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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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未来編「リル、晩酌をする」

 春に行われた兄とウィオラの挙式時に、ロイの友人ジミーが芸妓さん達の一人に一目惚れして、自分の年齢が年齢だから即ナンパ——文通お申し込み——だと彼女に花文を贈ったら、花に罪はないからもらうけど、文は要らないと破られたそうだ。

 

 ☆ 以下、ジミーがロイに話した内容 ☆


 揃いの衣装で目立つし彼女は美人だからすぐ発見。彼女は鳥居をくぐって帰宅しようとしていた。


「あの! そちらの芸妓さん!」


 彼女が振り返った瞬間、俺はそこに太陽の光が集まったような気がした。


「自分は新郎の友人です。こちらを受け取って欲しいです」


 彼女へ撫子に結んだ文を差し出した。彼女はうんと若くは見えないので歳の差があり過ぎる、ということはないはず。緊張はするけどこれ以上の事はしてきているので左程。

 意外なことに彼女ははにかみ笑いを浮かべて照れるとか、驚きいて固まるみたいな事はなく「ふーん」と興味なさげな表情で俺を上から下までジロジロ眺めた。


「お兄さん、兵官ではないですよね。その身なりからして」

「え、ええ」


 受け取って会釈。それか最初から拒否。文通お申し込みとはそういうものだけど、普通に話しかけられた。つまり……彼女は平家だろう。

 芸妓ならその可能性はあると思ったけど、お祭りで演奏みたいな仕事でなければ呼ばれる宴席の客は格上達だろうから、文通お申し込みの常識を知っていると思ったけどそうでもないようだ。


「それならあれと、どういう知り合い?」

「あれって新郎のことですか?」

「そう。あれ」


 芸妓達は新婦の元同僚でお祝いに駆けつけた友人達らしいから、彼女も新婦の友人のはず。新郎への印象が悪いのか? その知り合いというだけで俺も嫌なのか?


「自分は彼の義兄の昔からの友人です。本人とも顔見知りで、新郎とは少し友人みたいな」

「少し?」

「二人で連絡を取るとか会うことはないけど、同じ場所に集まったら楽しく過ごしています」

「義兄の友人……あの卿家のお坊ちゃん。あの人と昔からの友人なら、その身なりの良さからして似たような家柄の男ってこと。私は平家の身寄り無しの女だから、未来は無いよ」

「えっ?」

「結婚指輪を外して遊び女釣り? 奥さんに刺されな。あれに文句を言っておく」


 フンッと鼻を鳴らされた。小馬鹿にしたような笑顔から一転、可愛らしい笑顔を浮かべて近寄ってきた、。

 彼女は俺の手から撫子をそっと奪うと、文を解いて中身を確認せずに破り捨り、俺をキッと睨みつけた。

 ……。

 ……なんかときめいた。なぜかときめいた。俺は清楚可憐で上品で大人しい雰囲気の女性ばかりに惚れてきたというのに。


「うおっ」


 春風が思いっきり俺の頬を殴りつけるように吹き抜けた。


 ☆ 又聞き話、回想終了 ☆


 惚れた女性がどこの誰か突き止めたジミーは、彼女——ユラ——が働く雅屋に通いに通って、挨拶を繰り返して、その度に手紙を渡している。

 接客時は愛想の良い彼女に手紙を受け取ってもらえるものの、手紙は読まれずに友人ウィオラへ返却してと渡されている。それでその手紙はウィオラの手からロイのところへ。


 今、私達夫婦の間にその手紙が積み上がっている。ロイは私に「ジミーさんが用意しました」と釣書を差し出した。


「自分としては、親友が交流ゼロで門前払いされるのはちょっとです。しかし、ユラさんの過去を勝手に教える訳にはいきません。言いふらす方ではないので、お見合いの場で話せる事だけ話しをして欲しいです。ウィオラさんに正式な場を設けてから断りして欲しいとユラさんに伝えてもらおうかと」

「私にウィオラさんへ頼んで欲しいということですよね?」

「ええ」

「ウィオラさんは、ジミーさんは楽しくて優しい方なので、男性嫌いを治すのに一度出掛けるくらい、と説得してくれているそうです」

「そうなんですか。ユラさんって男性嫌いなんですね。前職関係ででしょうか」

「聞きづらくて聞いていません」


 雅屋奉公人、売り子兼お菓子職人見習い平家ユラ。彼女は私の義理姉になったウィオラの前職の同僚で友人だ。私はユラと殆ど話しをしたことがないけど、ウィオラの前職の同僚ということなので、彼女の前の仕事がなんだったのか察している。

