日常編「七夕祭り2」
義母の足の様子を見て、お昼はゆっくり出来る個室のお店。義母の手足を交代で揉んで、大丈夫となってから再出発。
ひくらしの出店を見に行くと、母とルルとレイが売り子として働いていた。お店には私とロイのお土産、エドゥアール温泉街の浮絵が飾られていて、立て看板には「桃源郷、エドゥアール温泉街風!」と書いてある。
それで、売られているのは父がロイに贈ってヨハネも購入したお弁当箱と似たような紐付きの箱が色々。後は毎年の売り物と変化なしで日用品や玩具が売っている。結構場所が広くて、お客さんもしっかり見てくれているから売り上げは期待大。
母達以外にも私が知っている美人売り子が二人いて、店員は知っている人達だ。いつもは私達家族は他の奉公人達と同じく人の往来の中を品物を売り歩いていたけど、今年は出店担当みたい。
「姉ちゃん!」
「姉ちゃん見て見て! 今日のレイ達は皇女様風なの!」
「あんた達、リルは小綺麗にしているんだから飛びつかないの。あと敬語。それに姉ちゃんじゃなくてお姉さんでしょう! そもそも先に挨拶!」
私に駆け寄って来ようとしたルルとレイは母に帯を掴まれて前に行けないようになった。
「ルカ、ジン、手本をお願い」
「はい」
ルカの姿は見えなかったけれど、ジンと裏から出てきた。
昔から家の外——というか長屋の外——では淑やかに振る舞えるルカが私達にしっかり挨拶をして、ルルとレイに「お姉さんの真似をしましょう」と促した。昔々、ルカが私にそうしてくれたように。
私がわりとキッチリしているのは「人前ではキッチリしないとお母さんに怒られるよ! 真似をしな!」と私に教えてくれたルカのおがげもあると思う。と、母がこの間言っていた。ルカは見習い仕事で疲れるようになり、家のことはリルが担当みたいにルル達にそういうことをしなかったけど、それを反省してまた世話焼きルカになったらしい。
家族と挨拶をし合って、今日の責任者とも挨拶をして、義父が差し入れを渡してくれて、出店の裏のゴザのところでルカと休憩。
父は他の同僚とその息子や娘とロカを連れて、いつものように商品を売り歩いているそうだ。私達がこのくらいの時間に来ると伝えてあるので、そろそろ帰ってきて、彼らが戻ってきたら早朝から働いていた私達家族は勤務終了となる。
「そういえば、奉公って十二才から可能って勉強したけどルル達やロカってええの? 昔の私達もだけど」
「昔も言わなかったっけ? お父さんの見習い扱いだから八才から問題ないよ」
「あっ、そうだ。昔ルカに教わった」
ロイに「そういえばリルさんって、ルカさんのことをお姉さんとか姉ちゃんと呼ばないんですね」と言われた。
「リルはたまに言いますよ。うんと困った時だけ、ルカ姉ちゃ〜んって」
「へぇ、そうなんですね」
「ルカも兄ちゃんを兄ちゃんって言わないです。だから私もなんとなく」
「なんとなくじゃなくて、お母さんに姉ちゃん、姉ちゃんって甘えるんじゃないって怒られてからでしょう?」
「そうだっけ」
「あんたは家のことはなんでも出来るようになるのが一番だから、自分がルカの姉ちゃんくらいの気持ちで暮らしなさいって言われたよね」
「……あっ。そんなこともあった」
この後、私は大きくなっているルカのお腹を触らせてもらって、赤ちゃんが動くまで待って、動いたのでワクワク。私に便乗した義母もルカのお腹を触って、順調なようですねと笑顔。
雑談していたら父達が戻ってきて、これで家族の勤務は終わりなので、私達は他の従業員に挨拶をしてから高台へ向かって出発。
「テルルさん、テルルさん。この間のルロン物語の続きを聞きたいです」
「えー。ルルはじゃんけんで負けたでしょう? 私はテルルさんから季節の練り切りの形を教えてもらう約束をしているの」
親戚会以降、義母に懐いているルルとレイが失礼なことにならないか冷や冷やする。ロカはジンとロイと手を繋いで、なぜかずっと兄話をしている。
「……」
「どうしたリル」
父に顔を覗き込まれた。
「リル姉ちゃん、リル姉ちゃんって言われると思ってた」
「寂しいのか。リルはこの間来たからじゃないか? 俺がまだ仕事中に。芋虫リル姉ちゃんが転がされたとか言うてたぞ。悪さをする猫はもう退治したのか?」
「あの猫はまだ来るの!」
「おっ、おお。珍しく大きな声を出したな。そんなに怒っているのか」
この後、私は父と母の間でひたすら猫の愚痴を言い続け、途中でロカが来たのでロカと会話。高台へ登って、昨日私とロイで布で場所取りをしたところへ。心配だったけど、席が盗まれていることはなかった。
