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26話

「失礼致します」


 居間に入るとロイがお客様にお酌をしていた。お客様は全員、机の上を眺めている。

 机の上にクロダイの魚拓が広げられていた。床に何本か酒瓶がある。


「嫁と2人でよいしょ、こらしょ、どりゃあ! っとしても無理で息子の同僚にも手伝ってもらって、おりゃあああ! っと釣り上げたんだ。おお、リルさん。来なさい」

「はい。失礼致します。皆様、お口に合うと良いです。どうぞお召し上がり下さい」


 つまらないもの、とは言ってはいけない。お客様につまらないものを出すなんて失礼と勉強済み。

 母がたまにご近所に「つまらんものだけど、多く採れたのでどうぞ」と言っていたけど、長屋の常識と卿家の常識は違う。難しい。

 

「なんやガイさん。息子が長屋娘を勝手になんて言うてましたけどお嬢さんではないですか」

「これはまたガイさんの奥さんのようですね」

「突然お邪魔したのにカブの煮物なんてどうやって用意したんです?」

「ほお、雅な漬物ですね」

「こんなに沢山ありがとうございます」


 お皿を配り回っていたら質問された。


「はい。カブの煮物は朝食用に作ってありました。もたもた嫁なので早め早めに作っています」

「そりゃあ朝食を奪ってすみません」


 しまった! 言葉選びを間違えた! えっーと。


「頂き物のカブが沢山あるのでまた煮てくれます。嫁は料理を好んでいます。本人はもたもた言いますが、その飾り切りのように凝り性で」


 ロイの援護で助かった。やっぱり優しい。


「そりゃあええ嫁さんもろたなロイ君。つまみを出してくれるのが早いから驚いたけど煮てあったのか。そうかあ」

「ガイさんの奥さんは手足がたまに痛むので通院中と聞いています。奥さんも助かるでしょう」

「ガイさんから聞きましたよ。海釣りは大漁でそれを奥さんとお嫁さんで料亭料理のようにしたとか」

「こんなちんまりしたお嫁さんが海釣りなんて行くんですね」


 長屋暮らしと似た感じでわいわい喋るので返事が出来ない。名前もわからない。どこの家の人かも知らない。困った。

 ロイが会釈をしながら隣に来てくれた。そっと耳打ちされる。


「相槌を打って、酒が無くなったらおつぎしますか? でお願いします。そんな喋らんでええです」


 こくんと小さく頷く。


「すみません。母が友人宅にお邪魔していまして迎えに行ってまいります。失礼します」


 ロイは一礼して、腰を落としたまま居間から出て行った。

 普段は立ったまま出入りだけど慣れた動き。品とはああいう動きだろう。私にはまだまだ足りないもの。


「ロイ君は立派に育ったなあ。もう祝言とは月日の流れは早い早い」

「料理上手な嫁を探すとは血は争えんですね」

「あの泣き虫ロイ君が嫁取りの年かあ。いや、早かったですよね。あと数年先かと思っていました」

「今日は新婚で2人きりだったのに邪魔してしまいましたね」

「あんまり喋らんロイ君と何をして過ごしていたんです?」


 泣き虫ロイ君は気になる。でも質問に返事しないとダメ。


「今日は勉強とトランプと将棋をしていました」


 義父が大事に大事にクロダイの魚拓を丸めていく。受け取って片付けた方が良い気がしたので、立ち上がって両手を出す。しまう場所は知っている。


「おお、ありがとう。しまっておいてくれ。リルさん、将棋を覚えたんです?」

「駒の動きや規則を教えていただきました。山崩しもしました」

「そんなら明日詰将棋をするか。あと駒落ちで対局」

「お義父さんなら王将だけで私に勝つと聞きました」

「そうだ。その通り。裸王で勝ってみせよう」


 義父は機嫌良さそう。ロイが将棋を教えてくれて良かった。

 俺だって勝てると次々に始まる。この間に魚拓のお片付け。一応廊下に将棋の準備。座布団も置いておく。

 居間に戻ってお酒の確認。足りなそうなお客様に声を掛けてお酌をする。


「お嫁さん、お嫁さん。さっき言うてたトランプとは何です?」

「はい。西の国の遊びに使う札で、旦那様がご友人から譲っていただき、私に贈って下さいました」


 お持ちします、と言って寝室にトランプを取りに行って居間へ戻る。皆トランプに興味津々。

 義父が「妻がジョーカー抜きゲームにハマっている」とボヤいた。

 義父も少しうんざりしていたのか。義母の前ではニコニコしているのに。


「今日は大富豪というゲームを教わりました。ゲームは遊びの意味だと習いました」

「西の方の言葉ですね。そんならその大富豪を教えてくれます?」

「クロダイの魚拓を見たら帰るか、少し対局の野次馬と思っていましたけど、トランプをしてみたいです」

「自分もトランプは気になるけど今日はガイさんと宿命の対局があります」

「お義父さん。将棋盤を廊下に用意してあります」

「おお、リルさんありがとう。気が利く嫁なんだ。よしローガンさん。勝ったら約束通り釣り針を貰いますよ」

「そっちこそ、糸の準備をしといて下さいよ」


 廊下側の襖を開けて、その後トランプを全部表にして机の上に広げた。

 こうなるなら柄と数字を綺麗に揃えておくんだった。


「柄は4種類です。春夏秋冬です。赤は昼、黒は夜です。数字は1から13です。クラブは春。それからダイヤは夏。ハートは秋。スペードは冬。それから特別な札、ジョーカーです」


 4人にジイッと見つめられて緊張する。ロイのようにちゃんと説明出来るかな?