 親と喧嘩をして家出をしたウィオラは、嘘だらけの街なら身分を隠しても就職しやすくて特技も活かせると五年間、南一区花街の高級遊楼で講師をしていた。

 教える内容は家業の琴、三味線、歌だけではなくて特技の舞、私立女学校の勉強範囲や茶道など多岐に渡っていたという。お金を稼ぎたいから、宴席に華を添える演奏や舞を提供する芸妓もしていた。

 南一区花街の高級遊楼菊屋の専属講師かつ唯一の芸妓がウィオラだったので、他の同僚で若くて美しい女性は遊女であると推測される。なので、ユラは元遊女だ。


 高級遊楼所属の遊女だったということは、一通りの教養があって芸事にも秀でていて、接客能力もある。

 彼女は借金を返したので街を出て、平凡に暮らしたいということで、ウィオラと兄の支援を受けて雅屋に就職。

 身寄り無しという話は聞いているので、身寄り無しで花街の高級遊楼で働いていて、借金を返したとなると、恐らく貧乏だから売られて借金持ちになったということ。

 同情してしまうような過去、高い能力、逆境人生なのに腐らずに何かに溺れて堕落しないでコツコツ借金を返して花街を出たという心の強さ。

 雅屋の女将だけは彼女から話を聞いたようで、喜んで彼女を奉公人にしたとか、私がユラの過去を知っているていで話を振るので、ユラはやはり子どもの頃に売られて借金を背負わされて遊女になり、自力で苦境から逃げたというのは事実のようだ。

 彼女は良く働くし、仕事中は愛想が良くて助かっているという。しかし、儚げで、危うげで、辛そう。時々宙を睨んでいるという。他人と線を引いて距離を保っているよう、難しい女性だと教わった。

 お節介で世話焼きの母も何かを察しているのか彼女を心配していて、私達姉妹に「余計なことはしなくてええけど、ウィオラさんと仲良くしな」と告げている。

 ユラはウィオラとはかなり親しいようで、その流れなのかロカとも素で接してそうなのは、この間見た。


 ジミーの釣書を持って、早速ウィオラの元へ。彼女は現在、母のお世話をする為に実家に帰ったルルの代わりに我が家に居候してくれている。ルルの部屋がそのままそっくりウィオラの部屋になっているので二階から一階へ降りて離れへ。

 兄とウィオラさんは新婚早々別居。ウィオラとは死ぬまでの長い期間一緒だけど、母は今の調子だとつわりで衰弱死しそうで怖いし、そのうち嫁にいく未成年のロカとひっつき足りないから、兄は我が家には住まないと決めて、ほぼ毎日ここに通っている。

 確か今日の兄は日勤なのだが、今はもう二十一時過ぎなのに、まだ来ていない。


 この間の公開稽古で兄にきゃあきゃあ言っていたウィオラはその後、しれーっとしているし、兄が来ても同じくしれっとしている。全然寂しくなさそう。彼女が兄のことをどう思っているのか、やはりよく分からない。

 離れへ行って、一階奥の部屋へ向かっていると琴の演奏が聴こえてきた。同じ音が規則的なので、曲の練習ではないようだ。扉の前で声を掛けようとしたら、わりと勢い良く扉が開いてビックリ。


「ネビーさん! お疲れ……様ではなくてリルさん、どうされました?」


 ウィオラは満面の笑顔から一気にしょぼくれ顔。寂しくなさそう、というのは私の感想で、普通に寂しいようで安堵。

 長い期間ではないので別居でも構わないというのは嘘で、兄と喧嘩して新婚早々別居説をジンから聞いたから少し不安だった。


「少し良いですか?」

「ええ、もちろんです。どうぞ」


 琴から少し離れたところで向かい合って座ると、私はジミーの釣書をウィオラへ差し出した。


「ジミーさんからユラさんへです。文通も簡易お見合いも嫌なら結婚お申込みにしますと。遊びではないから一回くらい席を設けて欲しいと頼まれました」


 ロイに頼まれたことを説明。


「ロイさんの手前、正式な場で正式にお断りして欲しいと頼んだら、それなら少し考えると言ってくれたところでした。もう少し説得してみようかなぁと。気が合いますね」

「そうだったんですか。よろしくお願いします」

「こちらこそ、友人に良い方を紹介していただきありがとうございます。そちらには申し訳ありませんが、お見合いというものを練習させていただきたいです。彼女、これまで一度もお見合いをしたことがありません。経験はとても大切です」


