未来編「リル、付き添い人になる1」
今日はルルとティエンの初デートの日で私は付き添い人に選ばれた。行き先は海辺街でオケアヌス神社見学と海観光が目的。
ルルとティエンは初春から文通をしている。ティエンからルルへの手紙はわりと素っ気なくてルルはやきもきし続けていて、ネビーの挙式時や我が家へ夕飯を食べに来てくれた時も同じく素っ気無いからやはりやきもき。
ティエンは北地区から南地区へ一人で来たので新しい世界や仕事に慣れるのに必死なのだろう。
彼は祖父と二人暮らしになった瞬間、彼は祖父と共に我が家を訪れて、両親と義父母に対して「お嬢さんとお出掛けさせて下さい」とお申し込みに来た。
文通をお願いしたのはルルなのに、一回付き添い付きでお出掛けしたいというお申し込みなのに、父がティエンを生粋火消しだから嫌だと拒否したけど「余程の悪人でない限り、娘のことは娘に決めさせています。お出掛けくらいなんですから是非」と母が即答。父は後でかなり母に怒られた。
このお申し込みはルルが琴の手習に出掛けている間に行われたので帰宅したルルは母からこの話を聞いて小躍り。
それから二週間が経過した今朝、ルルはかなり早起きをして、朝から私の家事を邪魔している。
昨夜、事前準備を終えたはずなのにこの髪型? この着物? この小物? この化粧? とまとわりついて落ち着きがない。
私は飾らなくても美人で美人度が増すと困ったことが起こるからあまりお洒落しない、というのがルルなのに気合いが凄い。
「お母さんに聞いてきて」
今日、私はお出掛けの付き添い人だから朝食以外の家事は昨夜我が家に泊まった母に任せる。その母は今、孫と洗濯をしてくれているはずだ。
「雷オババには朝からうるさい。来るなって怒られた」
「それならお義母さんに聞いてきて」
「雷オババそのニにも朝からうるさくて耳がわってなるから来るなって怒られた」
「旦那様に聞いてきて」
「どれもかわゆいから出勤前にやめてくれって怒られた」
「それなら今日、お休みのお義父さんに聞いてきて」
「落ち着かないなら将棋をしようって誘われて、出掛けるまでに終わらないと行かせてくれなそうだから逃げてきた」
私はほぼ全員にルルを押し付けられたってこと。
「今の格好と髪型にして化粧は薄く。終わったらお弁当を作って」
「初の海だからお祝い弁当。手伝うなって言うたのはリル姉ちゃんじゃん。やっぱり昨日の髪型の方がええかなぁ。どう思う? あのね」
あのね、の後も続いてうるさいから無視して朝食とお弁当作りに集中。こういう感じがあと二人いる中で毎日家事をしていた頃が懐かしくて、あれはお喋り下手の私でなくても少し話さなくなると今でも思う。
お邪魔ルルをやり過ごしてロイをお見送りして支度をして、待ち合わせ場所にルルと向かった。
今日のデートの待ち合わせ場所は我が家から一番近い海辺街行きの立ち乗り馬車の停留所である。そこへ着くまでの間に私はルルに「変じゃない?」を何十回も聞かされた。かわゆいと伝えても何度も繰り返すのでうんざり。
停留所へ到着するとティエンはもう着いていて、予想外のことに隣に父がいた。
「げっ。お父さん。なんでいるの?」
「父親に向かってげってなんだ」
「ルルさん、おはようございます! 本日は朝早くからありがとうございます」とティエンは元気なご挨拶。彼の服装は淡い灰色着物に藍色の帯で着方はキチッとしているし、足元は足袋を履いて下駄なので火消しの派手めな柄の着物などの普段着とは違ってロイの普段着と同じだ。この格好だとティエンを火消しだと思う人は皆無だろう。
「いえあの、長く一緒にいられるので……。それに私は早起きです」
ルルの声が一段階小さくなってかなり照れたような仕草になり、ティエンも少し照れ臭そうな顔になった。
悪いことが起こらないか見張るけど、今日の私は少し離れてのんびりする予定なのに、父がいると面倒くさそう。なので万が一対策、と母に言われて教わった方法を試してみることにする。
