日常編「蛇投げ」
本日は日曜で、エリーとリアと遊べる日。
待ち合わせ前までに洗濯などを終わらせて、掃除は前倒ししたので特になし。
昨夜、ロイは帰ってこなかった。ヨハネとベイリーと共にイオや兄と飲んで、帰ってきて我が家に帰宅してお泊まり会だったのに。
そういう可能性もあるので、何もしなくて良いと言われていたから、寂しい以外は気にせず。
待ち合わせは私の実家近くの料亭なのだが、今日の予定はエリー希望の蛇投げ。
義母にこれら二つが両立する服装は何かと尋ねたら、お出掛け着にそれなりの飾り物、裾よけを持っていって、実家前で飾り物を減らすように言われた。
そういう訳で出発して、晴天だなぁと歩きに歩いて、目的の料亭に到着。
ここで、私は近くに泊まったエリーと彼女の母親、今朝家を出たウィルとリアとハチと合流。
あと来るのはロイ、ベイリー、ヨハネだけど、エリーの母親に「一緒ではないのですか?」と問われた。
「その予定でしたが……」
ここへベイリーが登場。ロイとヨハネは酔い潰れて、イオの家で眠っているそうだ。
ベイリーは、エリーの母親に「友人二人は、火消しの友人達に相談をされて、来られなくなりました」と嘘をついた。
「自分はお嬢さんをお預かりするので、相談事は二人に任せました」
「そうですか。ベイリーさんのご友人には火消しさんがいるんですね」
「リルさんのお兄さんが火消しさんと親しくしていてその縁です。困り事があれば橋渡しします」
こうして、和やかな昼食会を終えて、エリーの母親は待ち合わせ時間までのんびりするそうなので、時間になったらエリーを指定の茶屋まで連れて行くと約束。
五人とハチで私の実家へ向かった。女性が前を歩いて、エリーがハチの綱を持ち、男性二人は後ろ。
話題は主に昨晩のことで、イオの家に次から次へと人が集まったけど、兄は「妹達と寝て夜勤なので」とそそくさと帰ったそうだ。
「それでお兄さんが帰ったタイミングで自分達もおいとまと思っていたら、イオさんがそんなに火消しに興味があるなら、火消し遊びをしますか? って言うてくれて、組に移動してどんちゃん騒ぎです」
翌日、婚約者を預かる身なので、ベイリーはそうっとイオの家へ戻って寝たそうだ。
ネビーの新しい兄は、俺らハ組の半兄弟分だと大盛り上がりで、ロイは気がつけば場の中心で、餅つき大会まで始まったという。
餅!
つきたてのお餅を食べたかった……。
「実に楽しそうですが、朝まで飲むのはしんどそうです」
「次はウィルさんも参加しますか? 今回は予定が合いませんでしたので」
「いやぁ。イオさんと飲むくらいで十分です。乱痴気騒ぎは苦手なんで。ジミーさんは嬉々として参加しそうです」
「ええ、そうですね」
会話していたら街外れになり、土手沿いになり、実家の長屋が見えてきたので「あそこです」と伝えた。
「見晴らしがええですね。これならロイさんも、川で洗濯をしているリルさんを見つけられそうです」
「リルさん。あの川では何が釣れますか?」
「魚は全然で、川海老がカゴでよく獲れます」
今日一緒にいる者達は、私が元平家で長屋育ちと知っている。
ロイ曰く、喋らないで結婚したということも知られている。
普段から特に誰も私をバカにしないでくれているけど、こうして実家へ来ても態度が変化しなくてありがたい。
土手から長屋へ降りる階段を降りて、長屋と長屋の間を歩いていると注目の的。
リルちゃんだ、リルちゃんと誰? ええとこの人達みたいとヒソヒソ聞こえてきたけど、誰も話しかけてこない。
私一人だとワッて集まってくるのに。
長屋と長屋の合間机のところで、ルルとレイが勉強をしていて、母が縫い物をしていた。
人が来ると知っているので、三人とも我が家から買ったよそ行きの服装をしていて髪型も整っている。
それで私が声を掛ける前に母がこちらに気がついて、おしとやかな雰囲気で立って会釈をした。
手土産はお互い無しということにしてあるので挨拶会。ルルもレイも思っていたよりはしっかりした挨拶を出来た。
