かなり未来編「レイのお見合い2」
「レイのお見合い1」は未来編です
本日はお日柄も良く晴天なり。
鶴屋に泊まった義父母と、今日家から立ち乗り馬車で来た私とロイで、義母の振袖姿のレイが和やかに昼食をとって解散。
その後、義父母は鶴屋でのんびりで、私とロイは緊張しながらレイと「春招きの間」へ。
これから、レイ人生最後——のはず——のお見合いが行われる。
相手が誰なのか分かっているけど大緊張。
部屋にはもう両親がいて、その並びにレイの席がある。
向かい側にはデオン、赤鹿警兵テオ、ユミトが並んでいて、上座の端で兄が青筋を立てて目を閉じている。その隣で妻ウィオラは苦笑い中。
私とロイはネビー夫婦の隣と事前に決まっているので着席。
デオンの仕切りでお見合い開始。
ネビーが副隊長就任の際に、真剣な勝負をした結果、ついに弟子に負けたデオンは半隠居。
彼は軽い手習部門の子どもにしか教えなくなり、あちこちから怖過ぎると文句を言われて完全隠居。
道場の経営は息子二人が引き継ぎ、煌護省との推薦兵官育成の業務提携については、適任者隠居につき終了。
兄がほどほど兵官なら、早期離職をして推薦兵官育成適任者として、デオンの全ての業務を引き継いで息子さん達と共同経営の予定だったけど、兄は副隊長になる程だったのでその話は延期中。
他に追随を許していないから番隊長も視野に入っているので、兄がデオン剣術道場で働くのはうんと先の未来のこと。
大恩人中の大恩人、おそらく兄が世界一尊敬しているデオンがいるので兄は沈黙しているけど、顔が怖い。怖過ぎる。
二人の師匠が自慢の弟子を紹介している間、その弟子ユミトはレイに見惚れているようにボーッとしている。
「そちらは弟子の経歴をほぼ全て把握しておられるそうですし、既に本人がご親戚の卿家ルーベル家に、この縁組を認めていただけるのか許可を取ったと、弟子から聞いています」
「息子をここまで育てて下さったデオン先生と、あの大事件で息子の命を救って下さったテオさんにお願いされる訳にはいきません」
「破天荒な娘をどうかそちらのユミトさんにお願いしたいです」
今日はユミトがレイにお申し込みする本縁談だけど、両親から「我が家から頭を下げる」と聞いていた。それで、その通りになった。
「お返事がまだでした。ユミトさん、十七才で貴方をお慕いしてから今日この日まで、心変わりすることがありませんでしたので、未来の果てに至るまで、共にありたいです」
本縁談で本人同士はあまり喋らないものだけど、今日はこれからお見合いを続けて結婚出来るか考えて下さいという普通の結婚御申込日ではない。
十年以上苦楽を共にした二人は、とっくに夫婦みたいなもので、お互いに知らない情報は少ないだろう。
レイはもう、ユミトの過去を知っている。それも彼の口から全て説明されたので、書類上でしか知らない私達よりも余程。
「……」
ユミト、ユミト、と隣の席のテオが彼の背中に手を添えたけどユミトは相変わらずボーッとしている。
「っは。はい! はい! 結納祝言時の約束も、あなた様のそのお命も、尽未来際、お守り致します」
照れ照れする可愛い妹と、凛々としながらときめく返事をしたお相手なので私まで幸せ時間。
「それでは、彼の素性が素性ですので、レオ家と大変親しくしている卿家ルーベル家の方々にも、お許しをいただきたいと思います」
ロイはここで了承して、結納祝言時の契約に入れて欲しいことを書いた書類を渡す予定なのだが、動かない。
「旦那様?」
小さく声を掛けてみたけどロイは無反応。
「ロイ君。どうした。何かあるのなら遠慮なく言って欲しい」
「デオン先生。相当悩みましたが、我が家は卿家にして、現在かなり繁栄していると自負しております」
途端にレイとユミトの顔色が悪くなった。
「ああ、ロイ君。私もそう思う」
「よって、レイさんにはユミトさんへ嫁いでいただきたいです。逆の方が彼にも妹にとっても良い縁結びですがお願い致します。他にも少々。こちらが我が家の望みです」
予定通りなので、ロイは単に緊張していただけみたい。冷や汗で手がびっしょりになってしまった。
「ロイ・ルーベル家はこのように判断致しました。ネビー・ルーベル家からはいかがでしょうか」
ロイが促したけどネビーは沈黙。と、思ったら目を開かずに唇は動かした。
「我が家も縁結びに異議はありません。ルーベル家が許可するのですから、他の親戚には特に彼の真の経歴を語らなくて良いと考えております」
ハキハキ喋る兄にしては珍しく小さな声。
「妻はこの場の全員がご存知のように大豪家総本家の人間です。本来なら、自分の妹の縁談はこれまでのように当主会議にて合意をいただくところです」
そうなの?
