日常編「リル、手紙を書いたり話したりする」
今日、我が家には沢山お客様が来ている。人生初の大寄せに行ったことや、今日は初めて花月をしたことなどを手紙に綴りながらレイは遅いなと少し筆を止める。すると襖が開く音がしたので顔を動かしたらロイだった。
「レイさんはあのまま母上に本を読んでもらっていたら寝てしまいました」
「そうなんですか。連れてきます」
「起こすのは可哀想ですし、連れてくるには重そうなのでそのまま両親の寝室で寝かせようとなったので大丈夫です」
「それなら布団を用意してきます」
「もうしたので大丈夫です」
「ありがとうございます」
久しぶりにレイと眠れると思っていたのにまさか義父母と寝るとは驚きだ。ロイは布団に寝ないで、私にもう寝ようとは告げないで、隣に腰掛けた。
「レイさんが居ないんでエリーさんやリアさんと隣の書斎で寝ますか? 少し話し声が聞こえたのでまだ起きてそうですよ」
「そうしたら旦那様はウィルさんとヨハネさんと寝ますか?」
「それもありかなぁと思っています」
「明日には出したいんで手紙を書いて、それで部屋を訪ねてみて、二人が起きていたらお邪魔します」
「それなら、手紙を書くのに付き合います。分からない漢字があれば教えますよ。辞書を使うと遅くなりますから」
「ありがとうございます」
今回の手紙にはロイに読まれて恥ずかしい内容はないので、書く予定の事を口にしてこの漢字を知りたいと頼む。すると手紙を早く書き終える事が出来た。
「明日の出稽古帰りにでも郵便屋に持っていきますよ」
「ええんですか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます」
「エンファ料理の事を書きたいから今日まで待っていたんですね」
「はい。あと今日のお茶会についても書きたかったです」
リルさん、と両手を取られたので何かと思って続きの言葉を待つ。
「コホン。あのですね」
「はい」
急にどうしたのだろう。お客さんが廊下の向こうの部屋にいるので何かしたりはないだろうけどジッと熱視線な気がするし取られた手も少し強く握りしめられた。
「自分は誰かにお申し込みしたのはリルさんが初めてです」
嬉しいけど、急にどうしたのだろう。
「他人に話した結果、確認不足で事実と違うとか噂は嘘だったりするんで町内会に本格的に参加する前に言うておこうと思いました」
「はい」
「気になることがあったら何でも確認したり相談して下さい」
「はい」
話しは終わりではないようなので続きを待ってみる。
「その……。イオさんが人はいつ死ぬか分からないから遺書を用意しておくのは当たり前だと言うていました。自分にはそういう発想は無かったです。まだ若いし、親よりも先に元服後の大人が亡くなるなんて自分の周りにいないんで」
「お互い書きましょうということですか?」
「考えてみれば相続などがあるからしっかり作っておきます。それ以外は、想像すると辛いから書きたくないので、言いそびれがないように過ごそうと思いつつ中々難しいです」
「何か言いたいことがありますか?」
怒られるような雰囲気ではないけど悲しそうな顔をしているので嬉しい話でもなさそうだ。
「ゆ」
ゆ?
「い」
い?
「唯一……」
唯一?
「ほ」
ほ?
「し……」
し?
唯一星?
