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リクエスト日常編「ベイリーと友人と栗の甘露煮」

「ロイとベイリーの栗の甘露煮喧嘩(できれば、ベイリーか他の人視点で)を読んでみたいです」という感想をいただいて、挑戦した結果こうなりました

 親しい友人が結婚と同時に惚気三昧の勢いなので、感化されてさっさと祝言したいと考えるようになった。元々そうだったけど、ますますだ。

 今年の年末に行われる試験に合格したら、その念願の祝言。

 ということで、気合を入れて勉強に取り組んでいたけど、秋に息切れしてきた。

 秋は川釣りくらいと考えていたのに、ヨハネに火消しと飲みに行く教えられたせいだ。


「ひ、火消しさんと飲みに行くってなんですか!?」

「あの旧都、火車組の末裔さんと知り合えたんですよ!」


 親友ロイがそんな隠し事をしていたなんて許し難い。

 残業する彼を待って、どういうことかと詰め寄ったら、自分も知らなかったと微笑まれた。

 ヨハネがその火消しと飲むのなら俺も行くと告げたら、勉強の息抜きにどうぞと二つ返事で了承された。さすが、俺の親友。


 今度の土曜、ロイはどうせ残業で、その間にヨハネはロイの新しい弟に稽古をつけてもらうという。

 なので、俺は図書室で自習して、ロイと共に帰宅してヨハネ達と合流し、ルーベル家に泊まって勉強会ということになった。

 リルのいるところに行くとエリーに黙っていたら怖いので、その日の帰りに彼女の家に顔を出して、こういう話があると説明し、娘さんが友人に手紙を渡したければ預かると挨拶をして帰った。


 猫被り娘は猫被りをやめたらしくて、彼女の親から「娘から逃げませんよね?」という圧を感じる。

 前までは、いくら中央勤務になったとはいえ、我が家の優秀な次女には……と渋々な感じだったのに。

 そのうちこうなると予想していた通りなので、別になにも。親は子どもが可愛いものだ。

 

 一刻くらいして、やたやだ私もルーベルさん家に泊まりたいというエリーが母親と我が家に乗り込んできて、そんな非常識なことは出来ませんと断ったら、機嫌を損ねた。


「私もリルさんと遊びたいですー」

「自分はリルさんと遊ぶんじゃなくて、ロイさん達と勉強会です」

「蛇投げを教えてもらうのはいつですか? いつですかー!!」

「へ、蛇投げとはなんですか?」

「お母様、蛇投げとは蛇を投げることです。川の向こうまで飛ぶのか勝負するんですよ」

「リルさんという方とですか?」

「そうです。リルさんの育った家の近くの川にはわらわら蛇が出るので、投げないと危ないそうです。私もしてみたいって頼みました!」


 おそらく前よりも娘の本性を知ったエリーの母親が呆れ顔で、娘は自分と近くに泊まるので、日曜はお願いしますと我が家に依頼。

 娘と二人で近所旅行なんてしたことがないので、嫁入り前に。来年は祝言ですものね、とエリーの母親に圧を掛けられた。


 こうして、エリーは土曜に母親と旅館に泊まることになり、俺は翌日日曜に彼女を預かることに。

 リルに案内してもらうから、二人だと抜け駆けになるからリアも誘うという。

 エリーの母親はリアと会ったことがあり、華族のお嬢様リアの印象がすこぶる良いようで、付き添い人はリルさんとリアさんで構いませんと告げた。


 多分、エリーの母親は今のところリルに良い印象を抱いてなさそうだけど、下街育ちで釣りや蛇投げなど破天荒でも、人柄が良いから大丈夫だろう。俺はさり気なく、エリーの母親にリルの良いところを伝えておいた。

 最近ろくに話せていないので、エリーが俺と別行動はなさそう。日曜日は勉強会にならない気がしてきた。

 

