特別番外「ご近所さんの初恋3」
実は手配はほぼ終わっていたということで、木曜日には学校の許可を得て休み、ガイと共に煌護省南地区本庁に見学へ。
見学と聞いていたのに、応接室で次々と色々な部署の担当官吏と面談で、生育や経歴に成績、趣味など根ほり葉ほり。
それで一日はほぼ終わりで、あとは本庁内を軽く見学したくらい。わりとぐったりしながらガイと合流。
帰りは行きと同じく疲れる立ち乗り馬車なので、中央勤務なんて御免だと心の中で呻く。
「マヒト君、明日から我が家にシイノギさん家のアミさんが一泊の家事修業に来るんだ。この一週間、何が良いか悩んでいるので下見に付き合って欲しい」
「……シイノギさん家のアミさんですか?」
突然その名前を聞いたので、声が裏返りそうになった。
「新しい嫁は、母さんと似ていて料理上手なんだ。その噂を聞いたんだろう。実に嬉しい話しだ」
ガイと数軒お店を回って、当日まで悩むことにするというので帰宅。
疲労でうつらうつらしてしまったけれど、ガイには笑われただけで済んだ。
家に帰ったら両親に本日の内容を報告し、夕食中に眠りかけ、テツに共同風呂まで引きずられるように連れていかれ、誘われたので二人で散歩。
風呂には二人で行こうと誘われるのは珍しいので、なにかあると思っていたら散歩に誘われたので、やはりなにかあるのだろう。
そう思っていたら何もなくて、サリの褒め話し―惚気―を言われて終了。
そう思ったら、サリとロイのお嫁さんの縁結びをしてくれてありがとうと感謝された。
「ロイさんと今度飲みに行くんですよ。学校が変わって段々疎遠になって、ちょっと寂しかったからまたロイさんと接点が出来て嬉しいです」
「自分は何もしていませんが、それは良かったです」
「そういう訳でマヒトさん、月末のロイさんの祝言祝いの手伝いをして下さい」
「自分は受験年なので、他の弟達に頼むんですよね?」
「上等な推薦状が手に入るんだから、少しくらい兄達の手伝いをしてもええものです」
町内会の男性陣はほぼ年功序列で、実兄と年齢の近い者達は俺の兄相当で、その町内会の兄達にはこき使われるもの。
今回の宴席の手伝いは幼馴染、町内会の弟分達へ流れていったと思っていたのに!
話しはこれと、就職受験頑張れだった。
★
翌日、金曜日は六番隊の屯所に顔を出して、ネビー・ルーベルにお世話になりながら屯所見学の予定。
近いし、この間挨拶をして軽く打ち合わせしたので、一人で屯所へ行ってネビーと合流となっている。
用意したのは菓子折りではなくて、サリが作った俺の分を含む三人分のお弁当。サリが事前にリルに確認したら、これで良いらしい。
大緊張しながら屯所へ入ろうとしたら、向こう側からネビー・ルーベルと、彼よりも十才以上年上に見える穏やかな顔立ちの地区兵官の二人が登場して、ネビーにほぼ同時ですねと笑いかけられた。
挨拶をして自己紹介をして、手土産を差し出したら、ネビーは嬉しそうに笑った。これがあの、勇ましかった兵官と同一人物とは不思議。
「手土産は自分と先輩のお弁当にしてもらいましたって、気が利く奴だな。ネビーにしては珍しい」
「気が利くのは妹の旦那さんです」
「では、行きましょうか」
こうして俺の見学会は始まった。案内してくれる地区兵官は、キサラギという隊長補佐官副官の一人で監察官。
監察官とは、煌護省所属の官吏または役人で、地区兵官達の業務評価や不正監視をしている者達。
番隊長の補佐官やその副官には、監察官もいないとならない。
試験の共有部分にあったかも、と思案していたら、キサラギに「監察官について学生さんに解説しなさい」と言われたネビーが、あまり説明出来ず怒られた。
その後も、とにかく彼は怒られた。
「君は本当に下級公務員試験を突破したのか? まぁ、実務官はわりとこんなだけど、君は期待の出世頭の一人なのに。隊長、副隊長、師団長達が嘆くぞ」
