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25話

 お先にどうぞと1番風呂。


秋桜(コスモス)……庭の?)


 湯船にいくつも茎の取られた秋桜が浮かんでいる。


(庭はお義父さんとお義母さんの管理だから、どこかで摘んできた?)


 りんご風呂の次は秋桜風呂。雅だ。こういうところがロイの雅なところ。素敵だ。私の旦那様はとても素敵。


(一緒にお風呂じゃなくて、私に1番風呂をどうぞかな?)


 優しい。そう思ったけど体を洗って湯船に沈んだ時、ロイに「リルさん、入りますよ」と声を掛けられた。本当に一緒に入るみたい。

 もう体を洗ったのに洗いっこさせられたり、やりたい放題のさらにやりたい放題された。

 おまけに湯上がり後、着替え前に抱き上げられて2階に運ばれて続き。

 いつの間にか布団が敷いてあった。お先にどうぞは1番風呂ではなくこの為だったのだろう。

 こういうのはきっと色狂いでお勤めではない。終わった後、ロイは眠たそうにあくびをしながら私を後ろから抱きしめて横になっている。


「リルさん」

「はい」

「何でもします言うたから大変でしたね」


 振り向かなくても分かる。ロイは絶対に楽しそうな笑顔だ。そういうように体が震えている。


「リルさん、2つ頼み事をしましたけど、まだ1つ残っています」

「旦那様……ロイさん、簡単な頼み事です。簡単ですよ」


 大富豪の分は簡単な頼み事ではなかった。いや、確かに簡単だけど気持ち的には難しいこと。お風呂と同じ。残り1つは何をさせられるのだろう。

 名前を呼ばないと悪戯っぽい顔で悪戯みたいなことをされるので慌てて言い直し。案の定ロイは私の脇を少しくすぐった。


「んんっ……」

「リルさんはくすぐったがりですよね」

「頼み事は何です? 簡単な、ですよ。簡単」


 んー、と言いながらロイは「ああ」と私をさらにキツく抱きしめた。


「龍歌を調べて、気に入った一首を写して自分に下さい。リルさんは勉強することが沢山あるのでいつまでも待ちます」


 確かに簡単。気楽な頼み事でかなりホッとした。


「龍歌は気になっているので今月中に渡します」

「リルさん」

「はい」

「今夜の月はいつもより綺麗でしたね」


 月? 今日はずっと雨。曇っていて月なんて見えない。それに多分まだ月は昇っていない。


「ロイさん? 今日は月は見えんです」

「リルさん、月はいつ見ても綺麗ですね」

「はい。そうですね」

「月兎が普段よりこう、いつもよりかわゆかったです」

「月兎です?」

「ええ、跳んだり逃げたり隠れたように見えて、いつもよりかわゆかったです」


 いつの間にか雨が止んで月が見えた?

 カンカンカン、カンカンカンと18時の鐘の音が聞こえた。

 晴れていたらもう月が見える時間。遊びに夢中で、その後はとんでもなくて、こんなに時間が過ぎていたなんて気が付かなかった。


「ロイさん、秋桜にも花言葉はありますか?」

「ありますよ」

「何です?」

「純潔です」

「純潔…… 純潔は何です?」

「調べてみて下さい。早いですけど沢山動いてお腹が減ったので夕食にしてもらっても良いです?」


 ロイは私から離れて体を起こした。頭を撫でられる。ロイは立ち上がり「1階の雨戸を閉めてきます。2階は頼みます」と寝室を出て行った。

 私も体を起こす。寝室の雨戸を閉めようとして外を確認するとまだ雨がしとしと降っていて、どんよりどよどよ曇り空。月は見えない。なので、月兎ももちろん見えない。

 

(月兎の形はいつも変わらんように見えるけど、旦那様の目で見ると毎日違う? 跳んだり逃げたり隠れたり……跳んだり? 逃げたり? 隠れたり?)


 月兎って……私?

