未来編「レイのお見合い」
兄に叱られると身構えていたら、ジンが帰宅して、彼は私を庇ってくれたというか明らかに兄に怒っている。
わざわざ泳がせて、事態を大きくして、罠に嵌めるように叱責なんて性格が悪い。ルーベル家に迷惑をかけるなと言うのに意図的に巻き込んで負担をかけたとぶつくさ言って、ルカに「まぁまぁ」と宥められている。
「そりゃあレイちゃんにはちょっと、という欠点もあるけどそれ以上の長所がある。悪女ってなんだ。それを言うなら黙ってほいほいネビーに従って、世話をしてくれたり気遣ってくれているレイちゃんをずっと裏切っていたユミトって男も悪い男だろう」
「……あっ。そっか。私、ユミトさんに騙されていたっていうか、これは良くないからやめた方がええって教えてもらえなかったのか」
「大事なら教えるはずだけど、そいつはレイちゃんに興味が無いっていうか、良心の呵責は無かったってこと。こっそりネビー以外の俺ら家族に近寄って相談したってええのに何もせず。いくら親父や母さんが頼んだって言うてもさぁ」
「まぁまぁ。だってユミトさんは私達と他人でしょう? ネビーとしか接点が無いんだから」
「ロイさんと同じ道場に通っているだろう」
ここへ兄が帰宅して、ロイも一緒に来て、私はロイとルカとジンと並んで座って、兄は向かい側へ腰掛けた。制服姿なので仕事終わりなのは明らかだ。
「あの、お兄さん。お仕事お疲れ様」
「別に疲れてない。疲れているのはどこかのバカで薄情な妹が仕事を増やしたからだ」
表情や雰囲気からして怒っているけど、言葉も棘に変えて刺してくるとは腹が立つ。
「今のは労いの言葉なのに揚げ足を取らないで」
「労う気持ちがあるならこんな事にはなっていない。口先だけの嘘つきは嫌いだ。俺と同じくバカで思慮が浅いから期間を与えたのに、両親の期待を裏切って堕ちるとは十六年間何をしてきたんだ。もうすぐ十七年か」
兄に反論しても無駄なのに反抗した結果、倍になって返ってきた。
「ネビー。せっかく反省しているのにやめなさい」
「反省は行動で示すものだ。かめ屋でロイさんと話をして、言われるがままここに来ている時点で論外。まずルーベル家に行くのが先だろう」
「すみません、レイさん。またしても試しました」
私と並んで座っているのに、ロイは兄側の人間みたい。
「ルーベル家に迷惑をかけて損をするのはこっちで、そちらは損切りすれば良いだけなんだから、まず家族に謝罪するのは当然です。レイごと切り捨てられたらたまったもんじゃないからね」
「そうだそうだ。未熟で浅はかなレイちゃんがのこのこロイさんとルーベル家に行っても火に油かもしれないんだからこれが正解だ。この風見鶏! ロイさんはいっつもそうやって都合が良い方に逃げる」
「風見鶏は別名、先見の明があるです。どこかの浅はかな小娘さんとは違います」
愚かな私は今気がついた。私の横に並んだルカ、ジン、ロイは味方ではない。全員、私を刺す気満々だ。もうやだ、いくら大切にされているとはいえ、こんな過保護な家族はうんざり。
ここへ「お客さんが来ました」とルルの声がして扉が開いて、そのお客がユミトだったので私は動揺しまくって俯いて、膝の上で重ねている手を強く握り締めた。
「こ、こんばんは……。あの、初めまして。ユミトと言います。ロイさんはお久しぶりです」
「こちらの都合でわざわざ遠くまでありがとうございます」
兄はユミトを隣に招いてルカとジンを紹介して、それからユミトの事を「かめ屋の有期奉公人、平家ユミトさんです。天涯孤独で昨年南西農村区から上京してきて、経歴が区民からすると若干不審者で、彼からすると不安な新生活なので、地区兵官が監視及び支援しています。担当は自分、後輩のアラタ、オルオです」と紹介した。
「いつもネビーさんにお世話になっています」
ユミトが頭を下げたので総礼になった。私はユミトの前で叱責されるのかと思ったら、最初に口を開いたのはロイで、その内容はまるで予想外の事だった。
