特別番外「ロカと兄と姉9」
せっかく婚約したのに激務のせいで兄は婚約者に袖振りされるかも、と心配していたけどその兄は四月以来の休みを手に入れてお洒落して付き添いという名のお邪魔虫ルルと共にウィオラと三人でお出掛けした。
私は姉家族に付き添ってもらって友人達と海へ遊びに行く日にしていたからついて行けず。
友人を家まで送ってお風呂屋へ寄ってから帰宅したけど二人は不在でルルも居なかった。
今夜の夕飯は皆帰宅がバラバラだから、ということでおむすびとたくあんと即席味噌汁。
私は知らなかったけど兄とウィオラは夕食は外食だと母から教わったので寝る支度をして来月の試験に備えて勉強を開始。
しかし途中で人生初めての文通相手からもらった手紙を読み返し。
(ついでだと思っていたら猫を助けた先生と一緒にいた私を見ていた……)
男を見る目が悪いと不幸になることもあるから文通くらいしてみたら? と母やリルに言われて私はこうして区立高等校生と文通を始めることにした。
彼は二つ年上で家は小さな小物屋を営む豪家で次男。美術系の専門高等校へ進学して傘や扇子などの絵を描く担当になって職人達と家を盛り立てていきたいという内容が書いてある。
兄が商い系の専門高等学校に通っているからその範囲も同時並行で勉強していくという。
(綺麗な絵……)
親が貴方となら文通して良いと許可してくれました。私はこういう者です。
豪家からの文通お申し込みに対する返事の仕方はリルやウィオラに教わってそういう感じの言葉と共に私は自己判断で月池金魚を知っているか気になるから月が映る池の絵を添えてみた。
それに対して彼は私に同じ意匠で違う構図の月池と、そこに金魚が泳いでいる絵を添えて返事をしてきて本文は自己紹介、私に対する質問などだった。
(私の家や家族だと文通しないってなるかもしれないとか、最初の手紙はいつかなって思っていたら今日届いた……)
父は誰が相手でもうるさいので母が女性の名前で返事を下さいと言っているのでお母上の名前で郵送して下さいと頼んだから封筒には彼の名前の記載はなくて、本文の方にはしっかり名前が記載してある。
(ウィオラ先生、早く帰ってこないかなぁ……)
【たえて桜のなかりせばと言いますが春が過ぎても桜の君がいます】
世の中に桜というものがなかったら春になっても桜の花の咲く楽しみ散る悲しさなど心騒がすこともなくてのどかな気持ちでいられるのに。
そう言うけれど桜のような貴女が居るのでずっと落ち着かないです、みたいな口説き文句がお申し込み書に添えられていて練習とか常套句だと思って私の何がどう桜なのか、万年桜の桜の精にかけてかわゆいの思いましたという意味だと思ったら違った。
桜が咲いていてひらひら、ひらりと花びらが舞う頃に怪我をしている猫に優しくした私を見つけて、そこから気になっていつも友人達と笑っているなとか、さり気なくゴミを払ったり誰かに優しくしていると気がついて、名前が分からないから桜の君と呼ぶことにした。
持ち物や着物で黄色を好んでいそうなので黄色い花にしたけど夏にも桜が咲けば桜にしたかった。そういうあまりにも予想外の内容の文で私はかなり戸惑っている。
(こんなこと初めて言われた……)
勉強は感心だけどそろそろ寝なさい、と母が部屋に来たので手紙の内容の話をしようとしたけど恥ずかしいから唇を結ぶ。
出入り口のところで私に声を掛けた母は入室してきて部屋に上がって私の前で正座した。
「ロカ、母親に言いにくいことがあるならルカやリルを頼りなさいね」
母は放任主義のようでわりと逆だからサッと隠しても勉強しないで手紙を繰り返し読んでいたって気がついたかもしれない。
