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特別番外「尽未来際物語5」

 一閃兵官の妹の一人は生まれてくる性別を間違えてしまった女性。

 どうやら男性として生きていて、世間体の為に結婚したいからたまに女装する。

 縁談を始めて数年も経つと、私はそういう女性だと定着した。


 なのに、まだ縁談は途切れなくてついに百八煩悩の数となり、その百八煩悩目の簡易お見合いも破談。

 恩のあるお店で働き続けたいと言っているのに、我が家の系列店を息子と任せたいって頭がおかしいのかと思った。


 親戚孝行の為の縁談はかなり前に終わり、ガイとテルルに「そんな気はしていました」と笑われたけど、もう自分達の命の灯火は残り少ないだろうから、貴女の花嫁姿を目に焼き付けておきたいという願いを叶えられない自分には心底ガッカリ。

 二人は単に私の花嫁姿を見たいのではなくて、破天荒な私はもう安心だと見届けたいのは明らか。そして、それは私の両親と同じ願いと祈りでもあるというのに……。


 準官になったら結婚するのかと思ったユミトは結婚どころか結納すらしない。

 結納すらしないどころか、恋人をお披露目すらしない。

 流石に気になるけど、私は何年も前から彼のその分野、色恋方面には突っ込まないようにしている。

 傷ついて疲れるだけなので、質問しないし、耳も塞いでいる。


 七地蔵竹林長屋の子達に世帯持ちが現れたし、職場の人と結婚するから出て行く子も出てきた。

 海岸で人魚姫を拾ったし、ユミトが気にかけていたご近所の引きこもり御曹司が顔を出すし、その御曹司は親が決めた婚約者を蔑ろにするから忙しい。


 下半身が海藻でぐるぐる巻きだった溺死寸前の女性、人魚姫こと記憶が無い異国人アリアは母に任せたけど、拾った責任があるから会いに行かないといけないし、今後の生活を考えないといけないし、彼女の保護費を稼がないとならない。

