表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
313/379

かなり過去編「手相3」

 大陸中央、煌国(こうこく)

 他国については知らないが、この国の結婚は家と家の結びつき。

 我が家は上流公務員の家柄である卿家(きょうか)に格上げされたくて励んでいる豪家(ごういえ)である。

 

 女二人しか育たなくて、年の離れた姉が受験に失敗して区立女学校通いになったので、私はかなり期待されてきた。

 無事に国立女学校に入学すると、とにかく格上の同級生、特に役人の兄がいるような同級生と親しくなるように言われた。

 小等校や女学校講師は縁談で人気の肩書きなので、講師資格を必ず取得するように。

 格上の家、出来れば卿家男児を射止めるために、ツテコネ作りだけではなくて、美貌や教養を磨きなさい。


 成績がイマイチだったというだけで、若干親に見捨てられた姉とは不仲になるし、面倒で息が詰まるような生活。

 私と気が合うのは商家のお嬢さん達で、特に小等校から親しくしている老舗旅館の娘セイラとは大親友。

 親はそれがあまり気に入らないので、友人付き合いは考えてしなさいとグチグチ言ってくる。

 なので、なるべく満遍なく親しくしているフリをしている。


 登下校で気になった近くの区立中等校生に勝手に文通お申し込みした結果、良い返事だったのでこそこそ文通していたらバレて縁切りさせられた。

 その後、文通お申し込みしてくれた区立高等校生との文通も同じく。

 気になる相手がいても、お申し込みされても、密かに文通してはバレるのでしなくなった。


 それから、最終学年の際に本格的に恋を知り、学校近くの専門高等校生とこそこそ密会。

 わりと早めに親にバレて、泣く泣く別れた。正確には別れさせられたで、泣く泣くと言っても駆け落ちなんて案はお互いから出ず。

 私達には結局、ずっと一緒という頭はなかったので、単に刹那的な関係や、恋に恋するような自分に酔っていただけなのかもしれない。


 努力が足りなかったのもあるし、さらに「我が家の娘に相応しくない」とはねつけられた兵官学生の彼は、地区兵官や警備兵官を目指さずに戦場兵官へ。

 貧乏から成り上がれる道ではあるけれど、かなり危険が伴う道でもある。

 待っていて欲しいとは言えないし言わないけれど、成り上がって私の親をぎゃふんと言わせたい。

 逃した魚は大きかったときっと……。

 そういう最後の手紙を、親の前で読むことを許されたけど、手元に残すことは出来ずに燃やされた。


 約束も出来ない身で未成年の女学生に手を出すなんて、あーだこーだと言われて、それもそうかもと納得はした。

 手を出されたと言っても、体を重ねた訳ではない。そして、将来話や約束を交わしたこともない。

 君とずっと一緒にいたいから、死ぬ気で王都配備を目指すという事を言われたこともない。

 遊ばれたというか、励むための材料にされた感。

 君に幸あれではなくて、俺は必ず成り上がるみたいな手紙が最後だったのでそれがまた。


 そうして女学校を卒業して、料理人になりたいと言っても却下されて、渋々区立女学校講師へ。

 親としては私を国立女学校講師にしたかったけど、ツテコネが足りなくて、空きもなくて、区立女学校講師である。

 父が小等校講師なので、なんとかねじ込んだ結果だ。

 これでも十分だと思うのに、母親に国立女学校勤めではないと、ネチネチぶつぶつ言われて気分が悪い。


 夢も恋も叶えることが出来ず、学校で同僚に少々いびられ、格上男性との縁結びを望まれる生活は相変わらず窮屈。

 琴も三味線も舞も華も才能がないのでやめて、茶道は人との出会いになるからと続けている。

 正確には、大好きだった舞踊の稽古を辞めさせられて、あまり好まない茶道教室通いだけが許された。


 私の日々の楽しみといえば読書と、こそこそ隠れてしている刺繍と、友人達との文通やお喋りと、花嫁修行だからと母から奪っている炊事。

 結構自由というか、わりと息抜きがあるけど、このくらいないとやってられない。


 女学校講師という肩書きはわりとモテる。

 多分制服が清楚可憐で、生徒に囲まれてニコニコしているお嬢さんだから。

 父がそう言うし、通退勤で視線を集めているし、私に限らず文通お申し込みなど縁談が多いから事実である。


 私は息苦しくない家のお嫁さんになって、我が家というか祖父母や親と距離をとって、このまま区立女学校講師でいたい。

 なのに、国立女学校へ通わせたんだから、あれこれ手習代がかかったのだから、我が家は卿家(きょうか)を目指していた家だから、それなりの役人を婿を手に入れるか、そういう良い家に嫁いでちょうだい。そればかり。


