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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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特別番外「雲外蒼天物語10」

 ネビーとウィオラの祝言日がやってきた。披露宴会場はかめ屋で、昔から縁があるし便乗商売で儲かるからと、俺達従業員は準備段階から大忙し。

 当日、旦那に「君達はうんと世話になっているんだから挙式を見てくると良い」と言われて、ユウと二人でフェリキタス神社へ。

 神社は祭り状態で人が沢山で、俺達が到着したのは二人が夫婦の誓いを立てている時で何をしているのか分からないから、その後に行われる挨拶時間の場所取り。そう思っていたらデオンを発見して、かめ屋はどうしたと聞かれたので説明したら一緒にと剣術道場関係者に混ぜてもらった。

 厳しいけど優しいデオンは、目が見えないお年寄りをおんぶしている男性に「すみません」と声を掛けた。


「そちらの方はお怪我ですか?」

「いえ、自分の父で新郎は我が家の恩人なので新郎にお礼を言いたい歩けない父を彼が連れてきてくれました。彼は新郎の後輩です」

「それならお父上だけになるけど前へどうぞ。私は新郎の剣術の師匠で特別席を用意してもらっています。弟子を立たせるか何かします」


 デオンは案内係に事情を説明して彼らの席を用意してもらった。俺はこういうやり取りを見聞きして、今年はこういう風に俺も誰かに声を掛けようと改めて決意。

 俺はデオンのように「新郎の師匠でして」とは言えないけど、声を掛けた後にデオンに相談する事は可能だった。なのに俺はさっき何もしていない。

 このままだと永遠にネビーに貰い続ける人生で、彼は自分にではなくて他の人に返して欲しいと言うような人だから、デオンのように振る舞えるようになったらきっと喜んでくれるだろう。これは少し人生に余裕が出来た俺の今年の目標なのだけど、人に親切にするってすこぶる難しい。


 俺とユウは新参者なのでデオン剣術道場の集団の端の方にいる。見知らぬ兄弟弟子や顔は知っていても、離れたところで稽古をしている者ばかりだ。


「さっきの家族、ネビーさんは我が家の恩人って何をしたんだろうな」

「なんだろう。あの人と歩いていて誰かを助けなかったことってないよな。あのジイさんをおんぶしていた人、ネビーさんの後輩で剣術道場関係者じゃないってことは地区兵官としての後輩ってことかな。ユミトもそこそこええけど、あの人の体格はかなり厳つかった」


 ユウと雑談していたら舞台上に人が勢揃いして誰も挨拶をしないまま音楽が開始。瞬間、鳥肌が立った。

 レイに教わったけど、ウィオラは琴門という琴と三味線を教える家に生まれた女性なので今日は彼女の親族が演奏する。前に長屋で彼女の演奏を聴いた時もボーッとしたけどそれが何人もいるのでどこか別の場所に引き込まれそう。


 そうしたら、落雷が自分に落ちてきたような衝撃を受けた。ひらひら、ひらりと桜の花びらが時折り舞い落ちるけど、それとは異なり演奏の効果なのか、きらきら光る桜の花びらが舞い踊るような景色が目の前に広がっている。

 そこに「これこそがきっと天女だ」というような白い衣装の女性が鈴の音と共に登場して、甘くて永遠に聴いていたい声で「桜、桜、はなびらひらりと舞い落ちる」と歌いはじめた。


 歌や音楽ってこんなに人の心を震わせるらしい。天女はこの世で最も幸福みたいな様子で軽やかに嬉しそうに笑って舞って歌って鈴を鳴らして、俺に笑いかけてくれた。

 天女が俺を見た! しかも俺が好きだっていうような満面の笑顔!