 土曜を迎えて、仕事後に弁当を食べて、図書室で勉強をしてロイを待ち、十五時少し過ぎに彼が来たので帰宅。

 会話不足だったので、ヨハネとロイの弟はどこで稽古をしているのか確認。

 ロイの父親が手配して、ネビーを出張扱いにして他の仕事関係で本庁へ呼び出したので、仕事終わりのヨハネと煌護省で合流したそうだ。

 二人は一緒に南三区六番隊屯所へ行き、退勤したネビーにヨハネは稽古をつけてもらう。

 許されるだろうから、場所はそのまま屯所道場の予定で、無理なら心当たりがいくつかあるのでそこ。

 夕方到着の俺達とは、茶屋で待ち合わせ。


「父はネビーさんを使い倒す気です。まぁ、それでネビーさんは多分出世し易くなるからお互いよかなんでしょうけど」

「そう考えると、リルさんのお兄さんって、もっと早くガイさんに養子にして下さいって頼むべきなのに、なーんにも考えずに過ごしていたって不思議ですね。確か成り上がりたい方ですよね?」

「自分の稽古日にいる方々は、そこそこ自分が煌護省本庁官吏の息子だって知っているのに、ネビーさんは全然知らなかったんですよ。野心家なのに策士ではないんです」

「出世は自力だけでは難しいのに、豪胆ですね」

「彼の言い方をすると、バカなだけです。あはは」


 昨年まではリルの兄のあの字も出さなかったけど、最近のロイは楽しそうにリルの兄話をする。

 昔、こういうことがあったとか、最近こうだとか。弟という存在が嬉しいようだと伝わってくる。

 この時間の立ち乗り馬車は観光客と同乗になるので、相変わらず混んでいるけど、わりと喋れる。

 足がかなり速い特殊馬が車を引いているので、気をつけないと舌を噛むけど。


 ロイの嫁リルの地元近くで降りて、彼に待ち合わせの茶屋へ連れて行ってもらった。

 多分、俺達の方が早く着くという予想だったので、外の長椅子に腰掛けてそれぞれ読書。

 これから飲み会という遊び時間なので、それまでは勉強。


 しばらくして制服姿のヨハネとネビーが現れたので四人で移動開始。


「そんなに火消し達に憧れがあるなら、もっと早く、何年も前に言ってくれれば良かったのに」


 ロイはネビーにバシバシ背中を叩かれた。


「ロイさんは俺と前からもっと話したかったらしいのに、なんで俺なんかに遠慮していたんですか?」

「いや、ネビーさんっていつも人といますよね?」


 気圧され気味で拗ね顔のロイは珍しい。


「人といるって同じ道場の兄弟じゃないですか」

「そうですけど、近寄り難いです。そもそも火消しさんと親しいことを知りませんでした」

「俺にかかり稽古を頼む、それなら勉強をって頼む。そのうち飲みに誘ってイオ達がいる。もっと前に実現していましたよ」

「人見知りを直せってことですか? 精進しています」

「していますね。最近、道場で前よりも人と会話していますから」


 ヨハネに「ネビーさんって、ちょっとジミーさんみたいですよね。伸ばしで終わりの名前でお揃いですし」と耳打ちされた。


「似た雰囲気がありますね。あのグイグイ感」

「ロイさんや自分みたいな引っ込み思案には、ありがたい性格です」


 雑談していたら、三階建ての家が並ぶ地域になり、ここに来るまでの下街とも雰囲気や意匠が変化したのでソワソワ。

 

