未来編「レイの恋3」
これは少し前の話。
☆★
かめ屋の薪割り場には野良猫が来るので時々可愛がりにいくのだけど、遅くなった昼休憩時に見に行ったら先客がいて、しゃがんでこちらに背中を見せている。あの着物はユミトな気がすると思ったので近寄った。
少し横に回って確認したらやはりそうだったので、嫌いな男性従業員でも知らない男性従業員でもなかったので声を掛けた。
穏やかな笑顔でとても優しい眼差しをしているので、最初に会った日とは別人みたいだし、勤務中も難しい顔をしているからその時とも全然違う。
「こんにちは、ユミトさん」
ゆっくり振り返った彼は、私を見るなり驚いて尻餅。
「えっ。そんなに驚きました?」
「……あっ、はい」
驚かせてしまったので、彼の笑顔はどこかへ飛んでいってしまった。
「着物、いつも同じものを着ていますね〜。このつんつるてんの寒そうな藍色の無地と、最初に会った日の紫紺色の波柄だけ」
「他に持っていないので」
彼はゆっくりと地面からお尻を上げて、目の前にいるぶち猫を撫で始めた。
「この猫はネズミを取ってくれるから、かめ屋は飼ってはいないけど、ある意味飼っている野良猫です。誰かに聞きました?」
「はい。俺に指示を出す人から」
彼は私を見ないで仏頂面で猫を撫でている。
「私も猫が好きだけど、実家では飼えないんです。昔、長屋に猫オババがいて、猫を飼いすぎて悪さをする猫を止めないからオババごと追い出されたんですよ」
「……追い出されたって、その後どうなったんですか?」
彼はますます顔をしかめた。何か気に触るような会話だっただろうか。
「犬猫だらけの長屋に猫ごとお引越しして、猫と仲良く暮らしていたけどある日ぽっくり。お母さんが元気? って会いに行って元気だーって言うていたけどその二日後。そう聞きました。おばあさんだったので寿命です」
「追い出されても家があって誰かが気にかけてくれていたんですね」
少しほっとしたようなユミトの表情で、私は彼の表情が険しくなった理由をようやく察した。彼はその「追い出された側」の人だ。
「誰も……、しばらく助けてくれなかったんですよね? ごめんなさい。私、考えなしに追い出された人の話なんてして」
「えっ? いや。俺は助けられてここまできたんで全然。あっ、鐘。働かないと。午後は風呂掃除って言われているんで」
スッと立ち上がったユミトは早足で歩き出したけど、立ち止まってしばらくそのまま。それでいきなり振り返った。
「あの!」
「なんですか?」
私は猫と遊びたいので立たずに彼を見上げる。
「ネビーさんにお礼って言うても無駄だから、何か困っていることとか、力仕事とか、何かあればするんで言うて下さい。俺、何か返したくて。ネビーさんはそうじゃないって言うけど、両方したいんで!」
それじゃあ、とユミトは私の返事も聞かずに去っていった。両方とはなんなのかとか、兄が言うそうじゃないが何か気になるので、私は翌日も同じ時間帯に薪割り場へ行ってみた。
その日の彼はどんどん薪を割っていたので、邪魔してはいけないから退散。着物が破れているなと思ったので、その翌日は裁縫道具を持って行ってみたら、彼は材木置き場に腰掛けてぼんやり空を見上げていた。彼の膝の上にぶち猫が寝そべっている。
「ユミトさん、お疲れ様です」
「……うわっ」
「この間といい、なんですかその顔。私は化け猫か何かですか?」
仰天みたいな顔をした後に、彼は体勢を崩したからふざけてそう言ったら、思いっきり首を横に振られた。
「ま、まさ、まさか」
「どてらが無くて、寒くないですか?」
「動いた後だから大丈夫です」
「あっ、かめ屋のどてら。これは暖かいですよね」
少し離れたところにどてらが畳んで置いてあったので、寒い思いをして過ごしてはいなそうだと安堵。ユミトの隣に腰を下ろしたら、あからさまに避けられてかなり距離をあけられた。
「……。えっと、袖が破れているなぁと思って。仕事でクタクタなら難しいだろうし、そもそも裁縫が出来るのかなぁって。でも、馴れ馴れしかったですか?」
