未来編「レイの恋4」
私の最近の悩みは世間体がどうのこうのという家族だ。順調に趣味を楽しめていると思っていたけど、初夏に嘘をついた事が発覚してまた怒られて、両親だけならともかく、それがネビー、ルカ、ジン、リル、ルルと続いた上に何回か繰り返されたので、いつもどころかここ最近で一番嫌になったので実家に帰るのをやめた。
ルーベル家にも行っていないし、しばらく休むと茶道教室も休んで、とにかく家族の誰かと会わないようにしている。
今日は早番で、お昼の時間帯にお昼休憩時間になったので、いるかなぁと薪割り場を覗いたら、ユミトは今日もいて、いつものように猫を撫でていた。
「ユミトさん、お疲れさま」
「お疲れさま」
振り向いたユミトはしゃがんだまま振り返って頭を軽く揺らした。彼は無愛想なので少ししか口角を上げない。こういうところは義理兄のロイに似ているなぁ、と毎回思う。
「三日か四日ぶりに見るけど、なんかその猫、太ってない?」
「俺もそう思って撫でてた」
ユミトの隣にしゃがんで猫を撫でる。野良猫のようだけど、ここは旅館で猫はネズミを食べてくれたり追い払ってくれるから、飼い猫みたいに放置されている。実家もルーベル家も、ご近所さんとの決まりで犬猫などを飼うのは禁止だからこうして可愛がれて嬉しい。前からかめ屋の敷地内に猫はいたけど、こんなに人に懐く猫はいなかった。
「レイさん。これ、ネビーさんにレイさんに会ったら渡してって頼まれた」
ユミトに渡された手紙をこの場で破いて、古紙屋へ売りたくなったけど、宛名の字が家族の誰からでもなさそうな文字で、裏を見たらウィオラ・ムーシクスと書いてあったので破るのはやめた。
「これ、ウィオラさんからだ」
「あの桜の妖精さん?」
「うん」
「あの妖精さんがお嫁さんって凄いよなぁ」
愛想は悪いし表情の変化も乏しいのに、ユミトはぽやんとしたへらへら笑顔になったので、呆れてつい彼の手の甲をつねった。
「少し痛い。何?」
「そりゃああの日のウィオラさんは花嫁さんですこぶる綺麗で恋穴落ちも仕方がないけど既婚者なんだよ。しかも私のお兄さんのお嫁さん。やめなさい」
兄とウィオラはこのかめ屋で家族だけの——途中から、兄の友人達も乱入したけど——披露宴をして、酔っ払ったウィオラが受付部屋で万年桜の舞を披露したので、ユミトは彼女を桜の妖精さんと覚えている。
私もあの彼女はとても綺麗だったと思うけど、ユミト曰く「あまりにも衝撃的な美しさだったからウィオラという名前は忘れてしまう」らしい。彼は万年桜を知らなくて、その場に居合わせた同僚がどんな話なのか教えてくれたそうだ。
「ん? 恋穴落ちって恋? えっ、恋? なにそれ。俺があんな人にそんな気持ちはあまりにも失礼だって」
「ヘラヘラ、ニヤニヤしていたのにどの口が」
「俺は女には大体ヘラヘラ、ニヤニヤしていると思う。女の人って綺麗な人ばっかりだから」
「私は?」
「私はって?」
「私はかわゆいかってこと」
「そりゃあ当然だろう」
「私は何の妖精?」
「えっ? そんなのないよ。だってレイさんは万年桜の妖精役をする舞を踊ったとか、そういうことはしていないだろう?」
「確かに」
時を告げる鐘の音が聞こえてきて、私は少し長めに休むと良いと鐘が鳴る前に休憩になったけど、ユミトはこの鐘で休憩終了だったらしく、仕事に戻ると去っていった。
しばらくしたら声を掛けられて、このお店には普段いない人の声なので驚きつつ振り返るとしかめっ面のロイが立っていた。
「ロイさん、どうしたんですか?」
「レイさんと話がありまして、ご家族の連絡を無視しているので直接来ました。旦那さんと女将さんには話を通してありますので、このまま少々お付き合い下さい」