「ヨハネさん、ベイリーさん。この辺りは火消しばっかりですよ」

「そういえばなぜネビーさんは火消しさんと親しいんですか?」

「なんでって、親父の幼馴染が火消しだし、火消しの子と同じ寺子屋に通ったからです。その後、火消し半見習いでも一緒でした」


 イオとは一才違うけど気が合って、つるんでいたらしい。


「ネビーさん。ここは外ですから、父上と言って下さい」

「はい、兄上」

「自分が弟なんですから、兄上はおかしいです」


 本日二度目の弟の押し付け合いが始まった。

 そうこうしていたらイオの家に到着。ネビーは呼び鐘も鳴らさずに家にあがり、お邪魔しますである。

 驚いていたら、家主ラオの妻らしき中年女性が現れて、ようこそと当たり前の顔で受け入れてくれた。


「イオの勤務終了はまだなんで、飲んでましょう。おばさん、これ、兄上から全員からのつまみと酒代です」


 全員からって俺は払っていない。


「兄上? あー、そうだったわね。ネビー君には新しいお兄さんが出来たって。リルちゃんの旦那さん、私は挙式時に見たのよ。あなたですね」

「エルさんにお名前をうかがっています。サエさん、いつも妻と妻の家族がお世話になっております。お裾分けもありがとうございます」


 気兼ねなく飲めるように、息子が帰ってきたら隣の息子の家に行くと言いながら、サエは俺達を囲炉裏を取り囲んでいる堀り椅子に案内して、あれこれ世話してくれた。

 一階は一間疑惑で、二階に上がる階段が剥き出しで、階段下は全て小物入れになっており、彫刻はかなり古い。

 しかもかなり凝った、龍神王説法にちなんだもの。

 壁にデンッと飾られている立派な羽織りも、端に置いてある火消しの道具も、廊下にあったものも、とにかく気になり過ぎる。


「ご立派な棚ですが、あちらは龍神王説法の意匠ですよね? 拝見しても良いでしょうか?」


 ここは一番人見知りしない俺の出番と思っていたら、ロイがサエに質問。


「あれ、龍神王説法なんですか? 息子が幼い頃、夫が恩人だって芸術家が来て、お礼に彫っていったんです」


 丁度その頃、イオが「自分は薬師火消しになる」と言っていて、そこにそこらの草やどんぐりをしまいまくっていた。

 芸術家は最初、無償で依頼を受ける、得意の彫刻品をと言ったけど、ラオが「それなら次男のためにそこの棚を格好良くしてくれ。終わるまで生還祝いじゃぁ! 泊まれ泊まれ」と彼を引き留めた。

 長男、三男にもそれぞれが当時気に入っていたものに彫り物をしてもらったという。


 楽しい。

 楽し過ぎる話を聞けたし、階段下の、イオの薬箱状態の棚のいくつもの引き出しは、どれもこれも芸術品だ。

 室内見学会になり、俺もヨハネも気がつけば遠慮なくあれこれ質問していた。


「ここは美術館のようです」

「お坊ちゃんにはそう見えるんですか。次の代で終わりくらいのボロ家なのに」


 ここへイオの弟が帰宅して、ネビーが「本物火消しその一が帰りましたよ」なんて言ったので、俺とヨハネはついはしゃいだ。ロイも同じく。


「気分がええからええけど、ネビーさん、どこのお坊ちゃんですか? 屯所勤務の管理職兵官ですか?」

「リルの夫のロイさんと、その同僚ヨハネさんとベイリーさんだ」

「リ、リ、リルちゃんに土下座お申し込みした男って、こんな色男だったんですか!!!」

「土下座したのは俺の親だ」

「うわぁ。これが噂のリルちゃんの旦那さん。リルちゃんを皇女様にした金持ち役人はこの人かぁ」

「一人息子で倹約家だから、嫁に貢ぐ金くらいあった普通の役人さんだ」

「うわぁ、うわぁ。うわぁ。握手して下さい。あのボサボサ髪を直したらかわゆいと見抜いたとか、この恐ろしい兄に許されたとか、ご利益がありそうです」


 謎理論でロイはイオの弟タオと握手。さっきも握手したのになぜまたする。

 ここに本日俺達と飲むイオが帰宅。彼は若くて大人しそうな女性を連れてきた。

 お互いに自己紹介した結果、彼女がイオの婚約者だと判明。


「ミユは今日、隣の兄夫婦の家に泊まります。家の中で繋がっているんですよ」

「イオさんがお礼でいただいた栗を甘露煮にして持ってきましたので、良かったら召し上がって下さい」

「ミユ、隣に行く前に用意してくれる? 俺、ミユにお酌されながら、ミユが用意した甘露煮を食べたい」

「うるさい子だね。婚約破棄されるわよ。お酒に甘露煮も合わないから」


 イオは母親サエに軽く睨まれたけど、どこ吹く風。ミユは「すみません」と言いながらサエと去った。

 そういえば夕食はどうなっていると、自分にしては色々抜けていたと慌てていたら、寿司が届いた。

 慌ててロイに声を掛けたら、手土産の菓子折りで十分とのこと。


「ネビーさんがイオさんをなんとか婚約まで漕ぎつけさせてくれたお礼らしいので、自分も払っていません」

「そうなんですか。でもロイさんは兄ですが、自分は無関係ですよ」


 ここにラオが帰宅して、今夜は寿司だ寿司、食べ終わるまでは失礼しますと参加。

 