それはイオがミユに言ったらしい台詞だ。
「唯一星のリルさん。イオさんの真似ですが、ええ言葉だなと。唯一星のリルさん。他にはいなかったしこれからもいません。ずっと一緒です」
「……」
好き、みたいな言葉を贈られたのは久しぶりなので真似でもなんでも嬉しい。
「丁寧で凛としているところが好きです」
「……」
「妹さんに慕われているところも好きです」
「……」
「お姉さんにも慕われています。好きです」
「……」
「お兄さんは妹思いで時々面倒くさくなります。兄の目から見てもかわゆいリルさんを自分もかわゆいと思っていて好きです」
「……」
「今日の料理も美味しかったです。毎日食べられる自分は三国一の果報者です。好きが五つで大好きです」
「……」
ロイの顔がお酒を飲み過ぎた時みたいに真っ赤になっていくなと、ドキドキしながら眺めていたら彼は私の手をスッと話してコテンと横になった。それからゴロンと私に背を向けて停止。
「これは……。はず、はず、恥ずかし過ぎます。イオさんに照れないのかと聞いたら、言わないで言えなかった方が嫌だからと言うていて、それもそうだなぁと。挑戦しても無理だから今日、コツはなんだと尋ねたら勢いと気合いと言われたので……」
「はい……」
ミユは人前で恥ずかしいから嫌だ、やめてと言っていたけど少し羨ましいなぁと思っていて、コソッと彼女に「二人の時なら嬉しいですか?」と尋ねたら照れ顔で小さく首を縦に振られたので、二人の時も色々言われるのはもっと羨ましいたら思ったのでこれはとても嬉しい。
「何回も言ったら気にならなくなるから今日中にと思って。言わなかった結果、何かが起こるのも嫌だなぁと。すれ違いとか、気づいてもらえないとか……世の中には色々ありますから」
「恥ずかしいから、すときなところを手紙で言います」
ロイが逃げないなら私が逃亡! ひゃあ! と私は急いで立ち上がって部屋から出て、ほのかにお喋り声がするロイの書斎へ声を掛けた。リアとエリーに招かれたので、レイが寝てしまったから一緒に寝ても良いか質問。
「もちろんです」
「朝まで話しましょう」
「それだとリルさんの朝の仕事が大変ではないですか?」
「ちっ、ちっ、ちっ。リアさん。私はレイさんが寝た頃を見計らってリルさんを呼び出してお喋り大会をしようと思ったんで既にテルルさんに確認済みです。付き合わせたらすみませんと。そうしたらたまにはリルさんを休ませるべきだからガイさんやロイさんに任せると言うてくれました」
それは知らなかった根回しの話。
「ありがとうございます」
ロイは結構飲んだし義父と二人揃って家事は苦手だけど、なぜお仕置きなのだろうか。
「リアさんと祝言日も神社も合わせませんか? という話をしていたんですよ」
「午前中と午後にそれぞれ挙式をしたら共通の友人は一日で済みますので」
「過ごしやすい時期なら神社の敷地内で軽く宴会をしてもらうかいっそ神社に部屋を借りるのもありかなぁと。お礼を包んでヨハネさんに茶会をしてもらうのもありかもしれません。思いついて、今日遠回しに聞いたら乗り気でした」
これは朝まで喋りたくなる話題なので私は寝室に布団を取りに行った。ロイはまだ横になっている。
「旦那様。布団を一組運ばせてもらいます」
「自分が運びますよ」
立ち上がったロイは私を見下ろしてしばらく見つめて近寄ってきた。なんだろうと思っていたらかなり近くなったのでなんとなく後退り。するとロイは追ってきたのでまた後退り。それを繰り返していたら壁に背中がついて横にズレようとしたら両手を取られた。今日、手を取られるのは二回目。
「人が居るのであれですが、すれ違っていたらとか、いきなり死ぬこともあるんだなとなんとなく……」
「……」
「静かにします。少しだけ」
「……」
少しだけ、と言ったとおり一回軽くキスされて終了。廊下の向こうの部屋に人がいるので、急に来たらとんでもないけどつい。
「……す」
「リルさん。おやすみなさい。また明日」
「好きです」
何があるか分からないと言われたので、私もうんと勇気を出して言っておこうと思って頑張った結果、もう少しと言われて抱き締められた。それでどちらともなく離れてロイが無言で布団を畳んで持ってくれたので私は襖を開く係。
「失礼します」
「リルさん。今襖を開けますね」
「き、きゃあ!」
リアがロイを見て悲鳴を上げたので固まる。
「えっ? あの、虫ですか?」
「は、はしたない格好なので閉め、閉めて下さいませ!」
リアは普通に浴衣姿でキチッとしているけどそうなの?
