特別番外「ロカと姉と兄5」
明け方に逆恨みで大商家に襲撃があって久々の大捕物。近くで外回りをしていたから先輩と参加してその後は小屯所で現在の業務外のことをしていた。
終わりかけになって夜の休み時間! と慌てて、他の職員に任せられる仕事をしていたと気がついて本来の業務に戻った。先輩もついうっかり、と苦笑い。
一週間ウィオラ無しで過ごして気持ちが予想以上にへばってきて、今夜仕事をしっかりどうにかしたら彼女と会えると思っていたので最後は走って汗だくで屯所へ帰ってきて行水。
「……おかしい。帰ってきたってここは職場だから戻ってきただ。家じゃねえ」
「えっ? は、はい! はい、ルーベル先輩!」
近くにいた見覚えのない同僚に声を掛けられた。先輩、と言われたから後輩なのだろう。
「ん? はい。なんでしょうか」
「いや、あの。お疲れ様です」
「あはは。腹の虫。昼飯を食い損ねたんですが夕食をこの後しっかり食えるはずなのでおにぎりいりますか? 具は分かりません」
「ああ、あの。これから見回りに行くので助かります。近くの飯屋で買って歩きながら食べようと思っていました」
「腐った臭いや味なら捨てて下さい。今日は冷えていたから大丈夫だと思います」
装備品入れからおにぎりの包みを知らない後輩に渡して移動。今食べたら夕飯が入らなくなるから食べられない俺のウィオラおにぎり……。
疲れた顔の近くにいた後輩の肩を叩いて撤収。髪も体も雑にだけど洗ったので袴だけ履いて管理棟へ向かった。
着替えて可能な限り書類を減らしてウィオラ待ち。呼び出し札が来たので心の中で小躍りして食堂へ行ったらロカしか居なかった。
「おおー、ロカ。一人ってなんだ。さすがに誰かと来たよな?」
そうでなければ説教どころではない。
「ウィオラ先生とラルスさんは近くの酒処にいる。ここまで送ってくれた。お兄さんに内緒話があって」
「内緒話……。それは大変だ。おっ。お前となら許されそうだから確認してくる」
別に妹には会いたいし神妙な顔で内緒話とは相談事だろうから嬉しいけど、ウィオラ不在は思ったよりも心に傷を受けた。
(居なかった頃を思い出せない、みたいな龍歌があった気がする。ロイさんに聞こう)
事務官に確認したら今日ロカが身分証明書を見せていて兄妹なので面談室で二人で食事の許可が出た。
面談室だとお味噌汁を作れないとロカに言われて「準備してくれたら朝お湯を注いで飲む」という返事をした。広くない部屋で向かい合って座って荷物を預かって弁当を広げて挨拶をして手を付ける。
「それで浮かない顔をしてどうしたロカ」
「お兄さん、髭面は汚いから頑張れるなら頑張って。無理ならお父さんを呼ぶから剃ってもらって。私は気持ち悪いと思うし友達も見かけて疲れててもあれはちょっとって。怖くて相談出来ないって」
「……おお。分かった」
内緒話ってこういう話。これは全く予想してなかった。いや、これは連絡帳に書いても構わない話なので本命の話題は別だろう。
(ウィオラさんにもお髭は素敵、みたいに言われてないな。まあどう見ても素敵には見えない無精髭だけど。でも怠くて面倒でつい……)
ウィオラにお髭は嫌いです、と言われたら全力で毎日剃るけど言われていない。彼女なら嫌い、とは言わないで好みませんと言いそう。
「お前の兄は髭面で気持ち悪いっていびられたか?」
ロカは首を横に振った。
「怖くて相談出来ない、か。そうだな。気をつける」
「あとね、ユラさんは帰った」
「今朝見たウィオラさんの連絡帳に明日帰るって書いてあって、その明日は今日だからそうか」
不満とも拗ねとも違う複雑そうなしかめっ面のロカを眺める。
「あんな人って言うて悪かったと思った」
「そうなのか。なんだ。ユラさんに遊んでもらったのか? ウィオラさんと一緒の時に」
ロカはまた首を横に振った。まあ、あのユラはロカとのほほんと遊んだりしなそう。
長屋の住人に愛想笑いを浮かべていたけど目が拒絶の瞳。家族親戚の成人組はウィオラの前職の同僚という単語で、講師として教養を教えていた相手だから高級遊楼の遊女だと察しているので誰もユラの話題をほとんど出さないという。母はそういう文の後に、難しそうな人だから不用意に近寄らないと書いていた。それも家族が誰でも見られる連絡帳ではなくて手紙で。ラルスも一言「私が動くので気にしないで下さい」である。
「相談したら話を聞いてくれた」
これまたこちらも想像していなかった話題。出汁巻たまごを頬張りながら耳を傾ける。
「へえ。それで?」
「あの人、感じ悪いけど優しい人だった。あと悲しそうな人」
「優しく相談に乗ってくれたのか」
「うーん。優しいのと優しくないのと両方」
ふーん。しかしなんでまたロカはユラに相談事をしたんだ?