ロイは人見知りで無愛想気味だけど、親しい人には和やかで優しい笑みを向ける。いつも私にも実の妹みたいに、それはそれは優しい笑顔で接してくれるのに、今はとても機嫌が悪そう。機嫌が悪いというよりも怒ってそう。彼からもお説教されそうな嫌な予感がする。
厨房に顔を出したら、旦那さんから聞いているからと料理長に暇を出された。
「何をしたのか知らないけど、悪さをして反抗的だから強制出勤停止とは。レイさんはコネ入店だから上には逆らえないな。あはは」
「……そうですけど、そういう言われ方は嫌です」
最近、若旦那が他のお店から引き抜いてきたという先輩マオに嫌味ったらしく告げられたので、私は彼を睨み返した。笑い方が嫌な笑い方で、日頃から私にまとわりついてネチネチ言う男性だから私は彼がそこそこ嫌い。
十人いたら生理的に嫌いな人や気が合わない人が混じっているものなので、気にしないようにして仕事以外では避けている。
「それなりに強いコネですので、コネのない、多少の実力しかない方は他のお店へどうぞと追い出されるかもしれませんね。コネは立派な武器です。それが欲しくて相手の家に恩を売って、売りに売って媚びへつらって手に入れる家も沢山あります」
ロイが言い返すなんて思っていなくて、上から見下ろすような目線で、腕を組んだ威圧的な態度なのもあり驚いてしまった。
「そんなの実力のない奴の言い訳ですよ」
「おい、マオ。お前は誰に喧嘩を売っているんだ。レイさんがかわゆいからって絡むなって言うてるだろう。せっかく入店したのにクビになりたいのか?」
「先輩、俺は別に彼女に絡んでいません。かわゆいって目が腐っていますか? 彼女みたいなのは、そこらにゴロゴロいますよ。厨房に男を連れてくるなんてええご身分ですね」
前からいる同世代の若い男性は一緒に出掛けるくらい好きだけど、今年入ってきた腕のあるこの若い料理人マオは嫌いから大嫌いに変更。
「お前、なんか勘違いしていないか? 自分は次の看板料理人候補だと思い込んでいるようだけど、日頃からこの態度だから改めないとそろそろクビだぞ」
「まさか。この店に俺は必要です。どんどん自分目当ての客が増えているではないですか」
若旦那は見る目がないって噂になっている。しかし旦那はこういうのも経験で、従業員からの顰蹙を受け流したり、逆にこの実力はあるけど鼻が高過ぎる性悪を上手く使いこなせるか知りたいから、息子を泳がせているという。
私は女将の幼馴染が姉の義母だからそういう裏事情も知っている。若旦那は皆に自分はまだまだ未熟なので採用を間違えた、と彼を処理するつもりなのも知っているので「バーカ!」と思いっきり叫びたくなる。
しかし、旦那と女将はイマイチならすぐ解雇よりも、実力はあるから上手く使う、遣り手の経営者になって欲しいから彼の首はまだ切らない事も知っているから喧嘩はしない。
「レイさんと比べたら君の価値は低いって言われると思うぞ」
「まさか。女の武器を使えるのはええけど、彼女は大成しなそうな平凡料理人じゃないですか」
「レイさんを迎えに来たこちらの方は中央裁判所の裁判官、卿家ルーベル家のご長男。女将さんの幼馴染の息子さんだ。お父上は煌護省本庁勤務で次男さんは六番隊の幹部。こちらのロイさんと次男さんの二人はこのお店の安全管理顧問役員。こちらのロイさんの奥様はこの店の料理顧問役員。それがお前が喧嘩を売った相手だ」
先輩がマオの肩をトントン、と軽く叩いた。
「……」
「付け加えると次男の妻は大豪家の次女で実家は他地区です。東地区の数多くの、それなりのお客様をこの店へ流してくれています」
うわぁ、ロイは完全にマオに喧嘩を売った。
「っていうか、オケアヌス神社の奉巫女様だ。漁師がかめ屋は特別だって言うてくれているのはルーベル家と奉巫女様関係だ。お前はこの店の経営を吹き飛ばす気か?」
「……。奉巫女様って……。えー……」
