27話
翌週木曜日、ルリの家にクララとエイラと4人で集まって2時間遊んだ。トランプをしながら楽しくお喋り。ルリの娘、リリーと会えた。すやすや寝てる。
大勢お客様が来て皆でトランプをした話をしたら、気の毒がられた。ロイと2人1組になってお客様達と大富豪は楽しかったんだけどな。
「そうでした。それで旦那様がお客様に頼まれて龍歌を詠みました」
ルリ、クララ、エイラならきっと意味が分かるだろう。ロイも義父母も教えてくれないから教わろうと思って筆記帳を持ってきた。
「お客様が嫁にと言って詠んでくれたので意味を知りたいです。旦那様もお義父さんもお義母さんも教えてくれません。お義父さんもお義母さんも捻ってあって解釈が難しいと」
「ロイさんがリルさんに?」
「どんな龍歌です?」
「えーっと、照りもせず曇りも果てぬ秋の夜の月の兎にしくものぞなき。これをリルさんに?」
ワクワクしたような顔だった3人が顔を見合わせる。
「これ、景色の歌ですね」
「そうですよね?」
「秋のぼやけた月が何より1番なんて」
「そういう龍歌だけど、その日は曇り空なのに旦那様は今夜は特に月を綺麗だと思ったと言いました。お客様が月が綺麗はらぶゆだと」
ルリ、クララ、エイラが全員首を捻る。
「らぶゆ? 知らんです」
「兎がリルさん? リルさんは兎というよりリスっぽいですよね。秋の月にかけたくて兎ですかね? リルさんが1番……。曇らないはええですけど、照り輝くこともないとは、こう……」
「お義父さんが旦那様はええ龍歌を作る方だけど、とっさだったからかなあと。せめて秋の月は最も輝いていて1番みたいな龍歌を詠むならええのにって」
「嫁に言われてわざわざ季節の歌で捻ればええ解釈を出来るって……。うーん」
うんうん、と全員が頷く。義父母と同じ反応。微妙な龍歌なのだろう。
私としては私が月兎で、ぼんやりしていても1番ですよというのはとっても嬉しい。
ロイが龍歌を詠む前に「月兎はいつもよりかわゆかった」と言ってくれていたから特に。
いつもより、ということは普段もかわゆいと思ってくれていることになる。
月兎は私、という勘違いを私は解かないでいるつもり。幸せ気分でいられるから。
「次の日の夜、旦那様は桔梗の花にこの龍歌を書いた紙を結んで贈ってくれました」
良い香りのする質の良さそうな紙に達筆な美しい字でつづられた龍歌。
私が読めるように文字を崩さず、漢字に振り仮名をふってくれていた。
特別な宝物なので嫁入り道具箱にしまってある、青鬼灯の簪の箱の中にしまった。
桔梗はまだ寝室の机の上に飾り中。毎日にやにや眺めている。
「それなら絶対何か良い意味がある歌ですね」
「ええなあ。花に龍歌を結ぶなんて」
「その桔梗の花言葉は何です?」
「誠実と言うてました」
3人は楽しそうな笑顔になった。
「それは返事をせんといかんですね」
「リルさん、龍歌には返事が必要です」
「でも肝心の歌の意味がなあ。リルさん、らぶゆの他に何か聞いてないです?」
「らぶゆは最近話題のお芝居のことみたいです。お客様が観劇券が手に入ったら結婚祝いに贈って下さると。あと……」
一生懸命思い出す。
「満ちることも欠けることも無い月はええ、と言うてました」
「ああ! 満月にも新月にもならない。月がリルさんならずっと一緒におる妻が1番、何よりもええ、ですね」
「なんで龍歌なのにそこまで捻ったんですかね?」
「そんで桔梗は誠実ですし。花に龍歌を結んでくれるなんて羨ましいですけど」
「照れですかね?」
「龍歌の意味が無いですね」
今の意味を聞いて私は大感激中だけど、3人の反応は悪い。
「この龍歌をいただく前に、旦那様に龍歌を調べて選んで贈って下さいと言われました」
「そうなんです?」
「はい」
「龍歌を知らないリルさんだから詠んでもらうのではなく選んで欲しい……有名な恋歌を望まれていますね!」
クララが両手を頬に当てた。照れ顔という様子。恋歌?
恋の歌⁈
好きです。慕っています。恋しいですと言うのはハレンチだ。……だから龍歌?
ロイは私から恋歌を欲しい?
