未来編「奥さん達襲来」
以前の感想
「できましたら、大狼退治後のネビーさんファンミーティング(練習試合の見学会?)開催をせがむ、町内会マダム達の熱い様子も、お時間のある時に執筆して頂けたら嬉しいです」より
若干違う感じになり書きかけ放置していましたが、なんとかオチをつけましたので投稿します。
未来編「リル、皆で見学会へ行く」関連話です。
義母に子守りを任せて、筆で障子の埃を上から順に払っていたら、カラコロカラ、カラコロカラと玄関の呼び鐘が鳴った。
誰かなぁと玄関へ行き、扉越しに「どちら様ですか?」と尋ねると、ベラですという返事。
義母と仲良し奥さん、と扉を開いたら、一、二、三、四、五、六、七人も他に人がいた。
「こんにちは、リルさん。その、皆さんがお兄さんに記名をしていただきたいそうです」
実は大狼と戦って区民を守ったらしい兄は最近大人気。ご近所さんが訪ねてきては、浮絵に記名を頼むけど、まさか集団で来るとは。
掃除をしたいけど、年上の奥さん達を家にあげない訳にはいかない。
「そのようにありがとうございます。どうぞ」
居間に八人は窮屈だけど、とりあえず案内。義母が驚き顔をしたけど、テルルさん、テルルさんと奥さん達が来訪理由を説明していくので、私はお茶とおしぼり係。
こんなに大人数が急に来たら、一人ずつにお膳や凝った折り方のおしぼりは無理。
普通にお茶を淹れることにして、お茶請けは金平糖くらいしか見当たらないので、一つのお皿にそれらしく盛って、机の中央に置くしかない。
居間へ行ったら奥さん達は、まるで女学生みたいに大はしゃぎ中。
兄の浮絵を机に並べて、これは新作ですと盛り上がっている。
湯呑みを置いて回ろうとしたら、浮絵が濡れたらどうするのですかと怒られたので、お盆に乗せたまま畳の上へ。
こぼされそうな気がしたので、お膳を持ってきて、そこに置くことにした。
先々週の公開稽古は楽しかったし格好良かったけれど、あれでは同じ町内会の人間なのにとても疎外感。
デオン剣術道場を孫の手習先としても検討したいので、是非本当の稽古も見学したいと始まった。
ベラは申し訳なさそうな苦笑いなので、直接義母に言いに来れなかった奥さん集団が、彼女に仲介を頼んだのだろう。
我が家に来た奥さん達は、集まれば無敵なのか好き勝手に喋っているので、全然ベラを仲介していないけど。
「リルさんにね、声を掛けてようとしたんですけど、ほら。リルさんって足が速いでしょう?」
「それで今度、ルーベルさんの家に行ってみましょうとなったんです」
一閃兵官さんはお忙しいでしょうけど! と義母に迫った奥さん達は、あれこれ招待券を置いて帰宅。
まるで、嵐のようだった。
あの平凡顔が格好良いということは、似ている私は美人になるぞ。そんな気はしない。
あの変でおバカな兄に対して、荒々しい兵官さんは苦手ですけど息子さんは知的さや品の良さが滲み出ていて素敵って、目が悪くなっている気がするから薬師に相談した方が良いと思う。
残ったベラがため息を吐いて「疲れました」と一言。
「疲れたのはこっちですよ。なんですかあれは」
「ほら。私達って学生時代に異性から遠ざけられて、気がつけば縁談で人妻で子育てでしょう? 子育てが落ち着くと、色男観察に目覚めるのよ。多分」
い、色男……。
兄が「色男」とは、奥さん達の視力は本当に大丈夫だろうか。
「それは理解しています。昔、息子に火消しの友人が出来たと噂になった時にそっくりです」
「それなら今回も、あの時みたいに町内会に色男をぷらぷらさせたらどう?」
「色男って、あの地味なネビーさんで、前からこの町内会をうろついていますよ」
「前からうろついて、あっちでこっちでうっとりされていたみたいですよ」
暑くてクラッとしたら助けられた。鼻緒が切れて助けられた。具合が悪いなぁと思っていたらおぶってくれた。
風で飛ばされた手拭いを取ってくれた。その荷物は重そうですねと運んでくれた。
ネビーあるある。
兄は義母に「若いお嬢さんにはやめて下さいね。私はこの町内会の娘は誰も娘にしたくありません」と言われていたので、お嬢さん以外にネビーあるあるをした結果、さっきの大集合?