「嫁入り前のうちのレイに近寄って、非常識な方法で連れ歩き、おまけに貢がせたり手を出した事について謝罪していただきたいです。慰謝料も要求します」
「……」
ユミトは目を丸くしてから兄を見て、ロイを見て、また兄を見た。
「情報不足のようですが非常識な方法で連れ回して欲しいとこちらのユミトさんを拐かしたのはそちらのレイさんです。勝手に貢がれただけです。手は出していません。彼女に女性として全然そそられないそうなので」
瞬間、私は棒で頭を思いっきり殴られた感覚がした。
「証拠は?」
「記録があります。レイさんのご両親から、警戒心が無くてふらふらする娘の護衛と監視を依頼されたので一筆とその記録もあります」
「後半については?」
「貢がれたという難癖と手を出されたという難癖に対しては証拠がありません。いただいたものはお返しします。手を出された事に関しては、今のところご懐妊という様子はなさそうなので手打ちでお願いします。そもそも、女性やその家族が気をつけることです」
「み、貢いでないし手を出されてもいないよ! お礼はしたけど貢いでないから返してもらわなくて構わないし慰謝料なんておかしい!」
「こちらも慰謝料を要求します。非常識な方法でつきまとわれた結果、変な噂が立ってかめ屋の旦那や若旦那の印象が下がって無期限奉公人の契約が遅れています。頼れる相手が少ないのに、一番頼りたい相手である自分を怒らせています。彼はさぞ、心細いでしょう」
ロイとネビーは涼しい顔をしているけど、軽く睨み合っている。ユミトはネビーを見据えて「ネビーさんは怒っているんですか⁈」と素っ頓狂な声を出した。
「教えただろう。俺は妹バカだって。地区兵官としては君の味方をするけど、兄としては非常に腹を立てている。優しくされたとか、世話してくれたって言うなら先回りしてレイを庇え! 何、のこのこ俺の作戦に乗っている。この薄情者! 俺さえ貰ったことがない、おせち弁当なんて貰ってヘラヘラしやがって!」
ここでネビーがユミトの敵に回ると彼は四面楚歌になってしまう。彼もそう思ったのか周りを見渡して頬を引きつらせた。
「俺……。すみません……」
「何がどうすみませんなのか説明しろ」
「ぬくぬく守られているうちに、わざと叱られて、結果として成長するのならその方がレイさんの為だと思いました。だから薄情とか、ネビーさんが怒るとか、考えていなくて……」
「それは悪い事なのか? 謝ることなのか? レイの為にそうしたならそう主張しろ。謝る必要が無いなら謝るな。前にもそう教えただろう」
「そうですよ、ユミトさん。先程のネビーさんの台詞は難癖に近いです。彼は家族や妹の事になると、さも自分が正しいみたいに主張します」
ユミトは四面楚歌になるのかと思ったらロイが味方した。兄弟子だからだろうか。
「えっと……はい。ありがとうございます」
「ユミト、分かったか? 今回はたまたま俺の妹で社会勉強だから根回し済みだったけど、そこらのお嬢さん相手だとただじゃ済まないぞ。かめ屋のお得意さんや提携先関係のお嬢さんだと旦那さん達に見捨てられる。男は常に不利だから気をつけなさい」
「はい!」
なんとも元気いっぱい、気合十分という返事だ。
「間違ってもまた、手を握られてニコニコされたぐらいで女にフラフラしないように。次こそ美人局被害に遭う。普通、平家娘だって親が大事に大事に育ててそこらの男に勝手に近寄るなとか、気をつけろって育っている」
「なら、なんでレイさんは俺とフラフラ出掛けたんですか?」
「俺が担当しているから安心ってバカだからだ」
「あと、レイさんはかめ屋関係なら基本的に許されるって価値観だからです。教えたつもりなのになんかこう、ズレているんですよ」
「レイは本当、ネビーみたい。ネビーは家でも道場でも職場でもボコボコにされて、ロイさんにも散々教わってきたけど、レイはそうじゃないからだよね。私らも、なんかレイはしっかりしていて大丈夫そうって油断していた」
「ルルちゃんが付きまといされたとか問題ばかり運んできて、レイちゃんは無風みたいな感じだったから、ついだよなぁ」
やっぱり、四面楚歌なのは私だ!