「お父さん。おはよう」
「おー、リル。おはよう。今日も元気そうで何よりだ。荷物は俺が持つ」
「ううん。レイスがレオおじいさんとあむものって言うていたから今度来て。あむものは花カゴみたい。お母さんが来ているから今日でもええよ」
「レイスがそんな事を言うてくれたのか。今度行く」
多分これでは釣れないと思った。
「今日はさ、ウィオラさんは出勤でしょう?」
「週二日くらいでええって言われているのに、最近不作続きだから、ここのところ毎日出勤どころか宿泊中だ」
「うん。それで兄ちゃんも海辺街に出張中って聞いた」
「そうそう。ネビーは四日前から出張してる」
「昼間、誰もいないってことだよね。ジン兄ちゃんとルカが帰ってくるまでロカは一人。ええの? 放課後デートとか密会とかし放題じゃない?」
ロカは昨年夏に下校中に文通お申し込みされて、小物屋を営む豪家次男と文通中。たまに姉の誰かを連れて付き添い付きで茶屋でお喋りしたり一緒に勉強している。
母の判断でうるさい父には黙っていたけど、新年の飲み会で酔った義父がうっかり口を滑らせた。
「……」
「区立女学生、しかも平家集団の見張りはゆるゆるでしょう? 仕事が無い日は趣味会の講師のウィオラさんと帰ってくるし、そうじゃない日はお父さんが迎えに行っているよね?」
「だからロカの迎えに間に合うように帰ってくる」
「連絡忘れをする無自覚レイは見に行かなくてええの? レイこそまた勝手にお出掛けしてそう。相手の人はそういうつもりじゃないみたいで同僚としての親切心で市場へ行く護衛をしてくれているけど。今日、レイは振り替えで休みじゃなかった?」
今日の我が家の家事は最初は母ではなくてレイに頼んだけど、寮暮らしで自分の部屋の掃除や縫い物がたまっているし出掛けるかもしれないからと断られた。
「……今日休み? 明日じゃなくて?」
「ガミガミおじじがうるさいから休みの日を違う日に言っておいたって言うてたよ」
「あいつは最近本当に反抗的だな。どういうことだ」
ルルの反抗期は私が嫁いだ後くらいだったけどレイは今という感じ。
ロカも最近反抗期の気配でネビーとジンに対して当たりが強いけど、ルカと義姉ウィオラが上手く間に入ってくれている。だけどレイは住み込みで働いている成人なのでイマイチ野放し状態。
私とルカの反抗期も今のロカくらいの時だったのでレイは色々遅い、と母がぼやいている。
「今日お母さんが少しレイの様子を見に行くよ。素直で付き添いもいるルルと反抗期のレイ。どっちが不安?」
「ティエンさん。娘に何かしたらラオに言いつけるからな! ガイさんという煌護省からも何かあるからな! よーく覚えておけよ!」
父はかめ屋の方角へ向かって走り出した。
「お父さんは本当に失礼。ティエンさん、父がすみません」
「いえ! 自分にも妹がいるので気持ちが分かります」
ティエンは昔会った時と同じく、再会してからも爽やか笑顔の好青年で好ましい。
私は少しルルとティエンから離れて空を見上げてぼんやり。
去年ネビーが結納して夏頃にロカに初めての縁が現れて、次は冬にレイがそういうんじゃないからと黙っていた同僚男性との複数回お出掛けが発覚して、この春ルルにようやく本命が登場。
ネビーは約二ヶ月前に無事に祝言を果たして幸せそうだし仕事も張り切っていて、ルルの見合い破壊が終わって義母と母と私は気楽になり、レイは心配だけど反抗期を乗り越えたり自分の恋に気がついたら成長するだろうし、ロカは順調に大人へ近づいている。
ここ数年変化のなかった我が家と実家を取り巻く環境が大きく変化中で、悪い未来はあまり感じないので嬉しい限りだ。
今日の私の使命はルルが本人の意思とは関係なく無理矢理襲われないか見張ることだけどその可能性はないだろう。相愛のような感じなら邪魔をしてはいけない。ルルに会話などの助けを求められた時だけ二人の間に入れば良い。