「地味で素朴で不細工ではないから手が届きそうな花ってなるのかしら。まぁ、私達は息子くらいの年齢に恋慕という年ではないですけど」
「凛々しい時との落差萌えみたいですよ。お世話になったから、剣術大会へ応援に行ってみましょう。からの贔屓会みたいですから」
「知っているけど、こそこそしていたのに、まさか押しかけてくるとは……」
ひぃいいいいいい!
おバカで変な兄に贔屓会だなんて、まるで人気花形兵官……なんだよな。
大狼の件が知られる前に、既に浮絵が売られ始めていたし、定期的に「こちらに兵官さんの息子さんはいらっしゃいますか?」と老若男女か訪ねてくる。
あの兵官さんはルーベルさんですよとなると、実家ではなくて、ちょこちょこ我が家を発見される。
「どうするの?」
「疲れるからリルさんとウィオラさんに任せます。リルさん。ウィオラさんが良いと言った招待券なら、いくつでも持って行って良いですよ」
義母に差し出された招待券は宝の山。これはあれこれ欲しい。
そこへウィオラが仕事から帰宅したので、早速何があったのか説明。
すると、物凄く嫌そうな顔をされてしまった。
私は彼女に「それではネビーさんにお願いしておきますね」という台詞を期待していたというのに。
「あの……」
「ネビーさんはお忙しいので、こちらは私が返却してきます」
ロイと行きたい美術展、義母と行きたい茶道具展、姉妹で観たい音楽会に、子ども達と行きたい陽舞妓に、入手困難な歌劇!
「まま、ま、待って下さい。ウィオラさん。兄はそんなに忙しいですか?」
「はい」
氷のような冷めた視線を向けられて硬直。
義姉ウィオラのこのような寒気のする表情は、お芝居以外では初めて見た。
「ごき、ご近所……付き合いが……」
「ウィオラさん。我が家より余程付き合いを重んじる家の出身のあなたが、そのように突っぱねるのはなぜですか?」
義母が助け舟を出してくれた!
「ネビーさんは多忙でお疲れですし、大狼の件は、家族に心配をかけた、数多の者が手からこぼれてほとんど何も出来なかったと傷ついております。彼の本心としては、そっとしておいて欲しいのです」
「……」
義母と顔を見合わせて、兄は確かに大狼のことを聞かれると、自慢しないで苦笑いになり、口数も少なくなるから、そういうことなのかと反省。
「それでは一方的に見学をして、ネビーさんは一言ご挨拶だけはどうですか?」
ここへその兄が帰宅。玄関でお出迎えを待たずに、今日は早退になったと笑いながら居間に顔を出したけど、場の雰囲気を察して顔をしかめた。
「何かありました?」
「ちょ、ちょ……」
「蝶々? 蝶々がどうした」
大人しく花札を並べていたユリアとレイスが兄にお帰りなさいの御挨拶後に、高い高いを要求。
片腕にそれぞれユリアとレイスをひょいっと抱き上げた兄は「蝶々が入ってきたらしいけど、どこに逃げたか知っていますか?」と二人に笑いかけた。
「いませんよ」
「ちょうちょはいません」
「そうなのか?」
「あのね。おばあさま達がきて、おじさまはおうじさまだからおけいこをみたいです」
「そうなんです! レイスもまたしっぷうけんをみにいきたいです!」
ん? と首を傾げた兄が私達を見渡した。
不機嫌極まりないというように、唇を尖らせて俯いたウィオラに兄が「ウィオラさん?」と声を掛ける。
「町内会のネビーさん贔屓会の幹部の奥さん達が、道場で稽古見学をしたいそうです」
「お、お義母さん、あの皆さんは、か、幹部なんですか⁈」
「何を驚いているんですか。リルさん。まさか把握していないとでも?」
あなたは家守りでしょう! と久々に怒られそうなのでそっと目を逸らして遠い目。
「私は無関係なので帰りますね」
「ベラさん、お見送りします。レイス、ユリア。お客様をお見送りする作法を練習しますよ」
「はい。おばあ様」
「はあい」
「レイス。はいは伸ばさず短くはいです。もう一度」
「……はい」
兄は義母に言われる前にレイスとユリアを畳の上に下ろした。
居間に私と兄とウィオラの三人になった。
「リル。蝶々はいないらしいけど、蝶々はなんだ?」
「ちょち町内会」
噛んだ。
「ちょちちょうないかい? ちょちってなんだ?」
「噛んだだけ」
「それで、なぜリルはウィオラさんを困らせていたんだ?」
どちらかというと、我が家のご近所付き合いを邪魔されそうになっているんですが。
しかし、理由が兄の為なので文句は言えない。
「困らせてない」
「そうなんですか? ウィオラさん」
「困ったのは私でご近所さん」
「リルには聞いていない。ご近所さんが困っているのは気になるけど、俺はウィオラさんに聞いているんだ」
なんなのこの言い方!
