未来編「ロカと兄姉達の話:裏話」
今夜、子ども達はルルと寝ると騒いだので私とロイはのんびり二人だけの夜だ。ロイは机に向かってうんうん唸っているので後ろから何を考えているのかと尋ねたら隣に手招きされたので移動。
机の上には小さめの紙が広げられていて美しい桜の絵が描いてあるけど今はもう六月だ。
「イオさんが昔から可愛がっている男の子がもう文通お申し込みをするような年になったそうで、代筆というか添削を頼まれました」
「桜の君へ、と書いてあるから桜の絵ですか? アレクさんの絵とは違いますね」
これは素敵な絵だと私は絵に見惚れた。桜だけど花びらの色が桃色と黄色の二色だ。
「これは本人の絵です。豪家の次男さんで絵が得意だから家業に関しては絵で貢献していいきたいみたいです。リルさんの実家から遠くない区立高等校生さんで近くの区立女学校さんへだそうです。通学路が被っているんでしょう。あるある話です」
「区立同士だと釣り合いも取れそうなので門前払いみたいなことはないですか?」
「ええ、多分。お申し込み文と、もしも文通を受け入れられた時の最初の手紙の添削ですが……難しいです」
何がどう難しいのか尋ねたら、最初の手紙の文はあまり直すところがないのでそのままで、ところどころ女学生が好みそうな事を散りばめたそうだけど、この内容に対する龍歌や龍歌もじりが思いつかないそうだ。
「桜の君へ、なので桜の時期に出会った可愛らしいお嬢さんへという意味かと思ったんです。この見事な絵ですし。絵は何回でも描き直すそうです。ド定番で万年桜を絡めて可愛らしいと褒めるのかと思ったら見た目のことは全然」
「私も読んでもええですか?」
「ええ。リルちゃんにも助けてもらって、と頼まれました。幼馴染って何才までリルちゃんなんですか? 慌ててリルさんって言い直していましたけど。あはは」
リルちゃん、とロイに楽しそうに腕をつつかれた。
「……ロイ君」
「えっ? リルちゃん」
「ロイ君」
「リルちゃん」
二人で少しふざけた後、手紙を読むと桜が咲いている頃に怪我をしている猫に優しくした君を見つけて、そこから気になって、いつも友人達と笑っている、さり気なくゴミを払ったり誰かに優しくしていると気がついて、名前が分からない君を桜の君と呼ぶことにしたと書いてあった。
別の紙には添削して助けて下さる方へ、と書いてあって万年桜の精は健気で優しそうだけどそういう逸話はなくて、どちらかというと桜の君はシーナ物語のシーナのようだと思いましたが顔にあざなど悪いところはなくてかわゆい方で、シーナ物語は珍しい話なので使わない方が良いと考えましたと書いてある。
「シーナ物語なんて始めて聞きましたが呪いの話なんですか⁈」
手紙の隙間にロイの文字でシーナ物語は一部では呪いの話なので使わない方が無難です、と書いてある。
「家業の為に意匠考案をするから文学通みたいです。自分は裁判記録がきっかけで読みました。リルさんがセレヌさんに貰った丘の姫と流星の物語に似ています」
「感動物がなぜ呪いの話なんですか?」
「この話にちなんで蜘蛛を手紙にして四回送りつけると惚れられるか死ぬというおまじないというか呪詛が作られて、たまに裁判になります」
「えっ。蜘蛛を手紙にするってなんですか⁈」
「気持ち悪いんですけど手紙に九匹蜘蛛を押し花みたいに貼り付けるんです」
「……ひいっ! そんな手紙は見たくありません!」
「ほら、イオさんの奥さん。彼女が昔その被害に遭ったんですよ。聞いたことないですか?」
「ミユさんはそのような気持ち悪い手紙を送られたんですか⁈」
「九日後にまた送られてくると気がついたので、二通目の前に犯人を逮捕出来て、他の罪と共に処罰して王都から追放されました」
シーナ物語にはそういう怖い呪いの話は出て来ないけど、蜘蛛の虐殺や陰湿な虐めなどが出てくると言われて読むかためらっていたら「オチを先に言いますか?」とロイに尋ねられた。
「読まない気がするからオチを聞きます」
「優しい女性を助けたのは、以前から彼女をちょこちょこコソコソ助けていた皇子様で二人は蜘蛛達と幸せになりました。シーナが蜘蛛の糸で織る美しい布で国も豊かになりました」
「……読みます」