「ユラさんのユラっていう名前は、あんたは幽霊みたいにふらふらゆらゆらしているからなんだって。名前を聞かれてうっとおしいからお母さんがユラって付けたって」
「そうなのか」
嘘つき女の嘘話なのか本当なのか不明。真実だと悲しい名前だけどその名前を使い続けているのか。身分証明書を真っさらにして一から奉公、は難しい道である。
「ウィオラ先生は知らない話」
「ロカには教えてくれたのか。そういう悲しい話」
嘘をついて同情を誘って我が家に何か、か俺のかわゆい妹に癒されて口が滑ったのか?
「私はあんたを信用して話した訳じゃないし嘘つきだから嘘ばかりって言われた」
「そうなのか」
ロカは一体何の相談をユラにして彼女とどんな話をしたんだ?
「それでね。ウィオラ先生にいじわるしてたって。謝りましょうって言うたら謝ったら何になるのって。過去は消えないから自己満足だって」
「ウィオラさんがいじわるされているようなところを見て彼女と何か話したのか?」
「ううん。違う。それでウィオラ先生に八つ当たりで湯呑みを投げた時に怪我をさせてこめかみに傷跡が残ったって」
ウィオラのこめかみを軽く観察しよう。本当に傷跡があったとして、何があったか尋ねたらウィオラは俺に軽く話してくれそう。
「熱が出て死にそうな時に持ってきてくれたお粥も投げたって」
「そうなのか」
看病してくれようとした相手を拒否したってこと。投げるってなぜそうなる。
「親切にされるのが怖いみたい。誰も助けてくれないし騙されてきたみたいな話をされた。酷いから嘘だとええなって話」
「そうか。お前だけ聞いたのか?」
「うん。ウィオラ先生も途中しか知らないって」
「お前は最初から聞いたのか」
「嘘つきだから嘘かもしれない。本当のことだと思った? って言われたから私は辛くて悲しくて酷い話だから嘘の方がええって言うた」
どうなってロカとユラがそういう深い話をしたんだ?
彼女の言う通りロカに嘘話をしたのか?
今は黙って話を聞いておこう。
「彼女に秘密の話をされたのか」
「言いふらしてええって言うてた。特にお兄さんに。だから伝言だと思った。自分は嘘つきで世間のほとんどを信じてないって」
ロカを通して俺に伝言でウィオラには言いたくない話ってこと。
「嘘ならええって言うたらおめでたい頭って言われた。もっとえげつない地獄かもしれないのにって」
俯くとロカはますます顔をしかめた。
「兵官さんが酷いお母さんから助けてくれたのに、知識がないから兵官さんを敵だと思って奉公先から逃げたんだって。お母さんは虐待したから晒し首」
虐待では晒し首にはならないから娘に春売りさせて本人も、みたいなことで斬首刑後に晒し首だなこれは。それで多分本当な気がする。
言いたくないし子ども相手だから軽めに話して、俺に何か伝えたいから「もっとえげつない地獄」と言ったのだろう。
(飲んだくれの母は帰ったら死んでいた、は晒し首の可能性……。この感じだと子どもの頃……。母親が恋しくて花街から逃げたってことか?)