 どういう育ちだったのか高飛車気味で家事全般壊滅的で不器用。おまけに煌国の常識も乏しい。

 しかし、彼女は絶世の美女で舞踊の筋が良いらしいので、そのうち東地区のムーシクス家に頼むかもしれない。

 その時は、彼女の生活基盤が整うまでついていくつもり。あと義姉に家業の巡業関係で旧都に行くかもと聞いたので、便乗したいものだ。


 多分御曹司のシンは、家族に恵まれなかったようで傷つけられ過ぎたのか、殻に閉じこもってこの世を恨んでいる荒んだ目をしている。

 彼はきっと、何かを間違えると、ボタンが少しかけちがっただけで犯罪者。

 なにせシンは時々、凄まじい程濁った目をする。

 他人の親切を素直に受け取れないのは、悪意のない親切以外を受け取ったことがないから。

 この長屋の子達と同じく、彼はとても悲しい子だ。


 カオリはせっかく結婚して家族が出来て、赤ちゃんもきてくれたのに「親にぶたれて育ったから自分も同じことをしそうで怖い」と、つわりで体調不良だから心も不安定。


 初恋の人に振られたサスケは半引きこもり。そのサスケが好きだったマホは、よしよしする振りで近寄ってきた変な男に騙されかけた。


 家計簿と予定表を睨めっこして、足りない……と呟く。


 私にはお金も時間も足りない。


 こういう時はどうするかというと、誰かを頼るしかない。

 誰に何を頼んで、不服でも誰かから手を引かないと……と考えていたら「おぎゃああああ!」と赤ちゃんの泣き声。

 この長屋に赤ちゃんはいないのにどうしたと部屋から出たら、長屋前の机の上にカゴが置いてあって、その中で赤ちゃんが泣いている。


「……保護所なら育てて下さいって捨て子。名前もつけなかったとは」


 汚い手拭いを詰めたカゴに、汚い布を巻かれた赤ちゃんが寝ていて大泣きしている。

 生まれたてほやほやでなくて、三ヶ月くらいに見えて、最悪なことに、体にあざがいくつかある。


「んもう! 育てられないなら作るな! よしよし。ここに捨てられて良かったね。私が絶対にええ親を探してあげる」


 なんだなんだと他の住人も部屋から出てきたので、捨て子がいたから、屯所に行くと声をかけて歩き出した。

 あとは寝るだけという、貴重な思案時間だったのにまた時間を奪われた。

 しかし、今夜は快晴で見上げると雲一つない空に星が沢山輝いていて、猫の爪のような月も美しい。

 私の腕の中の赤ちゃんが、私にこの素晴らしい夜空を見る時間を贈ってくれた。


「私に素敵な時間をくれてありがとう。よしよし。お腹は減っていないのね。一人になって怖かったの」


 抱っこしていたら赤ちゃんはすやすや寝たので、まだお腹は減ってなさそう。

 

「……。あっ。屯所に行っても、もう厳しいや」


 仕事人間の私は仕事の予定がつまっている。

 屯所へ行って、兵官に捨て子申請をしても、彼らはこの子を預かってはくれない。

 捨て子申請よりも先に、まずはこの子の生活の確保が必要。

 義姉は引き取りそうだけど、保護所はパンパンだし、彼女の生活時間もカツカツ。


 母上はなんで他人の子ばかりなんでしょうか、と甥っ子が愚痴ったらしくて、ウィオラは苦悩して時間のやりくりを変えて四苦八苦している。

 出世したばかりの兄も、仕事と家族の間で板挟み。


 我が家で余裕があるのは……と歩きながら考えて、実家には人魚姫アリアを任せている……リルのところは娘が結納して家守り特訓中だし、テルルの体が悪いと思案。


 私は今回、ロカに頼ることにする。

 乳が出るし、寝返りも出来なそうな赤ちゃんなら職場に置いておける。

 薬師が沢山いるところなら、このアザの理由も分かるだろう。

 ロカの家へ突撃、と思ったらユミトが稽古から帰宅。


「どうしたの、その赤ちゃん」

「我が家の前に捨てられていたから拾った」

「犬猫みたいに簡単に拾うなよ。いや、拾わないと死ぬから拾って良いんだけど、まさか育てるつもりじゃないよな?」

「どう考えたって育てられないから、素晴らしい親を探すよ。仕事を休むとお金が足りないから休めないし、乳も出ないからとりあえずロカを頼ろうかと」

「それはもう俺達の仕事だって。俺が預かる」

「この時間に兵官が預かって何か出来るの? 数の少ない女性兵官さんが臨時出勤は大変でしょう。また子育て出来ないから辞めますって辞めちゃうよ。それなら一晩預かって明日から任せた方が合理的」

