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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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特別番外「雲外蒼天物9」

 昼間、あの辺りにいたらまた会えて髪飾りを返せるかもしれない。髪飾りの種類はリボン、柄の花は椿ということを覚えた。あの人と呼んでいたけど、ユウがお前の椿姫と言うようになって俺も気がつけば椿姫は今日も見つからなかったと使っている。

 あんな美人が俺を相手にはしなそうだけど、一万分の一くらいの確率で文通出来るかもしれないので、彼女がどこの誰か知ってネビーに教えたい。仕事をなるべくその時間帯以外に出来ないか頼んだら、夜勤の需要が高いので都合がついた。

 しかし、一ヶ月経っても彼女は見つからない。広い街で手掛かり無しで人を見つけるのは大変だと身に染みる。そんなある日のこと、俺はかめ屋の受付部屋ですっ転んだ。


「大丈夫ですか?」


 椿姫に少し似ている女性の声だ、とソワソワしながら顔を上げる。


「はい、ありがとうございます」


 立ち上がったら、凛と背筋を伸ばした涼しい顔の女性が俺を見上げていた。椿姫ではなくてガッカリだけど、普通にかわゆい人なのでこれはこれで嬉しい。レイのように、背が低めで細身なのでちんまりさんだ。

 どこかで会ったような、会っていないような。彼女は俺が先月覚えた花、椿柄の着物を着ていてそのせいか? と心の中で首を傾げる。


「まぁ、擦りむいています」


 そう告げると彼女は俺の左手を取って、小さな手拭い——白い生地に色とりどりの花や草が縫われているもの——を巻いて結んでくれた。


「お大事にして下さい」

「あり……」


 母親以外の女性の肌に触れたのはこれが初で、触れ合った手から全身に熱が一気にブワッと広がって、手が小さくてすべすべで男と女では全然違くて、違うのは見て分かるけど触ると衝撃的なくらい違うと大動揺。


「あり? ありがいますか?」


 彼女は足元に視線を移動させた。


「いやいやいやいやい。ありがとう……ございま……す……」

「いえ。それなら良かったです。アリがいたら大変です」


 微笑みかけられただけなのになぜか大感激。彼女は俺に背を向けて歩き出した。その後ろ姿の髪の毛に青い丸いものが二つ並んだ(かんざし)がゆらゆら揺れているのが印象的。

 女の後ろ姿の尻はもれなくエロいけど、彼女の尻よりも、もう一回顔を見たい。それは珍しい感情だ。

 彼女が宿泊客だったら二度と会えない。そうなると貸してくれた手拭いを返す事は不可能。アザミにこれは刺繍といって、柄が西風模様だからこれは高そうだと教わったのできちんと返したいのに。

 もう二度と会えない人だと思っていたら一週間後、似た時間に受付部屋で見かけたので大興奮。ただ、俺は仕事中だったので少し離れたところから見かけただけで手拭いは返せず。また一週間後に同じように見かけたので俺はネビーにその話しをした。


 髪飾りの椿の君と会う前に乗り換えたのかと笑われて、翌週のその時間に一緒に顔を見て、その後に少し調べてやると言われたけど、彼の顔色が悪いので「忙しいようなので、急がなくて構いません」と伝えたら遠慮するなと言われた。


「文通が始まって浮かれる君の顔を見たら元気が出そうだから放置するよりも構う。しなくても構わない場合、俺は嫌なことはしない主義だ。あと興味の無い人の世話もしない。もう、かなり担当しなくても構わないから、最近は単に親しい弟分にお節介ってだけ」