お前は何者だ、という目で見られたけど逆にそれを知らない事に呆れる。彼が如何に仕事以外で周りの人間と接していないのかが露わになった。
こういわれると私って結構凄いというか、そりゃあかめ屋も厨房の同僚達も大事にしてくれる。私の背後をあまり気にしていない人も多くて叱られまくって、こき使われているけど、上げ膳据え膳みたいなところもあるのはこういうこと。
「可愛がっている義理の妹が、たかが数時間休んだり、多少贔屓されて修行させてもらうくらいで叩かれるのならこちらにも考えがあります。妹は何も言わない我慢強い女性なので、このような方がいるなんて知りませんでした」
ロイは平気で嘘をつく人間なのか、表情を変えずにそう告げた。実際は、私は家族にも親戚にもムカつく先輩が出来たとギャアギャア言っている。
「ここで働きたいのなら謝れ」
「いえ。謝罪に価値はありません。謝る気持ちがあるのなら言動が変化するでしょう。このお店の方々には妹に厳しく指導してもらうように頼んでいますし、あまりにも実力が無ければ解雇して欲しいとも伝えてあります」
「その通りだ。レイさんはそんなに特別扱いされてない。むしろ女将さんにあれをしてみて、これをしてみてとこき使われている。女に構いたいのなら口説く方に変えろこのバカ!」
「そうだこのバカ! 料理一筋でこんなにかわゆい女に会ったことが無くてバカになっているんだろう」
ロイが潰したからか、彼よりも年上の同僚達がロイの背中に乗り始めた。私がいびられ気味だったのは照れ隠しってこと。
昔、寺子屋で男の子に虐められた事と理由は同じなら……気持ち悪い。気になる女に優しく出来ない捻くれ者なんて、ますます大嫌い。
「失礼します。行きましょう、レイさん」
行きましょうと促されたので、少々怖い雰囲気のロイについて行く。
「応接室を借りられましたのでそちらで話をしましょう」
「……はい」
ロイと先輩の発言で、我が家とルーベル家はかめ屋にかなりひっついていると改めて理解した。顧問って何、と聞きたいけれどそのような雰囲気ではない。
ロイは受付の従業員に声を掛けて、従業員通路へ入って応接室に入室。向かい合って、これは絶対に正座だと思って横坐りではなくて正座を選択。
「貴重な一日休みを削ってきました。自分が来た理由は分かりますか?」
「……お説教がうっとおしいなと思って、家に寄り付かないし、手紙も無視したからです」
「本命はレイさんのことですが、厨房で少々あるそうなのでそれも頼まれました。それは見ていた通り終わりました。あんな事したくないけど厨房の人間がすると軋轢になるからと。なので次はレイさんのことです。今のその内容は無視してもらっては困る内容です」
空気が重いので私はゴクリと唾を飲んだ。
「そうは……思いません。悪いことはしていません」
「しているからこうして自分が来ました。理解出来ないのはご家族が甘めに注意したのと、レイさんの頭が悪いからでしょう。レイさんは昔から興味の無いことは無視する傾向で思慮も浅めですから」
ロイは滅多に強い言葉を使わなくて、優しく味方してくれる親戚なので、その彼がこうまで言うとはこれは本格的なお説教だ。
「そんな言い方……。教えて下さい。お願いします」
ロイにこう言われるということは、私の味方は家族にも親戚にもいない気がする。つまり、全面的に私が悪いということだ。
「世間体が悪いので、誤解されるような相手と付き添いもなく二人で出掛けないで下さい。たったそれだけのことなのになぜ守れないのですか?」
「たったそれだけって、中々知り合いを増やせないし、護衛無しで一人で市場に行くことこそ危ないです」
「ですので、以前通りの頻度で我慢して下さいという話しです」
「護衛として付き添ってくれている相手です。そう言えば済むことなのに、なんでこんなに大袈裟なんですか? ……私の思慮が浅いというのなら教えて下さい」