「国立、区立女学校にはあるのかなぁ。図書館の方が確実かもしれません。ルルさんに頼んだらついでに借りてきてくれますよ」
「はい」
桜の時期に見つけた、だけではなくて君の笑顔は桜の花のようだ、なにせ優しくした相手も笑うから花を咲かせる桜の君と書いてあるので、私としては万年桜を連想する。
「花を咲かせて相手を笑顔にするのは万年桜の精です」
「そう思いますよね。自分もそう思うので龍歌は絶対桜なんですけど、自作だと伝わらない可能性もあるので有名龍歌のもじりがええと思うんです」
「万年桜の龍歌ってないんですか?」
「万年共にいましょう、みたいなものや君はとても美しいとか、そういうのはあるんですけどこのお申し込み文に添えるものではないです。見た目に一目惚れ、みたいな龍歌もじりは却下したいです」
うーん、とロイはまた唸った。
「最初からこの手紙を送りたいくらいです。自分なら胸に響きます」
「私もこういう風にさり気ないところを見てくれていると分かる手紙で優しいと言われたらうんと嬉しいです」
君はとても優しくて笑顔の花を咲かせる桜の君なんて言われたらとても気分が良い。
「こういう視点で世界を見ている子は、見る目がある男の子な気がします。きっとお相手の女の子も気立ての良い子です」
「かわゆいから一目惚れ、ではなくて優しい人だと気がついた龍峰です」
「ええ、親しくなったら龍峰を使うと良さそうです。定番や練習そうだからと思わせてこの手紙で本気だぞ、の方がよかですか?」
本気ならお断りだけどお互い練習しましょうと始まってしまえば最初の難関、親の許可を突破出来るとロイに言われて、私はそれもありですねと返事をした。
「ときめき番長のルルを呼んできます。練習、定番っぽいけど工夫ゼロではない文を考えつきそうです」
「書いたのをルルさんにどう思うか聞こうと思っていました。ルルさんはいくつお見合いを破壊して、いくつ他の人と他の人の縁結びをする気なんでしょう」
その通りでルルは兄姉の友人や後輩、それから自分の友人に「こう申し込んだらええ」とか「いざってこときはこう」と助言隊長である。
「早く本人が誰かとどうにかなって欲しいです」
「別に家にいてええですけど酒癖は直した方が良いかと」
「ロイさんも一緒になって飲むからですよ」
ユリアとレイスはもう寝ているか確認して、寝ていたらルルだけ連れて来ようと寝室を出て離れへ向かったら三人とも寝ていなくて踊っていた。
「うわっ。鬼オババが来た。かくれんぼの時間だ。鐘が鳴るまで遊びの時間だからかくれんぼしよう!」
「ちょっとルル。ユリアとレイスが真似するからそういう言葉遣いはやめて下さい」
「鬼オババ」
「オババ、オババ、雷オババ」
「レイス、ユリア、正座」
嫌だと騒ぐのでユリアとレイスを義父母のところへ連行して言いつけて、二人にお説教してもらうことにした。私もロイも叱り下手なので軽く叱って、ぐずった後はなるべく義父母に任せている。
その後表面的には反省しているルルを連れてロイに言いつけて二人で軽くお説教。
「雷オババはリル姉ちゃんが嫁仲間と使うからです」
「リルさん、子どもの前では気をつけて下さい」
「はい」
「ルルさんはもっと気をつけて下さい。でないと我が家から追い出しますよ」
「でもほら、私がいないとリル姉ちゃんが楽出来ないですよね?」
「レイさんやロカさんに来てもらう手がありますし、ご近所の卿家のお嬢さんをリルさんの息抜きの時だけ雇う手もあります。特にロカさんはええ花嫁修行になると思います」
「あはは……ですよねー。私はそんなに家守り仕事はしていませんし。すみませんでした!」
お説教はほどほどにしてルルに文通の相談。最初の手紙は見せないで、お申し込み文は練習みたいに親の門前払いを避けたいけど本人の気持ちは本気なこと、春に相手を見つけたから桜を使いたいことを伝えて、ルルならどういうお申し込み文が欲しいか尋ねた。
「イゼ様ですよイゼ様。私の中では今、イゼ物語が流行りです。ウィオラさんに教わって図書館で探して読んでいます。イゼ様が詠んだって知らなかったけど龍歌はそこそこ有名です。世の中に絶えて桜の、です」
「ん? イゼ様? あれはナヒラですよね?」