「お節介ではないです」

「そうか? それは嬉しいな。もうすぐ担当を外れる。もうすぐって言うても秋だけど。君の担当は一年で終わりだ」

「そうなんですか⁈」

「兄弟門下生は一年経過したら義兄弟ってデオン先生はそう言う。秋に他人になって次は義兄弟。楽しみだから破門されるなよ」

「はい!」

「担当継続も嫌だから悪さをするなよ。そんな事になったら破門されるぞ」

「毎日、気をつけています」

「それはきっと、君の次に俺が一番知ってる」


 そうして翌週、制服姿のネビーが勤務中の俺を訪ねて来て、その結果受付部屋は少々騒がしくなり、彼は記名や握手をしてもらいたい人達に取り囲まれた。

 かめ屋は旅館だけど、手習の場所も提供しているし、宿泊者以外が利用する料亭もあるから彼を知っている客がそれなりにいたようだ。


「ネビーさん、ネビーさん。あの人です」

「ん? どの方だ?」

「あの青い丸い玉が二つある(かんざし)の方です!」

「……うわっ。えー。そうなのか」


 うわって何だ? と思ったら、彼女の隣に椿姫がいて、俺は思わずネビーの腕を両手で掴んで「椿姫が隣にいます!」と叫んだ。


「椿姫? ああ、椿の君のことか。何なんだ君は」

「何なんだって何がですか? どっちなのかって意味なら性格を知らないので分かりません。ああして二人並んでいると、どちらとも文通してみたいです」

「一人は無理。既婚者だ。この距離だと気が付かないだろうが俺は知っている。彼女は結婚指輪をしている。次から左手の薬指を確認しなさい」

「……」


 結婚指輪は誰かのものですという意味。ネビーがしているのは婚約指輪で、それも誰かのものという意味。

 女が群がってくるから遊び放題出来るのに、自分から婚約指輪なんて珍しい物を付けて縛られるなんて勿体無いし変わっている。そう聞いたこともあるし、逆に「さすがルーベル先輩。硬派で格好ええ」とも耳にする。あと、女嫌いで男色家かと思っていたとも聞いた。

 刺繍姫が既婚者で他の男のものとは悲しい。俺は項垂れて小さなため息を吐いた。


「それであれは俺の妹だ。俺に顔が似ているから親近感とかか? あと、母親以外の女に初めて触られて気になっただけのもって言うていたけど多分それだ。他の女にも触れる機会があると、お前はまた気移りしそう」

「……ええええええ! 刺繍姫はネビーさんの妹さんなんですか⁈」

「あはは。椿姫に刺繍姫か。あれは四つ下の妹のリルだ。既婚者で息子と娘がいる」


 子持ちってことは噂の何やらをしまくった女って事なのでエロい。見た目は清楚可憐でそんな事はしていませんというような感じなのに、慎ましそうなウィオラと同じくエロい。ネビーもたけどリルの夫もズルい。


「一人は無理って椿姫は無理ではないんですか? 妹さんと一緒にいるから知り合いですよね?」

「隣も妹でルルだ。リルの下の妹でレイの姉。未婚だけどあれは嫌、これも嫌、それも嫌って男を袖振りしまくって見合いを破壊し続けている高飛車魔人だ。地区兵官は俺と比べてしまうから論外って言ってる。つまり地区兵官を目指している、たまご以下の君はもっと論外だからやめておけ。あいつの袖振りの仕方は容赦無い。君は龍歌のりの字も知らないだろう」

「龍歌って言葉くらい知っています」

「そういう意味じゃない。君は古典龍歌を使いこなせるか? 作れるとなお良し。ルルは雅ではない男は論外って言うてる」

「いや、あの、全然です」

「あと俺は妹バカだ。俺に無理難題とかぎゃあきゃあ言われて平気か?」

「無理です」

「ルルはよく一目惚れされているから、君が椿姫なんて言うたのも納得」


 この日は意気消沈で、リルの手拭い、ルルのリボンはネビーの手から「知り合いから返して欲しいと頼まれて預かった」と返却された。

 俺はネビーに「レイに家族の話はするな、聞くな」と言われているから過ぎてしまえば笑える話をレイにはせず。

 一方、レイは家族の話を良くする。リルとルルという名前を前から聞いていたけど、これまでは本人達の顔は知らなかった。しかし今は顔と名前が一致して、両親も知っているので残る人物はルカとジンとジオとロカ。

 ルカとジンは竹細工職人で父親の仕事継ぐ予定の跡取り夫婦。ロカは区立女学生。この辺りの人物に会う機会はなさそうだけど、リルの旦那はロイで同じ剣術道場通いだからそのうち会えるだろう。


 そうして季節は変化して、相変わらずレイは特に怒られる様子がなくて不思議に感じてネビーに尋ねたら「祝言前なのと、多忙で」という返事。


 今回の事で俺は一つ学んだ。男があの女が良いと選ぶように女も選ぶ。誰かが目をつける女は良い女の事が多くて、既に他の人のものだったり良い男に迫られる。つまり、選ばれる理由がなければ選ばれない。

 その事に気がついて何をどうするものなのか相談したら、ネビーは俺にその辺りの事を語って教えてくれた。なんでも同時には難しくて、俺に余裕が出てきたから次に進める。そのように、まだ一年も経過していないのに、俺の人生はかなり変わっていく。