「ええ。その為に来ました。どちらかというと我が家とレイさんの話になりますので」
付き添ってくれているだけの人です。そう伝えられるのはごく身近な、こちらに問いかけて来る者にだけ。私は有名人の妹で、そこらの女性よりは知名度がある。ロイはまず、そういう話をした。それは家族にも少し言われたけど、私の噂なんて聞いたことがない。
そう言い返したいけど、その前にロイの話を聞かないと一が十になって返ってきそうなのでまずは我慢。
「婚約者がいるという誤解が広まれば、レイさんに縁談話が減っていきます。違うと説明すれば、付き添いをつけさせずに若い男性と出歩かせる家なのかと我が家やレオ家の評判が下がります。そちらは平家ですが我が家は卿家。世間体と信頼をかなり重要視している家柄なのはご存知ですか?」
「……はい。でも私はルーベル家の子ではありません」
「それならこのお店を辞めて、我が家とは全く関係のない、縁のないお店で働いて下さい。その際、このお店で修行してきたとこのお店の名前を出すことは許しません。なぜ見習いになれたのか説明する際に我が家の名前が出てきますので」
少し睨みつけられていると思っていたけれど、今の台詞でキッと強く睨まれて私は俯いた。
「二人で出掛けることくらい皆しているのに、勝手に婚約してるって思われたら男の人が寄ってこなくて気楽なのに、なんでダメなんですか? そんなに世間体が悪いんですか?」
「どこからともなく話が来て、上司に呼び出されて君の奥さんの妹は、男性を取っ替え引っ替えして遊び回っていて、花街で身売りまでして悦楽のお金を稼いでいるなんて本当か? と言われるくらいには」
「……えっ」
「レオ家の方には、ネビーさんにしかまだ伝えていません。このように、噂はねじくれて誇張されます。ですから常識は守っていただきたいです。レオ家の周りの平家の方々はそれとなく親しくなって男女二人で出掛けたり、友人関係として出掛けることが当たり前でもこちらは違います」
こんなことになるとは思っていなくて、こう言われたら、なんでそんなことでガミガミ言うのなんて反抗は無理だ。
「そんな風に言われるなんて……。すみません」
「自分としては十分に出世しましたし、減点になる前に対処可能ですし、そのくらいの減点で卿家剥奪なんて生活はしていませんのでまだご心配なく」
「はい……」
「一度卿家を拝命したらしがみつけと言いますしそうしたいです。息子と娘の得が消し飛ぶのでよろしくお願い致します。レイさんにとって、甥っ子と姪っ子はかわゆくないというのなら話は別です」
「まさか。うんと可愛がっています」
「今回の事から判断するとそうは思いませんが、そうですか。ありがとうございます」
顔立ちも似ているし、息子だからこの目や言い方や声の出し方はテルルそっくり。毎日一緒に暮らしているからか、リルもだんだん似ていて、この嫌味ったらしい言い方は苦手。
「そういう言い方は……気分が悪いです。私はレイスもユリアも大好きで、二人ともかわゆくて仕方ないです」
「お兄さんは人生の半分以上をかけて卿家に横入りしました。お兄さんは卿家を目指していた訳ではないですが、レイさんが知らないような、血の滲むような努力をしていますよ」
「いつも頑張っているのは知っています。私は兄を近くで見て育ちました」
「学校では暴力込みの虐めに遭い、半見習い時から新人の頃は職場でも同じく。そういうこともご存知ですか?」
このロイの発言に私は驚愕して、私は首を横に振った。そんな話は全く知らない。なのにロイは知っているようだ。
「そう……なんですか?」
