特別番外「ご近所さんの初恋4」
週明けの月曜、登校中にアミの後ろ姿を見ながら、幼馴染の「見学はどうでした?」という問いに返答。
すると、アミ達から「花嫁修行」と「鬼灯の君」という単語が聞こえてきたので辛くなる。
まさか、もう縁談が進んでいるのか? と焦燥感に襲われた。
その日の夜、サリにさり気なく尋ねたら、アミは学校を休んでルーベル家で泊まりがけの家事勉強、いわゆる花嫁修行をしたという。
それってつまり、養子ネビーへ向けて、我が家の娘はどうですか? という意味。絶望。
「リルさんがかわゆくて楽しかったって言うから、アミさんに我が家にも誘いました。マヒトさん。その日はどこかに泊まりに行って下さい」
「そうですか。年頃の娘さんと自分が同じ屋根の下は良くないですからね」
翌週、俺は我が家から追い出された。
俺がアミの縁談候補なら、追い出されずに、お互いを意識するように同じ屋根の下なのに! と嘆く。
幼馴染の家に泊まって、アミの顔を見たいから、予定よりも早く帰った。
居間で挨拶をして、来ていると聞いたのでと手土産をアミへ渡す。
家族分の練り切りくらいはご近所付き合いの範囲だ。手紙を添える勇気は無かった。
「ねぇ、マヒトさん」
「なんですか?」
練り切りは嫌いだったか? 甘いものはなんでも好きだったはずだけど。
「マヒトさんって、昔は意地悪だったのに、優しくなったんですね。街中で人助け出来るなんて、勇気もあります」
「……」
かわゆい笑顔を向けられて、なんのことかと固まっていたら、母が、昼間俺に客が来て、お礼の手紙を預かったと教えてくれた。
客は別々の時間帯に二人も来て、一人は先週の妊婦の旦那で、もう一人は迷子の親。
「おせわになりましたなんて、立派な息子に育って嬉しいです」
息子を褒めるな、バカ親めと言いたくなるけど、俺は卿家男児なので黙って母を見つめておく。サリも俺を褒めてくれた。
「アミさん達に意地悪だったのは、男の子には良くある照れ隠しですよ。アミさん達がかわゆいから、構いたくて構いたくてからかって嫌われて、家でメソメソ泣いて、懐かしいですね〜」
こんのクソババア! 余計なことを言うな! と叫びたくなるが、俺は卿家の次男なので、一生クソババアとは言わない。畜生!
「マヒトさん、家で泣いていたんですか?」
「スミレさん。それってテツさんみたいですね。私に大嫌いと言われてメソメソ泣いたって、昔マヒトさんに聞きました」
「そうそう。兄弟揃って似ています」
この後、俺はアミが持ってきたトランプという札遊びに参加。
このトランプはルーベル家の若旦那ロイが、妻も含めて色々な人と楽しんで下さいと買ってくれたお土産らしい。
アミが親と帰った後、俺は二通の手紙を確認。お礼の手紙は想像以上に嬉しくて、見学という腕章をしていたので、君のような優しげな兵官がいると相談しやすくて助かるので君が本物の兵官になるのを待っています、という言葉には胸が熱くなった。
数日後、放課後に驚いたことにアミが友人達と校門前で待っていた。
女学生三人組が男子校前にいると注目の的で、それは大体文通お申し込み目当て。
どの子が誰にお申し込みだ、まさかアミは鬼灯の君から乗り換えかと冷や汗をかいていたら、彼女達は趣味会後にトランプをして、夢中になって遅くなった。
そういう時は親が迎えに来るまで女学校前で待っていたら怖いことがあったので移動。
ここなら男子校生がジロジロ見るけど大勢の目があって安全。
男子校生達は話しかけてはこないだろうし、また怖い者が現れてもきっと助けてもらえる。
三人のうちの誰かの幼馴染に会えたら鬼に金棒と考えたそうだ。
「怖いことってどうしたんですか?」
「破廉恥魔です……」
着物をはだけて、自分の体を見せつけてきた男が出たという。お触り魔よりはマシだけど、変なものを見せるな、飛ばすな……。
この曜日の俺達男子学生は、授業が長くて集団下校にはいないので、会えるかもしれないと思ったという。
「でも誰も見当たらなくて、それぞれ自分達だけで帰るしかないかなって悩んでいました。そうしたらマヒトさんが来てくれて良かったです」
これは奇跡!
