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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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日常編「リル、お茶会へ行く2」

 町内会の決まり事で犬猫の飼育は禁止なのだが、事前に申請して回覧板で連絡した場合、一日預かる事は良いことになっている。そういう訳で土曜の夕方に我が家にかわゆいハチがやってきた。正確にはウィルとリアとハチが来訪して三人とも我が家にお泊まりである。

 明日、六防で大寄せが行われることになっているので私とロイはクララとアルト夫婦、ウィルとリアの六人で遊びに行く。火消しに会えるし大寄せデートになるぞとヨハネとクリスタ、ベイリーとエリー、ウィルとリアを誘った結果、ヨハネとクリスタは既にお出掛け予定が決まっていて、ベイリーは試験勉強に集中しているので辞退。エリーは来る予定だったけど彼女は一昨日から軽い夏風邪を引いているそうで、うつすと悪いからと連絡が入った。

 

 今夜、私は夫婦の寝室でリアと共に寝るのだけど、彼女と色々話したいし明日は人生初の大寄せなので楽しみでちっとも眠くならない。ハチを連れて行っても良いそうなので人生初の犬の散歩もあるから余計に興奮中。


「私は明日が楽しみで眠気が来ません。眠くなったら先に寝て下さい」

「私もあまり……」


 七夕月はもう暑いので窓をそこそこ開けて蚊帳(かや)を釣ってある。蚊取り線香を使用しているのに、プーンと蚊の鳴き声がするから少々嫌な気分だけど蚊帳(かや)があるので刺されないのは安心だ。


「大寄せも犬の散歩も初めてなので楽しみです」

「リルさん。この家で使用人を募集していないですよね?」

「えっ」


 闇夜に消えてしまいそうなリアの声に私は固まった。


「すみません、不躾(ぶしつけ)に。卿家は人をなるべく雇わないのですよね。人手が欲しい時は同じ卿家の未婚のお嬢さんや信用しているご親戚を雇うと教わりました」

「そうですけど……。ウィルさんの家を出て行きたいんですか?」

「いえ。出て行かないといけない雰囲気でして。少し接点のある家なら、彼といきなり縁が切れることはないのかなぁって」

「なぜですか?」


 母親はもう何年も前に病死していて、父親と祖母と三人暮らしだったけど同じ日に父親と祖母を亡くしたと聞いている。維持するのが大変なので家を売ってしまって、そのタイミングでウィルとの縁談話が出たので同居結納したという。なので、彼女がウィルの家を出て行くということは住む家探しからになるはず。


「一生懸命励んでいるつもりなのに、いつもこう、欲しいものは手から溢れていきます。ウィルさんと日に日に疎遠になってしまいました」


 そんな話はロイから聞いていなくて、むしろウィルに最近の流行り物や話はないかと聞かれたというから、思いつく限りのことを教えていたのに疎遠になったとはどういうことだろう。


「追い出すなんて気が引けるでしょうから自分から出て……」


 規則的な呼吸音が聞こえてきたのでリアは眠ったのだろうと思って、考えても分からないから寝ることにした。眠くないと感じていたのに目を閉じるとあっという間に睡魔に襲われて、ハッと起きたら隣にリアの姿は無かった。布団も私が貸した浴衣も綺麗に畳んである。

 どこへ行ったのだろうと彼女を探しながら、雨戸を開けるなど、いつもの朝の仕事をしていたら庭でハチを撫でていた。リアは憂い顏で、自分の足の上に頭を乗せるハチに優しい手つきで触れている。


「おはようございます。早く目が覚めてしまいました。何をお手伝いしましょうか」

「朝食作りを一緒にお願いします」

「はい」


 色々貸すので肌着くらいだけ持って来て下さいと伝えてあったけど、彼女は割烹着と頭巾用を持ってきていた。見てみたいと言うので氷蔵へ一緒に行ったり、リアとウィルが来るから今日は西風朝食にするので何をどうするのか説明。


「ふわふわトーストなんて始めて聞きました。楽しみです」

「我が家風です」


 昨日ミーティアで買ってきたパンを食べる太さに切って、半分にして間にチーズを少し挟む。庶民——といっても実家とは違う——がわりと安価に牛乳やチーズを買えるのは牛を沢山飼う国が属国になったかららしい。

 氷蔵から出してきたたまごの殻を割って平桶の中に入れて、昨日のお味噌汁用に作った出汁の残り、塩コショウを加える。リアに刻んでもらった大葉とちりめんじゃこも投入。


「ここにパンを入れて両面浸します」

「パンを浸しておくのですね」

「はい。後でバターを使って焼きます」


 セレヌにパン料理は主食と聞いているけど、義父が美味しいけどパンだけだと食べた気がしないしバター味が沢山は嫌だと言うので、ルーベル家流ふわふわトーストはおかずの扱い。