恋の龍歌とは頼まれてない。いつでも良いとも言っていた。
恋歌を贈って嫌がられたら辛い。
嫁の勤めと色狂いと恋狂いは中身が一緒。
意味、気持ちは全然違うのに。ロイが恋狂いではないのは確か。そんなロイを見たことがない。
「それなら絶対に龍嶺の峰より落つるです」
「コウガ川淵は瀬になるがええです」
「いつわしも恋ひぬ時です」
皆に龍歌を3つずつ教わった。全部で9つ。これが良い、あれが良いと教えてくれた。筆記帳に書いてくれて、それぞれ意味を教えてくれた。
熱烈。龍歌は熱烈だった。こんなの全部恥ずかしくてどれも贈れない。
「どれも贈れません。私の気持ちが伝わってしまいます」
「リルさん、そのための龍歌ですよ」
「そうですよ。ひねって照れ隠しして景色の龍歌でも花に結んで贈られたなら告白です」
「こ、告白……」
それはとてつもなく嬉しいこと。夫婦だけど恋人にもなるということ。果報者からさらに果報者。
「リルさんかわゆい顔です」
「母親に気に入られるかわゆいお嫁さんだから慕われたんですね。ええ。すごくええ。新婚当時を思い出す!」
ルリが肩を揺らす。
「私は新婚なのにこんなことをしてもらって無いです」
エイラがしょぼくれ顔になった。
「うらら屋へ行きましょう。リルさんがこのかわゆい髪型を教わったそうです。エイラさんに似合う髪型を教わりましょう」
「ルリさん、それ単に行きたいだけでは?」
「クララさんが自慢するからです。旦那様が少しなら買うてもええ言ってくれたから」
明日エイラと共にうらら屋に行こうという話になった。ルリは明日用事があると残念がった。
誘われたけど明日はロイとお出掛け。分裂してどっちにも参加したい。
とっても行きたいけどロイと先に約束してしまっていると話したら、エイラが「うちは頼んでも中々お出掛けしてくれない。疲れてる言うて」とぼやいた。
「エイラさん。オーウェンさんをロイさんと会わせれば良いです。リルさんからロイさんに頼んでもらって、雅な話とか、今風のことをそれとなく話してもらうんです」
「それがええ。それでリルさんは少し自慢するとええです。ロイさんの鼻が高くなって、エイラさんはオーウェンさんに雅なことをしてもらえます」
それは難題。しかし……エイラは期待の眼差しというように見える。
今の会話の数々は、私がいつも黙って聞いていた長屋娘達の恋の話や噂話みたい。
聞いていてもピンッとこなかったけど、参加出来ると楽しいと初めて知った。
エイラは旦那様に嬉しい気持ちにさせてもらいたい。すごく理解出来る。
「頑張って今夜頼んでみます。旦那様にトランプで勝ったら頼み事が出来ます」
「そうなんです?」
「はい。毎回ではないですけど、負けたら相手の簡単な頼み事を聞きます」
「例えば何です? リルさんは何を頼んで、ロイさんは何を頼みました?」
クララの問いかけに「どれなら話しても恥ずかしくないかな」と考える。
「リルさん赤いですけど、なんですか?」
「照れ照れしていますけど、なんですか?」
ルリとクララは悪戯っぽい笑顔で私に近寄ってきた。ロイの悪戯っぽい顔に似ている気がする。
「私は公園へお出掛けを頼みました」
「デートのお誘いですか。ええですね」
お出掛けはデートとも言うのか。
「ロイさんはお弁当にサンドイッチを頼みました」
全員が少し目を丸くした。クララが悪戯っぽく口角を上げて目を細める。次はルリが似た表情。
「へえ、ロイさんですか。ええですねえ」
「そうですねクララさん。ええですねえ」
指摘されて気がつく。旦那様と言わずに名前を口にしていた。これは恥ずかしい。ルリとクララはそっくりな楽しそうなニヤけ顔。
「リルさん、目が泳いでます」
「それに、もっとええ頼み事をされましたよね?」
「なんですか?」
「なんですか?」
クララとルリがさらに近寄ってきて、エイラも加わった。
「……何も」
「嘘ですね。リルさんジョーカー抜きゲームも完敗なくらい顔に出やすいですよ」
「話さないと家のお義母さんに、リルさんがテルルさんの悪口を言うてたって言いますよ」
「クララさん、それは卑怯です……」
ルリが右手で私の顔を掴んだ。下から両頬をムニムニされる。
「ほれほれ、吐きなさい」
「いち……」
「1?」
「両親の帰りが遅いから1番風呂をどうぞと……。秋桜風呂でした。多分祓い屋のりんご風呂が素敵だったと話したからです」
言えない。そこに一緒に入ったとは口が裂けても言えない。
その後さらに頼まれ事をされて大変だった事はもっと言えない。
「どうぞ? 頼んだのではなくて?」
「はあ、またしても風雅ですねえ。うちの旦那様にも会わせたいです」
「うちもです」
難題が増えた。
「まあ先にエイラさんですね」
「そうですね。エイラさんの悩み解決が先です」
ルリとクララがエイラの肩を叩き、私を見た。頼むぞ、という事。嫁仲間に頼まれ事は嬉しいので頑張ろう。
カンカンカン! と15時の鐘の音。2時間があっという間だった。結婚して知ったけど、楽しいと時間が過ぎるのが早い。




