未来編「レイと雷」
ポツリ、ポツリと降り始めた雨が強さを増していく。
「大丈夫ですか?」
妊婦さんを発見して、傘を持っていなかったので声を掛けた。尋ねたら私よりも家が遠かったので傘をあげることにした。
「貧乏性なので、地区兵官さんにルーベルさんに借りましたって返してもらえると助かります」
「あの、でもあなたが濡れてしまいます」
「元気な赤ちゃんが産まれて欲しいので」
走って、走って、豪雨になったので帰宅は諦めて軒下に移動。同じように雨宿りする者達が並んでいるので、隣の人に少しぶつかってしまい、私は慌てて「すみません」と謝罪して会釈をした。
隣にいたのは若い男性二人で、寒いだろうとか、冷たいだろうと私に近寄ろうとしてくる。手拭いを渡してくれるだけならともかく拭くとか、もっとこっちにこないと濡れると引き寄せたりするのはおかしい。
逃げようとしたけど、ガラが悪い二人を怖がって、周りの人達に無視されて、行き場所がない。
「触らないで下さい!」
このような不快な思いをするのなら、びしょ濡れになって風邪を引くほうがマシである。私は軒下を飛び出した。軒下から少し離れたところで草履と足袋を脱いで、着物の裾が汚れないように上げて、また走り出した。
昼間だけど雲が分厚くて暗めの日に、豪雨になって、大嫌いな雷も鳴って最悪なのにさらに最悪。
今はもう、八月が終わって九月の頭。なので今はもう秋だ。空を飛べなくなった蝉が道端に転がっていて、突然ジジジジジジッと鳴いて、びっくりして後退したら自分の足に躓いて転んだ。
「もうっ。さらに最悪……。痛い……」
最近の私は住み込んでいる雅屋と実家の往復ばかり。毎年楽しみにしている七夕祭りに行かず、家族親戚行事になっている玩具花火会にも参加せず、八月の終わりの花火大会にも行かず、母の様子確認と実家の炊事と仕事に打ち込んでいる。
ユミトに惚れていると指摘された時にはもう失恋で、その後、どんどん自分の気持ちを理解してきたら、ほぼ縁切りされた事や彼からの好意が無い事が辛くなっている。
引きこもりみたいになった私に、母は「一度きりの人生なんだから好きに生きてええのよ。犯罪以外は許される」と優しい言葉を投げてくれる。テルルもたまに昔話をして、自分で選ぶことが大切で、何も犠牲にしない道はあまりないというような事を告げて、優しい目をしてくれている。
だから、今日は休みなのでその二人に何か美味しいものを作りたいと考えて、一人で行動しても構わない範囲で買い物のはずがこの雷雨である。
ピシャッと雷が落ちて、ゴロゴロゴロゴロと大きな音が鳴り響いたので私は身を竦めた。
「あのっ! 大丈夫ですか⁈」
雨が体に当たらなくなり、影が落ちたので顔を上げたら、傘を差し出されていた。その傘を持っていたのは……。
「ユミトさん……」
「レイさん! び、びしょ濡れじゃないですか! 大丈夫ですか⁈ お、おわっ!」
強風が吹いて、傘が吹き飛んでいったので、そのユミトも濡れまくり。
「っくしゅ」
「うわっ。レイさんが風邪を引く。なのにもう何も持ってない」
「ここまで濡れたらもうええよ。風邪も別に」
私はゆっくりと立ち上がって家に向かって歩き出した。
「もう少し雨足が弱くなるまで雨宿りしましょう。あそこ。あそこはまだ空いています」
手を取られて、引っ張られたので素直に従う。私が彼の手に触れるのはこれが初めてで、兄達よりも小さくて薄い手だなとか、兄達と同じく骨ばっている柔らかくない手だなとぼんやり。近くの建物の軒下に着くと、彼は着物の裾を絞りはじめた。
「私は箱入りお嬢さんなので、いきなり手を触るなんてしたらいけません。一緒に移動するのに若い女性に触る必要はありませんよ。未来の地区兵官さん」
「……えっ? あーっ! そうだ。その通りだ。うわぁ。失敗した。またネビーさんに怒られる」
彼は頭を抱えてしゃがんだ。怒られるって、報告しなければ怒られない。彼は正直に失敗したと話すつもりなのだろうか。
「……うわっ。レイさん、足! 足が出てる!」
「そうですね」