「えっ? 裁縫? うわっ、せっかく貰ったのにすごい破れてる!」
袖の後ろだったからか気がついていなかったみたい。洗濯はどうしているのだろうか。この距離では臭い! とは感じないけど彼は着物を二着しか持っていないらしい。藍色の無地の着物の左袖の裏が、何かに引っ掛けたように破れている。
「……あれっ。このつぎはぎ。それにここの縫い目。ん?」
ユミトの着物の左袖を持ち上げて観察。
「これ。もしかして私のお兄さんの着物ですか?」
「はい。浴衣を返しに行ったら返えさなくて良いって譲ってくれて、一枚じゃ困るだろうから安い着物を買ってくれると言うてくれたんです。その時に、棚にこれが見えたんでこれでって言うて貰いました。職場で寝る時に浴衣代わりにすることがあるって言うていました」
「これ、私が半元服する前にはもう着ていたものです。うわぁ、まだあったんだ。さすが、家族一番の貧乏性。こんなのを人にあげるなんて」
「流石にそろそろ売るつもりだったからってためらっていましたけど貰いました。新しいものを買ってもらうなんて、どんどん返せなくなります」
「そうそう、返せなくなるってなんですか? あと両方って何かなぁって」
失礼します、と告げて体の向きを変えてもらい、左袖の縫い物を開始。このつぎはぎはかつてリルが縫ったうんと丁寧なところ、彼女に教わりながら私が縫ったところだと分かるから懐かしい。この雑過ぎるのはルルで、そこが裂けたと発覚。
浮浪児になったユミトを保護した地区兵官は威圧的だったけど、引き継ぎで担当した地区兵官達は優しくて、その三人のうちの一人が兄だったという。
「えっ。ユミトさん。子どもの時にお兄さんに会っていたんですか⁈」
「そんなこともあるんですね。俺、びっくりしました。昔、三人から手紙を貰ったんで上京するなら、向こうは覚えていないかもしれないけど会いに行こうと思っていたら市場で妹に会うし、うどん屋でネビーさんと再会しました」
兄は覚えていなくて、少し話しをして手紙のことを伝えたら思い出したという。ユミトは「覚えてくれていた」と青空を見上げて少しだけ笑った。それは私にはまだ向けたことのない微笑みで、仕事をしている彼が誰かに笑いかけているのもまだ見た事がない。
三人のうちの残り二人は地区本部へ異動したそうなので、兄が時間を作れた日に一緒に会いに行くそうだ。そうなると一区へ行くということなので、一区には中々行く機会がないから私もついて行きたくなる。なので、今度兄にそう言おう。
私の知らないところで兄はユミトの担当になり、不定期に彼を尋ねて、困ったことはないかとか、生活の知恵は足りているかとか、自主稽古や勉強は進んでいるか、それについての質問はないかとあれこれ世話を焼いてくれているという。
「稽古や勉強ってなんですか?」
「俺なんかでも……。自分を下げるなだった。えっと、俺でも? 俺でも地区兵官になれるって教わったから、ここでうんと働いて貯金して、剣術道場に通える余裕が出るまでの間は自主稽古と勉強です。ネビーさんが方法も教えてくれて」
「ユミトさん。地区兵官になりたいんですか?」
「墓参りくらいしたいなってほとんど何にも考えずに上京してきたけど、こういう道もあると色々提示されたらそれが一番って思いました」
「お兄さんに憧れて兵官さんになりたいって人は多いけど、ユミトさんもそうなったってことで……あっ、鐘。もしかして休憩は終わりですか?」
「あっ。はい」
「それなら縫うのはここまでで、また明日」
「えっ、また明日?」
「だって途中ですよ?」
嫌そうな顔をされたので、世話になっている人の妹は嫌なのかと問いかけたら、女に慣れていないから変な感じで、どうしたら良いのか分からないと言われた。
「かわゆい生き物達が歩きまくってて街は怖いです。すこぶる目の保養だけど」