「いやぁ、火消しさんに会えるなんてって、ネビー君の兄とその友人が集まってくれるなんて感激じゃあ! どんどん管理職候補を回して下さい。ほら、イオ、タオ。お前らは土下座しろ」

「っ痛い! 痛い、痛い、痛い!」


 ひょいっと横にずれていたイオに対して、タオはラオに捕まって床に押さえつけられた。

 

「イオ、お前は昔から逃げ足が早い。サエさん! サエさん酒と箸はまだか!」

「ただいまお持ちします」

「急かさないで、お腹が減っているなら取りにきなさい!」


 大人しめのミユの声と、大きめのサエの声が土間からした。

 扉が半分開いているので、奥にはもう部屋がなくて、土間だけのようだと分かる。


「なんだ、ミユさんが来ているのか。ミユさん! ミユさんは酌を頼みます!」

「はい」

「親父、ミユが疲れるからこき使うな」


 我が家とは違う家というのは、どこの家でも愉快だけど、特殊平家とはいえ、平家の自宅は初なので面白い。商家と似ている。

 イオの婚約者ミユはニコニコしながらお酌をしてくれて、上機嫌のラオとイオが喋る喋る。

 一つ火消しやご先祖様について尋ねたら、五以上返ってくるので実に楽しい。

 軽く飲みながら寿司を食べ終えて、甘味を食べたらラオ夫婦とタオとミユは隣の家へ行くそうだが、名残惜しい。特にラオ。

 机の上がわりと片付いて、つまみと酒が増えて、そこに食後の甘味だと栗の甘露煮が並べられた。


「食後の甘味ですから、良ければ抹茶を点てましょうか?」

「最近、俺はミユに茶道を教わっているんですよ。家で簡単にだけど。だから抹茶茶碗が家族分あります」

「良家の方々の前で点前は緊張し過ぎてしまいますので、今夜は点てて運ぶだけにします」

「ありがたく頂戴致します」


 甘い物に抹茶は嬉しいおもてなし。


「ミユさん、俺の分はイオに点てさせないで下さい。お嬢さん抹茶がよかです」

「なんだとネビー君。それなら俺もお嬢さん抹茶にする」

「それなら私だってお嬢さん抹茶がええです。ミユさん。未来の姑もお嬢さん抹茶でお願いします」

「それなら残りは俺抹茶〜。今、この世の春なんでええことが沢山ありますよ〜」

「この流れは俺は絶対兄貴抹茶じゃねぇか。まぁええや。サエは抹茶を飲んでも若返らない〜」

「角ある、槍持つ、かかあ天下〜」

「うるさいわねタオ、イオ! 梅雨はとっくに終わったんだから違う曲になさい!」


 とても陽気な家族だ。

 抹茶が運ばれたら、美味しそうな大粒栗の甘露煮を堪能と思っていたら、衝撃的なことが起こった。


「ロイさんって甘い物が大嫌いでしたよね。栗なんて高級品は滅多に食べられないんで、いただきます」


 ロイの隣に座るネビーが、ロイの栗の甘露煮を楊枝で刺して、パクッと口の中へ。

 しかも、ネビーの分の栗の甘露煮はもう見当たらない。


「……」

「……」


 俺はヨハネと顔を見合わせた。ヨハネは実際は知らない話しだが、多分今から似たことが起こる。

 

 ★ 回想 ★


 他の番地の人間も集まるような中等校へ進学して、せっかく新しい友人が出来たというのに、学年が変わり、教室変更となったので緊張。

 しかも教室を確認したら、どういう訳かこれまで親しかった者と離された。

 どういうことだと思っていたけど、同じ柔道道場通いのウィルと、同じ町内会のアレクがいたのでホッとした。

 ウィルともアレクともそこまで親しくはないけど、顔見知りというだけで話せるし、同じ教室になった縁で親友になるかもしれない。

 

