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日常編「リルと女学生1」

 夕食後、片付けをする前に、義母が全員へ連絡と告げた。

 我が家に町内会のシイノギ家の次女アミが泊まるという話。一泊二日で、宿泊理由は「花嫁修行」である。


「別に構わないがなんで我が家なんだ。シイノギさんと我が家は取り立てて親しくないだろう。ああ、ヒイラギさんとリルさんが親しくなったのか?」

「リルさん、そうなんですか?」


 義父とロイに見つめられたので首を横に振る。

 シイノギ家のヒイラギは失恋で引きこもりになっているから心配、とエイラに聞いたことがあるが、会ったことは無い。


「リルさん。ヒイラギさんと挨拶以外で何か話したことはありますか?」


 無いので義母のこの問いかけにも首を横に振る。喋りなさいと怒られたので「名前は覚えましたが顔も知りません」と返答。


「それならアミさん本人か? 彼女はリルさんと一つ違いだ」

「ああ、その方が自然というか、ヒイラギさんは学校講師を目指して猛勉強中らしいですから、リルさんと会う機会は少なそうです」


 ヒイラギは猛勉強中は初耳。そう言おうとしたら、義父がロイに「猛勉強中って、そうなのか?」と問いかけた。


「テツさんがサリちゃんからそう聞いたと」

「ロイ。サリさん」


 義母に叱られたロイはすまし顔で「つい。気をつけます」と返答。

 結婚一年目の時は無かったけど、二年目になりロイが幼馴染の範囲の女性達をたまに「ちゃん」と呼ぶからモヤっとする。

 ロイに聞いたら幼馴染達が妻を「ちゃん」で呼ぶからだそうだ。サリの場合はテツが「サリちゃん」と呼ぶから。

 私と結婚したロイは、町内会の人達との交流が少しずつ増えていて、そういう変化が起きている。

 なぜ「ちゃん」付けになるのか理解していてもモヤってしてしまう。


「リルさん。アミさんは国立女学生です」


 義母が私を見据えた。


「はい。覚えています」


 立派な大黒柱妻への道は、まず町内会のことを把握することのはず。なので、エイラやクララに助けてもらって覚え中。


「顔は知っていますか?」

「知りません」

「シイノギさん家の他の方は?」

「知りません」

「そう。リルさん、女学生とは、それだけで花嫁修行中という意味です」

「はい。女学校は良妻賢母になるための学校です」

「それなのに我が家で一泊二日の花嫁修行。なぜか分かりますか? あなたのことですからすぐには分からないでしょう。考える時間を与えますから、寝る前に言いに来なさい」


 たまに出る義母の嫌味が現れた気がしたけど無視することにする。

 私にこのようにチクッと言うのに、甘々義母なので些細なことには目をつむる。


「母上。後半の言葉は余計です」

「それなら今すぐ答えなさいでええんですね」

「リルさん、答えなくてええですよ」

「おだまり、ロイ。あなたが甘やかすとロクな嫁に育ちませんよ」

「仕事の調べ物が……無いのでまだここにいよう」


 苦笑いを浮かべて逃亡しようとした父が、義母に冷ややかな顔を向けられた瞬間、立ち上がるのをやめて座った。

 場の空気が険悪なので、ここは私が立派に答えて雰囲気を良くしよう。


「もっと花嫁修行です」


 不正解のようで義母は私に冷ややかな目を向けた。


「もっととは?」

「……練習と本番は違います。クララさんが言っていました。あんなに学校や家で練習したのに、本番では失敗ばかりだったと」


 笑ってはくれなかったけど、義母は目を閉じて小さく頷いてくれた。


「そうですね。その通りなので、担任によっては家守り体験を課題に出すことがあります」


 不正解ではなかったみたい。


「正解ですか?」

「半分。ではリルさん。なぜ我が家なのでしょう。こういうことは普通、親戚も含めて、親しい家に頼むものです」


 アミは親戚の家、幼馴染の家でも花嫁修行をするそうだ。それなのにもう一つの家は我が家である。


「親しくない家だとより本物修行だからですか?」

「ええ。実際にそう言われたんですが、腑に落ちません。我が家とシイノギさん家は大した仲ではありません」

「そうか? 俺は別にシイノギさんと不仲ではないぞ。時間が合えば楽しく飲む仲だ」


 目を開いた義母が義父に冷めた目線を送ったので、義父は喉の奥がヒュッとなったような顔をして唇を結んだ。


「母上、何にイライラしているのか分かりませんが、言いたいことがあるならハッキリ言うて下さい」


 義母の冷え冷え目線がロイへ移動。ロイは慣れっこなのか、すまし顔である。


「シイノギさん家のアミさんといえば、出来ると言うから任せたらガタガタ縫いとか、洗い残しという雑過ぎる娘さんです」


 雑な娘さんが我が家で花嫁修行は嫌ってこと。


「雑な娘さんが来るのは疲れるということですか。それならなぜ断らないんですか」

「どこかの誰かさんが、なーんにも考えんと、好きなだけ遊びに来たらええと言うたからです」


 義父が俺? という顔をした後に遠い目をした。


「父上!」

「言うてないぞ。そんなことは言うてない」

「我が家の嫁はハイカラだとか、新しい息子はこうだとか散々自慢して、嫁はまだまだ町内会に馴染めていないから、年の近いアミさんが親しくしてくれたら心強いそうですね?」

