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息子が見合い結婚しました 3

 久々におぶられて、私の息子は本当に大きくなったなあと感激しながら帰宅したら、玄関に大量の下駄。下駄はきちんと並べられている。


「お父さん、また急に人を呼んだんです?」

「はい。自分とリルさんでお迎えしました。母上はこのまま風呂に入って、2階でゆっくりするとええです。母上の布団を運びます。雨で手足が痛むようだと言うておきます」

「なんですか。ははーん。嫁がもてなせているか不安だから隠そう言うことですか。挨拶くらいせんといけません」


 息子から返事はない。

 傘を確認。水を払って並べてある。台所へ移動。片付いている。客にチラッと見られても問題無い。


「手土産のお酒をいただいたので升と杯とつまみを出して、燗酒(かんざけ)も作りました」

「そうですか」

「ロイ、出したつまみは何です?」

「朝食用に煮てあったカブの煮物。きゅうりとナスの漬物。それから昆布の佃煮です」

「良いでしょう」


 今のところ気の利く嫁で文句を言うところがない。


「ロイ、あなた浴衣ですけど湯上がりでした?」

「はい。リルさんも。リルさんは家着に着替えてました。髪と化粧もサッとしてこの通りです」


 こいつ、手伝ったなと気がつく。しかしそれは別に問題無いこと。嫁を守る息子に育ったと誇らしい。そう育てた。

 しかし、その可愛い息子に守られる嫁にはやはり腹が立つ。誰が嫁でも面白くない。

 居間に顔を出してご挨拶。今日会うと言っていたご近所さん達。全員顔馴染み。机を囲ってトランプをしている。リルがもてなしていた様子。

 廊下で夫とローガンが将棋中。全員に半月膳につまみの小皿と升に杯とお箸。手拭きもある。雨で濡れてきたお客様に手拭いも渡した様子。

 リルの格好は家着に割烹着で、髪は玉結びに青鬼灯の(かんざし)。化粧は紅だけだけど若いから十分。

 またしても文句をつけるところがない。


「お義母さん、寒くなかったです? 羽織は要りますか? お風呂はすぐ入れます」

「いえ大丈夫です。皆さんすみません。今日は相談事を引き受けて少々疲れていますので、息子と嫁がおもてなし致します」


 特に問題無さそうなので押し付けて逃げよう。こういう時、嫁も悪くないな。


「押しかけてすみません。奥さんはゆっくりしたらええです。ロイ君がええ嫁さんもろうたから休めるでしょう」

「そうですそうです。いつも大勢で押しかけてすみません。奥さんのつまみは美味しいし雅で癒されるのでつい。嫁さんによお教えているようで来て良かったです」

「煮物の味が奥さんと同じで驚きました。薄口で上品なのによくしみていて」

「漬物は奥さんがつけてるんですよね。いつも美味しくいただいています」


 押しかけている認識があるなら来ないで欲しい。せめて約束をして時間通りに来い。夫のせいだ。いつもそう。文句を言っても無駄。

 母さんはそれでもいつもしっかり客をもてなしてくれて良い嫁、と毎回褒められなかったら家出をしていたところだ。


「お義母さんはとても親切に何でも教えてくれます」


 でた嫁のお世辞。祓い屋でどう姑を悪く言うのかと思っていたら、ルーベル家の奥さんは嫁に甘いという噂になっている。

 それから逆に、あのルーベル家の奥さんの細かさに何の文句も言わない嫁が来たである。

 リルは今の調子で喋ったのだろう。この裏表の無さも可愛げがあるところも時々腹立たしくなる。つまり息子の嫁は誰でも気に入らない。


「そうなんですか」

「はい。一度失礼します。燗酒(かんざけ)を飲まれますよね?」

「おお、頼みます」

「お嫁さんは大貧民だから逃げようと言うことや」

「それなら札を配って待ってよう」

「規則を覚えたしこれからが本番です」

「お嫁さん、作戦を練って待っています」

「はい」


 あはは、と男達が愉快そうに笑い出す。若い娘がもてなしているから花街気分なのだろう。

 リルと共に廊下に出て襖を閉める。ロイはしれっと居ない。布団を運んでいるのかもしれない。


「お義母さん、2階の旦那様の寝室に布団を運びます」


 夫婦の寝室、ではなくて旦那様の寝室か。今夜も謙虚な娘。

 ロイとしめし合わせていなそうなのにこの気遣い。寒くないか、羽織は要るか、風呂は入れますもそう。また文句を言えない。


「リルさん、ありがとう」

「いえ」


 すまし顔がニパッとかわゆい笑顔。難癖つけて何か小言、という気持ちがポキリと折れる。

 寝室に入るとはりにお客様の羽織が掛けてあった。これも合格。


「布団……」


 リルが押し入れを開けて布団を探していると、ロイが顔を出した。


「リルさん。母上の布団は運びました」

「ありがとうございます」


 ロイの笑顔が痒くて着替えを持って逃げるように風呂へ行った。

 わりといつも無表情だったのに、祝言後からはよう笑う。あとよく喋るようになった。


(何やこれ)