笑いかけられて頭を軽く撫でられて少々言葉に詰まる。
「うん。ウィオラ先生は良くない?」
「まさか。頼るとええと思うよ。ルカに話すなら真剣に言うと茶化さないわ。ルルもね。リルはそっち方面は苦手だけどリルには頼れる友人がいるし、あと嫌かもしれないけどネビーもジンもロイさんも元学生で友人もいるから男心って意味では聞くとええかもね」
「……うん」
「聞きづらいならそれこそルカ、リル、ウィオラさん経由で別人の話として聞いてもらえば?」
「……うん。レイは?」
「あれは聞いても無駄。私はそういう面ではあの子が一番心配だわ。顔はリルとロカがそっくりだけどリルと似てるのはレイよ。お喋り以外はかなり似ているわ。レイもリル姉ちゃん、リル姉ちゃんだったからねぇ」
母はもう一度私の頭を撫でると「ウィオラさんなら一刻前くらいに帰宅してるわよ」と言い残して部屋から出て行った。
それで少し迷って最初にルカの部屋へ行って彼女だけを呼び出して部屋へ招いて真剣な空気になるように正座して目の前に座ってもらった。
「真面目な顔をしてどうしたの。学校でまたいじめられた?」
「ううん。それは一年生の最初の時だけ」
母の言う通り、入学当初の軽いいじめ話に対してルカは茶化したり揶揄わないで話を聞いてくれたり、私以上に怒ってくれたり、力になってくれた。
最初の文通お申し込み用紙を無言でルカに差し出して様子見。
「こーんなに小さくてルカ姉ちゃんおんぶって言うていたのに文通お申し込みかぁ。かわゆいルカさんもそのくらいの時にお申し込みされたからかわゆいロカさんもそろそろってこと」
子持ちなのに自分のことをかわゆいルカさんってなんなの、と思ったけど無視しよう。
「ルカお姉さんは私ぐらいの年の時に文通お申し込みされたの?」
「まあね。別件で泣いていたからネビーが相手の男性に泣かされたと思って追い払った。受け取る気は無かったからええけどね」
「そうなんだ。なんで泣いていたの?」
「仕事でうんと叱られたから」
「そうなんだ」
「たえて桜のなかりせば、は私には分からないけど桜の君だなんて気分がええね。小物屋さんの次男ならお父さんっていうか彩屋との相性は良いかもしれないしひくらしから繋がってるかも。返事をしたいなら調べようか?」
皮肉屋のルカにはあまり言いたくないと思っていたけど母の言う通り真面目に聞いてくれるとは。
「お母さんが練習したらって言うから文通しますって返事を郵送した。返事をしてええかは少し保留されて、その後にこの人なら文通してええって言うたから多分お母さんが調べた」
「そうなの。それなら私に何を聞きたいの?」
「最初の返事がきて内容にびっくりして返事が分からないの」
どうしようかな、と迷ったけど見せても良い内容だと思うから今日受け取った手紙もルカに差し出す。
「……。思ったように返事をするとええよ。嬉しかったならそう書けばええし、気になることがあるなら質問。ルルは得意だろうから頼ってみたら? 真面目な話なら真面目に聞いてくれるよ。ルルは兄バカだけど姉妹バカでもあるから」
「えっ。ルルには一番言いたくない」
「レイじゃなくて?」
「言う分には別に。役に立つかは別として。レイは恋事系は役に立たないと思うけどルカ姉ちゃんは役に立つと思うの?」
「まさか。私はあんたにもそう思われるレイこそ心配だわ。ほら。ルルなら少ない情報でもあれこれ分析するよ。このお店を詳しく調べて両家に得がとうこうとか、得はないとか、兄弟姉妹はどうとかかなり調査しそう。我が家の誰かにすり寄りたいだけかもしれないとかさ」
