特別番外「尽未来際物語2」
南西農村区から海辺街、かなり実家寄りに帰ってきた時は、強がりで家族にユミトは私のことが好きなのに兵官になれないから何も言ってくれないみたいに話していた。
しかし「桜の君へ」という手紙を読んで、これはもう無理だと感じたので、そういうことを言わなくなった。
とにかく大好きな仕事をして、寮父として年の近い我が子達を幸せにして、尊敬する家族親戚に好影響を目指す。
そんな風に過ごして二年が経ち、母に「最近ユミトさんって言わなくなったわね」と言われた。
片想いが続いて相手にされないから、兄弟分になったと伝えたら「そう」で終わり。
母はペラペラおしゃべりだけど、真面目なことだと余計な事は言わない。
すると、ほどなくしてルーベル家の御隠居妻テルルが私を呼び出して、初恋を諦めたなら、お見合いをして花嫁姿を見せてくれない? と頼んできた。
自分も夫ももう長くないだろうから、孫みたいな私が無事にお嫁さんになるところを見届けたい。
ガイともテルルとも帰省のたびに会ってきたし、沢山手紙をやり取りしてきて、海辺街へ引っ越してからは、ちょこちょこ会っている。
可愛がってくれているとは感じていたけど、まさか孫みたいと考えていたとは驚き。
考えますと伝えてとりあえず保留。私はまだ未練たらたらダメ女。
そこにユミトが特別に警兵準官になれるという話が出た。
七地蔵竹林長屋では、なるべく全員で家族のように食事をとっている。
元実家だった長屋と同じように、長屋の前に机と椅子を作ってあるので、晴れている日はそこで食べる。
その食事を作る中心は私で、炊事がしっかり出来るように皆に手伝わせている。
見習いと鶴屋奉公と勉強や稽古で忙しいユミトだけは免除だけど。
わりと弁当男のユミトが珍しく皆と食事で、その時に嬉しそうな笑顔で「俺、警兵になれそう」と告げたので驚き。
「なんでまだ秋なのにそんなことが分かるの? 騙されているの?」
「騙されてない。職場で隊長と隊長補佐官に呼ばれて言われた。俺の赤鹿乗りは中々のもので特に世話係として良いって。最近気難しい赤鹿が増えて、赤鹿乗りは他に取られているから特別だって」
話をもっと聞いたら、警兵というよりは本当に赤鹿の世話係なので兵官というよりも雑用みたいなもの。
とにかく福祉班になりたいと言っていたから、武術——というか兵官としての大半の実務——がとことんダメだけど勉強熱心だし赤鹿係もしてくれるから、見習い期間も長くて人柄評価が良いから兵官採用試験免除が決定したそうだ。
警兵で、職場は今のところ以外不可という条件付き。
下級公務員試験には合格しないといけなくて、ここ数年毎年落ちているけど、こっそり年々点数が上がっていると教えてもらえたそうだ。
「三年準官じゃなくて五年準官で業務制限がついて、赤鹿雑用係だって。三年間は他の凖官と同じく試用期間だけど、四年、五年まで凖官だったらクビはほぼ無いって言われた」
つまり、落ちこぼれ警兵見習いだけど、こいつは赤鹿関係では凄く役に立つから、落ちこぼれ部分には目をつむろうという事らしい。
「三年間が山場で、あとは残り二年間真面目に働けば一生三等正官だろうって。良くて二等。上手くいくと一等」
勤務態度と、どんな多忙でも辞めないことと、一閃兵官が世話焼きをしていることあたりが特別扱いの理由。
こういう経緯じゃ昇進はまず無理らしい。
「兵官になるのに上手くいっても十年くらい掛かるって言われて、正官まではもっとかかるみたいだけど、首の皮一枚残しみたいに警兵になれるとは。お祝いしないと」
「ユミトさん、おめでとうございます!」
