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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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特別番外「ロイの知らない話」

 小等校への通学は集団登校で私の暮らす町内会は鎮守社に集合して見守りの保護者二人と共に学校まで歩いて行き、下校も同じで学校が終わると校庭にある木蓮の木の下に集合となっている。今日も今日とて楽しく幼馴染の友人達と下校だ。


「あっ」


 鼻緒が切れたのでよろめいたけど転びはしなかった。


「メルちゃん、鼻緒が」

「貸して下さい」


 町内会では一番親しい同い年のエイラがしゃがんで私の下駄に手を伸ばそうとしたところに別の白い手が伸びてきた。その手は両手で手拭いを持っている。


「メルちゃん。こちらに足を乗せておくとええです」


 この声はルーベル家のロイ君だな、と思いながら頭頂部しか見えないので短い髪を眺めつつ「ありがとう」とお礼を告げて下駄を脱いで手拭いの上に足を乗せた。


「ロイ君、なにをしているのですか?」


 ロイとよく一緒にいるテツが彼に声を掛けた。


「メルさんの鼻緒が切れました。もしもの時は自分で応急処置をしなさいと教わっているので多分直せます」


 最近にょきにょき背が伸びた私と異なり立ち上がったロイの背は私よりもわりと低くて、彼は下駄を持って俯いているからまたしても彼の頭の上を眺める感じになる。

 ロイは懐から小さめの手拭いを出して、小銭入れから末銅貨も出すと器用に下駄を手当てしてくれた。


「へえ、このように直すんですね」

「ええ」

「ロイ君、早く帰っていつもいるところの近くで駒投げをしましょう」

「はい。メルさん、どうぞ」


 ロイが私の足の前に下駄を差し出してくれたのでそっと足を入れる。彼は私の足袋が汚れないように為に置いてくれた手拭いを地面から拾って何も言わないで走り出した。


「鎮守社まで競走ですテツさん!」

「競走ってロイさんは遅いのに! 自分が勝ったら宿題を写させて下さい!」

「今日こそ勝ちます!」

「あの、ロイ君! ありがとう!」


 私よりも二つお兄さんのロイは細くて色白で小さくて町内会の行事でも登下校でも大人しいから目立たない。私はエイラと共に腕白な他の幼馴染達と話すことが多いから彼とはほとんど話したことがない。

 速度を落として振り返ったロイは無表情で足を止めて私の兄のように凛とはしていない、少しへにゃっとした会釈をした。


(あっ。笑った……)


 しかめっ面やすまし顔しか見た記憶がないのに微笑んだから驚いたのと急に胸の真ん中がドキドキ、ドキドキし始めて目の前がチカチカ光って紅葉がひらりと眼前を横切った。紅葉は星のような形をしているとも言うからそれで光ったように見えたのだろうか。


「へえ。能面ロイ君も笑うんだ。オーウェン君が何を考えてるか分からないってブツブツ言うけど優しいんだね」

「うん。そうだね」

「それにしても二つ年上のロイ君よりもメルちゃんの方が大きいとは。急に伸びたよね」

「うん。お兄さんにたけのこみたいって言われる」


 この後、私は家に帰宅してすぐにエイラの家に出掛けて一緒に宿題をしてから小等校生が集まって遊んでいる町内会の集会所の中庭へ行った。

 男の子達はわいわい駒投げをしていて、少し外れたところでロイとテツは割と静かに駒投げをしている。私達女の子組は羽付きを楽しんで、オーウェンの掛け声で集会所の中へ移動して皆で龍歌百取り。


(ロイ君とテツ君は本を読んでる)


 オーウェンとエイラの熱戦を応援しながら私はエイラが取った札を読んでお勉強。


(龍峰の淵より落つる……漢字が難しい……)


 この龍歌の意味はなんだっけ、と思いながら絵と文字を見つめ続ける。私は時折ロイを見てみて後頭部しか見えないな、と思った。

 

 秋から冬と季節は過ぎて年明けの餅つき大会にロイを見かけたけど家族やテツ達といるので話しかけられず。そして、新年から集団登校の仲間にロイの姿は居なくなった。彼は今年から国立中等校生なので、私の兄達と共に中等校生同士で登校するから私達よりも早く家を出る。