私は慌てて襖を閉めた。ロイと顔を見合わせて目と目で通じ合ったのか、彼は廊下に布団を置いて退散。
「旦那様はもういないので開けてもええですか?」
「は、はい。すみません」というリアの声がして襖が開いた。彼女は羽織りを着て下ろしていた髪の毛をまとめていた。
「羽織りがないと恥ずかしいですか?」
「今さっき、エリーさんは平静でしたしリルさんもずっとその格好です。お風呂屋の時からそうだなぁと思って私がズレているのかと理解したのについ。すみません」
「謝ることなんてないですよ。慎み深いんですね。リルさん。リアさんは下ろし髪を見せるなんて、とも言うていました。同じ国立女学校育ちでも家柄が違うとやはり価値観が少し違います」
「……下ろし髪も恥ずかしいですか?」
「ええ。身支度していない素の格好は家族や婚約者以上にだけ見せるものだと思っていました。女性は別ですよ」
リアはこのように慎み深くて照れ屋のようだから、祝言したら大丈夫なのかという話題になった。
「祝言の前に既に婚約済みですからどうですか? 婚約したからウィルさんにもうこの寛ぎ姿を見せられますか? 同じ屋根の下ですから見せていますか?」
「まさか。寝巻き姿になるのは寝る際だけです。朝起きたらすぐに支度しますし、夜は寝る前に着替えます」
「今日はお風呂屋へ行ったからだと思っていましたが、家のお風呂の後もまた着物を着ているんですか?」
「ええ。もちろんです。その際は簡単に半幅帯にしています」
「……」
にんまり笑ったエリーが「見せに行きましょうよ」と口にした。
「えっ?」
「だってほら、春にいきなり素肌を見せられますか?」
「えっ? 素肌ってなんでしょうか」
「……えっ?」
エリーはリアを見つめて私を見て、リアを見て、私を見てから「既婚者なのでリルさんどうぞ」と告げた。
「えっ? あの。その。嫁の仕事があります」
「あの。素肌を見せる仕事とはなんでしょうか」
「跡継ぎが必要です」
「子どもには恵まれたいですが、それに素肌を見せることは関係ないですよね?」
「リアさんってどうやったら子どもに恵まれるのか知っていますか?」
このエリーの問いかけにリアは「ええ、もちろんです」と返答。
「多分、その知っている内容は嘘というか結納前編です。私は結構前に知りましたけど……リルさん。リルさん! リルさん!」
ずいっとエリーにつめよられて何事かと後退り。
「リアさんはお母上がいなくて、お姉さんとは喧嘩してそのままだと聞いています。だから説明する人が居ないんですよ。あやふや知識しかない私では荷が重いです」
「……」
私にも荷が重い。
「えっ。待った。リアさんって前も婚約した方がいたんですよね?」
「ええ」
「その際にお姉さんから何も教わっていませんでした?」
「ええ。特にです。あの、教えるのが難しい事でしたら以前、使用人だった方に相談します。母親代わりのような方で今度会いますので」
「それがええです!」
思わず私の声は大きくなった。
「……リアさんって、きっすもしたことがないですか?」
「嫁入り前にそのような事はしません。子持ちになったらどうするのですか」
「女学校卒業までの私と同じ知識です。きっすでは子持ちにはなりません」
「……えっ?」
「私も結納前は同じ知識でした。そう教えられて育ったからです。お嫁さんになるまで誰にも触らせたらダメって言われていました」
結納した後に違う話が出てきて衝撃的だったけど、流れに身を任せていたら慣れたし、たまに待っている。
「えーっと、とりあえずウィルさんに慣れる練習はどうですか? このままでは……」
「夜分遅くにすみません。その、まだ起きていらっしゃいますか?」
ここにヨハネの声が襖の向こうからしたので三人で横並びになって正座。
「はい。私達三人はまだ起きています」
「ロイさんが来て、そうだと教えてくれました。嫁入り前の方々の部屋を入る訳にはいきませんし、むしろ見ないようにこのまま襖越しに失礼します」
「ちょっとヨハネさん。嫁入り後でも夜に部屋に入らないで下さい。もちろん見るのも」
「いや、そうですけど話の腰を折らないで下さい。あと見る方はその人によると言いますか、リルさんは浴衣姿でもてなしてくれたこともありますので……」
「なんですか。リルさんは慎みが無いということですか?」
「何を言い出すんですか。揚げ足取りはやめて下さい。そうではなくて浴衣をキッチリ来て後ろ帯と、寝る前のゆるっとした格好で前帯だと全然違います。そんなリルさんは見たことがありません」
「そうです。リルさんは慎み深いです」
「言われてみれば言葉選びが適切でなかったのは自分ですが、話が逸れるからここで突っかかってこないで下さい。ロイさんはリルさん関係の時だけ、本当おかしくなります」
「すみません」
襖の向こうで軽い口論が始まったけど終わりみたい。なんかロイに辱められた。
「ご用件はなんですか?」とエリーが問いかけた。
「エリーさんがいつ帰宅されるのか分からないので言いそびれないように今のうちにと思いまして急にです。ベイリーさんに手紙でも良いのですが直接主役に聞くのが良いかと思いました」
ウィルの声がしたけど彼のお目当てはリアではなくてエリーみたい。
「はい。なんでしょうか」
「共通の友人が多いので祝言日と挙式する神社を合わせるのはどうかという提案です。二人で検討してみていただいて、前向きなら四家で話し合いたいなぁと。四家や四人で幸せ数字にもなります」
リアとエリーが顔を見合わせて、エリーはにこやかに笑った。笑うのは苦手、と言っているリアはいつものように無表情。
「ウィルさん」
「はい」
「その、寝る前にハチさんに会いたくなりました」
そうなの?