花火は見えづらくなりそうだけど、日差しは夕方になっても辛いので木陰にしてある。なので、義母やルカはのんびり休めるだろう。私は両親とロイと共にルル達を連れてお祭り散策へ。
私やロイが何か買おうとすると、両親が断固拒否するので、臨時お財布の中身を使い切らないと心配になる。ロイに相談したら「三人に勉強させて下さいと本を贈りましょうか」と提案された。
「我が家の為にこのくらいの勉強はして下さいだと受け取りそうです」
「そうします」
「本屋を探しましょうか」
「はい」
私達はさり気なく本屋を探して、ロイの提案通りに本を買って、ルル達それぞれに合いそうな本をロイが選んでくれた。実家家族の夕飯は、今日は少し贅沢に帰りに高くないうどん屋か蕎麦屋と聞いていたけど、ロイはそこにも漬け込んで「待てませんので、皆で食べましょう」と屋台で色々購入。
「お世話になりっぱなしですみません」
「まさか。レオさんのご友人の大工さんに安く風呂の修繕をしていただく予定ですし、町内会の備品などをひくらしに頼んだり持ちつ持たれつです。お金はあっても、役人は商家などとのツテコネがないので助かります」
「俺の友人の大工に依頼してくれるんですか?」
「ええ。レオさんのご友人で、ネビーさんの幼馴染のお父さんと聞きました。彼が来てくれるのか息子さんが来てくれるのかは知りません。家のことは母やリルさんに任せています」
「大工の知人がいると息子か娘に聞きました?」
「ええ」
ロイは遠慮しがちな父に、こういうことを望んでいると話してくれた。すると、前を歩いていた母達のうち、ロカが若い男性にぶつかって——というかぶつかられた——難癖気味に怒鳴られた。袖を捲っていて、その腕には刺青があるし、顔も強面の男性達で怖い。
「すみません。娘の躾がなっていなくて」
父が素早く前に移動して、ロカを背中に隠した。
「謝罪なんて意味ねぇから、足を怪我した代金を貰おうか」
「そうだそうだ。慰謝料って言うんだけど、貧乏そうなお父さんはそういう高度な単語は知らないか?」
「金はなさそうだから、そっちの売れそうな美人の娘でもえけぞ」
父に目配せされた母がルル達を連れて元来た道を戻ろうとしたら「傷害罪から逃亡だと罪が重くなるぞー!」と叫ばれた。
「傷害罪の適応は半元服からですので妹は無関係です。怪我の慰謝料と言い張るのでしたら、まずは医者か薬師所へ一緒に行きましょう。グルだと困りますので施設はこちらが指定します」
ロイが怖そうな人達に近寄って、父の隣に並んでくれた!
「あー? おいこら。妹がこっちにぶつかっておいて難癖つけるつもりか?」
「なんだテメェ。堂々と帯刀しやがって、どこの組のもんだ」
「こんな格好をする奴はいないから、俺達鮫島組ではなさそうだなぁ」
「鮫島組の方々ですか。鮫の島と言えばイノハの白兎で、兎に騙されて踏まれるというのに、堂々と名乗るとは謙虚というか……哀れの方でしょうか」
……ロイが喧嘩を売った!
しかも、私は噂しか耳にしたことのない暴れ組の人達、恐ろしい人達に嫌味を言った!
「ロイさん。行きましょう」
「いえ。リルさん。例の笛を」
出掛ける前に、義父から渡された笛があったと思い出して私はそれを出してピーっと吹いた。これは兵官達が集合をかけたり、悪い人を捕縛したから手伝って欲しいなどで使う笛だ。
「おい、女! 何をしている!」
「妻にも妹達にも近寄らせません」
ロイはゆっくりと木刀を抜いた。格好良いと思っていたら、三人組は懐から短刀を取り出したので血の気が引く。近くにいた人達が次々とロイ達から遠ざかった。私もロイに言われて両親とルル達と少し離れた。
「げっ。兵官が来やがった」
「うるせぇ! 兵官ごとぶっとばしてやる! どこの組のもんか知らねえけどバカにしやがって!」
「バカにするとはバカではない方をコケにするということです。自分は真実を口にしただけです」
「やめろ。今日、兵官とやり合うと親父に怒られる」
ロイが襲われると足が震えていたけど、三人組は兵官が怖くて逃げるみたい。瞬間、私の横を風が吹き抜けて、瞬きしたら三人組が呻いていた。
「帯刀違反で現行犯逮捕する! 道で三人並んで短刀を構えているってことは脅迫罪もだな! 護身用の短刀保持が許されるのは女と子どもだけだ!」
……この声は兄だ。
「ひっ!」
振り返った兄はロイに向かって木刀を振ろうとして、ロイが悲鳴をあげて、兄は寸止め。
「……あっ、ロイさん。こんばんは。おお、帯刀許可を取ってリルの護衛役とはありがとうございます」
「い、いえ。偶然ですね。お仕事お疲れ様です」
