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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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特別番外「ロイの知らない話2」

 国立女学校に通うようになり季節は過ぎていって二つ年上のロイは国立高等学校に入学。早起きした時にロイは鍛錬なのか我が家の前を走り過ぎたから、何日か続けて早く起きたらそれは毎日で、うんと頑張っているから私も琴を沢山練習しようという気になり、やがてお礼を言いたくなってルーベル家の手前で手拭いを持って待ち伏せ。


(あれっ。私はなんで待ち伏せ……)


 何か言い訳、と思いながらオロオロしていたら走り終わったというようなロイが帰宅。


「おはようございます! おはようございますロイさん。お久しぶりです」

「……ああ。メルさんですか。久しぶりですし大人びたので一瞬分かりませんでした」


 近寄ってきたロイは前回近くで喋った時よりもさらに背が伸びていた。こうなると私はもう彼の頭の上を見ることは無いかもしれない。


「あの。その。いつも! いつも走ってるなぁって。家の窓から見えます」

「見られていたんですね」

「試合に出たりしますか? いえあの。ほら。応援されると頑張れるものなので、今度琴の演奏会がありまして、私も試合を見てみたいなぁと。女学生は大会の見学は禁止だけど幼馴染ならええって言います」


 こんなに沢山一気に喋ることは中々ないから喉がカラカラになる。しかもこんなに恥ずかしいことを言うつもりはなかったから余計に。


「……ああ。テツさんとサリさんですか。自分とテツさんの手習先が同じだと誤解していますか?

昔、少しだけ一緒でしたけど、テツさんは他の道場に移りました」

「えっ? サリさんとテツさん? ああっ! そうです。私はサリさんと同じ琴門教室に通っていて、サリさんはテツさんの試合を観てみたいし、自分の演奏も聴いて欲しいなぁって……」


 嘘だけどこの交渉が叶うとサリは喜ぶ。昔と違って町内会の年の近い誰かとつるんでいる様子のないロイまでサリがテツを慕っていると知っているとは驚き。


「んー。学友が琴を習っていて色々な教室の演奏会に行きたいそうなので観劇券を買います。三枚お願いします。友人は同級生で卿家の次男で学年一位の性格良しです。お母上にそうお伝え下さい。ウジウジしているテツさんを誘ってみます」

「は、はい。ありがとうございます」

「逆は根回しを頑張って下さい。メルさんは友人想いなのですね。そうかぁ。教えたらテツさんは浮かれそうだけど、こういうことは黙っている方がええのかなぁ」

「それとなくがええと思います」


 では失礼します、とロイは家の門の方へ進んでピシッとした会釈を残して帰宅。昔のロイとはまるで別人のようだけど、私は彼の変化を見てきたから同じ人だと分かる。


(手拭い……。渡せなかった……)


 帰宅して母にそれとなく演奏会に男の子を呼びたいという話をしたらしかめっ面。教室の友人が来て欲しいそうで、と伝えて玄関前に水撒きをしていたらロイに会ったので頼んでみた話と、その結果どうなったか恐る恐る説明してみたら今度は笑顔。


「あら、お友達は卿家を狙っているの。国立高等校の学年一位の卿家なんて棚からぼた餅ね。話せそうなら話しなさい。我が家で買ってルーベルさん家には無料で渡しましょう」

「棚からぼた餅?」

「話したり文通する練習でも、そこから初恋でも良いわよ。卿家同士なら気が合えば大体問題ないし学年一位だなんて」


 ……。

 初恋。

 恋。

 私はルーベルさん家のロイさんに恋をしているのだろうか。紅葉がひらひら、ひらりと舞う中に立派な成人間近のロイが凛と立っていて、私に優しく笑いかける映像が見えたのでそんな気がして動揺。

 人はいつか恋の穴に落ちると聞いていたけど、私は落ちたことに気が付かなかったみたい。


 琴の発表会にロイはテツと友人と一緒に来てくれてうんと嬉しかったけど緊張し過ぎて演奏失敗。その後、サリとテツは徐々に良い雰囲気になっていき、私は学校の門前で人生初の文通お申し込みをされた。

