特別番外「ロカと兄と姉の話11」
私は滅多に来ることがないルーベル家に前回来たのはいつだろう、と考えたけど思い出せない。
今夜は兄の呼びかけで皆で玩具花火をするということで夕食は両家揃ってルーベル家の居間でそうめん。
かめ屋からルーベル家は徒歩半刻程なので仕事終わりのレイを兄が迎えに行ったので不在なのは夕方から既に寝ていた祖母だけ。
兄は準夜勤から夜勤に勤務が切り替わるので「休みだ!」と口にしたけど全くもって休みではない。今ももう制服姿で花火が終わったらルーベル家の離れで仮眠させてもらって出勤するという。
夕食が終わって片付けを手伝って庭だと狭いのでこの町内会の集会所の庭へ移動。
「どうしたのロカちゃん」
「ちょっと話」
いつもならルルとレイとわいわいするか甥っ子姪っ子と遊ぶけど今日の私はジンに用がある。
「俺に話ならいつでもよかだろう? なのに今ってどうした」
「……ロイさんにも話」
「ああ。そういうこと」
目的の人物であるロイは兄と何やら話している。
「ネビーは邪魔?」
「うん」
「そっか」
深く聞かないでくれるのがこの義兄の良いところ。ジンは会話中のルカとウィオラに声を掛けて「ロカさんがロイさんに話があるっていうからネビーをこっちに連れてきて欲しい」と普通に頼んだ。
「ネビー。ウィオラさんが呼んでる」
「なんですか?」
暗くて分かりにくいけど難しい顔をしていた兄はルカの声掛けでパッと表情を明るくしてこちらへ歩いてきた。ジンが何食わぬ顔で歩き出したので後ろをついていく。
「ロイさん。少し話がある」
「ん? なんですか?」
四人の祖父母と一緒にいる妻のリルや子ども達のところへ行こうとしていたロイが、ジンの呼びかけで足を止めてこちらを向いた。
「ほら、ロカちゃん」
「こんばんはロイさん。いつも家族がお世話になっています」
「こんばんはロカさん。改まってどうしました?」
「その……。忙しいと思うんですけど手紙の添削や助言をして欲しいと思っています」
ジンは居ても良いのだけど私達から離れていった。
「それなりに忙しいですけどロカさんの為なら時間は作れます。お役に立てることなら協力します」
忙しく無いです、とは言わないんだな。妻の兄妹の中で私が一番疎遠なのに私の為なら、とは優しい言い方。
「ありがとうございます。手紙はこちらです」
懐から文を出してロイへ差し出すと彼は丁寧な手つきで受け取ってくれた。
甥っ子姪っ子達が甘やかされつつも厳しく躾けられているように生まれた時から卿家の跡取り息子として育てられているロイは、付け焼き刃の兄やジンとはこういう何気ない所作に差がある。
「お兄さんがもうすぐ東地区へ行ってウィオラ先生の家にお世話になるのでよろしくお願いしますという手紙を書きました。失礼がないか確認して欲しいです」
「この手紙のことは誰かに相談しました?」
「いえ。してないです」
ロイは表情豊かな人ではないし声も静かめなので何を考えてあるかイマイチ分かりにくい。
「よろしくお願いしますという手紙はレオさんが書いていますのでこちらは不必要です」
「えっ。ああ。余計なお世話というか非常識でした?」
ルカが私のためにこっそり頭を下げてくれていたように私も兄の為に何か、と思ったけど悪手だったみたい。
「ええ。多忙な方でしょうからそういう内容だと読んで返事を書く手間を取らせるだけです」
「勉強になりました。ありがとうございます」
「書く前に誰かに相談するとよかでしたね」
「はい」
「これも相談なので改善出来ます。行きましょうか」
ロイに連れられて行った先は父と談笑しているラルスのところだった。
「ラルスさん。少々相談があります」
「はい。どうされました?」
三人で父達から少し離れたところへ移動になった。
「ロカさんがお兄さんの為にムーシクス家にご挨拶の手紙を認めたいそうですが総当主やその奥様となると多忙でしょうから悩んでいます」
