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20話

 初めての祓い屋は色々知れて楽しかった。しかも久しぶりに沢山眠れて満足。ただ、ロイで暑いとか重いのが無いのは少し寂しい。

 ルーベル家は祓い屋から遠くない。なのでルリとエイラを見送り、粗相がないか見回りをして1番最後に祓い屋を出た。

 一応、祓い屋は8時までらしい。でもどこの家も7時頃が朝食なので、その前か今くらいに帰るという。

 カンカンカン、カンカンカン、カンと7時の鐘が鳴った。


「リルさん、おはようございます」


 祓い屋の前にロイがいて驚いた。制服姿だ。しかし、鞄は持ってない。


「昨夜の様子だと帰りも具合が悪いのではないかと思って」

「ありがとうございます」


 嬉しくてサササッとロイの隣に並んだ。少し早めに歩いたら元気だと伝わるはず。


「昨夜は暗くても悪いと分かったけど、今日は顔色が良いです。良かった」


 笑顔でゆっくり歩き出したロイに続く。


「りんご風呂に入りました。石鹸は薬草入りです」

「そうですか。ゆっくり出来たなら良かったです」

「はい。元気が出て少し遊びました」


 投扇興(とうせんきょう)の話をする。


「祓い屋にはそんなものがあるんですね。知りませんでした」

「他にも龍歌百取りのかるた、花札、将棋、囲碁もあるそうです。辛くない人は集まって遊ぶみたいです。迷惑かけんように、日によりますと」

「それはええですね。お嫁さん達は家で気を遣ってばかりで疲れますから」

「私のことはお義母さんの方が気を遣ってくれています」

「そうです?」

「はい」

「何か言われて困ったら遠慮せず言うて下さい」

「ありがとうございます」


 ゆっくりお喋りしていたらもうすぐ家。ロイの空いている手を見て、ドキドキしながらこう言っておくことにした。


「ルリさんから聞きました。華族では夫婦で手を繋ぐのは今風だそうです。花言葉など、流行りは華族から始まりますか?」


 流行りのことより、これを言ったらまた手を繋いだりしないかな? という下心。

 ロイはこの今風をもう知っている気がする。手を繋ぐ時と繋がない時の違いはなんだろう。手を繋ぐのは軟弱な骨抜き男、という話は長屋では聞いた事なかった。


「そうですね。正確には皇族から華族、それで流行りになることが多いです」


 ロイは微笑んでいる。そのまま雑談をしていたら家に着いてしまった。


「リルさん、今夜は稽古には行かずに帰ってきます。では、このまま行ってきます」


 帽子を取って軽く会釈をすると、ロイはそのまま出勤していった。早過ぎる出勤って良くないんじゃないっけ? あと鞄は?


「旦那様、鞄がありません」


 数歩進んだロイに声を掛ける。声が小さかったら追いかけよう。


「ん? ああ、寝ぼけてますね。身軽だと思いました」


 ロイは振り返った。声が届いてホッとする。


「そちらでお待ち下さい」


 家へ入り、帰宅のご挨拶。ロイの鞄は玄関に置いてあった。


「リルさん」

「はい」


 気配がしたし、声も掛けられたので振り返る。待ってなかったらしい。

 えっ? ロイが体を曲げて軽いキスをしてきたので驚いてしまった。


「鞄ありがとう。行ってきます」


 照れ臭そうに微笑むと、ロイは鞄を持って、くるりと背を向けて家から出て行った。急過ぎて3つ指忘れた。玄関から出てお見送りも忘れた。


 ☆★


 祓い屋以外は特に変化のない生活。木曜日はコリンズ家のオーロラが増えた。家と名前以外の自己紹介はなし。あきらかに年上で、そしてどう見ても具合が悪い。

 酷く具合が悪そうなので布団を敷いたり、お風呂を最後にするか聞いたり、浮腫んだ足を揉んだ。

 昨日みたいに遊んだりうるさくお喋りは邪魔になるので、オーロラが最後に長々とお風呂に入った時以外は大人しく読書。22時に全員就寝。朝早起きして、そうっとお風呂掃除をした。

 金曜日の夜はエイラは来なかった。オーロラはまたしても辛そうで可哀想。そこにデイビス家のケイトが増えた。

 彼女はペラペラお喋り。オーロラよりも歳上だからかオーロラは彼女の愚痴や子どもの自慢話を青い顔で熱心に聞いた。オーロラには息子が2人いるみたい。私とルリも同じように彼女の話を聞いた。