この理由で保護だと可哀想だけど一応表向き罪に問われる。半元服以上元服未満だとこの街で生きろと説明して花街に放り投げになるけど通常それはしない。わざと年齢を低くして遊楼預け。
あの容姿だからどこかで下働きではなくて遊楽女にするだろう。
春売りの罰でもあるけど容姿や経歴でいずれ遊女になることが多いから先に登れる好機を与える。
罰だけど保護なので運が良ければ途中で良家の養子。単に売られた子よりも養子縁組を優先される。
この経緯だとそれなりの店へ渡されるから辛い思いはするけど以前よりは遥かにマシなはずで水揚げまで男にヤられることはない。
周りに似た女達がいるから心の傷もどうにか乗り越えられる可能性あり。
転落もあるけど伸びれば天下の花魁。この世の男を踏み潰して成り上がり。
(でも逃げた……。知識がないから教えても伝わらなくて……。あるある話……)
「まあ、そういうこともある。俺らも頑張ってはいるんだけどな」
「悪い人に捕まって蔵に閉じ込められて働かされたって。使えなくなったゴミは捨てるでしょう? って言うた。人はゴミになんてならないのに。殺すのは気持ち悪いから飢え死狙いだって。腹減りの辛さは分かるけど私は何日もは知らない……」
(担当役人や遊楼に花官に見回り兵官も全員なにをしてるんだ。ったく。六番地なら俺らの失態だしそうでなくてもユラさんの気持ち的には同じかもな)
これも深読みだけど俺が推測する「働かされた」をロカは理解していないだろう。
「蔵から逃げられたから今生きてるんだな」
「うん。また悪い人に捕まったって」
「そうなのか」
ロカの顔が怒り顔になっている。
「なんなのもう。酷いよ。でも悪い人だけど悪いだけじゃなくて心配してくれるガミガミオババ。でもガミガミ言われると心配されてるって分からないでしょう? 叱られたのを怒られたと思って無視して転職して男の人と暮らしたけど嘘つき男で騙しだったの」
「そこか。ウィオラさんが知っているところ。俺も少し聞いた」
「そう言ってた。ここは言うたって。酷いよね。子どもが出来たら困るから人を雇って暴行させて入院だなんて。女将さんが正しかったと思って会いに行ったら火事でお店も家族も燃えてなくなっていたって……。人を売ったり脱税とか悪いことをしている家だから罰が当たったみたい」
食が進まなくなってきたので箸を置く。これは踏んだり蹴ったりなんて話ではない。もう少し情けや容赦のある人生で良いはずだ。
「そのあと少し色々あってウィオラさんと同僚になったんだって。あんたの兄は仕事柄えげつない地獄を知ってる男だから何か察してるって言われた。こんなに酷い話なのにもっと酷い話があるの? それともこれは大袈裟で本当はもう少しくらい辛くなかった?」
我慢している様子だったロカはついに泣き出して懐から手拭いを出して涙を拭った。
(これが本当で深読みが当たりだと、まあえげつない地獄だな。ロカには言えねえ)
「彼女は嘘つきだから分からない。もっと酷いことは無いといいな」
「でも似た話があるってことだよね?」
「そうだな。世の中には色々な人がいる。だから俺は頑張っているつもりだ」
「ご近所さんなら最初に逃げた時に我が家の誰かが助けたよ。お母さんやお父さんが腹減りするけどあんたの姉だから仲良くしなって言うて家族になったかも。家は貧乏だから他の家を探そうとか。ウィオラ先生が怪我をした猫を助けて一緒に飼い主を探したみたいに皆で探すよ」
メソメソ泣く妹をみて、優しい心を育んでいるし家族を信頼してくれているんだなと背筋が伸びた。しれっとウィオラの新しい良い話を聞けるとは。
(こりゃあ、ロカはこの調子でユラさんの前でも泣いて似たようなことを言うたな。傷は消えないだろうけど、少しはマシになっていたらよかだけど……)
「ウィオラ先生は優しいから親切にしたし、陰で悪口を言うてなかったの。逆に嬉しい事を言ってくれてたって」
「そうなのか?」
何を相談したらこういう身の上話になったのかと思ったけどユラはウィオラが大切、みたいな話をロカにしたかったのか?
「うん。兄ちゃん。イノハの白兎って知ってる?」
「あー、知らないな。勉強不足だ」
「私もなんとなく聞いた気がするけど分からないからウィオラ先生に教えてもらった」
「そのイノハの白兎がどうした」
「イノハの白兎は縁結びの副神様の遣いなの。それで縁結びの副神様がうんと優しい乙女と結婚出来るように白兎は黄色い花を渡したんだって」
「ほうほう。気になる話だな。そういえば兎の像がある神社がある。あれは縁結びの副神様の遣いなのか」
縁結びの副神様は時に白兎に化けるって話はこのイノハの白兎伝説からきていたのか。
「うん。その黄色い花は福寿草って言われてるんだって。幸せに長生きしますようにっていう花。良縁を結んで幸せを招いてくれる花」
「黄色い花はええ意味の花ってことだ」
文学とか神話みたいな話だとウィオラは本当に博識だな。君と良縁を結びたいですとか、良縁だと思っていますと黄色い花を贈ったら喜ぶか?
