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お見合い結婚しました【本編完結済】  作者: あやぺん
日常編

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特別番外「雪花乙女物語1」

 縁側でぼんやりと庭を眺めながら蕭蕭(しょうしょう)たる雪に手を伸ばした。桃の節句前日なのに雪が降るなんて驚きである。掌の上に白い花が咲いたと思ったらすぐに儚く消えていった。

 私の魔除け漢字は儷逢(りあ)で、つれあいに出逢う人生でありますようにという意味に、麗しいという意味を掛けてくれた名前だけど、誰かと出会っても掌の上で溶けた雪のように一瞬のものであったし、麗しさもあまり。


「リアお嬢様。お風邪を引かれますよ」

「構いません」


 使用人イナが私の肩に褞袍(どてら)を掛けてくれた。


「このように泡雪になれたら良いのに」

「お嬢様。差し出がましいことを申しますがお嬢様も早くこの家を出るべきです」

「ふふっ。結納破棄された私にそれを言いますか?」

「それはあちらが不義理なのです。他に想い人が出来たので婚約破棄します。交際前ならともかく交際後になんて不義理極まりないです」

「違約金で儲けられましたね」


 これで二回目。そのうち一回は父の詐欺な気がしている。なにせ相手にはお見合い前から想い人がいたらしい。父はしがない下流華族で役所勤め。貸している土地からの収入は多くはない。

 華族の看板を捨てれば、華族だからとのしかかる重税と寄付の義務が消えるけど、もう二度と華族には戻れず数々の特権を失う。

 学校優先入学枠、職業制限無し、皇居外苑までの関所を無申請通過などなど色々あるけれど、今の生活でそれが必要とは思えない。

 先祖代々の土地もお屋敷も残るから、華族から落ちてしまえば良いと思うのに、父はしがみついている。

 この煌国(こうこく)では皇族血筋から遠ざかると華族になり、やがて重税や重納税でやんわり皇族関係者から追い出される。それがこの国なのに父は名誉欲に囚われている。

 父は息子が欲しかったと公言して(はばか)らない。全財産注ぎ込んでも末席の皇居官吏にしたのにとお酒を飲みながらボヤく。

 息子の方が成しやすかったけど諦めず、長女シアと三女ミアに貯金を投資して皇居女官吏にしようとしたけど失敗。下流華族から皇居勤めになるには有名私立女学校の成績優秀者かつ美女でないと厳しい道だから当然だ。


 父の誤算はシアとミアに逃げられたことだろう。シアは憧れの漁師の嫁になると家出した。姉は息抜きは崖釣り! という破天荒娘。日焼けを絶対にするなとか、むしろ海に行くなと父に言われていたのに無視してそのまま反抗。

 家の未来を姉の背中に乗せて期待を叱責として与え続けた父が悪い。シアは四年前に父に絶縁状を叩きつけてこの家を出て父とは音信不通。

 姉は私とはたまに手紙をやり取りしている。海辺の宿で住み込み仕事をしながら本当に漁師と親しくなって一昨年から漁師の嫁。

 相手の家には「両親は亡くなっている」と嘘をついている。私も妹も従姉妹扱い。家族に嘘をつき続けるなんてそれで良いのだろうか。私は母親ではないから放置中。


 ミアは女楽語(らくご)家になりたいとこちらも一昨年家出した。昔から密かに空き時間を見つけて楽語(らくご)師にまとわりついていたらしい。

 先日、ミアは初舞台で、前座だったけど私の贔屓(ひいき)目だときらりと光ってみえた。辛いことは多いけれど、自分で選んだ道なので楽しいそうだ。家出資金を持ち逃げした事以外は良いと思っている。

 高い教養を与えられて育ったから落語家になれなくても働き口はあるし結婚も出来るだろう。

 その家出資金も「死ぬまでに返す」と微額ずつ返却されているので問題ない。私は母親ではないからこちらも放置中。


「いっそ今後も婚約破棄でお金で稼ごうかしら。無意識でも出来るのなら、意識すればこのお顔や性格でまた出来そうです」

「リアお嬢様! 確かにお嬢様は無愛想ですけれど、接していれば表情の変化は分かります。お顔の傷は小さく名誉の負傷でございます。ミアお嬢様を熱湯から守られたのですから」

「体をほとんど動かせないおばあ様を見捨てるわけにはいきません。お父様はなんだかんだ子煩悩でしたから、お姉様とミアの家出で傷心。止めないとお酒を飲み続けます」

「お嬢様は……」


 私はイナのカサカサの唇に人差し指を添えた。母が病死してもう十六年。イナは随分と年をとった。私達の母親代わりだったけど、実父の介護をしないといけなくなったのであと数日でこのお屋敷を去る。

 美女の母に似たシアとミアと違って、父似の私は凡々顔でさらに幼少期に顔に傷を作った。

 これでは我が家の格から女官吏は確実に無理なので私は期待されずに育った。国立女学校に通ってあとは琴一筋。唯一、突出した武器があれば女官吏の道が開ける事もあるけど、大好きな琴の才能は残念ながら大してなくて、競演会のたびに父を落胆させた。


 女学校卒業からもう数年、父の働く財務省で雑務仕事と家事と趣味の琴の練習と縁談の日々。

 初めての結納は半年で婚約破棄。父という財務省の後ろ盾が欲しかった相手の親が私を選んでくれたけど、お相手は渋々で、実は以前から慕っている女性がいて、いざ婚約となったらその火が燃えたらしい。

