日常編「リルと女学生5」
アミに縫い物をしてもらった結果、ガタガタ縫いの雑なお嬢さんは、裁縫会で上達したようで義母に褒められた。
全然自慢しないから自慢した方が良い、義母の見事な刺繍を私が自慢した結果、アミも刺繍に興味を抱いて簡単な刺繍会開始。
余っていた綺麗めの手拭いを正方形にして、小さな花の刺繍をした結果、義母は「せっかくだからどなたかに贈ったらどうですか?」とアミに告げた。
「年頃ですから、気になる男性くらいいそうです。私はいましたよ」
途端にアミは真っ赤になってうつむいて、何も言わないで固まった。
義母はアミが気になっている男性が誰か分かっているのに、知らないフリをするみたい。
「た、たと、例えばなのですが……」
「例えばなんですか?」
「ルーベルさん家は旦那さんも若旦那さんも中央勤めで……。ご友人にも一区国立卒業生の方々がいて……。ロイさんの縁談条件ってなんでした?」
兄ではなくてなぜロイ。
「あの。テルルさんならご存知のように……。お姉さんはロイさんとお見合いすら出来なかったから落ち込んで……。今、今は元気になってきました! 今度エイラさんとお出掛けするんです。家から全然出なかったけどようやく」
そうなの? と私は義母を見据えた。
「体が弱ったので刺繍も出来たり出来なかったり。家事なんて更に。なのでご覧の通り、家事最優先の嫁を選びました。家事最優先で、私がイライラしない嫁です」
私を選んだのはロイで、義母は反対したって言っていたのに義母が選んだことにするようだ。
「リルさんはとても手際が良いですものね。私、今日はとても勉強になっています」
「ヒイラギさんは当番で会うたびにイライラしていたので、頭になかったです。シイノギさんもそう思って、我が家に縁談話を持ってきていません。そもそも親は娘の気持ちを知らなかったようですし」
ロイはご近所のお嬢さんに好まれていた、という話をしている場にいるのは気まずい。
ついこの間出会った、別のご近所のお嬢さん、ロイと一番親しかった疑惑のメルさんを思い出して、さらにもやもや。
「姉も私と同じく雑というか、そそっかしいし不器用者ですので……。縁談話を持っていって貰えば良かったと泣いたので、私はその、ダメでもお申し込みくらいはしたいです」
アミは私をチラッと見て、苦笑いしてすみませんと謝罪。
「こんな話、気まずいでしょうけどそのうち耳にするかもしれないと思いました。姉はきっと、外へ嫁ぎます。なので、気まずい人間関係にはならないかと」
「幼馴染同士で縁があったりなかったりは良くあります。リルさんの地元でもそうでしょう?」
私は小さく頷いたけど、急にヒイラギ・シイノギさんが気になってきた。
ギが二つ並んでいて、心の中でも言いにくい名前。
しかし、ヒイラギという名前は好きだな。
ロイを奪い合わなかったら友人になれたかもしれないのに、なれないみたい。
「ロイさんの縁談で頼りになる家守り嫁さん希望なら……あた、新しい次男さんはなんですか?」
アミがますます真っ赤になった。茹でタコみたい。
「あらっ。アミさんはうちの新しい次男に興味があるんですか? もしかしてそれで我が家に乗り込んできたんですか?」
義母は怒った顔も目もしていなくて、面白そうに笑っている。
「母、母に相談したら……相変わらず家事に興味がなくて下手だから、テルルさんに怒られてきなさいと。あとリルさんが気になるから仲良くなってきてって。それで、その件は自分で頑張りなさいと……」
ふーん、と義母はアミを眺めている。
「本縁談の年頃の方と私だと合わないので……思い出お申し込みというか、練習させてもらったら? と言われました。自分で頼むんですよと」
「ふふっ。スミレさんは私とやり取りするのが面倒で、娘本人に押し付けたんですね。そうですか、そうですか。町内会の可愛い娘さんに頼まれたら弱いです。作戦勝ちですねぇ」
楽しそうに、面白そうに笑っているから、義母はアミに協力するのだろう。兄にこんなにかわゆいお嬢さん嫁が出来たら……鼻の下が伸びて気持ちの悪いことになる。
しかし。私が思っていた以上に兄は頑張っていたようだし、母が「このままではルルたちにひっつきそう」と心配しているので有難い。
「長男が以前の予定と異なり家守り特化嫁でしたので、次男はよくある繋がり強化縁談にしたいです」
この義母の台詞に、アミは不安そうな表情を浮かべた。
「繋がり強化ですか……」
「華族や豪家みたいな格式のある家の末娘さんや、無難に同じ卿家です」
同じ卿家と義母が口にした時に、アミは明らかに背筋を伸ばした。