 格上の男性が身染めるのは、何か突出している特技持ちか美少女なのに、高望みの極み。

 さっさと諦めれば良いのに。

 姉が不機嫌になるので、私に用意される縁談は破談になるように仕向けている。

 親から見ても、縁談相手やその親から見ても、私は頭が固くて、愛想の悪い娘。

 愛想を良くしろと親に怒られるけど、姉との不仲の方が疲れるのでこれで良し。


 腹が立つことに、初恋の君から手紙が来て、手柄を立ててこうなって属国で成り上がり気味、みたいな自慢が書いてあった。しかも結婚したらしい。

 迎えにくるのではなくて、ざまぁみろとは酷い。

 こんなの、百年の恋も覚める。百年の恋では無かったけど普通に傷つく。


 日頃の鬱憤(うっぷん)と、この手紙でむしゃくしゃして、私は手紙を読んだ翌日の仕事後に、すぐに家に帰らないで、夕方の街をぷらぷら散策することにした。


 区立女学校講師の制服姿の若い女性が、夕暮れ時にぷらぷら歩いていると危険。

 しかし、そうなってしまえ。

 この時間なら見回り地区兵官が多いので、通りの真ん中を歩いていれば、身に危険は無いだろう。

 見回り地区兵官が心配してくれて、ちょっとお嬢さんと声をかけてきたら、家を教えずに困らせて、小屯所に居座って、親が望む役人系の誰かと親しくなるのはどうだろうか。

 兵官は成り上がり者が多めで、品が無いし怖いから嫌みたいな親への反抗心。親とは違い、私はわりと兵官達が好みだ。

 それに、返事は要らないという手紙に、私はしっかり地区兵官になれた方と結婚しましたと書いてやりたい。


 夕焼けこやけでかくれんぼう。

 あの子はお嫁は嫌だと帰らない。

 鬼さん……。


 誰が作ったのか、何の文学にちなんでいるのか知らない、謎の歌を口ずさみながら小石を蹴ってぷらぷらり。

 

「火の用心!」


 見回り火消しを眺めて、火消しのお嫁さんもありだなと眺める。

 私は逞しい男性が好みだ。日焼けしていて、がっちりしていて、私をひょいっと抱き上げられるような男性が良い。

 火消しは火消しの娘と縁結びらしいので、すこぶる残念。

 それに、火消しは役人は役人だけど、ちょっと特殊なので親も許さないだろう。


 親が許さなくても、本人同士が良いのなら祝福されて結婚出来る世界なら良いのに。

 家事育児に協力しませんとか、受験に不利とか、就職に不利とか、本当に面倒な世界。

 どこかに自由恋愛結婚が出来る国があるのなら、私はそこへ移住したい。


 そういえば火消しと一緒に働く、火消し一族ではない事務官や管理職火消しもいるなと、近くの組をちょっと覗いてみた。

 