「おおー、それはありがとうございます。試験前なので頼むのもな、と思っていたのですがそれならむしろお願いしたいです」
確かに私は八月になったら二週間試験だけど、ラルスは平家娘の私からしたらうんと偉い人なのに遠慮するんだ。
「ロカさんは娘さんの生徒なのでそういう話題はきっと気になりますよね?」
「そうですそうです。孫娘を褒めなくて構わないですけど学校でこういう様子です、みたいな事を息子達に教えて欲しいと思っていました」
私が書くべき内容はお兄さんをよろしくお願いします、ではなくてウィオラにどういう風にお世話になっているのでありがとうございますだったみたい。
「春の事件で今は他地区への移動が厳しくなって手続きがややこしくて我が家もレオ家も身動きしにくくて、今回は誰もついて行けなくて残念です」
「ええ。ルカさんやロカさんを招きたかったんですけど残念です。私兵派遣が止まっていてレオさんやジンさんも身動き出来ないとなると他所様のお嬢さんをこの老ぼれだけで預かるのは不安です。ネビーさんが同じ期間に出張なら良かったんですけど」
今回の出張やウィオラの帰省には誰もついて行かないんだな、と思っていたらそういう理由なんだ。
誰かに質問したら答えてくれただろうけど私が居るところで話題が出ないのと「ふーん。そうなんだ」と思って深く考えていなかった。
「ロカさん。筆記帳に皆さんにあれこれ書いてもらっているんでロカさんもお願い出来ますか?」
「ウィオラ先生にうんとお世話になっているからいくらでもお願いされたいです」
「いつも何か頑張っているしウィオラと楽しそうにしているからついつい頼むタイミングを逃していました」
「良かったですね、ロカさん」
「はい。ロイさん、ラルスさん、ありがとうございます」
「ではロカさん、別の話もあるので行きましょうか。ラルスさん。失礼します」
私とロイは元いた場所へ戻った。
「ありがとうございました」
「いえ。ロカさん。挨拶文に関してはレオさんがラルスさんに預ける手紙を読ませてもらうと勉強になると思います」
「そうか。そうですね。そうします」
父は仕事一筋で寺子屋しか通っていなくてあとは自己学習なので学が偏っているし字も綺麗ではないからきっとガイに相談したり手伝ってもらっているだろう。だから読ませてもらったら当然勉強になるけどそういう発想は無かった。
「筆記帳に書いて欲しいと言っていたのでラルスさんと話しながら書くと失礼がないし勉強になると思います。それから偉そうなことを言いますがロイさん、ラルスさん、ではなくてラルスさん、ロイさんの順です」
「あっ。はい。言われてみればそうです。気をつけます」
このように社会勉強をするから私は学校で先生に大人びていると言われるのだろう。
今回はロイだったけどリルの時、ルカの時、ジンの時、兄の時、ルルの時、レイの時と両親以外からも学ぶ機会がある。
「ロカさんもこんなに大きくなったんですね。コホン、その。余計なお世話だと思うんですが文通お申し込みされたらしいですね」
相談しようと思っていたもう一つの話題を先にロイに出されるとは驚き。
「なぜ知っているんですか?」
「自分はルーベル家の跡取りでルーベル家は卿家。近い親戚と結びつく可能性のある家は把握しておく必要があります。なのでリルさんから教わりました」
「文通してみるだけなのに、練習なのに大袈裟ですね」
「繋がられては困ると判断した場合は気持ちがないうちに縁を切ってもらうことがあります」
我が家は平家だけど卿家の親戚で、しかも距離が近いので犯罪だけはしないようにと言われて育ったけど文通だけでも口を挟まれるんだな。
「余計なお世話、ということは相手の家に問題がありますか?」
「いえ、問題は特にないです。エルさんが調べて問題ないと思いますと自分とリルさんに確認したので許可しました。両親は頼まれなければルルさん以外の縁談のお世話はしない予定ですので文通お申し込み程度の報告はしません」
