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かなり未来編「信用信頼」

 日常というものは同じようで少しずつ変化していく。

 ユリアと幼馴染テオの結納が決まったら、とにかくテオが我が家へ来る。

 仕事の合間や休みの日に来て、ユリアは学生なのだから曜日と時間でいるからいないか分かるはずなのにユリアがいるか確認して、未来のお母さん! 何か手伝います! となんでもしてくれる。


 力仕事、掃除、洗濯、針仕事、買い物と何をさせてもそつなくこなせるし、雑ではなくて丁寧。

 義母は「あんなにうるさい子はちょっと……」と同居は嫌そうだったけど、家事中は黙々と働くし、私達相手だと、対ユリアや対友人みたいには騒がない。

 

「テオ君はええ子です」


 彼が買い物に行ってくれたので、義母の腕を揉みながらテオを褒める言葉を口にしたら同意された。


「ユリアの縁談相手としてまるで頭になかったけど、ええ縁談ね。ティエンさんは帰ってくる気配がないもの。頼れる火消しさんがいるのは本当に楽というか安心するから、身内ならなおさらです」

「はい。安心です」

「しかし、我が家はどんどん普通の卿家から離れている気がします」

「卿家同士の縁が薄いです」

「まぁ、職場や町内会で十分ですね」

「はい」


 生粋火消し中の生粋火消しだったら困っただろうけど、区立女学校卒で写師の娘ミユが母親だからか、テオはちょこちょこ他の火消しと雰囲気が異なる。

 勉強が大好きで、上品さもあり、かといって火消しらしさ皆無でもないのは彼が父親好きだからだろう。

 流石に今の年齢では言わないが、昔は会うたびに「親父は世界一です! お母さんには弱々〜。自ら座布団になって尻の下」と聞かされていた。

 テオは釣りも将棋も好むので、義父も毎日ほくほく顔をしている。

 母親ミユから彼の欠点を教わっているけど、些細なことばかりだ。


 カラコロカラ、カラコロカラと玄関の呼び鐘が鳴ったので対応したら、赤鹿警兵ユミトだった。

 急に赤鹿に会えるなんて今日は良い日だ。


「こんにちは! 突然すみません。今日はお約束を取り付けにきました。相談がありまして、今度、成人の皆さんにお時間を作っていただきたいです。ご検討の上、手紙をいただけると幸いです」

「そうですか。まずは居間でくつろいで休んで下さい。毎日お仕事ありがとうございます」

「いや……いえ。休日なのでお邪魔します!」


 義父母に声を掛けて、ユミトが来たことを伝えて、良く働く赤鹿警兵さんには休憩が必要なので、もてなしたいと伝える。


「そうしなさい」

「おおー。赤鹿が来たのか。庭に連れてきてもらおう」


 義母はふーんという感じだけど、義父はすこぶる嬉しそう。

 ユミトに赤鹿と縁側に回ってもらい、赤鹿ケルウスは庭で彼は縁側から居間へ。

 

「すみません。玄関先で失礼しようと考えていたので、手土産は特にありません。ケルウスがある意味お土産です」

「手土産なんて要らん要らん。ユミト君、後で赤鹿に乗せてくれるか?」

「もちろんです」


 義父が「息子とリルさんに相談はなんだい? 俺でも役に立つならほぼ毎日ここにいるし、今もそうだかと笑いかけた。

 しかし、なぜかユミトの表情は固い。


「……ル、ル、ルーベル家の決定権はロイさんですか? ガイさんでしょうか? お願い事があるので、まずはその日の約束を取り付けにきました!!!」


 元気いっぱいなのは良いことだけどうるさい。義母が顔をしかめて小さなため息。私も毎日これを聞くのはあまり。


「俺は隠居しているから概ねロイだが俺でも構わん。君の場合、兵官関係だろう? そうなると息子は俺やネビー君に相談する。そのネビー君こそ君の最大の相談者なのにどうして我が家なんだい?」