 ニコリと笑いかけられて、私は少しソワソワしながら、聞こうか聞かないか悩んで、問いかけることにした。


「あの。勝手に推測しているのはアレなので聞いておきたいです。ユラさんって、貧乏で売られて花街育ちですか?」

「私は彼女の過去を知りませんので、存じ上げません。前は父親が働けなくなったから代わりに働いていると言っていましたが、今はご存知のようにかなり前から身寄り無しだと言っています」

「ウィオラさんも知らないんですか」

「ええ。菊屋の遊楽女(ゆうらくじょ)でなかったのは確かです。移籍組なので、前のお店でそうだったのかは調べていません」

「そうなんですか」

「身寄りのない彼女が合法の街で合法的に働いて、稼げる女性は街から出すなと誘惑されるのにお金にも、男性にも、お酒にも溺れずに自力で借金を返したという経歴は、蔑まれるものではなく、むしろ褒められるべきことだと私は思います。しかし、そう思わない人や家にあるでしょう」


 この後、ウィオラが何を言いたいのか察したので待つことにする。


「商家は欲しそうです。雅屋の女将さんが是非、と受け入れて下さったように。ユラの客引きと接客で売り上げが上がったそうです。こちらの方は卿家なのですよね。お互い強い意志があればどうにかなりそうですが、お互いわざわざ歩きにくそうな道へ飛び込む必要はない気がします」

「正式な場で、そのようにお断りされたら……ジミーさんもロイさんも納得すると思います。ジミーさんは言いふらしません」

「彼女はあっという間に看板娘なので、そのうちそれなりの家の方も気にかけて彼女の過去を調べる事もあるでしょうが、南三区でユラの元職場を知っているのは一握りなので、協力がないと辿り着けません」

「そうですね」

「お見合いの際に話した結果、何かがあって触れ回られても構わないそうですが、彼女は私への誤解を気にしてくれています。同僚ということは、私もと考える方が出るでしょう」


 私は小さく頷いた。我が家も実家も兄も、ウィオラの過去は知っているけど周りの人達はそうではない。

 一区花街の遊楼で住み込み講師兼芸妓をしていた、ではなくて一区の置き屋で住み込み講師兼芸妓をしていたという話にしてある。誰もその嘘を疑わない。

 ルーベル家のお嫁さんは元遊女なんて噂は困るし、ウィオラ自身も困るし、彼女の同僚が現れた時にも「芸妓仲間さんですか」となるので、あちこちに対してとても都合が良い。現にユラも一区の置き屋で住み込み芸妓をしていた、と周りに全然違う印象を持たれている。


「必要な嘘はあると思います」

「彼女は心配してくれていますが、私達夫婦は変な噂が立っても特に気にしません。誹謗中傷は嫌ですが、嘘は真実になりませんし、ロイさんがいてくれるので頼もしいです」


 私に微笑みかけたウィオラの斜め右背後の扉が開いて兄登場。内側からは閂、その側には南京錠がかけてある扉だ。閂がしてない。

 合鍵はルルに渡したままだったけどルルかウィオラが兄に渡した、ということ。私が知らないということは、ロイか義父母が知っているはず。我が家の鍵を勝手に貸し借りはしないはずなので。


「ウィオラ。会いたかった。遅くなったので玄関から入るのはやめ……」

「……」

「よお、リル。こんばんは」


 ご機嫌顔だった兄の表情が凍りついて、苦笑いになり、私に向かって軽く会釈。

 普段はウィオラさんと呼んでいるけど、二人だと呼び捨てらしい。会いたかったは、まあ、ベタ惚れっぽい兄らしい発言なので特に。


「お疲れ様。残業?」

「少しだけ。今日はこっちで寝ようかなぁと。レイ達のご飯を食べて、ジオと遊んで、母上と話して、祖母にはお前は誰だって追い出されて、色々満足したから来た。ウィオラさん、風呂も入ってきたので休むだけです」