 お客様がいるので朝から豪華にアジの干物とご飯とたくあんとお味噌汁。今日のお味噌汁は昨日買っておいた豆腐とあおさに彩り麩だ。

 今日、私とロイは外に出掛けるけど義父母は家にいるので二人の昼食の準備もする。義母が暑いからつるつる食べられるそうめんと言っていて、義父は茹でるくらいは出来るそうなので、添え物を用意して氷蔵に置いておくのが私の仕事。


「献立は前の晩に考えておくのですか?」

「特別料理以外は、安いものを買った後にこれかなぁと決めています。それで前の日の掃除中に決めています」

「三人暮らしの時、祖母は食べれるものが限られていて、父は何も言わないので献立が雑でした。半分程は通いの使用人に任せていたのもあって。なので献立が一番気を遣います。私はそんなに料理の種類を知らなかったのだと実感中です」

「字の練習の為に献立日記をつけています。後で見ますか?」

「ありがとうございます」


 昨夜はウィルの家を出て行かないと、みたいに言っていたけどお試しお嫁さん仕事である同居結納を継続する気もあるみたい。

 そうめん用の具はすった山芋、生姜、刻んだ紫蘇、小ネギ、切ったオクラ。義父はねばねば、とろとろしたものが好きなので食べたくなったら納豆を棒手売りから買うだろう。

 山芋は皮を剥かないで手拭いを使ってするけどたまに失敗して痒くなる。義父が好んでいるから、私はきっと山芋をすりまくる人生を過ごすと思う。

 こうして朝食になって、義母と昼食や義母の友人としか食べていなかったルーベル家流ふわふわトーストを皆に褒められて大満足。休みだからとロイが洗濯を手伝ってくれるし、リアとウィルが洗い物をしてくれることになったので楽ちん。


「旦那様、ウィルさんとリアさんは婚約破棄ですか?」

「えっ、突然なんですか⁈」

「怪しいと聞きました」

「やはりそうなんですか⁈ ウィルさんがリアさんにはお慕いしている方がいるというか、出来たというか、悩んでいるんですけど」

「そんな話は知りません」

「えっ?」

「逆のようなことを言うていました」


 踏み洗いを続けながらロイが洗濯物を絞るのを眺める。


「えー……。何か誤解があるようですね」

「どうしましょう」

「下手につついて拗れるのも……」

「はい」


 お茶会へ行く際にそれとなく、慎重に二人の間に入ろうと軽く打ち合わせ。

 洗濯後に着替えて支度をして、リアに頼んで彼女風の化粧をしてもらって、帯結びも任せたら鏡台の中の私は庶民の奥さんよりも上品に見える気がしたので、くるくる回って前も後ろも確認して自然と笑顔。


「私なのになんだか違う人みたいです」

「お姉様や妹を飾るのが楽しみでしたので、そう言われると嬉しいです」

「えっ。リアさんって姉妹さんがいるんですか?」

「ええ。二人とも家出して、父と祖母のお葬式の日に会って大喧嘩。軽く探せばどこに居るか分かるけど連絡は無いので探す気がないのでしょう」


 リアは遠い目をしてとても寂しそうに微笑んだ。ロイと同じく無表情に近くて、笑うのは苦手と教わっているからこれが笑顔だ分かる。


「なぜ喧嘩したのですか?」

「きっと、私が上手く立ち回れないからです」


 ロイとウィルを待たせてしまうので行きましょうか、と言われて二人で居間へ行き、義父母に挨拶をして家を出た。ハチを繋ぐ紐を持たせてもらって四人で歩き出す。クララとアルトは早めに出掛けて行きたいところがあるというので会場で待ち合わせの予定だ。

 ごくごく自然に私とリアがハチを挟んで前を歩いて、後ろにロイとウィルという並びになった。日傘をさして、反対の手ではハチの散歩で、春に知り合った新しい友人候補ととりとめのない雑談をするのはすこぶる楽しいけど、ウィルとリアの仲がイマイチらしいのでソワソワしてしまう。


「女学校時代に火消しさんや兵官さんが学校へ来て防犯の事などをご指導して下さる授業がありました。幸い街中で具合が悪くなったりした事も危ない目にも遭わずに来たので、火消しさんと近くで会うのはそれ以来です」

