日常編「ルーベル家小話2」
☆ その一 ★
先日、八百屋で買ったキノコを昼食に使ったら、私と義母は食あたりになって苦しんだ。このキノコは怪しい、と感じたのにお店で売っているから大丈夫だと思い込んだせいだ。私は結構キノコ狩りに行っているので、次からは「ん?」と思ったら実家へ走って母や長屋に住むキノコ名人を頼る。
滅多に体調を崩さないのに、あんなにお腹が痛くなって、上からも下からも色々出るのは二度とゴメンだ。私も義母もあまり動けなくて、厠近くの廊下に転がるハメになった。
実家だと、厠の近くにうずくまらないとならなくて、草むらが近いから気をつけないと蛇の襲来を受けるから、大きな家で暮らせる幸せを改めて噛み締められた事だけは良かった。
さて、そういうことがあったので、私と義母にいっぺんに何かあることもあるので、ロイが家事をもっと練習すると言い出した。
本日は日曜日。ロイがその家事練習をする日だ。朝起きて、朝食を作らなくて良いのに暑いから目が覚めた。隣を見たら、ロイは爆睡している。
昨年経験したので、夏のロイは大の字に寝て腕が私の体に乗ると暑いし重いから、布団を離しておいて正解。今日も昨日と同じで大の字で寝ている。
体を起こして、布団の片付けようとして、今日の家守りはロイで、義母に口は出して良いけど何もするなと言われている事を思い出したのでそのまま衣装部屋へ。
お出掛けする予定はないので、別の浴衣に着替えて、脱いだものを持って一階へ降りて雨戸を開けようと考えて、今日の家守りはロイで義母に口は出して良いけど何もするなと言われている事を思い出したので居間でぼんやり。
先日、私が好きな勉強ばかりしていると知った義母に勉強予定を立てられたので、それを前倒しにすることにする。
予定を変えないか義母は私を見張そうなので、勉強は居間ですることになったから勉強道具はここにある。
勉強することが目的ではなくて、覚えることが目的なので、もうすぐ私は試験というものも受けさせられる。試験を作るのは義父らしい。
家守りに関するようなことは口頭で合格したけど、役所についてという難しいことがサッパリで、読んでも読んでもイマイチ覚えない私は、たまに義母に質問されても「勉強しなおします」だった。その結果、試験を実施するということになり、その試験の点数によって何かが起こるという。怖い。黙々と勉強していたら義母が起きてきた。
「ロイは寝ているの?」
「はい」
「起こさないんですか?」
「起こしたら家守りの練習になりません」
「その通りなので正解です」
「……不正解だとどうなっていました?」
「ロイがやり直すだけです」
義母は手足がイマイチな日は朝、庭で体操をする。たまに「長生きしなさい」と誘われるのだけど、今日はその誘われる日だったので、私も一緒に玄関から庭へ出て体操。
「雨戸が閉まっているから庭にすぐ出られませんねぇ。ロイはいつ起きるのかしら」
「旦那様は日曜のいつもの時間だと思います」
「賭けますか?」
「……?」
「この間、私達が食あたりした日にエルさんが来てくれたでしょう? その時に聞いたんですよ」
私達家族は毎年、少ないけれど玩具花火をするという家族行事があって、七月の終わりにすることが多いから、その時は私を帰宅させられないかと母に尋ねれられたそうだ。
昨年の私は花嫁修行中でかめ屋にいたので、二年ぶりになる。家のことを終わらせるのに人手がいるのなら今日のように来るのでお願いしますと頼まれたという。
「花咲花火で勝負して賭けをすると聞きました。子どもと何を賭けるのかと思ったら、勝った人が負けた人に小さなお願いことをするそうですね。しませんか? と聞かれてしたことがないと答えて、まあ、なんとなく」
なんとなく、してみたかったということだろうか。
「賭けます」
「では、私はロイはいつも通り起きないに賭けます」
「私もそっちです」
「賭けになりませんね」
「はい。あっ。花咲花火をしましょう」
「しませんよ。手が震えて負けますから。もう何年もしていません」
言われてみれば義母は不利だし、花咲花火が楽しめないのは悲しいかもしれない。気遣いもお誘いも失敗。
「お義父さんと旦那様、どちらが先に起きるか賭けませんか?」
「ロイでしょう」
「お義父さんにします」
私もロイの方が早いと思うけど、そうしたらまた賭けにならなくなるのでこうした。結果、珍しく義父が先に起きた。理由は義父が唯一早起きをする「釣りに行く」である。私は誘われてない。
義父の釣りは父とジンと共にらしくて、大家に渡さないといけないから我が家はしない長屋近くのトト川釣りをして、その後に三人で幸せ区まで行って市場調査だそうだ。そういえば、そういう話が出てあったことを忘れていた。釣りに行く、は聞いていたけど父とジンとだったなんて聞いてない。
「それでリルさん。俺の弁当は?」
「今日はロイが家事を練習する日で、ロイは貴方が朝から出掛けることを忘れて寝坊中なのでありません。おむすびをお小遣いから買って下さい」
私も忘れていた。
「それなら握り飯代はロイから回収しよう。行ってきます」
釣り道具は父達のものがあるので財布くらいしか持っていかない義父は、浴衣にお出掛け着の帯という格好で家を出発。実家の長屋に義父の普段着やお出掛け着では目立つからだろう。
「……お義父さんがあの長屋へ行って釣りをするんですか⁈」
「結婚お申し込みの際に行っているのに、何を驚いているんですか」