この流れでリアはハチに会いたくなったの?
「えっ? はい。はい! 邪魔なのでどきます! 去りますね! 悪い提案だったようですみません」
「い、いえ! いえあの。その……」
「その提案は既に私達も思いついていて前向きなのでお互いの婚約者に話そうと言っていたところでした。ウィルさんとリアさんは夫婦になるだけあって気が合うようですね」
「そ、そういう話しを二人でしたいので……。お庭といえど外なので一人で夜に外は危ないと教わっているので、ハチさんのところへは……ご一緒していただけると……」
「嬉しいです! リアさんの代弁、エリー。付け加えで、好きだにゃん♡」
けほけほっとリアが咳き込み始めた。
「難しいですね。これは難題ですよ。百回言うたら、脈無し以外なら一回くらい返ってくるから攻めるが勝ちって聞いたんですけどさすがの私でも厳しいです。襖の向こうにいるのはベイリー君って想像したら手汗びっしょり」
エリーは行ってらっしゃいとリアの背中を軽く押した。それでリアはそっと襖を開いて廊下に出て私達に「また後で」と告げて去った。
「リルさん。どう思いますか? 好きですなんて大変なのでふざけた感じと思いましたが今のも難しいです。百回なんて無理で一回が限界です」
「百回って誰に聞いたんですか?」
「イオさんです。ベイリー君はわりとモテ男ですのでお顔が良い火消しさんもモテ男そうだから、そういう男性の心をくすぐるものはなんですか? と質問しました。ベイリー君はご存知のようにつれないので」
「それで百回って教わったんですか?」
「ええ。百回言って、無反応なら一旦引いて放置したら気になってくるだろうって言われました。どうでもええ女性は追わないけど、婚約者なら気のある女だから油断してまずかったとか、気が変わったのか心配になるとか、意識するそうです。自分の場合ならと言うていましたけど」
「ちょっと試してみたいです」
「ロイさんもつれないんですか?」
「いえ。旦那様はたまに言うてくれます」
「ベイリー君に言わないと。男はそういう事は言わない。言うのは軟弱だーっとか言うんで。生粋火消しさんもロイさんも軟弱ではないからって言おう」
この後、照れ屋なのもあるだろうけど長年婚約者だからあぐらをかいているベイリー対策——気持ちを伝えてもらう——をエリーと考えていたらリアがポヤンとした顔で戻ってきた。ハチといる時はたまに笑っているけど他の時は全然なのに、今は微笑んでいる。
「どんなええことがあったのですか?」
「な、なに、なににもありましぇん!」
リアが噛んだ。これは絶対に何かあった。
「あるでしょう。この顔はあるでしょう」
エリーがリアの頬を指でつんつんし始めたので、私も少し緊張しながら真似をして「何ありましたね」とリアの頬をつっつき。
「髪……」
「ほうほう。それで?」
「髪を下ろしていると雰囲気が変わると……」
「ほうほう。それで?」
「愛くるしいと褒めて下さいました」
それはきっと、リアは嬉しい話。
「ほうほう、それで?」
続きがあるの? あるってエリーには分かるの?