 浴室に入ったら、湯船に秋桜が浮かんでいた。


(あれや。父上は遅くなるので、なんて言うて嫁に1番風呂を与えたな。庭の秋桜を使っていたら何て言ってやろう)


 おそらく、そんなことはしていないだろう。そういう分別はある息子だ。そう育てた。


(まあええか。自信が無いので来年受けますと言っていた試験を今年にした言うて張り切っているし)


 体を洗った後、湯船にのんびり浸かった。少しぬるい気がする。雨の様子を見て風呂を沸かしたのだろう。今夜は時間で風呂を沸かすのは大変なのでそのくらい許す。

 嫁は最後というが、ゆっくり入りたいからいつも自分が最後。

 リルの風呂は早い。それでお湯もかなり残してくれる。義母は意地悪というように湯を残さなかった。

 自分も嫁にやり返してやろうと思ったこともある。


(毎日お風呂なんて贅沢で素晴らしいです、だからなあ。湯をほとんど残さなくてもあの娘は何にも言わなそう)


 湯船に浮かぶ秋桜を指で弾く。


(りんご風呂なんて皇女様みたいでした、言うてたからこの秋桜風呂もかねえ)


 風呂を出て、寝室から居間の会話を盗み聞き。


「おお、ありがとう」

「はい」

「お嫁さん、自分が持ってきた酒も開けて下さい。続きがあるので冷やでええです。福綏(ふくすい)です。ロイ君への祝酒や」

「既に祝いをいただいていますのに、ありがとうございます」

「すみません。勉強が足りなくて漢字が読めません。右から何番目ですか?」


 そういえば机の上にきちっと酒瓶が並んでいたなと思い出す。

 学も教養も足りないけど知恵はある。それに相変わらず素直。


「2番目です」

「リルさん、福綏(ふくすい)は幸せが安定してやすらかでありますようにという縁起の良い言葉です」

「はい。デレクさん、旦那様に素敵なお祝いの品をありがとうございます」

「自分のは大志です。その右端の。ロイ君が友人達と酒盛りを出来るようにと思うて。青年よ大志を抱けってな」

「それはありがとうございます」

「トーマスさんありがとうございます。たい、は大きいです。しは何です?」

「お嫁さん、しは志です。大志で大きな目標や意気込みを待ていうことです」

「そうですか。それは私も大志を持たんといかんです」

「そんならお嫁さんもロイ君と一緒に飲むとええです。ロイ君は立派な一家の主。お嫁さんはその奥さんが目標ですね」

「はい。お義母さんのように品があって知識豊かでキビキビした奥さんになりたいです」


 またお世辞。息子は無言。息子は父親の太鼓持ちをしないらしい。


「お嫁さん、飲み終わったのは自分ので至誠です。字の通りでこの上なく誠実なことです。ロイ君がそういう男に成長しますようにな」

「アンソニーさんもありがとうございます」


 無知だけど素直で学ぶ意思のある若い娘に教えるのは楽しい、という雰囲気になってる。

 ロイは淡々とお礼を述べている。酒好き親に酒好き息子なので当然の手土産か。手土産といってもいつものように半分は飲んで帰るのだろう。

 すぐ帰ります、と言ってすぐ帰った試しがない。


「しゆうなら、この上なく優しいになりますか?」

「リルさん?」

「言葉を知らんと辞書で調べられません。とても優しいの上はなんて言うのか探しています」

「お嫁さん、懇篤(こんとく)なんか覚えておくとええですよ」

「はい。ありがとうございます」

「そんで自分の酒は春信です。秋ですけどロイ君に春がきたいうことで」

「ありがとうございます。そうですね、年の内に春は来にけりひととせを去年(こぞ)とやいはむ年初とやいはむ。どうです?」


 年内のうちにまた春が訪れた、か。

 この1年を去年と呼んだらいいか年の初めというべきか。


「ええで。お嫁さんに何か無いんか?」

「んー。まあ……そうですね。照りもせず曇りも果てぬ秋の夜の月の兎にしくものぞなき」

「なんやそれは。お嫁さんに言うたのに」


 確かに。

 照り輝くことも曇り切ることもない、秋の夜の月の兎に及ぶものはないとはどうした。

 薄ぼんやりした月ならかすむ月とか朧月夜……はどちらかというと春の月。

 そもそも今夜は月が出ていない。この流れで景色の龍歌。

 ロイは龍歌が苦手では無かったけどどうした?