 そんな気がしてきてドキドキしてきた。それだと「かわゆい」と言われた事になる。


(まさか。でもそうだったら嬉しいから勘違いしておこう。いつもよりってことは……)


 それなら月が綺麗も褒め言葉? 私を綺麗と言ってくれた?


(勘違いしておくと嬉しいから旦那様に聞かないでおこう)


 私は雨戸を閉めた。寝室を出て2階の雨戸という雨戸を閉める。忘れないうちに純潔を調べて筆記帳に書いておく。

 部屋干しの洗濯物を確認して、乾いていた物を畳む。それからそれを片付け。それで夕食の支度。

 ご飯を炊く。ご飯の様子を見て下ごしらえ済みの鮭を焼く。煮物用の鍋で焼き辛いけど大丈夫そう。

 網だとバター焼き出来ない。煮物用の鍋でも代用出来るけど、西の国では平たい焼き鍋を使うと書いてあった。

 魚屋を一生懸命おだてたからロイの鮭は大きい。

 鮭と一緒にきのことほうれん草も焼く。

 スープは味付けの材料が名前だけでは分からないので、カブの葉のお味噌汁。明日の朝ご飯はカブの煮物。サラダはもう完成している。

 ご飯はレストランミーティアを真似て、平たいお皿に半円に乗せる。義母に使って良いか確認したお客様用の食器。

 ムニエルも同じ。四角いお皿に乗せて、綺麗に盛り付けて、洗って干しておいた葛の花を飾る。

 ロイは食事の際の定位置に座って本を読んでいた。


「ええ匂いです。家で西風料理の匂いがするのはええですね」

「スープは無理だったのでお味噌汁です」

「リルさん、自分の鮭大きくないですか?」

「ロイさんは沢山食べるので、魚屋さんをおだてて同じ値段です」

「それはありがとう」


 2人で「いただきます」

 食事の時は無言。いつもと同じ。落ち着いて食べられる。多めに盛っておいたけど、ロイはご飯をおかわりした。

 義母曰く「まだ育ち盛りなんかしら。出世してもらわんと」らしい。

 食べ終わるとロイは「美味しかったです」と言ってくれた。


「前にお店で食べたムニエルと似た味ですけど、リルさんの味付けの方が好きです。素朴というか濃くなくて」

「本の通りに作りました。家庭用に薄味なのかもしれません」

「西風料理といえば、今年の龍王神元日節会(がんじつのせつえ)の際に、西にある小さな国のお姫様が皇帝様に謁見しに来るそうです。久々にフィズ様が帰国されるそうで来賓だと」

「フィズ様はどなたです?」


 誰だろう。


「皇帝様の弟君です。御隠居様の御子息。格の高い皇子様です。父が若い頃にフィズ様が大蛇の国へ婿入りして休戦の約束をしました。それで交易も始まって自分達みたいな階層でも西風料理を食べられるいう訳です」

「そうなんですね。皇子様の名前なんて知りませんでした」

「皇族や準皇族はたくさんおりますから、自分も仕事に関係ない方は覚えていません。リルさんにこの話をしたのは、そのフィズ様のお妃様が夢のように美しくて、来賓のお姫様は異国の神様に愛される聖なる方で、2人を見ると幸運が訪れるという話を聞いたからです」

「幸運ですか?」


 今より幸せになることなんてあるの?

 

「ヨハネさん経由でどこの道を通るか探り中です。父上も母上も前回のフィズ様の帰国の際の席取りに失敗して悔しがっていたので」

「ロイさんは幸運になりたいです?」

「んー、今が十分果報者なのでこれ以上を望むのはそれこそバチ当たりです。でも異国文化には興味あります」


 果報者なのは義父や義母のおかげ。だから親孝行で席取りに励もうということなのだろう。


「出世して貯金し続けても大蛇の国どころか西風文化の国へ旅行するのは難しいです。年末の試験に合格して、近くに旅行へ行きたいですね。同期で1番乗りなら、父上や母上が褒美に連れていってくれる気がしています」