「うわぁ。凄いです! おめでとうございます!」
皆におめでとうと祝われて、ユミトはとても嬉しそう。
一週間後に長屋の皆でお祝いして、兄が個人的にもお祝いして、デオン剣術道場でも祝われて、職場でも祝われて、これで下級公務員試験に落ちたら洒落にならないということで、彼は鶴屋を退職。
お礼代でお金がかかる見習いから、お礼代は要らないほぼ赤鹿係の見習いになり、貯金と日雇い——私の兄と義姉が何かでユミトをこき使う——で勉強優先生活へ。
こうなると彼は近々結婚すると感じたので、私はガイとテルル宛に手紙を送って、お見合いをしますと返事をした。
結果、山のような釣書を渡されて、家族親戚から噂が広まったのか、あちこちからお申込書の山。
まだ独身だったの⁈ という元同僚や幼馴染からもお申し込みが来て仰天。
そういえば昔、ロイに百人とお見合いをして、それでも誰も選べないなら、ルーベル家としては面倒臭い過去がありそうなユミトでも許すみたいに言われたと思い出して、百人とお見合いしないで初恋に固執していたなんて、どうかしていたと気がついた。
少しして、ユミトに「レイさんはついにお見合いを始めたんだな」と言われた。
「ガイさんとテルルさんが、死ぬ前に私の花嫁姿が見たいって言うから仕事一筋はやめようかなぁと。もう結婚出産子育てで足を引っ張られる半人前料理人じゃなくなったし」
「レイさんがお見合い……。なんかもう、弟と思っているから変な感じ。弟が男とデートかぁ」
「あのねぇ。美少年レイさんが普通に女性に戻ったら美人なの。歩けば男達が振り返るから」
家族親戚が居ない土地で身を守っていくための男装が敗因で、そこに誰かが彼の心を鷲掴みしたのなら悲しい。
「久々に見せてよ。レイさんの元っていうか昔っていうか本当の姿。ユウの子が歩き出したって言うから見に行くんだ。一緒に行かないか? 華やぎ屋でネタバラししたら楽しそう」
「エドゥアールへ旅行ってこと?」
「向こうの赤鹿屋から赤鹿を貰ってきてくれっていう仕事を与えられたから、レイさんもどうかなぁって」
「鶴屋とかめ屋が華やぎ屋となんかしたいだろうから、多分休める。ここの子達はウィオラさんに託そう」
そういう訳でユミトと二人で懐かしのエドゥアールへ帰り、ユミトの親友ユウ家族とも再会。
ユウは私と一緒にユミトを追いかけて華やぎ屋で働き、夢だった役人は「単に食いっぱぐれない仕事が欲しかったから」ということで放棄して、華やぎ屋の奉公人としてエドゥアールに居着いた。
職場結婚したからユミトや私とは別れたけど、野宿が平気で赤鹿を乗りこなすユミトだとエドゥアールは庭みたいなもの。なので二人はわりと会っている。
ユウの妻に着物を借りて、化粧品も借りて、短い髪に持ってきた飾りもつけて「こちらが本物のレイさんです」とユミトとユウの前に出たら、中々良い反応をもらえた。
「これは確かに歩いたら男達が振り返るかも。へぇ。レイさんって、こんなに大人っぽくなったのか。なんかずっと子どもの感覚だった。喋ったら台無しだろうけど」
「一言余計です! それに私はユミトさんと出会った時から成人です!」
ムカつくけど女性の姿だから軽く叩くとか、ましてや蹴ったりはせず。
「あはは。口調まで違う」
「あのですね。この姿の私は平家料理人レイではなくて、琴門豪家や卿家の親戚レイさんです。家族親戚とこの姿でいる時はお嬢さんのように振る舞っています」
「そうなんだ。俺は知らない世界だ」
ユウ家族と遊んでから華やぎ屋へ行き、元同僚達にご挨拶。
