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特別番外「ご近所さんの初恋2」

 敵を知らねば勝てないと考えて、俺は兄のテツを利用して、ルーベル家の新しい次男の情報を入手しようと決意。

 あとは寝るだけ、と言う時に兄の部屋へ突撃しようと考えていたら、父親に呼び出された。


 父に呼ばれた理由は進路のことで、俺は空いていて通い易くて、あまり大変でない役所が良いというのが本音のぐうたら人間。

 一区国立は無理でも、せめて二種国立と言われたのに、テツと同じく三種国立通いの平凡、卿家としては赤点気味の息子である。

 そして、その赤点気味はごまんといて平均なので、表立って文句を言われることもない。

 跡取り認定は、役所での勤務によりなんとか取得出来そうで、それはテツと同じなので、なんとか良い息子になれる予定。


 父に「ツテでどこどこ役所にほぼ決まり」と言われると思っていたら違った。少しは真剣に自分の人生を考えたか? である。


「自分はいつでも真剣です。平均、平凡でいられるということは、とてもありがたく、難しいことです」

「この成績なら、中央を第一候補にしても良いのではないかとガイさんに言われた」

「……中央ですか?」

「うんとありがたいことに、テツがロイ君と親しいから、ガイさんがお前のことを気にかけてくれた」


 兄テツの幼馴染のロイ・ルーベルの父親がガイ・ルーベル。

 俺の父親とは年齢差があり、ガイの方が結構年上。

 ガイと同じこの町内会育ちの父は、頼りになる兄貴分らしくて、父は昔から頼っているので、テツは同い年のロイと親しくなった。

 といってもロイは中等校でテツと進路が変わり、高等校は中央国立という、とても良くできた息子なので、テツと徐々に疎遠になり、現在町内会では親しい存在だけど、普段つるんでいる友人はお互いではないという状態。


「自分の成績で中央なんてまさか」

「煌護省本庁所属で地方任官はわりと狙い目だそうだ」

「煌護省ですか……」


 花形役所の一つだけど多忙で野心家が多くて、おまけに兵官と火消しの間に挟まれる面倒な役所としても有名な煌護省なんて御免である。

 一.農林水省は避けるべし。

 二.治安維持部隊の管理職は避けるべし。

 三.煌護省に近寄るべからず。


「六番隊の補佐官職も空いていて、どちらでもわざわざ推薦状を書いてくれると言うんだ。マヒトさん程度に本庁官吏が推薦状なんて恐れ多くて頼めなかったのに、向こうから声を掛けてくれた。マヒト、お前の日頃の行いだ」

「……はい。有難くその本庁官吏推薦状を頂戴致します」


 これで俺の人生は仕事だらけになると決定!

 嫌だけど、その推薦状は要りませんとは、口が裂けても言えねぇ! 

 

「適正を確認したいから、職場見学を学校単位で行けるように手配してくれるそうだ。何から何までありがたい話しだ。励みなさい」

「はい、父上」


 これは疲れる人生の幕開けだ……。


「格を上げてビリの方ではなくて、格下校で上位成績の方が有利ってガイさんの助言通りだ。テツの時も助かって、ガイさんには足を向けて眠れない」


 母親同士は不仲なのに、父親同士はわりと親しい。母がテルル・ルーベルを嫌いなのは、憧れのお兄さんガイと結婚した相手だから。

 年齢差で叶わない初恋だったのに、未だにネチネチ恨んでいるのは、敵視したガイの嫁に町内会当番で、ネチネチ雑だと言われた結果「ガイの嫁」ではなくて「テルル」が嫌いになったから。


 あの厭味ったらしい言い方が鼻につくと毛嫌いしているのに、テルルさん、テルルさんと相談にも行くよく分からない関係。

 お互いわざわざ喧嘩を売らないし、顔を合わせれば愛想良くしているけど、息子同士が親しくすることには刺のある台詞をぼそっと言ったり陰口なので、そういうことはやめてもらいたいとは兄談。


