


 振り返ったら小刀を使いそうな勢いの不機嫌顔の兄なんて絶対怖い。

 ジンは青い顔になって後退りした。


「邪魔? まさか。俺はいつでも色々手伝っているぜ? なぁ、ルカさん」

「そうだよ。ジンはなんでも手伝ってくれて邪魔なんてしないから。朝からうっさいわね。妹離れしろ、このキモ男! キモ男のキモは気持ち悪いのキモだから。嫁に振られるよ! 妹離れ出来ないなんて気持ち悪いって!」


 振り返ったルカが腰に手を当てて仁王立ちして兄を睨みつける。年々似ていくと感じているけど、これも母そっくりだ。


「お前こそ日に日に口が悪くなるからジンが裸足で逃げ出すぞ!」

「うっさいわね! ジンはあんたと同じく腐り目なんだから私からもう逃げられないの!」

「ウィオラさんだって腐り目だから大丈夫だ!」


 その腐り目ジンとウィオラは、扉のところで顔を見合わせて「朝から仲の良い兄妹ですね」と笑い合っている。

 それで二人で魚を焼こうと去って行った。ウィオラは七輪用の火をもらいにきたようで、それをジンが代わった。


「リルー。たまご焼き焼いてー。蛤は入れておいたからそれもお願い」

「うん」

「ご飯を炊いてる気配がないから炊いてくる」

「あっ、忘れてた」

「やっぱり。リルは昔からご飯炊きを忘れるねぇ〜」


 ルカが去ったので、部屋に上がっている兄と二人きり。

 ここへ今度はロイ登場。もしや……と思って先に警戒したけど、ロイは「リルさん、おはようございます。何か手伝いますか?」とあっという間に近寄ってきて、私の腰に両手を添えた。


「おいこらロイさん……」


 ジンの時と同じく兄の不機嫌な低い声が室内に響く。


「……。リルさん。お膳を並べれば良いですか?」


 ロイは面倒な兄を無視するようだ。


「お願いします」

「おいこら、もやし野郎」

「はぁあああああ? もやしだったのはうんと昔の頃のことですー!」


 兄の挑発にロイが乗った。


「他所様の家で俺の妹とベタベタしようとするんじゃねぇ!」


 っていうか、そんなに騒いでいるのに部屋の奥で寝ているロカは起きないのだろうか。

 うるさい家族の末っ子なので、騒音に慣れているから理解は出来る。

 そういえば、ルルは結局両親とロカとどっちと寝たのだろう。


「他所様の家って、ここは姉妹部屋なのでリルさんの領域です! そっちが他所様の家にいるんですよ!」

「まだ眠いのに、早朝からうるさい!!!」


 ボサボサ頭で迫力のあるルルが兄の後ろから登場して、兄とロイに対して自分の前へ来いと怒鳴り、説教を始めた。

 

「復唱しなさい! 兄弟喧嘩は外でする! 家の中でしない! これはレオ家とルーベル家の共通家訓です!」

「兄弟喧嘩は外でする……」

「兄弟喧嘩は外でする……」

「もっと、はきはき言いなさい!」

「家の中で喧嘩しない」

「家の中で喧嘩しない」


 なぜ兄もロイもルルに素直に従っているのか謎だけど、味噌汁作りもたまご焼き作りも今のうち!