「彼は親にもそういう話しはしません。理由が自分ではない場合は尚更口にしません。全て自分が励んで跳ね返せば良いと考える方です。学生の頃、彼は自分の学費が相当掛かっているという事実を親に隠されていたので知りませんでした。親の稼ぎが悪い分、兵官候補としては優秀な自分が大黒柱になって、家族全員を養うと考えて、それはそれは努力していたそうですね」
「お兄さんはいつも努力しています……」
私はロイが何を言いたいのか分かってきた。次にこう言われる。その兄の評判を下げたり足を引っ張るということは、彼に対して何も感じていないのですね。レイスやユリアを使った事以上にやめて欲しいお説教の仕方だ。
「我が家の養子になって、自分こそがお金を食い潰していたと知って、その辺りの肩の荷は降りたようですけど、ご両親の心配通り罪悪感からかずっと妹さん達に寄り添っていました。このお店に、レイさんはネビーさんと随分通いましたよね?」
「……はい。あの……はい」
既に涙は目にいっぱいで我慢の限界だったけど、ついに私の手の甲や着物へ涙がぽたぽた、ぽたりと落下開始。
『レイ。ネビーは好きでしているって言うけど、色々悪いと思っているからあんた達に世話を焼きたいの。満足したら自分の事を考えるから今は沢山甘えてええわ』
『いつか大きくなったら恩返ししたいって思う時が来るだろう。レイ。その時は元気で笑顔で暮らして、心配のしの字もないことが恩返しだ。だからルカやリルみたいに、ネビーに世話を焼かれない大人になれ』
世話を焼かれない大人になれていないし、ロイに変な話がいったのなら、兄のところにも何かきてそうだ。
「あの……バカなので教えて欲しいです。些細な事のようだと思っていたら変な噂になってロイさんに迷惑をかけました。同じようにお兄さんの足を引っ張っていますか? お兄さんの仕事のこととか分かっていないというか……」
「ネビーさんは現在、番隊長に一番近いと言われています。先日ついに卿家跡取り認定を取得して本格的に卿家の看板を背負いました。横入りとはいえ卿家が番隊長なんて前代未聞なので後押しする卿家は多いのでその分些細なことで苦言を呈されます。自分はもう、彼からあれこれ聞いています」
「そう……。なんですか……。……。そんなに大きなことになるなんて考えていなくて……すみません」
「謝らなくて結構です。ルーベル家もネビーさんもこのくらいの事では潰されません。潰されないように他の事で評判を上げています。下がるのはレイさんの評判です。家族に失望されて自分が損するだけです」
「……」
「レイさんは我が家やネビーさんに恩なんて感じていないし、ご両親が我が家に頭を下げたり頼ってきた事にも興味がないし、甥っ子姪っ子に思い入れもないし、ルルさんやロカさんの縁談が壊れても構わないのだと思いました」
兄を最初に使ったけど、ロイは私の家族全員を使えるというか、私は家族のお世話になりまくりなのに、こういう発想はしていなかった。
「そんなの全部違います!」
「厨房でも聞いたと思いますが、人は口では何とでも言えて、真実は行動で見抜けと言いますよ。恩なんて感じていなくて砂をかけたいならご自由に。自分は卿家ルーベル家の看板を守るためには、家族の為なら、それよりも一段階優先度の低い義理の妹は、必要があれば切り捨てます」
大きくない声なのに、まるで雷が落下したような錯覚がする。あれ程イライラしていたのに、私こそ家族に謝って回るべきだと感じる。
「はああああああ。少しは懲りました? じゃんけんで負けたからロイさん頼むって、こんな貧乏くじは嫌です」
ロイはヘラッと笑ってから後ろに手をついて天井を見上げた。彼の眉毛はハの字になっている。
「えっ?」
「そこまでのことではないのに順番にガミガミ言われたら嫌にもなります。でもこのように自分達には勝てませんよ。反抗しないではい、すみませんと聞き流せばええのに良くこんなに抵抗しましたね」