ありがとうございました、と告げるとユミトは早歩きでどてらを掴んで去って行った。こうして私は時々彼と話をするようになった。
私の趣味は市場へ行くことだけど、市場は人が多くて、特に男性が多いので一人で行くことは家族に禁止されている。自分でも一人では危なそうなので行かないと決めているし、ユミトと出会った日も改めて決心している。
なので、同行者が居ないと私は休みの日に市場へ行かなくて、ユミトとの会話でその話が出て「お兄さんへのお礼も兼ねて護衛します」と言ってもらえた。
これなら親しい女性従業員二人と彼とでも、彼と二人とでも、休みの日に市場へ行ける日が増える。ユミトはお金が欲しいのでなるべく働きたいそうで、旦那や女将は多少休まないと倒れるから気をつけるようにと言うそうだ。休み希望はないから私にほぼ合わせてくれるという。
季節が冬に変化したとある休みの日、ユミトと二人で市場へ向かいながら、年末はどう過ごすのかと聞いたら、少し親しくなった同じ長屋の年が近い男性が、自分も一人で年越しであれだからと誘ってくれたという。
「ネビーさんは年末年始は東地区へ出張だってさ。だから誰かと過ごせって。地区兵官ってそんな遠いところにも出張するんだな」
「ううん。お兄さんは特別」
「番隊幹部だから? あっ。地区本部所属だからか」
「義理のお父さんが煌護省本庁勤務で兵官関係だから。出世しやすいようにって仕事を振ってくれてる」
「ああ。ルーベルって苗字なのは養子なんだ。昔、手紙をくれた時はひくらし奉公人レオの長男地区兵官半見習いネビーって書いてあったから気になってた。平家のはずなのに苗字があるなぁって」
「お姉さんがルーベル家に嫁いだんだ。それでお兄さんに良い影響だからって養子縁組してくれたんだって。職場でお兄さんの人柄は調べられたし、義理のお兄さんは私のお兄さんと幼馴染なの。息子が良く知っているから安心って」
「ロイさんだ。俺、年が明けたらかめ屋の無期限奉公人になれるかもしれない。ネビーさんにその時の給与を伝えたら、週に一回は同じ剣術道場に通えそうだって。兵官育成もしている厳しいところ。前に義理の兄、ロイさんもいるって言ってた。早く入りたいからとにかく貯金してる」
地区兵官になりたいとか、なるとか、自主稽古のことや勉強のことになるとユミトの仏頂面は少し消える。それで力強い眼差しで空を見上げるので、頑張るぞという心のが聞こえてくるような錯覚がする。
「デオン先生の弟子になったらユミトさんの稽古の様子を見に行こうかな。頑張れーって応援する。見学中に声は出せないけど終わった時とかさ」
「それは頑張れそうな気がするけど、怖い師匠って聞いたから慣れてからかなぁ」
「そのせいかお兄さんも時々怖いよー。ロイさんも同じく。普段は甘々なのに本気で怒らせたらお父さんやお母さんよりも怖い」
「どんな風に怖いんだ?」
「とにかく容赦ない。何を言っても無駄なの。ロイさんは賢いし、普段はバカなお兄さんも時々賢いから次々叱られる」
「それは怒らせないようにしよう」
この日から少し日付が経ったある日、リルに呼び出されたのでルーベル家へ行ったら、若い男性と二人で歩いていたけど誰? と問いかけられた。
質問されたので答えたら、付き添いもなく二人で歩かない方が良いと言われて、他に男性従業員達がいないと護衛がいないから市場へ行けないと話した。
リルから話が伝わったようで、ルルにも言われて、悪いことをしていないのに「信じられない。やめなさい」と怒られてムッとして、次はルカで似た感じで腹が立ち、その次はジンでこっぴどく叱られた。
「なんなのもう、毎回だけどうるさいなぁ。お説教係は一人にしてよ。次はお母さん? お父さん? 同じことをクドクド言わないで。その度に説明しないといけないのは本当に嫌」
親が出てこないのは、子育ての練習と言われているからだ。私はロカの事を想って寄り添ったり叱りなさいと言われている。これがまた、面倒くさい事この上ない。私はこのように、四方八方から叱られて育った。