文通お申し込み程度、なのに兄は本来必要のない情報を求めるし親戚に許可を得る必要があるとは大袈裟というかなんというか。
「すぐに終わるかもしれないのに大袈裟というか大事ですね」
「すぐに終わるかもしれないですし、トントン拍子で長い付き合いになるかもしれないですし、こちらに迷惑をかけるような者になるかもしれません。予測不可能なので備えあれば憂いなしです」
こういう感じになるなら隠れてコソコソ文通したかったけど兄にお申し込みされた時点で無理だった。
「その顔、不愉快ですよね。文通程度なのに親戚にまで話が広がっていて」
「いえ」
顔に出ているとは修行不足である。
「しかし隠れてする何かは大抵上手くいきません」
「それは一般論ですか? 経験談ですか?」
「一般論かつ知人の経験談です」
「そうですか」
「その。余計なお世話というのは文通の内容というか、もしも龍歌を添えたりする時は考えますよということです。リルさんがロカさんはきっとルルさんには話さないと言っていましたので」
これは必要があれば代作しますよ、という提案だ。
「その通りでルルには言いたくないです」
「ルルさんは真面目な話をペラペラ言いふらさないと思いますよ。まぁ、懸念通り揶揄うでしょうけど」
「それもあるけど……ルルはかなり心配症だし頼んだことで変なことになったら私のせいって泣きそうなので言いません」
私はなんとなく草履で地面を少しなぞってみた。
「そうですか。そう言われるとそうかもしれません。でも仲間外れにしていたって騒ぎそうです」
「ルルも縁談話を私にはしません。袖振りした後はたまに言いますけど」
「まぁ、その。ルルさんに相談しないとなると文学的なことはリルさん経由で自分を頼るかもしれないと思いました。リルさんに頼む前に自分に一言声を掛けるかなぁっと」
「いえ。それはウィオラ先生を頼ります。あとは自分で調べたり友人に聞いたり。実の兄妹よりも友人のお姉さんの方が聞きやすいです」
「そうですね。頼られたいという願望です。この間のネビーさんとウィオラさんの話は嬉しかったので」
腕を組んで真っ直ぐ背を伸ばして少しだけ口角を上げているロイの姿は兄がたまに真面目な時や格好つけている時に重なる。兄はロイを褒めまくるから、真似をしているのだろう。
「あの時はありがとうございました」
「ロカさんはリルさんに見た目が一番似ているのでちびリルさんのようです。なのでもっと話したいのですが義理の兄妹が多いしロカさんはお年頃なので中々難しいですね」
私はロイのこういうところが困るというか苦手。寡黙なようで雄弁というか、恥ずかしげもなく真っ直ぐな言葉をぶつけられるので無下に出来ないというかしたくない。
でも私の心の中には鉛のようなところがあって、姉を強奪したことを謝って! と叫びたくなる時がある。今、まさにそう。
(謝ってくれたらスッキリする……のかな。いつもこういう返事をしようって思っているけど違う言葉が出てくるし……)
リルお姉さんはうんと幸せそうだから仕方ないから許してあげる、というなんとも偉そうな返事を考えているのに謝られる気配がない。
「……。あの、話というのはそういうことです」
「おお、頼ってくれるんですか。それは嬉しいです」
今のおお、って言い方は兄そっくり。今の私の年齢よりも下の時から二人は兄弟門下生だから話し方や所作がたまにとても似ている。
「文通よりも会った方が早いと思います。友人とそういう話になって。少しだけ話したら少し人柄などが分かるかなって。多分文通の話題も出来ます」
「登下校で見かけるのならその時に挨拶と雑談……は友人がいて照れますね」
「はい。付き添いにお母さんは嫌だし、お兄さんやお姉さん達だと昔の私はどうとか余計な事を言いそうです」
「それで自分、ということですか?」
「いえ。なのでウィオラ先生に頼みました。お母さんに聞いて帰り道にお小遣いで少し茶屋に寄って良いかって。その……」
