日常編「嫁とお茶会へ行く」
ガイさん目線です。
俺はお茶会というものはそんなに好んでいないけど妻の趣味で長年付き合ってきたし、今日の場所は町内会の共同茶室で客は招待制というので少しばかり顔を出すことにした。
昨年の今頃、我が家へ嫁いできたリルはよく分からない。大人しいし、口数も少ないし、人見知りのお喋り下手なのにどんどん友人知人を増やしている。手紙で尋ねたけど、彼女の両親曰く、結婚前は家族といることが多くて特別親しい幼馴染もいなかったそうだ。
それを裏付けるように、我が家へ遊びに来たいとか、嫁が招きたいというような幼馴染が現れたこともない。
今日は嫁の妹が一人来ていて、そのレイは姉にべったりくっついてお喋りし続けているので三人の妹が懐いていて姉妹で過ごしていたから特別な友人はいなかった、ということな気がする。
分からないのは俺の妻もで、昨晩は「リルさんの妹さんが来るのは良いけど恥ずかしい思いをしないかしら」とか「しっかり我が家の親戚に似合うくらいは躾ないと」と嫌そうな顔でぶつぶつ言っていたのに、今は楽しそうに笑って一緒にトランプをしている。しかも神経衰弱という遊びでレイと一緒の組になって嫁とクララ、リアとエリーの組み合わせと張り合っている。
午後、一席目の茶席に数名が去って、俺達はその後に来たので今部屋にいるのは控え室で受付やおもてなし係をしている我が家の嫁のリルとセヴァス家の美人若嫁のクララ、それからリルの妹と俺達夫婦、俺達と一緒に来たウィル、リア、エリーだ。
俺はウィルに頼んでいた調べ物の書類を流し見しながら考えことをしつつトランプ会を眺めていて、ウィルは婚約者の隣でニコニコ幸せそうだ。
「テルルさん、そこじゃなくてこっちだよ」
「そうでしたっけ?」
「元な戻す時にこういう向きにしたのはダイヤだよ」
「こういう向き、ですか? レイさんは柄で向きを変えているんですか?」
「うん。前にルルがそうしたから真似した」
「おやおや。それはええことを聞きました。このクララも次からその技を盗んでしまいます」
「あっ。あー! 裏技は話しちゃいけなかったんだった」
リルがレイに何か耳打ちしたら、レイが「話しちゃいけなかったです」と歯を見せて笑った。似たようなやり取りが何度かあったのでリルは「敬語を使いましょう」というような事を妹に伝えているのだろう。
ここにセヴァス家の旦那と奥さんが来たので挨拶をしていたら、今度はフォスター家の旦那と奥さんも来たので自然とトランプは終了。
今日、クリスタ・フォスターは我が家で夕食をとるし、明日はクララ夫婦を付き添い人にしてデートへ行くのでフォスター夫婦に娘を頼みますと言われた。
「ルーベルさん家は今日、大人数ですね。リルさん、今日は何を作るんですか?」
「カラド野菜鍋とじゃがいもとたらこのサラダです」
「えっ。カラド野菜鍋ってなんですかそれ」
「エンファという国から来た粉を使う料理です。旅をしている娘の友人が贈ってくれて、試しに作ってみたら美味しかったんです」
妻のその発言に驚く。そんな話は聞いていないので書類を読むのをやめて耳を傾けた。
「野菜や魚介類を煮込むだけなので簡単なんですよ。ねぇ、リルさん」
昨年の今の時期より少し前は、どこの馬の骨だとか花嫁修行で不合格になれと怒っていた妻が「ねぇ、リルさん」とニコニコ笑顔とは人生や縁とは不思議だ。
「玉ねぎは沢山炒めます。それは昨日のうちにして氷蔵に入れておきました。人手が多いから他の下準備はあっという間なので今日は楽だと思います」
「今度教わりたいです。お義母さん、食べてみたいですよね?」
「セヴァスさんがよろしければ今度我が家で昼食会をしませんか?」
「あら、良いのですか? 気がついたらルーベルさん家で昼食をいただいてばかりです」
「元々料理が楽しい性格で、手がイマイチ動かないから遠ざかっていましたけど今は娘の手伝いで参加出来るし、娘があれこれ新しい料理を探してきてくれて楽しくて。ご迷惑でなければ是非」
「クララさんとまた是非来て下さい」
妻とはそんなに親しくなかったはずのセヴァス家の奥さんを招く昼食会を何度もしているようだ。これも知らない話である。それで、妻がサラッと「娘」と口にしたので、やはり昨年とは正反対で妻はすっかり嫁好きだなと改めて感じた。
「姉ちゃん、カラドって何? エンファって何? 美味しいの?」
「姉ちゃんは美味しかったよ。姉ちゃんが好きなものでレイが嫌いなのはナスだけだからきっとレイも好きだと思う」
「こほん」
妻が軽く咳払いをするとリルがしまった、という顔をした。
「リルさんって妹さんに姉ちゃんと呼ばれているんですね」
セヴァス家の奥さんの発言に妻の表情が少し暗くなる。