「この手紙の内容は嘘ってこと?」
「家の為とか詐欺だとして、ここまで書いてあるのは最初に飛ばし過ぎだと感じるから本当な気がするけどルルはどう思うだろうね。あの子、そういうのは得意だよ。あの美女っぷりで男に口説かれまくっているから嘘やお世辞、本物や下心を私より見抜く」
そう言われるとルルを頼りたくなるけど悪気なく言いふらしたりズケズケ言ってきそうだから迷う。
「まあ、ルルはズケズケ言うし悪気なく言いふらすからリルに相談してそれとなくルル、くらいがええだろうね」
「……私もそう思った」
「リルもリルで口滑りだから私がルルに遠回しに聞いてあげるよ。ジンは変わり者だから男心はネビー……あいつも変人だけど一般論は普通だからジンよりはネビー。で、あとはロイさんかな。そこらへんはあんたが聞きづらいだろうから何か気になることが出たら私が代わりに聞いてあげる」
「ありがとう」
皮肉屋で揶揄ってくるから嫌な時は嫌だけど、頼れる長女ルカはやはり頼れる長女だった。
「返事は好きに書くとええ。自分を取り繕っても偽っても無駄だからさ。良く見せたいって気持ちが湧いたならそれは分かるけどね。駆け引きしたいならルルが上手いよ」
「うん。でもルルにはあんまり言いたくない。ウィオラ先生に聞いてみるつもり。一緒にいる時にお申し込みされたから知っているのもあるし」
「私はこの絵の意味やところどこら難しい文が分からないからそこは役に立てない。ごめんね。リルは分かるだろうけど駆け引きは出来なそう。ウィオラさんもどうなんだろう。あの人もリルと同じで真っ直ぐな人じゃん」
明日はこのルカお姉さんがリルに教わったかわゆいハイカラ髪型にしてあげましょう、と言うとルカは「お休みなさい」と部屋から出て行った。
(五人姉妹って得だな。お母さんにもルカにも心配されるレイは恋事には役に立たないけど)
次はウィオラを頼ろうと部屋を出たら彼女の部屋の前にルカが立っていて扉も開いていた。
そうっと部屋を出て合間机の隙間から向こう側へ移動してルカへ近寄ると彼女はウィオラと話していた。
「——なのでもしも相談にきたらよろしくお願いします。情けないけど学が足りない私は返事の手助けは難しくて、ロカはルルだと悪気はないけど言いふらすとか茶化されるって悩むみたいなので」
「そうでしょうか。私はルカさんから教わることも多いです。先程お母様も同じようなことを頼みに来ました。皆さん、ロカさんをとても大切に思っていると分かるのでいつも身が引き締まります」
「私は兄妹の中で一番バカっていうか、仕事に追われているのを言い訳にして教養不足です」
「時間は有限ですからどうしても偏りが出ます。こんなにかわゆい物を作って好評とか、こんなに綺麗なものを作ってとロカさんはお姉様を自慢していますよ。ロカさんは優しいお母様やお姉様がいるからきっと心強いです」
(お母さんもルカ姉ちゃんもこうやって根回ししてくれるんだ。一番バカって、お姉さんってそんなこと思っていたんだ……)
偶然知ったけどウィオラには明日にしようと思って寝ることにしてたらこれを知る機会はなかった。
「ロカ。お前は何をしているんだ? 見りゃあ分かるけど」
ネビーの声がして顔を上げたらお猪口を持って合間椅子に座っていた。
「……いたの。気がつかなかった」
「お前の姉は普段はキーキー煩いし辛辣だけど根っこは優しいな。リルの時も本人に出戻りするねとかギャアギャア言うのに裏ではかめ屋の女将さんに妹を褒めて見捨てないで下さいって頭を下げたぞ。見捨てられるどころかかめ屋の嫁に欲しいだったけど」
リルがかめ屋の嫁になる話なんてあったの?
