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特別番外「ご近所さんの初恋」

 幼馴染婚は王道とは言うものの、同い年はかなり珍しい。なにせ、俺達卿家男児の結婚推奨年齢と、女性達が結婚していく年齢には差がある。


 なので、俺は幼馴染のアミ・シイノギを気にかけた九才の時から失恋確定疑惑である。あれは九才の時のこと——っ痛。


「何、勉強中にぼんやりしているんですか。勉強を教えて下さいっていうからこうして教えているのに」


 俺の背中を叩いたのは六つ年上の次男テツ。何もかも平均であるとても冴えない男。

 ただし、勉強嫌いで役人仕事も嫌だと親戚の家にかなり昔に逃げた長男と違って努力家だし優しい。


「あらあら。朝からずっと勉強で疲れたんですよ。はい、テツさん、マヒトさん。息抜きにどうぞ」


 こちらは我が家へ嫁いでくれた奇特な女性サリ。顔良し、体型良し——多分だけど——で料理上手で褒め上手。凡々兄には勿体無い幼馴染。

 兄が付きまとって、付きまとって、土下座の勢いで頼んだら諦めて嫁にきてくれたらしい。


 サリが出してくれたのは、不思議な香りのお茶と、からめるぅというお菓子。


「姉上、からめるぅとはなんですか?」

「キャラメルですよ。でもかわゆいからそう呼ぼうかしら。からめるぅ。ふふっ」


 お盆を抱えてニコッと笑って肩を揺らす義姉はすこぶる癒し。


「サリさん。今のもう一回?」

「もう一回とはなんですか? テツさん」

「いえ」


 格好つけた笑顔を作っているけど、下半身がだらしないことになっているぞと俺は机の下にある兄の足を軽くつねっておいた。


「うっ、いっ!」


 欲情するなら夜二人きりの時にしろ。夜な夜な楽しんでそうでムカつく。


「テツさん、どうしました?」


 居間から去ろうとしていたサリが振り返ったけど、兄は爽やか風笑顔で首を横に振った。


「サリさんも息抜きして下さい。一日の中で、ではなくて外出したり。いつも家のこと、ありがとうございます」


 嫁がいないと家事をしないとならない。家事なんて嫌だと言うくせに、この嘘つきめ。

 瞬間、サリは満面の笑顔になり「それならテツさん」と戻ってきた。

 男兄弟しかいないし、女性と離されて育っているので、かなり時間が経ってもサリの動きは俺の目に珍しく、新鮮に映る。

 甘えるように兄の隣に品良く腰掛けたサリはとてもかわゆい。俺も幼馴染のアミにこういう態度をされたい。


 不器用な彼女が自分で髪を結って、そのリボンが曲がっていて、直してあげたいと思ったけど、照れてちょっと乱暴にしたら嫌われた。

 売り言葉に買い言葉で喧嘩したら、大嫌いと言われてそれきり挨拶以外していない。

 君が拾った、怪我をしていた小鳥は、元気になりました?

 酷く暑い日に、具合の悪そうな年配者を労っていたけれど、あの日の君こそ顔色が悪かったので心配です。

 俺はそういう言葉を頭の中に並べて、口に出来ないまま成人になってしまった。


「なんですか、サリさん」

「このからめるぅは、ルーベルさん家のリルさんが作ってくれたんです。テツさんの弟さんは受験生で、勉強には甘いものがすこぶる役に立つと聞きましたって」

「へぇ。そうなんですか。それはお礼をしないといけません」

「そうなんです。お礼は何が良いかと聞いたら、茶道を始めたから練習にお付き合いして欲しいって。でもほら。リルさんが教えてくれるというので、からめるぅ作りもしたいんです」


 なので共同茶室と調理場を借りて欲しい。

 自分達だけで使うと若嫁なのに遊んでと言われるから、接待の練習とかなんとか言って、ロイさんも呼んで遊びませんか?