「はい。家族以外にはなるべく姉とかお姉さんと言うように伝えていますけどまだまだです」
「私も昔、兄の事を名前で呼んでいたので女学校へ入ってもしばらく直らなくて。格上の家のお嬢様もいるから一生懸命真似をしたものです」
セヴァス家の奥さんの親しみのこもった発言で、妻の顔色が戻った。
「私もクララさん達の真似をしています。レイ、今日は見本が沢山いるから勉強になるよ。良かったね」
「うん。だからレイはずっとテルルさんや姉ちゃんの友達の真似をしているの。ルカ姉ちゃんが、お母さんの言うことは守るべきだけどお母さんの真似をしたらおばばにしかならないって。お母さんって口先おばばじゃん?」
「おばばもやめなさい。誰も使いません」
「オババ封印! 私は外面を覚える練習中です! 頑張ります!」
外面だけなのかと突っ込みたくなったけど妻が「それなら手の動かし方を勉強しますか?」と軽く躾に動いたので傍観。
リルは大人しいけどレイはわりと元気で声も大きいし何よりよく喋る。
前よりもリルは喋るなと眺めていたら、この後はリル以外が話しをして、彼女は微笑んでいるか相槌だけ。食事中は全く話さなくなるし、人はそんはにすぐには変わらないものだ。
ブラウン家とバトラー家が来訪してまた挨拶会になった時に二席目の茶席はそろそろ、と係に呼ばれたので別の控え室へ移動。リルはクララに受付を任せてレイと手を繋いで一緒に来た。
「あら。リルさん達は午前中にもう参加したんじゃなかったの?」
「レイはお昼頃に来たので参加済みは私だけです」
「そうだったんですか」
「はい」
「お姉さん、お姉さん。お母さんにお茶席に参加したら皇女様の付き人に近づくって聞いたけど本当? お茶席ってお茶を飲むってことでしょう? レイはたまに家でお茶を飲むけどそれとは違うって聞いたの。でもお母さんはどう違うか教えてくれなかった」
「お母さん、知らないのかも」
「そうなの? お母さんでも知らないことがあるの? あるか。ルルに知らなかったからありがとうって言うもん。ルルは寺子屋の先生に沢山質問するんだよ」
「お母さんは何を知らなかったの?」
「色々だよ。この間はなんで月に兎がいて餅つきをしているのかってルルがお母さんに聞いたけど知らないって言うた。誰も知らないからルルが今日、多分寺子屋の先生に聞いてる」
俺達の世界だと小等校で関連文学に触れるものだけど、教養不足だから当然なのでこうもなる。
「ススキ野原の月兎という話があるんだよ」
「お姉さんは知っているの? どういう話?」
「家に教科書があるから一緒に読もうか。レイはもう文字を読む勉強をしているでしょう?」
「うん。教えてって言うとルカ姉ちゃんも一緒に読もうって言うてくれる。兄ちゃん達も同じ。お父さんはお仕事が忙しいからレイが隣で読んであげるの。教えてって言うから。お父さんは忘れっぽいからルルが教えたのに忘れて、レイにも教えてって言うんだよ」
「そうなんだ」
子どもがいるとやはり和む。育たなかった娘がこのようにお喋りをするのを聞きたかったなとか、娘がリルのように大きくなって息子と仲良くしていたらと少し感傷に浸る。六人の子どもが全員健康で全員真っ直ぐ育っているようだから、俺から見るとレオとエルはすこぶる羨ましい夫婦である。
「あのね。ガイさん」
「ん? なんだい?」
レイと会うのは親戚会と今日で二回目だけど、挨拶以外で話しかけられたのはこれが初だ。
「レイも鮭を釣りに行きたいです!」
「おおー。そうなのか」
「お父さんにリル姉ちゃんと釣りに行きたいなら勉強しなさいって言われました。それで鮭はガイさんが連れて行ってくれるから、どうええ子になったら鮭に会えるのか教わりなさいって」
「ご両親にそう言われたのか」
「うん、じゃなかった。はい。去年、リル姉ちゃんがいくらをくれてすこぶる美味しかったからまた食べたいって言うたらお母さんがリル姉ちゃんに頼んでくれて、リル姉ちゃんに川に釣りに行くって教わったの。ガイさんはえいやぁ! って凄いって! 兄ちゃんみたいってことでしょう?」
肩書きだけだけど息子が増えたぞと、ネビーを釣りに誘ったら荷物持ちはするけど稽古や勉強時間が惜しいから釣れるのを待つのはあまりと気のない返事をされてしまった。
若者はジンが増えたけど、そのジンが行くから我が家の食材が確保出来るからジンに任せるとネビーに言われて少し寂しい。
彼には出世したいからとか、家族を支援して欲しいから俺に媚を売るとかそういう感じが全然ない。代わりに、お世話になるからこれをしますとか何かしますか? みたいな事はよく尋ねられる。息子が二人になったのに釣り仲間にならないのかと若干気落ちしていたら、レイという予想外の仲間候補が現れた。