「確かに」

「男性兵官さんが頑張るかもだけど、夜中で体力を奪われると困るのは私達区民だよ」

「確かに。本当、せめて夜に捨てるのはやめてもらいたい」


 それなら一緒に行くと言われたので、楽をして赤鹿に三人乗り。


「かわゆいねぇ。でもぷにぷに度が足りないから、沢山食べなさい。お乳が出なくて残念」

「その着物、レイさんの元服祝いに姉妹全員からって贈られたお気に入りじゃなかった?」


 その着物とは、ボロ布じゃ可哀想だから、おくるみにした私の女性ものの着物のこと。


「そうだけど」

「レイさんってもうほとんど自分の女性用の着物がないんだってな。男装服も少ないけど」

「お金がないからね〜」

「稼いで節約しているのに何に使っているんだ」

「全部生活に必要なものです。守銭奴で管理能力の高い私にお説教するな」

「君は過剰なんだ」


 雰囲気が怒っているので、お説教が始まる。そう考えたら本当にそうなり、売り言葉に買い言葉。


「私が自分で稼いで、困らない程度に使っているのに何が悪いのよ! 私は無一文になったってすぐ稼げるから死なないし、部屋を追い出されても帰る場所があるの!」

「それはそうだけど、もう少し自分に使えって話」

「使えって言うたって、必要なお金は残して使っているから」

「でも、宝物って言ってた着物をいきなり他人にあげる必要はないだろう。あげるなら、他にもあるじゃないか」

「宝物だからあげるんでしょう! あなたには私がいるから大丈夫。これは絶対に、この世で一人ぼっちにはならないって証なの!」


 ユミトは黙り込んだけど、振り返って不機嫌顔を確認は腹が立つから無視。

 そうしたら、ボソッと「それは、そういう意味……」と呟かれた。


「あのさ」

「なに?」

「どうせレイさんのことだから、この着物をあげたんだって姉妹の誰かに聞かれたら、たまたまそこにあったからって言うよな」

「何、急に。そうだね。そうかも」

「宝物だからこの赤ちゃんの幸せを祈って贈ったって言いなよ」

「嫌だよ。恥ずかしい。私は捨て子に恩を着せましたーって自分で広めるなんて、自分に酔っているみたいじゃん」

「そうやって、レイさんは嘘だらけだ!」


 いつの間にか雲が空を覆っていて、暗闇にユミトの叫びが吸い込まれていった。


「もぅ。何に怒っているの? やめてよ。赤ちゃんが起きちゃう」

「あっ、それはごめん」

「ぐっすり寝てる。安心したのかな。これからうんと幸せな一生が待っているからね」


 エドゥアール温泉街でも赤ちゃんを拾ったな、懐かしいと抱きしめる。

 あの子は元気いっぱいらしいので、この子もきっとそうやってすくすく育つ。

 私の周りには、素晴らしい人間が溢れているから、だからこの子はあの長屋に捨てられたのだ。


 私にお説教をやめたユミトは無言なので、私も特に話しかけず。

 赤鹿は歩きでもわざとのそのそさせない限りは速いし、途中は駆けたので徒歩よりもあっという間にロカの家に到着。

 

「っていうか、ロカさんじゃなくて火消しで良くないか?」

「それもそうか。わりと赤ちゃん募集だもんね。規律正しくじゃなくて雑勤務だから融通が利くし、夜に遊び賭けをしたり寝てるもん」


 火消しは緊急出動となると休みなく働きまくるので、結構ゆるいところがある。

 事件を見つけるのは兵官で、出動するのは俺らみたいに、夜中に全員寝ている時もあるらしい。

 お前ら兵官は死んだ顔をしているから全員寝ろ! 俺らの組が総出で見回りするぜ! という時もある。

 組織としてそれはどうなの? と思うのは私だけではなく、中枢へ行った姉の夫ティエンは四苦八苦している。


「近くの組に行けば良かったのに、バカだから気がつくのが遅くなった」

「バカとバカだから、たまに苦労するよね〜」


 知り合いの方がより安心するので、ここまで来たらハ組だと乗り込んだら、顔見知り中の顔見知り、兄の親友達がいたので「拾いました」と赤ちゃんを託した。


「うわっ! あざがある。でもそれなりのええ着物がおくるみか。母親は可愛がりたかったけど、暴力夫から逃げたとか? この子一人ってことは子無しで新しい人生って自分も逃亡ってことだろうけど」