「ガイさんから推薦状って、母上は許可しますか?」

「先に相談して、大賛成だった」

「そうですか」


 妻は気に入らないけどガイお兄さん贔屓は続いているってことだな、これは。

 父が複雑な気持ちにならないのは、ガイと母の年が離れすぎていて、兄妹みたいな感情の憧れ恋だったから許せるのか、母に興味がないかどちらかだ。

 多分前者だけど、どちらなのか、俺には良く分からない。


 こうして、俺は父とルーベル家に挨拶に行くことになった。

 土曜は半日仕事で、退勤後はのんびり過ごしたり出掛けるものなので、金曜の夜にルーベル家へ。

 ご近所さんなので、とりたてて約束を交わしていなかったら先客がいた。

 父は急いでいないので日を改めてと遠慮したけど、ガイはにこやかにどうぞと告げた。


「新しい息子が来ているから紹介します。それにその息子の友人の火消しも来ています」

「……えっ、火消しさんが家に来ているんですか!?」


 それは俺も気になる。居間へ案内され、全員にしっかりご挨拶をして、母が「テルルさんの目が怖いわぁ」と選んだ菓子折りを、彼女に粗相がないように差し出した。


 ガイ、テルル、ロイ以外に俺の知らない人間が四人いる。一人は女性で遠くから見たことのある人物。

 たまご型の顔につるんとした肌、黒目がちなあまり大きくない目に、凛々しめの眉であとはあまり特徴のない若い女性が、噂のハイカラ嫁リルだろう。

 母が「テルルさんが毛嫌いするような嫁が来たらしいから触らぬ副神に祟りなし」と言い、サリは「テルルさんと仲良しの、気さくで感じの良い楽しいお嫁さん」と言っているから、俺からすると謎人物。


 その彼女と良く似た顔立ちの、なで肩気味の男性は本日下校中にお世話になったネビー・ルーベルで、俺の恋敵疑惑の人物。こんなに早く再会するとは。


 癖っ毛気味で少し茶色い髪の猫顔色男は、派手な着物を着ているので、彼がおそらく火消し。

 もう一人はさらに色男で、歩いたら次々女性が振り返りそうな容姿という羨ましい才能持ち。

 甘めの顔立ちで、目も鼻もはっきりしていて、短めの髪には剃りこみが入っている。お坊ちゃんはまずしない髪型だけど、着物はお坊ちゃんそのもの。

 とりあえず顔見知りのネビー・ルーベルに下校時のお礼と挨拶をして様子見。


「昼間はって……。ああ、男子学生さんもいましたね。すみません。人の顔を覚えるのは苦手で」

「人の顔はって、なんでも覚えられないだろう。お前が覚えるのは好みの女の顔と家族関係のことくらいだ」

「イオ君、ここはそういう場ではないのでお行儀良く黙っていて下さい」

「イ、イオ君! うわぁ、鳥肌が立った。バーカ。猫かぶりして後からバレると評価ガタ落ちだ。やめろ、やめろ」


 イオと呼ばれた剃り込み色男が愉快そうに笑った。笑るとさらに色男で実に羨ましい。


「こちらが新しい息子の友人火消しのイオさんです」

「ハ組のイオとは俺のことです!」


 片目つむりと爽やか笑顔が飛んできた。

 親指で自分を示して自己紹介はお坊ちゃんはしない。これが生火消し。見回り時と全然変化がない。


「反応が薄いんで……やり直しまーす。旧都の火消し団、火車組の末裔、生きた化石、火車一族のイオとは俺のことです!」

「イオさんってそうなんですか!!!」


 俺よりも先に、猫顔色男が大きめの声を出した。


「おお、ヨハネさんが驚いてくれるとは。読書家のミユが知っていたから、賢いヨハネさんも俺のご先祖様を知っていますか?」

「火車組のことならもちろんです!」

「ミユも嬉しそうでした。古い巻物とかが組にあるけどヨハネさんは興味ありますか? っていうかその着物、代々受け継がれている柄で、ミユも感激したハタツの一張羅の模倣です。ハ組のハはハタツのハ!」

「……そうなんですか!?」

「俺はまだ未熟者じゃあって、親父が本柄を許可しないんで、ちょっと意匠不足ですけどね。その着物は祖父の青年時代のお下がりです」

「……借り、借りてもええなんて、そのような貴重品は家に持って帰れませんよ!」

「いや、ジジイ着物でハタツ着物じゃないですよ」


 こほん、とガイが咳払いして、ヨハネという男性に自己紹介を促した。

 彼は完璧で上品な挨拶をしたし、着物がイオの借り物のようなので多分お坊ちゃん。

 ロイやネビーの武術系をしっかり嗜んでいるような凛としたお辞儀ではなく、優美なお辞儀で少し見惚れた。

 ヨハネはロイの同僚としか言わなかったけど、それってつまりロイと同じく本庁官吏。


「マヒトさん、父上に聞きましたよ。煌護省関係なんて大変なので、自分たちの同僚になりません? 君の成績なら背伸びをすれば、そこの裁判所になら入れる気がします」

「受験生さんのようですね。是非、一緒に裁判官を目指しましょう。今、自分とロイさんはどちらが先に裁判官になれるか争っています。まあ、どちらもなるので、蹴落とし合いではないですけど」


 裁判官なんて人気の難関、俺には無理と言いたい。父が乗り気になってしまう!