「ええとこの皆さんを狭い部屋に上がるのもあれだから、合間机でおもてなしするわ」
母は私にこそっと耳打ち。ありがたいことに、お茶菓子とお茶をきちんと用意してくれたそうだ。
お財布事情を心配したら、子どもはそんな事気にするなと軽く怒られた。
母とレイでお茶とお菓子を出してくれて、ルルは大人しく私の隣に座っている。
ルルはまた少しお姉さんになったようで、背筋を伸ばした凛とした姿に少し感激。
エリーがルルに、何のお勉強をしていたんですか? と話しかけてくれた。
「秋の言葉で一葉落ちて天下の秋を知るを教わったので、先生に誰が何でそう言うたんですかって聞いたら、勉強好きのルルさんにって本の写しを貸してくれたので、頑張って読んでいました」
そう告げるとルルは、両手で大事そうに持っていた紙をエリーに差し出した。
「あらまぁ。難しい煌漢文を習っているんですね」
「簡単なことはすぐ覚えるから、私は特別ですって言われました!」
「これはエンジの詩ですね。リルさんにルルさんは勉強が好きだと聞きました」
「私は寺子屋の先生になりたいです!」
ルルの紙を覗き込んだら【見一葉落、・知歳之将暮、・瓶中之氷なのに部首が違う、・知天下之寒、以近論遠】と書いてあった。
お菓子を配ってくれるレイが、私には何にも分かりませんと呆れ顔を浮かべている。
「そんなことないよ。レイも最初のところは読めたでしょう? 葉っぱが一枚落ちたのを見ましたって」
「そこは簡単だもん。なんで見るの見って漢字から始まるのか分からない」
「これは昔々風の詩なんだよ。昔はいったりきたりしていたの。字面が格好ええから」
エリーがルルとレイに、軽く勉強を教えるので、蛇投げなど、二人がする遊びを教えて欲しいと笑いかけた。
「ルル、レイ。エリーさんは私達の遊びをあまり知らないから知りたいの。私からの手紙は読んだ?」
「私が読んで、お母さん達と相談して色々用意してあるよ」
「私はまず蛇投げをしたいです!」
パッと見、エリーの容姿や雰囲気ではこんなことを言い出すようには感じないけど、彼女の性格はもうそこそこ知っているので、ルル達に川の方へ行こうと告げた。
「あのね、お兄さんがお嬢さん達が来るから、危なくないようにって皆と草を刈りました。投げる蛇も捕まえました」
「危ないしましま蛇退治もしました」
「どんなお嬢さんが来るのかなぁって……そうだった。夜勤明けで寝るけど、お嬢さん達が来たら起こしてって言うてた」
「そうそう。起こしてって言うてたね。お姉さん、あのね、兄ちゃんはお嬢さんが長屋かぁって惚けてご飯を畳にぽろぽろ落としていたんだよ」
「そうなの。兄ちゃんの鼻の下がびよーんって伸びて気持ち悪いの」
ルルもレイも敬語が出来たり出来なかったり。でも前よりもお姉さん感が増している。
少し待っててと私達に告げたルルとレイが部屋に去った。
母は縫い物をさせていただきますと一緒に居なくなった。
勉強が好きではないレイの寺子屋日を減らして、彼女は先に家守り修行を。
その分、学費が浮くのでロカは区立女学校を目指して特別寺子屋通いになり、今日は夕方までには帰ってくると手紙に書いてあった。
合間机の上に残されたルルの勉強道具にそっと触れて、ルルは貧乏くじだなぁと少ししんみり。
私は貧乏くじだったらしく、とにかく家守り特化修行を兼ねて家族の世話係だったけど、運が良いことに玉の輿で現在甘やかされている。
貧乏くじではあるけど、それがきっと私にとって良い道と考えてくれて、その結果玉の輿だから親の選択や教育は私に合っていた。
勉強好きでこんなに飲み込みが早そうなルルは、もう女学校へ入学出来る年齢ではない。
お金と学力で無理矢理編入は可能かもしれないらしいけど、手習一つしていなくて、礼儀作法なども女学生達と異なるルルにはきっと環境が合わないとは義母談。
ルルがあと何年か遅く生まれていたら、両親は貧乏生活を続けて彼女の学費を作った。
今は学費はなんとか出来そうでも、ルル側の要因で女学生になるのは無理。