そういう訳で、と兄はこう続けた。これも私としてはまるで想像していなかった発言である。
「お互いにほんのり友情関係で持ちつ持たれつのようだけど、男女で身分格差があるからその程度の交際でも難しいです。解決策は常識を守って交流すること。とりあえず噂が消えるまでお互いに軽い接近禁止令を出します。それとは別にせっかくなので練習です。これより、二人のお見合いを始めます」
この台詞に私の頬は自然とピクピクと動いて、ユミトは目玉が落ちそうなくらい目を見開いた。
「レイとユミトさんだと、レイがそんなんじゃ無いって思考停止しそうなので、こちらはロカだと想定します。それでレイは母親代わりの姉役です。結婚お申し込みみたいな本縁談でないと本人は居ないものです。居る場合もありますが本人は同席しないという設定で」
「ルカの意見を採用します。こちらは女と文通くらいしたいと言うので、文通お申し込みの練習をしたいです。ご協力下さい」
「一人二役は大変なのでネビーさんはこちらへどうぞ。自分が地区兵官の福祉班の代わりをします。ネビーさんはユミトさんとは無関係という設定でいきましょう」
なんなのこれ!
絶対に事前に打ち合わせた結果だ。ロイと兄が席を移動して、兄は私の隣に着席。これで兄、私、ルカ、ジンという順である。
「こんばんは。夜分遅くすみません。お互いの時間調整が出来ずにこの時間となりました。お会いしていただきありがとうございます」
「ちょっと待って。ロイさん。文通お申し込みなら私……じゃなくてロカが手紙を貰って調べてって流れなのでこうはなりません」
「ユミトさんの経歴だと通常の文通お申し込みでは望みはゼロです。軽く調べられて、天涯孤独の元浮浪児で定職にもまだついてないから却下で終わり。なので手紙を渡すという方法は取りません」
「そうなんですか⁈ いえ、言われてみたら確かにその通りです。だから返事が無かったんですね」
「俺にまず言えって言うのにユウさんに唆されて勝手に手紙を渡したりするからそうなる。縁があったかもしれないのに台無しだ。こういうことを自業自得と呼ぶ。今日まで言わないで黙ってた」
「……はい。すみません。どんどん学びます」
さっき、手を握られて騙されかけたみたいな話を聞いたけど、文通お申し込みをした話も出て、私は何故かイライラした。
「春からずっとウィオラさんにデレデレしているのになんなのもう! この浮気者!」
「ウィオラさんはネビーさんのものだから仕方ないだろう! 他の男のものばっかりか、俺には無理な人しか居ない」
思わず立ち上がろうとしていて、隣のルカにまぁまぁと肩を押さえられた。
「ウィオラさんにデレデレ? おい、俺の嫁といつ会ってる」
隣の兄の目が据わっている。
「違っ、違います! ネビーさんと一緒の時以外に会ったことはないし、挙式の舞や歌がすこぶる綺麗だったからたまに思い出すだけです!」
「俺の嫁を思い出すんじゃねぇよ!」
「話が逸れるからやめなさい! ロイさん、もう一度お願いします」
ルカが静止すると兄はユミトを睨んで、ユミトは私に軽く非難の目を向けた。ウィオラに対して鼻の下を伸ばしているのは知っているから私も睨み返す。
「こんばんは。夜分遅くにすみません。お会いしていただきありがとうございます」
「ご用件はなんでしょうか」
不機嫌に拍車がかかった兄が低い声を出した。
「後輩がこちらの家のロカさんと文通したいと申していますので、どうしたら文通を許していただけるかをうかがいに来ました」
「ロカはまだ女学生ですのでまず卒業までお待ち下さい。娘を気にかけていただき、ご足労ありがとうございました」
この受け答えだと文通お申し込みは終了である。最初にそんな設定はしなかったけど、兄は父親役になるらしい。
「ユミトさん。この場合は食い下がりますか?」
「えっ? えーっと、勉強だから食い下がったらどうなるかお願いします」
「そこをなんとか。在学中は文通のみにしますのでご検討お願いします。後輩は現在、かめ屋という老舗旅館で働いています。年齢は十六才で今年十七才になります。ロカさんはあと二年で女学校を卒業しますので、その頃には彼の給与が上がって貯金も増えている予定です」
「元服したとはいえ、なぜ親では無くて先輩と一緒なのでしょうか? おまけに文通お申し込みなのにこのように家まで押しかけてきて」
「彼は不運にも家族を失っています。ですので、自分が力になろうと思ってこうしてここへ足を運びました。そちらが軽く調査して天涯孤独で上京してきたばかりという情報だと門前払いされると考えて