同じ町内会ではないアミの友人二人にも喜ばれた。女学生三人に笑顔を向けられて幸せ。
会えて良かったと女学生三人に言われて、頼られたことで自尊心が刺激された。
親が探しに来るだろうから、皆で女学校の校門前に戻り、三人の親が現れたのでそれぞれ帰宅。
俺とアミと彼女の母親は同じ方向なので三人で歩き、アミがお説教されるのを聞きつつ、彼女は破廉恥魔のことは言わないんだなと傾聴。
「アミさんはご友人と破廉恥魔に遭遇したそうです」
「アミさん、そうなんですか?」
「言いづらいのでしょう。でもこのままでは本人の心の手当てが出来ませんし、犯人を捕まえるために地区兵官に協力を申し出ることも出来ず仕舞いです」
「まぁ、アミさん。そんな怖いことがあったなら、こんなにお説教しなかったのに」
「自分が大体聞いたので、代わりに小屯所に届けておきます」
「それならルーベルさん家に頼んだら代わりに届けてくれますよ。ガイさんがいつもそうしてくれていますもの」
娘はもう成人になるので、怖かったから話せませんでは困るということで、そのまま三人でルーベル家へ。
出迎えてくれたリルに事情を説明して、ガイが帰宅する頃に来ますと約束を取り付けようとしたら、兄がいると言われた。
ネビーは時間的に業務時間中のはずなのに、制服姿で何をしに来ているのだろう。
しかし、そういう事を聞くような状況ではないので被害報告。すると、ネビーはアミにお説教を開始。
危機感がなく、気が緩んでいるから遊びに夢中になり、そのような被害に遭うと告げた。
「悪いのはその犯罪者ですが、犯罪者はゼロにはなりません。若くて美人のお嬢さんはやり過ぎというくらい自己防衛しましょうと伝えたばかりです」
それなのに、とクドクド説教後、彼はため息混じりで立ち上がった。
「被害報告をもとに、全兵官で早急に逮捕するように勤めます。すみませんがそろそろ行かないといけないので失礼します。お母さん、娘さんをもっとしっかり者にしないと、ご自分も辛い目に遭いますからね」
怖ぇ睨み。こんなに怒らなくても……。
「先週、二人で付き添い人から離れて、放課後ふらふらしたかわゆい女学生が、路地に連れ込まれて、悲惨な目に遭いました。俺らが間に合って、最後の最後は守れましたが、本当に気をつけて下さいよ!」
まるで雷みたいな捨て台詞。
怖かったけど、今の話を聞いたら、俺もアミに「気をつけなさい」と言いたくなる。
ここまで話しは出なかったけど、アミは友人達の前に立ったそうだから、俺としては怒るよりもまず褒めてあげたい。
褒めてから叱るのはどうなのか。ただ、叱責はネビーがもう十分にしたので、俺も彼女の親もする必要がない。
「……」
「兄が優しく言えなくてすみません。破廉恥魔も兄も怖かったですね」
リルに慰められたアミは、首を横に振って「悪いのは自分です」としくしく泣いた。胸が痛い。
とりあえず、まだ誰も褒めていないので、俺はアミが友人を庇って前に立ったこと、友人が教えてくれたその事実を彼女の母親に伝えて褒めた。
翌日、アミが年長男性には前を歩いて欲しいと頼んできたので了承。
前から誰か現れるのが怖いのだろう。
次の土曜に、この間のアミの友人二人が俺にお礼をしたいということで、土曜の学校終わりに少し遠い繁華街の異国料理店へ行くことになった。
お礼は口実で、アミがリル・ルーベルから教わった安くて美味しい流行りの異国料理店に行きたかっただけで、俺は単なる護衛役。おまけに並んだから昼食なのに十四時半。
でもご馳走になったし、女学生三人にちやほやされて気分良し。
更に、アミに「マヒトさんはいつも後ろを歩いていたから気がつかなかったけど、前を歩いてもらうようになって知りました。ゴミ拾いとか、色々しているんですね」と些細なことだけど日頃の行いを褒められたので上機嫌。なんか、最近運が良くなってきたかもしれない。