 軽い相談ではなさそうなので、この場で話が始まりそうだから、お茶を持ってくるのはやめて正座。義父も将棋盤の前から大黒柱の座り位置へ移動。


「ネビーさんは絶対に反対するからです」

「彼が絶対に反対するのにわざわざ我が家に頼み事か。俺は君が突然来るのも、突然相談も歓迎だ。赤鹿にはいつでも会いたいし、警兵の出入りで泥棒避けになる」

「ありがとうございます!!!」


 やはりうるさい。彼はいつもこんなにうるさくないのにどうしたのだろう。


「そ、そ、そ、そ、そ、相談は……」


 ここにまたお客が来て、玄関へ行ったら両親の声だったのですぐに家にあげた。

 父は不機嫌極まりない顔をしていて、母はいつものようににこやか。


「どうしたの?」

「二人でガイさんに相談」

「今、ユミトさんが来るから後でええ? 離れでまったりしてて」

「……ユミトさん? ユミトさんが来ているのか!!!」


 一層、表情を険しくした父が「お邪魔します」と素早く家に上がり、そのまま居間へ一直線。


「ちょっとあなた。もうっ。たまに息子みたいに早いんだから」


 母と父の後を追い、障子が開け放って、ユミトの背後に正座した父が勢い良く頭を下げた。


「えっ? レオさん? どうしたんですか?」

「なんだレオさん。突然来て土下座の勢いなんて」


 父は何も言わずにそのまま。母が私の袖を軽く引っ張って、義母の方へ促したのでついていって着席。


「警兵ユミトさん。このままでは四女レイがまたどこかへ行くので助けて下さい」

「……えっ? レイさんはどこかへ行くんですか? 俺、そんな話は聞いていません」

「年末年始くらいから新しいお店に行こうかなぁと言っています。火消しの南上地区本部あたりかなぁ、東地区かなぁ。しまいには旧都かなぁです」

「……き、き、き、き、旧都⁈ り、寮長屋は⁈ 一生寮父かは分からないけど、私は皆の親になるって言うていますけど!」


 破天荒妹がまた破天荒になるみたい。


「あの寮長屋には君がいます。それに彼らは生活基盤をしっかり築いていて、それぞれに信頼出来る友人知人もいるからと」

「確かに俺はいますしそうですけど! 皆、レイさんが居なくなったら悲しみます!」

「そういう訳で娘と結婚して下さい」


 父のこの発言に沈黙が横たわる。ユミトは驚愕顔で固まった。


「おお、レオさんがそんなことを言うとは」

「ガイさんにもお願いします。レイの相手はユミトさんで許して下さい。あの子は頑固で他にいきませんし、このままだとまた遠くの地で死にかけます。次は死にます。絶対死ぬ! もう三回も死にかけています! ユミトさんがいないと次こそ死にます!」


 顔を上げた父は涙目だった。声も震えている。


「なんや。母さん、レイさんは諦めたからノリノリでお見合いしていたんじゃないのか?」

「そう言うし、そう見えるからそうだと思っていました。レイさんはモテモテで困るぅ。一番完璧で最高の旦那様でないとってお見合い破壊魔人です。ルルさん以上の迷惑娘」


 義母は呆れ顔だけど笑みも浮かべたので迷惑とは思っていないだろう。


「三回死にかけて三回ともユミトさんが助けてくれたので君はレイの福神様です! 君と離れた場所だと絶対死ぬから助けて下さい。結婚が無理でも近くで暮らして今みたいに仲良くして下さい」


 確かに、レイはユミトと別々の場所だと死にそう。

 赤ちゃんと赤鹿を助けるために崖と崖の間に入って大怪我。

 火事現場にまだ子どもがいて火消しがまだ来ないと飛び込んで煙を吸い過ぎる。

 この年始も、真冬の海で人が溺れていると飛び込んで溺死凍死寸前。

 全部、たまたまユミトが近くにいて、レイを救助してくれた。


 レイは兄にかなり似ているのか考えるよりも体が先に動き、兄のように高い身体能力も経験もないから死にかける恐ろしい性格の持ち主だ。

 昔、家族親戚でレイを薄情、薄情と怒ったけど全然薄情ではなくてむしろ真逆。家族親戚には甘えているだけだと年々露呈していく。


「ほ、ほ、ほ、ほ、他にいきませんってなんですか!!!」


 ユミトの大絶叫が響き渡る。


「えっ?」


 父が目を丸くして私達家族を眺めてユミトを見て、しまったという表情になった。


「ほら……レイの初恋は君で……とっくの前にもう忘れたって言うたけど……。もしかしたら違うかもしれないなぁと。試しにお見合いしてもらったらはっきりするかも……とか……思ったり……思わなかったり……」