「ロイさん、ナヒラの恋話を集めたのがイゼ物語なんです」
「旦那様が知らないってことは珍しい話ですか?」
「もしかしてイセル物語ですか?」
イセル物語はイーゼル海老の語源なので少し知っている。
「それです! でも中身が全然違うんですよ。ウィオラさんはイセル物語を知らなかったです。古い時代に巻がバラけて別作品になって地区ごとに作品が違うのでしょうかって言うていました。そういう作品が他にもあるそうです。イセル物語は冒険譚でイゼ物語は恋物語です」
「あー。世の中に絶えて桜のは春の定番ものです。定番過ぎるし景色の歌なので除外していました。でも龍歌に少し興味があったり詳しいとイセル物語で女性との絡みの事を知っています」
「春ではないのに桜なら万年桜ですよね? 君はとても魅力的ですって裏読み出来てええです。それでいて定番。練習っぽくて、粋に返してみようかなぁとか、これを知っているなら少し龍歌を勉強しているから知的そうなだと好印象です」
「それなら……。たえて桜のなかりせばと言いますが春が過ぎても桜の君がいます。どうですか?」
これは私も頭の中で意味を考えられる。もし、世の中に桜の花がないなら、春を過ごす人の心はどんなにのどかなことだれつ。桜の花があるから、散ることが気になり落ち着かないです。そういう桜は素晴らしいと歌った龍歌があるので春が過ぎても桜の君、つまりあなたがいるから桜が散った後も落ち着かないみたいなことだと思うし、お申し込み文だからこそそう思いたい。ルルは目を閉じて胸に手を当てて小さく頷いた。
「雅な気配です。なぜ私が桜の君なのか……万年桜の精のようだ、ということですね。定番のようで言われないから響きが良いです」
「ここに桜の絵が添えてあるのはどうですか? 自作の絵です」
「下手な横好きはちょっと」
目を開いたルルは嫌そうな顔をした。
「この絵だとどうですか?」
ロイが絵を見せたらルルは大拍手。
「画家さんなんですか? 黄色い桜は今の太陽が少ない梅雨にあなたに太陽を、みたいでええです! 採用!」
「区立高等校生から区立女学校生へです。身分や家柄家業などはそんなに気にしない世界だと思いますが、どうですか?」
「私としては花丸です。文通拒否なら恋人がいます。私は女学生経験がないから明日職場で学生時代にこういう文通お申し込みはどうだったか聞いてみます」
「よろしくお願いします」
「ちなみに誰から依頼されたんですか? 国立高等校生なら分かるんですけど区立高等生とロイさんってどこかで繋がるんですか?」
ロイはイオから頼まれたという話をして、妻のミユが火傷で入院した時に知り合った男の子達が大きくなって彼に相談に来たと教えた。
「えっ、ミユさんって火傷して入院したことがあるんですか?」
「火事現場から助けたのがイオさんだよ」
「そうなの⁈」
「助けたイオさん側が一目惚れして押し続けて結婚しました。ルルさんは知らないんですね」
「助けた側なのに一目惚れですか。そんなことあるんですね」
「ご友人を庇って大火傷。意識が朦朧としているのにずっとご友人の心配ばかりしているからこういう友人想いの人はよかだと思って、そもそも友人を探しに行って逃げそびれたと知って、勇敢なのもよかだって言うていました」
「ほんわかしてそうでイオさんをぺちゃんこにして操っている恐妻さんはそういう風に色男で人気者のイオさんを手に入れたんですか。へぇ。今度兄ちゃん達と飲む時に聞いてみよう」
最近のルルはお見合い話ではなくて、そういう自然な出会い話を集めて自分には起こるか起こらないか、なぜそういう事が起こるのか考察したい気分らしい。
お休みなさい、の挨拶を済ませるとルルは「お説教が終わっているはずのレイスとユリアを寝かしつけます」と告げて部屋から出て行った。
「ロイさん。イオさんとミユさんのことって、懐かしい話が出ましたね」
「ええ。ネビーさんに頼まれて流行り物を買ってきたら、リルさんに浮気されたと誤解されて、父上が貝殻弁当にされましたね」
「旦那様と間違えました」
「そうです、そうです」
「ミユさんとたまにあの病院へ行くんですが、今もイオさんやミユさんが子ども達と作ったトランプがあるんです」