 俺は唯一無二の存在、運命の相手を見つけた気がする。きっと俺のお嫁さんは彼女だ。というよりも、単にそうなって欲しいという願望である。

 俺の人生の不幸分幸運なことがあるのなら、文通してもらえるかもしれない。


「おい、ユミト。あれ」

「ん?」

「せっかく万年桜の世界に浸っていたのに一気に現実に引き戻された。お金を払って観劇するような舞台だったのにネビーさんで雰囲気ぶち壊し」

「万年桜って何だ?」


 舞台端から天女に近寄っていくのはネビーで、彼は転びそうになったし手足も一緒にでたし顔が強張っていて顔色もかなり悪い。俺が知らない衣装を身にまとっていて髪型も整えているから格好良いのに、顔色と表情と動きで台無し。


「うわあああああ! あの天女はウィオラさんだ! 全然分からなかった!」

「そりゃあ白無垢だから新婦だろう。何を言うてるんだ」

「しろむくって白くて剝くってなんだ。ひん剥く為の衣装ってことか?」

「バカか、純真無垢の無垢だ。まあ、今夜あれを脱がすわけだから外れでもないけど」

「ウィオラさん、別人みたいだ。あーあ、俺の嫁を見つけたと思ったのに!」

「椿姫、刺繍姫、間に色々いて次はウィオラさんってお前は何回俺の嫁を見つけたって言うんだ。ネビーさん関係が多いって、お前はネビーさんの縁を嗅ぎ取って好きあらばあの人の家族になりたいってことだろう。野生の本能か?」

「おお。そういうことなのか」

「今のおおって言い方、ネビーさんそっくり」

「あはは、それは嬉しいな」


 見学客達からネビーへの叱咤激励や冷やかしの言葉が飛び始めた。それから沢山の笑い声も響き渡る。

 ネビーが挨拶をして、二人は来訪した者達にお茶やお酒を振る舞いながら挨拶を交わし始めたので、俺達はデオン剣術道場の面々の一番最後に並んだ。俺達の後ろは行列である。


「君達、店で仕事じゃなかったのか?」


 ネビーの顔色はすっかり良くなっていて、とても幸せそうに微笑んでいる。ただ、泣いた後のように目が赤い。俺達は係の女の子が運んでくれた桜茶を飲んだ。


「お祝いに来ました。この後、すぐに帰って働きます。ネビーさん、ウィオラさん、おめでとうございます」

「本当におめでとうございます」


 祝言祝いについて、俺とユウはかめ屋の旦那とデオンに相談したけど不要だからその分、応援されている目標に向かってひたすら励みなさいと言われた。それが一番彼が喜ぶ事だからと。それで、彼の支援を無駄にしたり信用をぶち壊さないことも大切だそうだ。


「これから働くなら二人とも桜茶だ。うわぁ、年だ。涙腺が緩い」

「今日は仕方がないです。デオン先生にあのようなお言葉をいただいたらそうもなります」


 ネビーの目にみるみる涙が滲んで、それをウィオラがそっと優しく拭った。後方から「おい、ネビー! 泣き虫ちび助は健在だな!」みたいな野次が飛んできた。


「うるせぇ! 黙れお前ら!」

「隊長にうるせぇとは良い度胸だな!」

「副隊長もいるぞ!」

「師団長もいるぞ!」

「俺にうるせぇとはええ度胸だなこの泣き虫ちび助!」


 また野次が飛んできてネビーは「うわっ。しまった」とクスクス笑い始めた。


「ユミトさん」


 握手みたいに手を差し出されたのでその手を握る。また励まされるのかと思ったら「あんなに小さかったのに、やはり大きな手になりましたね。ありがとうございます」と感謝された。


「あの、ありがとうって何ですか?」

「目標が出来てもやっぱり辛くて苦しくて、でも君は少し心を開いて俺の手を握って助けてと言うてくれたから、あれからずっと、ずっと、走り続けてこられましたしこれからも続けます」


 そういえば、前も似たような話をされた。あの時は緊張や他の事で頭がいっぱいでその話はあまり印象に残らなかった。


「そういえばネビーさんの目標ってなんですか?」

「今日みたいに一人でも沢山の人が笑って暮らせる世の中を作る事です。ちっぽけな自分だけでは難しいけど、似たことを考える人が増えたら理想に近づきます。だからよかな教育者になりたくて悪戦苦闘中。出会った頃の君達のような危うそうな人達にももっと何かしたいからそれも悪戦苦闘中。昔から空回りしまくりです」