 ケイトは最後に風呂に入ったので、その間にオーロラに寝てもらった。下座側の襖を閉めてしまう。ルリに「今夜の私らはほぼ聞き役です」と言われた。

 ケイトのお喋りは0時まで続いた。それで寝た。22時就寝は形骸化していて0時就寝だという。今のところ、のびのびは初日だけ。


 土曜日、お昼に義父とロイが帰宅して4人で昼食を済ませて後片付けが終わり、休憩がてら教科書を読もうと寝室に入って机に向かった。しばらくしてロイがやってきた。体の向きを変えて彼を見上げる。

 食後「書斎で勉強します」と言っていたけど、何か用事だろうか? お茶は要らないと言っていた。


「リルさん、少し邪魔してもええです?」

「はい。仕事の合間の息抜きで新しい話を読んでただけです。旦那様とはお話ししたいです」


 スルッて本心が出てきて自分でも驚き。恋狂いだ。これは恥ずかしいかも。


「勉強は息抜きなんです?」


 ロイは私の前に腰を下ろした。私の発言を特に変だと思わなかった様子。ホッとした。


「数学は苦手で進みません。調べたり話を読むのは楽しいです」

「そうですか」


 ロイは着物の懐に手を入れた。出てきたのは四角い木箱だった。色々な花が彫られている。とても美しい。


「これはトランプというそうです」

「トランプですか?」


 ロイは箱を開けると中身を出した。四角い何か。畳の上にそれを置くとロイは真横に引いた。札だ。同じ形、同じ大きさの札が何枚もある。

 花札とは違って絵が全て同じ。朱色のみたことのない不思議な模様の絵。


「西の国の遊びに使う札です」


 ロイは札をひっくり返した。1箇所ひっくり返したら次々とめくれていく。反対側はそれぞれ絵が違う。数字が1〜10。それからJ、Q、Kという知らない文字。


「えーっと、これがクラブで春。それからダイヤは夏。ハートは秋。スペードは冬。赤は昼、黒は夜。52枚にこのジョーカーいう道化師の札で53枚です」

「はい。筆記帳に書きます」

「説明書ももらいました」


 ロイの懐から折り畳まれた紙が出てきた。渡されたので受け取る。

 開いてみたら全ての漢字に鉛筆でふりがながふってあった。ロイの優しさだろう。


「このJはジャックいうて騎士とか戦士とか官僚とか色々意味があるみたいですけど数字の11です。それからQはクイーンで皇妃様と同じ。数字の12です。Kはキングで皇帝様。数字の13です。それで13が4種類」

「はい」

「遊び方は沢山あるらしくて、今度ヨハネさん家で色々教わりますけど、先に1つだけ聞いてきました」


 ロイはそう言うと札をまた1度にひっくり返した。1枚めくると次々とめくれる。これがその遊びみたい。見てて楽しい。


「旦那様、私にも出来ます?」

「どうぞ」


 ロイは1度トランプを全て重ねた。手つきが鮮やか。真似をしてみたけど上手く広がらない。試しに1番端をめくってみたけど無駄だった。


「少し練習したら出来たので練習すると良いです。それでですね、教わったのはジョーカー抜きゲームです。ゲームは遊びって意味らしいです」


 そう言うとロイは私とロイの近くに交互に札を配った。


「大人数でも出来るそうです。むしろ大人数の方が楽しいかと。こうやって同じ枚数になるように札を配って、中身を確認します。同じ数字のものがあれば、どんどん捨てます」

「はい」


 異国の札。異国の遊び。ワクワクする。数字は覚えてるし、ジャック、クイーン、キングも絵で分かる。どんどん捨てる。ジョーカーは私の札にはなかった。


「あとは単純です。こうやって相手に見えないように持ちます。最初の人を決めて、右回りに相手から1枚抜いて、同じ数字があったら捨てます。最後にジョーカーを持っている人が負けです」