 スペードを集めて数字順に並べる。


「このJはジャックです。騎士とか色々意味があるみたいですけど数字の11です。それからQはクイーンで皇妃様。数字の12です。Kはキングで皇帝様。数字の13です」

「美しい札ですねえ。版画と判子でしょう」

「13が4種類で52枚。道化師で53枚ですね」

「花札より風情がないけど11から13とジョーカーは凝っていてええですね」


 四角い顔のお客様はどうしてすぐに52枚と分かったのだろう。早かった。13足す13足す……と紙と鉛筆を使ってもたもたする私とは違う。

 義父の友人だから卿家の主人かもしれない。それに今さら気がついて緊張が増す。


「大富豪ではこの順に強くなります」


 1と2を移動して最後にジョーカーを置く。


「ジョーカーには唯一このスペードの3だけが勝てます。切り札です」

「歩兵のようやな。一歩千金ですね」

「歩兵の出世は金貨千枚を稼ぐこともある、という意味ですか?」


 きょとん、という顔をされてしまった。間違えたみたい。


「すみません。物知らずで。歩兵は偉い兵士に出世してお金を稼ぐと教わったので。辞書で調べておきます」


 会釈をしたら首を横に振られて微笑まれた。


「知らんのに的を射た例えで感心しただけです。歩は弱い駒だけど価値が極めて高くなることもあるから大事に、という意味です」

「ありがとうございます。覚えます」

「どういたしまして」


 優しくて良かった。それからロイのおかげだ。ロイが歩兵、とだけではなくて色々説明してくれたから。


「お嫁さん、それで大富豪はどう遊ぶんです?」

「はい。平等に札を配ります。弱い札から順番に出して、早く札が無くなった方が勝ちです。ジョーカーとスペードの3と2。それから特殊な8を最後の札にすると反則負けです」

「ほうほう。頭を使わないといかんですね」

「こういう頭を使う遊びは自分の独壇場になりそうです」

「なんやアンソニーさん。そう言うていつも将棋も囲碁も負けるのに」

「そんなことないですよ」


 札を全部ひっくり返して自分を入れて5人分に分ける。大人数は初めてだ。

 丸顔の狸みたいなお客様はアンソニー。覚えるぞ。


「無かったら無いと言って次の人です。全員が無いと言うたら仕切り直します。その繰り返しです。細かい規則は途中で説明しますので最初は練習です。右回りで1番最初の方は……」


 ロイが説明した通りに喋れているはず。目上の人達とじゃんけんするの? どうするの?


「よーし、じゃんけんするか」


 するんだ。じゃんけん。皆動きに品はあるけど、よく喋るし、結構飲んでるし、長屋の男達みたい。


「トーマスさんからですね」


 ギョロッと目が大きいお客様はトーマスさん。どんどん名前を呼び合ってもらいたい。


「んー、弱い順に出すかあ」


 クラブの5が出てきた。次はアンソニー。ハートの8。


「8が出たら仕切り直しです。8切り言います。それでまたアンソニーさんの番です」

「ほうほう。弱い札を片付けたい時の切り札ですね」


 そうなんだ。私は何も考えて無かった。ロイと同じで賢さが違う。


「同じ数字の札が複数枚あれば一緒に出せます。そうすると他の方も同じ枚数出さないといけなくなります。ジョーカーは他の代わりにもなるのでキングとジョーカーを一緒に出したらキングが2枚と一緒です」

「単純かと思ったら色々規則があるんですね。とりあえず、この要らん3です」


 ダイヤの3。順番は続いて私の番。説明の為に、クローバーのジャックを出した。


「11が出たら強さが逆になります。この山が終わらん限り3が1番強いです。ジョーカーが1番強くて、ジョーカーにスペードの3が勝てるのは変わりません」

「なんやお嫁さん。それ言うておいてくれたら3を残すか悩んだのに」

「弱い札を残しといたら、ということもあるんですね」

「こりゃあ、よく考えて可能な限り自分のところで仕切り直しさせる遊びですね」


 そうなんだ。そうか。自分のところで仕切り直すと使えなそうな札を捨てられる。


「後は他に規則はあります?」

「はい。同じ柄が続いたら他の方も同じ柄を出さないといけんです」

「そんなら自分がここにクローバーを出すとその縛りの始まりですね」


 私の次のお客様がクローバーの10を出した。これはちょうど良い。


「11、10と連続したのでこの次はクローバーの9しか出せません。数字縛りは柄違いでも起こります。あと、勝つ為にわざと札を出さなくても良いです」

「こりゃあ難しくなってきたなあ」

「そんで規則はまだあります? このくらいなら子どもでも覚えられますね」


 そうなんだ。私は何回かロイに確認した。


「簡単過ぎず難し過ぎず、数字と柄の札でこういう遊びを作るとは面白いですね」

「チェスなんて将棋の劣化版とバカにしていましたけど、このトランプはええですね」

「さっきガイさんがジョーカー抜きゲーム言うてましたから、他にも遊び方があるんでしょう」


 チェスはなんだろう?

 まあ、今は大富豪だ。今日は頭がもういっぱい。


「勝敗が終わった後に1つ規則があります。それから滅多にないですが、ジョーカーを含めても良いので4枚同じ数字の札を出したら革命です。もう一度革命が起こるまで、ずっと札の強さが入れ替わります」


 大勢の前でこんなに沢山喋るの初めて。


「4枚はなかなか揃わんですね」

「終わったら規則があるなら、ザッと最後まで終わらせてみますか」

「そうですね」

「デレクさんの次は自分です」


 私の次の方はデレク。1番ふくよかな方。あと1人で全員分かる。最後の方、四角い顔はキースさんだった。

 トーマス、アンソニー、私、デレク、それからキースの順。順番が変わるたびに心の中で名前を呟いて覚える。

 大富豪は待ち札が少ないと難しかった。私の負け。

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