 たまご液がいつの間にか無いので、チラッと確認に行ったら、ウィオラが楽しそうに歌いながらたまご焼きを作ってくれていた。合間椅子に七輪を乗せている。

 別の七輪で、ジンが魚の干物を焼いてくれている。

 たまごを焼いている七輪の隣にはユラが腰掛けて、団扇で顔を仰いでいた。

 こんな朝早くから化粧も髪型もばっちりとは凄い。ウィオラと同じく、身だしなみ番長だ。


 それにしても、着物も髪型もキチッとしているのに色気が凄い。

 長屋の住人達が、男女関係なく遠くから彼女を眺めてぽわぁっとした顔をしている。

 なのに、ジミーがわりと近くの机で私の甥っ子ジオと朝から龍歌百取りで遊んでくれていて、彼はユラに見惚れないようだ。


 兄がルルに説教をされているので、切った青菜を胡麻和えにする為に回収。

 香物を切っていたら、ルルのお説教が終わった。


「家訓は大事なんで、表に出ろ!」

「それはこっちの台詞です!」


 仲直りしないで喧嘩をするの。

 ふーん。兄の心境は知らないけれど、ロイは最近、兄とあまり会っていなくて寂しかったのだろう。

 出て行った二人が何をするのか、少し追って確認すると、どうやら石投げをするみたい。


「ジン、お前も来い。皆の昼食代を誰が出すか決めるぞ」

「ええー! 金持ち二人でやってくれ。俺は無理」

「ネビーさん。ジンさんは弱いから逃げるんですよ」

「はぁあああああ? 口だけロイさんに俺が負けたことがありましたか? ありませんよねー!」

「そうだそうだ。負け続けのロイとはこの人のことだ!」


 兄が火消しのような決め姿勢でロイを示した。兄は時々、このようにロイを呼び捨てにする。


「落差が激しくてわりと負ける不器用ネビーとはあなたのことです!」


 ロイが真似した。ロイが兄二人をお坊ちゃん風にして欲しいのに、ここへ来ると若干下街風になる。


「おお、ロイさんのそんな態度は珍しいです」


 ジミーがなぜか拍手を開始。


「石投げなら僕も——……」とジオが声を出した瞬間


「朝食作りという忙しい時間帯に遊ぼうとするな!」とルカが叫んだ。


「「「はい……」」」


 ルカの大きな雷が落ちて、三人兄弟は横並びで萎れ顔。三人はルカに命令されてお膳や食器の準備をすることに。


 こうして朝食が完成して、ルカ家族は自分達の部屋で、残りは全員で親の部屋に集合。

 襖を全部外しても、両親、ルル、ロカ、私とロイ、兄とネビー、お客様のユラとジミーで十人だから狭い。


「リル姉ちゃんはこの席ね。ロイさんは夫だから隣」

「ロイさんのお客様だからその隣はジミーさん」


 薬師のことを聞くからその隣はロカで、ユラ、ルル、母、父、兄、ウィオラ、私という並びらしい。

 一番疎遠な姉妹の私とウィオラに気を遣ってくれたのだろうと考えていたのたが——……。


「ふふっ。たまごがついていますよ」

「ありがとうございます」


 隣の兄夫婦はお互いに夢中なようで、ウィオラと姉妹仲を深める雰囲気ではない。

 手拭いで口元を拭かれるって子供……。


「魚の骨が取れました」

「ありがとうございます」


 魚の骨くらい自分で取りなさい……。


「おかわりはいかがですか?」

「よろしくお願いします」


 同年代の男性達と同じくらいの食べるのに、毎回小盛りだからおかわりは三回目になる。

 ウィオラは二回目と同じくかなり少ない量のご飯を兄の茶碗によそった。


「少しお浸しにしましたので、一口いかがですか?」

「いただきます」


 ウィオラが両手で差し出した小皿からお浸しを箸で取る兄はニヤニヤ顔全開。

 ルカが作った言葉、キモって言いたくなる。でもウィオラはにこにこ嬉しそう。


「海苔の味がします」

「この間、神社でいただいたお浸しがそうでしたので真似しました」

「俺、これはかなり好きです。でもほら……」


 兄がキモ顔でウィオラに何かを囁いたら、彼女は耳まで赤くなって照れ照れし始めた。

 そこから兄夫婦はヒソヒソ話を開始。どう見ても秘密話でイチャイチャして見えるから痒い。

 かゆ、かゆ、かゆ、かゆ、痒い!!!


 ……。


 チラッとルルを見たら目を逸らされた。


 チラッとロカを見たら目を逸らされた。


 ぼんやりのせいで謀られた!