 冬から春になり、その春も終わりかけて暑くなってきた頃のこと。学校から帰宅後にそれぞれ宿題をしたら一緒にお裁縫の練習をしようと約束しているサリの家へ向かっていたらロイとばったり遭遇。町内会関係で見かけるけどいつと後頭部を眺めていたので正面から顔を眺めるのは久しぶりだ。

 彼は剣術道具袋と竹刀袋を持っていて、兄達のように手習を始めたのだなとぼんやり。夏が近づいてきているからか暑くてなんだかぼーっとしてしまう。


「こんにちはメルさん」

「こんにちはロイ君。あっ、もうロイさんですね」

「自分も今メルちゃんと言いそうになりました」

「手習を始めたんですね」

「はい」


 相変わらずロイは無表情で、これはすまし顔というか私に興味無さそうに見える。


「町内会内は危なくないかもしれませんが、最近抱きつき魔が多いとお知らせがありました。どこかに行くなら送ります」

「えっ。ありがとうございます。サリちゃんのところへ行くところでとても近いです」

「手習先では兵官育成や兵官相手に手習もしているからお知らせを沢山聞きます。かわゆい女の子はうんと気をつけた方がええです」

「かわゆいとはありがとうございます」

「あの、その。まあ、練習中です。照れて逆のことを言うのは良く無いので相手を褒める練習をしなさいと言われています」


 ザルシャ家ならこちらですね、とロイが歩き出したので隣に並んでほんの少し後ろをついていく。先程までは沢山話したのに今のロイは無言で何も喋らない。


(あれっ。私達、少し背が近づいた?)


 去年よりもさらに短くなって坊主手前くらいのロイの髪を眺めて、ほんの少し近寄ってみたらやはり私と彼の背は近づいていた。私達は無言で歩き続けて、ロイはザルシャ家の門の前で「では、失礼します」と私に向かって会釈。


(会釈が前と違う……)


 私の二人の兄のように凛と背を伸ばした会釈で中等校生になるとあっという間に大人びるのだな、と感じた。


「あの、ロイ君。中々会わないから遅くなったけど末銅貨を返します」

 

 町内会の行事だと皆と過ごしていてロイに話しかけて貸してくれた末銅貨を返す、ということがなんとなく出来なかった。なんだか胸がザワザワして近寄れなくて、話しかけると考えただけで落ち着かないからという理由だ。


「ああ。下駄の。末銅貨くらいええですよ」


 私はまた少しぼんやりしてしまった。なにせ彼が秋のあの日みたいに柔らかく微笑んだから。ニコッと笑う、ではなくて無表情に近いけどしっかり笑顔でとても優しげな笑い方。


「稽古に遅れるので失礼します」


 結局、末銅貨は返さず。ロイの体は小さいから背負っている剣術道具袋が走り去っていくみたい。


(あっ。転んだ……)


 彼はすぐに起きて走り出した。私はどうしてだかその姿が視界から消えるまで眺め続け、彼の姿が見えなくなってもまだそこで棒立ち。


 この日の夜、私は夕食中にロイがサリの家まで送ってくれたことや彼の手習先でお知らせがあって抱きつき魔が多いという話題を出した。

 

「一昨日、自分は稽古帰りに同じく稽古帰りのロイ君と会ったけど彼はベソベソ泣いていました」


 そうなんだ、と次男兄の言葉に続きはあるのだろうかと耳を傾ける。


「そんなに厳しいのかしら。テルルさんは勉強最優先で手習は中等校から、それも緩くてええと言うていたのにガイさんが厳しいところに入門させたそうなんですよ」

「ロイ君は弱虫もやしと言われたくないから父上に頼んだ、と言うていました。泣いていません。汗が凄いだけですって」

「あら、そうなの」

「ロイ君にどこに入門したのか尋ねたら自分でも知っているうんと厳しいところでした。同じ剣術道場でも雲泥の差です」

「そうらしいわね。テルルさんは気が気じゃないみたい」


 そうなんだ、と会話を聞きながら食事を終えたので「ごちそうさまでした」と告げて食器の乗ったお膳を持って台所へ向かった。我が家では私だけは自分が使った食器は自分で洗って片付けをする。

