28話
嫁4人で遊んだ日の夜、頼み事をするためにロイをジョーカー抜きゲームに誘った。勝つまでしないとならない。何日かかるかな。
「リルさんが賭けをしましょうなんて、頼み事がある言うことですね。それなら遠慮せずどうぞ」
ロイは私が布団の上に置いたトランプの箱をひょいっと掴んで背中の後ろに回した。
「ロイさん、勝ったらですよ。簡単な頼み事です」
「簡単ならええではないですか。どうぞ」
両手を取られて握りしめられた。ロイは優しい笑顔を浮かべている。
ロイは「うん」と言ってくれるかな?
人見知りと言っていた。でもエイラの旦那様と顔見知りのはず。
「今日はお義母さんがええ言うてくれまして、お嫁さん仲間に入れてくれたルリさんとクララさんとエイラさんと会いました」
「そうですか。楽しかったです?」
「はい。トランプのおかげです。ありがとうございます」
ロイの右手が離れて私の頭を撫でた。
「リルさんが楽しくて何よりです」
ニコニコしている。俺が働いている間に遊んでたのか! とは言わない。心が広い。
父はたまにそう言う。言わなくても不機嫌なことはよくあった。母はたまにしか遊ばないのに。
それで父と母は喧嘩。母が口で父をぺちゃんこにして、夕食抜きにして、謝るまで許さない。
尻にしかれている、とよく言われていた。余計な事を思い出してしまった。
「それでですね」
「はい、頼み事は何です?」
「エイラさんがですね」
「エイラさん……。ブラウン家に嫁いだバトラーさん家のエイラさんです?」
エイラはバトラー家のお嬢さんだった。新しい情報。覚えておこう。
「はい」
「今度家に呼びたいとかですか?」
顔を横に振ろうとして止める。それは近いかもしれない。
「そのですね」
「はい」
「ロイさんは雅という話になりまして」
「自分です?」
ロイは目を丸めた。次は少し顔をしかめて私から顔を背けた。拗ね顔のような違うような、何顔?
私を撫でていたロイの右手は彼の口元に移動した。
「ロイさん?」
次の瞬間、押し倒された。そのままキスされる。何回も続く。ロイの手は私の浴衣の帯を解いた。
先程までの表情は消えて、ロイは微笑みながら私を見下ろしている。視線が熱い。
頼み事をする前に夜が始まる! と私は慌ててロイの胸を両手で押した。
「たの、頼み事がありまして……」
「うん。何でも聞くから後で」
キスされそうになり、私は再度ロイの胸を押した。後でって、終わったらロイはいつも爆睡してる。
抱きしめられて寝る私はドキドキして中々眠れないのに、何もしてません! というような子どもみたいな顔をしてすやすや寝る。だから先だ。後ではダメ。
ロイは少し目を丸め、その後ふにゃりと笑った。
この笑い方は前にも見た。好きだなあ、と思う表情の1つ。
「そんなに頼みたい事ってなんです?」
「そのですね」
「はい」
「エイラさんは、雅なのをええなあ言うてます。花言葉とかです」
「そうですか」
待ってと行動で示したはずなのにロイは私の浴衣を脱がしにかかった。
させるか、と前を合わせる。
「ロイさん、まだお話中です」
「はい。分かりました」
ロイはなぜか楽しそうに笑いながら私を起こした。再び向かい合って座り、両手を取られた状態。
「それでですね」
「はい」
「ロイさんがエイラさんの旦那様に雅なことを教えてくれたら、もしかしたらって……」
「リルさん」
「はい」
ロイは目を閉じて眉間にしわ。しばらくしてロイは目を開き手を離して腕を組んだ。
優しいから大丈夫と思っていたけど、雲行きが怪しい。
「エイラさんの旦那さん、ブラウン家のオーウェンさんは古風な方で……。うーん。どちらかというとエイラさんが花言葉を贈った方がええかと」
「そうなんですか?」
「絶対に嫁にするからお見合いするなと、何年も前から言われていました。自分だけではなくてバトラー家の奥さんと仲のええ奥さん家の若衆に。本人には親が決めた、言うたみたいです」
それは素晴らしく良い話。エイラに話して良いのかな?
「男の人は花をもらったら嬉しいです?」
「花に意味を乗せるという噂を聞いたので、日頃の感謝を込めて部屋に飾りました、なんて言うたら自分ならその場で聞くか意味を調べます」
それは……私にそうして欲しいということ?