「そうだ。そういう話はしたぞ。花嫁修行をどうぞなんて言うてない」

「人が泊まりに来るとご馳走が出るから泊まりでもええですからね。それは?」

「……言うたけど、まさかいきなり泊まりに来るなんて……」

「そこなんですよ。なぜいきなり花嫁修行だなんてことに。我が家にアミさんと幼馴染の次男や三男がいて、意識して下さいってことなら王道なんですけど」


 シイノギさんとは特に親しくしていないけど、不仲でもないし、義父が町内会の人間と皆で集まって飲む時の中にシイノギ家の旦那がいて、アミの兄はロイの幼馴染。

 ロイとサネミ・シイノギも特に親しくはないけど、不仲でもない。

 なので断り辛いし、アミと私は一才違いだから親しくなるのは良いこと。

 上手く断る理由が思いつかないから引き受けたけど、イライラしそうだとぶつぶつ言いながら義母が居間から去った。


「イライラしそうって、もうイライラしているじゃないか。アミさんはそんなに雑なお嬢さんなのか?」

「さぁ。自分は全然接点がありません」

「向こうの奥さんは母さんが細かいって知っているよな? この町内会で一番細かい、面倒な奥さんって有名なんだから」

「娘の雑さが心配であえて母上でしょうか」

「そうだろう」


 アミは再来週来るそうなので、それまでに根回ししないと義母のイライラは強くなって噴火する。

 義父とロイが会議を始めたので、それなら私は片付けだ。

 お膳を持って台所へ行ったら、イライラ顔の義母がすり鉢でゴリゴリ何かを削っていた。


「合わせ出汁ですか。ありがとうございます」

「なんでシイノギさん家のアミさんが来るのかしら。家を汚されるわ」


 義母がこんなにプリプリ怒るなんて、アミというお嬢さんはどれだけ雑なのだろう。


「リルさんの仕事が増えますよ」

「はい。私が働きます。お義母さんはのんびりしていて下さい」

「そうしてちょうだい。それにしても、なんで我が家なのかしら。シイノギさん家の奥さんは私の細かいところが嫌いなのに。当番が重ならないように上手く避けているのにどういうことなのかしら」

「そんなに変ですか? 雑だから細かくなりたいというのは」

「ええ。リルさんのハイカラが気になるなら普通に昼間会いにきたらええです。そのくらいの仲ではあるんですよ。お互いの家にお互いがちょっと顔を出して軽いお茶とか。同じ作家を好んでいますから」


 なのに、なぜ間をすっ飛ばして宿泊修行なのか意味が分からないと義母は続けた。


「リルさん。あなた本当にシイノギさん家と何もない?」

「無いです」

「立ち話や雑談すらないですか?」

「はい」

「良く思い出してみなさい」

「……まだ名前を覚えていないご近所さんに挨拶をされて、たまに少し話をすることがあります」

「……はぁぁぁぁぁぁ。相手の名前を聞くとか、覚える努力をしなさい。ったく、面倒な嫁です」


 すみませんと謝ったら、謝罪よりも行動で示しなさいと怒られてしまった。

 こんなに不機嫌な義母は初めてかもしれない。そんなにシイノギ家のアミさんは雑なのか。

 ここからは何も言われなくなったので、黙々と片付けを終わらせて、朝食の下準備はせずに逃亡。


 お風呂には先に入っていたので、寝室へ入り、ロイがもう布団を敷いていたので感謝して転がって伸び。


「んー。珍しくお義母さんが怖かったです」

「珍しいならええんですけど、本当に珍しいですか?」

「はい。珍しいです」

「あんなに怒るほどアミさんは雑なんですね」

「そうみたいです」


 最近、義父母は私、私、私と自分から私を奪うけど、今夜は独占出来る。

 そんな感じでロイに迫られて、嬉しいのでされるがまま。


「リル……。母上は面倒な人ですが、必ず自分が味方するのでどこにも行かないで下さい」

「……」


 色っぽい顔で、余裕がない感じで言われると胸がきゅうってなる。


「リルさん?」

「……」

「えっ? リルさん? 出て行きたいんですか⁈ 日頃から愚痴を言っていて、自分が役立たずなら仕方ないですけど、何も言わずになんてやめて下さい!」

「えっ? いえ。見惚れていただけです」


 ホッとしたように見えるロイは少し意地悪になった。なぜ。

 帰る家はあったから、泊まれるなら一日くらい実家に泊まりたいけど、もう私の家はここだと伝えたら、今度二人で泊まりに行きましょうと言われた。


「ロイさんが長屋……」


 似合わないしどこで寝るの?

 あの妹おバカな兄がいる限り、男女で分かれることになり、兄と父の足臭がロイにうつってしまう。

 坊主後に少し髪が伸びてきたジンのチクチク髪がロイを攻撃してしまうかも。なにせジンは寝相が悪い。

 ロイが泊まるとなって、一部屋にぎゅうぎゅうはあり得ないから、ルカとジン夫婦の部屋も使うはずで、男女別ならそうなってしまう。


「リルさん?」

「……」


 ぺちゃくちゃお喋りのご近所さん達がロイを取り囲んで「お役人さん」とやいやい言いまくる。

 なんかまだ誤解されているので、リルちゃんが帰りたがっているとかなんとか、心配は有り難いけど余計なお節介を焼くに違いない。


「あのー、リルさん?」

「来なくてええです」

「……ああ。まぁ、そうですよね。せっかくの一家団欒に混じるのは……」


 ロイが落胆顔をしたので、これは言葉足らずだと慌てて理由を説明。


「それなら行きます。ご近所さんがリルちゃんを大事にしなさいと言うたら、このように大切にしていますと反論します」

「……」

「リルさん?」

「ロイ君……」

「えっ? ああ、その、さっきリルさんがご近所さんがリルちゃんと言うたので、つい。ふふっ。リルちゃん」


 またしてもロイは意地悪になった。


 不機嫌義母がかなり怖い日もあるけど、義母は普段優しいし、ロイがいるので全然平気。

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