ルルとロカもそうだったの?
私はロイを見て、目で訴えたら、小さく首を横に振られた。
「ルルさんは火消しさんとの縁結び。ロカさんはご本人が薬師さんですので医療関係者との縁結び。とても助かっていますが、兵官さんは夫がおりますので足りています」
「簡単な経歴しか教えませんが、そもそも平々凡々兵官は私兵派遣で雇えば良いので、むしろ特に必要ありません」
この視点は無かったと私は途方に暮れて、頼りになるロイを見つめた。
「ネビー君。赤鹿警兵、赤鹿屋などとの縁結びはどうだ?」
「デオン先生、大変不本意で遺憾ながら、とても喜ばれると予想しております」
「君は妹の縁談のたびにそのように不機嫌になる。もっと性根を鍛えなさい」
デオン相手だからか、ネビーはギギギギギというように、苦痛そうに頭を下げて「精進します」と口にした。
私達家族が似たことを言っても耳を貸さないのに。
「まず父におうかがいを立てましたら、是非新年の総会へいらして下さいという返事がありました。どうか我が実家、ムーシクス家もご贔屓にお願い致します」
大きな家に反対されるのかと恐れたけど、逆に大賛成みたいで安堵。
それぞれ昼食後に集合で、甘味会——ロイはお煎餅——なので、早く目の前にあるレイ特製祝い甘味膳に手をつけたい。
「へぇ。ユミトさんは赤鹿乗りになっていなかったら、私と駆け落ち婚だったってことですね」
「うわぁ。助かりました!」
「ふーん。ロクデナシ男もまた、私達の副神様ってこと。金を寄越せと脅迫したら、自分は追放、相手は円満結婚。良きかな、良きかな」
縁結び決定のようなので、とレイが仕切りだして甘味膳を堪能して下さいと満面の笑顔。
ずっと我慢していたので、いただきます!
父はメソメソ泣き出して、どうにもならなそうで、母がよしよし慰めている。
父がこうなったら代わりはロイなので、そのロイが「結納、祝言契約内容の希望を記した書類です」と、デオンとやり取り。
これで私の妹は、未成年のララを除き、成人組は全員無事に結婚で、しかも安心出来る相手と縁結びなので、嬉しくてジワジワ涙がにじんできた。
「すみません。言いそびれておりましたが、私は神職ですので、家族親戚管理には農林水省が関与してきます」
ウィオラがおずおずと声を出した。
「そうでした。ここて円満縁談決定でも、農林水省が潰してきたら終わりです」
「お二人の駆け落ち婚は大勢の者が寂しいので、農林水省への手土産が必要です」
ネビー曰く、自分は冤罪だと信じているが、農林水省はそうは考えないだろう。
真相は永遠に誰にも分からないので、疑わしきは拒絶するというように、神職ウィオラの義妹、それも共同で働いているレイと重犯罪者の縁結びにはケチをつけてくるはず。
「そこで私は、先回りして、初めて農林水省と敵対する所存です」
「やり返されたらやり返されるんですけど、まぁ、出たとこ勝負というか」
「何も知らないことにして、たまたま保護所がいっぱいだっただけなのに監獄出という相手を慕っただけで、私の妹は事実婚で子も成せませんと、最近、何人かにそう泣いてみせました」
オケアヌス神社の奉巫女は現在四人で、全員が海に関係する商売人達に崇拝されているので、ちょっとした言葉が大きなうねりになることがある。
たとえば先日、ユリアの学友マリが死病に襲われ、状況を上手く飲み込めなかった婚約者シンは、この処置はおかしいのではないかとウィオラに少し食ってかかり、赤鹿による病気ではないかなどと疑った。
それだけのことだし、ウィオラもユミトも怒っていないのに、俺達の豊漁姫を疑った、豊漁姫の夫が大事に育てた赤鹿乗りを侮辱されたと漁師達が激昂。
それで海が荒れたと更に大騒ぎ。豊漁姫が怒っていないのに海が荒れる訳がないと言っても聞かない。