「お茶を淹れてきますね。ゆっくりしていて下さい」


 せっかく新婚夫婦が会えたところなので、それは私の仕事な気がするけど、ウィオラはそそくさと部屋から出て行った。入室した兄は、羽織りを衣紋掛けに掛けると私の前であぐらになった。


「今夜はお世話になります。朝食もレイ達のを食べたいからここでは要りません」

「お仕事お疲れ様でした」


 勤務の都合なのか兄が来ない日もちょこちょこあるけど、こうなるとここから出入りして、他の人に会わないで帰っていただけかもしれない。


「なんだこれ、釣書? 誰だ。俺の嫁とお見合いしたいなんて。誰がやるか。絶対に負けねぇ」


 結婚しても「離縁してお見合いして下さい」とお申込みすることは合法かつ常識的なので、結婚したからといって縁談なしになることはない。私は、実際にあると聞いた事はないけど。

 一気に不機嫌顔なった兄が釣書を持ち上げたので、破られたら困ると慌てて事情説明。


「へぇ。ジミーさんか。中身はご存知のように悪いし、顔の良い女性は他にもいるからどうぞなんて言われたのに撤退どころか釣書かぁ」

「ユラさん、ジミーさんにそんなことを言うたんだ」

「出会った日に悪態をついたから、猫被りしないみたいで、草鞋(わらじ)顔とまで言うたぞ。ジミーさんは踏まれたい系だったのか? 前に飲んだ時に逆の話で盛り上がったんだけどなぁ」

「踏まれたい系……は知らない。私とはそんな話しない」

「まあ、しないよな。していたら嫌だ」

「旦那様が、これまでで一番熱が入っているって言うてる」

「婚約破棄されてかなりの期間落ち込んだ、あの時の女性よりもか? 好みだからってだけだけど格上美人狙いだったのに、それで縁がなかったのに、なんでまた暴れ馬みたいな平家女性にそんなに惹かれたんだか。まぁ、理屈じゃないのは良く分かるけど」


 兄は釣書を元の場所に置いて、腕を天井に伸ばしてグッと伸びた。


「疲れたぁー。っていうことで、リルはさっさと部屋に行け」

「う……」


 ん、と口にする前にウィオラが戻ってきて、お膳を持っていて、せっかくなので三人で飲みませんかと誘われた。


「ネビーさん。そちらはジミーさんからユラへの釣書です。お見合い席を設けたいので、リルさんと打ち合わせしたいです。でもネビーさんがせっかく来て下さったので放置して二人で話すのはあまり」

「なので三人でって事ですか?」

「ええ」

「ありがとうございます。そうしましょう」


 ウィオラと早く二人きりになりたかった兄は、多分不満だろうけど、にこやかな笑顔を妻に返した。

 三人で飲むのは初と思ったら、ウィオラは続けて「ロイさんはお子さんと寝ていますか? お仕事ですか?」と口にした。


「晩酌するなら教えないと。後で知ったら旦那様は拗ねます」

「ロイさんはすーぐ拗ねるから呼んでこよう」


 私が行こうと思ったけど、兄の方が早かった。


「リルさんは確か梅酒ですよね。リルさんとは家族親戚行事でしかお酒をご一緒したことがなかったので、居候中に機会があればと狙っていました」

「それは嬉しい話です。私はいつも梅酒です」

「私も梅酒です。いくつかつけてあるなぁ、と思っていたので全部少しずつ持ってきてしまいました」


 勝手口側からこの順と言われたので、主にロイとルル用、私と義母用、義父用だと教える。違いは辛めであまり甘くなくてキツめ、甘い、濁りである。


「色々な味の梅酒がありますが、家でもそのように出来るのですね。酒屋が色々と作っているのですから作れて当たり前ですけれど、驚きました。昨年、梅酒を家で作っていると聞いた時くらい驚きです」


 ウィオラはお嬢様から特殊なお店に住み込み生活だったからか、私達の普通が驚きの連続らしく、保存食作りや自家製のもの作りでかなりはしゃぐらしい。昨年、母とレイと梅酒をつけて大興奮した話は二人から聞いている。