 その時に「ロイさんも誰かにお申し込みしてるのかな」と考えて、やはり自分は彼を慕っていると認識。振り返ってみるともう何年も前からの恋心な気がした。


 春夏秋冬季節は巡って町内会で合同元服式が行われて、ロイは大人の仲間入りを果たして、年明けから一区にある中央裁判所勤務の研修生になった。

 相変わらず私と彼はあまり会うことがないけれど、週末に母と買い物をして茶屋で長話をして帰りが遅くなったら稽古帰りの彼に遭遇して「同じ方向ですし重いでしょう」と荷物を持ってくれた。久しぶりに会えて話せるのでとても嬉しい。


「ロイ君はあんなに小さくて小柄だったのに力持ちになりましたね。あらやだ。とっくの昔にロイさんなのについ」


 せっかくロイに会えたので、母が邪魔に思える。


「父の友人達もロイ君と呼びますので構いません」

「凄いわね。中央勤務だなんて」

「いえ。中央はたまたまです。ありがとうございます」


 距離が短かったので会話はそんなになくて私は母が居ないと良いのに、と思いながら道の小石を蹴って「こういう考えはやはり恋?」と心の中で首を傾げた。

 もしも私の気持ちが恋なら、彼は三年間半人前の研修生でその後三年間は新人と呼ばれる期間なので、新人期間後半くらいから縁談を開始するだろうから、その頃までに少しずつ距離を縮めてお申し込みされるのを待つというのが多分一般的。

 卿家の男性は一回目の出世を目安に嫁を取ることが多くて長男兄はそのように我が家にお嫁さんを迎えた。私は少し縁談開始時期が遅くなるけど卿家の娘は人気物件なのでのらくらしていても許されるだろう。


 春夏秋冬季節は巡って、町内会の合同成人式でロイに振袖姿を見てもらえてなんとか近寄ったらサラッと褒めてもらえて感無量。

 距離を縮めようにも中々会えなくてヤキモキしていたけど女学校を卒業して父の職場で雑務仕事を開始したら、ロイが乗る通勤立ち乗り馬車に乗って途中まで一緒になったので、同じ時間の同じ馬車になるように父をなんとか誘導。ほぼ毎朝、挨拶を出来ることは心底嬉しくて、隣に立てた日はさらにで、どうか周りが後押しして私達の縁談が始まったり、彼からお申し込まれますようにと願ってやまない。


 春夏秋冬季節は巡って、ルーベル家の祖父母が立て続けに亡くなったり、我が家も祖母が亡くなったり、次男兄が縁談を開始して付き添い人になったり、どんどん月日は過ぎていく。

 人伝で仕入れた情報だけど、ロイは働きながら剣術道場に通い続けているけど、周りの門下生が強いらしくて試合に出ないそうなので応援に行けない。


 次男兄が夜中に帰宅して、たまたま目が覚めた私は鉢合わせて、白粉の香りがするから「お見合い中に何をしている」と咎めたら「自分は相談だけだけど男はそんなものだ。ロイさんは付き合いって言うてたけどあれは嘘だな」と言い返されて「立ち乗り馬車の最終でロイさんに会ったというか同じ車両で気まずかった」という聞きたくない話まで聞かされてしまった。


「にしてもロイさんは大きくなったなぁ。自分どころかメルより小さかった時もあったのに。あっちも大きかったりして」

「お兄さん! お酒に酔っているんでしょうが独身の妹にそのような下世話な話をしないで下さい!」

「げっ。そうだった。メルだった。飲み過ぎだ。メルさん、水を下さい」

「なんなのですか。ご自分で……」

「気持ち悪いメル。飲まされ過ぎた。触り心地がええしかわゆいからついつい。助けて。気持ち悪い」


 なんなのもう、と思いながら兄を厠へ連れて行って背中をささったり水を運んだりお世話。


 週明け火曜日の朝、立ち乗り馬車の停留所でロイに会えたら、いつもは父を挟んだり何人か間にいるけど、一ヶ月ぶりくらいき隣同士になれておまけに話しかけられた。


「土曜の夜中に酔い過ぎたナルガさんのお世話をしたと昨日ここで聞きました。流行りに敏感な同僚がくれたんですが甘いものは苦手なのでよければどうぞ」

「ありがとうございます」


 くれたのは珍しい缶で中身はハチミツ飴と言われた。缶を両手で強く握りしめてジッと見据える。

 