「あの手作りのよかなトランプ。久しぶりに見たくなりました」
私がロイから貰ったトランプを、ハイカラなもので口説きに使えるかもと幼馴染のイオに貸したら彼は口説きではなくて病院で慰問に使った。
一緒に遊べる子達を誘って遊んで、これは返す物だから自分達で作って病院に寄付したらずっと皆で使えるし、体が元気な時間帯や退院間近などの老若男女が楽しめると提案して先頭に立ったという。さすが火消しは区民の英雄と思った話だ。
その頃のイオは不特定多数の女性と親しくしていたので全員と縁を切っても「そのような男性は大嫌いです」とミユに逃げられて落ち込んで、幼馴染達に相談しまくりだった。しかし、なぜ結婚までこぎつけられたのか未だに不明。今度、改めて聞いてみよう。
「また魔除けの井戸水を持って行きます。先生にたまに効く人がいると言われているから定期的に持って行っています」
「今度の休みにレイスとユリアを連れて行きましょうか。母上の事をイマイチ分かっていなそうなので、病気や怪我など大変な人といることをそろそろしっかり教えたいです」
「はい。ミユさんも誘ってみます。あっ、ロカもです。ロカも薬師さんになりたいなら病院見学をするべきです」
「ロカさんの夢が薬師さんになるとは驚きですね。まあ、セレヌさんが来た時に調剤に興味津々でしたし」
「兄ちゃんみたいに人助けをする人になりたいって言うたから、感激屋の兄ちゃんはメソメソしていました」
「この間の親戚会でそうでしたね」
この数日後、ミユに会いに行って一緒に病院へ行って魔除けの井戸水とキャラメルを差し入れして、トランプが使われているなと眺めて薬師に妹が将来見習いになりたいけど現実を知るべきだから今度見学をしたいと相談したら「昔から良く来てくれるイオさんやその幼馴染さん関係なら大歓迎です」と言ってくれた。
お互い家守りでやることがあるし、家が逆方向なのでミユと病院前で解散、となったのでその時に嫌っていたイオとなぜ結婚したのか質問してみた。
「押され続けて折れたんでしたっけ?」
「皆さんそう言うのでそういうことにしています」
「本当は違うんですね」
「人は百面相で、石橋を叩いても分からないことがあることも、信用出来る方が褒める方は安心だと話してくれたのもリルさんです」
「……えっ? 私、そんな話をしました?」
「ええ。拒否はやめてまずは飛び込んでみようかなと。優しいところはどんどん知っていましたので」
また今度、と言われて手を振り合って解散。この日の夜にロイに話したら「自分の記憶にはないのに他人に大きく影響を与えていることもあるって不思議ですね」と告げられた。
ロカが薬師見学を許されたのも、私が定期的に病院へ行っていたからで、ひょんなところで家族と他人の縁が繋がることもあるから普段の行いは大切で、そういう話を子ども達に伝えていしたいと教育相談に発展した。
しばらくして、実家で西瓜割りをするというので子ども達と行ったらロカに人生で初めて文通お申し込みをされたと教えられた。
母には話して、下校中のことでその日はネビーとウィオラが一緒だったから二人も知っていて、友人へのお申し込みのついでに練習文通のようだから家のことを教えてみると言われた。
「ロカもそんな年なのかあ」
「リルお姉さん、他の人には言わないでね」
「旦那様にも?」
「それはええよ。お兄さんが道場でブツブツ言いそうだから。ウィオラ先生を頼るけどリルお姉さんにも相談したい」
「うん。なんでも聞くよ」
隣に住むルカではなくて私を頼ってくれるのはむず痒いし、四月に出会ったばかりのウィオラとロカが先生と生徒で毎日かなりの時間を一緒に過ごすからどんどん親しくなっているのが少し寂しくて羨ましい気持ちも抱く。
それからどうなったのかなぁ、と考えていたある夜、家族親戚が大集合になった。
今夜は兄の呼びかけで皆で玩具花火をするということで夕食は両家揃って我が家の居間でそうめん。
かめ屋からルーベル家は徒歩半刻程なので仕事終わりのレイを兄が迎えに行ったから、不在なのは夕方から既に寝ていた祖母だけ。
「リルお姉さん、ちょっとええ?」
「どうしたの?」
そうめんを茹でようとしていたらロカに手招きされたので、そうめんはルカに任せて台所から二階まで移動。