もったいないけど、全てを与えることは出来ないのだから、せめてルルの大損にならないように試行錯誤して子育てしていくのだろう。
私達上三人を優先してきて、今ようやく下三人だ。
「リルさん? どうしました?」
リアに話しかけられたので首を横に振る。
「妹達が元気で良かったです」
「二人とも愛くるしいですね」
「かわゆいけど、元気過ぎてうるさいのが欠点です」
「大人しいですけど、そうですか?」
「ええ」
ルルとレイが兄を連れて戻ってきた。
いつものボロ着物ではなく、お茶会に来た時の、我が家から買った着物姿で足は足袋に下駄だ。
「ああ、茶会で妹が世話になったお嬢さん達だったんですか。この間はお世話になりました。こんにちは。何もないところですが、それを見学に来たそうですね」
皆と挨拶後、ふーんというように兄はエリーとリアを眺めて、私にこそっと「どちらが蛇投げをしたいお嬢さん?」と質問。
「エリーさん。リアさんは生の蛇を見たことがないって」
「ほうほう。二人とも婚約者さんと一緒だし、俺らが気をつけるから、蛇に噛まれたり、怪我はしないはずだけど、気をつけような」
「うん」
「では皆さん、こちらへどうぞ」
林方面の河原へ移動すると、ツボが二つ置いてあった。中に捕まえておいた蛇が入っているという。蛇投げ用の棒も用意されている。
「お嬢さんは二人と聞いていたので二匹用意しました。自分達はそこらで捕まえるし、必要ならお客様の分も増やします」
レイに「兄ちゃん、お客さんは五人だから五匹って言うたのに忘れてる」と耳打ちされた。
兄は本当に雑というか、忘れっぽい。
「私、実物の蛇さんを見たことがないので、まず確認しても良いでしょうか?」
リアのこの問いかけに、兄は私達妹にはしない、格好つけた笑顔で「ええ」と返答。
ウィルが学校の校庭や庭に出たこともありませんか? と問いかけたけど、ないみたい。
兄がツボの蓋を開いて、ツボをひっくり返して、中から青緑蛇を出した。
青緑蛇は素早くないし、急襲もしてこないけど、うねうねしながらリアに向かっていったので、彼女は小さな悲鳴をあげてウィルの背後に移動。
「お、お元気なのですね。絵では鎮座しているので……。とぐろになって大人しくするのかと……」
「この辺りにいる青緑色の蛇は毒は無いらしいし、大人しめらしいので大丈夫ですよ」
ウィルがリアにニコッと笑いかけて、恐々していたリアがホッと胸を撫で下ろしたように見えたので和む。
二人はしばらく見つめ合っていて、リアがそっと扇子を出して開いて顔を半分隠した。
リアは相変わらず無表情気味だけど、多分これは「らぶゆ」顔。目がウィルにぽーっとして見えるので、ますます微笑ましい。
「お嬢さんはやっぱり蛇だらけの長屋……」
兄が何か言いかけたけど固まった。私も驚いてしまう。なにせ、エリーが青緑蛇を鷲掴みしてぷらぷらさせていた。
「リアさん。このように大人しい蛇ですから大丈夫ですよ。子どもの遊びに使うということは毒も無いってことです」
「えー……。お嬢さんなのに蛇を鷲掴み……」
心底嫌、というような表情になった兄が片手を目に当てて俯いた。
目を丸くしたエリーを、吹き出しそうなベイリーが眺めている。
「あら。すみません。ネビーさん、私はこんな感じです」
「何も悪くありません。お嬢さんも色々です。でもその雰囲気で……」
「エリーさんはネビーさんの男の夢をぶち壊したと。あはは」
ベイリーが大笑いし始めた。
「あら。ネビーさんはリアさんみたいなのが好みなんですね。それはほとんどの男性と同じです」
「いやあ、リアさんの反応はすこぶるかわゆいけど、俺の嫁だったら蛇なんて無理ってメソメソして何も出来ないと困ります。エリーさんの方がマシ。でも……鷲掴み……」
兄はぼやいている間に、エリーは「ベイリー君。蛇マフラーよ!」と肩に蛇を乗せてニコッと微笑んだ。
「エリーさん、来た甲斐があったな」
「まむしは危険で触るの禁止だったけど、蛇ってやっぱりかわゆい〜」
「……とりあえず、蛇投げ大会をしますか」
まずお手本ということで、兄は私に蛇投げ棒を渡した。