「……」


 ユミトはレイはあり得ない、みたいに頬を引きつらせている。

 瞬間、父がブチ切れた。まだ声を出していないけど顔がそう物語っている。


「あなた、やめなさい! 頼む側なのに怒鳴るな!」


 母が即座に察して父を羽交締め。しかし、母が口を押さえる前に父が喋る方が早かった。


「俺の娘のどこが不満なんだ! 世話になりっぱなしなんだから、少しくらい惚れる努力をします、もう一回惚れさせますとか言え!」

「あなた、世話になりっぱなしなのはレイもでしょう! おあいこよ!」


 ジタバタする父とそれを止める母に呆れる。あんた! があなた! になっただけでも進歩。


「いや、あの……」

「リルさん。レオさんを追い出しなさい」

「はい」


 私は母似のそこそこ力持ちなので、母と二人なら重たくない父を中庭に放り出すのは簡単。

 廊下だとすぐに戻ってきそうなので、賢い赤鹿ケルウスに「しばらく捕まえていて下さい」と頼む。

 こう言うとケルウスは何かしらの動作で人を押さえてくれる。父はケルウスに着物の後ろと帯を一緒に噛まれた。


 父は「俺は娘の縁談だと頭がおかしくなるからこのままでいる」と項垂れた。


「私の時は普通だったね」

「あの時の我が家にロイさんは高嶺の花中の高嶺の花だ……」

「そうだね」


 メソメソ泣いて、ロカの時みたい。縁側が見えないように扉を閉めることにする。

 母と居間に戻り、二人でユミトの後ろに着席。


「ルーベル家はお義父さんとお義母さんがいるので、今日は父の代わりになります」

「そうか。で、エルさん。レオさんの彼への依頼は本気ですか?」

「ええ。まずガイさん達におうかがいで、次はユミトさんと思っていました。レイは余計なことをするなと怒りそうなので。本心がどこにあるのか分かりませんし」

「そうですか」


 うぉほん、と義父は咳払いをして、放心しているユミトをジッと見据えた。


「一対このような多数なんて嫌ですよね。一番話し易いのはリルさんでしょう。彼女は息子と常に意見を統一していますし、我が家の決定権を有しています」


 私みたいなので、ユミトに「お時間があるようでしたら離れで二人で話しをしたいです」と会釈。

 大体の状況は把握したので、私がするべきことは分かる。


「い、い、いえ! 大人数で良いです! 今日では無かったんですが、今日はこれを言う時間を作ってもらうために約束を取り付けにきたんですが、今で大丈夫そうなので今にします!」


 ますますうるさくなった。


「レイさんは山程お見合いしているから、俺も入れて下さい! 俺の経歴では無理なんでしょうが何もしないのは諦めがつきません!」


 ……そうなの?

 こんなことある?

 義父母や私達も「レイさんはなんだかんだユミトさんのままなのか」と会議をしていて、どうするか悩んでいたところ。


「あら、そうなの。ユミトさんってそうなの。全然そんな素振りはなかったのにそうですか。夫を連れて帰ります。それなら娘と直接お願いします」

「えっ? エルさん、帰るんですか⁈」

「そろそろ孫達を迎えに行かないとならないし、夫は仕事を抜けてきましたので。私達も娘の本心は知らないので、そちらから動いてくれるなら助かります。あの子、下手につつくと怒るので。そちらからなんて助かるわぁ」