「あの、飲み会ですか? 深夜までとは……」

「ええ。職場の上司達と飲み会でした」

「香りの良い街で、でしょうか……」

「メル。何を聞いているんだ。それも朝から。すみません。年頃なので過敏なのでしょう。接待だっただけなのに深夜帰りした兄に怒っていまして。深夜帰りだけならまだしも、その後に妹に世話をされて休日前とはいえ情けない息子です」

「休み前はつい気が緩みます。メルさん。お父上や兄上や雑務仕事で聞くと思うのですが接待はそういう場所の時もあります。卿家で職場の飲み会だと綺麗に飲むか監視役です」

「そうなのですね。家族だと監視役なんて嘘かと思いました」


 兄は触り心地が良かったと言ったので接待だけとは絶対に嘘だけど納得した振り。


「そうですよね。自分は一人っ子なので分からない世界でしたけど、深夜帰りは誤解されると覚えておきます。世話をしてくれる妹とはええですね」


 ロイはそれきり私には話しかけないで父と会話を始めた。朝から微笑みを見られるとは思わなかったので嬉しいけど複雑な気分。


(お兄さんと同じく美人な女性に触ってきたのかも、なんて考えたくないけど……。ズルい。ズルいなその人。いや、その人は仕事で嫌々……。若くて見た目の悪くないお客は嬉しい? 嫌々な相手を優しいロイさんは触る?)


 この日はロイと女性がいちゃいちゃ、みたいな事をぐるぐる考えてしまった。兄が花街で遊女ではなくて花芸妓と多少いちゃいちゃしながら酒を飲んできただけ、と言うからそのいちゃいちゃについて考えてしまって、おまけにロイと美人で想像してしまうという。

 兄二人がロイと親しくなって家に飲みに誘ってくれたら良いのに、と思ったけどそんなことは特になく。

 ただ、昔からたまにルーベルさん家の若旦那、ロイの父は私の父と飲むから、父はきっと娘である私の話題を出すこともあるだろう。私の長所が何かは分からないけど、どうかそれが父からガイ、そしてロイヘ伝わっていますようにと私は寝る前にたまに末銅貨に願う。ロイが直してくれたもう履けない下駄と末銅貨は私の机の引き出しの中でお守りみたいになっている。


 春夏秋冬季節は巡って、幼馴染婚だと少し時期が早くて許されるからサリはテツのお嫁さんになり、その後エイラがオーウェンのお嫁さんになり、私もロイとお見合いなんて話が出ないかなとぼんやり考えている。

 最近、週末になると買い物帰りの彼に会って荷物を持ってくれたり逆に話しかけられて荷物を持ってくれて話せるから嬉しい。どうやら彼の母親の体の調子が悪いらしい。

 今日も「こんにちはメルさん」と背後からロイの声がしたので私の心臓は軽く跳ねた。振り返ると八百屋で買い物帰りという様子の彼が立っていて、ゆっくりとした足取りで私の隣に並んだ。

 

「こんにちはロイさん。八百屋帰りですか?」


 私は彼が手に持つ大根が飛び出ているカゴを掌で示した。


「ええ、八百屋と魚屋帰りです」

「私もです」

「何事も鍛錬なので重ければ持ちますよ」

「いつもありがとうございます」


 少し迷ったけれどカゴを預ける時に指と指が触れるかもしれない、という期待を込めて「お願いします」と先週のように頼んだ。これでロイは私を家まで送ってくれるから、という邪な気持ちもある。