「これからもネビーさんをよろしくお願いします。とても支えになっているそうなので沢山頼って下さい。以前は少し喧嘩という変なところをお見せしてしまいましたが、懲りずにまた遊びに来て下さいね」

「夫婦で二部屋になって一部屋貸せるから泊まりに来てもよかだぞ。俺ばっかり行くのは疲れるからたまには君達が来い」

「お二人がいらしたら楽しく三人で寝て下さい」

「えっ? 嫌です」

「えっ? なぜですか?」

「むさ苦しい男と三人で川の字なんて嫌で……うわああああ! ユウさん、連れて行け。大の男が子どもみたいに泣くな。うつるから連れて行ってくれ!」


 俺は気がついたらボロボロ泣いていて、自然と声を出していて、大泣きしてしまった。ユウに「行こう」と引きずられるようにその場を去る。


 しょうもない人生で、絶対に許さないから復讐するという監獄を出た時の気持ちは空の彼方。俺は刺し殺されるとしても相手を殴らない。刺される前にとんずらする。誰かが襲われて死にかけたら殴りかかって助けるのではなくて逃げようと手を引くし、無理なら俺が盾になる。

 そうやって俺は死ぬまで誰かに暴力を振るわない。俺について回る身分証明書は、俺が暴力を使った瞬間にきっと足を引っ張る。自分のことなら構わないが、俺を信じた裁判官もあの時助けようとしてくれた人達も、親身にも程があるネビーも全員巻き添えだ。

 俺はやっぱり地区兵官になりたい。それで仕事は福祉班一択。暴力を使う必要はなさそうで、ネビーの目標には人手がいるから俺が参加する。


 こうして、俺は裁判官のお世話や手助けをする人という目標は捨てた。何年かかっても、出世出来なくても、業務制限がかかっても、俺の身分証明書を見た同僚がバカだといびられそうでも俺は地区兵官になることを正式な目標として掲げた。

 そこが終わりではなくて、俺は福祉班になってどんどん誰かを助けて、全員の人生を雲外蒼天にする。

 ネビーが海辺街へ引っ越したら追いかけるし、東地区へ行くならやはり追いかける。あの人の背中を追い続けていたら、ふと街中で母を殺した男と遭遇しても自分を抑えられるだろう。きっと、彼と離れてはダメだ。彼に見捨てられてもいけない。


 正直、かめ屋で働き続ける方が稼げるようになるし、生活も安定するだろう。どうしても何をしても、どれだけ金を使っても地区兵官になりたいとデオンに相談したらそう告げられた。


「ここまできたら一番最初に話す相手は妻と言っていたけれど、君にならその後に打ち明ける気がする。ネビーがなぜそういう目標を抱いて今もずっと走り続けているのか」

「先生は知っている話ってことですよね」

「ああ。当事者達と私とお相手のご両親しか知らない」

「俺、別に知らなくてよかです」

「ははっ。短いのに口調まで似てきたな。話して楽になったり気持ちを新たにすることもあるから彼の為に聞いて欲しい」

「それなら聞きます」

「向こうからそっと打ち明けるだろうから何もしなくても構わない。君はここでの稽古は増やさないで、私の知り合いが営んでいる柔道道場へ通いなさい。対人稽古が苦手そうな理由はネビーから教わっている」

「はい。ありがとうございます」


 竹刀は刃ではないのに俺は少し苦手。素振りは良いけど人へ向かってだと手が微かに震えるし、面も打てない。無意識に包丁を連想するようだ。


「非常に賢い火消しが入門予定なので、勉強は彼から教わると良い。と、言っても自分で取り入って教わりなさい。入門したい理由がネビーと彼の義理兄だからきっと話題があって親しくなれるだろう」

「火消しさんも剣術をするんですね」

「その通りで珍しい。しかし、入門したいそうだ」


 デオンとの面談結果は、俺の知らないところでかめ屋の旦那と若旦那へも伝わっていて、二人から先行投資しても構わないという話をされた。

 デオンの話だと、今の俺の稽古の様子や地頭だと五年後に半見習いになれる可能性がある。半見習いは最低二年。順調に地区兵官採用試験免除を獲得したら同年の下級公務員試験突破。それで晴れて試験採用の準官が三年間なので、正官となって一人前の地区兵官になるには最低十年は必要だという計算。