 日々が過ぎていくと、誰と誰が親しいのかハッキリしてきて、誰がどんな性格で、成績はどうだということも判明する。

 気がつけば、気さくなジミーが、大人しい彼の友人ロイと共に俺達三人に加わった。

 教室の生徒数が二十五人なので、五人班で何かすることが多いのも理由。

 

 とある昼食時のこと。


「ロイさん、また背が伸びました?」

「ん? そうですか? ジミーさんが縮んだんではないでしょうか」

「縮みませんよ! 細くてもやしみたいだったのに、太い牛蒡みたいです。牛蒡は牛って文字を使うから、ロイさんは牛です牛」

「ベイリーさんくらい体格が良くないと牛とはいえません」

「ベイリーさんは熊です熊」


 あまり喋らなかったロイも、気がつけば皆と話しているなと思っていたら、ウィルが「そういえば兄上から差し入れです」と錠菓(らむね)をくれた。


「なぜか最近機嫌が良くて、妹に買ってきたんで、弟にはないのかと聞いたら、翌日若干渋々買ってきてくれました」

「初めて見るお菓子です。ありがとうございます」


 甘酸っぱくてシュワっとして面白い食感。見つけられて高くなければ買いたい。

 

「ロイさんは大丈夫でした?」

「ジミーさん、ロイさんは大丈夫ってどういうことですか?」


 ウィルのこの問いかけに、ジミーがロイは甘いものがとにかく大嫌いと教えてくれた。


「ハイカラ品として嬉しかったです。そこまで甘くなかったですし」

「そしたら、これも大嫌いだから残しているんですね。お母上を怒らせて嫌がらせされました?」


 俺なら嬉しい季節もの、栗の甘露煮がロイのお弁当に入っていたので、箸でつまんで口に入れた。

 大好きな栗の甘露煮を食べられて幸せ。ロイは大嫌いな甘い物を食べていないのに、母親に完食しましたと言える。

 持ちつ持たれつ、これぞ友人……。

 ロイの額に青筋が浮かんでいて、俺はギロッと睨まれた。


「ベイリーさん……。他人のお弁当箱に箸は非常識です」

「……ああ、すみません。礼儀作法は大事です」


 俺はこの、成績は真ん中だけどその他は実に優等生、卿家男児中の卿家男児みたいな性格で、あまり話さないロイがまだ苦手。

 彼があまり笑わないのも苦手意識の原因。

 さっき、わりと会話していたし、ジミーに軽口を叩いたところは好感だったけど。


「っていうか、俺の栗の甘露煮を返して下さい!」

「えっ?」


 まさか栗の甘露煮は好きだった?

 甘いのに?

 今、俺って言った?