「旅行です?」


 旅行とは最高級のお出掛け。遠くに行ってかめ屋のような宿に泊まる。私はしたことない。

 1人で留守番する日が来るのか。家を任されるということ。気合が入る。


「はい。異国から高貴な方が旅行に来るだろうから今年の龍王神元日節会(がんじつのせつえ)は特別な予感。きっと年末年始の祭りも賑やかでしょうし、きっと珍しいものが市場に出回ります。楽しいことが沢山ありそうですね」


 ロイは「試験に向けて勉強してきます。時間になったら母上を迎えに行きます」と2階に上がった。


(お祭り。確かにお祭りは楽しい。何も買えなくてもいつも家族で見てた)


 もたもた歩いてよそ見して迷子になって叱られた。ロイにも怒られるかも。義父母とも一緒にお出掛けなら義父母にも叱られるかも。気をつけよう。


(お父さん達元気かな。今度海釣りに行けたらお裾分けして良いか聞いてみよう)


 微妙に遠いので中々実家には行けない。毎日が楽しくて思い出すことも滅多にない。久々に思い出した時にいつ行こうと決めないと、ずっと顔を出さなそう。


(旦那様と違って薄情な娘だ。トランプ……妹達は破りそうだから見せんでおこう。金平糖をお裾分けだな)


 大事な大事な金平糖は机の上に飾ってある。1年かけてゆっくり食べる。あとはお裾分けに使う。甘いし、縁起物だから喜ばれる。縁起物と伝えないといけない。

 夕食の片付けをして、明日の夕食の下ごしらえ。それから自分も勉強と思ったら義父が帰ってきた。玄関で3つ指ついてご挨拶。


「お帰りなさいませ」


 顔を上げたらお客様がいた。1、2……5人⁈


「嫁のリルです。いやあ、クロダイの魚拓を見たい見たい、嘘だろうと言うので連れてきてしまった。酒を買ってきたのでつまみを頼む」


 横にずれてお客様が上がれるようにする。いや、羽織を預かる? お客様対応は分からない。

 羽織を全員分預かって途方に暮れる。衣紋掛(えもんか)けだ。それからロイだ。助けが必要。2階へ上がり、襖越しにロイに声を掛けた。


「旦那様。お義父さんが帰られました。お客様は5名です」


 襖が開く。


「家飲みに変えたんですね。また急に」

「羽織はどこに掛けておくものですか? 玄関の衣服掛けでは小さいです」

「両親の寝室でええです。いや、自分が並べておくのでリルさん何かつまみを。その前に升と杯。どうせ酒盛りですよね?」

「はい」

「自分は傘の水を切って綺麗にしておきます。あと雨なので手拭いを配っておきます」

「はい」

「升と杯には手拭きを添えてください。夕食で使っているものと同じ場所、奥の方に沢山あります」

「はい」

「いや、自分がするのでリルさんは着替えて下さい」


 浴衣だった!

 

 1人の時は今のを全部1人でするということ。覚えないと。

 ロイに羽織を預けて着替え。家着に割烹着で問題ないはず。お客様の前だから髪は簡単に飾って、化粧もせめて紅くらいはしておこう。

 台所へ行くロイが升や杯を用意してくれたようだけど、ごちゃごちゃしていた。片付けながらつまみの用意を……つまみ?


(そうだ朝食のカブの煮物がある! それから漬物? あとは梅干しはつまみじゃないし……昆布の佃煮? すぐ作れるもの……)


 とりあえずカブの煮物を小皿に用意。沢山あるので紅葉の飾りもつける。

 きゅうりの漬物と茄子の漬物を素早く飾り切り。でも、モタモタしてしまった。

 昆布の佃煮は残念ながら何も工夫出来ない。思いつかない。あとは必要なのはお箸と手拭き。

 よし、準備万端! 

 いや、大丈夫?

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