 俺の身分証明書で普通に兵官採用試験を受けると戦場兵か戦場兵官送りにされるという。指定指導者であるデオンが五年記録をつけて、その記録を元に半見習い申請をして、半見習い時の記録とデオンが継続する記録を最低二年分追加すれば俺の努力次第で地区兵官採用試験免除を獲得出来るそうだ。

 これはデオンが事前に煌護省本庁に確認してくれた事なので、実は無理とはならない。


 旦那と若旦那は、この十年間の寮費と食堂利用の場合のみ食費補助を出してくれるという。かめ屋で働き続ける事、剣術道場と柔道道場の稽古に通い続ける事が支援の最初の条件。

 貯金を続けても半見習い中に生活が厳しくなるという予想なので、その時は少しの仕事だけで、生活の全面支援をする。五年間で積み上げる働きぶりなどが担保になるので絶対支援する訳ではない。口約束ではなくて評価項目を設けて三ヶ月ごとに評価するなど、全て契約書に記してあって提示された。

 それで十年間独身職員寮暮らしで、正官になるまでずっとこのお店と従業員の防犯に協力することも条件。その間に祝言したくなったら、地区兵官は諦めてかめ屋に骨を埋めるか、自力でどうにかする覚悟を抱くように。


「なぜか教えてくれないけど、彼は君にご執心という様子なので、これは君をこの店に留めておくと彼を使えるという下心込みでの提案だ」

「それって、俺が彼に見捨てられたら終わりってことですよね」

「その通りだ。彼が見捨てなくても、そのくらいのことをすればこの店だって君を捨てる」


 俺は少し迷って、十年間支援してもらうのなら、隠し事はしたくないと考えて大きく深呼吸をした。


「あの。お二人にだけ話したいことがあります。担当している地区兵官さんの中でもネビーさんしか知らなくて、他に話したのはデオン先生だけです。このありがたい話はそれを聞いてから決めて欲しいです」


 そういえば半見習いのグンタもいるな、と思い出したけどそれは横に置いておく。


「どうぞ」

「俺、本名はジロって言います。住んでいたのは南三区の東南側で母の墓はフェリキタス神社の共同無縁墓地でした。俺は約十年間、監獄暮らしです。昔、母と二人暮らしだったのは本当です」


 これ以上の話はしたくないのでしない。デオンにもここまでしか伝えなかった。旦那も若旦那もしばらく何も言わず。俺は黙って彼らの返答を待った。これは彼らが俺を受け入れてくれるかどうかだけではなくて、偏見で俺を追い払うかどうかの見極めでもある。

 ロイが俺に気の毒そうな目をしてくれたように、知識がある人だと色々と想像してくれる。


「俺は君と風呂に入ったことがある。誘っただろう? 商売人で経営者だから信用している人に太鼓判を押されても完全には信じない。君の体のどこにも罪人印は無かった。情状酌量される罪で保護目的と一応罪を償うという意味で監獄に投獄ってことか」

「そう言ってもらえて嬉しいです。ネビーさんは身分保証からそのように全部読み取ってくれましたが、地区兵官さんにも極悪人みたいに間違えられました」

「この店には本物の前科者もいる。終わったことを蒸し返し過ぎると逆に悪人になったりするから日雇いから始めて今で判断した。同情はしないし、よく監視する。それは前科者でもそうでなくても変わらない」

「南三区の人間ならこのまま新しい名前で生きて、地元には近寄らず、たかりや揺すりに気をつけなさい。母親の墓参りもしない方がええ。部屋や社に向かって手を合わせるだけで十分だ」

「おっ。少しは旦那らしくなってきたな。早く引退したいからその調子で頼む。ユミトさん、君の嘘の噂や評判で君の居心地が悪くなったりこの店が迷惑をしたら親戚の店に送る。地区兵官はどこにいても目指せます。君が悪くない限り、見捨てたりはしません」