「甘いけど……好物でした?」

「年に一回あるかないかなのに! なんで食べるんですか!」

「すみません」

「すみませんで済んだら地区兵官は要りません!」

「さっきの流れなら善意だって分かるのに、そんなに怒らなくてもええじゃないですか!」

「大体ベイリーさんは前から非常識なところがあって気になっています!」

「はぁあああああ! それならその時直すからその時言うて下さい! 欠点を直すなって思っていたんですか⁈ 友人に対してそれは酷いですよ!」


 二人とも頭に血が昇って取っ組み合いの喧嘩に発展。

 ジミーがこんなの先生が来たら反省文どころじゃないから、剣術や柔道対決で遊び風にしろと怒鳴り、俺は柔道なら負けねぇ! と絶叫。


「こっちだって剣術なら負けませんよ!」


 結果、一勝一敗になり、ジミーが「落第すれすれなんで教えてくれません?」と言うので教えていたら昼休みが終了した。

 翌日、腑に落ちないけど自分も悪いから、親に言って買ってもらった栗の甘露煮をロイに渡した。

 向こうもごめんと言って、錠菓(らむね)をくれて、親も謝るというので家に誘われ、ロイの父親と将棋と釣り話で大盛り上がり。

 ロイとも色々な話で盛り上がり、前よりもロイと本当の意味で親しくなった。


 ★ 回想終了 ★


 ネビーがかつての俺のように、ロイの栗の甘露煮を奪ったのでヒヤヒヤしつつワクワクする。

 何が起こるだろう。


「ネビーさん。ネビーさんはちょこちょこ非常識です」

「ちょこちょこですか? 沢山じゃなくてホッとしました。俺、気をつけているけど卿家次男の偽看板は荷が重いです。なので急にお説教会でもよかです」

「他人の食べ物を、許可なく食べるなと言うているんです」

「……おお、そうですね。そうでした。いくら大嫌いな物とはいえ、代わりにいただきましょうか? お願いしますというやり取りがあると上品です」


 どう見てもロイは激怒している顔だけど、ネビーは気がついていないのか、気にしていなそう。

 彼は腕を組んで、首を縦に振りながら「ロイさんの弟として、しっかりする道のりは険しいです」と告げた。


「だから俺が弟です! 俺の栗の甘露煮を返せ!」


 うわっ、昔と同じ台詞。ロイの「俺」発言はいつ以来だ? あれ以来か?

 いや、ヨハネがいびられた時に怒って「俺の友人」って言ったのが最後な気がする。


「おお、これが噂のロイさんの栗の甘露煮事件。ベイリーさんもこうやって怒られたんですか?」


 ヨハネの笑い声で、ロイがバッとこちらを向いた。


「へぇ。ロイさんって栗の甘露煮好きだったんですか。それは余計にすみません。それじゃあ仕方がないからイオのを渡します」


 ネビーは楊枝でひょいっと、隣の席のイオの栗の甘露煮を奪った。


「おいこらネビー。他人の食べ物をって注意したばっかりだろう!」

「他人って、イオのものは基本は俺のもの。俺のものは基本はお前のものだろう」

「それもそうだな」

「まぁ、ロイさんは栗の甘露煮を好まれていたのですか。それならルーベルさん家へのお裾分けを増やさないと。ミユさん。イオの分をゼロにしてええから、入れ直してくれる?」

「はい、サエさん」

「俺が貰った御礼品なのに、なんで俺の分をゼロにするんだ!」

「あんたは栗ご飯の方が十倍好きでしょう。明日、ミユさんが炊いてくれるから山程食べなさい」

「……ミユちゃん、そうなの?」

「明日は我が家で、明日はこちらで、二回食べられますよ」

「うわぁ、ミユちゃん好きだ!」

「はしたない、おやめ下さい!」


 キッとイオを睨んだミユが失礼しますと土間へ去った。


「栗かぁ。栗……そういえば昔、コダ山に行った時にあったような。ロイさん、返せって言うたから、ちょっと探してきます! 砂糖その他代は出せません! リルに煮てもらって下さい!」


 コダ山? コダ山? 今からコダ山に行くのか?

 ネビーは誰かが突っ込む前に素早く去った。ロイが慌てて追いかけていく。

 しばらくして、ロイが「速くて見失いました」と戻ってきて、ネビーは一刻後に「暴漢をぶっ飛ばしたら料亭料理人が被害者で、なんと栗の甘露煮をくれました」と帰宅。


「はい、旦那様。どうぞ」

「なんですかその気持ちの悪い声は」

「リルの真似です。似てません?」

「似てないですよ!」

「あのロイさんがかわゆい妹の旦那かって、日に日にムカつくんで、はい、あーん。リルにさせそうなことは俺がするんで我慢して下さい」

「ちょっ、気持ち悪いのでやめて下さい」

「リルが気持ち悪いって酷いです!」

「リルさんはかわゆいです! ネビーさんのことです!」

「俺の前で妹のことで惚気るな!」


 ロイは図々しい相手に程心を開けるの図。俺とヨハネは弟が出来て、嬉しそうなロイを知っているので、実に微笑ましい兄弟喧嘩だ。

 俺とヨハネはこれをロイさんの栗の甘露煮事件その二と呼ぶことにして、当然のようにジミー、アレク、ウィルにこの話をバラ撒いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しく読ませてもらってます。 この頃のわちゃわたゃした感じのお話大好きです。 エリーさんが蛇投げしにリルの実家にいく話が読みたいです。 絶対、ルルと仲良くなりそうだし、美人さんが来た…
[良い点] 栗の甘露煮喧嘩をリクエストした者です。 書いて頂きありがとうございました(*≧∀≦*) とても楽しかったです! 社交的なベイリーでも、初めの頃はロイに苦手意識があったんですね。 ネビー…
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