旦那と女将は私が女性だと知っていて、親友になった女性従業員も三人も知っているけど、あとは発育が悪い少年みたいなままなの可哀想な男みたいに思われていたので、かなり驚かれた。
「ユミトさんは警兵にほぼなれるからお礼と決意表明に来て、私はそれならお遣いって頼まれて来ました。専属赤鹿乗りがいると便利ですね」
「……レイ。いや、レイさん? おい、レイ! 女ってなんだ! 言われたらめちゃくちゃしっくりくる! なんで俺は騙され続けていたんだ!」
かつて切磋琢磨していた料理人コイチが叫んだ。
「ユミトは知っていたのか⁈」
「出会った時はこういう感じで、髪が長くてさらさらしていたから知っている。懐かしいなぁ。腹減りで倒れかけて、レイさんがお弁当をくれ……」
そこでユミトはなぜか首を傾げた。それで私を上から下まで眺めて、瞬きを繰り返している。
「何ですか?」
「……いや」
「ちょこちょこあるけど、変なユミトさん」
ユミトはお世話になっている赤鹿屋へ行き、私は華やぎ屋でお遣いその他。
夜はユミトとユウ家族のところへ戻り、泊まらせてもらい、翌日も似たように別々に過ごして、二泊三日の短期旅行は終わり。
赤鹿の赤ちゃんを手に入れたというか、懐かれて離れてもらえないから引き取れたユミトは「これでますます準官が近づく」と、とても嬉しそう。
その赤鹿の赤ちゃんを抱っこしているのは私だけど。後ろから覗き込んでくると距離が近くてドキドキするからやめて欲しい。
私は早く、他の人に気持ちを移したい。
しかし、これが全然上手くいかない。
私の縁談条件は鶴屋かかめ屋か雅屋で働ける場所で暮らせて、料理人を辞めろと言わない人。
結婚、出産、子育てになった時に私が家の中心ではなくて他の人がそれを担い、私には仕事をさせてくれる人。
なるべくなら今の寮、七竹林長屋の子達の世話も続けたいから海辺街で暮らして鶴屋で働きたい。
私は私が崖の下から助けた赤鹿だけは乗れるので、実家で同居も可。
それで、私は薄情破天荒娘だから、とにかくこちらの家族親戚を優先して足を引っ張らない人が良い。
我が兄、一閃兵官の人気は海辺街と南三区六番地では以前よりも凄まじいことになっている。
そして義理姉は神職で、そこに親戚のルーベル家には中央所属の裁判官がいて、姉のルルは火消しに嫁いだし、妹のロカは薬師だ。
なので、ツテコネ権力目当ての家からとにかく縁談が来る。
というか、継続的に縁談話が来ていて、取りまとめ役のテルルが選別した釣書の持ち主だけが残っているというのに、それでも沢山。
お世話になった人関係は特に残してあって、テルルに「どうせ無駄でしょうけど、仕事の合間にお茶をお願いします」と頼まれた。
「エドゥアールや南西農村区へ行った浪漫女性に付き添い人は要らないでしょう」
「そうですね。肝っ玉娘ですし、私の裏には一閃兵官に中央の裁判官がいるから相手こそ付き添い人が欲しそうです。それなら、かめ屋で働く日にかめ屋でお茶にします」
私は現在、鶴屋だけではなくて、本店のかめ屋にも顔を出していて、昔少しお世話になった雅屋でも働いている。
週に一日は休みにしてあるけど、その日もどこかしらで料理かお菓子作りをしている。
自分で組み立てているのだけど、私の予定はぱんぱんで、ゆっくり時間をとって本縁談をする気にはなれない。
初恋が叶わないなら、独身でいいやと考えているからである。
テルルもガイも、両親も、それが分かっているから特に何も言わないのだろう。
次々と男性と会って、どんな家にも誰にも興味が湧かなくて、次々と二回目は無しと返事をしていたら、かつて姉のルルについたあだ名「見合い破壊魔人」をつけられた。