 義姉は口が上手いというか、兄を乗せるのが上手い。家のことは、夫の出世のためだと実母に任せるので、と計算力も高め。


「自分はまだロイさんのお嫁さんと全然なんで、ええ機会をありがとうございます。サリさん、手配は任せて下さい」

「頼もしい。私のお母さんにもお願いしますね」

「もちろんです」


 亭主関白なようで、嫁の尻にぺっちゃんこの図。兄はお茶を飲んで、首を捻った。


「サリさん。これ、コウチャですか?」

「分かりました? ロイ君が妻がお世話になっていますってくれたんです」

「へぇ」

「さすが一区勤めですよね。妻と親しい友人ですから、代わりに買ってくるのも歓迎ですなんて、あのロイ君が。あの、誰にも興味無さそうだったロイ君が。くすくす」


 楽しそうに笑いながらサリが去っていく。ルーベル家の長男ロイはテツと同い年の幼馴染。

 昔はちょこちょこ我が家に来て、俺と遊んでくれた。無表情気味だし、遊び内容は勉強系だったから怖かったけど、意地悪をされたことはない。

 小等校最終学年の時に、ひょんなことでいびられかけて、逃げていたら彼が助けてくれたことがある。


 生真面目過ぎて近寄り難いし苦手だけど、落ち着いていて、体格が良くて、同じ町内会育ちなのになぜか品があって、聡明だから密かに憧れている。

 今は全然家に来なくて、兄と親しくしているのか不明だったけど、義姉とロイのお嫁さんが親しくしているとは。


「兄上、コウチャってなんですか?」

「なんだ。マヒトさんはまだ飲んだことがなかったんですね。異国のお茶ですよ」


 紅の茶でコウチャと読む。この名前は茶の湯の色からだろう。

 土色なので土茶では風情のかけらもないし、異国の偉い人の機嫌も損ねてしまう。

 俺は漢字の由来なんて考えなかったけど、ちょっと小馬鹿にしている兄にはこのように、雅なところがある。だから多分、サリの心を射止められたのだろう。


「マヒトさん、どうしました?」

「いえ」


 俺はキャラメルを食べずに懐にしまった。珍しいお菓子なので、アミが喜ぶかもしれないと考えて。


 翌日、登校中にちらちらアミの姿を確認するものの、俺達は男女で別れていて、女学生達を間に挟んで見守り役なので話しかけたらすぐ噂になるからカラメルを渡すことは出来ず。

 嫌われてから数年、挨拶しかしていないから、話しかけたら変過ぎる。登下校に付き添う当番の大人もいるし。


 帰りも同じで、今日も今日とてなんの変化も起こらないと思っていたら、突然アミが俺に話しかけてきた。

 朝は女学生の後ろ、帰りは前を歩いていたので、アミの後ろ姿どころか髪の毛一本見られなくてつまらないなぁとボンヤリしていたら、突如として「マヒトさん」である。


「ん"っ。はい。なんでしょうか」


 うわぁ……。アミが俺に話しかけたらことなんてあったか? と俯く。

 声が上擦ったり、視線を彷徨わせたらダサいので気をつけないと。


「マヒトさんのお兄さん。テツお兄さんはルーベルさん家の若旦那さんと親しかったですよね?」


 何、この話題。

 アミは今日もいつも通り幼馴染の仲良し三人組と一緒で、その三人で俺の横に並んだ。

 隣にいる俺の親友ケイシがソワソワしているのは、アミ狙いじゃないよな?

 俺達は浮絵などでふざけて女性話をするけど、本気話は照れてしない。

 兄達を見ていて、幼馴染被りをすると友情が拗れたりするのもある。


「そうですけど、それがどうしました?」

「あの……テツお兄さんに聞いたことありますか? ルーベルさん家の新しい息子さんのこと」


 チラッと見たら、アミは頬と耳を染めてもじもじしていた。

 あまりにもかわゆいので衝撃を受けて、しかも俺に対してだから破壊的なかわゆさである。


「……」

「地区兵官さんらしいんですけど……」

「……」

「マヒトさん?」

「えっ? いや、あー。なんですか?」


 心臓が、心臓がうるさ過ぎてアミが何を言ったか聞こえなかった!