「すみません。バカなりに日々、精進しています」
ネビーはどうやら実務採用者で、勉強はあまりのようだ。ただ、期待はされているらしい。
監察官、補佐官やその副官、管理職系業務関係を案内してもらい、屯所勤務だとこのどこかと言われた。
「自分と同じく卿家だと、六庁所属屯所配属で監察官になってもらうことが多いです。ちょうど人手不足時だと、簡裁官兼任に逸れていくこともあります」
「キサラギさん。簡裁官って、そこの裁判所所属になるってことですか?」
「君は本当に勉強していないな。年末の試験範囲だぞ」
「……すみません」
「勉強が出来ないなら、屯所にいる簡裁官全員に経歴その他を聞き取りしなさい。これも課題にする」
「はい!」
それでネビーへの課題がまた増えた。
午後は俺の経歴や家柄だとまずなさそうだけど、一応小屯所配属の文官業務を軽く案内してくれるそうだ。
社員食堂でサリが作ったお弁当を広げて三人で食事。
サリに楽しみにしていて、と言われたお弁当にはお品書きが添えてあり、一段目のお重は衝撃的なことにサンドイッチだった。
「これは確か、サンドイッチですよね? へぇ。わざわざ異国料理を買ってくれたんですか」
「いえ、手紙にこれはネビーさんの妹さんが教えてくれたおかげで作れましたと書いてあります」
エビフライと白身フライのタルタルサンドイッチというらしい。
二段目は、西風だけは好まないかもしれないのでと巻き寿司、いなり寿司、たまご焼き。
花のような美しい断面の巻き寿司は、これもリルに教えてもらったという。
「ネビー、君の妹さんは料理上手なんだな。教えていただいただから、マヒトさんの義姉さんも、とても料理上手なようですけど」
「はい、姉が作るものはなんでも美味しいです」
「妹は器用で凝り性なんで、こういうちまちま料理が得意です。あと、俺のせいで貧乏育ちなんで、お店で食べるよりも家で作る方が安ければ、頑張って再現します」
タルタルサンドイッチがとにかく美味しくて、食費の予算が許せば、学校に持って行くお弁当にも作ってもらいたいと堪能。
午後はざっと案内されて、残り時間は「書類運びその他で、実務職みたいに半見回りになることがあるのでネビーの見学をどうぞ」と言われて、彼と見回り仕事。
「書類運びは屯所と六番庁の往復が多いんで、間に寄りたい家に行きつつ往復しましょう」
「はい」
「俺、歩くと何かしら見つけるんで、危なそうと思ったらすぐ区民に紛れて自己防衛して下さい。指示も出すし、卿家だから臨時戦兵なんで、大丈夫ですね」
「はい!」
王都が平和で軍事首都である旧都で人が足りているので、卿家は臨時戦兵という事実に実感は無い。
二人で歩いていると、ネビーはお年寄りや身なりが悪そうな人に声を掛けながら歩き、店先泥棒をした子供を捕まえた。
「捕まえて商品も返したんで、今回は被害届無しでもよかですか? もちろん、経歴に既に傷があったり、前回が猶予なら、被害届をお願いしにいきます」
「子どもの指なんて奪っても、どうせまた懲りずにやるから、更生させてくれ。ったく。悪ガキがいるって、役人も地区兵官も何をしているんだ」
「すみません。精進します」
ここからネビーは、泥棒をされたお店の店員にネチネチ文句を言われ、そこに店主が合流したのでまたネチネチ言われた。
子どもが犯罪をするのは大人のせいで、その大人とは親とご近所さんと公務員のこと。
ネビーは謝るだけではなくて、今後彼についてこう調べますと提示。
それで両手を縛った、不機嫌そうな子どもを歩かせて移動を始めた。
「腹が減ったなら物乞いしなさい。盗むな。盗んだ分、店に損害が出て、潰れたら何人もの人が路頭に迷う」
「うるせぇよ」
「親はいるのか?」
「うっせーな!」
「親は嫌いか?」
「うるせぇって言うてるだろう!」
「なら好きか?」
「うるさい奴だな。黙れよ」