喋らないのは得意なので立ち乗り馬車を待つ間も乗った後もぼんやりしながら自分の事を考えて、立ち乗り馬車の中ではあまり話さないものだから、ルルとティエンも窓辺に並んでいるだけ。
ガタゴト、ガタゴト揺られ続けて海が見えてくるとティエンが感嘆の声を出した。
「浮絵と同じような景色です! すげぇ。トワ湖とは違って向こう側に全然ものがなくて空と混じっているように見えるところが沢山! 海だ海! 一生に一度見れたらええなってところがこんなに近くになった!」
「トワ湖は小さいですか?」
「いえ、それなりに広いです。でも海とは全然規模が違います。砂浜ってあれですよね⁈ ネビーさんに俺が今住むところからなら軽く走って半刻強って聞いたんですけど思ったより遠かったです」
「兄ちゃんはおかしいです。実家からだと健脚で早く歩いて早二時間くらいなのでティエンさんもそのくらいかと。走り続けられても一刻はかかりそうです」
「今度ネビーさんに道を聞いて次は歩いたり走って来てみます。海祭りを開催じゃあ! 釣りだ釣り! 空は晴れてて気分良し〜」
なんか聞いたことのあるような歌が始まった。
「よっ、よっ、よっ! さあ!」とルルが合いの手を入れた。
「「よっ、よっ、よっ」」
「「悩みもないから気分良し〜」」
二人とも知っている歌のようでいきなり仲良し!
「「よっ、よっ、よっ」」
他の乗車客に迷惑と思ったけど、ルルとティエンは周りを巻き込んだので皆楽しそうになった。
ルルがお見合い席で酔っ払い過ぎて、今とは違う歌だけど歌い出して踊って、相手の気になるところをあーだこーだ言い始めた最低席を思い出す。
歌って手だけ使って軽く踊り始めたルルに驚いて固まっていたその人と、自分が歌い出してルルが参加したらさらに楽しそうな笑顔になったティエンは大違い。
どちらが良い悪いではなくて、気が合うか合わないかという違いと、相手の気に入らないところを羅列したルルが悪い。
立ち乗り馬車を降りる時に、ティエンとルルは仲良く老夫婦の降車を手伝ったのでこういうところも気が合うし、ティエンはやはり出会った日に見た親切さを失わずに大きくなったんだなとほっこり。
「ワクワクが止まらないんで、先にあの砂浜に行きます!」
「ティエンさん、あれを見ました? 海に来たからには先に見ないといけません」
「えっ? どれですか?」
「隙あり! 負け方がお昼代の支払いです!」
「うおっ! 騙された!」
子どもみたいに全速力で走り出したルルと少し待って「よっしゃあ! 負けるかぁ!」と叫んで着物の裾を上げて尻端折りにしたティエンが後を追っていく。
ティエンは走ったり裾を捲る気があったらしくて下に股引を履いていたけど下駄は走りづらそう。
(手紙が素っ気ないし美人に興味も無いみたいだから猫を被っても無駄だから兄ちゃん達だと思って過ごすって言うてたけど、今日のルルは元気だなぁ)
広々とした海岸でなにやらは起こらないので私は二人が見える茶屋でまったりしようとのんびり歩いた。
ルルに砂浜で遊ぶ間は姉ちゃんはあそこの茶屋、と事前に言われているからそこが待ち合わせ場所である。
他に注文しなくても、末銅貨でお茶を何杯もくれる茶屋は未だにお金を使うのをためらいがちな私にはとてもありがたい存在。
注文しない人達はお店の外の椅子にしか座れないけど代わりにその人達の存在が賑やかしになってあの店は繁盛している、と思われるかららしい。
(二人とも楽しそう)
先に浜辺に到着したのはルルで、時間差で浜辺に足を踏み入れたティエンはそこから加速して下駄を脱ぎ捨てた。足袋を脱いで、股引をめくって海へ入り、波に合わせて行ったり来たり。
(どんな話をしているのかな?)
お手掛けの付き添い人になると、二人の会話を聞けるような時とこうして離れて眺めるだけの時がある。
私は手提げから刺繍道具を出して、あの二人は見張る必要がないのと、ここからでは何を話してあるかサッパリなので自分の世界に入ることにした。