「おい待て。話は終わってない。それなら今日、親父と母さんと話していきなさい。今ここに呼ぶから部屋から出るな」
「嫌だよ。もうお腹減ったし」
逃げようとしたけどジンに捕まり、両親のところへ行くことになり、全然反省していないと告げ口されたので両親からのお説教も始まり、そうして私は両親と大喧嘩。
どこの誰かも分からない日雇い男と二人で出掛けるな、付き添い無しなんてあり得ない、そう言わない男は非常識だからろくでもないとガミガミ言われたので言い返した結果、私は大爆発。
「こんなことで何でこんなに怒られないとならないの! 一人で市場は怖いから護衛になってもらっているのに。ろくでなしなんて酷いよ! 変な人と出掛ける訳ないでしょう!」
「変な人かどうかなんて分からないだろう」
「分かるよ。皆よりも私が働き振りを知っていて、旦那さんは無期限奉公人にするって言い始めているんだよ。お兄さんみたいな地区兵官になるって頑張っているのに変な人な訳がないでしょう?」
「えっ? ネビーが知っている人なのか?」
情報共有されていないようだと発覚したので、兄が帰宅するまで保留となるも、そもそも変な人でなくても男女二人で出掛けるなというお説教が始まった。
何かあったら困るとか、世間体とか、言われても全然ピンと来ない。安全だと分かっているし、世間体なんて平家の四女は気にする必要はない。
そういう話をしていたら兄が帰宅して、両親が兄を部屋に呼んで事情説明。
「はぁ? 俺が担当していようが、地区兵官が目標だろうが、真面目な奴でも年頃の女が男と二人で出掛けるな。なんでそんな常識を破って自分は悪くないって顔をしてる」
「お兄さんだって、ウィオラさんとすぐ二人で出掛けたじゃん。しかも馬で海まで」
「ウィオラさんは引っ越してきたばかりで知り合いもろくにいないから世間体も何もないし、そもそも俺だ。俺の評判はよかだから世間体は全く悪くない。ルーベルさん家の親戚の女性はどこの誰かも分からない、日雇い人と二人で出掛けているとか、それを身内は誰も注意しないなんて言われるわけにはいかない」
これまでて、少しは納得出来るような話が出てきた。
「自分が危険かどうかは自分のことだから、ウィオラさんが俺の何をどう安心だと判断したのかは、お前がユミトに対して警戒しなかったのと同じだとして、相手が俺とユミトだと世間体は雲泥の差だ」
「そんなことないよ……。でもないですね……」
「春くらいだとしてこうだ。ムーシクス先生は誰とも婚約していないはずなのに、どなたと二人で出掛けていたのですか? 六番隊幹部のルーベルさんです。お見合い中です。はい、母上。あの頃のウィオラさんの周りの反応は?」
「レイが知っての通り、今と同じ。ロイさんのおかげで外面が年々良くなっているから羨望の的。蛙が鷹を産んだわ。中身はたまに蛙だけど」
「ゲコッ。俺はなんだかんだバカな平家男だけどお嬢さんにモテたいから硬派かつ色男だと世間を騙し続けている。一方、ユミトはどうだ」
兄のしょうもなさは家族がうんと知っているけど、他人であればある程兄の良いところしか知らないから比べたらそりゃあ雲泥の差にもなる。
「職場の方で市場はそこそこ危険だから護衛してくれています。それじゃあダメなの?」
「日雇いはかめ屋の人間じゃないから、ちょっと気になって調べた人が不審に思って以下略。お前は卿家の親戚の娘なんだから、最低限の常識は守れ。それは昔からずっと言うてきたよな?」
「それならユミトさんが日雇い奉公人じゃなくて無期限奉公人になったらええってことだね」
「そんな訳あるか。お見合い相手でもない男と二人で出掛けるな」
「お兄さんは、ウィオラさんとお見合い前に二人で出掛けたでしょう!」
卿家の養子になった兄こそ常識を守っていないのに、なぜ同じことなのに私だけ叱られないとならない。
「俺は男で、ついに女が出来たって噂が立っても何の評判も下がらない。下がらなかっただろう。単にウィオラさんの引っ越し祝いだったのに、なんか祝言したような勢いで祝われて終わった」