「お気持ちを教えて下さいました」
「なんてですか?」
「それは秘密です。私の中で大事にします」
「好きだリア。早く祝言したいです。こんなに愛くるしいから我慢出来ません。なーんて」
「……」
リアの視線があちこちに彷徨ったので、図星かもしれない。
「年明けにすぐ祝言がええ人。はーい!」
エリーが手を挙げたので私も便乗。新年にいきなりお祝い事は楽しそう。
「あっ。イオさんとミユさんも年明けです。お祝いに行くので別日がええです」
「それなら、お二人はいつか確認して欲しいです」
「三ヶ日って言うていました」
「それなら被らないので平気ですね」
「その……先程のエリーさんの推測はまるで違います……。あと今から準備して年明けは慌ただしいので春に……」
「やっぱり春は憧れますよね。でも早くがええし難しいです」
「早いのも悪くはないと思っています。その。今の状況が続くのは歯痒いというか、怖いというか、なんと言いますか」
「怖い? なぜですか?」
「やっぱり婚約破棄と言われないかビクビクしていまして」
「そんなの破棄されたらまた噛みついて婚約したらええんですよ」
そうなの?
「えっ。噛みつくのですか?」
「私はベイリー君に飽きるまでまとわりつきますよ。他の女性は全部蹴散らします。この気持ちを諦めるなんたら言葉は私の辞書にはないです。諦めがつくならそれは本気では無いからいらないって事でええと思いますけど。結婚しても浮気や離縁だなんだって心配は続きます。私は常に戦います」
この言葉は私の胸にブスッと突き刺さった。ニックのお弁当の恋人を目撃して結構、落ち込んだけど私はすぐに諦めた。
(ロイさんが浮気……)
私もそれは諦めないし相手と戦う。
「私も戦います」
「でもご迷惑ですし、ますます嫌われたら本末転倒です」
「別に悪い事をする気はないんで、接近禁止令を突きつけられるか心が折れたら諦めます!」
「私、エリーさん達と話しているともっと前向きになろうという気持ちが増したり、目から鱗だったり、助かっています。ありがとうございます」
「そうですか? 私も見習いたいところが色々あるからこれからも仲良くして下さい」
「私もです」
ここにレイが来た。
「レイ、どうしたの? 目が覚めたんだね」
「起きたらテルルさんとガイさんの間にいたの。リル姉ちゃんと寝ようと思っていたのに」
「うん。レイは本を読んでもらいながら寝ちゃったの」
「リル姉ちゃんと寝たいし厠にも行きたい」
「場所が分からなくなった?」
「うん。部屋から出たら階段があったからリル姉ちゃんのところは分かった」
レイを厠へ連れて行って戻ると、レイが来たので朝まではやめにして皆で寝ようとなった。
「リル姉ちゃん」
「なあに?」
「姉ちゃんは新しい家族の方が好きだから帰って来ないでしょう?」
「えっ。それは違うよ」
「違くないよ。だって大きな家で皇女様みたいなら服で台所も広くてお友達も沢山で褒められて楽しいでしょう?」
そう言われるとどう返事をして良いのか分からず。
「ルカ姉ちゃんが言うてたの。お父さんとお母さんが結婚したように、リル姉ちゃんがロイ兄ちゃんと結婚したように、夫婦になる人は家族の好きとは違くてもっと大きいんだって」
「ルカはそう言うたんだ」
「うん。だからジン兄ちゃんも家族のところに帰らないって言うた。ジン兄ちゃんが帰らないからルカ姉ちゃんはどこにも行かないの。家族とずっと一緒だって」
「そっか」
「それでね、兄ちゃんが俺もそうなるから今は誰とも結婚しないって言うた。もしかしたらお嫁さんが他のところで暮らしたいっていう人かもしれないからって。しばらくレイの側にいてくれるって。だから帰って来なくてもええよ。約束したの。レイはルカ姉ちゃんと兄ちゃん達で我慢する」
「帰らないけど遊びには行くよ」
「うん。レイも来る。レイはずーっと皆と一緒にいる。お父さんと兄ちゃん達が建てる家に住むんだよ。テルルさんがね、もっと会い……」
レイの言葉が途切れてすー、すー、と寝息が聞こえ始めた。
数年後、このレイが家族よりも恋する相手だとか、ましてや許してくれないなら遠くで二人で暮らすと言い出して、家族と大喧嘩するなんて、その時の私にはまるで想像がつかなかった。