シンの実家は業務停止やら監査が入る事態になり、彼の財産は半分没収寸前にまで至り、やいやい、やいやいあちこちで揉めているという。
管轄が違うのに、ネビー・ルーベルとロイ・ルーベルがいないと嫌だ! と二人もまた引っ張り出されている。
レイのお見合い破談の半分くらいは、レイが乗り気じゃない以上に、ここらへんの面倒くさい事を教えたからでもある。
外から見たら羨ましい権力も、実態を知ると遠慮したくなるの図。
シンを前から気にかけていて、福祉班としても担当だったユミトは、彼と農林水省の役人と挨拶回りの日々だ。
「……ネビー君。ウィオラさん。それはその、どうなると思っているんだ?」
いつも威風堂々としているデオンが狼狽する姿を私は初めて見た。
「先に言ったもの勝ちなところがあるので、皆さんが怒るなんて予想出来ませんでした、すみませんとすっとぼけます」
「ユミトとレイの評判なら、事実婚じゃなくて正式に婚姻させろーってなるはずです」
デオンが「それで自分達に不利益はないのか?」と心配してくれたけど、兄とウィオラは「少し仕事が増えるくらいでしょう」とにこやかな笑顔。
「あんみつが売り切れでしたと嘆いただけで、俺達の豊漁姫が来たのに、なぜ一つくらい作らなかった! と恐ろしい事が起こりますので日々、困っております」
「このくらいならきっと、そのあんみつで怒られるのと、変わりません」
「レイさんもユミトさんも、日頃から区民の皆さんに優しくしていましたので、仕方ないとなるでしょう」
二人は顔を見合わせて、ねっと言うように笑い合った。
レイとユミトは兄とウィオラが婚約した後に出会ったので、あの頃に無理矢理縁結びしようとしても無理だったかもしれない。
ユミトが優秀な赤鹿乗りになり、この地で警兵として励んだり、レイがウィオラの仕事を手伝っていたから縁結び出来るということ。
私がそういう考察をしていたら、デオンがそう語ったので皆で改めて二人をお祝い。
ここへ、その農林水省の役人数人が登場。
「その縁談待った!」と止めにきたのかと怖かったけど、彼らはウィオラに「誤解を解いて下さい」と泣きついた。
「中枢の中枢から激怒が襲ってきました!」
中枢の中枢? とこの場の全員が首を傾げたら、皇帝陛下の弟、煌国東部の守護と全兵官を任されている、猛虎将軍ことドルガ皇子が激怒しているという。
「……。なぜドルガ様が……」
「本日、たまたまいらしたドルガ様が、ご子息の息災を祈る為にオケアヌス神社を参拝され、オケアヌス神社附属の寺子屋になるというお屋敷を訪れました」
「豊漁姫様もご存知の、例の不漁大罪人の子のお屋敷でございます」
「弟君アルガ様と訪問され、屋敷の主はアルガ様と同じ加護の手だったということで……」
娘の友人マリが暮らすお屋敷に、とんでもない来客があったようだ。
我が家に皇子様が訪れたら、腰を抜かして動けない自信があるけど、そのような事は起こったことがない。
「詳しいことはまた後程。今すぐ確認を取って来るようにと指示されました」
「アルガ様と同じ加護手持ちのシン・ナガエ改め、本日よりシン・アルガとなった者の日記によれば、農林水省は理不尽な縁談禁止命令を出しているようだと!」
「アルガ様が少し尋ねただけなのですが、ドルガ様がとにかくお怒りで。あの方の激怒は大地が割れると言いますか……」
「海が割れて豊漁ですが、海が、海が、海が、割れました……」
「割れたのでございます……」
「海が真っ二つに分かれて、ドルガ様が歩き……サメを掴んで振り回して、腹の虫がおさまらないと……」
「なにも知らない区民は、大豊漁で大喜びでございます……」
海はたまごみたいに割れないのに割れたの?
サメは絵でしか見たことがないけど持てる大きさなの?