半元服くらいの男の子は、ネビーが何を問いかけてもうるさいしか言わない。逃げようとしてすぐ捕まった。
ネビーは見回りで、見回りとはこのように現場で職務を全うする者なので、事後処理は屯所や小屯所にいる者へ任せるもの。
なので、ネビーは子どもを一番近くの小屯所に連れて行き同僚に任せた。
「ああいう悪ガキは大体親が悪いんで、親をどうにかしないといけません。帰りにどんな感じか確認しましょう。親は今向かっている六番庁と地区兵官の合同……」
前方が騒がしいのでなんだろうと首を傾げる。伝言遊戯みたいに、世直し隊とかいう若者集団が騒いでいると知った。
前へ行きますとネビーに言われたので、二人で人と人の間を抜けていき、最前列へ来たら役所の前で男性若者集団が大騒ぎしていた。
「すみません、立てこもりですか?」
ネビーが近くの中年地区兵官に声をかけた。
「そうだ。半見習いに呼びに行かせたんで、誰か幹部が来る。集まってきた兵官で少しずつ取り囲み中です」
「今は誰が指示を出していますか?」
「たまたま役所を出たばかりだった、副隊長補佐官第一副官のエジマさんです」
「参謀官がいたのは幸運ですね。エジマさん、エジマさん……いた。指示を仰いできます。マヒトさんは区民に紛れて……いや、お使い係にするかもなんで来て下さい」
緊迫した空気の中、まさか野次馬ではなくて、兵官側として動くとは。
ネビーと共にエジマという兵官のところへ行き、もう少ししたら強襲して一網打尽にするから、俺は別の兵官と共に、後方の安全なところで区民整理という指示が出た。
俺に指示を出してくれることになった若い兵官サノに言われるがまま区民を誘導。
しかし、交通規制とはなんだ、何があったとやいやい言われ、事実を言ったら見に行きたいとなり、サノに怒られた。
「すみません。あっ、大丈夫ですか?」
行こう、行こうと何人もの区民が動いた結果、ぶつかられた妊婦がよろめいた。
転んだら危ないと近寄って、支えられたのでホッとする。
「っ痛。いたたたたたた」
「……えっ⁈」
まさか産まれる⁈
こういう時は、こういう時は火消し!
「ひけ、火消しさんはいますか⁈ うま、産まれるかもしれません! あっ! お願いします!」
俺が叫び始めた頃にはもう二人の火消しが駆け寄ってきていたので、手を振って助けを求める。
二人の火消しが妊婦の様子を確認して、一人は彼女をおぶり、一人は俺の手を掴んで走り出した。
「行きますよお父さん! 家はどっちですか?」
「い、いや、あの。俺は兵官見学の学生です」
「兵官見学ってなんだ」
立ち止まった火消しが振り返った。
「そのままです。来年就職なので公務員の見学をしています。自分は卿家の次男ですので公務員になります」
「なんだ、つまり人手ってことだな」
少し戻って、火消しは妊婦に家を確認して、近かったので帰ることになり、担当産婆と旦那の場所も確認した火消しは、俺におつかいを要求。
子どもが産まれるという緊急事態なので、素直におつかいに行き、産婆と旦那を連れて行ったのでもう良いと言われ、元の場所に戻って報告したら、サノは俺の存在を忘れていたらしくて「そういえばいましたね」と言われた。
「勝手に居なくなってすみません」
「むしろ良く火消しや妊婦さんの役に立ちました。またおつかいで、この騒ぎで迷子がいて、見ていてくれませんか?」
「はい」
強面兵官では泣く幼児達がいて、優しい顔立ちの色男兵官が人手に取られているけど、彼はもうすぐ始まる急襲作戦の参加者なので交代して欲しいというのがおつかいの内容。
俺は強面ではないし、兵官見習いと見学者という腕章をつけているので丁度良さそうだという判断。
幼児は五人もいて、兵官一人と女性三人が遊んでいた。サノが俺のことを説明したので、俺は善意の女性区民と子守りを開始。