「地区兵官さんです! ルーベルさん家の新しい息子さんの地区兵官さんと会ったことはありますか? テツさんと若旦那さんは仲良しでしょう?」

「えっ? 地区兵官さん?」

「そうです」


 少し尖らせたアミのつやつやプルプルした唇から目が離せ……きゃあ! とかうわぁ! という叫び声がして慌てて周囲観察。

 ここはまだ大通りで、色々な事件がちょこちょこ起こる。

 しかしこんなに大きな喧騒、それも火消しの遊び喧嘩の見学みたいな楽しそうな叫びではないのは初めて。


 何かと思ったら、昼間っから強盗っぽい。なぜ夜ではないかというと、強盗が盾にしたり人質にする人間が少ないからみたいに、以前ロイが言っていたような。


「兵官さんがすぐ来るから大丈夫ですよ。逃げましょうね」


 ハッと気がついたらアミは一番年下の子達に駆け寄って手を繋いでいた。

 驚いて固まっている場合ではないと、ケイシと共に強盗がいる側へ移動。

 わりと遠いのでそそくさと退散してしまえば、俺達に害は無い……。


 風が吹き抜けていったと思ったら、周りを威嚇さする強盗の見張り役が一気に三人吹っ飛んだ。


「うわぁ……。凄いですね……」

「え、ええ」


 騒動に気がついた地区兵官が、駆けつけたと同時に突きで三人をぶっ飛ばし、残りの見張り二人のうち一人を掴んで実行犯の一人へ投げつけた。

 あまりにも速くて、これなら安心だとちょっと見惚れていたら、さらに二人地区兵官が来て、多分全部で八人の強盗が一網打尽。

 この女が、とまるで小説みたいに人質を盾にして悪どい駆け引きをしようとした強盗の頭に、まるで弓矢のように木刀突きが当たった時なんて思わず大拍手。


「女は守ったり愛でるもんだ! 脳天突き刺されなかっただけありがたく思え!」


 助けられた若い女の人は、気がついたら若い地区兵官の腕の中で、きゃあ〜というように彼に見惚れている。

 あれは男の俺でも見惚れると思う。見惚れるというか惚れるだ。あんなふうに助けられて腕に抱かれたら惚れる。


「っていうか働け。他人が汗水垂らして稼いだ金を暴力で奪おうなんざ龍神王様も地区兵官も許さねぇ」


 あっという間に地面に転がされた強盗犯達が死体蹴りみたいに、地区兵官達に軽く蹴られている。

 いつの間にか店内にも地区兵官がいたようで、店の方々は全員無事ですという叫び声が響いた。

 最初に突き攻撃をして、人質も助けた若い地区兵官とパチッと目が合った。

 小動物みたいな顔立ちで、撫で肩で、細めなので先程の活躍を目撃しなかったら事務や補佐官系だと思いそう。

 なぜか彼はわりと離れているのにこちらへ駆け寄ってきた。


「き、きゃぁ! キヨナさん、鬼灯の君がこちらへ来ます」


 アミの声がして「鬼灯の君?」と訝しげる。

 若い地区兵官は俺達の集団のところまで来ると、本日の見張り役に声を掛けた。

 アミがそそそっと近寄っていくのが見えたので、まさか一目惚れした⁈ と慌てて俺も近くへ。一目惚れなら「鬼灯の君」はおかしい。


「やっぱりそうでしたか。いつも妹がお世話になっています」


 妹?

 彼は誰で、なぜ「妹がお世話になっています」なのだろう。


「いえいえ。お世話になっているのは私の方です。この間も変わった野菜をいただいてもどうして良いか分からなくて困っていたら、美味しい料理法を教えてくれたんですよ」

「それは良かったです。許可を得てきたんで、良ければ町内会まで送ります」

「子どもの送迎は何度も担当していますけど、この距離でもこんなことは始めてで怖いのでありがたいです」


 本日の付き添い人、オーロラの目が乙女みたいに見えるのは気のせいだろうか。


「皆さん。ルーベルさん家のお兄さんが送ってくれるそうです。若奥さんのお兄さんですよ」

「妹がお世話になっています。おっ、怖かったのにかわゆい女の子達を庇ったとは実に立派。もう安心して下さい」


 彼はひょいひょいっと男の子を二人抱っこすると、歌うと怖さが減るから楽しい歌を教えて下さいと告げた。途端に小等校生を中心に合唱が始まる。


 やっぱり付き添い人オーロラの目が乙女のようだし、隣にいる付き添い人イズミも同じく。


 それならアミは⁈


 彼女は両手を握りしめて、ぽやんとしていて、頬は桃色。目線はルーベル家の嫁の兄である地区兵官。

 

「鬼灯の君……」

「アミさん。すっごく素敵な方ですね」

「格好良かったですね」


 アミの質問って、もしやそういうこと?

 はぁあああああああ⁈

 まるで予想外のところから恋敵が現れた!

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