私は男の子と遊んでこなかったので男の人の意見となると家族親戚の男性になる。でも兄は妹バカだから聞きたくないし向こうもそういう気配。
ジンはどうかと思ったらそのジンもわりと妹バカだったようで兄と似たような台詞を母とルカに言ったらしい。
「どうしました?」
「ルカお姉さんがモテる方が得って言うていて、取り合いの方がええって言うていて、こう女性と男性のかわゆいって違うと思うので……。今後他の人と会うとか見られる時用にその……髪型とか……」
こういう話ってとんでもなく恥ずかしいんだな、とまたしても友人やウィオラを揶揄っていたことを反省。
「お相手は会えたとか話せたとか自分はおかしくないかとかそういう事で頭がいっぱいになるので今日みたいな感じでよかだと思います」
「……はい」
ごにょごにょ言っていたけど察してくれたみたい。
「会話が弾まなければ緊張です。つまらないと思われたと考えたら相手も同じように悲観的に考えています。本当はもっと話したいのにって。中等、高等校生はそんなものです。余程遊び慣れてなければ。なので練習は大事だと思います」
「それは一般論ですか? 経験談ですか?」
「経験談とかつて学生だったのでその時の友人や同級生の様子です。口下手だし緊張しているのでロクに話せなかった時の自分の頭の中もそうでした。内心慌てているし緊張が凄かったのに、リルさんは紅葉を天ぷらにしようと考えていただけっていう」
ロイはクスッと笑った。
「……それってつまりロイさんは練習しなかったんですか?」
「口下手、人見知りなりに幼馴染や職場で雑務をする女性とは話せたのでなんとかなりました。ロカさんもネビーさんやジンさんやその友人などで慣れているから最初の緊張が減れば大丈夫だと思います」
「こう、なんかこう、くすぐったいです。私は何も知らないし、誰でも緊張するからその人にだけ何かってないから申し訳ないと言うか……」
「そういうのもルルさんが参考になると思うんですけど姉妹って難しいんですね。興味が無くなった時は大人が断る方が角が立たないので自分も含めて誰かに相談して下さい」
「断る時は大人がするんですね。それは教わっていません」
「そういう決まりはないですが我が家がいるのでお世話になっている親戚の卿家に反対された、みたいに人のせいに出来ます。それでそれを自分で書く必要はないです。そういうのは自分が書くのが一番かなぁ」
「それはありがとうございます」
「裁判官と地区兵官の連名で大抵の家は引き下がります」
「お兄さんの名前も使うんですね。あっ、でも彼はお兄さんの事を知っていました」
この間のやり取りを軽く説明してついでに兄の恥ずかしいところも報告。卿家の次男として非常識だと後で怒って欲しいからなのでこれは密告だ。
「地元というかこの辺りまではネビーさんはかなり知られていますからね」
「わりと似ているのに兄妹とは思わなかったようです」
「二人だけで歩いていたら——……」
「ロイさん! ロカ! 兄弟姉妹で花咲花火勝負をするから来て下さい!」
「負けたら勝った人の言うことを聞くんですよ!」
ルルとレイに呼ばれたのでロイと二人で移動して輪に混じった。
「ロイさんとロカって組み合わせは珍しいね」
「レイ、ロイさんはちびリル姉ちゃんみたいなロカと仲良くしたいけど、年々疎遠になっているからいつも機会をうかがっているんだよ。お年頃乙女に避けられて傷心、失恋。あはは」
「ルルさん。失恋は違うと思います」
「あはは。ロイさんが照れてるー。ロカ。ロイさんはこの間、ウィオラさんが現れたから勉強のことを聞かれなくなって寂しいって愚痴ってたんだよ」
「ちょっと、レイさんまで」
「ルルも不貞腐れてるよね。ロカが遊んでくれない、勉強を私に頼らないって。ロカが夏休み中は私も夏休みで実家に帰るって言い出したし」
「レイ。余計な事を言わないでよ。こう聞いたロカはそれなら友達と遊ぶとかなんとかかわゆくない事を言い出すんだよ」