ウィオラが「お忙しそうですし、あの事件の話ばかりでご気分もあまりでしょうから、見学会は私がお断りしようと考えていました」と口にした。すこぶる不機嫌顔。
「それはお気遣いありがとうございます」
「このように招待券を……」
ここにロイが「ただいま帰りました」と居間に登場。
父上、父上とユリアとレイスがまとわりついているけど、義母は怒らないのは、玄関で礼儀正しくお出迎え出来たのだろう。
「ロイさん、お帰りなさいませ」
「本日もお勤め、ありがとうございます」
「旦那様、いつもありがとうございます」
とりあえずロイとご挨拶。何かを察したロイが「何かありました?」と一言。
そうしたら、ネビーがペラペラ喋って、見学したいは嬉しいけど、ウィオラさんの気遣い通り、少々疲れていてと苦笑い。
「ウィオラさんがお持ちの券はご近所さん達から袖の下ですか?」
「おお。彼女の顔を見るのに夢中で、気がついていませんでした」
新婚兄がしれっと惚気た。
「今からご返却してきます」
「それなら俺も行きます。疲れていてすみませんと謝ります」
「ネビーさん。それでは見学会をお断りする意味がありません」
「いや、わらわら集まられるのと、断って回るのでは違いますよ」
ふーんと、ロイが二人を眺めて、私を見て、ウィオラが両手で品良く持つ各種招待券に注目。
「ネビーさん」
「なんですか、ロイさん」
「こんなに招待券があると、何回もデートに行けそうですね」
「えっ?」
ネビーは「ウィオラさん失礼」と彼女の手から招待券をそっと受け取った。
「わっ。こんなに沢山だとは。色々ありますね。ロイさん、こんなに集まるものなんですか?」
「それ、全部ネビーさんのものですよ。皆さんに出稽古日にでも来ていただいて、一言挨拶をして終わりで、全部ネビーさんのものです」
「……」
「リルさんに皆さんを連れてきていただく。昼食後にしておく。稽古は長いそうなのでと連れて帰ってもらえば一言挨拶で済みます。それだけで、この招待券の山はネビーさんのもので、デートし放題です」
「……」
「妻がいないのも変なので、ウィオラさんには昼食を持ってきていただいて、先生達にご挨拶が必要ですね。予定を合わせられるなら、そのまま出掛けたらどうですか? 日付未指定券もあるようですし」
兄はみるみる子どもみたいにワクワクした顔になり、笑顔で「そうします!」である。
「リルにも働いてもらうから、ウィオラさんが良いって言った券はリルのものな」
ロイが私にしたり顔を向けたので感謝。兄の操縦はロイに任せると上手くいくことが多い。
「ん? ウィオラさん。なぜそのように怒っているんですか?」
「怒っていません。心配しているのです」
「気遣ってくれたことを無下にするようで悪いですが、でもほら、気楽な方法で見せ物になったら、沢山楽しいところでデートですよ」
見せ物、という単語で少々罪悪感。兄は自分を「見せ物になっている」と思っているのか。
自慢屋だし、この間の公開稽古でニコニコしていたから、そんな風に考えているとは知らず。
「お出掛けは嬉しいです……」
「ウィオラさんが癒してくれるからなんでも平気です」
微笑み合って見つめ合う、熱視線付きの二人。こういうのは二人きりになってからにして欲しい。
「ネビーさんが疲れないのでしたら賛成しますが……私は行きたくありません」
「ああ。リルと接待役なんて疲れるから、リルだけに押し付けて下さい」
私には聞いていないとか、これとか、どういうことよ!