「……そうなんだ。ルカお姉さんはさっき真面目に話をしてくれて優しかったよ」
「親父や俺が言うてきたからな。誤解されるからその口の悪さを治せって。完全には治らないからルル達にもうつるっていう。まあ、母親が原因で俺もそういうところがあるから人のことは言えないけどさ」
「ルル達って私も入ってるよね?」
「リルもだな。あいつもたまに皮肉屋毒舌だから。特にルカに対して。リルは親しい程そうなるから普通の交流相手にはあまり」
兄と話している間にルカとウィオラの会話を聞きそびれてルカは自分達家族の部屋へ戻っていった。
「俺はお前の恋話なんて聞きたくないから言うなよ。どこの誰か知るとイライラしそうだから調査はジンに任せた。親父は全部潰そうとするから論外」
「……お兄さんは文通お申し込みされたことってある? モテるからあるよね」
「お礼の手紙で中身はそういうのはある。文通お申し込みは無い」
「……同じじゃないの?」
「正式なお申し込みからズレているから知りたい情報が足りないってこと。だから全部返事しないし受け取らなくなった。仕事をしているだけだからお礼なら屯所全体へどうぞ。お申し込みなら正式書類を作って屯所へどうぞって」
「ああ。それは一緒にいる時に聞いたことがあるし見たことがあった。お申し込みされたことはある? って聞くってことは私もそれは文通お申し込みって思ってなかったってことだ。確かになんかこう、同じじゃないね」
「だろう?」
「それならさ、文通お申し込みしたことはある?」
「無い。少し話してみたいからしようかなぁと思ったら既婚者だったとか結納中だったことはある」
そんな話は聞いたことがないのでそう告げたら「聞かれたことがないから」と言われた。
「こういう話を聞いていたら女嫌いとは思わないよ」
「俺は女好きだって言うてるのになんで女嫌いとか男色家って噂になるんだか。口説いたのも婚約したのも女だっただろう? 単に気持ちが動く人が中々現れなかっただけ。ロカ、お前はいつまでしゃがんでるんだ?」
指摘された通り私は兄に背中を向けてしゃがんだままである。
「こういう話題は顔を見るとなんか恥ずかしいから」
「あはは。つい最近、もっと恥ずかしいような台詞、お兄さんの前でキスとか言うてたのにお前の羞恥心は訳が分からないな」
「うん。今は少し言いにくいかも」
「ならお兄さんも顔を見て言うのは照れるし妹に言うのは嫌だけど背中合わせだから言うか。結納した日にとっくに手を出してる」
「……えっ」
「俺はお嬢さんと縁結びしたくて禁欲、禁女をしてきたから我慢の限界だ。相手の親に出世組の派手な兵官は遊ぶって言われるって分かっていたから相当我慢してきた」
キスしてないは大嘘ってこと。
「ウィオラ先生、あんなに照れてお兄さんから逃げたのにそうなの? き……とすしてないって嘘だったの?」
「手を出した結果、恥ずかしいって逃げられてる。近寄ってきたり離れたり愉快だ」
「……い。気持ち悪い。お兄さんときなんて気持ち悪いよ。私なら嫌」
下手なキスで振られるとか、キスをしたら上手くいくと親しさが増すって聞いたから兄と婚約者はどうなのか興味津々だったのに「した」と聞いたら急に嫌な気分。
父と母がこそっとしていたのを見てしまった時みたいな気持ちだ。
「そりゃあ兄妹だから俺もお前にせまられたら心底嫌だ。つい最近までよだれを垂らしておんぶおんぶって言うてた気がする女に欲情するかバーカ」
「よっ、欲! そういう単語を使わないで!」
「あはは。少しは照れ屋になったな」
「別に……。お兄さんって嘘つきだね。ウィオラ先生も嘘つきだよ」
「酒も飲んでいないシラフの時に妹や婚約者の妹に堂々としてます、なんて言う訳あるか。お前は賢いのかバカなのか分からないな」
「今はお酒を飲んでるから?」
「それでお前の顔を見てないからだ。あとキスしたの? 攻撃はもううんざりだから言う。キスはした。結納前半で世間一般的にも許される本人もこのくらいならって許してくれる軽いやつ」
……。
「きって、このくらいなの?」
「たかがって言うたのはお前だぞ」
「そうだけど……」
そうでもない気がしてきた。私に手紙をくれた人が練習と言ってそこらでキスしていたらなんだか嫌だし、向こうも私が火消しに頼んで練習していたら嫌だって言いそうな気がする。