「その、文通を始めた人から手紙が来たの」
ロカは唇を尖らせて眉間にはシワだけど、少し頬を染めているという、ルカが照れた時にするような顔になった。姉妹だなぁ、と思って笑いそうになって慌てて唇を固く結ぶ。
「嬉しいことと嫌なこと、どっちが書いてあった?」
「嬉しいこと……。だけど困ること……。知らない人に褒められたら嬉しいけど、それがこひの話かもしれないと、恥ずかしいから訳が分からない」
「そっか」
「お母さんに、お母さんに言いにくいことはルカお姉さんやリルお姉さんに相談って言われた。あとウィオラ先生。びっくりして返事が分からないって頼ったら、ルカお姉さんは茶化さなかった。意外」
それはロカにとって意外なんだ。
「ルカは真面目な話は茶化さないよ」
「うん。お母さんもそう言うた。それで思ったまま返事をするとええよって言うてくれた。しかもね。私のいないところでウィオラ先生に頭を下げてくれたの。私が相談したら助けてって。学が足りない私は返事の手助けは難しいからって言うた」
「ルカがそんなことしてくれたんだ。ルカはいつも皆の心配をしているからね」
「……皮肉屋だし偉そうだから知らなかったけどそうだった。ルカお姉さんがリルお姉さんに嫌味を言うていたのに、裏ではかめ屋の女将さんに妹を褒めて見捨てないで下さいって頼んだ話なんて知らなかった」
「……それは私も知らないな」
かめ屋の女将セイラに頼んだってことは花嫁修行の頃の話だ。とんでもないところから、かなり昔の話が掘り起こされてびっくり。
「知らないの? お兄さんは知ってたよ」
「ジン兄ちゃん?」
「ううん。ネビーの方」
「あー……。花嫁修行中に二人が様子を見に来てくれた時かも。ルカにお説教されたけどそうなんだ」
「最近ね、私が当たり前だと思っていた世界が次々と崩れて違う世界が見えてくるの。この間、ロイさんに第三者を通すと知りたい人の人物像が浮かび上がることがあるって教わった。だからリルお姉さんにも相談するけど、なるべくいつもと違う人に相談してみる。ルカお姉さんやロイさんやジンお兄さん。ウィオラ先生も」
ロイとロカに最近接点があった記憶がないけどあったらしい。
「違う世界が見えてくる……。うん。結婚した頃そうだった。今もある。ロカからルカの話を聞くなんて思っていなかった」
「得体の知れないかまとと女が兄をたぶらかしたと思ったけど、ウィオラ先生はうんと優しい人だった」
「かまとと女……まぁ、ぶつぶつ文句を言うていたもんね」
怪しい女から私が兄を守る、くらいの勢いだったのにロカはウィオラにすぐに懐いた。ネビーは妹バカだから、ウィオラが私達姉妹と親しくなる程ウィオラにのめり込んでいくように見えるとこの間母に言われた。
これまでは妹達がいると邪魔とか、妹のお世話があるから縁談を考えてくれないみたいな女性ばっかりだったから、それが心底ネビーは嫌だったようだと母は「ネビーの性格を考えたら当たり前なのに気がつかなかった。目から鱗」と笑っている。
「先生、私には悲しい話とかしないからたまに聞いてあげてね。先生はお洒落だしお嬢様だから学校の先生にいびられるの。ええ子ちゃんって性格が悪い人に嫌われるじゃん。先生、大丈夫かなぁ。大丈夫しか言わないの。朝からメソメソ泣いたのに。でも私は子どもだから言わないの」
軽い新人いじめに遭遇したけどしれっと自分で回避して、ロイに「どなたか卿家の点数稼ぎにどうぞ」と報告書を渡してきたウィオラは朝からメソメソ泣いたんだ。しょうもないですと呆れ顔で冷めた目をしていたけど。このように、他人と自分の目で見える世界はいつも違う。
「うん。私が聞いてみるね」
「あのね、お兄さんがずっと独り身だったのは私のせいじゃなかったかもしれない」
「うん。兄ちゃんはいつもそう言ってるよ」
「嘘だと思っていたけど嘘じゃないかもって少し思った。袖振りされたら、やっとこの人だっていう人を見つけたのにってすこぶる落ち込むから、ウィオラ先生をイジメちゃダメだからね! 逆だからね! でも兄ちゃんを取ったから嫌い! 大嫌い!」
あはは、と歯を見せて笑うとロカは懐から手紙を出した。
(ん? 桜の君へ?)