「おお。レイちゃんと同じ名前だ。着物にレイって縫ってある」


 それは私の着物で私の名前。でも、この子にはその方が良いかもしれない。

 誰にも愛されずに生まれて、捨てられたよりも、母親に愛されて生まれて、どうしょうもないから捨てるしかなかったの方が悪い気分にならないはず。


「同じ名前の私のところに捨てられるって運命的で……」

「それはレイさんの着物です」


 ユミトがそんな事を口にしたから、空気を読め空気を! と睨みつける。


「へぇ。そうなんだ」

「レイちゃんはなんで嘘をつこう……母親にこういう着物を贈られて、名前もつけてもらえたと言うてやりたいよな。要らねぇって捨てられたよりも」

「おくるみもなしで捨てられるとは、単に要らねぇってことか? 生まれたてじゃないのは不思議だな」

「金持ちの愛人の子が産んで、産んだら妾って思ったけど、繋ぎ止められなかったとか?」

「本妻が発見して、こんな汚物! って捨てることもあるよな」

「レイちゃん、俺らに任せておけ」

「女の子だからこの子は未来の火消しを産んでくれる火の副神様の遣いになるだろう」


 たまに様子を見にきます、よろしくお願いしますと頭を下げてハ組を出た。


「ユミトさんはなーんで余計なことを言うたの?」

「余計なことじゃない。本当のことを話して、共有すれば良いだろう」

「会話が増えたじゃん。疲れてて眠いのに」

「帰りは瞬足で帰るから沢山寝ろ。赤鹿の上で寝ても落とさないから寝て良いからな」

「ふわぁ……それはどうも。いつも頼りになる」


 赤鹿に乗った瞬間爆睡して、起こされた時には長屋の前。

 こんな風に赤鹿の上で熟睡するのはレイさんくらいだと笑われた。前にも同じように笑われたことがある。


「むにゃ……私の神経は竹のようにず図太いからね」


 いつもの軽口が返ってこない。

 ユミトは真剣な眼差しで私をジッと見据えている。


「何?」

「年明けから正官昇進って言われた。不祥事を起こさなければだけど。クビじゃないみたい」

「……へぇ。もうそんな年月が経ったんだ。準官と正官の違いって、私みたいに外から見ると給与でしょう? だからなんかもうおめでとう! って感じではないかな。とっくに頼れる警兵さんで、真面目な頑張り屋はクビにならないのは当たり前だもん」

「うん。俺も自分でそんな感じ。やったーって万歳して、しこたま飲んでネビーさんに絡んで、ユウのところでも酔い潰れてみたいな感じは、今回は無い」

「でもお祝いはしよう。眠いからお休みなさい」


 ユミトは「うん」と小さな声を出して、短い前髪を指でいじった。

 本当は叫びたい程嬉しいってこと。


「叫びたい程嬉しいなら素直になりなよ。よーし! 海に行こう! やったーって大絶叫大会だ!」

「えっ?」

「眠いのはどっかへ行った! 踊って叫んで大祝い!」


 なぜかケルウスに着物の帯を噛まれて運ばれ始めた。


「ちょっ? 何? 何?」

「おい、ケルウス! どうした!」


 運ばれた先はすぐ近くの海だったので、賢いから運んでくれたと理解。

 砂浜に降ろされたのでケルウスの首に抱きついて、賢いと褒めて褒めて褒めたら、また帯を噛まれてなぜか海に放り投げられた。

 間も無く夏が来るから気持ち良い!


「あはは! お返しだケルウス!」


 水をかけたらかけ返されて、波打ち際でケルウスの頭で脇をくすぐられて、クルクル回されて、愉快で子どもみたいに大はしゃぎ。


「レイさん!」


 海岸からユミトが叫んだ。


「おめでとうーーーーー! ケルウスも大祝いって雰囲気だよ!」

「俺の目標は正官じゃなくて、ネビーさんみたいに一人でも多くの人を幸せにして笑顔の絶えない人生にすること!」

「そうなの? それならもうなってるよ! だからこれからも変わらない! あはは。ケルウス。きゃあ〜! くすぐったい!」

「正官ならさすがに養えるから、今更文通はおかしいし、出掛けるのも変だし、それはもう申し込む必要がないから、あの、俺と結婚出来るか考えて下さい!」


 ……?


 驚き過ぎて砂に滑って転んで尻餅の寸前でケルウスに帯を噛まれて助けられ、ユミトの前に運ばれた。

 

 ああ、夢か。眠くて寝たんだった。


 夢の中で寝ると起きるんだっけ。それとも夢の中で寝ると熟睡するんだったかな……。

 目を閉じたら意識が暗闇に吸い込まれていった。

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― 新着の感想 ―
[一言] レイ、あんたって子は…! ユミトもレイも拗らせてますね。続きが楽しみです(*≧∀≦*)
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