「来年、一緒に作りますか?」

「是非。作り方を覚えましたのでお役に立てると思います」

「ちなみにこちらは三年もので、一昨年のものはなくなり、去年のものはあります。全部飲み比べてみますか?」

「当て遊戯をしたいです。前にルルさんとして楽しかったです。リルさんはうんと得意って聞きました」


 それならと、今度は私がお酒を用意しに台所へ。ロイと兄は煌酒を飲みたがるだろうからそれも追加して、たくあんが欲しいとロイが言いそうなのでツマミも準備。用意している途中でロイが台所に顔を出して、煌酒とたくあんと口にしたので大正解。


「四人で出掛けたことはありますけど、四人で飲むのは初めてですね。リルさんは、外では飲みませんから」


 昔ロイと外食時に甘くて美味しいお酒だと飲み過ぎて寝てしまって、ロイにおぶられて帰って、翌日義母にネチネチ言われたからやめた。私が悪いのに、ロイと義母が喧嘩したら嫌なので教えてない。

 お酒に強くないのか、かなり眠くなるから、すぐ寝られる家でだけ飲みたいと話してある。


「ウィオラさんもお出掛け時の食事で飲まなかったです」

「そういえばそうですね」


 こうして私達夫婦は兄夫婦と晩酌開始。私とウィオラは梅酒当て遊戯をする話をしたら、ロイと兄も乗ってきたので四人ですることになった。


「夫婦で対決にしましょう」

「ロイさんは相変わらず卑怯ですね。無敵のリルがいるから有利だぞって勝負を持ちかけるなんて。まぁ、しましょうか。ロイさんが俺達に何を頼みたいか知りたいんで」


 私の舌は、才能だと自負している。年々自覚するようになった。無事に料理人になったレイよりも、私の方が余程向いているから勿体無いと言われるけど、私はレイのように周りと協力しながらあれこれ作るのは苦手だから、料理人には向いていない。