 ルルとロカの間にいるユラと目が合う。彼女まで私から目を逸らした。それも、兄夫婦をチラッと見て肩をすくめてから。


「いやぁ、新婚さんで火傷しそうです」

「ん? なんですかジミーさん。新婚って俺らのことですよね」


 兄は不思議そうに首を傾げ、ウィオラも似たような表情で同じ仕草をした。


「自覚がないんですね。かつて、ロイさんも似た感じだったので懐かしいです。月日が経つのは早いものですね。俺の栗の甘露煮って怒っていたロイさんが、あのロイさんが、あのっ。あはは」


 お腹を抱えて笑い出したジミーに対して、ロイが軽く拗ねてぶつぶつ言い出した。

 栗の甘露煮怒ってなんですか? とロカが問いかけたので、ジミーが語り出す。

 私は何度か聞いているけど、知らない家族もいたみたい。なんだか全員知っている気がしていた。


「うわぁ、それ。お酒の時もなります。俺のお酒って」

「それはルルさんが泥棒だからです」

「持ち出すのは、ええと言うた時だけです!」

「そんなことはないですよ! 自分の場合、酔って記憶がないことはないですから、許可されたはルルさんの思い込みです」

「ほらっ、ほらほら〜、ルルちゃんはかわゆい妹でしょう?」


 兄夫婦は相変わらずいちゃついて見えるけど、ロイが皆からワイワイ言われていることき気を取られて楽しい。

 たまたま目が合った時に、ジミーは私に向かって片目つむり。

 皆で集まっている際に困った時のように、助け舟を出してくれたみたい。


 ロイによれば、接してみないと分からないので、気になるユラさんが謎人物でもまずは手紙を持って行きますと言っていたジミーは、あっさり振られたらしい。

 ちょっと粘ると聞いているので、昔から優しい彼に幸あれ。


 ユラはロカとルルと愉快そうに笑っていて、ジミーに関心がなさそう。


 旦那様の大親友の為に一肌脱ぐぞと決意したものの、ロイが「レイスとユリアが待っているはずなので帰りますか」と促したので、ユラと話す機会は無かった。

 ジミーは我が家に遊びに来ることになったので三人で出発。

 

 帰る時にロカが私にこっそりこう言いにきた。


「ユラさんは昔から家族団欒を知らないから、ここに来ると楽しいんだよ。天邪鬼だから楽しいって言わないけど。ジミーさんも寮は寂しいみたいだから、ユラさんみたいに食費や着替えを持ってきて、また泊まりに来て下さいって伝えてね」

「そこにいるから、自分で誘ったら?」

「大人の男の人と話すなんて、恥ずかしいよ」


 ジミーにひっついて絵本を読んでもらったこともあるのに!

 ロカはどんどん大人の女性に変化していく。私達の会話が終わると、ジミーがロカに「また本を持ってきますね」と笑いかけてくれた。


「ありがとうございます」

「あはれともいふべき人は思ほえで、なんて気分なので、ロカさんに恩を着せておけば、薬師として最後の夜に黄泉へ見送ってくれるかなぁと」

「えっ? えーっと、その龍歌はなんでしたっけ。えっと」

「もうロイさんを連れて行ってしまうので、芸妓さんに教わると良いですよ。新婚さんの邪魔をすると馬に蹴られますから気をつけましょう」


 それって、ロカを伝書鳩にしてユラに伝言ってこと。


 あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたづらになりぬべきかな。

 と、ロイがこっそり耳打ちしてくれた。

 簡単に言うと、自分をかわいそうだと言ってくれる人は誰も思いつきません。きっと自分はむなしく死んでいくに違いないという悲しい嘆きの歌で、失恋話らしい。

 ただ、振られた時よりも、可哀想な自分を慰めて下さい、みたいな口説き文句として使うそうだ。


 翌々週、ロイからこう聞いた。

 ジミーはユラから一言、返事をもらえたという。


【生ぜしもひとりなり。死するも独りなり。うきものと思ふ心のあともなくわれを忘れよ】


 人は一人で生まれ孤独に亡くなるとか、私のことは冷たい女だと思って、すっかりあとかたもなく忘れてくださいという袖振り返事。


 気になるからと言ってロイが預かったらしく、見せてくれたけど、兎が黄色い花を持っていて、それを誰かに差し出しているという、可愛らしい絵柄の絵が添えてあった。


「やっぱりこの絵、この構図、どこかで見たような……。なんだっけ……」


 ロイはうんうん悩み始めて、しばらく寝言で「兎……兎……」と呟くようになった。

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