この辺りなら……と青緑蛇がいそうなところを確認したらいたので、棒で引っ掛けて、対岸へ向けて放り投げ。
「リルは相変わらず飛ばすなぁ」
「姉ちゃん、すごい!」
「飛んだねぇ」
「ルル、お姉さんと言いなさい。俺と練習しただろう」
「はーい」
「返事は短くはいだ」
「はい!」
エリー達四人が「凄いですね」と拍手してくれた。
「速くてよく分かりませんでした」
「とりあえずその肩の蛇を下ろして、この棒で引っかけてぴゅーんって飛ばします!」
ルルがエリーに軽く教えて彼女が挑戦。蛇はあまり飛ばずに川にぽちゃっと落下。
「あら。飛びませんでした」
「棒に引っかかってましたね」
「あちらの蛇さん、飛ばされた上に水の中は可哀想ですね……」
リアにそう言われると可哀想な気がしてくる。
蛇と私達はいつも戦争をしているので弱肉強食だから、可哀想なんて発想はこれまで無かった。
「羽がないのに飛べて楽しいし、あの蛇は泳ぐのも好きだから平気です」
「ルルさん。あちらの蛇は泳ぐんですか?」
「泳ぎますよ」
「泳ぐところを見たいです!」
キラキラおめめになって満面の笑顔になったエリーに対して、兄はルルを世話役につけて、好きにして下さいと告げた。
「で、リアさんはその調子だから蛇投げはしませんね。接待終了! 未婚の長屋好きお嬢さんは来なかったから稽古に行こう。じゃあな、リル。ロイさんによろしく」
すこぶる残念そうな顔で、兄はそそくさと撤収。
私は事前に誰が来るか教えたのに、手紙を読んでいないか得意のド忘れだろう。
「兄ちゃん。今日、稽古はないって言うていたのにどこに行くんだろう」
「レイ、そうなの?」
「うん。なんだっけ。一昨日なんとかで稽古がないって言うてた。多分またド忘れだよ」
きゃあ! というエリーの悲鳴が聞こえた瞬間、兄が振り返って「しましま蛇ですか!」と叫んで駆け出したけど、単に青緑蛇の泳ぎに感激しただけだった。
「ちょっと、こんなところでくっつかないで下さい」
「くっつくってちょっと支えとして掴んだだけですよ。それにその言い方、こんなところじゃないと良いの?」
「そういう意味ではありません」
「照れてるー」
エリーがツンツンとベイリーの頬をつついて、とてもかわゆく笑った。
「あれは数年後の俺と俺の嫁。あれは数年後の俺と俺の嫁。数年後の俺と俺の嫁。畜生! 早くお坊ちゃんみたいにならないと俺は一生独身だ!」
白目でぶつぶつ言った後に、兄は叫んで逃げるように去った。
「ねぇ、姉ちゃん」
「レイ、どうしたの?」
「兄ちゃんはレイ達のせいで結婚しないんだって。あんなにお嫁さんが欲しそうなのに」
私の手を取ってギュッと握りしめたレイが足元を見て悲しそうに告げた。
「……誰かにそう言われたの?」
「言われた」
「誰に?」
レイは悲しそうな顔でうつむいて首を横に振った。
「レイは寺子屋に送ってもらったり、お迎えしてもらわなくて平気だし、勉強はルルから教わるよ」
「ううん、兄ちゃんは好きなことは率先してするし、嫌なことはしないから沢山頼るとええ。兄ちゃんは絶対に料理しないでしょう?」
「うん。全然しない。頼んで渋々しても邪魔になるだけだし。魚の骨も取れないの。お嫁さんは兄ちゃんの魚の骨を取ってくれる人がええ。喉に刺さって痛そうだった」
「また喉に刺したんだ」
「うん」
「お義母さん。テルルさんのことね。テルルさんが兄ちゃんに、魚の骨を取ってくれるお嫁さんを見つけてくれるから大丈夫」
「そうなの?」
「何かを見つけるって時間がかかるから、レイは送迎のお礼に魚の骨を取ってあげるとええ」
悲しそうだったレイが笑顔になったのでホッとする。
私はもうレイの小さな手を毎日握りしめてあげることは出来ない。
母が仕事を減らして子育てに専念し始めているので教えたり、手紙でレイを気にかけることは出来る。
何がどうなってそうなったのか分からないけど、エリーはルルと石投げをしていて、私達を呼んだのでレイの手を引いて移動。
ウィルとリアも挑戦しますと楽しそう。リアが、リアが微笑んでいる!