 桃の節句の日、ネビーが客としてかめ屋を来訪。客はネビーだけではなくて彼の家族親戚もで、毎年恒例の親戚会だそうだ。

 俺の仕事では彼らに会う事はないけれど、いつものように薪割りをしていたらネビーが彼よりも年上に見える男性を連れてきた。狐の目を少し大きくしたような顔立ちで、背も肩幅も俺と似たり寄ったり。ネビーの強さを知らないと俺やこの男性の方が強そうに見える。どこかで会ったような、会っていないような。


「ユミトさん、こちらはロイさんで義理の兄です」

「こんにちは、初めましてではありません。剣術道場でお互い顔を見たり挨拶をしていますね。あと義理の弟です」

「いい加減にして下さい。兄なんだから兄って紹介したら黙って受け入れなさい。なんなんですか」

「ネビーさんがいい加減、義理の弟ですと紹介すればよかな話です」


 そこから二人はしばらくどっちが兄という痴話喧嘩を開始して、俺は何を見させられているんだ? と傍観。どこかで会った気がするというのは、剣術道場で見かけていたからのようだ。

 俺は夜勤明けの昼間に稽古に行くことが多くて、彼らしき門下生を見たのは確か平日の夕方以降の稽古にたまたま行った日である。そのうち会うだろうと考えていたらもう会っていたとは。


「本題から逸れるのでどうぞ」

「部屋に戻って決着をつければよかなのでそうですね。ユミトさん、少々お時間をいただきたいです。旦那さんと上司の方には許可を取りましたら」

「はい」


 ネビーの義理兄が俺に何の用だと訝しげる。しかし、ネビーがいるので悪い話ではないだろう。応接室へ入ると案の定、ネビーは俺の隣に着席してくれた。ただ、話したいと申し出たのは向こうなのに上座はロイである。


「……ネビーさん。なぜそちらへ座ったのですか?」

「自分は彼の担当です。地区兵官の福祉班としての業務で彼を担当しています」

「……。そのような話は聞いていません。その事なら、彼と面識があるので同席しますってそういう意味ですか?」

「ええ、そういう意味です。何も嘘はついていません」


 ロイは目を細めてネビーを見つめ、ネビーは涼しい顔をしている。


「では、彼がどういう方かご存知ですか?」

「ええ」

「レイさんと親しそうなのもご存知ですか?」

「ええ。レイが彼に近寄ってぎゃあぎゃあ反論したり、嘘をつくので、彼を密偵(スパイ)にしました」

「……。母上もご存知ですか?」

「もちろんです」

「父上は?」

「一番最初に報告した相手です」

「その後にレオさんとエルさんですか?」

「はい」

「……。謀ったということですね」

「ガイさんの提案です」


 目は細めたものの無表情だったロイは眉根を寄せて小さなため息を吐いた。


「父上から自分への伝言は何ですか?」

「次はリルさんです。ジン君とルカさんは気がつかなそう。このお店で働くレイさんについて管理するのは、この店に出入りすることが多いリルさんとジン君というのが筋なのでこれでは困る。自分達はもうかなり年寄りなのでしっかりして欲しい。親達からは以上です」

「ネビーさんから自分へは何かありますか?」

「俺はこれです。これからはいつ海辺街や東地区に去るか分からないので勘定に入れないで下さい。それから、調べが甘いです。俺は彼の担当だったので、ロイさんはこのように俺と敵対しました」

「……」

「彼をこのように下座に座らせて、自分の妹みたいな女性に非常識な接近の仕方をするなと警告するつもりだったんでしょう。大変不愉快です。ユミトさん。ロイさんに身分証明書を提示してもらえますか?」

「はい」


 卿家ルーベル家の跡取り息子と、ルーベル家の養子になったネビーは義理兄弟ということは、誰からともなく聞いて知っている。

 ロイは俺がどこの誰か分かっていて、軽く調べたようなのにネビーが担当していることは知らなかったとは不思議だ。身分証明書をわざわざ見せろということは、今ロイが持っている以上の情報を身分証明書から読み取れるということなのだろうか。卿家は上級公務員家系らしいので、ロイは偉い役人のはずだから知識があるのかもしれない。