月末、ロイ・ルーベルの祝言一周年を祝う宴席が設けられた。
外嫁は一年経てば逃げないはずなので、リルの歓迎会でもある。
兄に言われていた通り、俺は雑用こき使い人として参加したのだが、嬉しいことに手伝い人にアミもいた。
集会所の土間で熱燗を作りながら、アミの姉ヒイラギの初恋はロイだったと知った。
「ようやく外に出るようになって、そうしたら文通お申し込みされて、お姉さんは最近ウキウキしています。ロイ君のお祝いも出来るって」
「そうなんですか」
「そもそも、メルさんと縁結びだろうからって諦めていて、引きこもりだったのは本当は学校講師になりたかったからですって。真実は自信があったのに講師試験に落ちたから引きこもり。去年は試験日に風邪を引くし、お騒がせ姉です」
こんなにアミと喋れて良いのだろうか。しかし、これは許される交流。いわゆるご近所、幼馴染特権である。
「マヒトさんは地区兵官さん達をお世話する、補佐官さんを目指しているって本当ですか?」
「ええ、まぁ。そういう進路もありかなぁと考えています」
「補佐官さんも地区兵官さんですよね?」
「そうですね。管理職採用の地区兵官という立場になるので、実務はあまりしません」
「あまりってことは少しはするんですか? えいやぁって逮捕とか」
身振りつきで、慎ましく「えいやぁ」ってかわゆいの極み。
「しないです。それは実務職者の仕事で、運動が苦手な自分には無理なので、見回り中にそういうことがあれば大声を出して人を呼びます」
「そうですね。マヒトさんがえいやぁって、想像つきません」
嗤われた気がするけど、笑顔だから良いことにする。
「なので少し実務は、見回り中に困っている方を手助けなどです」
「この間、皆でミーティアへ行った帰りに、さらっと迷子の旅行者さんを案内していて、似合うなぁって……」
「マヒトさん! 熱燗はまだですか?」
「はい! 持っていきます!」
兄に邪魔された。今、俺はアミに褒められそうになったのに!
似合うなぁの続きは、似合うなぁと思いましただろう。単純な俺は「疲れそうだけど、やり甲斐もありそうな管理職地区兵官は有り」と考え始めた。
宴席に熱燗を運んで、配ってまわりつつ、空の徳利やお皿を回収していく。
こんばんは、お邪魔しますと本日の主役の一人、若衆に加わったことを歓迎されるネビー・ルーベルが登場。彼は俺を見るなり、助けて下さいと叫んだ。
「この間、あんなに分かりやすい書類を作れたのに、バカになったのかと言われて大変なんです! マヒトさん! また教えて下さい!」
「あ、あの。教えるというよりも、文を書く訓練だと思います」
「半見習いから今日までうんと書類を作ってきてそれなりになったのに、君の今後の為には精進しろって毎日毎日耳にタコのやり直しです!」
いきなりなんだなんだと始まり、ネビーが軽く説明した結果、ロイがこう告げた。
「マヒトさん、勤務が辛くなったら次の職場を世話するので、六番隊で兄を助けて下さい。ネビーさんは父上につつかれて、酷いことになっているんです。こっちにまでとばっちりが来るので助けて下さい」
「兄ではなくて弟です。六番隊は優秀な人材が欲しいです。そしてご近所さんのよしみで俺を助けて下さい」
「兄は出世しますから、きっとよかな思いをしますよ。縁談がわんさかとか。卿家補佐官は花形です、次男以降は親に頼まれがちです」
「ロイさん、俺は弟です。マヒトさん、俺、出世するので。そうしたら君と一緒に出世します。今から助けてくれたら恩返しします」
兄のテツがこんな話をした。
弟がこんなに頼られることなんてないし、ネビーは町内会で暮らさない。
しかし、俺が地区兵官になったら町内会に一人地区兵官がいることになる。
祖父の代までしかなかったことなので、それは町内会全ての住人が助かるので、ガイに声をかけられた弟に、管理職地区兵官はどうかと勧めていた。
テツはそんな話、俺にしていなかっただろう!