「もうすぐ退勤です。テメェら! 誰相手でも逮捕だけど俺の家族に何かって余計に許さん!」
一人だけ起き上がって逃げようとしていた暴れ組はまたしても兄に木刀で殴られて地面に転がった。兄はあっという間に三人を縄で捕縛していく。そうしながら周りの人達やロイに事情聴取。
ロイは暴れ組なら刃物を持っていそうで、怒らせて刃物を出したら現行犯逮捕してくれると考えたそうだ。私が持っている笛ですぐに兵官が来るだろうし、暴れ組は祭りの日には騒がないものなので襲ってくる確率は低いと考えて。
「腕にはそこまで自信はないですが、ネビーさんの突きを避ける練習をしていますし、こういう時に盾になろうと暑いけど胴当てをしてきました」
「ロイさんだから、逃げたら周りがまた被害を受けると考えたんですね。リル、お前は本当にええ男に見初められたな」
もう一人兵官が来て、兄と彼は逮捕した三人を担いで去っていった。大きな男の人を両肩に一人ずつ担いで、威風凛々と去っていく兄に私達家族だけではなくて周りの人達も拍手の嵐。
「最近、鮫島組っていうのがのさばっているからスカッとした。ええ息子さんを育ててくれてありがとうございます」
両親の褒め会が始まり、もちろん格好良くて機転のきいたロイも「兄弟に負けないええ息子さんだ」と褒められまくってロイの握手会に発展。若い女性も参加したので少々モヤモヤする。
私達はこの後高台へ戻って、ルル達が兄とロイの活躍を話しまくり、ロイは改めて全員に褒められた。兄は勤務時間終了後は高台の階段を登り切ったところで待ち合わせでジンが迎えに行って連れてきたので合流。今度は兄の褒め会が始まった。
そうして私達は夜空を見上げて、打ち上げ花火を皆で堪能。怖いこともあったけど、それをあっさり忘れられる程美しい景色にうっとり。隣に座るロイの横顔が、今日の件でさらに格好良く見えるので胸の真ん中のドキドキも凄い。
「あっ」
「リルさん。どうしました?」
「悪人を逮捕した兄は普段とは違ってすこぶる格好良かったです」
「ええ。そうですね」
「なのになんでずっと恋人がいないんでしょう」
「お嬢さんがよかだと言っているからでは?」
「お嬢さんはあの兄を格好良いとは思いませんか?」
「思う方もいると思いますが長屋で暮らすと言われて、相手の親が首を縦には振らないかと」
「あっ。その通りです」
「ネビーさんがルルさん達を置いてどこかに婿入りはしなそうですし、そもそも我が家の跡取り予備になってもらう予定ですから父も母も嫁取り一択と言うでしょう」
「……いつか兄は家を建てられるからその時ですね。そうです。そういう話でした」
「ルルさん達が祝言するよりも先でしょうから、次の兄弟姉妹候補はお姉さんでネビーさんのお嫁さんでしょう。その日が楽しみですね。その前に、今年はジンさんとも親しくなりたいです。まだ、そんなに話せていません」
それなら、ここは私の出番な気がしたのでジンと兄にロイは兄弟が出来て嬉しいからもっと親しくなりたいという話をしに行った。
「ロイさん、一人っ子だからなぁ。親しくなりたいって……ああ。ジン。お前は俺よりも将棋好きだろう。ロイさんはかなり強いし将棋好きだぜ。将棋なら喋らないで済むぞ」
「ジン兄ちゃんは旦那様と喋りたくないの?」
「まさか。でも緊張して喋れなそう。だって俺とうんと違う人だろう。話題が無さそう」
「リルの話をしておけ。俺は聞きたくないって逃げてる。この間、道場でリル、リルうるせぇって言うた」
「なんでお前は、あんなに遠慮したりビビっていたのにもうこんななんだ。この無神経」
兄が「長男を決めよう」と口にして、ジンと共にロイの隣へ移動。私はルカとまったり話すことにした。
そのまま私達は花火を眺めて楽しんで、帰りは予定通りちょっと辛そうだからと義父母がルカを誘って、義父母と私とルカの四人で昨日泊まった安い宿に宿泊。ただ、今日は四人部屋ではなくて二人部屋だ。
ルカと二人きりで延々と話せる日なんて全然ないから話題は尽きなくて、私達は深夜過ぎまでずっと喋っていた。話すのは主にルカだけど、二人だし姉妹だから私も結構喋れる。
色々幼馴染の話や最近気になるイオの恋話などから、話題はルカの子は男の子か女の子かになり、そこから話は逸れて、自分達の義理の姉や弟達はどんな人達になるだろうという予測話へ。
色々話しているうちに、ルカはこう告げた。私は長女だから義理の姉は姉らしい人が良い。私達に義理姉が出来るのは予想よりも遅い数年後で、ルカが望んだ姉らしい女性ではないのだがそれはまた別の話。