「似合いません」
「あれは多分、火消しさん目当てですよ。ロイがイオさんと飲みに行ってからブツブツ言うていましたから」
こうして、賭けは私の勝ち。義母に「リルさんから私への小さな命令はなんですか?」と問われた。
「……考えていませんでした」
「三日以内に決めて命じて下さいね」
「はい」
居間で再び勉強会開始。腹減り、ひれはろ。ぐうううううっとお腹が鳴る。腹減り貧乏娘は腹減りに耐えられるけど、この約一年は腹減りを経験していないので私のお腹は弱虫になったようだ。
「お義母さん」
「なんですか?」
「小さな命令を決めました」
「なんですか?」
「お腹が減ったので朝ご飯を作らせて下さい」
「……それは命令なんですか? 作って下さいではなくて?」
「……。力仕事はするので作って下さい」
「お父さんがいないから、西風にしましょうか」
「はい!」
この後、私と義母は西風の朝食作りを開始。義父が好む味を追求したら普段の朝食にも出せるので研究で大盛り上がり。ロイは全然起きてこないけどこれで良し。
☆ その二 ★
親戚付き合いは子ども達でと決まっているけど、今夜は仕事関係の話があるらしくて父が我が家へやってきた。
玄関で父を出迎えたら、良い着物を着て、足元は足袋に下駄なのでパッと見は良い家のお父さんだけど背中が丸い。家に上がってもらったら父はブツブツ「下座は……」など、注意事項を口にしていて顔色も悪い。
「……大丈夫?」
「……おー! 大丈夫に決まっている。大丈夫だ。家が大きくてめまいがするとか思ってない」
父は現在、めまいがしているようだ。私も嫁いできたばかりの頃は緊張しまくりだった。父を居間に案内したら、義父は縁側に将棋盤を用意していて、父を自分の前に招いた。父は下座について覚えてきたようだけど時間の無駄……では悪い意味な気がするので……分からないから調べる。
父と義父が挨拶を交わして、義父は父に飲みながらと誘ったり、足を崩して楽にして下さいと促している。
「リルさん。冷を頼むか」
「はい」
リンリンリンと風鈴が鳴る縁側に、蚊取り線香を焚いて、庭や空を眺めながら将棋をするのは義父の趣味の一つ。昨年秋は私が嫁に来てバタバタしていたからかしていなくて、冬は寒いからしていなかったとはロイ談。
大事な話で二人だけの秘密の会話かもしれないから、お酒とおつまみの香物を乗せたお膳を出して撤収。明日は日曜でロイは出稽古の日。なのに幼馴染の家に飲みに行って帰ってくる気配がない。
義母の後にお風呂に入ってまったりして、義父と父はどうするのか確認に行ったら、なにやら大盛り上がりしていた。お風呂に入る前の父はカチコチに固まっているような後ろ姿だったのに、今は二人で立って踊っている。
歌と踊りは火消しがするものだ。母はお酒に強いけど、父はそんなに強くなくて、酔った父は大人しくなるか、かなり陽気になるか二択なので今夜は後者ということ。
カラコロカラ、カラコロカラと玄関の鐘の音が鳴ったので対応したらジンだった。
「親父を迎えにきた。寝ていたら邪魔だろうから」
「起きてて踊ってる」
「えっ? 緊張して飲み過ぎて寝そうだから迎えにきてって言うたのに踊ってる?」
兄の方が力持ちなので確認したら兄は夜勤らしい。ジンを家にあげて縁側へ通したら「ジン! ルーベルさんもイオ君の祝言日の神輿担ぎに参加するってよ!」と父は満面の笑顔。
「それはありがとうございます。親父、仕事の話って言うていたのになんてイオの祝言話をしているんだ」
「そんなの、ガイさんや友人がラオに会いたいって言うたからだ。あのメソメソ泣きのラオも今じゃそこそこ有名人だな! あはは」
かなり緊張している様子だったのに、お酒の力なのかすこぶる平気そうに見える。ジンが父に帰るぞと告げたら父は「リルと寝たいから嫌だ」とゴネ始めた。
「嫌」
「嫌ってなんだ!」
「リルちゃんってルカさんと同じく親父と寝るのはもう嫌って言うのが早かったらしいな」
「うん。抱きついてくるから嫌」
「娘を抱きしめて何が悪い!」
「気持ち悪い」
「おおー。リルさんもこんな風に口が悪くなるのか」
長屋風を知られるとお説教されそうなので逃亡。父もついてきて、とにかく俺は娘と寝ると言い出して、義父がそうしたら良いと言うのもあり、父の宿泊が決定。ジンは「ガイさんと将棋になると長い。指すのは楽しい時けどもう夜遅いから」と帰宅。夫婦の部屋にロイの書斎の押し入れに入っているお客用の布団を運んで三人分の布団を並べた。
明日は着物を洗いまくりたいので朝から忙しい。なので早く寝ようと思ったのに父がペラペラ、ペラペラ喋り続けて眠れない。ロカ、レイ、ルル、ルカ、ジン、兄の話だからつまらなくはないので耳を傾ける。
「もっと近い、少し格上くらいの家に嫁がせたかった。こんなの中々会えない」
「……」
「ガイさんが色々仕事を提案してくれるから、提案して勝ち取って稼いでネビーとジンとルカとこの近くに家を建てる。小さくてもええけど、リルが恥ずかしくなくて近い……」
すー、すーと寝息が聞こえてきたので父の様子を見たら寝ていた。
(恥ずかしいと思ったことはないのに……)
提案して勝ち取ってとはなんだろう。家族の近況は気になるけど本人達からも聞けることなので、父にしか答えられないことを質問したかったのに寝てしまった。
いつの間にか眠りに落ちて、暑くて暑くて目を覚ました。案の定、父に抱き枕にされていて暑くて仕方がない。脱出!