 そそくさと母撤収。

 多分、メソメソ泣きの父を慰めるのと、ユミトからレイとなると「誰が俺の娘を君にやるか!」と、誰が相手でも嫌を発動するから邪魔者排除ということ。


「ユミトさん」


 母が去ると、義母が真っ先に声を出した。


「はい!」

「今日は約束を取り付けにきたそうですが、昔はいきなり押しかけてきて玄関でわーって話しを始めましたね。あなたはすっかり礼儀正しくなりました」

「い、いえ。すみません。そんなこともありましたね……」


 義母は優しい目をして微笑んでいる。


「我が家は、あなたが思っている以上にあなたの過去経歴を知っております。裁判記録に監獄での監視記録まで全て目を通しました」

「えっ……」


 ユミトの顔から血の気が引いていく。


「俺は元煌護省で息子は裁判所なので調べられる事が多いのですよ。ネビー君が口を割らなくても」

「……」


 平家ユミトは母親殺人の罪で裁判にかけられ、冤罪の可能性が高いものの証拠不十分ということで、死罪は免れて監獄で観察刑。

 人情のある裁判官と、おざなり捜査ではなくて、悪童ジロの噂は嘘としっかり熱心に調べた地区兵官や見習い達のおかげで。

 監獄を出られるその日までの言動が全て彼に跳ね返る。結果、彼は「冤罪の可能性がさらに増した」ということで、最優良の紹介状と罪人印無しが決定。

 観察刑はそのまま継続している。今もなおだ。義父はそう口にしてこう続けた。


「俺は君をとても立派だと思う。腐るどころか天高く昇って、それは息子達の支援もあったからなので誇らしいです」

「昔、要求があるのなら手土産をと言いましたが、色々お待ちで。私と夫は、あなたとなら一家心中没落でも構いません。この家はどんどん卿家から外れています。嫉妬羨望で卿家剥奪の罠を仕掛けられても、卿家ではない道でしっかり子孫繁栄出来ます」

「まあ、今の君の身分証明書を見て、殺人罪で監獄にいたなんて誰も読み取れん。少しずつ更新されているのは、兵官だから読み取れていますよね?」

「……なんかハンコが微妙に変わったなぁと思って、自分では職場資料を使っても読めなくて、補佐官に聞いて、監獄で保護歴ありって……」


 義父は席を少し外しますと言って、しばらくして戻ってきて、ユミトの前に書類の束を差し出した。


「平家ユミト……」


 ユミトが書類の表紙をそっと指でなぞった。確かに、書類の表紙にはそう書いてある。


「これは一部だが、もしも誰かにお前は殺人鬼だろうと言われたら、俺が生きている間は俺を呼びなさい。全書類で殴りつけてやる。これは君がこれまで助けた人達についての記録だ」

「……」

「信用信頼のない、危うい子はエドゥアールへ追い払った。君はロクデナシだのなんだのと噂が出回った時にこれ幸いにと。俺はあの時のことを後悔したことは一度もない。息子二人になじられて大喧嘩したが」

「……追い払ったなんて! 俺、華やぎ屋を辞める時に大旦那さんと大女将に教わりました。給与が高めだったのは、この家からの寄付だと……」

「先行投資だ先行投資。決めたのは俺ではなくて長男で、君はネビー君から寄付なんて嫌だろう?」


 頭を下げようとしたユミトの両肩を掴んだ義父は、彼に「頭を下げるな」と笑いかけた。


「君と我が家は持ちつ持たれつだろう。寄付のお礼はしてもらっている」

「そうですよ。赤鹿乗りになったからと、夫はユミトさんをここぞとばかりにこき使っています」


 ユミトはうずくまって子どもみたいに泣き出した。


 ズルい。

 これは私とロイがユミトの正官祝いの時にしようとしていたことなのに。

 レイと縁談ではなくて、お嬢さん系が好きそうな彼に、兄と共に良い家のお嬢さんを紹介したいと言って、仲人として必要な資料が色々ありますと言うはずだった。

 裁判のことなど古い古い話は教えないけど、彼が成人してからこれまでのことはお見合い相手やその親に大自慢したいから。


 しかし、まさかレイとは。


 レイが彼を諦めて数年経っているので、あまり良い予感はしない。でも誰とお見合いしても興味なさそうだから、まだ初恋を引きずっているかな。

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