よく分からないけど、ネビーとウィオラが農林水省へお呼ばれ。
もしかしたら戻ってくるかもしれないし、二人がいないと話が進まないことはないので宴席は継続で、ユミトとレイは良縁だとお祝い。
数刻後、げっそり顔の兄だけが戻ってきた。ウィオラはしばらく農林水省の担当者達と相談会らしい。
兄は何も言いたくないけど、疲れたから飲みたいと口にして、デオンに「怖かったです……」とメソメソしながら酒盛りを開始。
兄が怖かったとは、余程のことだ。
兄とは別行動だったウィオラはしれっと戻ってきて、大したことではなかったと笑い、ついでなので義妹の縁談について農林水省で聞いて、何も問題が無いと教わったと満面の笑顔。
その結果、レイとユミトが祝言したような勢いになり大盛り上がり。
この日、かなりの速度で飲んだ兄はべろんべろんに酔っ払った。
「俺は妹の相手は誰でも嫌だけど、特に親友とねんごろなんて最悪だけど……レイの赤い糸は大昔から君みたいだ……」
兄はこの台詞を口にしてデオンの膝を枕にして爆睡。
父と盛り上がっていたロイもなぜがほぼ同時に父の膝を枕にして寝たので、デオンが「桃兄弟は本当に年々似ていくな」と呆れた。
☆☆
親愛なるリルさんへ——……。
リルが失神したり、庶民中の庶民がいきなり皇族から褒賞を賜ったとなれば、数多の者にすり寄られたり詐欺師に狙われたら困る。
ルシーは、リルにいつものようにお元気ですか? という手紙を書いた。ただ、急ぎなので普段よりも早く書いて、更に最近寂しいから早く返事が欲しいと依頼。
リルに気を遣ったルシーは「今、何でも望みが叶うとしたら何を望みますか? 何が欲しいですか?」と質問。
その結果、リルはこういう返事を書いた。
「今読んでいる、娘の友人の婚約者が書いた小説を印刷出来たら、恐ろしい病について大勢の者に知らせられるから、今の欲しいものはロストテクノロジーの印刷機です」
よって、そのまだ未発売の小説「雪萼霜葩の君となら」は皇居へ取り寄せられた。
シン・ナガエが、これまでとはガラリと作風を変えたことなど知らないドルガは、その小説に胸打たれ、妻なんて更に。
幸運なことに兄と同じような手を持って生まれたというのに、疎まれ蔑まれて育ち、自暴自棄になり、この世を恨むような小説を書いていた者が、美しい物語を作るようになり、妻と同じように死病から逃れられるようにと願いを込めた。
それは、とても素晴らしい変化であり気になるので、別件もあり、彼はシンに直接会いに行くことに。
弟が歩くと面倒ばかり、ということで双子の兄アルガも同行。
シン・ナガエの訪問はつつがなく終了したものの、アルガの手には「シンが間違えて渡した日記」が渡った。
二人は帰路でそれを読み、どうやら彼の愛する妻を救ったのは赤鹿警兵の赤鹿だと知った。
赤鹿が病気に気がついてマリを運んで救った結果、息子——甥——が助かったのなら、その赤鹿にこそ褒賞を与えるべき。
日記によれば、この殊勝な赤鹿の飼い主ユミトは、オケアヌス神社の奉巫女の義妹と事実婚。婚姻はさせてもらえないらしい。
瞬間、ドルガはブチ切れた。
赤鹿は神聖な生物で、赤鹿屋に生まれても懐かれないこともあるのに、無縁の出自の者が好まれているのなら、その者の性根は確実に善である。
そんなことも分からないで神職管理、龍神王様がわざわざ民の為に作った海湖を管理しているなど許さん。
自分の息子を間接的に救った赤鹿の飼い主を褒め称えて褒賞を与えるのではなく、良縁をぶち壊そうとしているとは何事か。
農林水省の緊急監査に入る! である。
このようにして、役人達は豊漁姫ウィオラを召喚。
ついて行ったネビーは、赤鹿警兵ユミトをよく知るのは彼ですと説明係を押し付けられ、緊急監査が終わるのを待つのは暇というドルガの暇つぶし相手としても目をつけられるという。
本人達が知らないところで、そんな風にわりと面倒なゴタゴタが勃発したものの、レイとユミトの縁結びには特に影響はなく。
二人は年も年だしと、かつて出会った日に祝言した。
レイとユミトの物語は、めでたし、めでたし
ユミトとレイが気にかけているシンとマリの話
↓
「彼と彼女は政略結婚」