「そうやロイ君」

「その、まあ、今夜は特に月を綺麗だと思いましたので」

「今夜は特にって、ずっと曇っていて月なんて出とらん」

「ほーう。そうかあ。そういうことかあ。ロイ君はあれやろ、最近話題のお芝居の噂を聞いたんやろ」

「はい」

「そうかそうか。そんならあれや。ポカンとしているお嫁さんのために、自分がツテを辿ってその芝居の観劇券を探しましょう。祝いや」

「アンソニーさん、そのお芝居って何です?」

「おっ、トーマスさんは情報通やないいうことですね。月が綺麗はらぶゆです。らぶゆ」


 バシバシ何かを叩く音がした。ロイがアンソニーに叩かれたのだろう。

 らぶゆ?

 何だろう。


「満ちることも欠けることも無い月とはええですね」

「あの、続きをしません?」

「照れるな照れるな。いやあ、自分しか分からんのが残念です」


 あはははは、とアンソニーの笑い声が響く。

 ロイとリルの接待に何の問題も無さそうなので2階に上がることにした。


(月の兎……。白いから兎? リルさんの顔はリスっぽいけどなあ。満ち欠けしない月。変わらないってことか。新月にならないから消えない。よお分からんけど、永遠におる妻は何よりも勝るとか詠んだわけ。龍歌なのに捻るとは残念な男。まああの人数の前で龍歌らしい、熱烈なのも詠めんか)


 盗み聞きで息子の惚気を聞かされるとは思わなかったがほどほどのもので良かった。


 客を無視して寝られるなんて最高! とロイとリルの部屋に入る。寝る前にリルの筆記帳をつい盗み見。

 わざわざ覗き見することはなかったが、今夜のようにどうぞと言われれば気になってしまう。

 粗探しするのではなく、開いてある(ページ)を見るくらいだから良い姑だ。


(椿は謙虚。謙虚は自分をえらいと思わずに素直に学ぶ気持ちがあること。そういう嫁が良いということ? 何でも素直に聞いておぼえる)


 下手くそなヨタヨタした字。しかしゆっくり丁寧に書いたというのは伝わってくる。漢字には全部ひらがながふってある。


(桔梗は誠実。誠実はまじめで、真心があること。旦那さまのこと。紫局は上品。お義母さんのようになって欲しい。それはとても難しい。ガーベラは前に進む。勉強が進むようにと言ってくれた。とても優しいの上はまだ分からない)


 椿、桔梗、紫局、ガーベラ……リルが部屋に飾っていた花だ。長持ちするにはどうすれば良いですか? と言っていたがこういうこと。

 とても優しいの上は分からないって、先程の会話だ。ロイのことを言いたかったのか。


(秋桜は純潔。純潔は清らかなこと。お風呂でしっかりきれいにする。秋桜風呂は皇女様のよう。秋の桜でこすもす。あきさくらとは読まないなんて難しい)


 やはり皇女様のようだ、か。リルならロイにもそう伝えるから、ロイはほくほく気分だろう。


(秋桜は純潔。リルさんは勘違いしてるけど貞節を守ってくれいうことですか。リルさんを謙虚で誠実で上品ねえ。半分以上伝わっていないと)


 身分違いは教養の違いといっても、花に意味を持たせて伝えているのに伝わらないのはリルがぼんやりだから。

 賢いのか賢くないのか分からない娘。


(痒い痒い痒い。早く寝よう)


 居間の騒がしさは微か。これならさっさと眠れそう。

 深夜近くまで付き合わされる事が無くなるか減るとは、嫁がきたのもまあ悪くない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リルさんが、旦那様に見染められて結婚したと知るのはいつになるのでしょう。かわゆい皆様に癒されてます [一言] 読み始めた時、既にイメージしていましたが、リス顔で確信しましたwリルさんは黒〇…
[良い点] (痒い痒い痒い。早く寝よう) 読者も痒いです (笑
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