 むしゃくしゃするので、好みの火消しに遊んでもらうのもあり。

 結婚するまで生娘でいないといけないなんて言うけれど、清くないと早々に離縁されるらしいけど、痛がるフリをしてちょっと血をつければ多分バレない。

 先に結婚した友人が、未経験なのに血が出なくて疑われたけど、後から布が汚れて助かったと言っていた。

 薬師のところへ行って、どぱっと血が出る訳ではないと知ったと言っていたので、指でも噛んで工夫してしまえ。


 困り事ですか? と中年火消しに話しかけられて、変なことを考えていたから、恥ずかしくて逃亡。

 私のいくじなし。だから悪いことをあまり出来ないし、ちょっとキスくらいの密会で終わったし、駆け落ちしたいと泣くことも出来ず。

 不良娘になって大反抗もせずに、イライラ、うつうつしている情けない女性が私である。


 組を離れようとした時に、入ろうとした人とぶつかった。


「すみません」

「こちらこそすみません」


 背は私よりも少し高くて、肩幅もあるけど、色白のいかにも火消しではない事務職系みたいな男性だった。

 私と同年代な気がするけど、色男系火消しではないのでガッカリ。もしそうなら、ぶつけた腕が少し痛いので診て下さいとか言うのに。


 過保護な親に捜索願いを出されたら面倒なので、もう少しぷらぷらしたら帰るかと歩きながらため息。

 同僚とお茶をしていて、お喋りに夢中になっていましたという言い訳は、一回くらいは通じるだろう。


「そちらの女学校講師のお嬢さん」


 背後から声がして、女学校講師の制服を着た者とすれ違っていないので、多分、私のことだと振り返る。

 先程、すみませんと私に謝ってくれた組職員な気もしたので。

 そうしたらやはり彼で、右手に小さな飾り物を持っていた。それは私が袴の帯に飾っていた小物。ぶつかった時に落としたようだ。


「ああ、そちらは私のものです。ご親切にありがとうございます」

「いえ」


 ちび(かんざし)を受け取った時に、少し手と手が触れ合ったけど、とりたてて好みの男性ではないので嬉しくはない。

 この事務官らしき人物が卿家(きょうか)で、私に一目惚れしたら親が喜ぶだろう。

 私としても、苦手な不細工な相手ではないから、悪くはない。

 卿家のお嫁さんはかなりの家守りなので、多分女学校講師は続けられないからやっぱり嫌。


 なぜこのようなことまで考えたかと言うと、相手が私に少し照れた様子で、すぐにと帰らないから。何か話したそうな顔をしている。

 でも、こちらが会釈をしたら向こうも無言で会釈後に背を向けて去っていった。

 こういうことはちょこちょこあるので、女学校講師の制服を眺めたかったのだろう。

 私の美人度は高くないけど、同僚が家で兄弟に聞いたところによれば、女学校講師の制服姿は三割増しらしい。


 早く家に着くのは嫌なので、ゆっくり歩いていたら、地区兵官に保護された。

 もう成人だし、女学校講師なら保護する必要はないけれど、日が落ちたら危ないので家まで送るという。

 若めの地区兵官二人組で、緊張した感じで話しかけられたので、多分照れられている。

 どちらも特別好みではないけれど、悪い訳でもないので、女学校講師を気に入ってくれれば良いのに。

 仕事には関係なさそうな内容で話しかけられるので、愛想良く答えていたら、ふと「手相占い」という単語が目に入った。


「兵官さん。手相とは何かご存知ですか? てそうなのか、てあいなのか分かりませんけれど」


 お店とお店の間に、椅子に座っている老婆がいて、その向かいに小さな椅子が置いてある。

 それで、のぼりが立っていて「手相占い。未来を教えます」と書いてある。


「てそう? てあい? 知らないです」

「占いみたいですね」


 私はわりと知的好奇心旺盛なので、気になって老婆に声を掛けた。

 てあいではなくててそうで、手のしわを見て、色々未来が分かるという。それに、性格も見抜けるそうだ。


「旅行で西地区から来たから、こんな機会は滅多にないですよ」

「ふーん。そうなんですか。おいくらですか?」

「あなたの顔なら一銀貨にしようかしら。気になる人相をしますから」

「顔にも何か出ていますか?」

「ええ」


 一銀貨なら払っても良いのでみてもらうことにした。

 未来が知りたいのではなくて、後で当たったのか知りたいから。

 何がどうなっているとどうなのか、質問をしたら友人達とのお喋りネタになる。


「自分を見てもらうというよりも、人付き合いのコツや、相手を見抜けたら役に立ちそうなので、教えて欲しいです。秘伝ですか?」

「良い事を言いますね。もう年寄りだし、弟子もいないし、商売仇も全然いないから、講義しても良いですよ。二銀貨にしますけど。先に軽く見ますね」

「お願いします」


 両手を見せた結果、理屈っぽくて理性優先の性格で細かいと指摘された。それに気が強い。これは当たっている気がする。

 もうすぐ結婚するそうだけど、それは私の年齢的には当たり前のこと。


「ここが命の線だけど、五十才くらいで切れています。死にかけるか死の病につかまります」

「わりと長生きするんですね」

「線は変化するからもっと長くなるかもしれないし、短くなるかもしれません。切れたり輪っかが出来たり、この線とくっついたら気をつけるように」


 線の位置から年齢の推測が出来て、こうやって数えると教えてくれた。

 このまま線に変化がないなら、五十才から毎年一回は薬師か医者に体をあらためてもらうと線がくっつくかもしれないという。

 