浴衣がはだけまくりの父が風邪をひかないように薄い布団をしっかりかけておいた。ロイはまだ帰ってきていないかけど、今何時なのだろう。ロイの書斎で寝ることにして、布団を運んで再び睡眠。
「う、うわああああ!」というロイの叫び声で目を覚ましたら「うわあああああ」という父の声も響き渡った。何事かと思って部屋を見に行ったら、あぐらで腕組みをしている父と正座して頭を下げているロイの姿があった。
灯りの覆いが外されているので二人の顔がよく見える。父は怒り顔で、ロイは怯えたような顔だ。
「……妻に声を掛けることは正当行為です」
「開き直るな! 俺の娘に何をしようとした! 逃げないのは感心だがこれから息子にお前を突き出すからな」
「あの、その、リルさんは自分のお嫁さんです……」
「ルルはまだ未成年で未婚だ!」
「いえ、ですからリルさんです」
「リル? リルは副神様みたいな家へ嫁に行きました。ロイさんって言うんですが、とんでもないことに、いきなり偉い役人さんが我が家に来たんですよ! しかも性格良しなんです!」
酔っ払いロイは私と父を間違えたのだろうか。この後、父は「リルはロイさんのおかげで幸せです」と本人に向かってメソメソ泣き。ロイを誰だと思っているのだろう。父は寝たのにまだ酔っ払っているみたい。面倒な気配なので無視して再度寝ることにした。
朝起きたら、朝弱い父はもう起きていて、なぜか義母と編み物をしていて、こういうことは得意だと大盛り上がりしていた。義母は冬に間に合うようにワンピースを作ると言って、春からずっと編み物の練習に夢中。
「リルさん、リルさん。見て下さい。かわゆい模様でしょう?」
「原理が分かってきたので、もっと色々な模様を作れる気がします!」
兄と同じく、父もあっという間に我が家に馴染むとは思わなかった。半月後、どういう経由か知らないけど、父は義母の共に共同集会所で編み物と花カゴ作り講座を開催。
この日、仕事を終えた父は我が家で義父とロイと飲んで、またしてもロイに向かってメソメソしながらロイ話。ロイは愉快で仕方ないからまたすぐに来て欲しいと言ったけど、私は父をしばらく我が家へ出入り禁止にした。これまではあまり見なかった父のこの変な酒癖を母が直すまでダメ。
☆ その三 ★
ロイ不倫説が尾を引いているので、最近私とロイは朝散歩をしている。仲良しなのに不仲だと言われるのは不満なので。
「リルさん」
「はい」
「早朝から散歩する方は少ないので、意味がない気がしてきました」
「私もそんな気がしていました」
「まあ、のんびり夫婦の時間が作れていることはええことです」
「はい」
散歩中、ロイはよく龍歌について教えてくれるので私はそれが楽しい。それなのに後日、私は買い物から帰る時間が被ったフォスター家の奥さんにこう心配されてしまった。
ルーベルさん家の奥さんは商家の出で教養不足だから早朝から夫に強制講義を受けさせられていると聞いたけど、大丈夫ですか? と。
「夫婦の時間なだけです」
「あらぁ。そうな気がしたけど朝から二人で深刻な顔で歩いているって聞いたので。それなら良かったです」
ここからはクリスタとヨハネの話になって、そろそろ結納かもしれないけど、そう思っていたら他の方へ行くこともあるから心配と言われ、ヨハネやロイから何か聞いていないかと質問されたので、何も知らないと返答。
次は最近おすすめの献立は何かと尋ねられたので教えたら、長男が出張者から教わったどんどん焼きというものを教えてくれたので覚えて帰宅。間違った噂ばかり出てくるので、ご近所付き合いは難しい。