「今後の手紙は見せないと思うけど、すとてときな手紙だから読んでみて欲しい。私、知らない人にこんな風に褒められたのは初めてだよ」
「うん。失礼します」
手紙を開いたら見覚えのあるような内容で私は固まった。この手紙の内容は先月ロイが添削を引き受けたものと酷似している。
「これ、金魚なの。お申し込み書と一緒に金魚草をくれたからなんでか考えたの。ウィオラ先生に聞いたら金魚月池かもしれないからって教えてくれて、私はお申し込み書を受けますって手紙に探りで月池を書いたの。そうしたらね、やっぱりそうみたいで最初のこの手紙に月池を描いて金魚を足してきたんだよ!」
「……姉ちゃんはその金魚月池が分からないや」
実は少し分かる。なにせつい最近ロイが「月の池と言ったらなんでしょう?」と頭を悩ませていて、それは前に文通お申し込み文の添削をした子からの質問だったからだ。
そこで私は我が家に来たウィオラと彼女の祖父ラルスに月池の歌やお芝居はあるのか質問して、金魚月池という話を教えてもらった。
ラルスが琴で演奏してくれて、ウィオラが歌って踊りをつけて、レイスとユリアが一緒に歌って楽しそうだった。手習から帰宅したルルがウィオラに本格的な舞踊の稽古をつけられて少しへばっていたけどすこぶる嬉しそうであれは愉快な時間。何より義母が「次男の嫁が孫を上流層みたいにしてくれる」と鼻高々で機嫌が良いから平和。
「うん。先生が有名な話ではないのによく知っていますねって褒めた。お父さんみたいに意匠を考える人になりたいから文学通かもしれないって。やっぱり相談するならウィオラさんだね」
「……うん、そうだね」
ロカはこれまでリル姉ちゃん、リルお姉さんだったのにちょっと嫉妬心が湧いてしまった。お母さんにも他のお姉さんにも内緒ね、と言ってくれていたのに離れてしまった感覚。
「あとロイさん? 私の周りで一番賢そうなのはロイさんだから。ロイさんに頼み辛いから助けてね。男心もロイさんだと思う。ジンとネビーは変わり者だから。それもリルお姉さんがいないと聞き辛い」
「うん、私はいつでもロカの味方だよ」
ウィオラに妬きもちを妬くよりもロカのことを彼女と話したら、今より親しくなったり彼女の違う面、長所や短所が見えてくるだろう。人は百面相とミユに言ったのは私らしいし。
「ルルは嫌。言うたら怒るからね! 鼻にわさびを入れるから! レイは別にええよ。恋話には役に立たないから言わないだけで害はないから」
「う、うん」
ロカはレイを下に見ているというか子ども扱いし過ぎだ。それで真面目な話には真面目に対処するのにルルの扱い。ロカは「ありがとう」と一階へ降りて行った。
(ロイさんが添削した手紙がロカの手に……)
ロイに教えるとイオの知り合いの子は相談相手を一人失うことになる。それからもしもネビーに伝わると妹おバカのネビーは腹を立ててロイに食ってかかりそう。文通のことすら秘密の父に伝わったら父もロイに食ってかかる。絶対。
(何これ。どうなってるの⁈)
この後、ロイへ同じ人物から相談は無くなってイオから「文通が順調で本人に質問できるみたい」と言われたそうだ。
私達夫婦、特にロイはとても感謝されたのと、誰も気が付かないようなので私はこのことを封印。いつかタイミングを見て誰かに話そうと思っている。