ロイは無表情に近い微笑になった。目は熱っぽい。エイラの期待の眼差しに似ている気がする。
「ロイさん」
「はい」
「私は龍歌を探してます。頼まれ事のです」
「いつでも良いですよ」
「1ヶ月言いましたけど、もう少し時間がかかるかもしれません。ロイさんと同じように渡したいので」
花言葉を知っていそうなのはうらら屋の店員。龍歌ももう少し探す。
熱烈過ぎるのは恥ずかしい。ロイのように季節や景色を詠んで、その中に別の意味があるもの探し。
「あっ」
ロイは何かを思い出したようだ。
「うらら屋ですよ。まずエイラさんがリルさんにうらら屋を聞いたと言います。冬物探しをしたいとか頼んでうらら屋に行って花柄小物を見ます。それで店員さんに最近花言葉、言うのもあるそうですよと言うてもらいます」
「はい」
思い出したのではなく、考えてくれて思いついたみたい。
「それで2、3日後に寝室に花を飾ります。その時に日頃の感謝や気持ちを込めてとか言うとええです。いつもヨハネさんが教えてくれるので良い花を聞いておきます」
「それはええですね」
花言葉の情報源はヨハネだったのか。そうだ。クリスタへの桔梗の簪は誠実だ。
つまりヨハネはあなたは誠実な方ですね、と言いたくてクリスタに桔梗をすすめたということ。クリスタに教えないと。
あと今度ヨハネにお礼を言おう。ヨハネのおかげでロイがいつも素敵です……それは恥ずかしいな。伝え方を考えておこう。
嫁に優しい気配り上手なロイは、ご近所さんにも優しくて気配り上手。素晴らしいことだ。
私もロイに桔梗を贈るべきだけど、同じは芸がない。
ロイがまだ知らない花言葉が良い。それで調べて嬉しい、となって欲しい。
「ロイさん」
「はい」
「エイラさんにオーウェンさんのことを伝えてもええと思います?」
「思います。家の嫁がお世話になっています。色々親切に教えていただいているようなので、お礼をしたいです。久々に将棋を指しませんか? とか家に誘ってもええですね。エイラさんも一緒に」
賢いロイはどんどん思いつくみたい。頼もしい。
「最初はうらら屋作戦。次は家に誘う。オーウェンさんは仕事の話が好きで、自分が上手く花言葉の話を出来るか分からんのでこの順で行きましょう」
「はい。ロイさん、本当にありがとうございます」
「明日のお出掛けの帰りにうらら屋へ行きましょうか。店員さんに頼み事をするからリルさんの冬物を買いましょう」
ん? 何か話が変化した。
「旦那様、冬は椿の帯揚げがあります」
「小物がいつも同じとはルーベル家の若旦那は稼いどらん、と思われたら恥なので増やして下さい」
そうなのか。それなら買ってもらうしかない。そうなの?
この台詞、義母とそっくり。
ロイは立ち上がり、光苔の灯籠に覆いをした。
寝るみたいなので布団に潜る。もう少しキスしたかったから残念。
ルリ達に「龍歌と花は告白」と指摘されてすこぶる嬉しかった。
好かれてると思いながら山のようにキスをされたら夢見心地になる、と思っていたので肩透かし。
夜のお勤めでも、色狂いでもなく、恋狂いかもしれないと思うと、抱かれるって良いなと思ったのもある。
ロイは飄々としていて、しれっとしているから違うのは分かってるけど、でも「告白」ならそこそこ気に入られている。
幸せ。
「焦らされたので、次は自分がリルさんを焦らそうかな」
ん? と思ったらロイは私の布団に潜り込んできた。
焦らした?
私を焦らす?
「明日にします。仕事があるので」
抱きしめられただけ。ロイはそのまま寝てしまった。仕事がありますって、いつもお構いなしなのに。
焦らす。待たせる。
……私が山ほどキスしたいと思っていることを知られている?
でも明日にしますか。
明日焦らされる?
どういう意味?
☆★
次の日はお出掛け再挑戦の日。ロイの仕事後に待ち合わせてお出掛け。
義母が「袴を着てみたら」と少し暗めの紅色の袴を1着譲ってくれた。
袴の一部、右下部分には四季折々の花柄刺繍。義母の母が刺繍したという。
袴を着たことがないと言ったら着付けてくれた。義母は嫁に甘々の甘々だ。本当に大事にせねば。
今日のお出掛け物は紅葉柄にした。公園にはきっと紅葉があるだろう。
立ち乗り馬車で移動した先は南5区の公園。すこぶる快晴で雲一つない青空。
とても広い、大きな池のある公園で紅葉も見事。なので人も沢山いた。
お弁当を食べた後に池の周りを2人で散策。見事な紅葉並木があって、手を繋いで紅葉の雪の中をゆっくりと歩いた。
紅葉並木の近くの池には紅葉が沢山浮かんでいて、染め物を出来るのではないかと思った。
初めてのお出掛けでも紅葉を見たから、探す龍歌は紅葉に関するものが良いかもしれない。
その後南3区に戻ってきてうらら屋へ。帯揚げとお揃いにしようと思ったので、椿の形の帯留めを1つ買ってもらった。
そして、昨夜の作戦をミミにそれとなく相談。私が上手く説明出来なくて、ロイがしてくれた。彼女は2つ返事で了承してくれた。
さり気なくロイが「季節物が入れ替わって品揃えがええから定期的に来ましょう」と言った効果だろう。
作戦発案に根回し。ロイの気配り上手さはこういうところからきているのだろう。
帰宅後はいつもの生活。
新しい帯留めを大事に大事に鏡台へしまい、袴も衣装部屋に慎重に干した。汚れてないか確認して問題なかった。
夜にしている仕事が片付き、もう寝るぞと寝室に入ったら部屋はもう真っ暗。初めての経験。ロイはもう寝ていた。
キスしないのか、と寂しい気持ちで布団に潜って目を閉じる。
明日焦らす、はやはりキスしたいのを見抜かれていて待たされるっぽい。
私を待たしてどうするんだろう?
寂しいだけ。
睡魔に襲われる前にロイが布団に潜ってきた。昨日と同じ。
違うのは抱きしめられ方。向きを変えられ、後ろから抱きしめられた。
「リルさんに昨日の仕返しをしようかと」
「仕返し? 何か気分を悪くさせることをしてしまいました?」
「少しだけされましたね。焦らされました」
最近の夜と特に変わらず、と思っていたら長かった。
仕事があるってそういうこと?
しかもキスを途中でやめたり、今? というところで手を止めたり、今日は寝ますかとパッと離れたり、少々意地悪。
昨夜のロイはこういう気分だった?
ロイは時折とても楽しそうで、ええという顔も沢山していたので反省はしない。
お互いに想い合っているかもと思いながら沢山キスを出来て夢見心地だったので文句も言わない。
1つ悪いことは、とてもぐったりして朝ほんの少し寝坊したこと。