「お喋り双子、お前ら黙れ。俺は出勤前に仮眠するんだ。ペラペラ喋り続けていると勝負を始められない」
「双子じゃありませーん。でもはーい」
「はいはーい」
「返事は短くはい、だろう。それじゃあ始めるぞ。三、二、一」
皆で同じロウソクを使って花咲花火に点火したけど兄とウィオラは「ゼロ」と口にしたから火をつけた。
「遅い」
兄の隣にいるリルが突っ込んだ。
「何を言うている。慎重で丁寧なリルがせっかちになっただけだろう」
「皆さんはせっかちさんですね」
兄とウィオラは肩を揺らして笑い合った。
「あんた達、示し合わせたんでしょう。まぁ、少し遅らせただけでは勝てないと思うけどね。この卑怯者夫婦」
ウィオラの隣にいるルカが軽く彼女に体をぶつけた。
「ふ、夫婦ではないです」
「どっちの部屋で暮らしているか分からないから夫婦みたいなものですよ。ネビーはあちこちで結婚したって言われていますし」
ルカのこの発言にウィオラは困り笑いを浮かべた。
「正直、今と祝言後の差はない気がする」
兄はしれっとした顔をしている。
「ロイさんとリルちゃんは三ヶ月で祝言でネビーとウィオラさんはもう三ヶ月だから……あっ」
ジンの花咲花火の火の玉が花を咲かせる前に落下した。
「ジン兄ちゃんが一番の敗者に決定。優勝してあれを買ってもらおう」
「あんたのその笑顔は怖いわよレイ。我が家の家計を守るために負けな……あっ」
「ルカジン夫婦は負け夫婦ー!」
いつもそうだけどルルとレイが一番子どもみたい。ルルはとっくに元服済みでレイはあと一ヶ月で元服するのに。
「ルカさん。お裾分けをします」
「えっ? お裾分けですか?」
「このようにくっつけて……。ゆっくり、ゆっくり……」
優しいウィオラはこういう時も優しいようでルカの花咲花火に自分の火の玉をくっつけて分離させた。こういう方法は初めて見た。
「へぇ。こんなこと出来るんですね」
「昔、お母様が教えてくれました」
「これだとウィオラさんは不利になりますよ」
「この方が楽しいです」
私も隣にいるジンにお裾分け、と思って真似してみた。
「あっ。ロカちゃんのも落ちた」
「簡単に出来ると思ったけど難しいねこれ」
「ロカ、敵に情けを送るからそうなるんだよ」
「下からニ番目の負けはロカに決定ー!」
「負けろルル!」
「ちょっと、吹かないでよロカ!」
こういうのは楽しければ良い。
「ウィオラさんとルカ姉ちゃんはもう終わりそう」
「ええ。ではネビーさんから……」
「その手はもう食らいません。この花咲花火泥棒」
「……。ではリルさんから」
「えっ?」
優しいことをしたと思ったのにウィオラはリルの良く咲いている花火の火の玉を奪っていった。
リルは小さくなった花火を見つめてウィオラを見て唖然としている。
「ちょっと、ウィオラさん。それは卑怯です。泥棒なんて反則ですよ」
「レイさん。そのような規則を設定していませんよね?」
「えっ?」
「ですのでこれは正攻法です。あっ……」
「卑怯者だから負けたー!」
「あはは。なんなのもう。ルカ姉ちゃんに親切にしたのに泥棒って」
「ウィオラさんはこの間も俺からこの方法で泥棒をして勝って……子どもみたいに自慢顔で……」
兄がクスクス、クスクス笑い出した。
「二人で花火をしたの?」
「まあな。リルはあんまり火を盗まれなかったから俺と接戦……。よしっ、リルは消えたしレイも脱落した」
「花咲花火って順調だったとしても急に落ちるよね」
「ちょっとレイ、揺らさないでよ」
「ルルが優勝するのはなんか癪に触るじゃん」
最終的に優勝者はずっと無言だったロイで次はルル。そこからネビー、レイ、リル、ルカ、ウィオラ、私、ジンの順。
「ロイさんはジン兄ちゃんに何を頼みますか?」
レイの問いかけにロイは「そうですね。家族で泊まりにきて下さい。その際、ルルさんは実家へどうぞ」と答えた。
「ちょっとロイさん! なんで二番目に勝った私にまで命令するんですか!」
「ルル、優勝者は無敵」