 なので、今のかめ屋の味覚担当、味盗み担当みたいな役が丁度良い。


 まず、ルル一、ルル二、義母一、義母二、義父一、義父ニという名称にして、六種類全部の梅酒を味見。

 兄とウィオラが徳利の順番を入れ替えてどれが何か紙に書いて隠して、ロイが順番に味を確認して紙に気に記載。次は私だ。

 答え合わせをしたら私は全て正解で、ロイが当てたのは二つだった。飲み慣れているルル一、ルル二は分かったけど他は難しかったという。


「量が少ないからとはいえ、にごりとにごりじゃないのも間違えるんですね」

「自分でも驚きですが、ネビーさんも間違えるでしょうね」

「夫婦対決だけど個人戦にもしましょう。ロイさんに勝とう。リルは相変わらず凄いな。俺には同じ味としか思えない煌酒でも当てるよな」

「うん。生まれる前にいなかったから会ったことがないけどお母さんのお父さん似らしい」

「そうらしいよな」

「素晴らしい特技ですね。私もネビーさんと同じく平凡舌ですので全問正解は無理でしょうけど、ロイさんには勝ちたいです」


 同じ方法で今度は兄とウィオラが挑戦。ロイと作戦を話し合って、辛めのルル用で味覚を惑わせようと提案。兄は全問不正解を叩き出して、ウィオラも一つしか当たらず。


「こんな少ない量じゃ分からねぇよ。化物舌め。凄いぞリル! 俺と同じ顔でも中身は全然違う。あはは」


 お酒に強い兄は、酔ってないはずなのに、酔っ払いみたいに上機嫌で私の頭を撫でた。いつものことなのでふーん、とされるがまま。

 しかし、ロイが「妻に触らないで下さい」と食ってかかった。これもいつも通りなので傍観。妹は女じゃないです、と兄が言うのが定番。


「負け夫婦には何をしてもらおうかなぁ。リルさん、どうしますか?」

「最強リルはまず全員に命令で、次はロイさんと二人で俺達に命令かぁ。よし、どんと来い! 受けて立つ!」


 何も考えていなかったので考える。


「旦那様は後で。お兄さんは私の肩を揉んで。一ヶ月、ここに来た日は必ず。時間は私がええって言うまで」


 兄の肩揉みは上手いけど、自分がされたいのになんでしないといけないと両親の肩以外は揉まない。なので、このように勝った時が好機である。


「またそれかよ。分かった、分かった」

「ウィオラさんは……」

「リルさん、リルさん」


 ロイに耳打ちされた。


「はい」

「ネビーさんを拐かした方法を一つ見せて下さいにして下さい」

「えっ?」

「結構、飲みましたからいける気がします」


 なぜこの質問、と思いつつロイの頼みなのでウィオラにそう告げた。


「えっ?」

「ロイさん、なんですかその命令。しかも自分は負けたのにリルを使ってって卑怯ですよ」

「ネビーさん。少々再現して下さいだとどうですか?」

「……ウィオラさん。勝者の口にした、大した事のない命令は絶対です。我が家とルーベル家の掟です。さあ、俺を拐かして下さい!」


 ロイは相変わらず、兄の扱いが上手い。前は私を含む妹達を理由に使っていたけど、去年からはウィオラを使って操縦している。


「ロ、ロ、ロイさん。私はかど、かど、拐かしたことはありません!」

「うーそーでーすー。ほらほら、負けたんですから。嘘つきは泥棒の始まりですよー」


 兄がすこぶる楽しそう。ロイは兄の機嫌を取ってどうしたいのだろう。


「ウィオラさん。レオ家と我が家では、勝負事には些細な命令が付き纏うので、嫌なら勝つしかないですよ」

「そうです、そうです。逃げるんですか? ウィオラさんは逃げるんですか?」


 顔を赤くしてオロオロしていたウィオラが、ロイと兄のこの煽りに顔をしかめて、兄をキッと睨みつけた。


「私は逃げも隠れもしません!」

「おおー。さすが負けず嫌い」


 ウィオラは負けず嫌いなんだ。私は彼女とまだまだ浅い仲なので知らなかった。

 ウィオラは立ち上がって、扇子を出して広げて、にこやかな笑顔を浮かべて踊り始めた。相変わらず美しい舞を踊る。


「このような美しい舞を見せられたら、拐かされますね」


 ロイは何故か不満げな顔でそう口にした。ウィオラの手から扇子が落ちてしまい、彼女は失敗したというような顔をして、ヒラヒラ落ちてロイの前に落下した扇子を拾おうと慌てた様子で近寄ってきた。


「素人ではないのにこのような失敗は恥ずかしいです。酔いが回っていて」

「いえ、どう……」


 ロイが拾って畳んだ差し出した扇子を受け取ったウィオラは、その扇子を使ってロイの顎をクイッと持ち上げて、ジーッと見つめた。それからそっと目を閉じて、開いて「こういうことをした事があります」と口にして、一気にロイから離れて、部屋の隅でこちらに背中を向けて正座。


「……へぇ」

「たまに頑張ってかわゆいんですよ。ロイさんが何をしたいのか分かるからムカつくけど、まあルカと同じく流石にもう慣れたんで別に。リル、リル、リル、耳にタコ。飽きずにリルリルリルリルリル、ありがとうございます」

「……旦那様、ウィオラさんがしたことを私にさせるつもりでした⁈」

「あはは。面白かったらとそうしようかなぁって。今のは知っているとダメな種類のものですね。だから既に知っているネビーさんではなくて、自分をネビーさんの代わりにして披露してくれたと」

「違いますよ。あの照れ屋は俺にだと無理だからです。人前で俺にアレは絶対しない。照れ屋の彼女は言わないから言いますけど、拾う時に手を重ねてきて、おまけに例のこけ……」


 こけ? 苔?


「ロ、ロイさんと二人の時に話して下さいませ! 辱めないで下さい!」


 こちらに背中をつけていたウィオラが振り返って兄に向かって叫んだ。兄はすこぶる愉快そう。


「それで、ロイさんは俺の機嫌を取ってどうしたいんですか?」

「父が、ネビーさんの大自慢宴会をしたいそうなのでお願いします」

「ガイさんなら絶対すると心の準備をしてあるので大丈夫です。ロイさんの事では無いんですね」

「その日に自分は不在がよかです。お願いします」

「このくらいの事で逃しませんよ。ダメです。俺一人なんて嫌なんですロイさんも参加です」


 次はロイから兄への頼み事だったので、多分これが頼み事。それで前半は良くて、後半は却下ってこと。


「次はロイさんからウィオラさんへですね」

「今の話なんですが、父上のこちらへの話を逸らしたいので、少し演奏をお願い出来ませんか?」

「そういう理由でしたら、張り切って演奏しますし、一人芝居も披露します。ネビーさんが疲れてしまいますもの」

「もう疲れましたー。あちこちでワイワイ言われて。たまたまそこにいて、死にかけただけなのに、凄いって誤解され……。いや、リル。死にかけてはいないから。ビクビクして怯えて震えていたら、違うところに行ってくれた」