 我が家は公務員特権家系の卿家なので同じ家柄の家へ嫁いでお嫁さんになり家を守る仕事が出来るようになることが私の教育目標で家事はその一つ。何曜日はこの家事の練習と祖母や母親から習っている。


(家守りは難しいかぁ。私は琴の演奏者になりたいな)


 なので洗い物が終わってからは手習の琴の練習。うんと練習をして競演会で優勝して演奏者になりたい、と思うけど同じ琴門教室は上手な人ばかり。

 

 週末、兄達が通う剣術道場で練習試合と七夕祭りをするというので私は母親と共にお弁当を作って家族でお出掛けした。

 兄達が通う剣術道場はそれなりの家の庶民が通う手習剣術道場なので誰と仲良くなっても将来にそんなに不安が無いらしい。

 親しくなった女の子のお兄さんや弟に初恋をしても良いし、行事参加を重ねるごとに誰かを想っても良いですよと母は冗談ぽく笑った。

 半元服したばかりの私に初恋なんて単語はピンってこないけど、同い年のエイラは去年からオーウェンを慕っているかもと言い出したから早くないのかもしれない。

 試合で格好良いような怖かったワイワイ騒がしい男の子達と遊ぶ気にはなれなくて、年が近い女の子と鞠つきをして遊んで帰路となる。

 帰り道に土手を歩いていると兄達と同じような道着姿で荷物も剣術手習系の集団と遭遇。私は両親の間に移動させられた。

 

「あなた。後ろについていきますか? 追い越しますか?」

「疲れきった顔をしている子達ばかりだから先を行こうか。これは相当練習したんだな」


 兄達は学校の授業でもあるから、と家で素振りをしないし今日の練習試合でも負けても悔しくなさそうに笑っていたし、他の門下生達も似たり寄ったりだったけど、この子達は雰囲気が違う。

 通り過ぎる時に、あの足の動かし方がどうとか払いがどうのという会話が聞こえてきて余計にそう思った。

 私達が集団を追い抜かそうとした時に下を向いてぜいぜい言っている子が崩れるように地面に両膝をついて心配になる。


「大丈夫か?」


 私達が声を掛ける前に、膝をついた男の子の仲間らしき男の子が彼に声を掛けた。


「大丈夫です」

「いや、どう見ても無理そう。今日、先生鬼のようだったからな。ふざけた誰かのせいで」

「誰かのおかげで鍛錬出来た、の方です」


 膝をついたのは剣術道場袋に埋もれるような男の子で似たような細身で背も低い男の子が彼の目の前に移動。歩けなくなったような男の子の声をどこかで聞いたことのあるような声だと感じる。


「ふーん。ええ考え方だな」

「何事も良いように捉えると人生は楽しいという父上の教えです」


 ぜいぜい、息も絶え絶えみたいに彼は苦しそうなのに、声を掛けた男の子は元気そうに見える。


「ええお父さんだな。だから金持ちお坊ちゃんなのに根性あるんだな。みんな辞めていくぜ。とりあえず乗っとけ。俺は鍛えられて嬉しいから。そういう考えが大切ってことなんだろう?」

「……いえ、平気です」

「ほら。後は帰るだけだから。平家は臭いとか言うなよ」

「そんなこと言いません。歩けます」

「うーん。俺は強い兵官になりたいから鍛えたい。だから乗ってくれ。重過ぎるとおじいさんやおばあさんをおんぶしても歩けないから鍛えないと。これならええよな。ハル、俺の道具袋を持ってくれ。お前なら余裕だろう」

「えー。もうヘロヘロなのに。泣き虫お坊ちゃんなんて放っておけよ」

「お前だって先週俺の背に乗っただろう。しかも大丈夫って言わないで助けて。歩けない〜って言うて」

「うるさい! ったく。なんでお前はそんなに元気なんだ」

「俺はねび勝るのネビーだからだ! バカだけど名前のことだから覚えたけどねび勝るって言うのは立派になるって意味なんだ。番隊長になって大金持ちになって大豪邸暮らしになるって決まっているから強いんだよ」