「楽しみですか?」


 リアはロイの仲間で人見知りや緊張で顔の筋肉が死ぬようなので表情で判断しないで尋ねるのが一番。筋肉とは肌の下にあるもので体を動かす肉の事だと、家庭の看護医学という女学校の教科書にサラッと書いてあった。私はそれをどのように知ったのかということこそ知りたかったのに、それを誰かに質問することを今の今まで忘れていた。


「ええ。握手していただこうと思って、洗ってシワをしっかり伸ばした手拭いを持ってきました」

「握手に手拭いがいるんですか?」

「えっ? ええ。触れる訳にはいきませんので手を重ねていただく際に使いますよね?」


 そうなの? これは華族のちび皇女様文化なのか、彼女が通った女学校の文化なのか気になるところ。


「私はそうしたことがないです」

「えっ。こひの人でもない殿方と触れ合うなんてはしたなくて出来ません。あっ。それすらはしたないですか?」

「いえ。自分は慎ましいと思っていましたが、本物さんはもっと奥ゆかしくて驚きです」

「本物さんですか? 本当の……奥ゆかしい女性ということでしょうか」

「はい。さすがちび皇女様です」

「ああ。こういうところが高飛車みたいに思われるのですね。そう育てられたのでこのようなのですが、そのような気持ちはありません。没落華族ですので庶民風になるようにもっと研究します。いえ、そもそもカツカツの下流華族は庶民です。手拭いは使わないようにします」


 卿家に嫁いでから同じ国なのに文化や風習が違くて衝撃を受けることが沢山あるけど、またしても衝撃的。


「あの、リアさん。高飛車みたいって何かありました?」とウィルが声を掛けた。


「人付き合いが下手ですみません」


 リアは少しだけ振り返って軽い会釈をすると前を向いてハチの背中を撫でた。


「あの、誰とですか?」

「いえ。単なる噂話です。火のないところに煙は立ちませんね」

「そんなことないはずです」

「知らない土地でのご近所付き合いって難しいですね」


 リアは少し顔をしかめたので、違うと知っているのにもう同居結納は嫌だみたいな顔に見えるから動揺。

 空は快晴なのに、日差しはわりと強くて気温は高めなのに私の体は少し冷えた感覚がする。行き交う人々は仕事やお出掛けなどで賑やかで大通りは騒がしい雰囲気なのに、私達の周りだけシン……と静かになった。


「自分も人付き合いが苦手です。愛想笑いや上手い言葉が出てこなかったりしますし、人見知りなので自分から話しかけるのもわりと苦手で、たまに苦労しています。自分は見た目や雰囲気が話しかけ辛いそうです」


 ロイは頼りになるけど、表情筋はあまり働いていない。


「当たり前のように出来る方もいるのに、苦手な者には難しいですよね」

「私も下手です。上手く喋れないから聞いている方が楽しいって聞き役になっていたら、ぬぼーっとして何を考えているのか分からなくて不気味だったそうです」

「リルさんがですか?」

「はい。喋る練習をしています」


 さわさわ、さわさわ、ハチの背中を撫で続けるリアは柔らかく微笑んで「私も励みます」と口にした。チラッと見たらウィルは耳を赤くしてそっぽを向いて、腕を組んで、更には目を閉じた。


「リアさん」

「はい」

「ほこ、埃です」


 らぶゆ顔のウィルに気がつけ、と私はリアの視線が彼の方へ向くようにしたけど多分失敗。


「相手の勝手な思い込みに傷つく必要はないと思います」


 ウィルはとても良いことを口にしたのにハチがリアに向かって、遊んで欲しいというように吠えたから聞こえなかったようで彼女は「思います? 何をですか?」とウィルに問いかけた。こういう事をタイミングが悪いと言う。


「あ——……」

「あっ!」

「ハチさん。お待ちになって」


 気が散っていたせいで、ハチを繋ぐ紐が私の手からすり抜けてしまって、私が叫んだことでウィルの台詞を邪魔してしまって、リアが走り出したから彼女とウィルは遠ざかった。


「ハチさん、お待ちになって」


 長屋育ちだけどガミガミ母だったので、今のご近所さんに小さな商家のお嬢さんくらいには間違えてもらえるけど、本物お嬢様であるリアの走り方も台詞も言い方も非常に上品。三人とも走ってリアとハチを追いかけたらハチが兵官に持ち上げられた。