 大狼と戦って殺されかけたのかと喉がヒュッとなったけど、そうなんだ。


「大狼ってうんと大きいんでしょう? 目の前に現れたら怖そう」

「ああ。二度と遭遇したく無い。王都の街に出現はかなり久しぶりで、大地震みたいなものだから王都、特に南三区運が良いことを祈ろう」

「うん」


 次はウィオラから兄への命令だけど、二人の時に話しますで終わり。


「リルを負かす遊びをしましょう。花札とポーカーは却下。運が絡む遊戯はリルの得意分野なんで、違うもので」

「その前に自分達夫婦からお二人への命令があります」

「あっ、バレました?」


 ロイと相談というか、ロイがこうしたいと告げたので彼に言ってもらった。ウィオラは兄に怒って、新婚早々もう離縁したいから別居にした、なんて話を耳にしたらしくて、それは変な嘘で違うだろうけど、兄はウィオラに夢中気味なのにウィオラはわりとしれっとしているから気になるらしい。

 この間の公開稽古と試合の日に少し垣間見たけど、もう少しだそうだ。


「前から気になっていたんで、お互いの一番好むところと、苦手なところを教えて下さい」

「なんですかその命令というか質問」

「簡単ですからどうぞ。まずはネビーさんからで」

「別に簡単だから言いますけど、これを知ってどうするんですか? 一番……一番? 一番……一番って難しいですね」

「簡単だけど難しいかもしれませんね」

「一番は、いざって時に一番欲しい言葉をくれるところです。ウィオラさんはなぜかそういう時だけ俺に対して的確。うん。それだ。一番はそれです」

「そうなんですか」

「はい」


 意外な言葉が出てきた。お嬢様だからかわゆい、上品でかわゆい、〇〇がかわゆいみたいな事は耳にタコだけど、これは全然違う種類の事だ。


「苦手なところはありますか?」

「俺にそんなに惚れてなさそうなところです」

「そうなんですか」

「そうです」


 兄は不安顔ではなくて胸を張って堂々と言い切って、呑気そうに笑っている。


「嘘な気がします」

「嘘を言うてはいけませんって言われてないでーす」

「そうですね。まあ、最初の質問は本当だと思うのでよかです。では次はウィオラさん」

「は、は、は、はい。一番は……その、とても気遣い屋さんなところです」


 ウィオラは部屋の隅から戻ってきてない。彼女はボッと顔を赤らめて開いた扇子で顔を隠した。こちらも意外な回答である。


「へぇ、そうなんですか。俺が初めて知りました。これもロイさんの俺へのご機嫌取りってことですね。でも苦手なことまで聞くのはなぜですか?」

「ご機嫌取りではなくて単に興味です。一週間で結納したんで、お互い何がツボだったのかなぁと。苦手なところは知っておくと喧嘩を回避出来るかなって」

「気遣い屋かぁ。それならロイさんのおかげですね。俺の色々な事の手本はロイさんですから。ありがとうございます。おかげで結婚出来ました」

「いえ、自分は何もしていません」

「ウィオラさん。俺の苦手なところってなんですか?」

「それは前から話しているように、機嫌が悪い時の雰囲気が怖過ぎるところです。仕方がないことですし、慣れましたが、やはり怖いです」


 確かに兄が不機嫌な時の雰囲気はかなり怖い。殺気立っている。


「はい。すみません。気をつけます」

「気をつけなくて構いませんので、教えて欲しいです」

「機嫌が悪いぞーってですか? 教えていますよね? 俺、最近その約束を破りました?」

「いえ。破っていません。いつも教えてくれるので、そういう理由なのかとか、怒っているのではなくて考え込んでいたり疲れているのかと知れて怖さがなくなるので今後もそのようにお願いします」

「よっしゃあー! 次は勝って同じ質問を向かうの夫婦にもぶつけましょう。恥ずかしかったからやり返さないと。あっ、新聞紙があるから陣取りをしましょう。俺はかなり強いんで勝てます」