「まだ不満顔。そんなに心配しなくても元気です」
「……それもありますが、皆さん、穴があくほどネビーさんを見るのですもの」
「えっ?」
「ご近所の方々とは騒げませんし、招待券がなくても私が買いますからお出掛け出来ます。見せ物なんて言い方をするくらいですから嫌でしょう。見学会は必要ありません!」
ウィオラが逃げるように居間から去った。ここまでの不機嫌顔や拒否の半分は嫉妬ってことみたい。
「……ロイさん」
「はい」
「婚約者もそうでしたが、嫁はすこぶるかわゆいです」
「そうですか」
「多分、彼女は日に日に俺好きですよ」
「そうですか」
「揶揄ってこよう」
「見学会で嫉妬させたら、楽しいことがありそうですね」
「……ロイさん、デオン先生に根回しを頼みます! 見せ物上等! 俺が嫁を楽しむ会だ!」
軽快な足取りで、軽く跳ねながら兄退室。
「旦那様」
「なんですか、リルさん」
「かゆ、かゆ、かゆです。痒いです」
「新婚さんですので仕方ありません。早くエルさんに元気になっていただいて、ルルさんと交換しましょう。ロカさんでも嬉しいです」
「はい」
義母がぼそっと「言葉の有る無しは違いますが、昔のあなた達の姿ですよ」と告げて、そうっと見たら冷めた目だったので、久しぶりに喉がヒュッてなった。
☆★
一週間後、出稽古ではなくて夜の稽古日に、奥さん達どころか若奥さん達に旦那や若旦那も増えてぞろぞろ見学会。
道場の扉が半分開け放たれて、自由に見て帰るという会。
今夜は記名会や握手会は無理となっていて、今度それは別に行われる。
町内会茶会があるので、そこに兄が顔を出すことになっている。
私とウィオラはデオン先生にお礼を言う係なので、頼まれた自作のお菓子を渡して、ご挨拶後に、町内会の方々からは見えにくいところで普通に見学。
義姉ウィオラの目はハートで、始終「きゃあ〜」と顔に書いてある感じで辟易。
「せーの、ネビーさーん!」
街中で若い下町女性達が人気火消しにするみたいなことを奥さん達がした!
兄は「えっ?」て顔をした後に、家では見ない、よそ行きの笑顔で会釈と軽い手振り。
初めて見る訳ではないけど、あれは誰? ってなる。
奥さん達の集団から、きゃっきゃっと聞こえてきそうな感じがするし、クララ達若奥さんまで「ネビーさーん」である。
目がハートには見えないので、確かにこれだと見せ物感。
隣を見たら、ウィオラが膨れっ面でつーんとそっぽを向いていた。
「ウィオラさん?」
「はい。なんでしょうか」
私の方を向いた彼女は苦笑いである。
「……嫉妬ですか?」
「……ま、ま、ま、ま、まさか。老若男女……うんと若い女性やお子さんはいらっしゃいませんね」
「若い女性にしか嫉妬しませんか?」
「……バレバレですので、しょうもない話を致しますが、最近の私はレイスさんやユリアさんでさえ羨ましいです」
彼女は拗ね顔で俯いて耳まで赤くなっている。
兄話はあんまり聞きたくないのだけど、彼女はチラッと私の様子を確認。まるで「聞いて」というように。
「変な兄なのに、そのようにありがとうございます」
「ネビーさんには愛くるしいところもありますよね」
出た。恋は盲目腐り目発言。
「変だしたまにおバカなので、困っていることはありませんか?」
「ネビーさんたら、私以外のことだとさらに忘れるようになったらしくて、皆さん、私に彼との予定を把握するように頼むので、筆記帳の減りが早いです」
笑顔なので困ってなさそう。
「他は大丈夫ですか?」
「ネビーさんたら、私が悪くてもすぐに私の味方をしてくれますので、皆さんに不快な思いをさせてそうです。正しい視点でと頼んでいますのに」
そちらはかなり不機嫌顔なのでかなり困っていそう。
「被害者は主に母ですか?」
「いえ、ルルさんです」
「ルルならええです。そのままで」
「えっ?」
「他には兄に困っていませんか?」
「今のところ二人で話し合えば済んでいます。そのようにご心配ありがとうございます」
沢山人がいるけど、ここに二人みたいな状態で、家だと子守りや家事話になるからちょっと聞いてみよう。
「兄は大狼事件のこと、辛かったと悲しんでいますか? 私達妹には話しません」
「弱音や愚痴は自ら解決すること、と自分に厳しい甘え下手な方ですし、変だの、バカだの、足臭だの言う妹さん達相手には無駄なのに、妹さん達には格好つけたいのですよ」
「兄はあまり変わっていないのに、あのように、皆が格好ええ、格好ええって変な気分です。確かに養子になってからは前より品良くなりましたけど」
「向こうも私にそう思ってそうですが、変わっていて、少々おバカさんなところこそ、うんと魅力ですのに、皆さん剣術姿にばかりに夢中でもったいないです」
そうなの?