 天涯孤独なので、かめ屋で働き続けて二年程で俺の経歴でも受け入れてくれる家や女と縁を結んで失った家族を作る。そういう道もある。

 女は一才無視するか苦労に付き合わせて、ひたすら目標を追いかけて十年後に正官になる。それが俺が選ぼうとしている道。十年後というのは最短期間なので遅くなる可能性もある。

 若旦那は今決めても気持ちが変われば路線変更は可能とつげて、旦那には後者には抜け道があって自分を養ってくれる家や女を確保することで両取りと言われた。

 商売人は求めてなんぼ、高望みしてなんぼ。でも損切りも大切だし身の丈に合わない事を望むと倒産する。それは人生と同じだそうだ。

 

 抜け道のことは頭の片隅に置いておいて、俺の選択は一つだけ。迷う必要なんてない。俺に必要なのは努力と金と時間。俺が何もしていないのに手に入る、しかも面倒をみてくれる女が現れたら話は別だけど、自分からだと金も時間も失われる。

 監獄で十年間、女という生き物は作業中に遠くで見かけるものだったので十年増えても耐えられるだろう。しかも俺はもう学び済みで俺が気にする良い女は良い男のものなので、今求めても手に入らない。というか、少し気になって話してみたいという望みだけで、文通すら困難な状況である。


 最後はネビーにこういう新しい人生を歩くと報告して決意表明。彼は「そうか、応援するから頼れ」としか言わなかった。


 そうして秋になり、彼と出会った季節が到来すると、時間を作って欲しいと言われて出掛けた。


 待ち合わせ場所で会った彼は妻と共に腕いっぱいに秋桜(こすもす)を持っていて、その後にとある家に行ってお線香をあげた。彼は俺に何も言わなかったけれど、家の人とのやり取りでずっと昔からお線香をあげ続けていることは理解した。


「自分は彼女とこれでお別れします。このように妻が出来ましたので。約束は続けますが、心の支えにするのは終わりです。いえ、妻と出会って自然と終わってしまいました」

「そのようにありがとうございます。十年も恋人の代わりにしてもらえて、娘はきっと黄泉の国で喜んでいます」

「自分に贈ってくれた手紙も彼に渡そうと思います。きっと似たような気持ちを抱いてくれると思うので。ちなみに娘さんは妻に似ていますか? 中身ではなくて見た目の話です」

「いえ、娘はこう、少し釣り目でしたので……。挙式でお見かけしたルーベルさんの妹さんに似ている気がしました。男の子と一緒で少し猫っぽい妹さんです」

「……うわっ。多分長女のルカです。ということは、娘さんと自分は恋人にはならなかったでしょう。妹似の顔には惹かれないんですよ。すみません。やっぱり袖振りです」


 ネビーはそう告げると長く、長く、長く仏壇に手を合わせて最後に「ありがとうございました。さようなら。これからはどんどん君の話を聞くので初めまして。改めてよろしくお願いします」と告げた。

 

「ふふっ。ようやく、娘の事を聞いてくれるのですね。ずっと断られていましたから嬉しいです」

「ええ。ようやくです。死者を想うなんて辛い道は選べませんでした」


 この後、ずっと黙っていたウィオラが持ってきた三味線を使って曲を披露した。


 さくら、さくら、舞い散る桜。

 永遠に咲き乱れる万年桜。

 千年万年命は巡り巡りて(つい)はなし。


 二人の挙式で聴いた万年桜の調べや歌詞と少し異なる。俺はお線香を上げた相手とネビーの間に何があったのか全然知らないけど、この曲はとても胸に沁みて涙が一筋頬を伝った。


「人は忘れられた時に本当の意味で亡くなると言いますので、娘は本当に果報者です。私達家族が亡くなってもルーベルさんご夫婦がいらっしゃって、このように次の方へ繋げてくれるようなので」

「彼は私達よりも十年若くて、この次もいる予定なのでサリアさんはこの中の誰よりも長生きそうです。ここで桜の枝は枝分かれしますが私達は私達で万年桜の世界を目指しますので娘さんに負けませんよ」