膝の少し下くらいまで着物の裾をあげているのだから、足が出ているのは当たり前だ。
「そうですねって、隠して! 他の方も見るから」
「この着物は高くないし古いけど、大事な着物なので裾が泥で汚れるから嫌」
雨が降りそうなので汚れる可能性があるから古い着物を着る事にしたけど、私の着物は古かろうが安かろうが全て宝物だ。
この着物はルカからのお下がりで、リルと二人で幼かった私用に仕立て直して、成長してからもう一度ルカと仕立て直したもの。寺子屋で男の子に虐められて汚されて、そのシミが落ちなかったところにルルが「鱗柄は魔除け」と当て布をして雑だけど縫ってくれた着物でもある。
「っていうか泥だらけだし、ち、血が出てる!」
「砂利を踏んだんだと思う」
「なんでそんなに平気そうにしているんだ⁈」
「なんでって、元貧乏人で暴れ娘だったから昔は軽い怪我をしまくりだったから。料理人見習い時に沢山指を切ったし小さな火傷も。このくらい、放っておけば治るよ」
「大事な体なのに! 手当て、手当てを……触らないで手当てってどうするんだ?」
私はため息を吐いて、軒下から出て歩き出した。接近禁止令が出ているらしいので知り合いに見られるのは良くない。
「レイさん!」
義理兄ジンによれば、兄は珍しいことに完全にユミトの味方らしい。家族親戚第一主義で妹バカの兄なので、珍しいどころか初くらいの勢いである。
この件で兄とジンは大喧嘩。ジンが「世話になっていた相手を罠に嵌めるとは許せない」とか「少しはレイの味方をして根回しくらいしても良いのにしなかった薄情者」みたいにユミトへの不満を漏らしたら、兄は自分が担当している区民の人生の邪魔をしようとしたのはレイだと反論。
どちらの立場になるか、どちらの味方になるかで意見が変わるということを、今回のことでよくよく理解した。
「待ってレイさん!」
戦略なのは知っているけど、かめ屋の経営陣と一部の料理人達が私のことで揉めていてリルが間に入って大変そうだし、親しい奉公人の女の子達の何人かが「本当はユミトさんと引き離されたんでしょう」と噂は消えるどころか増したし、母の具合いは相変わらず悪いし、ルルとロカはこの世の春みたいに浮かれていて腹が立つし、もう最近の私は最悪だ。
「平気だから待たないよ!」
走って、走って、走って、走ったら肩が男の人にぶつかった。傘をさしている中年男性に舌打ちされて、睨まれて、その後に彼が少し唇を舐めてにんまりと笑ったので背筋がゾッとした。
ルルがそうしたように、元服後からは少しずつ一人で歩くようにしていて、元服年はそんなに何も無かったのに、先程の軒先での出来事といい、今年はまるで厄年だ。
「お嬢ちゃん。びしょぬ……。なんだ、お前」
両肩をいきなり掴まれて恐ろしくて振り返ったらユミトで、だから触るのは悪いと言い掛けて、彼が怒りで唸る犬のように中年男性を睨んで、牙を見せるように歯を見せていたので私は固まった。
「男連れのこんな若い女に何もしない」
「っ痛。ユミトさん、痛い」
掴まれている両肩に爪が食い込む勢いなので、私は思わずそう口にしていた。
「あっ、ごめん」
「俺よりもお前の方が危険人物じゃねぇか。ムカつく目をしやがって。兵官! おい兵官はいないのか! それか火消し! 若い女に暴力男が絡んでる!」
そうではないので「違うからやめて下さい」と私が告げても中年男性は無視してそう叫び続けて、ユミトは逆に「逃げよう」と私の手を引いた。
「誘拐犯だ!」
「ユミトさん。説明したら伝わるから逃げなくてええよ」
「今の感じで身分証明書を見られる訳にはいかないし、あいつからは離れるべきだから! 行こう、こっちだ」
「行ったら本当に誘拐犯扱いされるからダメだよ! 堂々とすればええって!」
後ろに引っ張られて、私は思わずユミトの着物を掴んだ。兄から貰ったというか奪ったらしい古い着物の生地はもうかなり痛んでいるのでビリッと裂けて、左肩に赤紫色の掌大のあざがあるのが目に飛び込んできた。
「誘拐犯から女の子を助けた俺は、きっと報奨金だよな?」