「あの、この間からずっと質問があります」

「はい、なんでしょうか」


 チラッと彼の表情を確認したら相変わらず無表情だったけど前髪をいじって何やら落ち着かなそうな気配。足が地面に接するたびに胸の真ん中からするドキ、ドキという音が大きくなっていく。ついに、ついに私は幼馴染の彼から何かを打ち明けられるようで、それは良い話の気配。


「エイラさん達と甘味処へ行ったりしますよね?」

「ええ」

「流行りというか、話題というか、どちらへ行かれるのですか?」


 この質問は、私をそこへ誘ってくれるということなのだろうかと浮き足立つ。


「ロイさんは甘いものは苦手でしたよね」

「はい。なので甘味処はサッパリです。婚約者さんと行きたいと思ったけどそもそも人気店がどこなのか分からなくて」


 ……。

 ……?

 ……⁈

 私は今、とんでもない爆弾発言を耳にした気がする。


「婚約者さん、ですか?」

「ええ、まあ。はい。八月に祝言予定でそのうち回覧板で連絡します。嫁入り前の今も、町内会内の家に嫁ぐのならお嫁さんになった後も、妻と仲良くしていただけると助かります。いや、あの、まだ妻ではないけど多分祝言出来るはずなので」


 ……。

 ……?

 ……⁈


「八月ですか?」


 今は六月半ばを迎えるというところだ。


「はい」

「……」


 ロイはいつも凛々しくて笑う時は穏やかな微笑みを浮かべるけどへらっと笑った。これは世に言う照れ笑い。手足が震えてきて歩きにくくなってドキドキは嫌な音に変化して吐き気がしてきた。


「おめ……あっ。あの! か、買い物、買い物忘れです。甘味処ならとろろ屋のかるかんが最近人気です」


 私はロイからカゴを受け取って小走りで彼から離れた。

 痛い、痛い、痛い、痛い、胸が痛い……。そのまま走り続けていたら込み上げていた涙が次々と風に吹き飛んでいった。


(八月に祝言……。妻って言った……)


 彼の視界に入りたくてうろついてみたり、町内会の仕事で彼の家族に気に入られようと励んでみたり、両親にそろそろ縁談と言われてももう少しと引き伸ばして彼が縁談を始めたという噂を耳にするのを待っていた。


 彼はいつ縁談を開始したの?


 そのような話を私は知らない。八月に彼のお嫁さんがやってきて……挨拶回りで私と挨拶をして……同年代だろうから同年代で仲良くしようとエイラに誘われてロイのお嫁さんと会うことになる。半年後くらいからは町内会仕事や行事で会うどころか彼女のお世話をすることになる。一年経てば町内会に仲間入りするからそれを区切りに幼馴染達で宴席だ。


 長く走り続けるのは無理なので少しずつゆっくりになりトボトボ歩き。


(どこかへ行きたい……)


 街中に出たら賑やかでしんどくて私はトト川を目指す事にした。木陰でのんびりぼんやり川を眺めたい。今後、私は張り裂けそうな胸の痛みを我慢して、誰にも知られないように笑って、ロイのお嫁さんと仲良くしないといけないようだから、いっそトト川に沈みたいかも……。


「母さん! 何も言わずに家を出たら心配するだろう?」

「えっ? どなたですか⁈ 触らないで下さい!」


 歩いていたら私の隣で同じ年頃の男性が一昨年亡くなった祖母くらいの女性の手首を掴んだ。


「だ、誰か。誰か助けて下さい!」


 女性に腕を掴まれて戸惑う。

 この失恋の痛みは激しいし、いきなり知らない女性に腕を強く掴まれておまけに彼女を襲おうとしたらしき男性と目があった恐怖で「私こそ誰か助けて下さい」と心の中で叫んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] メルさんのお話も面白かったです。 普通の女の子の初恋が終わっただけなのに、読み進めるうちにメルさんのことを応援したくなっている。 小さい頃のロイさんの頑張りも見られたし、改めてこのシリーズが…
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