「負けず嫌い。枝分かれか。そうですね。ずっと独り占めしていましたが、良い言葉をいただいたのでこれからは後輩達に伝えて繋げていきたいです」


 俺はこの日、ネビーから「桜の君へ」という手紙を受け取った。自分が貰ったと思って読んで欲しいと告げられて、あとは好きにして良いという。

 十年前に、彼は人伝てでこの手紙を受け取って読んで、彼女に返事は出来たけど会えずに終わったそうだ。

 デオンの予想とは異なり、彼は俺に何も語らず。本人に探りを入れたけど、昔義理兄になら話そうかと考えたけど、今はもう妻にしか言いたくないと断られた。


【貴方が人を助けて貴方も相手も笑うから、ずっと春で桜が咲いていました。地区兵官になったら沢山笑顔を作ると思います。安心します。皆が幸せになります。貴方も幸せになると思います】


 耳にする一閃兵官ネビー・ルーベルの噂はどの事件をどう解決したかというような捕物のことばかり。最近では、ネビーが隠しきれなくなったから仕方ないと言う、大狼と対峙した話でもてはやされている。

 しかし、俺にはこの手紙の内容こそが彼の本質をついていて、彼がそこを一番大切にしていると分かる。俺以外にも彼の本質を知っている者がいるから街で声を掛けられてちょっとしたことで頼られるのだろう。


 この手紙を贈られたすぐ後に、彼が俺と出会った事は教わった。今、救えない目の前の少年がいつか自分の前に現れたら必ず助けたい。出来れば向こうから来る前に会いに行けるくらい余裕を持ちたい。それは非常に難しいことだから人を育てる。自分の代わりに、辛い思いをしている人に手を伸ばしてくれるようにと願いを込めて。

 俺の他にもいるけど、そうやって彼は俺の震える手を握って何も出来ずに離してしまった後悔と決意を胸に走り続けてきたし、これからも走り続ける。

 飲み過ぎたネビーが寝た時に、ウィオラが俺にそんな話をしてくれた。再び会えて、力になれて、それでネビーの気持ちは救われていて、助けられなかった人達への辛い心が癒されて頑張れると。


「なので、いつもありがとうございます。用事がなくても、頼る必要がなくなっても、たまにはわざとお世話になって下さいね」

「はい。ありがとうございます」

「ユミトさんが初めてだったそうですよ。自分の背中を追いかけて福祉班になりたいという方は。だからこんなに構っているのでしょうね」


 お喋りなのにこういう話はしないのは照れ屋だからなので内緒ですよ。ウィオラはネビーの体に羽織りを掛けながら悪戯っぽく笑った。

 俺は地区兵官になって福祉班に必要だと言われて、体が動く限りずっとその仕事を続けて、たった一人でも俺に心底「ありがとう」と言ってくれて、その人が幸福で仕方がないという人生になるように手伝う事が目標。

 その時、目の前にいるような女性が支えてくれたり、応援してくれたら嬉しいことこの上ない。贅沢を言うなら、更には同じ道を歩んで欲しい。ネビーとウィオラは性格が違うようで本質は似た者夫婦である。

 俺がまずネビーのようになれば、自然とそういう相手が俺を見つけてくれるだろう。桜の君へ、というような手紙を贈ってくれる人がきっと現れる。


 叶うか叶わないかはともかく、そのように夢を見るのも、それに向かって励むのも自由だ。


 ★


 ここまでがとある不運な平家ユミトの人生、雲外蒼天物語の序章。彼がその後どのような人生を歩むのか、雲の外に出られるか、理想の女性と縁結び出来るのか、それはまた別の話。

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― 新着の感想 ―
[一言] あの悲恋の話がこんな未来に繋がって泣いてしまいました。今回も素敵な話をありがとうございます。
[良い点] なんと!この時点でユミトは必ずしもレイに惚れていないわけなのですね。いや、惚れていたとしても意識しないようにしているわけですね。 この後成長した、もしくは成長途上のレイがユミトと過ごすため…
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