しばらくして歓声がして、俺の目の前を捕物に参加した地区兵官が逮捕者を担いだり、引きずったりしていく。いわゆる捕物行列だ。
そこには、気絶している悪人を左右の肩に担いでいるネビーもいた。
「おお、マヒトさん。子どもを保護してくれたんですね。ありがとうございます」
「いえ。地区兵官が保護した迷子の子守りです」
「うぇぇええええええん!」
「うわあああああああん!」
人を担いでいて、目も爛々としている、返り血で制服が汚れているネビーが怖いのか、俺の足に幼児が二人くっついて大泣きし始めた。
「うわぁっ。子どもには好かれるのに、今はこんなだから泣かせちまった。さっさと行きます。指示した兵官がいると思うんで、その人が良いって言うたら屯所へ帰ってきて下さい」
「はい!」
怖いだろうから、子ども達を捕物行列が見えないところへ連れて行き、昔々観劇したイノハの白兎の話で場を繋ぎ、やがて女性兵官が来たので引き継いだ。
彼女は俺のことをきちんと申し送りされていたので、こちらが挨拶をする前に俺の名前を告げて、さらにお礼を言ってくれた。
こうして、俺は屯所へ一人で帰り、ネビーと合流して、彼は捕物の事後処理があるので、俺も見学報告書を作ると良いと言われて、他の兵官達に混じって書類作り。
「おい、ネビー! なんだこの文は! お前は小等校生よりも下等なのか! これは子どもの作文以下だぞ!」
「いっ! ふ、副隊長! なん、なんでいるんですか⁈ ちゃんといつも通りですよ!」
「なんでって、今月一くらいの捕物があったんだから状況把握をする!」
副隊長は、ネビーの背中をバシンッと叩いた。
「小等校生より下って、俺は寺子屋育ちなんで許して下さい」
「へらへら嘘をつくな! 寺子屋後に特別寺子屋、さらに専門高等校まで行かせてもらっただろう! 他の自力組なら許すがお前は許さん! 嘘もついたから後で部屋に来い! 仕事をやるからな!」
「あはは。上達するにはこなすしかないので、書類仕事を増やされたかったです。励みます」
「謀ったな。ったく。……ん? 見学者?」
厳つい強面副隊長が俺に気がついて、そういえばと口にして、俺が書いていた、学校へ提出用の報告書を手に取った。
「卿家のお坊ちゃんが補佐官を視野に入れて見学に来てくれるなんて有り難いです。ネビー。彼のこの書きかけの報告書は良い手本なので彼から教わりながら書きなさい」
「はい!」
ネビーだけズルいみたいに室内にいる大半の兵官達が俺を頼ってきたので、業務報告書の相談添削係になった。
今度は隊長が来て、ネビーに見学者はどこだと確認。
隊長は兵官の中に埋もれていた俺に、もう帰宅時間だと告げて見学者なのに仕事をさせて悪かったと謝罪してくれた。
「いえ。これが来年の自分の仕事の片鱗かもと、勉強になりました。どこの役所で勤務するかまだ分かりませんが、きっと何かしらの書類は作ります」
「是非、ここへ来て下さい。管理職系はいてもいても足りないので。このようにバカばっかりなもので。実務職は、公務員試験内容をなんとか頭に詰め込めても、基礎がないから何をするにしても頓珍漢なんです」
「本人達も大変そうです」
「しかし、君のようなお坊ちゃんが実務は難しいので持ちつ持たれつです」
こうして俺は、その場にいる者達に挨拶をして帰宅。主に午後のことで、すごくヘロヘロだ。
後半、忙しくて疲れたけど、なぜか充実感もあった。
★
恋敵ネビー・ルーベルの経歴を思わぬところでザッと聞けたし、彼は頭があまりという欠点も入手。
しかし、急襲作戦には参加出来るような実力派で、幹部が期待していることも判明。
恋敵疑惑の彼に勝てるかは不明。なにせ俺とネビーでは毛色が違い過ぎるので、これはもうアミの好みによる。
幼い頃の天邪鬼心のせいで嫌いと言われて、他の男女のように年々疎遠になってしまっている俺は、どう彼女と親しくなれば良いのだろう。