「マヒトさん。兄をどうかよろしくお願いします」
「兄上をお願い致します」
リルとロイに頭を下げられて、つい「はい」と言ってしまった。ネビーが俺にずっと土下座の勢いで頭を下げているので、場の雰囲気的に「無理です」と言いづらい。
「ちょっとロイさん。俺はロイさんの弟ですよ」
「妻の兄なんですから兄上です」
「俺はルーベル家の次男になりました」
「兄弟子ですから兄上です」
「年齢も俺の方が下です」
「旦那様、またトランプで決めますか?」
リルのこの一言でトランプ大会、酒飲み付きが開催されることになった。
ポーカーという遊戯をして、下位三人がお酒を飲むという感じらしいが俺は下働き。
一度も下位三人の中に入らなかったのはリルで、彼女はどうやらかなりの幸運持ち。
お金を賭けたら途端に弱くなるので、遊びの時だけ強いらしい。
「表に出ろ! 俺の妹に俺の前で触るな!」
「札渡しで少し手が触れただけです! しかも妻ですよ!」
「うるせぇ! 俺は妹の相手は誰でも嫌なんだ!」
「わりと素面の自分と、かなり酔っているネビーさんなら勝てそうなので試合をしましょう!」
酔っ払ったロイとネビーが集会所の庭で試合をして、ロイは逃げまくることに。疾風剣って……怖ぇ……。
「待てロイさん! 戦おうって言うたのはロイさんですよ!」
「そんなに本気なのは予想外です。あっ、テツさんもさっきリルさんに触れましたよ。札渡しの時に」
「どいつがテツだ!!!」
「この方です」
大笑いしているロイと、巻き添えにするなと笑う兄に、ロイさんってあんなだったんだと皆も笑い、片付け休憩組になった俺とアミも当然笑った。
「兄ちゃんは昔からうるさいです」
アミの隣で、サリや他のお嫁さん達も笑っていた。
そんなこんなで俺の進路は管理職地区兵官となり、ガイが推薦状を用意するから確実という噂が、町内会へワッと広がった。
アミが「ネビー・ルーベルさんに相談したらお説教で怖いから、間にマヒトさんがいると相談しやすいです」と言ってくれたから、俺は腹を括った。
多忙で疲れそうだけど、俺は管理職地区兵官になることにする。
決意した結果、卿家や中級以上の公務員を目指す者達の中では花形職の一つだったと知り、受験が相当大変だと発覚して、猛勉強することになってしまった。
★
年末、卒業決定や各種試験合格通知が来たので、決意した。
同い年の相手には、今から申し込んでおかないと、縁談開始年齢が違うので噛み合うことがない。
幼馴染に文通お申し込みなんておかしな話なので、アミ・シイノギには本縁談一択。
ところが、そのシイノギ家の両親とアミが我が家に来て、俺の合格の噂を聞いたと告げ、お祝いの品と共に本縁談を持ってきた。
「……」
なぜ?
「本縁談と言っても、幼馴染なので、練習台になって欲しいです。もちろん、そちらも練習になると思います」
「マヒトさん、普通は結婚お申し込みの時に本人は喋らないけど、ご近所のシイノギさん相手なので、何かあるならこの場で言いなさい」
「……。小等校の時に清き水が湧き始め、龍峰なので機会をいただきたいです。こちらからお申し込みと考えていたので、そうさせて下さい」
翌週日曜、我が家からお申し込みに変更して、最初の縁結びはこの間決まっているのでそのまま、俺とアミの成人祝いも兼ねつつ、縁がありますようにと軽い宴席。
店内にある庭で二人きりになれたので、振袖姿で照れ照れかわゆいアミに、大緊張しながら「鬼灯の君はええんですか?」と問いかけた。
「もしかして、登下校中に秋頃の会話が聞こえていました?」
「ええ、まぁ」
「私、困っている人にさっと手を差し出せる方が好みです。鬼灯の君は私を転ばないようにさっと支えて、壊れた鼻緒も直してくれました」
アミは俺を見ないで青空を見上げた。
「そうですか」
「マヒトさんの後ろを歩くようになったら、同じだなぁって。マヒトさんも男の子の鼻緒をすぐ直してあげたり、色々していました」
「……」
「ほら、鬼灯の君は少々怖いです。私は会うたびにお説教をされるから、兄さんよりもお兄さんだなって」
「俺も君が心配な時はお説教すると思いますよ」
「あまり怖くないと思います。マヒトさんの怒り方って柔らかいですもの」
こうして、俺の初恋は俺はあまり何もせずに成就。
アミが俺を気になると母親に相談したら、マヒトさんは出世街道疑惑らしいから、早く話しを持っていかないと、そのうちわんさか縁談が来るとなって今回の縁結び。
これから本格的に交際なのでどうなるか分からないけど、兄テツとサリのように、幼馴染婚になりますように。