「私に男が出来たって噂が立っても……それは悪い気がする。だって私とユミトさんは全くそうじゃないからお互いに迷惑だよ」
「そうだろう?」
「でもお互いに説明すればええだけだから、そんなに気にしなくてもええじゃん。その程度のことで家族総出でガミガミ言わないで。ほぼ毎日仕事で疲れているのになんなのもう。私はもう成人したし、幼馴染達よりも厳しく叱られて育って、それなりにはなってるでしょう!」
「なってないから言うてる。むしろ、なんでそこまで怒るんだ。はい、すみませんでした。気をつけます。それで終わりでよかな内容なのに」
「さっきから同じ話の繰り返しなんだ」
「そうなのよ。本当、昔から一番手が掛かる気がするわ」
「いや、リルだろう」
「ルルも中々」
「ロカも大変よ。猫被り姉二人のせいで。性格はどんどんルカに似ていくし」
「とにかく、レイ。言い訳しないで話しに耳を傾けて、しっかり理解して大人らしく振る舞いなさい」
「前からだけど一人が叱るんじゃなくて、ネチネチ、ガミガミ、入れ替わり立ち替わりうるさいからイライラするの!」
兄に「ユミトに話があるから、ついでにかめ屋へ連れて帰る」と言われて、父もついてくることになった結果、まず最初にユミトの住む長屋へ。私は彼の家を知らなかったのでここで初めて彼の家を知った。
兄は私の隣でほとんど何も言わなくて、父はユミトに「娘がお世話になっていたようだけど、世間一般的には家族の許可もなく男女で二人で出掛けるのは非常識だと思われる行為なので、今後は何もしなくて良いです」と伝えた。
「俺、非常識だったんですか……。すみません」
「息子が世話をしているそうで、今日少し事情を教わりました。あまりにも困ったら俺や息子達が世話するけど、そのお礼はこちらが言わない限り何もしなくてもええです」
「そもそも俺は言うたよな? お礼の気持ちがあるならこうしてくれって。なのに別のことをするって、俺の妹は中々美人でかわゆいから、俺に世話されているっていうことを使って近づいたのかと邪推するぞ」
「えっ……。あの、そういうつもりは全然無いです! お礼になるかと思って……」
「俺はそこそこ君と接しているから信じるけど父上や他の家族は何も知らない。俺は仕事の話は全然しないし、妹も君の話をしていなかったからすれ違った。俺以外の家族から見た君は不審者に近い。知識不足や考えが足りなかった結果こうなる。誤解されるような事はするな。失敗して色々覚えろ」
兄は優しい笑顔でユミトの肩を叩くと、本来気をつけるべきなのは女性側なので今回のことは私が悪いと続けた。
「だからそんなに悪くないって言うてるでしょう! 帰ろう。私のせいでユミトさんは悪くないんだから、後は家族の話。ムカつくけど他人に迷惑をかけたからもう少しお説教を聞いてあげる」
「おい、レイ。聞いてあげるってなんだその態度は」
父に睨まれたけど、頭にきているから私も睨み返した。
「それで今日、どこの誰かも分かったし、お兄さんが担当している人なら安心で、しかもかめ屋の旦那さんが無期限奉公人にするから別にええってことで。私の趣味を奪わないで!」
この後、険悪な雰囲気の中、父と兄とかめ屋へ行って、応接室を借りて一応話しを聞いてあげた。
娘に近寄る男は全員嫌、みたいな父はともかく、兄の言う事はわりとその通りなので、ユミトが日雇い奉公人の間は市場への護衛はしてもらわないと約束。
無期限奉公人になってもダメと言われた事は、納得出来るようで出来ないので無視するつもり。二人に話を聞けと怒られたけど、私はお説教というものがそもそも嫌い。
なのでしおらしく言いつけを守ることにして、ユミトには「許可された」と嘘をつくことにした。出掛ける時に私が軽く変装すれば良い話なので。
それで特に何も問題はなくて、世間体と言われたけど、やはり私の噂なんて特になく、季節は過ぎて春を迎えてその春も過ぎた。