このような形を取りました」
これは確かに勉強になるかも。
「彼は上京してどのくらいですか?」
「約半年です」
「それならまだまだ仕事にも生活に慣れていないでしょう。やはり娘が女学校を卒業するまでお待ち下さい」
「そこをなんとかお願いします」
「女は星の数程いるので、すんなり受け入れてくれる相手と交流して親しくなって下さい。お願いします、お願いしますって、我が家や娘にどのような得があるのですか?」
「彼は地区兵官を目指しています」
「地区兵官なら間に合っています。それも単なる地区兵官ではなくて、それなりの地区兵官がいます。我が家には必要ありません」
ここは兄が地区兵官という事実そのままでいくようだ。
「それなりの方だということはきっと多忙でしょう。彼はほどほどの予定なので、ご家族の地区兵官が留守中に彼が家族を守れます」
「それは悪くない提案ですが、地区兵官の正官になれるのはいつ頃の予定ですか?」
「それは……十年程後の話です。ただ、自分と同じ名のある剣術道場に通っています。心身共に鍛えてくれるとても良い師匠が指導してくれています」
「十年? 我が家や娘のヒモになる気ですか? 許す訳無いじゃないですか。やはり娘が女学校を卒業するまでお待ち下さい。二年経てば、評判や生活ぶりなどで判断出来るので文通くらい検討します。お帰り下さい」
「ユミトさん。君の手持ちの札ですと、このように色々詰んでいます」
「狙うなら親と不仲、自分と同じように家族がいない、男を頼らないかなりしっかりした女、心底お前に惚れていて何でもしてくれる女。そこら辺だな。地区兵官を目指すっていうなら、十年間は見た目や容姿や性格で選ぶと詰むだろう」
「ご指摘、ご指導ありがとうございます」
「縁結びが難しそうな女を拐かすなよ。傷つけるだけだし自分も辛くなるから」
「はい!」
ユミトは全員に向かって会釈をしたけど、とても満足げな顔をしている。なんなのこの茶番劇は。
「続けて、我が家のレイの練習もさせていただきます。この場合、俺はユミトの担当なので場所を移動します」
この茶番はまだ終わらないらしくて、ロイと兄が場所を入れ替えた。
「お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます。手紙でも軽く相談しましたが、我が家のレイがそちらのユミトさんと文通したいと言っています。その為に少々お話しをさせていただきたいです」
「有り難い話なので文通します。よろしくお願いします」
「えっ? ええの?」
私がそう問いかけると兄は「お前と他人ならそう言う」と告げた。
「ユミト、誰でもええ勢いなんだから、とりあえず文通くらいしておけ。卿家と縁深いお嬢さんで少々バカなところはあるけど自立している。多分、やる気が出るし上手くいけばヒモにしてくれるぞ。向こうからお願いされたなら、親に許されたって事だからこれで終わりだ」
「えっ? あの。俺はレイさんと文通するんですか?」
「まさか。今のは練習だ。続けて、レイがロイさんにおうかがいを立てたとする。俺とユミトは見学。どうぞ」
どうぞ、と兄が告げたら全員に見つめられた。
「どうぞって……えっと……。ロイさん、文通お申し込みしたい方がいます」
「そうなんですか。それならリルさんと軽く調べるのでどこのどなたなのか教えていただけますか?」
兄が指を揃えた手でユミトを示して「練習」と口にしたので仕方なくそう口にする。同じかめ屋で働く別の部署のユミトさんという方です、と。
「レイさん、そうして調べたとして続きです。沢山お見合いをしてから、どうしてもと言うのなら検討しますが現段階では避けていただきたいです」
「彼が元浮浪児だからですか? ルカ姉ちゃんにそう解説されました」
「ええ。それより前のことも少し調べました。少々複雑そうな方ですので面倒事はごめんです。もっと楽で安心な方にして下さい。可能なら、家族がとても勧める方が良いです。両家のツテコネなら百人くらいはわりと簡単に用意出来ますのでまずその中から探して下さい」
ゲホゲホッとユミトが咳き込んで「百人⁈」という声を漏らした。
「あの……。私は別にユミトさんと恋文を交わしたいなんて思ってないのでそれで構いません」
「レイ、練習って言うただろう。ユミト、これが現実。お前をええと言ってくれる女がいても家族に門前払いされる。文通くらいしても良いって言ったけど、出来るとは言うてない」
「ネビーさん。俺の経歴でこうなるなら、これってずっと変わりませんよね?」
ユミトは悲しそうな顔で兄に問いかけた。