「そーれ」
リアが品良く軽くしゃがんで、石を持っていない手で袖を抑えて、とても優雅な手つきで石を投げた結果、石は水面を跳ねずに川に沈んだ。
「やはり難しいですね」
「自分は昔、少し出来ましたよ。よっと」
ウィルの投げ方もわりと上品。彼が投げた石は水面を三回跳ねた。
「いけ! ベイリー君! ウィル君を超えましょう!」
「負けるのは好きじゃないんで、おいしょっと」
ベイリーの石は二回跳ねて終了。初めてしたけど、見た目よりも難しいと大笑いしながら、ルルにコツを尋ねている。
「レイ。久々に姉ちゃんと競争しようか」
「うん! レイはこの間、七回も跳ねたんだよ!」
目的だった蛇投げはあまりしなかったけど、石投げ大会は白熱して、他の子達も混ざって大盛り上がり。
「かわゆい。なんだあの生き物」
「リルちゃんの新しい友達だって」
「俺もネビーみたいに嫁はお嬢さんって言おうかな」
「お前には無理だろう。あいつは腐っても兵官だぞ。貧乏男がこれから金持ちだ」
「あいつ。多分仕事でああいうお嬢さん達を見かけてかわゆいの極みだって知っているんだ」
若い男達も集まってコソコソ見学というか、エリーとリアにデレデレしている。
特にリアが動くと「あの動きも台詞もかわゆい」という声が耳に届く。
「……」
ただいま、なんの騒ぎ? と声がしたので見た結果、ニックと目が合ってしまった。ずっと居なかったのにいつの間にか居る。
彼は私に向かって困り笑いを浮かべ、それから小さく手を振った。少し迷って手を振り返す。
すると、ニックはこちらへ近寄ってきた。
「こんにちは、リルちゃん。今日はどうしたの? お友達とそのお兄さん?」
「ううん。友達と婚約者さん」
四人にニックを幼馴染だと紹介して、四人を彼に軽く紹介。
「リルちゃんの旦那さんは来ないんだな」
「うん。兄ちゃんの友達と飲んで、火消しさん達にもてなされて酔い潰れた」
「リルちゃんも一緒に飲んだの? お酒、もう飲めるもんな。自分は飲むくせに、ネビーが未成年の妹に飲ませたらぶん殴るって怖かったから、リルちゃんと飲んだことはなかった」
笑顔も話し方も前と同じようで少し遅くて、ずっと喋り続けないで、間もある。
明るく元気に大笑いする人だったのに、穏やかに微笑んでいて、少し別人みたい。長めだった髪がかなり短いからかな。
「私は行ってない。もうたまに飲むよ。甘いお酒なら」
「あのね、リル姉ちゃん。最近ニックは楽しいんだよ! 寺子屋で教わったっていう面白い話を教えてくれるの。古典っていう昔話」
いつの間にかレイが私の隣に立っていた。
「そうなんだ。ありがとう、ニック」
「そりゃあ妹分だから。リルちゃんも俺の妹分。ニック兄ちゃんって呼んでも良いぜ。ネビーの友人の火消し達と飲んでいたって、イオ達だろう? よくもまぁ、あんな女が群がる集団に旦那さんを放り投げたな。俺なら見張りに行く」
忘れていたのに、ふと思い出した。結婚する半年くらい前に、なんの話の流れかニックに幼馴染の年上の男の子は皆兄ちゃんって話になり、ルカがふざけて「ニック兄ちゃん。うわぁ、似合わない」と言い、兄も「ニック兄ちゃん。うわぁ、俺が兄貴だろう」と笑い、私も混ざりたくて「ニック兄ちゃん」と言ってみた。
『やめろやめろ。このウザ兄妹! 特にリルちゃん。ふざけじゃなくて本気に聞こえるからやめろ! 兄ちゃんって二度と呼ぶな!』
なのに……今は「兄ちゃん」と呼んで良いのか。そこには何か含みがある気がしてしまう。
しかし、今の私は違うことに意識が持っていかれている。
「……。群がる?」
「あれっ知らない? 地元で飲んでいるなら大丈夫だとは思うけど」
昨日、ベイリーが一緒だったので彼を見たら、エリーといちゃついているように見えて、彼は私の視線に気がつかず。
適切な距離感だけど、かゆい雰囲気が漂っている。ルルはよくあそこにいるな。
「昨日は旦那様の友人も一緒だった」
「そうなの? それなのにリルちゃんの旦那さんだけ酔い潰れたって、どこかにしけ込んで……ぶっ。あはは! リルちゃん怖い顔!」
「……」
信じているのにやきもちを妬いてしまった。そしてそれが顔に出ている!