ウィオラが兄に惚れたのはそこなの?
それなら離縁されて兄が倒れたり引きこもる確率はうんと低いので助かる。
「……はうっ。今の払いは凛々し過ぎます」
きゃあきゃあウィオラになったので、そっちはそっちで好きなのね……と痒くなった。
週の真ん中の日だから、ちょっと見学したらご近所さん達は飽きて帰るだろう。
兄も私もそう考えていたのに、全然帰らなくて、稽古終わりの兄を取り囲むように帰ることになった。
「いやぁ。あの事件のことは怖くてあまり覚えていなくてすみません。今夜は実母の顔を見にいく予定なんで、ウィオラさん。行きましょう」
「はい」
接待は嫌だと兄逃亡。
私が代わりにご近所さん達を接待することになり、兄話をせがまれ、昔の喧嘩話や、幼子の時に兄の足に納豆を落としたから足が臭くなってしまったとか、二人で綺麗なお皿を売ったら荷車に引かれたとか、ルルを人攫いから取り返してきてくれたなど、一生懸命思い出したことを披露して喉がカラカラ。
帰宅で解放されると思ったら、集会所を開けるからもっと聞かせてで、もっと喉カラカラ。
ようやく帰れた時に、帰ってきた兄とウィオラと玄関で遭遇。
実家で母の様子を見て、ロカと遊んで戻ってきたそうだ。私は接待だったのにズルい。
「どうしたリル。そんなげっそりした顔をして」
「接待……」
「接待? こんな時間にロイさんの同僚か友人の相手をしていたのか? ロイさんが居ないってことはまだ飲んでるのか。あの野郎。俺の妹をこんな時間まで働かせて、一人で帰らせるなんて!」
「えっ?」
ロイはロイで旦那若旦那衆の接待で集会所で軟禁されている。
それを説明したけど、あまり伝わらず、集会所だな! と兄が去った。
ロイも兄も帰ってこないので先に寝て、普通に起きて、いつものように朝食やお弁当準備。
「ロイさん待て! 誰がリルだ! 朝から胸を揉もうとするんじゃねぇ! そもそも自力で起きろ! 俺の妹の手を煩わせるな!」
「その言葉遣いを直して下さい。日頃の癖は表で出ます。仕事中以外ももっと気をつけましょう」
「話を逸らさないで下さい。俺の指摘に対する改善策を考えて述べて下さい。リルを疲れさせるんじゃねえ!」
「リルさんを大切にしているのはネビーさんが良くご存知ですよね。朝から耳が壊れます」
廊下の方から何か聞こえてきた。またロイが私と兄を間違えたのだろう。
朝食中、兄は食べながらロイに「ロイさんには感謝していますがリルは……」とクドクド、クドクドお説教というか価値観押し付け。
その合間に「ウィオラさん、おかわりをお願いします。少なめにして下さい」とデレデレ顔で甘える。
兄のご飯は少なめに盛らないと怒られる。理由は食事のたびに三回くらいウィオラに「お願いします」と頼んで「どうぞ」と笑いかけられたいから。
バカ過ぎるし嫁は迷惑だけど、ウィオラはそうでもなさそうなので放置している。
この日の夜、ロイに「ネビーさんと同居はもう無理。適度な距離感は大事です」と愚痴られた。というか、そろそろ帰ってと言うそうだ。
「愉快ですから、もうしばらくはこのままでもええのでは?」
苦労した兄の幸せ姿や、嫁経由で知る知らなかった話は良いし、久しぶりに毎日のように妹妹妹みたいな感じに少々和んでしまっている。
「えっ?」
「レイスとユリアも楽しそうですし、ウィオラさんも二人の教育にとてもええです」
「リルさん?」
「ロイさんと兄のくだらない喧嘩も面白いです」
うるさいだけですよ、とロイは上手な理由をつけて、兄夫婦を追い払った。
母のつわりが良くなったし、ルルが酒盛りばっかりするし、ルルが本縁談中だから横入りするぞという人達が行きやすい長屋に押しかけるから。
ロイは自分で手配して兄を操縦して追い出したのに、一週間後には「思ったよりも寂しいです」とか「いつ飲みにくるかな」だから、吹き出してしまった。