分かりやすくてかわゆいけど、なぜあの兄……。いや、兄の外面は良い。私はピンとこないけど、ロイがそう言っていた。
デオンに厳しく育てられたから気を引き締めている時は凛々しいし、兵官にしては柔らかい雰囲気で見た目も厳つくない。昨日、仕事中の兄も別人みたいだったので、以前よりは納得かも。
「アミさんは数年後に本縁談、我が家の次男は今は仕事や勉強、それから妹さん達との時間が欲しいそうです。なので、彼の本縁談も数年後ですよ」
パァッと明るい笑顔になったアミは本当にかわゆい。
「そ、そうなんですか」
微笑んでいた義母が苦笑いに変化。するとアミの笑顔が曇る。
「なので、その本縁談開始までは何もしないと言うています。予定を合わせて会うとか、手紙を書く時間はないと」
「……えっと、つまり、縁談開始時期まで待つということですか?」
「そうですね。お互い今は時期では無い……」
ここへ義父が帰宅したのでお出迎え。玄関へ行ったらロイもいたので彼ともご挨拶。
「かわゆい娘が二人になった気分でええな。リルさん、冷えたから先に風呂に入りたい」
「旦那様に、残りの水汲みをしてもらおうと思って、まだです。すみません」
「それは仕方がない。ロイ、頼んだぞ」
「はい、父上」
雨が中途半端にしか降らなかったので、湯船のお水が足りない。
ロイは走り込みをし過ぎて体が疲れて剣術上達に繋がっていないとヴィトニルに指摘されてから、水汲みを鍛錬代わりにしている。
おかげで私は楽だ。たまに、ひょっこり兄が来て、休憩を兼ねて水汲みをしてくれるし。
我が家ではこんな感じですと義父とロイのお世話を軽くして、ロイにお風呂を任せて夕食の仕上げ。
配膳して、全員でいただきます。今日のおひつ係はアミに任せることに。
大体おかわりするロイと共に、滅多におかわりしない義父が、多分アミによそってもらいたくておかわり。
本日の夕食中はそこそこ会話があり、主に義父がアミに話しかけている。
本音かは分からないけど、アミは私の料理はとても参考になり、あんかけ料理は初めて食べるので嬉しいと言ってくれた。
「そうか、そうか。リルさん。家で練習出来るように、片栗粉を手土産に渡してあげなさい」
「はい」
「アミさんは裁縫会と聞いているから、職場近くの本屋で買ってきた。良かったら使って下さい」
義父からアミへの贈り物は、最新ハイカラ刺繍図という異国模様の本。
「うわぁ。ありがとうございます」
「一区は少し流行りが早いので良ければと思ってな。女学生さんは流行り物が好きだろう」
「近所の本屋では見たことがありません。嬉しいです。ありがとうございます」
姉ちゃんありがとう! とワッと集まる妹達はかわゆいけど、上品に喜んでにこにこ笑顔のアミはすこぶるかわゆいので、兄は彼女を口説いた方が良い気がしてきた。
兄嫁は私の姉だけど、妹でも良いと思う。
あと、義母には買ってこないのに、と思ってしまった。義父はデレデレ顔をしている。
ロイもアミにお土産を買ってきていて、それはトランプだった。
トランプが流行ってきたので、庶民も遊べるようにと皇族が一部の大商家に印刷機と販売許可を出してくれたという。
それでもまだ、下街方面には波及していなくて、庶民へと言っても、まだ私達くらいの身分の者達まで。
許された大商家も好きな絵を印刷は出来なくて、売り出されたトランプは龍神王説法または皇居行事にちなんだ二種類。
「女学生さんは皇居行事かなぁと」
「トランプも初めて知りました。ありがとうございます」
「リルさんが祓屋に持っていっているのに、アミさんは知らなかったんですね」
「お嬢さんと嫁は分かれていますし、ヒイラギさんとリルさんがまだ交流が無いからじゃないですか?」
義母は柔らかく微笑んで、なぜか私を見た。
「リルさん。物があっても遊べませんから、アミさんに遊び方を教えて差し上げなさい」
「はい」
片付けをして、お風呂に入って、後は寝るだけになったら皆でトランプをしようとなった。
台所で片付け中に、一区で働いていると流行りに敏感なのですね、自分が流行りの発信を出来るなんてとアミは嬉しそうに語った。
「明日は編み物と西風料理を教えたいと思っています」
「編み物は存じ上げています。西風料理を教えてくれるって、まさか家で作れるんですか?」
「我が家風の西風料理を作れます。編み物も作る方です」
義母にアミに教えなさいと言われているから提案してみたけど、自慢屋と言われないかドキドキする。
アミは興味津々で、笑顔で、自慢屋みたいな呆れ顔はしないでくれたから、言って良かった。
寝る前に皆でトランプをして楽しんで、いつもくらいに就寝。楽しいので、アミには何回も花嫁修業に来てもらいたいものだ。