「あっ」


 ハチを持ち上げて「何だお前。かわゆいな。人にぶつかると転ばすからはしゃいで走るな」と告げたのは制服姿の兄だった。

 六防は六番隊屯所近くでもあるので遭遇してもおかしくないけど、こんなことあるんだ。ネビーは持ち上げたハチに顔を舐め回されて愉快そうに笑っている。


「あれ、ネビーさんですね」

「はい」

「へぇ、あの方がリルさんのお兄さんですか。お顔立ちが良く似ていますね」


 私がネビーを発見してなんとなく足を止めたらロイとウィルも同じく停止。結果としてネビーの前にリアだけが立つ形になった。


「兵官さん。ありがとうございます。すみません、つい紐の手を離してしまいました」

「……」


 リアは後ろ姿なので彼女の仕草や表情は見えないけど、ネビーはこちらを向いているからよく見える。彼は珍しくしおらしい態度で「いえ。ではまず紐をどうぞ」と私が見ないような凛とした態度と品の良い動きでハチの紐を差し出した。


「お手数おかけいたしました。ありがとうございます」

「飼い犬君を下ろしますね」


 ちょいちょい、とロイに腕をつつかれたので見上げたら「ネビーさん、あれ、かなり猫被りですね」と耳打ちされた。私は小さく頷いて心の中で、勤務中の兄はあのような振る舞いをするのだなと呟く。


「あはは。また舐めるのか。仕事中だから離せって」


 ハチを下ろしたネビーはハチにかなり襲われて、前足を体につけられて、顔を舐め回され続けている。


「ハチさん。好ましい方なのは分かりましたけど、お仕事の邪魔をしてはいけません。おいで」


 しゃがんだリアがハチを抱きしめてネビーから離した。


「あら、ふふっ。ハチさんは急に甘えん坊ですね」

「かわゆくて優しい上品な飼い主でお前は果報者だな」


 ハチがリアの頬に顔を寄せて少し舐めて、次はネビーにまた顔を伸ばして彼の頬を舐めた。


「人見知り犬なのに珍しいです。リルさんと似た匂いがするんでしょうか」とウィルに告げられた。


「兄妹ですからそうかもしれません」とロイに言われてゾワっとする。


「足臭と一緒は嫌です!」

「えっ? お兄さんは足臭なんですか?」


 ウィルに不思議そうな顔をされたので、しまった! と慌てて唇を結ぶ。セレヌが兄は皮膚の病気ではないし特に酷い臭いもしないと言っていたけど、やたら汗をかいた父とネビーの洗濯物は私としては多少臭うからつい。

 元々は私が納豆を兄の足に落として「兄ちゃんは臭いの」みたいに言っていたのが皆の悪口になり本人もふざけで使うからとか、最近はルルがきゅうりを落として、ルルもネビーもきゅうり臭いとかきゅうり怪獣とふざけるからなんだけど、悪口は嫌いだと思うのに自分もこのように言ってしまうから気をつけたいのに口滑り。


「では、お嬢さん。まだまだ暗くなりませんが気をつけて下さい。かわゆい若いお嬢さんは気にし過ぎくらいで丁度よかです。必ず道の真ん中を歩くようにして、人が全然いないところは歩かないようにして下さい。ぷにぷに犬、しっかり番犬になれよ」


 ぷにぷに犬って何。ネビーは立ち上がってリアに微笑みかけて、ハチの頭を撫でてから歩き出して、私達に近づいたからこちらに気がついた。


「おー、リル。なんか自分の妹なのに別嬪(べっぴん)って言いたくなる雰囲気だな。前髪詐欺効果だけじゃなくて化粧か? 別に濃くないのになんか違う。服もなんかこう、違って見える。こんにちはロイさん」

「お兄さん、お疲れ様。ぷにぷに犬って何?」


 よそ様がいる時は気をつけて兄ちゃんではなくてお兄さん呼びを意識。


「ん? 聞いていたのか? 腹がやたらぷにぷにしていたし肉球もぷにぷにしてた。貧乏であの長屋じゃなければ犬が欲しい。犬だけでもかわゆいのにお嬢さんもいて眼福が三倍だったからつい少し仕事をサボっちまった。あはは」


 幼馴染の女性達といる時は見だ事がないデレデレニヤニヤ顔で、耳が少し赤いからちょっと引く。


「うん。犬はかわゆい」

「かわゆい犬がかわゆいお嬢さんを連れてきた。真面目に働いている俺にご褒美だな。お待ちになってなんて初めて聞いた。俺が言われたのかと思ってドキってしたけど願望だった。十年したらああいう上品なお嬢さんが家にいて、ネビーさんお疲れ様でしたってなるなんてすこぶる幸せ。俺は何もかも張り切る」