それにしてもユラの話はどうした。
「良い縁を結ぶ、だから良いに結ぶで結良花って呼ぶこともあるんだって」
話が逸れていくと思ったらユラの話の続きだった。
「イノハの白兎の物語の種類によっては黄色い花じゃなくて黄色い結良花って書いてあるんだって。これはウィオラ先生の解説では出てこなかったから学校の先生にユラさんから聞いた話は本当なのか聞いた」
ロカが少し前に口にしたウィオラがユラに対して陰で口にした優しいことってこのこと。
「庭にちび向日葵があって、ユラさんはたまに見てて、それをウィオラ先生は知っていたからちび向日葵が折れているのを見て、いつも見ていたから好きな花で、それが折れているなんてきっと悲しむからって手当てしてあげたんだって。ユラさんはそこに居ないけど近くで見てたし聞いてたの」
「そうなのか」
「同じ黄色い花だからきっと好きだろうって。他の人もいて、今の陰口を言うて結良花のユラさんは口は悪いけど優しい人だから仲良くすると良いことがあるかもしれないって言うてたんだって。ウィオラ先生にそれとなく聞いたら覚えてなさそうだった」
陰口は悪い事を裏で言うことだからこの場合はそう呼ばないけどそこは今は置いておこう。
「そうか」
「これがウィオラ先生の陰口。コソコソ嫌な事を言うていたら嫌だけど陰で褒められたら嬉しいよね? それに居ないところで優しくされるのも嬉しいよ。それは絶対に本物だから」
「だからユラさんはウィオラさんが大切だってロカに話したのか」
「好きとは言わなかったけどきっと大好きだよ。こんな人はいなかったから、この人だけは絶対に裏切っちゃいけないと思ったって泣いたの」
行かないでというあの悲痛そうな声や顔に、ウィオラなにかしたら殺す、みたいな目をされてぶたれたのはそういうこと。何かありそうだと思って殴られて良かった。
「それでユラさんも優しい人かもしれない。私が無知で世間知らずだから酷いことを言うたのに怒らないで許してくれた」
「ロカは彼女に何か言ったのか」
「言うた。なのに相談事の返事もくれた」
「何を相談したんだ?」
ロカは俯いて黙っている。家族には言いたくない話を相談したのか。
「友人って辞書だと対等に親しくしている関係なんだって。私も確認した」
「そうか」
「ユラさんはウィオラ先生に助けられて親切にされているだけだから対等じゃない。だから知人なんだって」
「そう言われたのか」
「心配して優しくしたから違うって言うた。あと私とユラさんもそれをしたからまた遊びに来て一緒にあんみつを食べましょうって。来ないって言わなかったから来るよ。素直じゃないから来るって言えないの。ぺちゃんこ胸のリス女って言われた。あはは」
ずっと沈んだ顔をしていたロカは顔を上げて俺に向かって笑顔を見せた。
「リス女とはその通りだな。ぺちゃんこ胸は知らない」
愛想良しの拒絶からこの悪態だと素を見せたってことだからロカのなにかがユラの琴線に触れたのだろう。嘘か誠か分からない話だけど嘘の匂いはあまり。
ウィオラが筆記帳に「ユラは私の世話になるのは嫌みたいな感じがします」と書いていたこととも一致する。
「私とユラさんが先に友人になったって言うたらウィオラ先生がっかりして悲しむから内緒ね。兄ちゃんはウィオラ先生にあんまりお世話されたくないユラさんを助けるとええよ。世話焼きお母さんに頼んでさ。六番隊は働き者だしご近所さん達は世話焼きガミガミで大丈夫だから引っ越してきてって」
ロカの中ではお互い心配して優しくしたら友人、か。
「その為にこの内緒話か。ありがとうロカ」
「お父さんやお母さん、兄ちゃんの言う通りだった。辛いことがあっても誰かに優しく出来る人は本当に優しい人とか、ウィオラ先生の友人だからあんな人って言うたらいけないとか。私はまだまだ子どもで視野が狭い世間知らずみたい」
結局、なにがどうなってロカはユラに相談してなぜこうなったのか分からないけど最終的には癒され話だった。これはウィオラからは決して聞けない話だ。
(俺を信用するから助けろってことか)
自分のこの経歴を辿って嘘か本当か調べろ。それでもウィオラの近くにいても良いと思うのか?