(この間までの私と何も変わらないはずなのになんで意見がこんなに変化したんだろう……)
「ウィオラさんは前の婚約者がまともならとっくに既婚者で下手すると子持ちっていう年齢。俺ももう二十七歳。幼馴染も同年代の同僚も軒並み子持ちって年だからお前くらいの年齢の価値観とは違うからな」
「……」
「それでこのくらい、もそこらで雑って意味じゃないからな。場所とか雰囲気とかあるだろう」
「ああっ! かめ屋だかめ屋! 別々の部屋でお泊まりしたけど部屋に遊びに行ったりしたってことだ」
「お前の望み通りそういうことは多少あるし、それも含めて親密度は増しているから安心しろ」
「……」
キスも出来ない小心者とか色々言ったけど全部的外れだったってこと。
ウィオラがたまに唇に触れてぽやーっとしている理由も最初の予想は正解疑惑。つまり照れ屋のウィオラに逃げられている、発言も怪しくて何回もしてる可能性。
「お子さまは起きてないで寝ろ。ぺちゃんこ胸が育たないって言われたんだろう?」
「ぺちゃんこはルルだから!」
「まあ、ぺちゃんこ好みもいるから安心しろ」
「なんなのもう! 私は違うって言うてるでしょう!」
「なんなんだはお前だ。自分の胸について暴露するなこのバカ娘。姉のことも言うな。巨乳好きの性格良しに振られたらどうする。惚れた後なら諦めるかもしれないけど最初に知っていると避けるかもしれないだろう。もっと考えろ。あと慎め!」
あっと思ったら帯を持たれたようで体が浮いて立たされて、その後背中を指で弾かれた感覚がした。
「ふーん。兄ちゃんはウィオラ先生のお胸がぺちゃんこなら結納しなかったんだ」
「んなこと言うてないだろう」
「ぺちゃんこ、ぺちゃんこうるさいからでしょう!」
「そんなに言うてないだろう。あー、図星だから怒ってるのか?」
「違うって言うてるでしょう! ルカお姉さんやウィオラ先生に聞いたら分かるから!」
「いや、妹の胸の大きさなんて知りたくないから聞かねぇよ」
「繊細さのないお兄さんとは結納破棄を検討した方がええってウィオラ先生に言うてくる。なんなのもう! 嘘つき! 大嘘つき!」
苛々しながらウィオラの部屋へ行こうとしたら本人と遭遇。
「あの。怒鳴り声が聞こえました。ネビーさんは大嘘つきなので私と婚約破棄した方が良いのですか? 私に何か大嘘をついたのですか?」
「えっ。あの」
「はいおじい様。すみませんロカさん。明日は早起きしたいですしおじい様と話している途中でしたのでお休みなさい」
……。
私の兄に大嘘をつかれた、というような悲しそうな顔でウィオラは部屋へ戻っていって扉を閉めた。
……。
振り返って兄を見据える。
「……聞こえた?」
「いや」
「お兄さんがウィオラ先生に大嘘をついていたって思われた。ごめんなさい」
「別に。朝、散歩をする約束をしてるからその時に聞かれる。質問されなきゃ自分で言うしお前も言え」
「……。そういえばなんで一人で飲んでるの?」
「静かに飲みたいから。うるさいのは断った。それでほら、月も星も綺麗だろう。今日は特別そう思うから目に焼き付けておきたい」
兄は空を人差し指で示した。
「ちはやぶるって言うだろう」
「……。そっ。お休みなさい」
自分の部屋に戻って鍵を閉めて敷いてある布団に転がったけど眠くない。
(惚気た。お兄さんが惚気た。つまり今日はとても楽しかったんだ……。先生もそうだったかもしれないのにまた足を引っ張ったかも……)
母は母親だからとしても、親ではないのにルカは私のためにこっそり頭を下げてくれていたのにその私は兄の背中を悪い意味で後押し。
(私は一番バカって……。ルカ姉ちゃんにそれも知らないのみたいなことを私達が言うからだきっと。ウィオラ先生は優しく時間は有限で仕事は凄いって言うた……)
軽口と悪口は似ているから気をつけなさいと両親に言われるけどこういうことかもしれない。
(良い子ちゃんぶって、みたいに言われることもあるから難しい……)
最近、私が当たり前だと思っていた世界が次々と崩れて違う世界が見えてくる。
(もしかして……。ジン兄ちゃんが婿に来る時とか、リル姉ちゃんがお嫁に行く時に兄ちゃんや姉ちゃんにこういう事があったのかな……。ルカ姉ちゃんは頭を下げた……。それを兄ちゃんは知っているのはなんで……)
ぐるぐる考えていたら眠れないかもと思ったけど私は睡魔に飲み込まれていった。
 