「そうだな。リルの言う通りロイさんは全員に命令にしようぜ。いつもそうだから」
「それならネビーさんはその日に一緒に酒盛り出来るように予定調整といつものお酒で」
「のんべえルルは親父と飲んどけってことですね」
「ええ、ネビーさん。たまにはルルさん無しで」
「なんなのもう。仲間外れにして」
「レイさんは今度リルさんとレイスとユリアとお菓子作りをお願いします」
「いつもしてる事なのにそれでええんですか? しかもロイさんは甘いものを食べなのに」
「いつもしている、と言いつつ最近来ていないのでレイスとユリアがレイお姉さんと騒いでいます」
「そうでしたっけ? まあ、お安い御用です」
「レイ、水羊羹にしよう。去年したやつ」
「ああ、あれね。ジオも呼んで皆でしよう。ロカも参加だね。ロイさん、次はリル姉ちゃんにお願い事です」
「リルさんは個別に言います。ルカさんはジンさんと同じですので我が家でリルさんやジオ君と一緒にゆっくりして下さい」
ここで少し静かになった。ウィオラとロイという組み合わせは私は初めてで皆そう思ったのかもしれない。
「ウィオラさんは今度我が家で一曲演奏をお願いします。自分も聴きたいですけどまたヨハネさんが泣くので。ネビーさんと晩酌に来て欲しいです。その時もルルさんは無しで」
「ちょっとロイさん! なんでそう私のことを仲間外れにしようとするんですか!」
「旦那様は兄ちゃんがくれたお酒をこの間ルルが飲み干して怒ってる」
「あとはロカさんですね。ロカさんも今度泊まりに来て下さい」
「弁償しますからそんなに怒らないで下さい」
ロイは返事をしないようだ。
「ロイさんの酒とリル関係の恨みはしつこいぞ。お前は反省しろ。ルルからロカはなんだ?」
「はい。反省します。ロカにかぁ。お兄ちゃん達の誰かなら良かったのに。んー。ロカ、制服を貸して」
「えっ。着てみたかったの?」
「うん」
「こんな年増女学生はいないからウィオラさんに借りろ。それでロカと出掛けたらよかだと思うぞ」
「年増女学生って何よ!」
「それなら兄ちゃんからウィオラさんへのお願い事はルルに制服を貸して下さいになる?」
「なんで俺がルルが遊ぶ為に頼まなきゃいけないんだ」
「ルルさん、制服くらいお貸ししますよ」
「やった! ありがとうございます!」
「……ルカさんも着てみたら? 一回くらい」
「リルさんも」
「お前ら、そういう事は俺のいないところで言え。そういう顔をするな!」
ロイとジンが兄からそっと顔を背けた。こういう光景は何度も見たことがある。兄はお嫁にいった妹にも妹おバカをしている。
「じゃあルルは私と出掛けるのがお願い事ということで次はお兄さん」
「ロイさん同様、個別に頼む。次はレイからルカか」
「ルカ姉ちゃん。制服の帽子に飾る飾りを作って。今のは飽きた」
「ええよ。あとで意匠相談しよう」
「うわあ。ずるいレイ。ルカ姉ちゃんに当たると得だ得」
「っていうかさ、ズレてない? ロイさんが全員に頼んだからルルはジン兄ちゃんだよね? ズレたまま進んだからジン兄ちゃんは全員から頼まれる、にしよう」
「本当だ。じゃあ次はジン兄ちゃんに頼み事大会。私は満天屋のあんみつ。次は兄ちゃん」
「簡単なたぬきの簪を作ってくれ。あはは。たぬきの時点でその顔。あはは」
兄は顔をしかめたウィオラを見て楽しそう。
「ネビー、たぬきじゃなくてリスじゃないか?」
「それはこの間買ったから。かわゆい事に欲しそうに見ていたから……。……なんでもねぇ」
最近兄はこのようについ口を滑らせた、というように惚気る。
「うわあ。甘々で痒い。兄弟姉妹の前でやめてよ」
「うるせぇ。ロイさんもジンもこんなだろう。次はレイか」
「私もルルと同じく満天屋のあんみつ。ジン兄ちゃん、三人で行こう。恐妻ルカ姉ちゃんからたまには離れないと疲れちゃうよ」
「あはは。確かに」
「ちょっとジン」
「うわっ。やっぱり恐妻じゃん。ルカ姉ちゃんは鬼嫁、雷嫁だからね。ウィオラさんも真似して兄ちゃんをお尻の下にぺっちゃんこにしてええですからね」