そういう問いかけでもある気がする。それでいて過剰は望んでいない。俺も得体の知れない女をすぐには信用しないし構い過ぎて万が一惚れられでもしたら困る。根っこに「助けてくれなかった兵官」という恨みや不信もあるかも。
(それが分かっているから俺に頼る気もあまりってことだな。それでロカ。ロカの何かを気に入ったか信じたってこと。ロカとユラさんとは意外な組み合わせ。ロカから母ちゃんへいくかもな。さっきロカもお母さんに頼んでって言ったし)
「ロカは今、色々勉強中だ。また新しい世界を知ったんだな」
あんなに小さかったロカはまた少し大人になったようだ。少し前までハイハイしていたり背中によじ登ってきたりしていた気がするんだけどな。
「うわあ。お父さんみたいな台詞。片足オジジがオジジになっちゃうよ?」
前言撤回。全然成長してねえ。
「うるせぇよ」
「ユラさんから伝言。ウィオラ先生のお胸はわりと大きくて揉み心地良さそうだって」
「げ、げほげほっ」
あの女はロカとなんの話をしたんだ!
「私もそう思う。いつも隠しているけどたまに見えるでしょう?」
「たまに見えるでしょう? って知らねぇよ」
「兄ちゃんは本当はウィオラ先生と沢山会いたいけど私とも話したいだろうから今日は一緒じゃなくて半々にした。これからウィオラ先生と交代する」
「えっ? 半々?」
「お胸は触っちゃダメだからね。大事なところは結納……してる! してるから触るの⁈ 結納や祝言した人にしか触らせちゃいけないってお母さんや先生に習った。兄ちゃん触れるよ!」
「げほげほっ。触れるか。ここは職場でウィオラさんは照れ屋で慎み深くて結納前半はそこまでしないものだ。学び直せ。そもそも触れる触れないは結納どうこうじゃなくて本人次第だ」
(触りたくても嫌がるのを無理に触っちゃダメだからね、なら分かるけど結納してるから触れるよ! ってなんだ。バカの妹はバカってことだな)
自分に置き換えて恥ずかしいからとか、嫌だとかそういう考えもないってこと。やはりまだまだ子どもだ。
「それなら勉強不足だから勉強しとく。あっ。その前にキスだよ。お胸に触るのはキスしてから。順番って習った。大事なところはキスの次だって。ド忘れしてないよね?」
なぜこのような初歩の初歩について妹に「ド忘れバカだから教えてあげる」みたいな扱いを受けているんだ俺は。どういう兄というか男だと思われている。
「忘れるとか覚えてるとかそういう以前の当たり前の価値観だ。バカだけどいくらなんでも忘れるか! そのキスも結納してからにしろ」
「それは皆そうしてないし、そうは習ってないよ。兄ちゃんはもう噂の凄いキスをした? ウィオラ先生はしてないって言うよ」
「してない」
「普通のはした?」
したって言う兄がいるか!
勉強は賢そうなのにこいつの頭はどうなっている。
少々しんみりして大人になったなぁ、と思ったけど何にも変わってない子どもだ子ども。
あれこれ気になって質問したり増やした知識を話したくてこんな感じの話題を出してこういう言い方をしていた昔のルルそっくり。誰か兄にこういう話をするなって言え。両親にしっかり教育しろって言おう。
「してないからお胸も触らないので安心しなさい。兄に向かってお胸とかキスとか言うな。慎め。ルカとリルとウィオラさんを見習え」
「ウィオラ先生もしてないって言う。呼んでくるね。兄ちゃんは休んでて。職員の誰かと酒処へ行くから大丈夫。そのくらい出来るよ」
少し迷って食事はそのままにして一緒に部屋を出て顔見知りの後輩に頼んでロカにお遣いをさせることにした。成長には経験が必要だ。俺の妹は成長しているのかしていないのか、子どもだけど大人に近づいているのかサッパリ分からん。