「本当、生意気でムカつく奴だよな。そもそも俺の方が年上なんだから敬語を使って道具袋を持って下さい、だろう? 屯所では泣いてるくせに。しかも捕縛縄で絡まって転がったりしてさ。なんであんなことになるんだ」

「うるせぇ。不器用でバカだからだ。じゃなかった。えーっと、うるさいですよ? なんだ? デオン先生にまた怒られる。職場でも敬語って怒られまくり。世の中って難しい」


 自分の剣術道具袋を預けた男の子が、疲れ果てている男の子をおぶった。


(あっ。ロイ君だ)


 剣術道具袋を背負ったままおぶられたのはロイだった。うんと悔しそうな顔をして目は真っ赤で今にも涙が落下しそう。


「少しだけで平気です」

「なんだ泣くなよ。来週には辞めるのか? 違った。泣かないで下さい。来週には辞めますか?」

「お前なんて辞めろってことですか?」

「んなこと言ってねぇよ。喋らないしお坊ちゃん同士で一緒にいるから話さないけど俺らは一応兄弟だぜ。辞めたらつまらないだろう。出稽古まで来るお坊ちゃんは少なくてどんどん追い越せるから辞めない方が絶対にええ。強くなって掛かり稽古してくれ。今のお前は弱過ぎて俺の相手は無理だろう」

「そうですか……。敬語を忘れていますよ」

「内緒にして……。いや、怒られたら稽古で楽しいからええや。親父が才能よりも努力だって言うてる。才能ゼロなら諦めた方がええけどそれは置いておいて、努力が大事だから天才だって言われても井戸の中のトンボだからサボるなって。確かに俺より上手そうなのにサボって下手になる奴がいる」


 井の中のトンボってトンボだと空は飛んでいけるから、ことわざの意味にならないと思う。


「井の中の蛙」

「かわず? かわずってなんだ?」

「蛙のことです。井の中の蛙。大海を知らずって続きます」

「へぇ。たいかい? 試合に出れないってことか? いや、ことですか?」

「大きな海って字を書きます」

「井戸の中にいるから大きな海を知らないってことですか。そう書けばええのになんで略すんだろう。格好ええから? 格好つけなんて腹の足しにもならないのに」

「トンボだと井戸から出られて飛んでいけますよ」

「ああ。そうやって覚えたらええのか。さすがお坊ちゃん、賢いですね。俺はバカだから助かる。こういうのをお互い様って言うんだぜ。よっしゃあ! どうせなら走って道場に一番乗りだ! 歩けるようになったら一緒に走ろうぜ! あっ、ド根性お坊ちゃんの名前はなんだっけ?」

「ロイ・ルーベルです」

「よし、ロイさん走るぜ! お互い様だからまたことわざを教えてくれ! ハル、勝負だ!」


 ロイを背負った男の子は走り出した。見た目からは全然分からないのに力持ちだし足も速くてみるみる遠ざかっていく。


「あれがロイ君の通う剣術道場ですか。あの子達は平家に見えます。あれはテルルさんも心配するのも当然です」

「昨日、立ち乗り馬車の停留所で並びになったガイさんと少し話しをしたけど奥さんと喧嘩したと愚痴っていた。本当に兵官の息子や半見習いや半見習いを目指す子に混じって揉まれているのか。大人しい子だと思っていたけど根性息子だな」

「父上、自分も意外でした」

「自分は前に見かけて話しをしたら、強くなりたいと言うていたので、今の頑張り屋な感じはとても微笑ましかったです」

「井の中の蛙、大海を知らずか。ロイ君は井戸から出て知らない世界で学んでいるんだな。ああいう友人が出来るのも良いことだけど、逆に潰されたり除け者になることもあるから中々思い切れない。今度、ガイさんにどういう教育方針なのか聞いてみよう」


 それから春夏秋冬季節が巡っていく中で私はロイをたまに町内会の行事や掃除で見かけて眺めたり少し話しかけたり。

 気がついたら彼の背は私よりも高くなって、肩幅も広くなって、凛と伸ばした背は竹のようになった。彼が背負う、剣術道具袋はどんどん小さく見えるようになっている。

 昔は白かった肌は日焼けしてほんのり浅黒くなったしどう見ても弱そうではないので彼をもやし、みたいに言う人はもういなそう。

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