「……つまり、ロイさんはわざと大袈裟に言うたってことですか! 私が言われたくないことを並べてわざと泣かせたってことです!」
「ええ。職場で言われたというのは嘘です。兵官の激務で彼らが処理した事件が裁判所に回ってきて仕事が山積みで残業ばかりなので勘弁して下さい。我が家に来てニコニコ遊んだり料理を振る舞って欲しいのにこんなの逆です」
「……本当にすみません」
謝罪の気持ちが少し薄れた。しかし、ロイに言われたことは図星なので、鉛を飲んだように気持ちが沈む。
「木を隠すなら森の中と言いますし、そんなに市場へ行きたいのでしたらお見合いしませんか? お見合い相手と常に市場へ行く。同じ料理人や飲食系の商家の男性だと気が合って楽しいでしょう」
「お見合い相手と……ですか。私がお見合い……」
「レイさんは無事にこのお店の料理人になりましたので少しずつ練習です。あと色々な男性に出会う事もよかな事です。我が家はこのお店から遠くないですし、実の姉ですからリルさんかルルさんが毎回付き添います」
「えー! ルルはなんか嫌です!」
「それなら毎回リルさんに頼むことにします」
「それならええ気がします」
「そもそも、ユミトさんに護衛を頼んだのなら、あともう一人いたら良い話しです。リルさんを誘わなかったのはなぜですか?」
「家守りと子育てで忙しそうで、ロイさんの仕事が大変って聞いているから余計にです」
「家族喧嘩になって余計に疲れることになりましたから、大した事のない相談や頼み事くらいして下さい」
指摘されたらその通りで、似たような事は既に他の家族からも言われたけれど、なんだかしっくりこない。
「あと父上も四日勤務から週三日勤務にしたいらしくて、レイさんの付き添いを口実にしようかなぁって言うていました」
「ガイさんに迷惑は掛けられません」
「いえ。逆です。ルルさん、レイさん、ロカさんのことは凖孫くらいに思っているので頼まれたら喜びますよ。母上もそうですね。市場に行きたいなら私がいるのにとブツブツ言っていましたよ。足は気にして欲しいですし、護衛にはなりませんが、ユミトさんに追加で母なら三人でとても常識的です」
これは我が家だけの話し合いでは出てこない話しだ。我が家の誰が頼んだり相談したのかと尋ねたら、私以外の兄弟姉妹で集合して意見を出して、誰もこのことを言わないのでロイが提案したそうだ。事前にガイやテルルに確認をしておいてである。
「我が家の家守りはリルさんで、これは親戚付き合いなので気がついて欲しかったのですが思いつかなかったようです。賢いはずのルルさんも。ルーベル家は蚊帳の外にされかけますけど、レイさんの件だと常識を守って欲しい理由は我が家です。我が家が人手や時間を割くのは当然です」
「言われてみればそうですけど……」
「仕事で疲れてリルさんに丸投げしていましたけど、今の意見は出ないしレイさんの反抗的な態度が悪化していくので集合をかけました」
「……お手数をおかけしてすみません」
「ご存知のように自分は一人っ子ですので、ネビーさんやジンさんが妹達のことで右往左往したりお世話を沢山するのを羨ましいと思っていたので、自分も参加出来て楽しいです」
私はロイのこういうところが好きだ。うんと叱った後に「叱らないと〇〇に怒られるんですよ」と言ったり、お説教の上手な聞き流し方とか、そんな変な事を教えてくれたりするところも。
仕事に戻るように告げられて、夕方迎えに来るのでまずリルに謝って、次はルル。それでその今度二人と一緒に実家へ帰って他の家族だそうだ。
この後、私は仕事に戻って、マオの件で変な空気の中で働いて、夜寝る前にそういえばウィオラからの手紙があったと内容確認。彼女からの手紙は「次の休みの日は自分の為に使って欲しい。相談があります」という内容だった。