親戚のガイやロイでさえ私を抱きしめたことはないのに、後ろから抱き抱えられて軽い吐き気がした。私はこういう目に遭った事がないから、わりと無頓着だったようだ。こんなの気持ちが悪い。おまけに昼間なのにお酒臭いがするので、更に吐き気がした。
「嫌っ!」
「不可抗力ですよ、不可抗力。こんな悪党から助けてやる不可抗力」
不可抗力なら胸元を揉むのも許されるのか、そんなわけないと頭が痛くなってくる。震える体で、こういう時は思いっきり足を踏んで、手が緩んだ瞬間走り出すだったような、違うようなと頑張って動いた。中年男性の腕の中から無事に抜け出した瞬間、ユミトが私を持ち上げて走り出した。
「おいこらぁ! この誘拐犯! 誘拐どころかお前は殺人犯だろう! 俺はそのあざに見覚えがあるんだ! 兵官! 美女が誘拐されてるぞ!」
ユミトは路地に入ると私を地面に下ろして、手を引いてそのまま進んで、それから「レイさんの家はこっちの方だよな」と言って歩き続けた。
「ねぇ、なんで逃げたの? 少し離れて待って、あの人を兵官に突き出した方がええのに」
私の手はずっと震え続けていて、兄よりも小さくて薄いユミトの手も震えている。
「俺は誰も殴らないから。またレイさんが捕まった時に出来ることがほとんどない。あいつ、わざとレイさんの胸を揉んだだろう! レイさんを家に帰した後に兵官に言う。あいつ、左手の小指が無かった。窃盗犯の前科者だ。顔に特徴的な大きなほくろもあったから伝えやすい」
「誰も殴らない……そうなんだ」
「兵官になれたら多少柔道技とか、木刀で武器を狙ったりはするけど、今の俺は何もしない。こうやって逃げる。レイさんみたいに守らない人と一緒に逃げる。無理なら俺が残って逃す」
「兵官さんになるなら、悪い人をやっつけて逮捕に協力じゃないの?」
「俺の身分証明書だと、悪い人をやっつけて逮捕に協力したと思ってもらえないかもしれない。相手の難癖、言い掛かりに負けるかもしれない。そうなったら、俺を支援してくれる人の顔に泥を塗ったり庇われる時に苦労をかける」
元浮浪児で保護されたという経歴の身分証明書は、そんなに理不尽なものなのだろうか。彼は母親を亡くして、母親の恋人に家を追い出された被害者なのに、なぜそのような扱いを受けないとならない。
「ええ事をして、そんな事にはならないよ」
「……俺はレイさんの護衛は良い事だと思ってた。ネビーさんに頼まれたし。そうしたら罠だった。おまけにレイさんの迷惑で、ダメだって教えられなかったのも悪くて……」
「……。皆、好き勝手言うんだよ。私は助かったし、楽しかったよ」
「なんかさ、前よりもつまんない。俺はレイさんに時々イライラしてた。家族親戚はウザいとか、手紙がウザいとか、読まないとか。俺、そのウザい家族親戚や手紙でも欲しいなって」
私は思わずユミトの手を離した。私にとっては当たり前の世界でも、彼には全くない世界だ。
「無神経でごめん」
「俺も無神経だから同じ。ネビーさんに言えよって言われた。俺がこういうことを言っていたら、レイなら何か感じて自分の殻に閉じこもるのをやめたかもしれないって。それで俺もイライラしなくなる」
振り返ったユミトと目が合って、恥ずかしいので視線を動かしたら肩のあざが目についた。
「さっきの人、そのあざに見覚えがあるって言うてだけど知り合い?」
「……知らない。誰かと間違えたか風呂屋で会ったことがあるとかだろう。誘拐犯とか、殺人犯とか……なんだ……あいつ」
ユミトの声は少し震えた。
「怖かった? 助けてくれてありが……ひゃあ!」
突然の激しい雷光に私は自然と身を竦めていた。更に、家族親戚といるとついくっついているので、いつもの癖で「怖い」とユミトに縋り付いたからハッとして固まった。
「ご、ごめん……なさい。お兄さんやお姉さんじゃ……ない……」
「……」
顔と顔がかなり近くて、彼の顔はこの暗さでも分かるくらい赤黒く変化している。耳の色まで変化している。
「うおわっ。雷、怖いよな。うん。驚くよな……」