「十年経って夢を叶えたと仮定しよう。ロイさん、再度お願いします。レイに頼まれた後からです。レイが地区兵官のユミトさんと伝えたとします」
「地区兵官は間に合っていますが、多い分には困りません。広い意味でネビーさんの後輩ですね。文通お申し込みくらい好きにして下さい」
「ロイさんは特にユミトを調べないって事ですよね?」
「根掘り葉掘り調べますが、地区兵官になれる過去や経歴で既に公務員になっているなら別に。厄介ごとを運んでくる可能性は低いです。確率は他の方と同じ程度でしょう。夫が殉職しても料理人のレイさんは自力で生活出来ます」
「ユミト。我が家のレイは基本的に門前払いはされない中々のお嬢さんだ」
父は奉公先にとても大事にされている戦力職人、兄は番隊幹部、親戚には煌護省の役人と裁判官。本人は老舗旅館の料理人。義理姉には奉巫女までいる。
「こういうツテコネを喉から手が出る程欲しい家は結構いる。レイは基本的には選ばれる立場ではなくて選ぶ立場だ」
「レイさんは十年くらい料理人として働いてから子持ちが良いと言うて、お見合いは八年くらい後と言っています。それか婚約期間を長くすると。選べそうな身なので、我が家に打診されるお申し込みは全て却下しています」
「えっ。ロイさん。ルルではなくて私にもお申し込みがあるんですか?」
「ええ。それなりにありますよ。興味が無さそうなのでご両親に聞いて全てお断りしています」
「父上は誰でも嫌だからこっちの家にくるお申し込みは全部門前払いだ。そういう訳で、ユミトさん。我が家のレイは平家だけど、それなりの格のある箱入りお嬢さんなので近寄らないで下さい。あの方につきまとっている男は誰だとか、調べられて迷惑するぞ」
「そっか。俺が格上のお嬢さんにつきまとっているように見えるんですね。うわぁ。言われてみればそうです」
「あとは世間知らずなお嬢さんを騙したり、たらし込んで連れ歩いているとか。とにかく悪者にされやすいのは君だ。かわゆい娘の為に、娘が悪くても娘の評判を下げない為に君に押し付ける」
「色々勉強になりました。お坊ちゃんやお嬢さんは避けなさいってこういう事ですね。これが本番ならキツそうです」
こうしてユミトは兄に連れられて部屋から去った。
「あんた。まるで相手にされてないわね。これからあんたと交流が無くても平気みたいな顔をされて気の毒なんだけど」
「……」
姉は私の心の傷に塩を塗り込んできた。
「別に。私はユミトさんに惚れてないし」
「この浮気者! の時からそんな顔はしてないわよ。今も酷い顔」
「……」
そうなのである。私はユミトが気にかけた相手に騙されかけたとか、文通お申し込みした話を聞いてから胸がじくじく痛んでいる。なので、もう自分の気持ちを自覚しつつある。
「ネビーさん曰く、女性なら大体誰にでも弱くて、特に色仕掛けに弱いそうなので、手を握ってにっこりしながら迫れば落ちますよ」
「ロイさん! な、な、何を言うてるんですか! 許さないんですよね⁈」
「ええ。現段階の彼だと許しません。でもレイさんは我儘を通せる生活力、能力があるので本気になって覚悟して突き進まれたら止めるのは困難です」
「私は……。そんな風には思っていないです」
「自覚したばかりですし、これから彼との交流も減ります。レイさんの気持ちがどう動くかは誰にも分かりません。とりあえず他の方とどんどんお見合いして下さい」
兄に謝罪して叱責されるんだと思っていたら、予想外の結末である。私はこの後、ロイとルカとジンとルーベル家へ行った。
ガイとテルルに謝罪したら「迷惑をかけられる前に息子夫婦や親戚が対処してくれたので謝らなくて構いません。何も起きていませんので」で終わり。
「でも、私はルーベル家に恩を感じていないとか、そんな事は思っていなくて……。なのにそう思われるような事をしました」
「四方八方からヤイヤイ言われれば反抗したくもなります。日頃お世話になってきたことや、色々してもらって感謝の言葉もいただいているので、うんと積み上がっています。それはこの程度で全部壊れることではありません。なのでそんな簡単に蔑ろにされたとは考えませんよ。ふふっ。ロイに余程嫌な怒られ方をされたんですね」
「小娘を踏み潰すのは簡単です」
「レイスやユリアもそのうち反抗期に突入しますので練習台になってくれてありがとう。今夜は泊まっていきなさい」
家族親戚は怒っているけど怒ってないってこと。父やルルの激怒は本気っぽかったし、寝ていた母の気持ちもまだ知らず。この後、ウィオラと話しで、最後にリルと言われた。