「俺はジンやロイさんとは違う。次はその実は恐妻のリル」
「違う」
「えっ、次はルカだっけ?」
「ううん。私」
「なら違うってなんだ」
「私は恐妻とは違う」
「お前はもっと喋ろって何回言わせるんだ」
「今喋ってる」
リルは昔よりもかなり口数が増えたけどそれでもこうなるのはやはり姉妹の中だと無口傾向だからだろうか。
「そういう意味じゃなくてこう、まあいいや。マシになったし今も会話になっていたからよかだ。リルはジンに何を頼む?」
「私もあんみつ」
「うわっ。お小遣いが吹き飛んでいく」
「それなら私もあんみつが良いです」
「私もあんみつ」
「うわっ。さらにお小遣いが吹き飛んでいく」
「次は勝つしかないなジン。秋になるけど本結納の宴席の日の夜にもこの花火勝負をしようぜ。ここに三人増えるからますます大兄弟姉妹だ」
「ルル、レイ、ロカがそのうち更に増やすんだね。兄弟姉妹は最終的に何人まで増えるのかな」
「……おいルカ。そういうことを言うな。こいつらはずっと家にいたらよかだ。それで増やさなくてよかだ」
「何、泣きそうな顔になってるの。気持ち悪い」
「うるせぇルカ。ロイさんもジンもリルとルカを返せ。いや、ジンは隣だからよかだけどロイさんだ!」
「返しませんので我が家の近くに家を建てて下さい」
「ああ、それ。どうする? ルカ、ジン。あとウィオラさん」
「俺は前から言うているように親父達と同じく長年住んでいるあそこから離れるのはあまり。土地の安さと広さで考えてもこっち寄りよりも今の長屋の近くだよな。小さい道場が欲しいって言うてるのはお前だろうネビー。しかも馬小屋もって」
「珍しくジンの自己主張が強いし広さの問題もあるから私は譲ろうって気になってきた。私もなんだかんだ幼馴染達が近いのは気楽だし。ウィオラさんは三ヶ月暮らしてみてどうですか?」
家の建設話は我が家の跡取りがルカとジンとネビーの三人なので三人で決める事に決定していたけど今後は四人で決めていくのだろう。
「私はルーベル家と距離が近い方が良いですがそれ以上にトト川の近くが良いです」
「ここの町内会は共働きには大変です」
「そうそう。リルがそう言うのもある。私達夫婦は共働きでネビー達もそうなる可能性大だし二人は定期的に不在でしょう? お母さんは先に年寄りになるしさ」
「ここの町内会は人を雇う家が少ないのもある」
「だから人を雇う家はこう、さらに馴染み辛いかもって。しかももうこの辺りは広い土地がないよね。候補地二番だと今より少しだけルーベル家に近づくよ」
「じゃああの土地を借りるか。いや買うのか? その辺りの計算はロイさん、ウィルさんに改めて相談して欲しいです」
「あそこになる気がして所有華族とジンさんと共にそこそこ接触済なんで話をさらに進めます」
「ネビー、俺達の住んでいる長屋と同じく水難と蛇や蛙で不人気らしくて手入れに金が掛かるって愚痴っていたから買えるかもしれない」
「平家は土地持ちになれないからこういう時こそネビーの出番だね」
そうなんだ。
「いやぁ。養子にしてもらって得しまくりです」
「ロカの入学枠もネビーだしね。平家だと入学枠が少ないから助かった。本人も勉強を頑張ったけどさ」
そうなんだ。
「ネビーさんが努力して色々と認定を突破したからです。あとは中官試験かぁ」
「やべぇ。勉強しないと。水難で不人気らしいんですけど川沿いのことなら東地区で色々聞けるんで大工の幼馴染から質問集を預かって調査してきます。準備はジンが進めてくれてるんで」
「持っていくのを忘れるなよ」
「ウィオラさんが持ち物確認表を作ってくれた」
「持ち物確認表って子どもみたい。しかも作ってもらったって……」
「ネビーさんは向こうでも多忙でしょうからおじい様が知り合いの大工さんに確認します」
ずっと停滞していたどこに家を建てるか問題があっさり決まったし調査のこともなんだか進んでる!