「……。彼は複雑な人生を送っていそうですね……」


 ロイはオルオのようにこいつは殺人鬼、とは言わずにとても気の毒そうな目を俺に向けた。


「旦那さん達に俺が後ろにいることを言わないように口止めしたのもガイさんです。他は旦那さんがロイさんに話した通りで、それが彼の表向きの人生です」

「この身分証明書ですし、彼の担当ですからネビーさんは彼の過去背景をご存知なのですね」

「偶然にも投獄前に会っているので全部知っています。彼の過去や本名は一緒に担当している後輩にも伝えていません」

「彼はレイさんに気はありますか?」

「全然。ルルに一目惚れして、リルにも一目惚れして、この間は洗濯屋の従業員に一目惚れして美人局の被害手前。その後はユラさんを気にかけました。今はだんご屋の看板娘に気があるフラフラお子ちゃまです。美人かたまたま肌が触れた女に激弱。なのにレイには興味なし。レイには色気など、大人の魅力が足りないっぽいです」


 付け加えると、そば屋の看板娘も気にして恋人の来店を発見して撃沈もある。言われてみれば俺は色っぽい女が好みかもしれない。

 色っぽいなとか、エロいと感じたから、ウィオラのこともネビーの婚約者だと紹介されなかったら文通してみたいと思っただろう。


「この後、父上はどうしなさいと言うていますか?」

「忙しいからリルさんに任せるという風にしなさい、だそうです。リルも忙しいので調べたり相談していたら俺の祝言が終わっているでしょう」

「リルさんに甘い父上らしくないので母上ですか?」

「テルルさんもリルに甘いですよね?」

「……もしや、ルルさんですか?」

「ええ。家守りになりたいから練習だそうです。ルルがガイさんを乗せました」

「ルルさん。リルさんに何か怒っていますか?」

「レイにぶち切れています。レイを凹ませるにはリルと俺だって言うて。ジンとルカも、俺やロイさんが先回り先回りな事に無自覚に甘えてるから少しお灸って。これまではそれで良かったけど、俺はどこかに去る可能性もあるのでジンにのほほん三男でいさせるのは終わりです」


 レイだけではなくて、家族と親戚全体の事があるから彼女を泳がせていたようだ。


「あの。ネビーさんがどこかに去るってなんですか?」


 俺は今、部外者だけど呼ばれてここにいるから少し口を挟んでみた。気になって仕方がない。


「必要があればウィオラさんの為に引っ越すからです。今のところ、引っ越し先の候補は海辺街か東地区で現在引っ越し予定は無いです。これまでは絶対に家から動かない、でしたけど彼女と出会って気が変わりました」

「そうなんですか」

「これからは自分もネビーさんというか、ルルさん側ですか?」

「ええ。その前にルルに叱られるでしょうね。俺もルルに怒られたんですよ。レイを甘やかしてたからだーって。自覚があるから耳が痛かったです。ルルも自分も甘やかされて、ルカやリルにおんぶに抱っこでレイやロカのお世話をしてこなかったって反省しています」

「ネビーさんの結納お申し込み後から、ルルさんは少し変わりましたがここまでですか」

「あのお申し込みの旅でレイのポンコツなところや、全員が気がつかなかった欠点が露呈しましたからね。料理人としては立派に成長したんですけど」


 この後、彼らは少し話をして俺に頼み事を依頼。レイがこんなに色々な人に心配されることも、大切にされることも羨ましい。しかし、今の俺にも少しは気にかけてくれる人がいるので立場を変わりたいとは感じない。なにせネビーはロイと俺の事で大喧嘩。

 忙しいからって妻に投げて調査不足だから、自分がかなり世話を焼いている好青年に敵対しようとすると責めて、ロイはロイで「わざと罠に嵌めるなんて卑怯者」と反論。

 途中から喧嘩内容は俺の事ではなくて、しょうもないことになり、どっちが弟だと兄の押し付け合い後に掴み合いになって「表に出ろ!」と睨み合い。


「おかしいですよ。毎回、毎回、何でジンさんが長男って出てこないんですか?」

「そういえばそうです。今回の件も一番潰す予定なのはジンです。俺よりもあいつがルル達を甘やかしたと思うんですよ」

「いや、それは違います。ご両親が叱り役だからと、甘やかしたのはネビーさんです。ジンさんにもきっとそう言われますよ」


 喧嘩していたはずなのに、二人はジンを長男にする為にどう攻めるかという会議を開始。俺は仕事に戻って良い、ありがとうございましたと言われて撤収。

 出自や今の生活的に、不仲な家族については良く耳にするけど、逆はあまりなので、面白い世界を垣間見たと感じた。

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