「うん……。雷は苦手だからつい。ごめん」
建物と建物の間で屋根がせり出しているので、私は壁に背中を向けて寄りかかった。
「落雷に当たって死にたくないし、ここは風も雨も凌そうだから、もう少し楽に歩けるようになるまでここにいる」
「えっ。いや、ダメだろう」
「何が?」
「ここで俺と二人なんておかしいというか、俺、レイさんに接近禁止令が出てる」
「せっかく接近禁止令を出して離れているのに、私達は良い仲だとか、良い仲だったのに引き離されたとか、かめ屋の一部で色々言われているみたいだね。知ってる?」
ユミトは私と少し距離をあけて横に並んだ。
「知ってるっていうか、言われるから違うって言いまくった。ネビーさんに頼まれてたって、本当の話をした」
「私も違うって言うた」
それからユミトはしばらく無言。私も特に何も話しかけず。初夏から秋の始まりまでの期間、私達はたまに遭遇したけど会釈しかしていなかった。彼の背が伸びた気がするけど気のせいだろうか。
「あのさ」
「うん」
「お見合いってもうした?」
「してない。ルルがそそくさとお嫁にいきそうな気がして、その次にロカが控えているから、お父さんが娘が嫁に行き過ぎで寂しくて病気になっちゃう。私もまだまだ修行したいから」
「そうなんだ」
「今ね。雅屋っていうお菓子屋さんで修行中。基礎は出来てるけどお菓子屋さんでお菓子職人の修行。教えながら大変なんだけど楽しいんだ」
「俺、雅屋って知ってる。それでレイさんが雅屋で働いているのも聞いた」
「そうなんだ」
「レイさんが作ったのはどれだろうって、一個だけ練り切りっていうのを買った」
「そっか。ありがとう」
また雷の閃光が目に飛び込んできたので、ゴロゴロ鳴るぞと身構える。鳴神……なんだっけ……。
「あのね。年明けからは海辺街の西風料理店でも働くんだ。そこで週二日働いて、雅屋で週二日働いて、あとオケアヌス神社の保護所でも二日間働くの」
「……えっ。そんなにあちこちで働くのか?」
「親離れ、家族離れしてみようかなぁって。保護所って孤児が暮らしていて、ウィオラさんが出入りしているからお手伝いするの。私はお世話されっぱなしの人生だから誰かのお世話をするとこで色々学べそうだと思って」
「お世話されっぱなしって、俺は世話になっていたし、かめ屋にはレイさんに助けられたとか、良くしてもらったって人が何人もいるだろう」
こういう話は今聞くのが初ではないので私は胸を張れる。家族親戚には甘えまくりできたけど、外ではそこまでてもないはずだと自負していて、今回それは証明された。
「うん、まぁ」
「行かなくて、行かなくて良いって。海辺街って早歩きでも二時間以上掛かる。そんな遠くで働かなくても雅屋にずっといたら良いって」
私は最終的にかめ屋へ戻る予定になっているので、また彼と同僚になるのだけどそれを知らないようだ。今の話ももしかしたら兄から聞いているかと思ったけど違ったし。
「かめ屋へ戻る予定。まぁ、でも絶対にかめ屋ではないかな。沢山お客さんが来るところで働いて、年がら年中春爛漫にしたいって思っているだけだから。ずっと雅屋でもええし、海辺街に定着でもええ」
「春爛漫?」
「ええー。前にも言わなかったっけ」
「聞いてない」
「他の人に言うたのかなぁ。よく言っているから誰に言ったのか分からなくなる。花の咲いたような笑顔って言うでしょう? だから笑顔は花と同じなんだよ。お姉さんがそう言うてくれた。私が美味しいものを作ると沢山花が咲くから毎日春だねって」
だから私は料理人になりたかったし、新人料理人に昇格し今はずっと料理人を続けたいし腕も磨きたい。
「それに自分もずっと春。料理は時に芸術でしょう? 目を奪われる美しい形や盛り付けを見るのも作るのも幸せ。教えるとその人も春を作る人になるんだよ。自分も周りも幸せに出来る特技や目標だから大切にする」
「……。レイさんって、顔は全然似てないけど、やっぱりネビーさんの妹なんだな」
どういう意味かと問いかけたら、同じような事を考えて働いていて、似たような事を人生の目標にしているからと言われた。