「縁談相手の手相でここは見た方が良いというところはありますか? この命の線以外で」

「そりゃあ沢山あるけど、この心の線が太くて長い人が良いですよ。心が真っ直ぐで優しい人となら、どんな困難も乗り越えられます」

「この下の、心の線と並行な線はなんていう線ですか?」

「これは知恵の線です」

「それも真っ直ぐで太い方が良いですか?」

「その方が良いけど、それより心の線の形が似ている方が大事です」

「似ている……ですか」

「あなたはこうやって少し上向きでしょう? でもこんな縄みたいになっているから細かいわ。似ていても、同じ縄状はあまりかもしれません。この顔だし、心が図太い人の方が良さそう」


 私の場合は、心の線が濃くて太く、自分と同じ傾きと長さで、可能なら先が箒みたいに三本に分かれている相手がいたら、狙った方が良いらしい。

 手相とはもっと大雑把なものかと思ったら、多彩な見方があるようなので、これなら友人達と遊びに来たい。


「あなたの顔はこう、なんだか気になるんですよね。大器晩成型で今からそうね、何か病気をするくらいまではかなり苦労しそう。人生の後半がとにかく良さそうだから、投げやりにならないように」

「五十才くらいでは、死なないってことですか?」

「うーん。運やら縁が悪いと死ぬかもしれません。さっき言ったような手相の夫や親しい人が必要です……」


 人が不幸になるのが嫌いだから占い師をしているので、こういう夫か友人知人を手に入れなさいと、手相をいくつか紙に書いてくれた。

 それから、これだけはダメ線も教えてくれた。

 手相とは、沢山手を見てきた人達が、脈々と受け継いでいる異国の知恵らしい。中央東部あたりではわりと盛んだとか。この国では他の占いが主流。

 近々かなりの数が縁談が来るから、必ず相手の手相を確認するようにと言われた。


 そうしたら九件も本縁談が来て、一人は衝撃的なことに華族の四男で、嫁入りで女学校講師を続けて欲しいというし、顔もうんと好みで玉の輿だからその人にしようとしたけど、これだけはダメ線——色好み線——があったので断った。


 次に親が大満足なのは卿家男児で、わりと有無を言わさず祝言である。

 彼の見た目はそこまで好みではないし、気が合うのかもイマイチ分からないけれど、これがこの国の結婚で友人達も似たり寄ったり。

 勝手に決められたり、会って三回目には夫婦なんてあるのが縁談なので、私は二人のうちから選べたから、満足することにする。

 それに、前に偶然会ったことがあったので、本人は覚えていなくても、文学話みたいと夢見る乙女みたいなことを考えてしまったのもある。


『料理人になりたいそうですね。子育てが終わった頃ならなれるでしょう。それまで客を沢山呼ぶので練習して下さい。欲しい道具や材料はなるべく用意出来るようにします』


 ガイ・ルーベルにはこれだけはダメという手相はなかったし、私としてはこの言葉が嬉しかった。

 その時の、うんと優しい目と笑い方が、多分きっと悪くない人生の始まりな気もしたので。

 あの占い師と出会っていなかったら華族の四男で即決だったし、悪くない人生の幕開けなんて感じなかったかもしれない。


 五十年以上経過して、私は本当に病気だと発覚し、早期発見出来たので命の線が変化した。

 愛息子が恋に狂って訳の分からない嫁を手に入れて、ムカつくことこの上なかったけど、義母と同じことをされたら心底嫌だから、最初は敵対しないで様子見したら、懐かれた。


 そうしたら嫁の家族にも懐かれて、息子娘みたいな親戚が増えて、孫が産まれて、本当に大器晩成みたいな人生に変化中。


 最初は全く気持ちが無かったけど、色々あってもここぞという時には常に大事にされてきたので、夫に「手相で渋々選びました」とは言えない。

 なぜ言っていないのか分からないけど、幼馴染のセイラも知らないのでこのまま秘密の予定。

 なので、最近ルルがやたら私と夫の馴れ初めを知りたがっていて面倒。

 

 夫が「一目惚れして調べて縁が出来るようにした」と不機嫌そうに告げたことには驚いた。

 テルルさんの料理に惚れたは聞いてきたし、そうだと思っていたらそれより前とは。

 こんなに長く共にあるのに、夫婦でも知らない話は色々あるものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