「はい。つまり……旦那様からジョーカーを抜かなければ私の勝ちです?」

「そうですね。せっかくなので何か賭けましょうか。負けた方は簡単なお願いごとを聞くということで」


 肩を揺らすと、ロイは悪戯っこい表情で札を1枚持ち上げた。何枚もある札の中から1枚だけ高さが変わる。


「リルさん、どうします?」

「どうします? これは何です?」

「さあ?」


 ロイはとっても楽しそう。私は困った。わざとジョーカーを目立たせるわけがないし、そう思わせて本当にジョーカーかもしれない。


「真剣に悩んでいるのに笑わんで下さい」

「いや、その真剣さが楽しいです」


 ロイはさらにクスクス笑い出した。それなら早く決めよう。ロイの罠の隣の札にした。


 ジョーカーがやってきた。


「リルさん、顔に出てます。皆でする時は隠さないと自分のところにジョーカーが来たと見抜かれますよ」


 ロイはますます楽しそう。私は少しムッとした。でも楽しい。5つも離れていて、何でも優しく教えてくれるロイがとても子どもっぽく見える。


「顔に出さないのも遊び方ですね」

「そうですね」


 よし、とすまし顔を作る。それから札を並べ替えた。ロイはジョーカーを抜かなかった。それでロイの持っている札が減る。


「ではリルさん。今度のリルさんは気楽ですね」

「はい」


 そのうちロイは1枚、私は2枚になった。それでロイの番。ロイはジョーカーを1回も抜かない。何で?


「んー、リルさん。こっちです?」

「違います」

「ではこっちです?」

「違います」

「どっちです?」

「どっちもです」

「何ですか、その回答」


 ロイはずっと楽しそう。私は楽しいより拗ねはじめている。

 右だ右。右を抜きなさい。顔に出ないように気をつけている。1回くらいジョーカーを抜け。


「よし、こっちにします」


 あっ、右。やった!


「なんやリルさん。顔に出なくなってきましたね」


 そう言うとロイは札を畳に向けてふせて何回か入れ替えた。それをそのまま畳の上に並べる。


「お好きな方をどうぞ。これなら顔にはでません。運です」


 そういうやり方もあるのか。ロイは引っ掛けようと声を出してみたり、札を高くしてみたり、色々巧みだ。頭の良さの違いだろう。


「運ならこちらにします」


 あっ、勝った。


「旦那様、勝ちました!」

「あはは、リルさんの勝ちですね」


 負けたのにロイは嬉しそう。それで札を箱の中にしまっていく。1回で終わりなのか。


「これはリルさんのものなので、色々な人と遊ぶとええです」


 手を取られて右手の掌の上に木箱を置かれた。祓い屋で遊んだ話をしたから買ってきてくれた?

 またしても優しい。


「ありがとうございます。旦那様ともまたジョーカー抜きゲームをしたいです」

「時間が大丈夫ならもう1回します?」

「はい」

「その前に、リルさんは勝者なので頼みごとが出来ます。何かどうぞ」


 ロイは木箱を私の隣に置いた。それで両手を取られて軽く握られた。ロイは優しく微笑んでいる。


「旦那様、何にもないです。また素敵な贈り物をくれた旦那様に頼み事なんてバチが当たります」

「バチなんて当たりませんよ。何でもええです。簡単な、なのでお茶を淹れてきてとか苦手な数学を教えてとか、来週お出掛けしたいとか、何でも」


 最後のは簡単な頼み事ではない。


「旦那様、お出掛けは簡単な頼み……」

「来週のリルさんはきっともう元気だろうから、どこかへ行きたいです。自分がリルさんに勝つまでジョーカー抜きゲームをしないといかんですね」


 それはつまり、そういうこと。ロイは私とお出掛けしたい。それはすごく嬉しい。ロイは私の手を握ったまま。この意味は私に頼まれるのを待っている、ということ。多分そうだろう。


「旦那様。頼み事はお出掛けが良いです」

「どこへ行きます? 次の水曜までに考えておいて下さい。頼んだのはリルさんですからね」


 えっ、それは難題。ロイは悪戯っぽい笑顔で肩を揺らしている。なんか上手く流された気がする。


「はい。あの、旦那様は勝ったら私にどんな簡単な頼み事をしようと思いました? 勝たなくても頼まれたいです」


 ロイの瞳は少し夜っぽい熱っぽさ。手を握る力も増した。


「それなら2人の時は名前で呼んで下さい。試しにどうぞ」

「名前……です?」

「ええ。簡単な頼み事です」


 あまりにも想定外の頼まれ事だ。確かに簡単ではある。お金も手間も時間もなにもかからない。名前を呼ぶだけ。

 しかし、物凄く緊張してきた。そう呼ぶようにかめ屋で習い、練習して、祝言の日から口にし続けていたので、もうすっかり旦那様呼びに慣れている。


「あの、はい。その、ロイさ……」


 ん、は言えず。キスをされて、そのまま何回か続いた。また胸がキュウウとしたけど、これは病気ではないと最近分かってきている。

 恋をしている、慕っている、きっとそういう意味。

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