 彼は無賃で婚約破棄して手に入るか分からないその女性と私——財務省——を天秤にかける理性も勇気もなかったようで婚約中に恋人を作ったから有償婚約破棄に発展。

 結構な額だったので教育費でカツカツどころか若干借金が発生していた我が家の家計の穴埋め出来たので幸運。

 お喋り下手で励んでも他人から見ると無愛想な私に婚約者は戸惑い、離れ、最後の方は手紙の返事もくれなかったので無賃で婚約破棄になりそうな気配は感じていたからお金をもらえただけマシだろう。

 昨年、別の人とお見合いをしてトントン拍子に結納したけれど、彼にも想い人がいて恋仲に発展。今回も有償で婚約破棄だ。

 交際する前に結納破棄ならお金がかからないのに二人してなぜなのか。多分、隠し続けて(めかけ)にするつもりだったのだろう。


「お嬢様。お嬢様はまだ二十三歳とお若いです。いつまでもそのように何にも期待していないというな生き方はおやめ下さい」


 家柄や父の仕事やツテコネ関係を考えると、二十三才は売れ残り女性だ。家守り希望ではなくて名誉職で生きているなら話はまた別だけど。


「違うわ。努力が全て泡雪のように消えていくの。期待していないのではなくて期待に応えられないの方です。買い物に行ってきます」


 国立女学校で首席になっても女官吏には決してなれない。好きだから打ち込んでいても没個性の琴。姉と妹の支援と思ってあれこれしたけど期待されていなくてズルいなどと怒られた。今は祖母の介護に父の見張り。祖母が「ありがとう」と言ってくれるからそれで十分。

 息がつまる人生だけど私は自分のことは好きで

少ないけど優しい親身な友人もいる。琴の師匠が「努力出来ること自体が才能」と言ってくれる。

 しょうもないところもあるけど尊敬するところもある父の心を完全に折らないように暮らしているとか、甘やかしてくれた祖母を投げ捨てて家を出ないみたいなお人好しさが私の長所だと、友人知人はそう言ってくれる。大人しくて無愛想だから長めに付き合わないと分からないけど、中身は感情豊かで温かいと評してもらえる。自分では分からないけど何人かがそう言うのならそうなのだろう。


 家を出て傘をさしてほうっと息を吐く。


(このお屋敷を売って土地を貸し出せばお父様の稼ぎで十分。おばあ様はもう長くないから亡くなったら私ももう少し働けるわ。その頃に縁談? 狭い家で私と二人暮らしなんてお父様は耐えられるかしら)


 腐っても華族。それで父は財務省高官。姉と妹には悪いけど、私はずる賢いので酔っ払い中の父を言いくるめて三姉妹の遺産相続関係をあれこれ変えた。

 喧嘩になりそうだけど、家族を捨てた二人と家に残って柱になっている私では違うから当然の権利だ。父の所有する土地は全て私のもの。貯金の分配比率は六対二対二。かけられた学費の差だと言い張るつもり。

 財務省高官の父親とその友人知人というツテコネ、土地の所有権、いずれ入る遺産、血脈が私の縁談武器。


(お父様が働けなくなったら即平家。土地収入代によっては豪家か。名家ではないからスティリー家なんて消滅したって構わないのにお父様は……。まあ最後のスティリー家だし……)


 親戚はとっくに豪家落ちしている。苗字なし平家はさすがに、と父は華族家柄維持が無理ならどう豪家になるかあれこれ考えて悩んでいるだろう。商家の嫁や父と私で商売に手を出すのは向いていないから、それはやめてと強く言ってある。


(平家のなにが悪いのかしら。家族が仲良く助け合えば生活出来る。土地収入を調整して税金、寄付金負担のほぼない平家の方が楽そうだけど……)


 苗字はなくなる。皇族の血を引くという格も消滅。関所を通るのに規制が入る。子どもの代で学校優先入学枠もない。その他色々。

 しかしずっと平家の家とは異なり知識教養豊かで貯金もあるから男児をそれなりの役人にするとか女児をしっかり庶民のお嬢さんくらいには育てられる。

 土地収入があるから身の丈に合った生活をしていれば普通の平家と違って軽い仕事で食べていける。落ちることに怯える没落寸前の華族よりも気楽で上を目指すという希望がある。平家になってしまう方が心身ともに豊かだと思う。


(実際の平家生活を知らないからそう思うだけね)


 サクサク、サクサク。

 雪道は滑るからあまり歩きたくないなんて言うけど、私は浅履(あさくつ)で遠慮なく。

 サクサク、サクサク。

 このまま散歩して、少し遠出するつもり。真っ白な雪景色はとても落ち着く。

 サクサク、サクサク。

 明日になればこの白い世界に太陽の光が注いできらきら、きらりと輝くのでなおさら雪は好きだ。その前のこの静かで穏やかな世界も好み。

 サクサク、サクサク。

 雪の花になって道端に咲いて、美しいと手折られて、床の間に飾られて数日その相手を慰めて、眩しく光を放って役目を終える。そのように刹那的で構わないから私は儷逢(りあ)という名前に込められた祈りのように、私だけの誰かに出逢ってみたい。

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