「あれを大人同士でするんですか?」

「しましょう!」


 規則は簡単で、二人で新聞紙の上に立って、じゃんけんをして、負けた方は三枚の新聞紙を減らされて、一枚になってからは半分にしていくというもの。最後の一枚をどんどん折られると二人で立てなくなるのでそうなったら負け。

 それに加えて、自分の限界量は分かっているはずなので、飲めそうならじゃんけんで負けたら酒を飲む、という規則も追加された。

 私は運が絡む遊戯は強いけど、じゃんけんは別になので勝ったり負けたりを繰り返して、兄達が先に負けて新聞紙が半分の半分になることになった。

 私達の勝ちだと思ったら、兄はヒョイっとウィオラを片腕で抱っこ。子どもを抱き上げるようにサラッと持ち上げた。これはこういう事が出来るので、大人と子どもで組んでする遊びだけど、兄は力持ちなので組む相手が大人でも関係ないってこと。


「リルも軽いからいけそうですが俺は強いですよ。爪先立ちでも彼女を持ち上げ続けられるんで」

「じゃんけんに勝ち続けていればよかなだけです」


 次は私とウィオラがじゃんけんをして私の負けで、ロイは「同じ持ち上げ方は難しいです」と私を横抱きにした。恥ずかしいので私もウィオラも無言。ロイと兄はバンバン飲んでいるので、酔っているのかすこぶる楽しそう。

 その次はロイと兄がじゃんけんをして、ロイの負け。更に私がウィオラに負けて勝負に敗北。


「いよっしゃあ! 俺達の勝ちー」


 そういう訳で、私とロイも兄夫婦と同じ質問に答えることになった。


「先にリルにしよう。どうぞ」

「えー……。一番……。一番……」


 好きなところが沢山あるので、一番と言われると難しい。


「って思ったけど、妹の惚気なんて聞きたくないから解散。疲れてるし、父上とジンと飲んできたところにまた飲んで騒いだから眠い。部屋に帰れ帰れ。俺のいないところでいちゃつけ」


 そういう訳で、私とロイは兄に部屋を追い出された。片付けは二人でしておくからと言われたので、歯磨きをして二人で二階へ上がって寝室へ。


「元々、今日は子ども達は下で寝る日じゃないですか」

「はい」

「だからまあ、そういう日でもあり、ネビーさんなら自分がしたことを仕返しして来るかなぁと。言う前に追い出されるのも計算のうちです」


 つまり、そういうこと。


「リルさんの一番好きなところは見ていて飽きないところです。未だにびっくり箱みたいな時があるので。たまにはまぁ、言おうかなぁって。ほら、ネビーさんがあの通りなので。二人を見ていると新婚時代が懐かしいです」


 かなり久しぶりだった剣術大会の日からロイはちょっと燃えている。あっと思ったら布団に組み敷かれた。


「苦手なところは……自分もネビーさんと同じかも。リルさんもしれーっとしているんで。このリスはどうやったら拐かせるんでしょう。それかいつ拐かしてくれるんでしょうか」

「……苦手なところはその、あの、こういう時に朝眠いのでほどほどで。ほどほどでお願いします」

「……ほどほどですか」

「この間の前くらいだと、ほどほどです」


 言ったら不機嫌になる気がしたけど案の定。しかし朝は家守りの戦争なので、ここは譲らない。


「朝の仕事に影響があるからです」

「今度の休みに二人で出掛けませんか? その時にそのくらいするってことです」

「……また沢山言うてくれるなら」

「先にリルさんで。自分の一番よかだと思うところと苦手なところ」

「その、一番好きなところは……」


 仲良しなのは相変わらずだし喧嘩はしないけど、私は家守りと子育てに追われているし、ロイは仕事が忙しかったのでこれが噂の倦怠期かも、なんて思っていたらこんな感じになったので、またしても新婚兄夫婦に感謝。

 この間の兄からウィオラへの龍歌がきっかけとなり燃えて、それが続いていて、今日も何かがロイの何かを燃やしたっぽい。


 ☆★


 今年や初夏からしばらくそういう感じで、事あるごとに新婚夫婦に感化されて、二年後の春に私は義理姉と同じ日に出産した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ロイがリルを好きでたまらない所が出る話が大好きです。 ふたりで仲良くしてるとほっこりします。 今回もごちそうさまでした!! [気になる点] ついに双子ちゃんの妹か弟が来るんですね。 どんど…
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