「もしも浮気とか酷いことをされたら帰ってきたらええ。すがりつきたいなら俺ら兄貴分がネビーを先頭にしてぶん殴りに行く。じゃあ、俺、家のことや勉強があるから。またね」
変わっていく妹達と同じく、淡い淡い初恋の幼馴染も変化していくみたい。
手を振られたので手を振り返す。下ろした私の手をレイが握り、こう告げた。
「あのね、姉ちゃん。楽しかったお礼に、茶屋に連れてってくれるって! ええ?」
「うん。お母さんがええって言うたら行こうか。きっとええって言うよ」
母に尋ねたら、ド忘れ兄に稽古は無いと教えたら、ロカを迎えに行って、次はロイらしいので、今の時間にラオ家へ行ったら合流出来そうだと言われたのでそうすることに。
「ルル、レイ。お手本が沢山いるから礼儀作法やお行儀を覚えるように。エリーさんやリアさんみたいな美人が上品になったら無敵よ」
「あのね、お母さん。親指以外の指はそろえて離さないんだよ! リアさんはこの間の面白かった茶道をね、今度またしてくれるって」
「レイ、次は私の番でしょう?」
「ルルはエリーさんと仲良くすればええでしょう! 私はリアさんに教わるから別々でちょうどええ」
ルルはエリーに、レイはリアに懐いたみたい。
皆で長屋を出発してラオ家を訪れて、大黒柱妻のサエに中へ促されたら、居間でロイが大の字で爆睡していた。
このロイは中々起きないやつ。迷っていたら兄とロカも合流。兄がロイの体を揺らした。
「ロイさん! いつまで寝ているんですか。綱登りや障害物やら動いて餅つきして踊って朝まで飲んだって聞きました。そりゃあ疲れて寝ますけど、もう夕方ですよ!」
「うーん……」
むにゃむにゃ言ったロイが横向きになり、兄の手を取り、またむにゃむにゃ言った。
それで薄目を開いて閉じて、またむにゃむにゃ言っている。
「リル……」
兄の手を唇に寄せたロイが私の名前を呼んだ。とんだ辱め!
「誰がリルだ! 俺の妹に触るんじゃねぇ! 起きろこのすっとこどっこい! っていうかなんで着物に紅がついているんだ! 浮気するなら俺の妹を返せ!」
紅⁈
兄に蹴られたロイが次は着物の合わせを掴まれて持ち上げられた。
「うえっ……。お、おええええええ」
うわっ、兄の頭にロイが吐いた。吐くものがあまりなかったのは不幸中の幸い。
「……ちょっ。イオさん。もう勘弁して下さい。っていうかなんで自分がイオさん役なんですか。また紅がついたらリルさんに誤解されます。いや、まぁ、やきもちは……。……ネビーさん?」
「……」
「うっぷ。おろ、降ろして下さい。また吐きそう。それ、自分のせいですよね? すみません」
「酒は飲んでも飲まれるな!!! 人様の家で吐くな!!! 」
正座しろ! という兄の怒声が室内に響き渡る。
二人が仲良し喧嘩を始めて、兄はこの間ロイに吐いたと知った。
ロイが兄を膝枕気味にして、桶を使って頭を洗いながら、兄が「なんでお嬢さんじゃなくてまた男の足」とぶつぶつ言っている。この前はロイが兄の頭を洗ったらしい。
そんな話、どちらからも聞いていない。
なんでこの二人が長年、友人にならなかったのか不思議だと、ベイリーとウィルが笑い合う。
去年のロイも好きだけど、変なところや、兄とふざけるロイも面白くて楽しくて好きなので、今年はもっと彼に惚れそうだ。
蛇投げと思って書いたのに、蛇投げ描写は少なくなりました