「お兄さんは強いから兵官さんになったらええって言われて、貧乏家族にお金を運ぶぞー、家も建てるぞーって張り切って稽古や勉強をして今だから全然違うけど。途中からは成り上がったらお嬢さんと結婚出来る、だったし」
「……ええええええ! 全然違うけど!」
「そうなの?」
私と兄は私が生まれてからの付き合いだから、ユミトは何か誤解や勘違いをしているのだろう。彼に俺は本人にこう聞いたって言われて、確かにその内容は私とそっくりだけど、そのような話を兄からも家族からも聞いた事がない。
「私は聞いたことがない」
「あっ。照れ屋だからだ。この間ネビーさんが寝た後に、ウィオラさんがそういうようなことを言うてた。……えっ? ええ?」
この間とは、私が住み込み中の雅屋へ帰る時に彼とすれ違った日のことだろう。私を送ってくれると言ったジンと一緒に歩いていたら鉢合わせて、ジンが彼に「ネビーのところですか?」と質問したらユミトは「そうです」と答えた。
突撃訪問したことに怒っている兄は、自分達夫婦が居候しているルーベル家にユミトをあげる気がないそうで、彼と飲むとか話す時は実家でだ。ユミトは関係なく、母の様子を気にかけて夫婦で帰ってきて泊まることもある。
「どうしたの?」
いやぁ、あのー、とユミトは後退りしながら顔を赤黒くした。
「急に何に照れた……」
顔が近くなった時に彼は私に照れたのかと今更認識して、私は思わず彼に近寄った。
「……の?」
「いや、あの、別に照れてない」
「……ふーん。あのさ。今日は仕方ないとして、接近禁止令だから手紙を送るよ。私、そこに名前を書かないようにする。お兄さんの知らない話とか面白いから返事をくれたら嬉しい。私の名前を書かなければええよ。お互い郵送にしたらええ」
「……あっ。その手があった。お互い、誰かに誤解されたりしなければ良いんだからそうだな。会わないで話す方法は手紙だ。気が付かなかった」
雷がまたしても強い光を放ち、轟音を鳴らした時に、頭に引っかかった鳴神が何か思い出した。
天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をばさくるものかは。
『レイさん。雷の副神様が悪者退治をしているだけですので大丈夫ですよ。気晴らしに勉強をしましょうか』
ルーベル家に泊まった時に雷雨で、リルにひっついていたらロイはそう言って龍歌を教えてくれた。雷の副神様でも仲良し姉妹を引き裂けません、と言っていたけど成長した今はこの龍歌は恋歌の分類だと分かる。
なにせ、ルルが自分達恋人を引き裂くことは誰にも出来ませんなんて言われたーいと解説していたことがあるから。酔って延々と喋るルルは、話の内容がちょこちょこ龍歌になる。
「……」
「……」
なぜ、今この龍歌を思い出したのだろうと考えると答えは明白だ。私達の間には全然絆がないので、無い絆は誰にも引き裂けないではないけれど、私は彼と引き離されたくないと強く考えているってこと。
こうして私とユミトは、文通を始めた。私は自分の名前を男性名にして、手紙の中でも「俺」と使うことにして、彼は男性の友人宛のように書くように取り決めた。
男女の仲ではなくて、男同士の友情のように過ごして、手紙だけなら何も問題は起こらないだろう。だから私達は今後も表向きはちょっとした知人。しかし、何かあった時に選択して自分のお尻は自分で拭く。そう約束して。
翌日、私はばっさりと髪を切った。色々な人とお見合いしてみる気持ちは起きないし、私は数年間は女性としてではなくて料理人として生きていくという決意表明である。
『地区兵官は間に合っていますが、多い分には困りません。広い意味でネビーさんの後輩ですね。文通お申し込みくらい好きにして下さい』
誰も仲を裂かないでと考えている間は、その日が来るのを待ちたい。その間に彼が誰かを見つけて縁結びしたら、その時に諦める。
髪を切った後から、なぜか縁談のお申し込みが増えたのは不思議。