「まあ、去年はそう釣り上げたぞ」
「ガミガミおばばにレイとルルが揃うとうるさいからどっちかだけって言われて、ルルはリル姉ちゃんには会いたいけど本を読むのが楽しいから釣りに行くなら寺子屋に行きたいって。あとルルはお裁縫の特訓中。怒られまくりなの」
「レイ、敬語。おばばもやめなさい」
「うん、じゃなかった。はい」
上三人を集中して鍛えて、下三人は上が社会に出て安定して自分達に余裕が出来たら上の三人にも助けてもらいながら教育と考えてそうしてきた事はレオ夫婦から聞いたのでめくじらを立てるつもりはない。
親戚会でそれなりに行儀が良いのはしっかり見たし、リルの所作をちょこちょこ真似をしているのも好印象。レオ夫婦は忙しくても、上三人を優先しても、下の子ども達を完全放置はしていなかったと伝わってくる。
「レイさんは釣りよりもいくら作りが気になるとエルさんに聞いています。そうなんですか?」
「はい! あのね、テルルさん。リルお姉さんが持ってきてくれたいくらは三つあって、全部味が違って美味しかったです。レイは家の昆布出汁よりもあの時の昆布出汁が好きでかめ屋さんのはもっと好き。なのにルルは全部同じって言うんですよ。全然違うのに」
リルは舌が良いけど、妹のレイもその可能性。こうなると妻が考えることは一つである。
「そうしたら今度、昆布の味比べをしましょうか」
やっぱり。
「味比べって何をするの?」
「またお姉さんに敬語と言われてしまいますよ。何をするのですか? ではなくて?」
「何をするのですか?」
「またかめ屋さんへ行って、ちょっと私やお姉さんと遊びましょう」
「またあのお店に行けるの? じゃなくて、行けるんですか? しかもまたリル姉ちゃんと遊べるの?」
「敬語と言葉遣いをもう少し覚えて欲しいので、そういう場所へ行きましょう。なんでも練習です。素直に学ぶ子はあちこち連れて行ってもらえますし、お姉さんとも遊べます。お茶室でも私やリルさんの真似をしたり教わったことを頑張ってみましょうね」
「はい!」
正直、妻がこんなにレイに優しくするとは思っていなかった。茶室の隣室へ、前の茶席の参加者が出てきたので軽い挨拶会。
ハ組幹部の一人、ラオが来ると聞いていたけどようやく会えて少し気分が上がる。大昔に火消し関係の業務を外されたので火消しとは一般区民として接することしかない人物達だ。俺としてはこれだけでもネビーを養子にした甲斐がある。なにせ俺は役人火消しになり彼らの仲間になりたかった。
そうして妻を正客にして、レイ、リル、俺、ウィル、リア、エリーの順で茶室へ入って席入り。妻はこうですよ、こうして下さいとレイに説明しながらだ。後で疲れたとか、距離が縮んだら厳しく言うとかぶつぶつ俺に文句を口にするかもしれない。
レイは最初は退屈そうにしていたけれど、お菓子が出されて「食べ方があるのでそれまで待ちましょう」と妻に言われてから、お菓子を熱心に見つめ続けている。
彼女にだけうさぎの形の練り切りが用意されていた。出される時に「先日はお誕生日おめでとうございます」と言われていたので理由はそれ。嫁が根回ししたのか、亭主が気を回してくれたのか分からないけどレイはとても嬉しそう。
薄茶席なので短時間で終わって、久しぶりに茶席に参加したけどありきたりの趣向でないのは久しぶりだなと満足。
前なら妻が取り合わせに関する感想をあれこれ言うのを楽しんだけど、色々分からないレイに対して子どもが興味を持つように説明するにこやかな妻を堪能。
(ええなこれ。ロイが小さかった頃みたいで。また子育てみたいだ)
知っていることもあったようだけど、まだまだ色々知らないリルも一緒になってふむふむ、と妻の話しに耳を傾けているので更に和む。
あちこちで散々、娘自慢をされてきたけど孫娘を持つ前に俺もそれが出来るかも。既にリルを使ってそれをしている自覚があるので増えるなと感じた。
この日の夜、妻は予想通り「あの年なのに礼儀作法がなっていない」とレイについてブツブツ言ったけど、町内会の他の家に散々我が家の嫁はハイカラ的な話しをしたり、嫁の友人には華族のお嬢様がいるとか、嫁にはこんなに友人がいるとか、嫁は妹に慕われていて親の補助でしっかり子育てに参加してきたから孫が産まれても安心そうだとか実に楽しそうに、明るく話しまくっていたので愚痴は右から左へ聞き流した。
レイはどうやら細かい事が好きで料理も好んでいるようなので、リルの兄妹の中では妻と一番親しくなるかもしれない。そんな風に思いながら眠りについた。
実際の仲良し度はルル>レイになりましたが未来編のテルルはレイとも結構、仲良しです。