「何を言うているんだ。裁判所は倍率が高くて推薦状なんて意味がない。その点、こっちだと……マヒト君、簡裁官はどうだ? 正規経路だと修業や左遷みたいなものだけど、屯所管理職経由だと街の頼れるお奉行様になれます」

「父上、ネビーさんの周りに町内会の息子たちを配置して補佐をさせようなんてやめて下さい」

「ええじゃないか。出世する息子に頼られているとええことがあるんだから」

「このままでは中途半端にしか出世出来ないから、マヒトさん達を利用しようってことですよね。この話しの流れ的に。ネビーさんの頭が思ったよりも偏っているからと」


 ガイは呆れ顔のロイに向かって、笑いながらそうだと返答。


「マヒトさん。この時期に進路は遅いので、あまり希望がないんですよね? 父に関わるとこき使われますよ。自分達はまだ推薦状は用意出来ないんで……ヨハネさん、お父上に聞いていただくことはできますか? 資料は父が作ってあるはずなのでもう渡せます」

「ガイさんが推薦状を用意したい、自分の息子を助けて欲しいって学生さんなら、父も気にいるかもしれないのでええですよ」

「ヨハネ君。君はこの街の治安維持を邪魔するつもりなのか?」

「ガイさん。屯所や防所勤務、煌護省庁勤務は覚悟がないと難しいですよ。取り囲むべきではないです」

「そんなの俺も分かっているから、まずは見学会と思っている」


 こういう経緯で、俺はロイの友人ヨハネの父親から財務省庁関係の推薦状も手に入れられることになった。

 イオに「頼れるお坊ちゃんなら防所だって欲しがるので」と言われて、父親に頼んでおくので防所見学にもどうぞと火消し補佐官見学会も発生。


 中等校の時に火消し補佐官は危険なので嫌、と母が却下したけど、俺はまだちょっと諦めていなかった。

 しかし、火消し補佐官は学力だけではなくて、ある程度の体力筋力と武術系の能力が必要で、俺はそのあたりはイマイチなので自分自身でも諦め気味。

 記念受験くらいこっそりと、と思っていたらまさか話しが出るとは。

 おまけにイオに「興味はあるけど自分は力がないので……」と遠慮した結果、外様火消しじゃなくて完全管理職が欲しいという。

 どちらも耳慣れない単語で、説明されて、俺がなりたいのは完全管理職で、それは煌護省庁から出向扱いばかりなのでなれそう。


「いやぁ、マヒトさん。君のその雰囲気で火消し相手は内臓がキリキリしそうなんで、俺達六番隊の仲間になって下さい」

「ネビー君。俺もそう思って、ツテが出来たけど六防は除外した。イオさんのお父上が組幹部で頼まれているけど……まぁ、改めて視察したけど、あそこは独特です」

「なんですか、二人して。俺らは腫物珍獣じゃないですよ」

「いや、腫物珍獣だろう、お前ら火消しは」


 このようにして、俺はガイの手配であちこちに見学へ行き、ヨハネの父親に頼む件は保留となった。

 帰宅してこれらの話しを知った母は、テルルにへこへこするのは癪に障るのか、嫁のサリにこう命令した。

 ルーベルさん家との交流、お礼挨拶などはあなたがして頂戴。

 テルルさんは嫁が来たことで隠居状態に入って町内会関係にあまり顔を出さないようなので、我が家もそうする。


「向こうのお嫁さんと共にマヒトさんをお願いしますね、サリさん。リルさんがどのような方か分かりませんが、社交的なサリさんなら大丈夫でしょう。テツさんもなんだかんだロイ君と親しいので助けてもらいなさい」

「はい、スミレさん」


 たまに面倒なところのある母は、義理の娘にお母さんと呼ばれたくなくて、自分のことを名前呼びさせている。

 こうなった結果、俺はサリに感謝された。サリは既にリルと親しくなり始めているけど、お互いの姑の手前、こそこそしていたという。


「マヒトさんはやっぱり私の副神様ですね。テツさんと縁結びしてくれたように、今度はリルさんと縁結びです」


 全然なんのことか分からなかったけど、癒し系の義姉のかわゆい笑顔と感謝の言葉は実に心地良い。

 こちらも兄テツのおかげで、進路の選択肢が増えたし、恋敵を堂々と調査出来そうだ。

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