「春には着工したいからルルはそれまでに結納したら私達の家に加えてあげる」
「ルル、お前は結納なんてするな」
「そう言いながらネビーはルル夫婦の分の広さもって言うてるよね」
「うるせぇ。この見た目詐欺の高飛車女は嫁にいけないし婿もこない。あと裏切る。こいつは昔から裏切るからな。兄ちゃんとずっといるって言うてたのに私はルーベル家で勉強する。リル姉ちゃんって家出しやがった」
「へしょげてる、へしょげてる。レイが料理人になったら家から通うって言うことを期待していたのに職員寮がええって言うたことにもへしょげてるしね」
「うるせぇ。俺にはまだロカがいる。ロカは元服までは俺のそばにいてくれる」
「なんなのそれ。やめてよ気持ち悪い。自分こそ東地区へ行くじゃん」
「ロカ、ネビーはロカは東地区に短期留学しないかなとかぶつぶつ言うてるよ」
「えっ」
「ネビーさんはルルさんが我が家でお嬢様になれるとか、レイさんは東地区で修行しないかなとも言っています」
「ウィオラさんまで、なんでバラすんですか」
私達三人は裏でブツブツ兄が東地区へ行くことについて文句を言っているけど兄も兄で寂しい気持ちはあるんだ。
「私は来年修行に行くかもしれない。ルルは秋から行こうか考え中だって」
「ラルスさんが直々に毎日稽古をつけてくれるって言うし大きな家で使用人の勉強も出来るし子持ちになったらホイホイ東地区になんて行けないから皆に相談中」
「その間、私がルーベル家に居候って話も出てる。多少人手になるしお父さんが職員寮は嫌だとか心配とかうるさくて」
そんな話、私は知らないからなんだか疎外感。
「知らなかった」
「そうだっけ。リル姉ちゃんに言わなかったっけ?」
「うん。なんで?」
「なんでだろう。お父さん達とガイさん達と話して満足してたのかな」
「自分は知ってますけど……リルさんに言わなかったでしたっけ」
「また始まった。この兄弟姉妹で知ってる、知らない話。おい。誰だ。連絡帳を止めている奴。そろそろロカも参加させようって話が出て……痛っ。痛くないけど痛い。口で言えリル」
リルが兄の前髪を軽く引っ張った。
「多分止めてるのは兄ちゃん」
「いつもそうだからネビーさんでしょうね」
「リルもロイさんもなんで決めつけるんですか。ウィオラさん。俺の部屋にありました? 兄弟姉妹って筆記帳。そういえばウィオラさんも参加でした。でも見せてなかったです」
「部屋には無いですよ」
ルカがもう夫婦みたいって言ったけど部屋には無いです、っていう返事は確かに婚約者ではなくて夫婦みたい。普通の婚約者だったら部屋に自由に出入りしたりあれこれ世話をしない。
「また職場に持っていって自分の机の引き出しに忘れてるんじゃないの?」
「俺もネビーだと思う。ルカさん、ネビー以外だったことって無いよな」
「うん。無いよね」
「……。はい。確認します」
「このド忘れおバカは確認することを忘れるよ。俺は大黒柱の補佐だって言うていたのに今では大黒柱の補佐の補佐って言うからね。こんななのに所帯を持てるのかな」
「ルカさん。ネビーさんのお弁当に手紙を添えておきますね」
「お願いします。やだやだ恥ずかしい。ジオよりもしっかりしてない。婚約破棄されるよ。三ヶ月過ぎるとあばたもえくぼが終わって欠点が目について嫌になって破局しやすいって言うから気をつけな」
「えっ。そうなのか? ウィオラさん、大丈夫そうですか? ド忘れバカなことは最初に説明してありますし既にご存知だと思うので……呆れられたくないから気をつけるけど二十七年間直ってないから……おお、レイス」
レイスが「お兄さん高いのをして」と兄の背中に突撃してきて会話中断。
「よーし。遊ぶかレイス。ジオとユリアは何をしてるんだ? なんか楽しそうだな」
「あのね、花火のぼうでおえかきしてる」
「レイスはお絵かきよりも俺と遊びたいのか」
「お父さんとちゃんばらしてほしいです」
「おお。レイスはお父さんの稽古姿が好きだからな。任せとけ」
「お絵かきならロカの出番だから行こう」
リルに誘われたので一緒に移動。三月三日の親戚会でこのように兄弟姉妹が全員集まるけど、他の日は誰かが居ない状態で会う事ばかりだから今夜はとても珍しかった。
☆
私達は本結納の宴席の日に人を増やしてまた同じように花火をするけどそれはまた別の話。