「ネビーさん、お疲れ様でした」

「ふざけるな。リル、お前に言われても一寸も萌えねぇよ! 余韻が消えるだろう。お前は兄ちゃんお帰りでよかだって。空からお嬢さんが降ってきて十年待ってくれないかなぁ。品良しではあったけど、ババアしか降ってきた事がない」


 仕事を頑張れるように、リア風に言ったつもりがダメ出しされて解せない。中年女性が空から降ってきたって何? と気になって質問する前にロイが口を挟んだ。


「ネビーさん、お疲れ様です。お一人で見回りですか?」

「はい。これから乗馬訓練なんで向かいながら見回りです。うわっ、鐘の音。さっきは猫が襲ってきて、しょうもない喧嘩もあって、今度はリルに和んで油を売るところでした。こんにちは。兄と妹がお世話になっています」

「いえ……。こちらこそお世話になっています」


 ウィルはなぜかぎこちない笑みを浮かべた。


「急がないと。では失礼します。リル、前と違ってそこそこ美人に見えるから、ぼんやりしないようにして、ロイさんとはぐれるなよ」


 足早に歩き出したネビーは振り返って私に手を振ったので手を振り返す。遠ざかっていくけど空が晴れてて気分良し〜と歌いだしたのは聞こえてきて、仕事中なのに良いのかなと困惑。


「今日のハ……」

「こら、ハチ! 街中を走り回るな! 迷惑だろう!」


 ウィルがハチに向かって少し低い声を出して怖めの顔を向けた。優しげな彼のこういう変化は普段怖い人が怖くなるよりびっくりしてしまう。瞬間、リアは顔色を悪くして身を竦めて俯いた。


「あっ、あの。リアさんではなくてハチのことです」

「すみません。私が早く止められなくて、兵官さんのお仕事の邪魔をしてしまいました。リルさんのお兄さんだなんて偶然ですね。行きましょう、ハチさん。楽しくてもここは人が多いので走ってはいけませんよ」


 リアは少し涙目のように見えて、先に歩き出して、ウィルは気まずそうな顔で固まっている。


「あの、ウィルさん」とロイは彼の肩に手を置いた。

「……」


 ウィルはなんとも言えない複雑な表情で髪の毛をぐしゃぐしゃにした。


()が悪いと言いますか、なんというか。謝って後はこう、何か喋るとよかかと。ネビーさんの半分くらい褒めるとか」

「だ、だから、ほめ、褒めるのはどんどん難しいんです。そこもダメって分かっていますけど」


 トンッとロイに背中を押されたウィルは早歩きでリアに追いついた。二人が並んだので、少し距離を保ってその後ろに続く。


「リルさん」

「はい」

「リアさんはウィルさんが嫌とか、今の新しい生活が嫌ではないんですよね?」

「多分。そういう感じでした」

「そうは見えません」

「はい。そう思いました」

「その辺りを探れますか?」

「そういうことは下手です。頑張ります」

「自分もですが頑張ります。お互い誤解ならもったいないというか、切ないというか」

「はい」


 その時、がさつな歩き方の中年男性がリア側にいてどんどん近寄ってくるのでウィルが彼女の肩に手を触れて少し引き寄せた。次の瞬間、リアは「いやっ」と小さな悲鳴をあげて、逆にウィルから遠ざかり、懸念した中年男性に軽く接触。


「すみません」

「おっ、おお。おー! 上品なお嬢さんがぶつかってくるなんて得をした。難癖をつける男もいるから気をつけて下さい!」

「不注意だったのはこちらなのに、そのようにありがとうございます」


 私はロイと顔を見合わせて、お互い特に何も言わなかったけど、慌ててウィルとリアへ近寄って最初の並びになった。それとなく確認したらロイとウィルは速度を落として少し離れた距離を保っている。リアは思いっきり顔をしかめて俯いていて、とても不機嫌という様子だ。


「あの、リアさん」

「なぜこう、ダメなところばかり見せてしまうのでしょう」

「ウィルさんは嫌ですか?」

「いえ。なぜですか?」

「ウィルさんと話すのが苦手そうに見えたので」

「そうですね。和気あいあいとした話や面白い事を言えなくて、つまらないと思われてそうで怖いです」

「……それを私がウィルさんに言うのはええですか?」


 そっと腕に手を添えられて、首を横に振られて「もう少し、ぎりぎりまで離れたくないです。終わらせないで下さい」と小さな小さな声を出されて困惑。口滑りや誤解を招くことを言ってしまったら変なことになりそうで私は途方に暮れた。

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